第18話 生徒会長の捜索 ~4~
今週は調子が良いです
文が書ける書ける♪
シュリアがそばにいるーー疑問など普通は浮かばないのだが、なぜか思案顔となるセシリア。そんな彼女を見て、タクトは首をかしげるばかりであった。
「あの~、先輩?」
「……」
呼びかけてみたが反応なし。仕方なく、今度は彼女の目の前で何度か手を振りーーそれで正気に戻った。
「アダッ!?」
なぜか、タクトの顔面にグーパンチが叩き込まれたが。
顔を抑え、痛みに悶絶するタクトをよそに、セシリアはワナワナと呟く。
「まさか……まさかね……。うん、ありえない」
その独り言は、どことなく自分を言い聞かせているように聞こえた。ーー少なくとも、タクトにはそう聞こえた。
もし彼女と同じ三年がここにおり、その人の勘が良ければ「あ~、なるほど」と一人で納得しているだろうがーーあいにく、そのへんには疎いタクトは、チンプンカンプンだった。
「セシリア先輩? ほんとにどうかしたんですか?」
頬を抑え、痛みに耐えながらそう彼女に聞くと、やっとこちらを向きーーそして、今気づいたかのように慌てて頭を下げた。
「ご、ごめんなさい。私、つい……」
おそらく、殴ったことを謝ってきているのだろう。それぐらいはわかる。気になる事でもあるのだろうかと、タクトは思いきって聞いてみた。
「えっとー……。何か、気になることでも?」
そう聞くと、なぜか彼女は一瞬で顔を赤らめて、しどろもどろになりながらも答えた。
「えっ!? い、いや、気になるっていうか……! わ、私は、別にあいつの事なんか考えてないし!?」
「………?」
何か、変なこと聞いたかな? 等と微妙な表情を浮かばせて、タクトは言葉を費やした。
「僕が聞きたいのは、別に誰かのことじゃないんですけど……」
「……へ?」
そう言うと、セシリアは素っ頓狂な声を出して、
「だ、だって……。気になることって言ったよね?」
「……人じゃなくて、何かが起こって、それが気になる事なのかな? という意味で言ったんですけど……?」
違う意味で解釈したんですね、と呆れながらそう言うと、セシリアは再び顔を赤くさせて思いっきり叫びーー。
「っ~~~~! 桐生のバカ~!!」
「理不尽!?」
そして、思いっきりタクトの頬をぶん殴った。後に彼は語る。ーー滅茶苦茶痛かった、と。
~~~~~
その数分後、タクトとセシリアは屋上へと登る階段を駆け上がっていた。
セシリアの機嫌が悪いのは、ご愛嬌であろう。そっぽを向いたまま、タクトの方を見ようとせずに、ただ黙々と走り続けている。そんな彼女を見て、なんか僕、失礼なことしたのかな? と殴られた頬を摩りながら付いて行く。
まぁ、彼が殴られたのは、運が悪かったと、無理やり納得させるしかない。ーー年若いタクトには、無理な芸当だろうが。
これでも体は頑丈に出来ているので、赤く腫れてはいないだろう。鏡がないから確かなことは言えないけど。等と、殴られたことの追求はヤメにして、思考を切り替えた。しかし、切り替えたとしても、所詮その程度の切り替えである。
そうこうしているうちに、扉が見え、セシリアは息を整える間もなくその扉を開け放った。
「ふう、やっと見つけた……」
扉を開けると、あの赤毛と、その反対色である青い髪の毛の女性が目に入る。ギリの方はどこか惚けた感じで、シュリアの方はどこか物珍しげな表情で自分達を見やっていた。
「はぁ~~~……ようやくだ……」
その視線に、どこか違和感を覚えながら、タクトは二つの思いを抱きながらそう告げた。一つは、ようやくギリが見つかった事。そしてもう一つは、先程の重苦しい空気から解放された事。言葉にはしなかったが、ここに来る前の、セシリアの機嫌の悪さに、居心地の悪いものを感じていたのだ。
しかし、階段を駆け上がっていた時と比べると、今の彼女からはその重苦しさは感じなかった。機嫌が直ったのだろうか、等と考えていると、なぜかギリがションボリとして、
「ーーセシリアと一緒にここに来ましたよ」
「……ここに来るみたい、と言いたかったのか?」
「……その通りです」
シュリアの言葉にさらに追い打ちをかけられたのか、今度はがっくりと頭を垂れた。それにセシリアとタクトはただただ首を捻るばかり。
それを見てシュリアは、潮時だなと思い、ふと目元を和ませて、
「それではな。呼び出してすまなかった」
それだけ言うと、二人が来た扉を通って下の階へと降りていった。カンカンと足音を響かせながら去っていく彼女を見て、それからギリの方を向いたセシリアは、どこか居心地悪げに、
「えっと……何か、大事なこと話してた?」
「いや、また例のあれだよ」
そう言ってギリは、手に持っていた封筒をセシリアに見せる。それを見て、彼女は表情を曇らせ、心配そうに、
「大丈夫? あんた、あまりそれを断り続けていたら……」
そう言うと、彼は首を振って、
「大丈夫大丈夫。そのへんは先輩ーーじゃなかった、先公が何とかしてくれるから」
(先公……怖いもの知らずだな)
笑いながら言う彼の言葉に、タクトは表情に出さず、心の中でそう評した。どうやら彼は、見聞きした以上に肝が座っているらしい。と言うかーー
(……先輩?)
