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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第39話 予言の子~3~

――さぁっと頬を撫でる風が気持ちいい。閉じていた瞳をそっと開き、タクトは一面の草原を見渡した。草原の中心にそびえ立つ一本の桜の木――桐生邸の庭にも咲いているあの木だ。


いつもなら満開の桜が咲いているのだが、今は花ではなく、つぼみとなっている。おそらく、少し前までの自身の心情が影響しているのだろう。何せここは、タクトの精神世界――心の風景なのだから。


現にいつもは青空である空も、今は雲が少し多い。とはいえ、いつぞやのような曇天の荒野ではないぶん、まだ精神的に死んでいないと言えるのだろうが。


「………」


――ショックから立ち直りつつある、って感じかな。自身の心情をそんな風に捕らえたタクトは、草原の中を歩き出した。目指すは中心にある桜の木。今ならきっとそこに――


「……いるわけいないよな、やっぱり」


桜の木の元にたどり着いたタクトだが、やっぱりそうだよなとばかりに苦笑した。木の根元に突き刺さっているのは、一振りの日本刀。柄頭から垂れ下がる二本の飾り紐が最大の特徴とも言えるそれは、タクトの証でもある。


――先代の王の剣の武器は長剣であり、その長剣の柄にも、二本の飾り紐が垂れ下がっていた。先代の紐とタクトの紐は非常によく似ており、おそらくこれが王の剣としての証なのだろう。


この飾り紐は、初めは付いていなかった。だがあのとき、ダークネス事件の最後の戦い時に何者かの残滓がタクトと同化した影響で、証に変化が起きて紐が追加されたのだ。


同化した”何者かの残滓”こそが先代王の剣だったのだろう。あれが引き金となってよりいっそう記憶感応や自然の加護が多く起こるようになった。


突き刺さった日本刀の元までたどり着いたタクトは、じっとその飾り紐を見やり、やがて口を開いた。


「……先代はどんな気持ちだったの? 弟を止めなきゃいけないっていう義理や使命感? それとも、弟によって全てを捧げなければ成らなくなった賢者達のため? それとも――」


――兄弟であるが故に止めようとしたのか、それとも弟によって身を捧げることになった仲間達のためか。それとも、世界のため――他にももっと違う理由があったのか。それはわからない上に、問いかけても返答が来ることはない。


少なくとも、先代の戦う理由はわからない。――わからないという点に関しては、”二代目”も同じであった。


「俺は、テルトと、弟と過ごしたことがない。だから、”弟だから止めないといけない”っていう思いは、正直ほとんどないんだ。テルトのせいでひどい目に遭った仲間はいるし、許せないって思うことはあっても、それを主な理由にするには、少し動機が薄い気がする」


誰もいない空間に、タクトの思いのみが伝わっていく。それを表すかのように、心地良い風はぴたりと止み、痛いほどの静寂が草原を支配し、彼の言葉のみが木霊する。


「――けれど、戦わなくちゃいけない……んだよね。今だから分かる。テルト(王の杖)を、”破滅者”を止められるのは、俺(王の剣)しかいないから」


――王の杖には”未来視”という異能を持っているが、王の剣にもそれに対抗出来る異能を持っている。最もタクトはまだそれに開眼していないが、それを獲得できれば”未来視”を持つ彼にも対等に戦うことが出来る。


逆に言えばそれがなければ杖と戦うことは出来ない。現にテルトの並外れた実力により、あのトレイドでさえ精霊人でなければ数回殺されているのだ。


先程まで風に揺れていた飾り紐が、微動だにしなくなっている。


「……そんな”義務感”で戦うことで、本当に良いのか……わからなくなった」


ぽろりと内心の迷いを吐露するタクト。今のタクトには、戦う理由が分からなくなってしまった。彼を止めなければならないのはわかっている。だがそれは、”自身の胸の内”からあふれ出てきた思いではなく、”過去の記憶によって受け継いだ”使命でしかない。


