第36話 災いの使徒~1~
その後次第に朝日は昇り――相変わらず“太陽を再現したもの”とは思えないそれに驚くが――、皆がぞろぞろと起き出していた。朝食はやはりというか、トレイドが用意したものを食べ、朝支度を終わらせる。
「さて、今日もエンプリッター及び兵器関連の調査を行うわけだが。人数も増えたのでチームの編成を見直さなければならないな」
アキラのその一言により、再度チーム編成が行われた。幸いなことに、今自然の加護を持つ精霊使いが二人もおり、さらに光魔術による”遠見”が行えるカルアもいるため、バックアップや危険察知は容易く行え、危険度を大きく下げることが出来るだろう。
相変わらず”鷹役”――遠方から各チームを見て回り、危険があればそれを知らせる、もしくは援護を行うカルアは単独であった。残りのメンバーは九人であり、三人ずつに別れてグループを組むことになる。
トレイドをリーダーとして、ルキィとウルファのチーム。主に住民への聞き込みを行い、最近技術者達は何をしているのか、それらに関する情報を聞き出し集めるのが主な役目である。
アキラが率いるアイギット、ラルドのチーム。中年男性一人に少年二人という構図だが、アキラの支部長、アイギットの学生という肩書きを利用し、二人に見聞を広めるためという筋書きで情報を集めるそうだ。
もっともトレイド達とは異なり、情報収集を行う場所は街の中心施設――スプリンティアに転移した際、その許可証を提出した、所謂”お役所”的場所で調査を行っていく。危険性は高まるものの、そうした場所の方がよりいっそう情報は集まりやすいだろう。
そしてゼルファ率いるタクト、コルダのチーム。彼らは他のチームとは異なり、どうやって下層に降りるかを調査するのが主な任務である。というのも、現状中々下層に降りることは出来ず、居住区画から先に進むことが出来ずにいる。
そこで何とか下層に降りる手段はないか。もしくは”物理的に”下層に降りる方法はないか――無論それは最悪の手段であるが――とにかく、この居住区画よりも下層にある区画に降りることは出来ないかを探るチームである。
――本来ならばこのチームにトレイドを入れるべきである。彼は自然の加護に目覚め、かつ”土属性”を得意とする精霊使いだ。それを活用し利用すれば、この巨大なコロニー全体の大まかな造りを把握することが出来るだろう。
だが同時に、彼は元盗賊――義賊であり、コミュニケーションを通した情報収集にも優れている。そのため彼ではなく、タクトが共に行動することになった。
それに、もう一つ――アキラのみが知っている“対策”もある。ここで合流したメンバーの中に、トレイドがいて助かったと、彼は心中喜んでいた。
別れて行動するためにはどうしても必要なのだ、”神”の力を宿した器が。そうでなければ、おそらくこちらの行動は向こうに筒抜けになってしまうだろう。いや、すでに最初から向こうに筒抜けとなっている可能性はあるだろうが。
それでも、昨日はトレイド達がいたというイレギュラーを覗けば、妨害はなかったことを考えると向こうはこちらを捕らえられていない可能性が高い。
もしそうならば、こちらにも目的を達成できる可能性は十分あるだろう。今は、その可能性にかけるしかない。
「………」
街中を歩きながら、ふと顔を横に向けるとちょうどガラスがあり、こちらの姿を映し出していた。四十を超えた男がガラスの向こう側から見返してくる。――白いものが混じっている頭部を見て、はぁっと深くため息をつく。
(禿げないだけマシだろう)
(やかましい)
アキラと契約を交わした、幻獣型の精霊――龍の姿をしている相棒が気持ちを読み取ったのだろう、そう慰めてくれるが、入らぬお世話だ。ぴしゃりといいのけて、アキラは再びため息をつく。
「それで桐生さん、先程おっしゃっていたとおりまずは……?」
アキラの隣を歩いていたアイギットが首を傾げつつ尋ねた。なぜか急に不機嫌そうな表情になった親友の叔父を不思議そうに見やっているが、確認のために問いかける。するとアキラは、こくりと頷いて、
「あぁ。まずはこの施設を運営する役人に会い、そこで情報を得ようと思う。……申し訳ないが、君の肩書きを活用させて貰うぞ」
「それは良いですけど……彼の方はどうするんですか?」
ちらりとアイギットがラルドに目配せする。視線を向けられた彼も、どこか申し訳なさそうな表情をして気まずそうな表情をしている。それもそうだろう、何せ彼は厳密には学生ではない。だがそれは彼のせいではないため、アイギットも苦笑しながら首を振る。
「責めているわけではない。ただ、万が一君の方に身分を証明しろと言われたらどうするのかと……」
「そちらは私が何とかしよう。だがそのために、申し訳ないが君達二人はなるべく私から離れないようにしてくれ。……気まずい思いをさせて申し訳ないがな」
「いえ、大丈夫です」
首を振りながら応じるアイギットに澄まなさそうに頭を下げた。いくら知っている人とは言え、親友の叔父と密着すると遠慮が生まれるだろう。そのことで気まずい思いと言っているのである。
しかし当の本人はあまり気にしていないのか、何ともない顔で肩をすくめる。ちなみに今は、この部屋――今いるこの巨大な居住区画へと通じる“扉”に向かっているところである。その扉も、もう目の前に見えてきた。
