第42話 異界の主~2~
「――なっとらん、やり直し」
「………っ!!」
精神修行とは名ばかりの、師から弟子に対する度重なる虐めに、”彼”はわき上がる怒りと敵意を飲み込み、もう一度目の前でぽつんと立っている棒へ視線を向ける。
意識を集中させ、師から教わった呪文――自身の心を悟り、現実世界へ干渉するための扉を開く”鍵の呪文”。その内容は人によって異なってくる。――その人物の心を表すのだから当然とも言えた。
鍵の呪文を唱え、正しく心象術を発動することが出来れば、目の前の棒に変化が起きるという。だがこの地に来てかれこれ二十日、目の前でそびえ立つ棒は何の変化も見せず、延々と唸り続ける日々が続いていた。
ここまで苦行が続くと、流石の彼も騙されているのではないかという疑惑がわき上がってくる。これまではその疑惑が沸いても、師を紹介してくれた人物への気遣いや、師は何か深い考えがあるのだと自身に言い聞かせてきたが、それもそろそろ限界に近かった。
「……あの、お師匠。この精神鍛錬に何か意味があるんですか……?」
「お主は頭が硬いのぉ……二十日もやって何の疑問も抱かんとは」
ふぅ、と半ば呆れたようにため息をつく女性。見た目は妙齢の美女だが、それは仮初めの姿。偶に醜い老婆の姿をするときもあれば、天真爛漫な少女の姿をすることもある。これまでに様々な姿をしてきたおかげで、師匠の本当の姿を見てみたいと思っていたが、それは叶いそうになかった。
「良いか、大半の人間は心象術に目覚めることもなく、目覚めたとしても自己暗示程度が関の山じゃ」
「それは以前にも聞きました。でも――」
「そう、時折現れる”異能者”。彼らの異能は、全てがその心象術からなる力じゃ。自身の心を正しく、そして真に悟っている……最も大半は無自覚、自身の心を語れと言われても、語れる者はいないじゃろうな」
これまで何度も彼に語ったことを、師匠は口にする。世界に散らばる異能者、その原点は人の心そのもの。それぞれが持つ心の世界からこぼれ落ちた力なのだ。
「わしはな、見たいのじゃ。人間の可能性……心が持つ、意思と力を」
「…………」
心が持つ意思と力――そう言われても、”彼”にはさっぱり分からなかった。ただ分かったのは一つ、それっぽいことを言っているが、自分の疑問に師匠は一切答えていないと言うこと。
「……それで結局、この鍛錬の意味は?」
「それは自身で見つけるが良い。お主達”精霊使い”の奥伝もそうじゃろ?」
「……精霊憑依のことですか? でもあれは、根底にあるのは自然との対話――」
「ならお主も対話をするべきじゃろう。……何と対話するのか、それも自分でも見つけるべきじゃろう」
「―――――」
ここに来てようやく与えてくれた、助言らしい助言に”彼”は目を丸くする。彼女はふっと笑みを溢すとその場から立ち去っていった。今日も一日自身の”家”を見て回るのだろう。他にやることがないのかと問いたくなるが、実際やることがないらしい。
しかしこれで一人じっくり考える時間が出来たというもの。師からの助言を元に、一体今の自分に何が足りないのかを考えていく。
師匠は対話をするべきだと言っていた。一体誰と――いや、何と対話するべきなのだろうか。精霊憑依は自然との対話――自然と心を通わせ、一つになることによってなせる秘術。だからこそ自然との対話が必要になるのだ。
(……憑依と異なり、心象術は自分一人で行う……ならば、対話を行うべきなのは……)
――そう、時折現れる”異能者”。彼らの異能は、全てがその心象術からなる力じゃ。自身の心を正しく、そして真に悟っている……最も大半は無自覚、自身の心を語れと言われても、語れる者はいないじゃろうな――
先程語っていた師匠の言葉を思い出す。あの言葉にも意味が込められているのではないか――そう思い、彼は苦笑した。
「……迷ったときは原点に立ち戻れ、か……。そうだな」
それは師匠からではなく、自分の父や、父の仲間達から散々聞かされた言葉。迷いを抱えたまま進んでも意味はなく、間違えた道を引き返してもたどり着くことはない。口の端に笑みを浮かべ、自身の心を落ちつかせる。