果たして、その使命を盲目的に果たすだけで良いのか――そのことがわからないのだ。


証から、視線を自身の掌へ映し、タクトはふぅっと息を吐き出した。返答が来ることは期待していない――しかし、タクトは“声”を聞いたような気がした。



――迷ったのなら、一度振り出しに戻ると言い。最初に何を思って”力が欲しい”と望んだのか……己の原点を見つめ返せ――



「…………」


声が聞こえたような気がして、タクトは目線を掌から証へと向ける。微動だにしなかった飾り紐が、小さく揺れている。止んでいた心地良い風が、再び吹き始めたのだ。


「……己の原点……」


何のために力を欲したか――タクトはじっと証を見つめ、やがて刀の柄へと手を伸ばした。自身の証を握りしめ、地面から引き抜こうとして――




「――――………」


窓から差し込む朝日がまぶしい。タクトは胡乱げな瞳で窓を見やった。容赦なく入り込んでくる光に目を細め、彼は上体を起こすのだった。


「……寝てた……」


目が覚めればベッドの上であった。まだ朝六時頃――タクトからしてみればいつもよりもちょっと遅いぐらいか。ここ最近眠りが浅かったのも影響しているのだろうが。


「………?」


ふと視線を巡らせると一部の棚が悲惨なことになっていた。載せていた家具類が床に転がっている。昨夜スサノオによって壁に叩き付けられた際に落ちたものだ。


「………ん?」


それを皮切りに昨夜のことを思い出し、同時に頭が覚醒していく。そうだ、昨日はスサノオに蹴られて、レナに自分の迷いを吐き出して、みっともなくしがみついて――そのまま眠ってしまったのだ。


「…………」


確か壁により掛かっていたはず――と思いながら、タクトはすぐ隣に視線を落とした。布団が不自然な感じに盛り上がっており、その隙間から肌色と黒髪が見えた。無言のままぺらりと布団を捲ると、思った通りの少女がそこにいた。


「……すぅ………すぅ……」


「…………」


自身のベッドですやすやと眠るレナを見つけたとき、タクトは思わず気絶しそうになった。昔は同じベッドで寝たこともあるが、あれは幼い頃であり、年頃の男女が一つのベッドで眠るというのはかなりの大問題ではなかろうか。


「レナ……自分のベッドで寝てよ……」


思わずぼやいてしまうが、実は彼女にも言い分があった。レナに抱きついたままタクトは、緊張の糸が切れたのか、あのまま眠ってしまったのである。抱きつかれたまま眠ってしまった彼を、彼女はやっとの思いでベッドまで運んだのだが、タクトがそのまま離してくれなかったという事情がある。


気恥ずかしさやら何やらで顔を覆ったタクトだが、ふぅっと息を吐き出すと、ひとまず彼女を起こさないようにベッドから抜け出した後、改めてレナの体を揺すって声をかけた。


――レナの隣で、かつ同じベッドの上で起こした場合、何か誤解を招きそうな気がしたのだ。すぐにその判断は正しかったと、彼は思い知ることになる。




彼女を起こした後にも一悶着あったが、誤解はすぐに解け、レナは逃げるようにしてタクトの部屋から飛び出して行った。その後ろ姿を見送った後、タクトはまず着替えを持って自宅のお風呂へ直行した。


寝汗を流した後、朝食を食べにやってきたタクトは、そこで皆にここ一週間心配をかけてしまったことを謝罪する。


もう皆も、タクトがなぜ引きこもったのか分かっているためか、逆にタクトの方が謝罪されてしまった。――一週間、何もしてやれなくてごめん、と。


その言葉に、タクトは思わず目元を押さえた。何もしてやれなかった――だがそれは、タクトが拒絶してしまったことも影響しているだろう。何とか励まそうと手を差しのばしてくれたのに、それを悉く振り払ったのは自分だ。それなのにすまなかったと謝ってくる彼らに、タクトは居たたまれなくなってしまった。


その後の朝食は、久しぶりに楽しいものとなった。その場には叔父であるアキラはいなかったが、代わりに風菜がおり、タクトは例の件について話しかけるか迷ったものの、結局朝食を終えた後、タクトは母である風菜の元へ足を運ぶ。