「……さて、機嫌は直したか、スサノオ」
『…………』
ちらりとアキラが自身の肩へ視線を向けると、そこには見えないように布でくるまれたスサノオが吊されていた。もう扉の近くであるため周囲には人影が見えず、話しても問題はないのだが――しかしなんだかんだ言って、スサノオも“剣”である。アキラは苦笑を浮かべて、
「仕方ないだろう? 人数の振り分け的に、こうせざるを得ないんだ」
『……分かってはいるが……』
しかし、あまり良い気分ではないのだろう。剣としては、主の側から離れ、主以外のものに使われるというのは、スサノオのプライドが許さないのだ。だが状況は、そんなことを言っていられる場合でもない。
『くそ、なぜ野郎ばかりのグループに……噂のルキィとウルファちゃんの姉妹と一緒に……っ!』
「………」
無言で肩から吊したスサノオを取り出し、布に包まれたまま柄と剣先を掴み、その剣腹に自らの膝を当てた。――その光景を見ていたアイギットとラルドは慌てて止めに入る。その体勢は、間違いなく真っ二つにへし折る気だと察したのだ。
『待て待て待てッ!!』
「ちょ、桐生さんストップ! ストップ!!」
「落ちついて下さい!」
自身が真っ二つにへし折られそうになったため、スサノオの声音は割と真剣に止めろと叫んでいる。とはいえ、会話を聞いていた二人は若干自業自得では、と思わないでもなかった。
「巫山戯るのも大概にしとけよ、スサノオ」
『くそ、巫山戯てない! 大真面目に言っている! おなごは良いものだ、潤いを与えてくれる!』
「大真面目に巫山戯ているのか、ならば腕の良い職人に、「お巫山戯剣」と新たな銘を刻んでやろう。幸い、ここは技術者の世界だからな。探せば神剣に文字を刻める奴もいるだろう」
『すまなかった。黙るとしよう』
そんなやりとりをかわした後、スサノオは宣言通り黙りこくった。なぜアキラが、タクトからスサノオを借り受けているのかは分からないが、わざわざ持ってきていると言うことは、何か重要な意味を持っているのだろうか、とアイギットは首を傾げる。
しかし、先程の気安そうなやりとりは、見ていて思わず頬が緩んでしまった。今のやりとりからは、家族特有のそれを強く連想させた。
(……アイギット、あの布って、多分スサノオ……タクトが持ってきていた剣だと思うんだけど……一体何なの?)
あの剣がしゃべると言うことも、名前も知っているラルドが小声でアイギットに問いかけてきた。当然の疑問だろう。
(タクトが言うには、昔桐生さん達が戦っていたときに見つけて、そのまま桐生さんの家に住み着いた昔なじみ……まぁ色々言えたりするけど、要するに桐生家の家族の一人)
だが、スサノオを一言で語れと言われたら、そう言うのが正しいのだろう。神器、神剣、素戔嗚尊の魂を宿した剣、大蛇から簒奪した剣、色々あるだろう。だが、“桐生家の家族”というのが、今のスサノオだ。
アイギットの説明に目を瞬かせたラルドだが、やがて言葉の意味を飲み込めたのかうっすらと微笑みを浮かべて、
(そうなんですか……なんか、ちょっと良いですね……)
と、小声で感慨深そうに言うのだった。
「この先には転移門しかない。元々この先の通路は、転移門と居住区画を繋ぐためだけの扉だ」
「本当か? 前通ったときは、見間違い出なかったら扉のような物があったような気がしたんだが……」
「見間違いか気のせいだろう。……我々も忙しいのだ、お引き取り願おう、地球支部支部長殿」
ひとしきりスサノオと漫才めいた(本人達は真面目だが)やりとりを終え、アキラは”扉”の目の前にいる役人風の男に声をかける。しかし役人――おそらく扉の目付役、門番だろう――は首を振り、先へと通そうとしない。
――ほんの数日前にこの前を通ったのだが、その時門番らしき人影は見当たらなかった。だというのになぜ――
「そもそも、なぜ元の世界に帰還するわけでもないのに、転移門の元へ行きたいのか?」
「ふむ、先程も言ったがあの短い通路に扉のようなものがあったのでね、あそこはどこに繋がっているのだろうなと思ったのだ」
「……気持ちは分からなくはないですが、勝手な行動は困る」
アイギットとラルドは同じ疑問を抱いたが、それを自らの口で問いかけることは出来ない。すでに自らの身分は明かしているため交渉はスムーズに進むのだが、どこか厄介者扱いしているような雰囲気を感じる。
扉の前で待機していた門番達は、どこか暇そうな、それでいて不機嫌そうな表情をしている。アキラは彼らの顔色を見て、ふむと頷いた。
「我々がつい先日ここに来たことは知っているだろう? その時は君達の姿は見当たらなかったのだが……何かあったのか? それとも、たまたま君達が席を外しているときに我々が来たのか?」
アキラも同じことに気づいていたようで、顎をさすりながら問いかける、すると門番は一瞬顔をしかめ、しかしため息混じりに口を開いた。
「それは………ふぅ、まぁいいだろう。……実は先日、許可なく転移魔術を行使し、転移門が起動した事件が起こった」
門番が告げた言葉に、アキラは眉根を寄せる。それはアイギットとラルドも同様だった。二人はアキラの後ろで顔を見合わせる。
(……転移門って、転移術に反応するの?)