(俺が……力を望んだ理由は……)
目の前に立っている棒から目を離し、自分の胸に手を当てて彼はこれまでの人生を思い返していた。――偉大な父と六賢者たるその仲間達、そして出来の良すぎる弟――これまでは彼らに助けて貰っていた。導いて貰っていた。だからこそ――今度は俺が守りたいのだ。
彼らに追いつくために。彼らを守れるように――そのために、彼は力を望むのだ。
瞳を閉じて俯く彼は気づかなかっただろう。これまで何の反応も示さなかった一本の棒が、微かに光を放ったことに。
彼はそっと呟く。自身が心から望む物を、自身の”原点”にも通じる願いを。今の自分が求める物は――
「――大切な仲間を守る……そのための力が欲しいんだ」
守るための力――守護者の力。
~~~~~
視界を遮るかのように濃い霧が辺りを包み込む。元から視界の悪い森の中では、少し離れただけですぐに視界から見えなくなり非常に危険であった。そんな中、ある集団を引き連れた壮年の男は後ろを振り返って、
「おい、マモル。少し離れてんぞ、気をつけろ」
「げ、マジか……」
見えていないはずなのに、男はマモルと呼んだ少年が集団からやや離れそうになっているのを感じ注意を飛ばす。指摘された少年も、この状況下では危険だと言うことがわかっているため、素直に応じて立ち止まった。
「マモル、こっち」
「おう、ありがと」
立ち止まったマモルの元へタクトは向かい、集団に連れ戻す。しかし手を伸ばした範囲しか見えないほどに濃い霧というのも珍しい物だろう。ふぅ、とため息をつくマモルは、集団に連れ戻してくれたタクトを見ながら、
「俺もお前のように自然の加護が使えたらなぁ……もしくは、ログサの旦那のように到達者になるか……」
「前者はともかく、後者は果てしなく遠い道だと思うよ」
真顔で呟く彼にタクトは苦笑する。到達者――五属性のうち一つの属性変化術を”極めた”者達の総称である。その階位に到達すれば、血筋が重要となる加護とは違い、誰でも自然の加護に近い力を得ることが出来る。
しかしその階位に到達するためにかかる時間は相当な物だ。一朝一夕で出来るものではない。無理だよと首を振るタクトに、マモルは大きなため息をついた。
あまりにも視界が悪いこの状況下、付いてきてくれたメンバーの中では自然の加護が使えるのはタクトだけであり、到達者もまたログサのみ。年長者である彼が一同を先導し、はぐれたかけた者を連れ戻す役割をタクトが担って森の中を彷徨っていた。
真っ直ぐ進んでいるはずなのだが、徐々に進行方向から外れてしまうのだ。意識を集中させて前に進んでもそれはかわらない。
『……半ば異界化しているな、この森。その影響で濃霧が発生しているのか』
「そうだろうね。……”あの人”は自分自身を庭に閉じ込めているから」
タクトの肩にちょこんと乗ったスサノオが、辺りを見渡してそう呟いた。それはスサノオ自身も過去に異界を生み出したことがあるため、この霧の原因に察しが付いたのだ。肩に乗る相方の言葉にタクトも頷いた。
「……自分自身を閉じ込める? それってどういう……」
二人の前方にいたため会話が聞こえてきたラルドは、首を傾げて問いかけた。タクトの言葉の意味がいまいち理解できず、それはマモルも同様だったため似たような表情を浮かべて首を傾げていた。
「言葉通りの意味だよ。これから会いに行く人は異界の中に身を潜めているんだ。非常に難しい人だから、気に入った人しか異界には入れないんだよ。要は気むずかしいおばあちゃん」
「………人見知りってことか?」
「そんな感じ」
タクトの説明に何とも言えない顔を浮かべるマモルとラルドに、タクトは再度苦笑した。たかだが人と会わないようにするためだけに異界を作り、そこに閉じこもるというのも、中々想像出来ない理由だろう。何か重要な目的があってこんな大規模なことを行ったのかと想像していた二人は、あまりの理由に肩を落とした。
「はは……」
『ふむ……』
