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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第38話 終局、されども~2~


――トレイドとアキラが外魔神を相手に戦闘を行っている傍らで、ウルファとルキィの姉妹は二人一組となって戦っていた。


「何なのよ……! 何で……!」


顔を合わせるなり嫌味を言ってきた老人――デルセルが年齢に似つかわしくない動きで杖を振り回し、目をむく速さで魔術を行使していた。とはいえ一つの属性を使った魔法攻撃のため、回避などは難しくない。


だが避けた途端に、年嵩のある男性――ガデッサの槍が飛んでくる。ルキィは二振りのレイピアを用いて槍を受け止め、弾くがその直後デルセルが放つ炎が飛来する。コンビネーションの取れた、単純な戦法――それゆえにやりづらい。


おまけに姉であるウルファも、もう一人の槍使い――こちらは比較的若い男で、名をホシェスという――と戦闘中である。こちらも、デルセルからの的確な援護を受けており、ウルファは非常に戦いづらそうだった。


(あんの老害……っ! そうなっても私達の邪魔をするか……!)


会うたびに嫌味を言い、時には無理難題をグレムに押しつけるなど数々の嫌がらせをしてきた過激派の人間。改革が起こる前の本部ではかなり高い地位にいたらしい。いつも憮然とした表情をしていたというのに、今は全くの無表情である。


無表情なのはデルセルだけではない。ガデッサもホシェスも――テルトという名の少年と入れ替わるように転移してきたエンプリッターの幹部達は、全員無表情だった。


さらに戦い方も、コンビネーションだけは相当な物だが、そのほかの動作――例えば槍で突く動きや、放たれる魔術の種類――は単調な物であり、一対一であれば瞬く間に撃破することは可能だろう。


問題はその速さと精度、そしてタイミング――飛んできた火炎と穂先を避けつつ、ウルファが抱いている違和感は徐々に高まっていった。彼らの動きは単調であり、まるで意思を失ったかのようだった。


「――ルキィ!」


「!」


彼女は妹の名を呼び、ルキィも一瞬だけ彼女の方へ視線を向けた。それを合図に、三人の幹部達からの攻撃を凌ぎつつ、離れていた二人は一カ所に集まっていく。ホシェスが繰り出した槍を手にした得物――ウルファの証でもある双刃で捌き距離を取ると、ちょうどデルセルの炎から逃れてきたルキィと背中合わせになった。


「いける?」


「そっちこそ!」


姉が問いかけると、妹は不敵な笑みと共に頷いた。二人が背中合わせになり目標が一カ所に集まったからか、ホシェスは攻撃をやめてルキィを牽制し、ガデッサのみが槍を突き出してくる。同士討ちを避けるためだろう、ガデッサも魔術の詠唱をやめていた。


マモルであれば、ここで魔術の詠唱を止めたりせずに、どかんと一発撃ち込んでくるのだが――当然、仲間が避けられると信頼しての攻撃ではある――流石にそのような危険極まりない攻撃はしてこない。だからこそ――


「この状況なら――」


ウルファに向かって槍を突き出すガデッサ。おそらく彼女を貫いて背後にいるルキィもろとも串刺しにするつもりなのだろう。――一人一人の行動は単調、故に相手の行動を読むことはさほど難しくはない。くるりとウルファの背中にくっつくルキィが回り込み――


「”一対二”に持ち込める!」


瞬間、ウルファの双刃とルキィの二刀レイピアが振るわれ、ガデッサの槍を弾いて体を斬り裂いた。手足が吹き飛び、胴を深く斬り裂かれ、最後にはレイピアで貫かれる。――誰が見ても完全に致命傷である。


相手が相手――エンプリッターの幹部であるためか、グレムの部下であるウルファは当然として、妹のルキィも容赦がない。ガデッサ本人に恨みがあるわけではないが、敵に対して容赦はしない。


「――なっ……!?」


レイピアで体を貫いたルキィが驚きの声を上げる。ガデッサの体を斬り裂いたにもかかわらず、血が全く流れない。代わりに傷口からあふれ出るのは魔力であった。


「……嘘……傷が……」


体に負わしたはずの傷が徐々に塞がっていく様を見て、ウルファは信じられないとばかりに呆然と目を見開いた。切り落とした手足から魔力が溢れ、やがてそれは腕や足の形を取っていき、やがて再生する。


