第35話 つかの間の休息~2~
スプリンティア居住区のさらに下層、開発区画。ここではスプリンティアが持つ技術を用いて新しい物を製造する、文字通りの開発施設。その一室――まるで市街の一角のように広いが、空間魔術により一室に収まっている――のど真ん中に佇む金髪の少年はふんふんと鼻を鳴らしていた。
「――うん、良い感じだね。これなら足止めになる」
うんうんと満足げに微笑みながら、目の前で鎮座する鎧に目を向けていた。中には何も入っていない鎧――当然身動き一つしないそれを、少年はポンポンと優しく叩いて、
「さてと。いつ彼らが来るか分からないけれど、それなりの準備は進めておくべきだね。ふふん、楽しくなってきた」
いつになく朗らかに、いつになく楽しげに、足下に展開させた法陣を魔力の光で灯し、魔術を発動させようとする。――エンプリッターの食客として、半ば一員とかしている少年はこれから起こることに想像力を働かせていた。
――何せわからないのだ。トレイドや桐生アキラ、フェルアント本部と地球支部から秘密裏に調査員が入ってきていることは知ってはいるが、彼らがどのように行動するのかはわからない。それが、ひどく楽しい。
そしてそれを、この地にいるエンプリッターには知らせていない。知らせれば確実に横やりが入るだろう。例え自分が止めろと言っても、彼らは絶対に止めない。それがひどく煩わしく、そして邪魔以外の何物でもなかったためだ。
「でも流石アキラとミカリエだね。僕がいることを、察しているんだろうねぇ……。まぁ当然か」
ニコニコと笑う少年。しかし、その微笑みが消え、感慨深げに瞳を閉ざした。神器――それも人々の願いから生まれた『想像神器』ではなく、かつで実在した神々の力を宿した『絶対神器』がこの地に二つ。
一つはタクトが持つ天叢雲剣、もう一つはトレイドが持つ”理”――この二つが自身の”未来視”の妨げになっているのだ。おかげで調査隊の行動が完全に読めない。しかし――
「……やっぱり”君”もそちら側にいるんだね。ふふ、これは本当に……本当に、楽しいなぁ……」
――以前告げた忠告通り、グレムが率いるエンプリッターの改革派は、今のエンプリッターから離れ、どこかに逃げていった。その逃亡先に、地球支部を選んだのは少々意外だったが――おそらくあの頃から、いやそれ以前から、“彼”はそれに目覚めていたのだろう。そして無意識のうちに、こちらの力を僅かばかり阻害していたのだ。
「――“天啓”……僕の”未来視”と似て非なる物……そして”守護”……」
完全なコントロールは出来ておらず、また無自覚とはいえ”彼”は天啓の力を持ってグレムを支えてきたのだ。そしてもう一人の彼はコントロールはおろか、力の性質さえ理解できていないだろう。
だがそれも時間の問題だ。――どちらかが気づいてしまえば、二つの力は瞬く間に目覚めていくだろう。もしそれが、自身との対決のときならば――
――二柱の神に、二つの異能――それが僕に向かって来るというのならば――
「……本当に……つい”本気を出したくなるほど”楽しいひとときだよね、うん」
閉じていた瞳を開けて、微笑みを浮かべる。――どこまでも澄んだ瞳は、底知れない輝きを放っているように見えた。
彼が発動させていた魔術は、ようやく準備が整ったのか、眩いばかりの光を放ち、鎧に注がれる。――鎧の表面を、魔力が覆っていった。
『さぁ……遙か昔、遠い過去の”僕”。その力の一端、この器に降臨するがいい』
~~~~~
「……やはり、仲間を集めるというのは難しいな。現体制に不満が多い者もいるが、その中で信頼の置ける者となると……」
「闇雲に仲間を集めても、それは自滅に繋がるからな。主に内部告発とかで」
「それを防止する術はないのか?」
「あるぞ。恐怖政治みたいな形で、仲間ではなく部下を統率すれば良い。大抵は反旗を翻されるのがオチだな」