(俺も詳しくは知らないが……確か反応する。というのも、コベラ式の魔術で転移術を行使すれば、だったはずだが……)
ラルドが首を傾げながら問いかけてきたので、学園で学んだことを思い返しながら頷く。各異世界には”転移門”と呼ばれる魔法石――魔石でつくられた魔法道具が置かれている。魔石に呪文を刻み、それに魔力を流し込むことであらかじめ刻んでおいた詠唱系の魔術を一瞬で行使できるようにする。
その呪文を刻んだ魔石をポータルと呼ぶのだ。転移門も、基本はそのポータルと同じなのだが、刻まれた転移術の特性とその関係上、”出入り口”になりやすいという欠点もある。
というのも、転移術というのは基本的に”入口”とその対となる”出口”をつくることにより、その二つを行き来する魔術である。入口は術者、出口はあらかじめ用意しておいた”魔石”、もしくは自身の強いイメージによりその場所を特定させ、一時的な出口とさせる方法がある。
だが後者の場合、術者が強くより詳細なイメージで転移したとしても、所詮イメージであり、不安定であることは免れない。そのため想定した場所とは違う場所に転移したり、転移失敗として違う異世界に飛ばされることもある。
一方魔石を用いてあらかじめ出口をつくっておくという方法は、より安定して――よほどのことがない限り転移失敗することはない。特に転移門は、より転移術を安定させるためにそれを重視した調整を行っている。そのため、“イメージによる転移”を行う場合、転移門に引き寄せられる可能性もある。
――というよりも、それによる事件が過去に何件も起こっていたりする。しかしその場合、基本的には強制送還されるか、もしくは逮捕という形でその世界の牢にお世話となることが多い。
「……本当なのか?」
「あぁ。……しかもその転移して来た者達、どういう手段を使ったのか役員の目を盗んで転移門区画から脱出したあげく、“下層に忍び込もうとして”……」
「――――えっ?」
ぽろりと溢した言葉に、思わずラルドは反応した。だが彼が反応したため、門番の男もハッとしたのだろう。それまで若干緩んでいた気持ちを持ち直させて、
「――とにかく、ここには許可なく入ることは許可しない。帰還したいのならば――」
「――いや、わかった。こちらも外の世界から来たもの、勝手な行動は慎むとしよう。……何をしているのか、非情に気になるところではあるが」
「…………」
門番の忠告を遮り、アキラは頭を下げてあっさりと引き下がった。しかしその何かを咎めるような視線に扉の前で待機していた男はそっと視線を逸らす。――アイギットやラルドからは見えなかったが、アキラの視線が一瞬鋭く男を貫いたのである。
「じ、自分は職務を全うしているだけです!」
「大方スプリンティアの”お上”からのお達しだろう。いや君も苦労するな」
「なっ……どうして……っ」
「なるほど、やっぱりか」
「っ……!」
その視線に何やら雄弁に語ろうとした男だが、その言葉にアキラは納得したように頷き、そのせいでますます門番は顔を引きつらせ、さらにアキラに対する視線を鋭いものにさせていった。
相手は門番――つまりスプリンティアの役人である。その役人が、門番を”職務”ということは、すなわちそういうことであった。最も、それだけでは”お上”かどうかはわからないが、しかしそこでカマをかけ、相手の反応から確定させた。
アキラの巧みさに、ラルドは頬を引きつらせる。相手のことを気遣うように言いながらも、時には鋭く踏み込み相手のボロを誘う。旨く言葉を引き出したアキラだが、これ以上は不味いとでも判断したのか、こちらを睨み付ける男に対して肩をすくめ、
「それでは退散するよ。お勤めご苦労様」
「…………」
明らかな殺意と敵意を感じる視線を向けられるも、アキラは肩をすくめてアイギットとラルドを引き連れその場を後にする。
門番からの視線を感じなくなった辺りで後ろを振り返り、相当な距離があることを確認する。そして周囲に人の気配がないことを確認した後、ふぅっとため息をついてきた二人に声をかけた。