――その様子を見て驚くと同時に、少し前のトレイドの様子を思い出す。彼もまた、あのテルトと名乗った少年によって致命傷を負ったにもかかわらず、気がつけば傷口が再生し、今は外魔神と戦闘を行っている。


スプリンティアへ潜入調査を行う前に、桐生アキラから告げられた「フェル・ア・チルドレン」という存在と、それを元に行おうとしていた不老不死への研究。元はエンプリッターに所属していた身としては、色々と思うところはあるが、今はそれをおいておこう。


先程アイギットとコルダが言っていた「精霊人のなり損ね」という言葉。――身体能力は精霊人になった代わりに、意思、人格を失った――ある意味では、なり損ねたと言えるだろう。


単調な行動しか出来ない理由も、体が再生する謎も判明し、実感できた。――そうまでして、永遠の命を追い求める理由は何だったのだろうか。


「――」


「ルキィ!」


呆然と固まったルキィに向かって突き出される槍。沈黙を保っていたホシェスが、隙ありとばかりに背後から襲いかかってきた物の、寸前で気づいたウルファが強引に割り込み、双刃で穂先を弾いた。


「……ごめん、お姉ちゃん」


「謝るのは後。それよりも、まずは彼らを倒しましょう。……問題は、”倒せるのか”ってことだけれど」


「――多分倒せると思う。トレイドも、傷を負っても痛みはちゃんとあるって言っていたし、傷の修復にも限界があるって言っていた。だから限界になるまでダメージを与え続ければ」


姉が抱いた懸念に、妹は以前トレイドから聞いた話を思い出しつつそう告げる。――彼と行動を共にして間もない頃、傷を強引に治していたのを見て聞いたことがあるのだ。その時彼は、傷の再生には魔力を消費すると言っていたし、魔力が尽きれば、精霊人は死ぬと言っていた。


だから彼らも、”体が精霊人”になっているのであれば。何度も傷を負わすことで弱らせ、最終的に倒す――消滅させることが出来る。なら、彼らを倒すことは決して不可能ではない。


