第15話 潜む力
う~む、スランプ気味だなぁ……
時間をやや遡って、とある異世界。フェルアントとも同盟を結ぶ、世界間交流のある世界だ。今そこで、厄介な事が起きていた。
その世界の名は「プーリア」。たくさんの自然に恵まれた、豊かなところである。自然に恵まれているため、その世界全体で見渡すと数百もある森、その内の一つで事は起こっていた。
その世界に住む民族衣装を着た青年は、森の中を走っていた。ぜぇぜぇと息を乱し、一心不乱に。いや、その走りは逃げるというのが正解か。
後ろを向いて、何かを見るなり再び走るスピードを上げる。しかし、長い時間ずっと走り続ける彼には、それすらとても過酷な物だった。
「はぁ……はぁ……。……くそ、まだ追ってくる!」
息を乱しながらそう吐き捨て、顔をしかめながら走り続ける。何せ、そうしなければならない。そうしなければ死ぬと、理屈ではなく本能でそう悟ったからである。
青年が逃げている物……それを一言で言うならば、獅子の形をした異形……彼はそう”思った”。
思った、と言うのは、彼はそれを見ていないのだ。この森は薄暗く、走り続ける彼には長年、この森で暮らしたことによって得られた方向感覚。それを頼りにひたすら逃げ続けているのだ。
ーー幸いである。もし彼がそれをしかと見たら腰を抜かしたであろう。それは、災いをばらまくーー
「あっ!」
突如、青年が石に躓きバタリと転んだ。派手に転んだ彼は、すぐさま起き上がり走り出そうとするがーー足が悲鳴を上げた。もう限界だと訴えているその足は、まるで鉛のように重たく動かない。
半身を起こしてすぐさま足をさするが、その隙に異形は一気に青年に詰め寄り、そして彼は見た。今まで自分を追いかけ回していたのは何だったのかを。
「え……」
驚愕に見開かれたその目には、恐怖は映ってはいなかった。人間、あまりにも驚くと、何も出来なくなるのだ。
異形は、その大きな口をガバッと開け、彼を一飲みにせんとーー
ーー突如、風が吹いたーー
横手から吹いたその風は、暴風と化し、異形を青年から吹き飛ばす。風にあおられた異形は、すぐさま体を起こし、ギィッと風が吹いた方を睨むが、すぐさま異変が起こった。
再び風が吹き、それと同時に異形が切り刻まれた。
全身に線が走り、そこから異形の体液ーーおそらく血の類いだろうーーが吹き上がり、それが大地を染める。
「な……何が……」
何が起こったんだ。それさえも口に出せず、ただただ青年は、その様子を見ることしか出来なかった。
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「危ねぇ危ねぇ。あと少し遅れたら、あっちの方がやばかったな」
青年が驚きながらも何も出来ずにいるのを、森の中から一人の男が見ていた。突き出し、向けていた手のひらを戻すと、二十代後半の彼は、背後から感じる一つの視線にうんざりする。
「………」
「……わかった、勝手な行動は慎みますって」
「信用できるかドアホ」
背後から感じる視線ーー宙に浮かぶ精霊の視線を感じ取りながら、「そんなに信用ないかね?」と呟く。精霊からしてみれば、当たり前だ、と一喝するのだが。
ふうっとため息をつきつつ、
「とりあえず、連中から依頼された物は終わったよな」
「ああ。これでお役目ごめんだろう。しかし……」
「気づいてる。どうやら連中の何人かは気づいてるみたいだが……」
そう呟くが、どこか心配そうな表情を浮かべ、男は頭をガリガリとかく。
「……あの無能連中だ。事の重要性に気づいていないのが大半」
「状況によっては、あの人に動いて貰うしかなかろう」
そうだけどよ、と唸りつつ、彼らは何となく異形を退治した地点を見やる。どうやらあの青年は、倒れた異形が何なのかを青白い顔で確認している。
それを見ながら鳥の姿をしている精霊は、
「……こんな田舎でも、伝説は伝わっているみたいだな……」
「?」
その呟きに彼は眉根を寄せ、何なのかを聞こうとする。が、精霊は首を振り、
「たいしたことではない。それより、戻らなくていいのか?」
「げっ……」
嫌なことを思い出した、とでも言うように、露骨に顔をしかめる彼はふうっとため息をつき、
「そうだな、戻るか……。しかし、遠路はるばるこんなところに来たんだ。少しは遊んでも……」
「三百六十度森の中で、どう遊ぶ気だ」
「い、いや、首都あたりに行けば……」
「お前自身の立場を考えろ。首都に行ったら、強制送還だ」
四方八方塞がれたその言い分に、彼は沈黙せざるを得なかった。素直に「はい……」と呟き、フェルアントに戻るための転移魔術を行使する。
足下に展開された魔法陣が点滅し、消えると共に光に包まれ、彼は転移した。