今頃彼が言った、その言葉に気づき、タクトは首を傾げる。先公と聞いたとき、今さっき出て行ったシュリアのことを思い浮かべたのだが、先輩とはどういうことだろうか。
(シュリア先生が、ギリ先輩の先輩だった? ……いや、まさかね)
内心苦笑しつつ、その考えをバッサリと捨て去った。しかし、その予想は大きく当たっているのだが。
「でも……」
「心配症だな……」
と、ギリの言葉を聞いても納得できないのだろうか、セシリアはなおも食い下がろうとしたが、それに対し彼はふうとため息をついてそう評す。しかし、何かを思いついたのか、次の瞬間にはニヤッと意地の悪い笑みを浮かべて、
「心配症ってことは……俺のこと、心配してくれてんのかね?」
「!!」
からかうような彼の言葉に、セシリアはボッと顔を赤くさせ、あたふたとギリと、彼女の隣にいるタクトに目をやり、
「い、いや、そういう訳じゃ……!」
(……空が綺麗だね、コウ)
(……ああ、綺麗だな)
流石にここまでくれば、鈍いタクトでも粗方の予想はつく。ギリとセシリアの雰囲気に、どこか居心地の悪さを感じーーと言うか、蚊帳の外に出されたような感覚を覚え、コウ共々現実逃避に走る。
空を見上げているタクトが目に入ったのか、ギリはふと彼に目をやり、未だアタフタさせているセシリアをそっとどかす。そうして、彼の近くまでやって来ると、そのまま手をポンとタクトの肩に置いた。
「よ、青春してるかい?」
「意味わかんないです……」
いきなりの言葉に、タクトは顔をしかめて彼の方を見やる。その口調に、呆れたものを感じ取ったのか、彼はニヤッと笑って、
「いやいや、そのまんまの意味だよ。例えば、彼女が出来たー、とか。好きな人が出来たー、とか」
「好きな人もいませんし、彼女もいませんよ」
どこか哀愁漂うその声音に、彼の何かを感じ取ったのか、ギリはますますニヤリとした笑みを強くさせ、
「そうだもんな。お前さんなら、男と女のラブじゃなくて、女と女のラブだもんな」
「ああ、ガールズラブのことですか。それは僕は……と言うか僕は男です!!」
あまりにも自然な感じで彼が言ったので、一瞬反応が遅れた。うがーと、勢いでそうまくし立てると、ギリは、
「いやー、良い反応だ」
と言って、ケラケラと笑い始める。それを見て、ようやくいつもの状態に戻ったセシリアが、「悪趣味……」と、半ば呆れ半分で呟く。
何を言ってもダメだ、とそのようなことを思ったのか、タクトはため息をつく。と、それを見かねたコウが、
(さっさと要件を言ってしまえば良いのでは?)