「……そう。なら今がチャンスでしょうね。彼らは今、人格がないから単調な行動しか出来ない」


冷静に告げるウルファは、手にした双刃をくるくる回しつつ、傷を修復し終えたガデッサ、そしてホシェスとデルセルへと視線を向ける。戦闘はまだ始まったばかりである。


 ~~~~~


それなりに高齢と思われるが、筋骨隆々の肉体を維持した男が大剣を携え、ゼルファの大剣と切り結んでいた。一合一合がぶつかり合う度に盛大な金属音が響き渡っている。


彼らの動きも、彼の相方であるルキィとその姉が戦っているガデッサ等と同様、動きそのものは単調である。だがやはり、問題はコンビネーションと再生能力。隙を見て重い一撃を叩き込んでも、傷が再生されるため効果が薄い。おまけに、ゼルファには大きなハンデも架せられていた。


「くっ……!」


「やろ……っ」


後方から呻き声が聞こえてくる。ちらりとそちらに視線を向けると、手甲をつけた若い男がラルドと、戦闘不能に陥っているカルアに狙いを付けて襲いかかっているところだった。大剣を手にしたエンプリッターの幹部――確かゲイリーと言ったはず――を強引に押し退け、彼らの援護に回る。ラルドも手にした拳銃――彼の証の引き金を引き、手甲の男――ガデフを退けようとする。


だが元から戦闘は得意ではない彼には荷が重く、さらに今はカルアという”戦力になるお荷物”がいるため、ゼルファが前衛と後衛の援護を行うしかなかった。非常に劣勢状態である。


「いい、お前は逃げろ! ゼルファ、ラルドを連れて――」


ゼルファとラルドの劣勢を感じ取ったカルアも、表情を青ざめさせ冷や汗をかいた状態ながらも、自分を見捨てろと言外に告げる。だが、その言葉は聞き入れられないラルドは首を振る。


「絶対に嫌です! シズクちゃんはどうするんですか!?」


「何であいつの名前が……!」


ダンダンダン、と連続して弾丸の発射音が響き渡るが、それでもガデフを退けられない。だがそこに、援護に間に合ったゼルファの大剣が突き出され、ガデフを吹き飛ばす。


「お前等とっとと下がれ! そう何度も助けられねぇぞ!」


ガデフを吹き飛ばし、同時に大剣を引き戻して体を捻り、遠心力を乗せた回転斬りで襲いかかってきたゲイリーと切り結ぶ。その隙にラルドはカルアを引きずるようにしてその場から離れていく。


――すでに同じようなやりとりを、かれこれ三度ほど繰り返していた。ゼルファも、そのたびに二人の援護に入っているため、彼にかかる負担はかなり大きい。大剣をぶつけ合う中、ゼルファはちらりとトレイドと桐生アキラが戦っている方へ視線を向けた。


後一人援護に来て欲しい。もしくは、せめてカルアが戦えるようになれば。万全とは言えずとも、ラルドと二人ならばガデフと対等に戦えるぐらいに回復してくれれば何とかなる。


できれば自分が早めにゲイリーを打ち倒せれば良いのだろうが、しかし再生能力がある以上、どうしても時間がかかってしまう。


「――雷よ、纏え!」


チッと舌打ちをして呪文を唱えた。たった一言だけの呪文――精霊使いが扱うコベラ式の魔術は、属性変換に長けた魔術。魔力を雷に変え、大剣の刀身に纏わせた。ぶつかり合った大剣を通して、雷をゲイリーの体に流し込む。


「――――」


(……効いてるのかどうかわかりゃしねぇ……! だが……!!)


全身を雷で包まれながらも、表情を全く変えずにこちらを見据えてくるゲイリーに寒気が走る物の、トレイドの言葉が確かなら確実に効いているはずだ。それに今の彼らは、単調な動き――これは勘だが、“決められた動作”しかできない――しかしてこないため、魔術を使わない奴は、最後まで使わないはず。


ならこの電撃に対する反撃もしてこないはず。現に、単純に証を通して相手の体に電撃を送り込んでいるだけなのに、ゲイリーは何もしてこない。


――色々とこいつらの動き、からくりが読めてきた。言ってみれば、こいつ等は“人形”だ。意思も人格も失った、元精霊使い――精霊人になるという禁忌を犯した者の、なれの果て。


(――アイツはよくこうならずに済んだ物だな……っ)


電撃に打たれ続けたためか、ゲイリーの力が弱まり、その一瞬にゼルファは力を込めてゲイリーを押しやりながらそんなことを思った。トレイドもまた精霊使いであり、彼がこうなる可能性もあったのだ。


ちらりと意識をトレイド達に向ける。――アキラが放った居合斬りが、外魔神を斬り裂いたのを見たのと同時に、背後から銃声の音を聞き取り、嫌な予感がしてそちらを見やる。


「っ! くそ……っ!!」


やはりというべきか、カルアを引きづりながら後退するラルドに向かって、ガデフが攻撃を再開したのだった。手甲を付けた男を追い払おうとラルドが拳銃を乱射する物の、瞬く間に距離を詰められていく。


それの様子を見たゼルファは舌打ちをして彼らを守るために駆け出そうとするが、その直前でラルドがこちらを見ずに大声を張り上げた。


