第39話 予言の子~1~
一人桐生邸の縁側で腰掛ける一人の子人は、特製の盃に注いだ酒を仰ぎながら夜の星空を見上げていた。今宵は月見酒――いつもと同じ酒だというのに、ここ最近は妙に旨く感じない。
『……全く、心の毒はそう癒やせはしないか……』
一人寂しげな微笑みを浮かべながら再び盃を傾ける。酒が旨く感じない理由は分かっている。自身の主であるタクトの影響が強く出ているのだ。今彼は、不安と不信が心を埋め尽くしている。
例の金髪の少年――テルトが、自身の双子の弟だったという事実。そのテルトが、タクトが学園に入学してから関わってきた事件の大半に、”黒幕”という形で関わっていたこと。そして――自身とテルトが、それぞれ“王の剣”と“王の杖”の生まれ変わりだと言うことも、そして剣と杖が辿る末路も知ってしまったのだ。
『いい加減主には復調して貰わねば困る。旨くない酒を飲むのはこりごりだ。――そうは思わないか、レナ』
「………」
夜の星空を見上げたまま、銀の子人――スサノオは背後から近づきつつあったレナに声をかけた。しかし相手はスサノオの鋭さには慣れているためか、あまり驚かずに近づいてくる。最も幾度となくセクハラの被害に遭ってきたためか、一定の距離を保ったところで立ち止まったが。
『……そう距離を開けられると少し悲しいのだが』
「普段の行いが悪いよ」
長い黒髪を一つに束ねている彼女は、はぁっとため息をつきながらスサノオを見下ろしている。手にしていた盃を置き、スサノオは後ろを振り返り、そして不甲斐ないとばかりに目を伏せた。
『……また奴は飯を食べなかったのか』
「……うん」
彼女が手にしていたトレーには、もう冷め切ってしまった夕食が置かれていた。”アレ”以来、タクトは部屋に入り浸り一人でいる時間がかなり増えてしまっていた。
――スプリンティアへの調査から帰還してすでに一週間が経過している。衝撃の事実と、そしてアキラからようやく全ての事情の説明を聞かされた彼は、人との関わりを断つようになってしまった。
『いい加減奴の首根っこ引っつかんで強引に喰わせておけ』
「で、出来ないよそんなの! ……ダークネスの一件よりも凄い落ち込みで……」
今まで当たり前だと思っていたことが違うと知り、タクトが引きこもる気持ちも分からないでもないが、いい加減気持ちの整理を付けろと言いたい。彼女の言うダークネスの一件も似たような物だった。
一体何度同じ事を繰り返せば気が済むのだお前は、と愚痴りたくなる。だが思うだけで、それを口にはしない。何せ――
『――まあ、今はそっとしておけ。どうせしばらくしたらまた立ち上がる』
「そ、そんな無責任な……!」
スサノオの放置しておけという発言に憤慨する様子を見せたレナだが、しかしスサノオは肩をすくめるだけ。その表情は、少しも心配してはいなさそうであった。
『“アレ”は私が、私の主に相応しいと見込んだ男だ。うじうじ悩んで、迷いを抱えて、それでも自分の思いを胸に前へ進む奴だ。今回もそうだろう』
「っ……でも……っ!」
――スサノオの言葉を聞いて、放置しているのは信頼の証なのかもしれないと僅かながら思うが、しかしそれだけでは納得できなかった。彼女は一瞬言葉に詰まるものの、やがて首を振ってスサノオに問いかける。
「……本当なの? タクトが、”死んじゃう”ってこと……っ!」
『あくまで予言、伝承だ……と言いたいが。その伝承と符合する箇所も多い。そして何よりも奴の言葉……その可能性は極めて高いだろう』
「っ――」
淡々と事実だけを伝えるスサノオに、レナは息を呑み、手にしていたトレーを手放してしまった。幸いスサノオが落下前に不可視の力で受け止めたものの、レナは落としてしまったことにさえ気づかない様子である。
――伝承やフェルアントに伝わる”史実”では、裏切った王の杖は、王の剣と相打ちとなり、共に死亡したと伝わっている。あくまで過去に起こった出来事――しかし、その史実と重なる場面は非常に多い。故にアキラの仲間達も、危惧をしてはいたのだ。
そして何よりも、”未来視”という未来が見えるという異能を持つテルトが告げた言葉が、それを決定づけた。