「ねぇ母さん、話があるんだけれど」


「うん、わかった。……さっきから話しかけたそうにしていたしね」


台所で洗い物をしていた風菜は、苦笑をしてタクトの頼みに頷き、タクトの叔母に当たる未花とレナに後の洗い物を任せ、二人は風菜の自室へと向かっていった。


「……」


「……」


母が腰掛けている車いすを押しながら目的地へ向かう途中、親子の間に会話はなかった。この親子に関しては珍しい事である。だが庭に面した部屋の近くを通ったとき、誰かが縁側の窓を開けっ放しにしていたためか、桜の木がちらりと見えた。


「――あの桜、母さんにとっても大事なもの、何だよね?」


「……えぇ、そうね。あなたが助かったのは、あの木のおかげだし……”あの人”との約束も……」


「あの人?」


昔を思い出すように遠い目をして口を開いた母の言葉に、タクトは眉根を寄せる。唐突に出て来た”あの人”――誰かわからないが、しかし何となくその人物が誰であるか、察することは出来た気がした。


「えぇ……いつか、家族四人でお花見をしよう……そう約束したの」


家族四人――それは叔父達を除いた、本当の意味での家族四人で、ということだろう。母は、その人とそんな約束をしていたのか。風菜は自嘲気味に、


「もう叶わなく成っちゃったわね……。でも本当に……そんな日が来るって、少し前まで信じていたのよ」


「…………」


――息子が己の運命を知ってしまったが故に、母の小さな夢は、叶わなくなってしまった。そのことを痛感したタクトは、再び口を閉ざす。幸い近くに母の自室があったため、静寂を打ち消すように車いすを押して足を踏み入れた。


何度も訪れたことがある母の自室は、きちんと整理整頓が施されており、綺麗に片付いている。最も片付けておかなければ、車いすでの生活が困難になるため、という理由もある。現に叔父曰く、昔は片付けが苦手だったらしい。


「それで、タクトは何が聞きたくてやってきたの?」


部屋に入るなり、風菜は自分で車いすを動かして中央に陣取り、そこで振り向いてタクトを見上げる。――車いすに乗り、こちらを見上げているというのに、その瞳から発せられる気合いは凄まじい。タクトはゴクリと喉を鳴らして、


「……何で”二代目”も、初代と同じ運命を辿るって分かっているの?」


尋ねる前は遠回しに聞いてみようかと思っていたことを、彼は直球で問いかけた。気合いを発している母を相手に、遠回しや言い訳は逆効果だと分かっているからこその対応である。


風菜は息子の問いかけに対して頷いて見せた。――初代がそういう運命を辿ったからといって、次の世代までもが同じ結末になるとは限らないはずである。なのに母や叔父、弟であるテルトはさも当然と言わんばかりに、”二代目”も同じ結末になると口をそろえている。


昨晩レナのおかげでそのことに気づけたのだが――しかし、母の頷きは、まさに肯定の頷きであった。


「えぇ。私達も昔、同じ運命になるとは限らないと思って調べたの。けれど……」


そこで彼女は一度瞳を閉じた。そしてタクトを見やり、息子の真剣な眼差しを見て決心する。ありのままのことを話そう。今の息子なら、受け止められると確信したのだ。


「……タクト、”未来を見る力”っていうのは、何も一つだけではないのよ」


「それは、つまり……」


「そうねぇ……身近な例で言えば陰陽師の占いがそうね。実はアレも、昔は本当に未来が見えていたらしいわ」


「……そっか、確か地球にも、昔は”魔法文化”があったんだよね」


母の言葉に納得したのか、タクトは頷いた。機械文明が進歩する以前の地球では、確かに魔法文化はあったのだ。西洋では魔術、東方では呪術や占術がそれに当たる。だがそれらは、時代が進むと共に次第に消え去り、現代では僅かな人数しか継承していないと言われている。


地球支部では、その僅かな継承者を探してはいるものの、全員発見したわけではない。――だが逆に言えば、”数人程度なら”繋がりがある。


そしてそのうちの一人が、”現代の陰陽師”であったりするのだ。風菜が口を開く。


「えぇ。うちと繋がりがある陰陽師の方に、あなた達の未来を占って貰ったのよ。本当に初代と同じ運命を辿るのかって。……結果は、変わらなかったけれど」


「………」


知らぬうちに現代の陰陽師に占って貰っていたことに複雑な感情を抱くものの、今は置いておく。


「けれど、占いだって絶対じゃないはずだ」


「私達もそう考えたわ。だから、地球以外の異世界で、予言者を探して……けれど、ほぼ全員から、同じ答えが返ってきたの」


「………そうなんだ」


母親が告げた事実に、流石に落胆を隠せないタクトは、ふぅっと息を吐き出して瞳を閉ざした。そんな彼に、ありのままのことを話すと決めた風菜は、話を聞いた当時不思議に思ったことを彼に伝えるのだった。