「ゼルファさんはそっちを!!」


「なにをいっ――っ!!」


何を言ってるんだ、と叫び返そうとするも、背後から風切り音がすると同時に、背中に熱が走った。


(野郎……!)


振り返り見ると、大剣を振り切った状態のゲイリーがいる。奴は自身の背中を斬り裂いたようで、大剣の切っ先に血がこびり付いていた。どさっと倒れこむように跪き、口から血を吐き出す。


「ゼルファさん!」


「お前等逃げろ!!」


ラルドの叫びを遮るように、ゼルファは擦れる声を振り絞って指示を出した。傷は深く、動くことは叶いそうにない。しかし彼は首を振って否定した。


「避けてぇ!!」


「っ!!」


ラルドが目にしたのは、倒れたゼルファに向かって大剣を振り下ろそうとする筋骨隆々の老人の姿。自身に迫り来る危機などお構いなしとばかりに、彼は危険を知らせるための叫び声を上げた。


ゼルファはその叫びにハッとして、残っていた力を総動員して寝返りし、振り下ろされた大剣をすんでの所で躱したのだった。だが重傷を負った彼には、それが限界だったのか、もう体は動きそうにない。


「――ち」


最後の悪あがき――ゼルファは力なく舌打ちをした。この旅も、そもそもが悪あがきから始まった物だ。学園襲撃の件によって、おそらく死ぬまで牢獄暮らしだった自分に、降って沸いたかのように表れたチャンス。それが、まさか悪あがきによって終わるとは。


背中から流れる大量の血液と共に、力も失われているのだろう。先程の全力の寝返りで、もう動く力はない。もう一度こちらに狙いを定め、大剣の切っ先を向けたゲイリーを見て、諦めるかのようにゼルファはそっと目を閉ざしていく。


「やめ――」


――その光景に、ラルドは叫び声を上げた。すでにガデフは目の前におり、彼の顔に向かって振りかぶる拳を避けようともせずに、ただ叫び声を上げて。



次の瞬間、突風が吹き荒れたと思ったらガデフの体に数本の剣が突き刺さり動きを止め、ゲイリーの上半身が綺麗に吹き飛んだ。



「――な……に……?」


突如拭いてきた突風に驚き、倒れ込んだゼルファは恐る恐る瞳を開けていく。そこには下半身しかなく、手にしていた大剣もどこかに吹き飛んだ状態のゲイリーがそこにいた。恐るべきは、その状態にもかかわらず徐々に再生しているその治癒力の高さだろう。


彼は重い体を必死に反らし、ラルドの方へと目を向ける。――そこには、ラルドの後方で弓を構えているカルアの姿が目に映った。


「……すまない、面倒をかけた」


彼は未だに青白い表情をしているものの、その目に映る闘志は折れていない。弓に剣矢をつがえ、ラルドとゼルファに向かって申し訳なさそうに謝った。


「やっと動けるようになった。今までの不甲斐なさは、働きによって挽回するとしよう」


「――って、ことは……」


へ、とゼルファは徐々に暗くなり意識が遠のいていく中、あることを悟ったのだった。トレイドと桐生アキラが、例の外魔神を倒したと言うことを。王の血筋に当たるカルアが動けるようになったと言うことは、すなわちそういうことなのだ。


「――後は、頼んだ……ぜ」


「ラルド、ゼルファの治癒を頼む。――あの二人は、私が相手をする」


「は、はい……」


傍らにいる、今まで守ってくれた少年に頼み、カルアは弓を一時的にしまい、両手に剣矢を生成する。――矢として使っていたときとは異なり、細長い刀身が、短く横幅のある剣へと姿を変えた。


「今まで何も出来なかった分、ここで発散させて貰うぞ。俺もガキの頃だが、あの改革に関わった身として、果たさなければならないことがある」


鋭い声音で告げ、カルアはそっと瞳を閉ざした。十七年前に起こった改革――当時まだ幼い子供だったとは言え、あの戦いに関わったものとして、当時のフェルアントの名残を残したままにはしたくはなかった。


――我と契約を交わせし精霊よ――


(――久しぶりの出番か。良いのか?)


(今やらずにいつやるんだ。――昔の因縁に、そろそろ終止符を打つ頃合いだ)


カルアは、己と契約を交わした精霊――幻獣型に分類される、一角馬、つまりユニコーン――であるグランが問いかけてきた。相棒の問いに頷き、意を汲んでくれたグランは何も言わずにそれを行ってくれた。


「――我を示す器に宿れ――」


――精霊憑依。本来であればあまり人目にさらすべきではない魔術ではあるが、今はそんなことを言っていられる場合ではなかった。


カルアの褐色の肌が白く染まり、額には大きな一本角が表れた。さらに全身を隈無く光が覆い、輝いているように見える。肉体の変化の間、ずっと目を閉ざしていたカルアが瞳を開く。――金色に輝く瞳は、真っ直ぐにゲイリーとガデフを見据えていた。


「――これで、終わりにしよう。来い……エンプリッター!!」


