第20話 吹き抜ける風 ~1~
食堂でアイギットと語り合った、その数ヶ月後。
季節が移り変わり、気温が高くなり始めた頃、第二アリーナにて金属音が鳴り響いていた。
迫り来るレイピアの一撃を、日本刀を振るい弾き返す。そして返す一閃を描き、その軌跡はそのまま相手の体へと吸い込まれる。
しかし、それはいきなり現れた白い魔法陣によって防がれる。その結果に顔をしかめ、さっと瞬歩を使って後退するーーが、そのスキをつき、すぐさま彼は呪文を唱えて、展開していた魔法陣を青く変色させる。
「ーー行け!」
そこから氷の槍が現れると、彼は躊躇なくそれを飛ばす。飛来する槍を見て、彼は刀を振り上げる。
「霊印流、弍之太刀ーー」
そこから飛ばすものは、魔力で作られた、飛ぶ斬撃ーー。
「飛刃!」
魔力斬撃と、氷の槍は真っ向からぶつかり合いーー対消滅。斬撃は魔力の粒子となり霧散、槍はバラバラに砕けて地に落ちる。
「ヒュッ!」
「ちっ!」
小さく息を吐くと、飛刃を放った彼は瞬歩を発動。そのまま相手へと肉薄する。
一瞬で消えるような高速移動を、歩法だけで発動させた彼に対し、相手は舌打ちを一つして、剣を突き出すだけ。ーーたった、それだけの動作。一見、何の役にも立たないが。
(! やば…!)
効果は絶大だった。彼は瞬歩を強制終了させ、瞬時に横に飛ぶ。それで、”自分から剣に突っ込む”まねは避けれた。
ゴロゴロと転がる彼を見て、レイピアを構える彼はしばらくそのままでいたがーーやがて、すっと剣を下ろし、
「やっぱり、瞬歩って便利なんだが不便なんだが……」
「まぁ……ね。でも、初めての相手だと、かなり通じるでしょ?」
それまで模擬戦を行なっていた二人はーータクトとアイギットは、そう言いながら互いに証を戻す。ちなみに今日は休日であり、二人は私服である。
タクトは白いズボンに青いパーカーを羽織り、アイギットは上質な生地を使った上下である。……恥ずかしながら、文化の違いゆえに、タクトはその服がなんていうのかわからない。
アイギットは思ったことを述べ、タクトは苦笑いを浮かべながらそう答えた。
霊印流歩法、瞬歩。それは、呪文を唱えることなく発動する高速移動である。その実態は、強化させた片足で踏み込み、”前へ飛ぶ”という事。
一見便利そうに見えるが、この”前に飛ぶ”という事が問題なのだ。前へ飛ぶーーそれはつまり、一直線にしか進めないのだ。
そのため、”待ち構える”ような攻撃には、大変弱い。そのいい例がさっきの模擬戦であり、ギリギリで避けたが、ヘタすると自分から剣に突っ込んでいたかもしれないのだ。
アイギットの呟きも最もであるが、タクトの言葉にもうなずける物がある。とは言え、一度っきりしか通じないが。
原理やその特性を見破られたら、そこで終わりである。なんのことはない、適当に構えていれば、相手から自滅してくれるのだから。
そんな危険性も備えているが、病を持っている彼にとって、数少ない強みである。
ため息を一つ漏らし、アイギットは素直に頷く。
「まぁな。俺も、初めて見たときはどうすればいいか分からなかったしな。……そう言えば、あの時使った瞬歩ーー乱って言ったっけ? あれだったら、分かっている奴でもそれなりに効くんじゃないか?」
ピンポン玉みたく、跳ねるように瞬歩を繰り返していたあの時の様子を思い出し、そう聞いてみる。
「効くけど……加減が難しいんだ」
ーー受けた身としては、決して聞き流せない言葉を聞いた。頬をぴくりと引きつらせ、アイギットは恐る恐る尋ねる。
「それは…もしかしたら、俺は大怪我を負っていたということか?」
「………」
しまった、と顔に出したタクトを見て、アイギットは大きく頷く。そして、おもむろに証を取り出すと、それを冷や汗をだらだらと流している彼に向かって、大きく振りかぶりーー