そんな二人を見て苦笑いを浮かべるタクトと、深く考えるかのように相づちを打つスサノオ。肩に乗る銀の子人は顎に手を当てながら、”そんな理由で異界を造る”ような存在に察しが付き始めていた。
(――まるで”姉上”のような理由だな。となると……)
直接会ったわけではないためまだ断定は出来ないが――つまり、そういう存在なのだろう。はぁ、と先が思いやられると言わんばかりにため息をついたスサノオは、
『出来れば関わり合いになりたくはなかったな……』
”それ”と関わり合いを持つとろくな事にならない。そのことを身を以て経験しているスサノオのやる気は急激に低下していった。そうなるだろうなと半ば予想していたタクトは、そんな相方に、
「でもスサノオだったら興味を持つと思うよ?」
『なぜだ?』
「師匠は、元々は――」
「おーい、後ろはいつまでしゃべってる! それとレナちゃん、1回ストップだ」
「あ、はい!」
スサノオにあのことを伝えようとした矢先、遮るように先頭のログサから声をかけられ、タクトは慌てて周囲の気配を感じ取る。すると彼の言うとおり、レナが集団から離れかけていた。彼女はログサに言われたとおりその場で立ち止まり、タクトは彼女の元へ駆け寄っていく。
「レナ、こっちだよ」
「う、うん。ありがとう、タクト」
集団から離れかけていた彼女を連れ戻し、隊列が戻ったのを確認したログサは再び歩き始める。今回の旅に付いてきてくれたのは彼女とマモル、ラルド、そしてフォーマの四人であった。そこにタクトとログサ、スサノオを加えた六人と一振りがこの場所にいるのである。
「でも驚いたよ、まさかレナが付いていくって言うなんて。確か母さんから魔術の指導を受けているんだろ?」
「うん。まぁ、ここ最近タクトが大変な目に遭っているのに、何も出来なかったから……それに、風菜さんからも行きなさいって後押ししてくれたんだ」
タクトの言葉に、レナは真剣な表情で頷いた。彼とログサから事情を聞かされ、少しの間旅に出ると知ったときはかなり迷ったのだ。学園襲撃以降、スサノオの一件では元々彼女が原因だった上に、以前のスプリンティアへの潜入調査は病み上がりと言うことで同行できず、あれ以降何の助けも出来ずにいることにちょっとした申し訳なさを感じていたのだ。
風菜もその辺りの事情を察したのか、スパルタを超える鍛錬を一時中断し、タクトに付いていってあげてと送り出してくれたのだ。
「それはありがたいけど……気をつけてね」
彼女が付いてきてくれたのは、正直言って嬉しいが――今回の旅は、これまでとは異なり危険性は低い。だが予想外の出来事が立て続けに起こっているため、絶対安全とはちょっと言えなかった。
そういった予想外の出来事に出くわしたとき、彼女を守れるだろうか。そういった懸念が、タクトの中で燻っていたのだ。心配を露わにする彼に、レナは控えめな笑顔を浮かべて、
「大丈夫だよ、私だって精霊使いなんだし。それに風菜さんの鍛錬も、期間は短いけれど着実に効果は出てるんだよ……まぁ、タクトがどんな気持ちでアキラさんからの鍛錬を受けていたのか、ちょっと分かった気がしたけど」
「それはそれで別の意味で心配になるんだけれど」
若干遠い目をした彼女に、タクトは表情を引きつらせる。彼は事情があるため風菜から魔術の鍛錬を受ける機会はほとんどなかったが、母親の実力を鑑みれば相当厳しい鍛錬になるのは間違いないだろう。
それでも短い期間できちんと結果を出せている辺り、レナも相当な術者だということを改めて思い知らされた。同時に、彼女にトラウマが芽生えなければ良いけれど、という心配もしてしまったが。
「風菜さんに指導を受けているレナを見たが……かなり厳しくやっているみたいだったな。……大丈夫なのか?」
二人の会話を横手から聞いていたフォーマが、眼鏡を押し上げながら無表情に問いかけてくる。だがその声音から、彼女のことを心配しているのは伝わってくる。そんな彼にレナは平気だよと答え、
「みんなも、それぞれ出来ることを探してる。……私も、”子供達”としての力を使えるようになりたいから」