 ~~~~~


――ほんの少しだけ時間を遡る。弓に矢をつがえたコルダのサポートとして、アイギットがレイピアを振るい三人の幹部達と戦闘を行っていた。エンプリッターの幹部達が襲いかかってきたとき、近くに居た数人がそれぞれグループを組、幹部達と戦い始めたのである。


二人は近くに居たため、自然とコンビを組んでいたが、幹部達が持つコンビネーションと再生能力、そして何よりも”人の姿をしている”という心理的なためらいから押されてしまっていたのだ。


ここ二年間で戦いが多く、また死者を見たことがあるとは言え、心理的な抵抗は強い。二人ともすでに幹部達の特性は把握できていたもの後退を余儀なくされ、気がつけばタクトが居る場所まで下がってしまった。


――そこからは一方的に不利な状況へと陥ってしまったのだ。


「くそ……! タクト、下がれ!!」


「…………」


アイギットの叫びに対し、タクトは跪き、俯いたまま無言で動こうともしない。例え動けたとしても、あの外魔神が居る限りタクトは戦えないだろう。どうやら精霊王の血を引く者に対し、本人の意思とは関係ないしに抗えないほどの恐怖を与え、強制的に戦闘不能にしているようなのだ。タクトも王の血筋に当たるらしく、その縛りには抗えない。


――最も彼の場合、どうやらテルトという金髪の少年が関係しているようである。一体何をされたというのだろうか。


「アイギット! これ以上はもう……」


「くそ……!」


一気に大量の矢を放ち長剣を持った男性――ハザールを牽制する物の、彼を庇うように前に出て来た、全身鎧に包まれたエンプリッターによって防がれてしまう。鎧型の証という、中々見かけない物に覆われたハシェスという男を盾にハザールは距離を詰めてくる。


さらにその後方から、杖を持った老人が凄まじい勢いで炎を連射してくる。少しでも気を抜くと、こちらが火だるまになりそうな勢いに、アイギットは顔をしかめて後退せざるを得なかった。


(どうすれば良い……! タクトを連れて後退しようにも、限界がある……! 正直今のアイツを連れて距離を取れる自信はないぞ……っ)


水属性の魔術を発動させ、さらにそれを凍結。属性変化改式を用いて氷杭を複数生成し、それを一気にハシェスとハザール目掛けて放つ物の、ハシェスの鎧に弾かれ、もしくは後方からの炎によって溶かされ消滅するのが多い。


中にはハザールの体を貫くものもあるが、再生能力によってあまり効果はない。くっと歯がみしてレイピアを逆手に握り、地面に突き刺した。地面との接触面に青い法陣を展開させ、そこを中心に地面を凍結させていく。


――正確には床の表面に氷を貼り付けただけである。床が特別製で魔力が通りにくい以上、床を凍らせると言うことはやりにくいための処置である。ともあれ、突き刺した証を中心に床が凍結していき、それは徐々にハザールとハシェスの足下まで到達していく。


「アイギット!」


「――――!!」


コルダの叫びと共に、アイギットは溜めていた魔力を解放。敵二人の足下が凍った瞬間、そこから凍結箇所をさらに拡大。二人の足を凍り付かせ、動きを封じる。


「今のうちに下がるぞ!」


「タクト、行くよ! スサノオも手伝ってよ!」


アイギットが二人の足を凍結させて動きを封じさせ、さらに氷はゆっくりと彼らの体を覆っていく。体全体を氷で覆えば、動きを封じ、実質の戦闘不能へと追い込めるはずである。彼は後ろにいるコルダに伝え、彼女と共にタクトを引きずるようにして後退する。――タクトは相変わらず反応がなく、彼が背負っている古ぼけた長剣も、何一つ反応しなかった。


タクトはともかく、スサノオまでもが何も反応しないと言うことに眉根を寄せるほかなかった。彼も含めて、一体何があったというのか――と悩んでいると、こちらに向かって炎が飛んでくる。


杖を持っている老人――ビリースが放った火炎は、アイギット達に狙いを定めて飛んでくる。ここには今三人が固まっているのだ、向こうからすれば狙いやすいことこの上ないはずだ。