「……けれど、予言者の一人が不思議なことを言っていたの。それが凄く印象に残ってる」


「その人は、なんて?」


「あなたとテルトの運命は、”この世の理”によって定められている……そう言っていたの」


――この世の理――つまり、この世界における摂理、ということなのだろう。戦って相打ちと成り、二人とも死亡する――それが、世界によって定められた常識ということなのか。思わずタクトは深いため息をついて自嘲する。


「……俺達双子は、世界にまで嫌われているのか……」


「…………」


じっとこちらを見つめてくる風菜に気づき、タクトは再びため息をつき、首を横に振る。母親が心配してくれているのは伝わって来たのだ。


「……大丈夫。そう簡単に変えられるものじゃないんだなって、はっきりさせたかったから」


「………?」


はっきりさせたかった、という彼の言葉に風菜は違和感を感じた。だがその正体を掴むよりも先に、タクトが口を開いた。


「それで、その不思議なことを言った予言者はどこに?」


「……わからないのよ。猫背のおばあさんがひょっこり表れて、予言だけすると煙のように消えたの……」


本当に分からないのか、首を振る母親に、タクトは眉根を寄せた。


「わからない? 母さんが?」


「えぇ、あれは本当に驚いたわ。声をかけられるまで気づかなかったし……本当はその予言者のことを信じない方が良いのだろうけれど……」


あくまで直感だが、その予言は重要な意味を持っていると感じたから、今まで覚えていたようだ。確かに他の予言とは、少しだけ意味合いが違うように感じる。口元に手をやって考え込むタクトだが、やがて首を振る。


「――もしかして……いや、よそう。それよりも母さん、そろそろ”父さん”のことについて教えて欲しい」


「…………」


ひとまず予言のことについては置いておき、タクトは今回一番聞きたかった自らの父親について口にする。


幼い頃に一度だけ尋ねたことがある。その時は遠くに行っていて帰って来られない、と風菜やアキラから聞かされていた。だがその話題になったときの叔父と母の雰囲気から、深い事情があるのだと小さいながらも察することが出来た。


そしてそれから数年後、父はおそらく亡くなったのだろうと思っていた。だからそれ以後聞くことはしなかったのだ。だがここ最近で、父親は生きているのではないかという疑惑が浮かび上がったのだ。


そして、その父こそが――タクトの問いかけに、風菜は目を閉じて押し黙った。だがため息混じりに瞳を開けると、彼女は悲しそうな眼差しで息子を見やる。


「……あの人も、あなた達と同じ。”そう生まれてしまった”ために、運命に弄ばれた人なの」


「……じゃあ、やっぱり」


――そう生まれついた――運命に弄ばれた――その言葉を聞いて、タクトは確信する。自分の――否、自分達双子の父は。


「えぇ。あなた達の父は……”精霊王の生まれ変わり”……私達とともに改革を成し遂げて、けれどその最後に、フェルアントに訪れようとした災厄を退けるために禁忌を犯した語られぬ英雄……」


――彼女が語る事に、タクトの脳裏にとある光景が浮かび上がる。――少年少女時代の叔父や母と出会う大人びた、もしくは浮世離れした雰囲気の無表情な少年。


彼らと共に暮らしていくなかで、徐々に感情を表すようになっていく少年。ありきたりな、しかし何物にも代えられない平穏な日々。それも、異世界からの来訪者によってあっさりと打ち砕かれる。


来訪者の後を追って異世界へと飛び込んだ三人は、様々な出会いを経て仲間を集い、平穏を奪った元凶を追い詰めていく。だがその最後に、かつて”王の剣”がその身を賭して食い止めた厄災が表れ――その厄災を滅ぼすために、禁忌を犯した大改革における“三人目の英雄”。


「――“ルフィン”。それがあなた達の、父親の名前」



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