「―――――そうか」
微かに笑みを浮かべ、しっかりとした声音で告げる彼女に、フォーマも目を見開き、やがて頷いた。彼女もまた、自身の過去にきちんと向き合おうとしていることを感じ取れたのだ。
「………」
しかし、だからこそタクトは言いづらくなってしまう。――テルトが行った悪魔の所業を。表情に陰りが差したタクトに首を傾げるも、レナはフォーマに向き直り笑みを浮かべて、
「だから私は大丈夫。……心配してくれてありがとう、”お兄ちゃん”?」
「やめろ、本当にそれは止めろ」
どこか悪戯っ子のようにフォーマのことをそう呼ぶレナ。その笑みとわざとらしさから確信犯だと理解した彼は思いっきり顔をしかめて拒絶する。
実際、同じ“子供達”である上に、フォーマの方が先に生まれたため“兄”に当たるのだが、そう呼ばれるのは勘弁して欲しいらしい。これまで兄らしいことは何も出来なかったのだから、そう呼ばれる資格はない、とは本人談である。
――兄妹感覚はあるんだ、とタクトは内心突っ込んだのは秘密である。仕切り直すかのようにコホンと咳払いをした彼は、視線をタクトへと向けてどこか羨ましそうな表情を浮かべるのだった。
「……周囲からこんなにも思われているんだ……もっと自分を大切にするべきだな」
「……わかってるよ」
無口というほどではないが、口数が少ないフォーマからの言葉は中々に堪える。どうやら彼にも心配させていたらしいと言うことを自覚し、タクトは今更ながらに後悔していた。
(………)
先頭を一人歩くログサは、背後から聞こえてくる会話に耳を澄ませながら微笑みを浮かべていた。少年少女のたわいない会話にほっこりしつつ、脳内の記憶を頼りに濃霧がかかった森を進んでいく。
本来ならばこの濃霧、コベラ式の魔術を用いれば一瞬にして消してしまえるのだがそうも行かない。そもそも、これは正確には霧ではなく、この奥にいる者がかけた魔術であった。この霧の中にいる限り、方向感覚が微妙にずれてしまい、真っ直ぐ進んでいても実際には斜めに進んでいる、ということが起こってしまう。
先程から彼らが迷子になりかけているのはそのせいである。視界が悪すぎるという理由もあるが、方向感覚が乱される方が大きい。そのため方向感覚を乱されてもあまり影響がないタクトとログサが集団を先導しているのである。
(さて、もうそろそろのはずだが……)
もう少し進めば、目的地である洞窟へとたどり着く。さらにその洞窟の奥に、師匠がいる異界への門があるはずだ。歩みを遅くさせ、前方を注視しながら進んでいくと、案の定件の洞窟が視界に入ってきた。
「ようやく到着だ……」
「え? って、何ですか? 洞窟?」
ログサの後ろを歩いていたラルドは彼にぶつかりそうになり慌てて立ち止まると、ログサが注視する洞窟に気づき眉根を寄せる。こんなに近くになるまで気づかなかったとは。
――覚悟せよ――
「―――っ」
洞窟に視線を向けた瞬間、自身の”天啓”が下った。微かに顔をしかめるラルドは、唐突に下った天啓の言葉の意味に意識を向ける。覚悟せよ――それが一体、どんな意味を持つのか。
「……最後に見た光景と、あまり変わってないな……」
「この奥に、タクトが会わなきゃいけない人がいるの?」
「うん。俺はその人に、どうしても会わなきゃいけないんだ…………ラルド、どうかした?」
「ううん、なんでもない……」
どこか懐かしそうに話すタクトとレナの会話を聞きながら、出来ればこの洞窟には入りたくはないとためらいが生まれた。しかしそういうことが言える雰囲気ではない。何よりも今の天啓は、ラルド一人に向けられた物だ。
「……よし、がんばろう」
天啓によって告げられた言葉通り、ラルドは覚悟を決めて洞窟の中へ進む決意を固めたのだった。
「じゃあ行くぞ、もう迷うことはねぇが…でもまぁ、師匠のお膝元だ。気をつけていくぞ」
ログサを先頭に洞窟の中へと足を踏み入れる一同。当然ながら真っ暗であり、先頭にいたログサはコホンと咳払いをして近くにいたフォーマに問いかける。