と、助け舟を出してくれた。それに礼を言って、タクトはギリに向き直る。笑いはある程度収まったが、未だに小さく笑っている彼を見やり、タクトは切り出した。
「あの、ギリ先輩。聞きたいことがあるんですけど……」
「ああ、良いぜ。何が聞きたいんだ?」
完全に笑いを収め、そうタクトに真剣な表情を向けてくる。
「先輩は、何で僕のことを知っていたんですか?」
「……それは、初めて会ったときのことか?」
そう問い返してくると、タクトは迷わずにはい、と答えた。するとギリは呆れたふうに、
「…あのなぁ、それはあの時に聞くべきだったろ? 間の悪いやつだな」
「す、すいません」
うっとタクトは怯み、そう頭を下げる。その隣では、セシリアが、「以外……ギリがまともな事言ってる」と呟いたが、彼はそれを無視した。
それはともかく、確かに気になった事とは言え、すぐに聞きに行かなかったのはこちらのせいであろう。それに関しては、タクトは謝ることしか出来ない。
「ま、いいさ。そういう大事そうなことは、すぐに聞いたほうが良い。それで、何で俺がお前のことを知っているのか、だよな?」
注意された後、ギリはそう確認してくる。それに対しタクトは、迷う事無くはい、と答えーー
「な、そりゃ調べるわ。俺を変えてくれた恩人の従弟だからな」
そう、答えてくれた。タクトは、え?っと思わず聞き返した。
「それって、どういう? と言うかギリ先輩、セイヤのこと知っているんですか?」
従兄弟と言ったら、彼にはセイヤしかいない。なので、彼が言うセイヤとは、アイツのことだろうと見切りをつけ、そう問い返してみた。
「ああ、知っているさ。俺たちの先輩だったからな」
そう、笑って答えた。その笑みには、いつもの軽薄笑いが全く含まれておらず、どこか懐かしい事を考えているようだった。そしてそれは、セシリアにも言えることでもある。
「俺が入学したばかりの頃は、結構虐められていてね。それを救ってくれたのが、セイヤだったんだよ」
不意に話してくれた、ギリの過去。それを聞いて、タクトは、その話のオチが見えた気がした。
「……虐めていたグループを叩きのめしたのが、セイヤだった、と」
「そのとおり」
神妙な面持ちでそう頷く彼を見て、やっぱり当時も、ああだったんだな、と思う。もとから彼は、正義感の強い人であり、特に集団で個人を虐めるような奴が大っ嫌いであった。
そして、その頃にはその集団を叩きのめす力を持ってもいた。口には出していないが、彼を虐めていたのも、そういう集団だったのだろう。
ギリは当時のことを思い出したのか、彼のことを尊敬しているような表情を浮かべる。
「だからお前さんのことをちょっくら聞いてんだよ、あの人から」
「……どういう風に言ってました?」
「……そこは置いておいてだな」
セイヤから聞いた、と知って、タクトはどういう風に伝えたのかが気になった。若干焦ったように話をそらすギリを見やり、タクトはどうせろくでもないことだろうなと思いーー家に帰る機会があったら、ちょっくら叩きのめしてやろうと思った。
”今度こそ”。
恥ずかしい話、彼は肉体言語においては、セイヤに勝った事があまり無かったりする。
「だから、お前がやらかしたと聞いて、血は争えないなと思ったよ」
そう言って、再びニヤリとーーいつもの軽薄笑いを浮かべて、
「親友を助けるために、集団に挑もうとして行ったお前に、俺にはセイヤ先輩の姿が重なったよ」
「あ、はは、ははは……」
苦笑いを浮かべて、ふと思った。僕って……あいつと似てる所があるんだな、と。十中八九、二人のことを知っている人が聞いたら、お前今更何言ってんだ、と言われるような事を思い。同時に、嬉しくなった。
彼のことを尊敬しているのは、ギリだけではない。
「そう…でしたか。……話してくれて、ありがとうございます」
安らかな表情で言い、頭を下げて礼を言う。するとギリは首を傾げて、
「何も礼を言われるような事はしていないさ。……そう言えば、セイヤ先輩はなんか言ってたか?」
「いえ、何も言ってないですよ? あの人、あまり学園のこと話してくれなかったので」
そう苦笑いを浮かべながら言うと、ギリはそっかと頷いて、
「ならいいや。さて、もう昼時だ。……んで、セシリアはなんでここにいるんだ?」
と、タクトの隣にいる彼女を見やり、そう尋ねる。すると、彼女は若干膨れて、
「……仕事をしない生徒会長を連れて行こうと思っていたんですけど。もう昼時なのでいいです」
そう言うと、後ろを振り返り、扉を開いて階段を下り始める。その後を追うように、上空でぐるぐると旋回していたシーパが彼、女の後を追ってその扉をぐぐり抜けた。
「……午後からは、たっぷりやってもらうから。そしてその後、私とフォーマに何か奢ってね♪」
最後はもう一度彼の方を見やり、片目を瞑ってウインクしながら言い放つ。はいはい、と頷きながら、ギリは歩き始めた。
「ま、仕事をサボったのはその通りだしな。何か奢ってやるよ。チェビラーをな」
チェビラーとは、チョコのかけらであり、ものすごく安いお菓子である。それを奢ると言われて、セシリアは憤慨したように、
「ちょっと、そこはパフェを奢るとかさ、そういう甲斐性はないわけ!?」
二人で騒ぎながら階段を下りていき、タクトはそれを見送った。赤髪と銀髪が視界から消えるのを待って、彼は上空にいるコウに呼びかけた。
「戻ろっか、コウ」
「わかった」
滑空してきたコウは、そのままタクトの肩に乗っかる。彼は扉をくぐり抜けると、扉を閉めて階段を降りていった。
ーー誰もいない屋上で、一筋の風が舞ったーー