『先代の王の剣と杖の最後……二人は”相打ち”という形でこの世を去ったんだ。つまり、王の杖の目的を、王の剣はその身を挺して止めたんだ』
『僕の未来視も、同じ結末だった』
――どれほど勇敢な人物であっても、自分が死ぬと分かっていて戦うことなど、そう簡単にできることではない。レナには、タクトが一人で閉じこもってしまう理由が、何となく分かってしまった。
しかし、だとすればもっと分からなくなってしまうのは王の杖の方だ。失敗すると分かっていながら、なぜ出来るのか――
『――結末を知っているが故に、辿れる過程もある。そして結末を乗り越えた先にも、また新たな過程が広がっていく』
「……それ、どういうこと……?」
スサノオの言葉に眉根を寄せて問い返す。しかしスサノオは答えず、側に置いた酒瓶と杯を手に取り、中身を注ぎ始める。
『屁理屈が未来を変える……ふむ、少し飲み過ぎたか』
一人で納得し、飲み過ぎたと言いつつも盃になみなみとつがれた愛酒を飲み干すスサノオを見て、レナは一人ため息をつく。これは答える気はないのだろうなと、雰囲気で悟ったのだ。
代わりに床に置かれたトレーを見て、慌てた様子でそれを持ち上げ、台所へ運ぼうとする。だがその時、背中を向けたスサノオが彼女に向かって声をかけてきた。
『奴のことを心配する気持ちは、まぁ分からんでもない。だがアレは、私の主に相応しいと見込んだ奴だ。また立ち上がるだろう。……タクトがまた立ち上がれるように、ケツでも蹴り飛ばしてやれ』
~~~~~
――一週間ほど前に行ったスプリンティアの調査は、是非はともかくエンプリッターとの繋がりが発見し、また機能停止に追い込んだという点においては、非常に意味のあるものだったと言えるだろう。
おかげで例の純粋魔力を撃ち出すライフルの製造を止め、その輸出先などからさらにエンプリッターの拠点割り出しや部隊の人数などを把握しやすくなるだろう。
さらにスプリンティアにいたという幹部に関してだが、学園襲撃時に捕縛した連中から聞き出した現幹部の数と名前を参照した結果、残るは四人のみという結果になった。さらにそのうちの三人は、少し前にエンプリッターからも追放されたという話で、実質は残り一人となっていることも判明した。
フェルアント本部で開かれた、各世界の支部長達を集めた会議でアキラが淡々と調査の件と、その成果を淡々と説明していた。その成果については、各支部長達からとやかくいわれはしなかったものの、その方法に関しては、盛大に非難を浴びた。
――当然だろう。何の連絡や報告なしに、他世界の支部が他世界の様子を探るというのは、明らかな越権行為である。ちなみにスプリンティア支部の支部長はこの会議には参加していない。拘束――という名の欠席であった。
「――無理矢理スプリンティアに乗り込んだだけあって、確かに成果はある。だがその方法に関しては、やり過ぎではないだろうか」
同じく支部長職に当たる男は言葉を濁しつつ、地球支部の行いの問題点を指摘する。だがアキラは首を振って否定する。
「それに関しては最初に説明したとおり、”学生達”にスプリンティアの技術力を見学して貰うために行ったものです。スプリンティア側へ提出した各書類にも、渡界(異世界への転移)理由にはそのように記しています」
――つまり調査目的ではなく、純粋な”見学”であったとアキラは言っているのだった。各支部長達はアキラのその説明に対し、露骨に表情をしかめるものの、とやかく言いはしなかった。
「それではスプリンティアがエンプリッターと繋がっている証拠を発見したのは、あくまで偶然と言うことなのですか?」
「えぇ」
「スプリンティアが定めた、”立ち入り禁止区画”に立ち入ることが、偶然だと?」
鋭く切り込んできた支部長に対し、アキラは極めて冷静に、
「それに関しては、偶然と私個人の因縁が重なった結果、としか」
「…………」
具体的な説明をしない彼に苛立つような表情を浮かべるものの、しかし追求することはしなかった。事前に説明を聞いていた上に、彼個人の因縁とも来れば、例の”外魔神”しかないだろう。