「天! 誅!」
ガンっと、一気に振り下ろし、タクトの頭にたんこぶを作り上げる。頭を押さえ、痛みに悶絶する彼に、アイギットはがあーと吠える。
「お前、何滅茶苦茶怖いものを使ってんだ!」
「ご、ごめん……」
涙目になりつつ、タクトは素直に謝る。うう、と唸りながら言い訳のように口を開く。
「マモルと二人だったから、呪文を唱え終わるまでの時間稼ぎにはなるかなと思って。…下手な攻撃だと、あっさりと避けられそうだったし」
彼の言いように、顔をしかめたアイギットはしんみりと告げる。
「嘘言うな、桐生。あれはどう考えても、時間稼ぎなんてもんじゃない」
「……えっとー」
その身で受けた恐怖は根強く刻まれているのか、彼は首を左右に振ってそう言う。しかしながら、それは本当のことなので、タクトは返答に困った。
それほど、アイギットのことを警戒していたのだ。
「ほお、面白そうな事をやっているな」
なんて答えようか迷っているタクトの背後から、突如声がかかった。彼とアイギットは揃ってそちらを向き、そして顔を引きつらせた。
そこには、彼らの担任、シュリアがいた。ーー良い笑みを浮かべているのは、できれば見間違いであってほしいと切に願う。
しかし、どれほど願っても、それは見間違いではないのだが。
絶句する二人をよそに、彼女は平然と言ってのける。
「休日でありながら修練をするその姿勢は認めてやるが。お前ら、使用許可を取っていないだろう?」
『……あ』
二人は顔を見合わせ、同時に声を漏らした。タクトもアイギットも、許可を取ることを忘れていたのだ。そんな二人に、シュリアはふと目を閉じて言い放つ。
「……まぁいい。今回は目を瞑ってやろう」
「え……本当ですか!?」
そう言われるとは思っていなかったのだろう、アイギットは驚きに目を見開く。それはタクトも同じで、彼女の性格を考えると、何かしら言われると覚悟していたのだ。
二人は感謝の思いを視線に込めながら、彼女を見やるが、シュリアはただし、と口を開き。持ち出した条件を聞いた瞬間、二人の顔から表情が抜け落ちた。
いきなり白い魔法陣を展開させたかと思うと、そこから一本の棒ーー先端に刃が付いた、槍を素早く引き抜き、
「私の、食後の”運動”に付き合ってくれたら、だけどな?」
そう言って、目を細め、彼女はうっすらと笑う。それに対し、教え子達は蛇に睨まれたカエルのごとくプルプルと震えーー彼女の授業と言う名の”地獄”を思い出したからだーー震え、それぞれの証を構えた。
「お、お手柔らかに……」
「……もっと……長生きしたかったな……」
タクトは頬を引きつらせながら、アイギットは遠い目をしながら、である。タクトはともかく、アイギットはすでに生きることを諦めたような事を口走っており、隣からひじ打ちを食らっていたが。
ハッと我に返ったアイギットは、ふうとため息を一つつき、
「せめて遺言を」
「だから死んでないって。……まだ」
タクトからたしなめられ、しかしすぐに自信なさげにそう付け足した。
「では……行くぞ!」
ーー鬼が、ダッと地面を蹴った。
その日の朝早くから、医療室に来客が二人ほどやって来たと言う。
~~~~~
タクトとアイギットが、シュリアと模擬戦をしている頃。異世界ーープーリアで、小さな異変が起こっていた。
プーリアは、大自然が広がっている緑の世界であり、そのため木々が所狭しと立ち並んでいる。
平均的にその木々の樹齢は二、三百年というものであり、その中には樹齢千年と馬鹿でかい大樹まである。
森というよりも、湿度の高くない比較的過ごしやすいジャングル、といった感じか。
そんな広大な森であるため、何かを隠すには絶好の場所である。