「あそこに役人がいたときには少々嫌な予感がしたが……まぁ、あまり喜ばしくはないが、それでも進展はあったな」
「……はい。中には入れませんでしたが、”あの先に下層へ降りられるかもしれない”ということはわかりました」
アイギットは頷きながら、先程のやりとりの中から得られた情報を口にする。あの役人、少々抜けているというか――ともかく、ボロを出してくれたおかげで何となく察せられた。
「あぁ、転移門から居住区画を繋ぐ通路の中に秘密はありそうだ。問題は、今はそこへは入れないと言うことだが……それも、時期が来たら入れるだろう」
時期というのは、彼らのスプリンティアへの滞在期間。その期限があと二日であり、二日後にはあそこを通って地球へ帰還しなければならない。
どのみち、あと二日後にはあそこを通ることになる。問題は――
「……通路が”なくなっていなければ”いいんですが……」
ラルドがぽつりと口にした言葉は、アイギットが危惧していた問題である。例の”扉が繋がる場所”という問題がある。もしそれがあるならば――
しかし、アキラはやや眉根を寄せたが、やがて首を振る。
「……いや、あそこにある扉は、そうなっている可能性は低いと私は思う。技術者が集まる区画も、おそらくここと同じように”亜空間”となっているだろう。対象が異なる二つの”空間を歪ませる魔術”を、扉に仕掛けを施すのは危険すぎる」
――空間を歪ませ、部屋の中を巨大化させる魔術と、扉が一種の転移門となり、他の通路へと繋ぐ魔術、このふたつを”同じ場所”にしかけるというのは、確かに危険であった。アイギットは頷いて、
「……なるほど、二つの大魔術が干渉し合う……ということですか」
「平たく言うとそういうことだ。だからかけていないはず……スサノオはどう思う?」
『同意見だ。空間をねじ曲げるなどという芸当を二つ重ねるリスクは高いだろう。……個人的な意見を言えば、これほど広範囲の空間をねじ曲げる魔力を、どこから供給しているのか気になるが……』
アキラに背負われたスサノオがくぐもった声を出す。布で巻かれているためどうしても聞き取りづらい声になってしまうが、その言葉を聞き逃してはいけなかった。
「それは……」
「……確かに気になりますね」
スサノオが示した疑問に、ラルドとアイギットは神妙な表情を浮かべて頷いた。確かにこれだけの大魔術を、施設内で複数活用しているのだ。これらの魔力は、一体どこから来ているのか。アキラもふむと頷き、
「魔力源に関しては、昔からの疑問点ではある。……私としては“外”の天候が関係しているのではないかと思っているが」
と言っている。どうやら支部長という役職に就いていても、他世界の情報にはあまり詳しくはないようだ。それもそうかと頷かざるを得ないが。何せ同盟世界と言えども、異世界との交流は控えるようにされている。
「外の天候……あの大荒れの天気ですよね?」
転移門から居住区画へ繋がる通路で、ちらりと見えた大雨を思い出しながらラルドは呟く。あの大雨が、施設の魔力供給と関係しているのだろうか。
「……まぁ、心当たりがあると言うか――む?」
こくりと頷くアキラだが、何かに気づいたのか、唐突に遠くへ視線を向けた。その方角は、確かカルアさんがいた――アキラの視線が鋭くなる。
「……どうやらトレイド達の方で問題が起こったようだな。……ちょうど良い、奴らには聞きたいことがあるからな」
――聞きたいことと言うのは、例の下層への侵入しようとした件についてだろう。アイギットとラルドは苦笑を浮かべる。前を行くアキラは振り返り二人を見やって、
「少々急ぎで行く。……付いてこれるなら付いてこい」
「……え?」
(―――っはや)
それだけ言うと、二人が言葉を返すよりも前にアキラはだっと地面を駆け出した。その姿が見る見る小さくなっていくのを見送って、慌てて二人もかけ出す。――なるほど、これは付いていくのも一苦労だと思いながら。
――二人は、アキラが”本気で駆け出す”くらいまずい状況に陥っていることに気づけなかった。