――今となっては、“大改革”の全容を知らない支部長達もいるが、それでも書類や資料などで深い所まで把握している。外魔神について説明する必要はなかった。
ここにいる全員が、外魔神の脅威について理解しているのだ。かつて表れた、”世界を滅ぼす存在”――その恐怖を。
「……各支部長達は、桐生支部長の独断行動に対し思うところはあるだろう」
黙って支部長達の話を聞いていたミカリエ本部長は、頃合いを見計らって皆に告げる。アキラはどうあっても”学生達への技術見学”という建て前を崩しはしないだろう。手続きをきちんと踏み、根回しもしているため、それを崩すことは出来ない。
それに――今回の一件では、アキラに“借り”が出来てしまった。トレイドとゼルファ、ルキィの三人についてだ。彼らの存在を隠すことに協力してくれている以上、こちらも彼に協力しつつも、本部長としての筋を通さねばならない。
「偶然が重なった結果、無茶な行動を行ったが、しっかりと、それも想像以上の成果を見せてくれた」
そう言ってぐるりと各支部長達を見渡すミカリエ。
「きちんと手続きを踏んでいる以上、”技術見学”であるのだろう。だが学生達の勝手な行動を制御出来ていないのは事実だ。……最もそのおかげで、今回の成果に繋がったのだが」
本部長の言葉に、それまで質問に答えるとき以外は黙って目を瞑っていたアキラが、すっと目を開ける。そのほかの支部長達も、ミカリエの続く言葉に興味を持ち始めていた。
「監督不行届、か?」
「あぁ。地球にて、しばしの謹慎処分が妥当ではないだろうか」
この決断も賛否が分かれるだろうが、と内心ため息をついていると、案の定処分が軽いのではないかという声がちらほらと上がる。
「それは、いささか妥当とは思えない」
「何もそこまでムキになることはないだろう。それに、桐生支部長からもたらされた情報は重要だ」
「そういう……っ……申し訳ありません」
――そういう事ではない、と言おうとしたのだが、ミカリエから真っ直ぐな視線を向けられ、押し黙る女性支部長。彼女が口をつぐんだのを見て、本部長は会議室にいる面々を見渡した。
「彼がもたらしてくれたのは、例の兵器群の開発停止、および兵器の納入先からのエンプリッターの潜伏箇所の特定。さらに幹部陣の捕縛、および消滅と、”例の少年”による非人道的、そして”非精霊的”実験……これらはエンプリッターとの戦いの中で、有利に繋がる情報だ。それに彼の、そして地球支部の戦力は重要だ」
コホン、と咳払いをしてミカリエは周囲を見渡した。改めて彼の成果を並べていくと、納得出来なさそうな顔もいくつかあるものの、概ね賛成するしかない空気がその場に流れていた。
「………」
場の空気がそういった流れになるのを見守っていたアキラは、そっとため息をついた。事前にミカリエと話していたが、その時はトレイド達三人に関してしか話しておらず、他支部の秘密裏な調査という違反行為をした自身の処分に関しては一切話していなかった。
今回の一件、彼の手助けは借りれそうにないと思い(実はそんなことはなかったのだが)、あらかじめ用意していた姑息な手段と根回しを利用し、何とか切り抜けようと考えていたのだ。
そして最後の手段である”退職願い”――念のため、とばかりに書いてきたのだが、それが不発に終わり少々ホッとしたのが本音である。とはいえ――
(……まぁ、いつものことか……)
これでまた同職連中から嫌味を言われるのかと思うとため息をつきたくなるが、今はそのことをぼやいている状況ではないだろう。それに慣れたくはないが、言われ慣れている。
アキラの処分に関する議題が終わり(当然学生達は不問、カルアについても、アキラの部下であるため責任はアキラにある)、アキラがもたらした情報を元にエンプリッターの動きを予測し、今後の出方の方針を決める議題へと移っていく。
支部長達の話を心ここにあらず、と言った様子で聞きながら、アキラは内心でため息をついていた。――心の片隅に、タクトの顔が思い浮かんでしまう。
あの日――テルトと出会い、幹部達を退けた後、アキラはその場で全てを打ち明けたのだった。
~~~~~