「ーーしっかし、もうそろそろここともお別れか。若干、いやだいぶ名残惜しい」
そんなことを、森の中にいるその人物は口に出す。今そこには彼と似たような格好をしているのが四人ほど居て、何かを警戒するような目つきで辺りを見渡している。
その言葉を聞いたのか、周りにいる残りの三人のうち一人がニヤリと笑い、
「なんなら、お前はここに残るかい? たった一人置き去りにされてよ、発見されたら猿みたいになってた、てな」
と言って、実際に猿の鳴き声を真似る。それなりに似ているため、今度は仲間内から笑い声が聞こえた。
「はっはっはっ、残るのはお前のほうが良いんじゃないか? きっと、その猿語で仲良くしてくれるぜ?」
「いやー、しかし、確かに名残惜しいよな」
一人は茶化し、もう一人は最初の発言に戻る。
確かに、ここはとても快適な住まいだった。樹齢四百年相当の木、その中を”くり抜いて”作ったこの隠れ家は、今まで過ごしてきたものよりも、格段にいい出来栄えだった。
快適に過ごせたのはここの気候のおかげであり、皆もそのことには気づいている。そのためか、この集団のリーダーも、ここでの暮らしをいつもより長くしていた。しかし、それでも別れの時がやってくることには変わりない。
やるべきことを終えたら、後ろ髪を引かれる思いで、ここを発つことにしたのだ。
「ま、封印のことを考えると、見つかる前に移動しなきゃならないってことは分かっているんだけどさ」
封印。ぼそっと呟いたその一言で、たちまち辺りは静まり返る。一人がうん、と頷いて、
「”神器”。全てを”断ち切る”と言う、人の思いから生まれた剣。銘は確かーー」
「ーー”アニュラス・ブレード”。通称アニュラスと呼ばれているな」
いきなり聞こえたその返答に、皆は頷こうとして。しかし、すぐにその声が聞こえた方を向き、叫んだ。
「誰だ!!?」
一斉に叫んだその声に、その人物は肩をヒョイと竦める。表情に苦笑いを浮かべて、彼は告げる。
「『誰だ』と聞かれたら、自分の名前を告げたいんだけどな……。ただ、今回はこっちの方を名乗らせてもらう」
答えにならず、そして意味がわからない事を喋りながら、彼は続ける。青い短髪の、二十代後半の彼は。
「フェルアント本部長直属部隊。マスターリット、”風刃”が語る。貴様らを、”神器”不法所持及びーーめんどくせぇ、十五年前、革命時の罪状全部」
最初の方はカッコよく決めていたのだが、しかし本人が言った通りめんどくさくなったのか、最後はヤケっぽっちである。
しかし、今目の前にいる四人は、微動だにしない。ーー否、できないのだ。
彼が口に出した、”風刃”という言葉。それに、ひどく心当たりがあった。ーーもし、彼だとしたらーー
「これらを持って、貴様らを外魔者と認定。これよりーー」
そう言って、彼は白い魔法陣ーー精霊術系統、つまり証を、ゆっくりと取り出す。彼が証を取り出し始めたのを見て、硬直したままの四人もようやく動き出した。
一人は、背後にある巨大な木に向かって、大声で叫んだ。その叫びは、警告である。そして、残りの面々は彼より早く証を取り出すと、それぞれ呪文を唱え始めた。
そのうち二人は手をばっと伸ばし、一人は赤、一人は黄色の魔法陣を展開させ、炎と雷を相手に向かって撃った。
しかし、それは証を取り出し終えた彼の、それの一閃によって儚く散った。その結果に目を白黒させる彼らをよそに、振るったそれを戻し、すっと優雅に構える。
双刃であった。二本の剣を、柄と柄の部分を連結した形状のそれを。しかし、その柄の部分には連結した後など全くないが。
優雅に構えると、そっと言葉を繋いだ。ーー目の前にいる彼らにとっては、死刑宣告に等しいそれを。
「”殲滅”を開始する」
そう、冷めた瞳で、彼は。ーーアンネル・ブレイスは、一歩を踏み出した。