だが、例え早いと言えどもただの火炎攻撃――タクトの母親のように、複数の属性を組み合わせているわけでもなく、炎の属性変化術のみを用いた魔術で、さらに前衛からの邪魔がなければ、防御や回避は容易い。


「アイギット、氷!」


「あぁ!!」


コルダの指示に、アイギットは即座にその場で氷の壁を生成させ、それを盾代わりにする。炎は氷の壁に防がれ、そこから蒸気が立ちこめ視界を塞ぐ。こちらから彼らの様子は見えなくなり、また相手からもそれは同じ事だろう。


「行ってくる! 援護頼む!」


「――行くよ!」


周囲に広まった蒸気を目隠しとして利用し、アイギットはレイピアの切っ先を彼らがいた方へと向ける。相手の動きも分かっている。単調な行動しか出来ず、回避などは行わない。なら概ねの方角で良い、後は突っ込みながら微調整するだけだ。


「はあぁぁぁぁっ!!」


レイピアを構え、蒸気から飛び出したアイギットはそのまま前方へと突進する。目標は先程から火炎攻撃をしてくる老人。彼を何とかすれば、三人を無力化することが出来るはずだ。


――あまり良い思いはしないが、このままレイピアを老人へと突き刺して直に凍らせる。蒸気から飛び出した彼は、すぐさまビリースの姿を捕らえることが出来た。やはりというか、最初の位置から動こうともしていない。


「――」


ビリースはアイギットの姿を認めると、炎の属性変化術を用いた攻撃を行ってくる。だがその火炎攻撃を封じるように、彼の背中から無数の矢が放たれ、炎を打ち落とし、ビリースの動きを牽制する。そのうちの何本かの矢は老人の体に突き刺さる。


「これで――なっ!?」


自身の間合いまで突撃するアイギットに対し、ビリースは何も出来なかった。老人の目の前まで近づいた後は、構えたレイピアを突き出すのみ――だがその時、横手から唐突に現れた“鎧に覆われた腕”がレイピアの切っ先を防いだ。


「貴様……っ!!」


その腕の主は、先程氷付けにしたはずのハシェスであった。――アイギットやコルダは蒸気によって見えなかったことだろう。ビリースの放った炎のいくつかは、“仲間達に当たっていた”ことに。


そのため氷が溶け、ハシェスは動けるようになったのだ。突如横手から現れた鎧の男に対し、なぜと思うのもつかの間、背筋が凍り付くような感覚を味わい、慌てて体勢を低くし、身を投げ出した。


頭上を何かが通り過ぎる気配。ハシェスがいるということは――彼の懸念は見事に的中し、そこには男が剣を振り切った体勢で残心している。


「っ……!!」


「っ! アイギット!!」


ハザールの姿を認めた瞬間、アイギットは自身の危険を強く感じ取る。三人に囲まれた状態で、かつこちらは尻餅をついて彼らを見上げていた。コルダの方も、ようやく蒸気が消え去ったためこちらの状況が見えたようだが、弓矢による援護は出来なかった。この状況では、アイギットにも当たる可能性がある。


――ここまでか――


自身の終わりを感じ取った彼は、拳を握りしめた。まだ終わりたくはないが、この状況ではもう――諦めと絶望が心に生じた瞬間、目の前に居るハザールの姿が唐突に消え、そして白い何かがもの凄い速さで通り過ぎていった。


「なっ……!?」


次にビリースが消え、そしてハシェスも”それに喰われた”。全身に白い炎を纏わせた巨狼――人を丸呑みできるほどの大きさを持った狼が、精霊だと気づくのにやや時間がかかった。


そしてその精霊が、誰と契約を交わしているのかも、”精霊召喚”によって呼び出された姿だということにも。アイギットは恐る恐る視線を巨狼から契約者――黒衣の青年へと向けて、そっと息を吐き出した。


「……トレイドさん……助かりました」


「気にするな。……無事で何よりだ」


『うむ、大事ないな』


こちらに駆け寄ってきたトレイドがどこか安堵したように頷き、その背後で巨狼がペッと喰らったものを吐き出していた。

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