トレイドが召喚したザイが、残っていたエンプリッターの幹部達を丸呑みし、彼らに宿っていた”呪根”を浄化させると、彼らは全く動かなかった。
目は開き、胸もゆっくりと上下している。――だが反応が一切ない。戦闘の時と同様に無表情を浮かべるだけ。丸呑みしたザイがペッと吐き出し、地面に叩き付けられた彼らを、トレイドは複雑そうな表情で見下ろしていた。
「……俺も一歩間違えれば、こうなっていたのか……」
『互いの幸運に感謝だな』
巨狼となっているザイも同意見なのか、浄化の炎に包まれた体をくねらせながら彼に近づく。――トレイドが精霊人になったように、ザイもその影響を受け、普通の精霊よりも長時間召喚状態を維持できるため、すぐに小型サイズに戻ることはない。
「―――って、おいゼルファ!?」
首を振って幹部達から目をそらし、一人重傷を負っている大男に気づき、トレイドは慌てて彼の元へ駆け出していった。側にはラルドが治癒術を施し、また憑依を行った影響でしばらく全身に重い疲労を感じているカルアも、体を引きずるようにして彼の元にたどり着いていた。
彼らが戦っていたエンプリッターの幹部達は、その姿が見当たらない。――おそらく精霊憑依を行ったカルアの攻撃を受け続けた結果、再生を繰り返し、魔力を使い果たしたのだろう。
「………彼女達も無事か」
アキラも周囲を見渡すと、疲弊した様子で背中合わせとなり、地面に座り込んでいる姉妹が映り込む。彼女達も幹部達と戦っていたが、側にはやはり誰もいなかった。――おそらくだが、カルアと同様に魔力を使い果たすまで再生させ続けたのだろう。
恐ろしいのは、二人とは言え”切り札”を使わずに倒したという点。おそらく姉妹のコンビネーションなのだろうが、その恐ろしさの片鱗を味わった気分である。
「……」
――そしてアイギットとコルダ、タクトの三人組へと視線を向ける。戦闘が終了したにもかかわらず、タクトは未だに膝をつき動けずにいる。あるいは、動かずにいると言うべきか。アイギットが彼の腕を掴み立ち上がらせようとするも、それを拒否するかのように拒んでいるように見えた。
「おいタクト、お前一体何があった……!」
「………」
苛立ちを宿したアイギットの言葉を受けても、彼は相変わらず俯いたままだ。その表情はよく見えず、何を思っているのかはわからない。アキラは心の中で深く息を吐き出し、意を決したように彼の元へ歩き寄っていく。
「タク――」
「――なんで黙っていたんだよ……」
「タクト……?」
彼に近づき、名前を呼ぼうとした瞬間、遮るようにタクトが口を開く。その反応の良さに眉根を寄せるアイギットだが、彼の口調に違和感を覚え、思わず数歩引き下がってしまった。恨むような、憎むような――失望したような、そんな後ろ向きな感情を宿した口調に。
「………」
一方アキラは、テルトが彼と話したと聞いた瞬間から胸に抱いていた懸念が、見事に的中したことを察し、唇を噛みしめながら拳を握りしめる。――いつかは話さなければならないと思っていた。だが決心が付かず、ずるずると先延ばしにした結果、最悪の形で話さなければならなくなるとは。
「タクト、それは――」
「何で”双子”だって……俺に”弟がいる”って言ってくれなかったんだよ!!」
「――何っ……?」
「…………」
彼の悲痛な叫びを耳にした友人のアイギットは何のことだとばかりに首を傾げ、コルダは思い当たる節があるのか、どこか痛ましげな視線を彼に向けていた。
一方、その叫びを離れたところから聞き届けた仲間達も、彼はいきなり何を言うのかと疑問を浮かべていた。――彼の家族事情を知るカルアのみ、目を見開いて驚きを露わにさせている。
――知ってしまったか……――
全身に重くのしかかる疲労故に動けずにいるが、それでも彼は顔をうつむけ痛ましげな表情を浮かべていた。
「――すまなかった、タクト。本当なら数日前の、レナの一件の時に、お前には伝えておくべきだった。だが……私は、その責任から逃げた」
「――」
アキラの答えに、顔を俯かせていたタクトはぎゅっと拳を握りしめた。――知っていて教えてくれなかった。彼の言うとおり、レナの一件の時にも教えてくれれば良かったのだ。それほどまでに、自分は――