「わりぃ、灯り付けてくれねぇか?」
「………」
ログサの頼み事に首を傾げつつも、フォーマは魔術を行使して光球を複数生み出した。途端に洞窟内が明るくなり、中の様子を確かめることが出来た。今のところ洞窟内は一本道であり、先程までの森とは異なり迷う心配は皆無であった。しかしタクトの肩に乗るスサノオは、何かに気づいたのか表情をしかめ、
『気をつけるがいい。この場所は、すでに”異界”と化している』
「え、もう?」
肩に乗る相棒の言葉に、タクトは驚きを露わにする。彼が知る限り、この洞窟内は異界ではなかったはず。素っ頓狂な声を出すタクトに、スサノオははぁっとため息をつき、
『お前が知っているのは千年以上も過去の物だろう。あれから一切変わらないと誰が言える』
「そ、そっか……」
スサノオの指摘に、彼は頬をポリポリとかく。記憶感応によって過去の出来事――先祖の記憶を追体験することがある。しかしタクトの主観ではここ数ヶ月で起こった出来事ではあるが、現実ではすでに遠い過去の出来事。その認識のずれはそう簡単には治らなさそうであった。
「………」
「しかし本当に先祖の記憶を見ているのか……大丈夫なのか、お前」
すでにある程度の事情を聞いているレナとマモルは、幼馴染みのことを心配してそう問いかけてくる。マモルの問いかけにタクトは肩をすくめて、
「今のところ大丈夫だよ、心配しないで」
「今のところ、ねぇ……」
安心させるつもりで言ったのだが、逆に不安を煽る結果と成りタクトは唇をすぼめた。なぜこうも裏目に出てしまうのか。自身の至らなさに頭を抱えたくなる。
「正直に答えろ、どういった所が危険なんだ?」
「危険なことは確定しているんだ……」
フォーマが真剣な眼差しを向けながら問いかけてきて、思わずため息を漏らす。――記憶感応自体他者の人格が流れ込むという危険性があるものの、その悪影響はタクトにはほとんど意味がなかった。
「だから大丈夫だよ」
そのため危険なことはないのだが、それがいつまでも続くとは限らない――その思いが「今のところは」という言葉に表れたのだろう。そう分析しながらタクトは自嘲した。思えばこんな綱渡りにも近い無茶をどれほど繰り返しているのだろうと、我ながら呆れてしまう。
「う~ん……ここまで信用ならない大丈夫を、私は知らない……」
「付き合いの短い僕でも分かるよ、それ」
「カッカッカ、ずいぶんな言われようだなぁ坊主」
レナの言葉にラルドも頷き、友人達の反応にログサは一人独特な笑い声を溢してタクトの肩をバシンと叩いた。体勢を崩しかけ、反対側にいたスサノオが慌てて飛び立つほど力がこもっていた。
「………」
誰一人として信じてくれない現状に、タクトはぶすっとした表情を浮かべて無言の抗議を行う。しかし彼の精霊であるコウやスサノオは、どの口が言う、と内心呆れていたりするなど、もはや味方は居なかった。
「全くかわらんのぅ、お主は。たまには周りに目を向けてみたらどうなんじゃ」
「うん、その通りだよ。タクトはもっと……え?」
もっと周囲に気を配れという意見にレナはうんうん頷き、そこで奇妙なことに気づいた。今の発言は、誰の物だと。少なくとも、聞き覚えのない声であることは確かである。
「して、お主はまた会ったのぅ。”王”のことを聞いた途端飛び出したというのに、のこのこと戻ってくるとは」
「いや、耳が痛いねぇ……」
声のした方向を見ると、背の低い老婆がひっそりとそこに立っていた。ヒッヒッヒと肩を振るわす彼女に、ログサは苦笑して頬をかく。
「……はは……」
一同がだれだ、という視線を向ける中、タクトは奇妙な懐かしさを覚えていた。例えソレが、”桐生タクト”ではなく、”先代王の剣”として覚えた感情だとしても、無性に泣きたくなってしまうほどに。何も言えずにいるタクトにもう一度視線を向けた老婆は、口の端に笑みを浮かべて、
「久しぶりじゃのう桐生タクト。それともこう呼ぶべきか、“王の剣”よ」
「……今は初めまして、ということにして下さい――アメリアさん」