「……叔父さんの目には、俺はまだ守られる側なの!?」
「っ……」
――彼の叫びに、返答に詰まったアキラは彼から目線を逸らしてしまった。今回のスプリンティアの調査の一件、当初はタクトの力を当てにしていた部分はある。戦力として見ていたこともある。――テルトの策により、ほぼ戦力外になってしまっていたが、それでもだ。
彼はもう、自分達(大人達)に守られるだけの少年ではない。だがその思いをねじ曲げ、守られる側だと言ってしまうのは簡単だ。だがそれは、自分を信じて付いてきてくれた彼に対する裏切りだろう。――信頼関係は、一方通行では成立しないのだから。
「……失いたくなかったんだ。お前まで……お前まで失いたくはない」
「………」
跪いたタクトの前まで近寄ると、アキラはどかりとその場に座り込んだ。――本来、こんなことしている場合ではないのだが、そんなこと言っていられる場合ではなかった。
「――あの少年は……お前に教えはしなかったが、確かに、生き別れになったお前の”双子の弟”だ」
『……な……?』
アキラとタクトのやりとりを、黙って聞き耳を立てていた仲間達はその言葉を耳にして驚愕の表情を浮かべていた。さらに続く言葉に、彼らはますます眉根を寄せることになる。
「そしてお前は……いや、お前達はそれぞれ、”王の剣”と”王の杖”の生まれ変わりだ」
「―――――っ!!」
一部を除き驚愕を、そして眉根を寄せる中、その言葉を耳にしたトレイドはハッとして目を見開いた。――彼から以前とある相談を受けていたからこそ気づいたのだ。
タクトが持つ自然の加護が妙に強い理由と、彼の記憶感応がやけに古い理由――そして、彼の”父親が誰なのか”。
(まさか……いや、ありえるのか……!)
一人口元に手を当て、今にも叫び出しそうになるのを必死に堪えるトレイドは、続くアキラの言葉に耳を傾ける。
「王の剣って……確か伝承にある人物よね……? 精霊王の双子の息子の兄で、人々をまとめ、武力を持って国を守ったって言う……?」
「それに王の杖は、知識で政を行い、魔術を広め、時には異界の術を使って国を支えていった。それに確か、未来を見通す目を持っていて……っ!」
ウルファとルキィは呆然とした様子で互いを見やり、そしてハッとした。王の杖に関しては、例の金髪の少年――テルトと一致することがある。次元が違う、と評しても良いほど極めて高い魔術の力量に、呪術や神術など、フェルアントでは広まっていない魔術も修得している。
そして何よりも、未来を見通す”未来視”――共通する事柄ばかりだ。まさか、と姉妹達も体を震わせ始めたときに、アキラが重い口を開いた。
「私が……”私達”がお前にこのことを伝えなかったのは……お前にこの事実を背負わせるには重すぎることだと判断したからだ。……だがもう、勘づいているだろう? タクトとテルト、お前達の”未来”を」
「――――なんで……」
――タクトも、自身と弟の末路に気づいていた。テルトも言っていたではないか。相打ちになった、今回も同じになる、と。それはつまり――俯いていた彼は、自身の顔を両手で覆い、崩れ落ちる。自身の結末を知り、絶望した甥に、アキラは震える声音で言葉にした。
「近い将来、お前はテルトと戦うことになる。そして――互いに互いを殺し合い、二人とも死ぬ。……たかが伝承、ではない。それは確定した未来……世界によって定められた宿命だ」
「……なんだ、それは……どういう、ことだ?」
二人は殺し合い、二人とも死ぬ――そんな馬鹿げた話を聞いて、訳が分からないとばかりに首を振るアイギットは、冗談だよなと言いたげな様子である。しかし相も変わらず絶望しきった様子で黙り込むタクトとアキラに、彼は何も言えなくなってしまった。
「僕は……死ぬってこと……? それも……実の弟と、殺し合って……? 弟と、一緒に……?」
震える声音で、タクトはそう呟きを漏らした。――「僕」呼びに戻っているが、本人はそれに気づいてはいない。
テルトから予言を言われたときに、まさかという考えが走った。そんなことはないと、必死に否定していたが――運命は、残酷なまでに外れてはくれなかった。