――狭く小さな部屋に二人の男が腕を組んで話し合っていた。一人は黒髪で、もう一人は金髪の青年であり、金髪の青年が肩をすくめて恐怖政治云々を言っていた。そのアドバイスに似た忠告に、黒髪の青年ははぁっとため息をつく。
「止めておこう。……というか、普通に仲間は数人単位で良いんじゃないか……?」
「もっと先を見通して物事を考えろ。例えば俺達の目標を果たしたとして、その後の運営をどのように行っていくんだ? たった数人で国を動かすなんてこと出来ないだろうが」
黒髪の青年の発言に、もう一人ははぁっとため息をついた。――黒髪の青年――若かりし頃の桐生アキラは、彼の突飛な発言に苦笑し、頬をポリポリとかいて、
「いや国を動かすとかそういうことは考えていないぞ……」
「……まぁ確かに国が云々は少し……いやかなり気が早かったか。だが仲間が必要だと言うことは変わらないだろう。こちらは少数で、対する向こうは多い。この差はどうあっても覆らないが、だからと言ってたった三人はないだろう」
金髪の男の言葉に、確かになぁ、と頷きつつ、三人という言葉に反応する。
「俺とお前と……後一人は?」
「あぁ、かの――」
「兄さん、――――。お昼の準備が出来たよー」
言いかけた直後、元気の良い声が響き、部屋の扉が無遠慮に開けられる。そこから姿を現したのは、まだ十代半ば頃で、艶のある黒髪を束ねた元気の良さそうな少女である。エプロンを身につけた彼女の姿を見て、アキラはあぁと頷きながら、
「わかった、行くよ。……というかだな、お前も年頃なんだから男の部屋に入るときは――」
「――――、早く来てね。腕によりをかけたから!」
「いつもよりをかけてないか……? まぁいい、風菜の飯は旨いから楽しみだ」
無遠慮に入ってきた妹に苦言を呈そうとしたが、それを見事にスルーした彼女はもう一人の青年の方を向いて文字通り腕を見せてあげた。その仕草に、今日も気合いを入れたんだなぁと苦笑して、青年は微笑んだ。
彼女も又微笑みを浮かべて、一つにまとめた髪を翻して部屋から出て行った。青年は去って行った彼女を指さして告げる。
「三人目――」
「反対だ」
「――だ、て早いな……」
告げようとした瞬間、反射のごとき速さで拒否し首を振るアキラに青年は目を見開いた。食い気味な彼の反応に、おおう、とおののきながら、
「不足か? 彼女なら実力的にも申し分ないと思うが……」
「実力どうのこうのではない! 妹に危ない橋を渡らせる兄がいるか!」
ダン、と手短にあった壁に拳を叩き付けて否定するアキラに、青年は微妙な表情を浮かべて首を傾げ、
「唯一残された家族だ、そう思うのも無理はないが……。本来なら兄妹で話し合うのが一番だが、彼女の方もそう思っているとなぜ気づかない」
「ぬっ……ぐぅ……!」
「ちょうど昨日か。彼女からそう思っていると言うような相談を受けたぞ」
青年の指摘に呻き、さらに彼女から相談を受けたと言われ言葉を失ったアキラは、親の敵を見るような鋭い目で青年を見やり、
「……色々と言いたいことはあるが、お前の意見は意見として耳に入れたぞ。だが俺は反対だ! 風菜を戦いに巻きこむなどと……!」
「もうすでに巻きこまれた――と、彼女自身が言っていた。……彼女ももう当事者だ。ことの成り行きを見る権利がある」
「ぐっ………ぐぬぬぬぬっ……」
どうしてもいやなのだろう、風菜の気持ちの一端を彼の口から聞かされ、反論しようとするも言葉が浮かばないのだろう。先程からうなり声のみを上げている。やがて観念したかのようにため息をつき、不承不承頷いた。
「……後で風菜と話してみる」
「それがいい」
まだ問題は山積みだが、一番身近にあった問題は何とかなりそうであった。もっとも、すぐに問題となるか、さらなる問題へと発展するか、様々な可能性がある点が怖いが。
それに先程彼が呻いていた”仲間”の件だが、彼はいくつかの当てがある。というのも、いくつかの当てを思い出していた。これまでの旅の中で、一時期共に共闘した”彼ら”が。
「先程言っていた仲間の件だが……どうした?」
そのことを伝えようとしたところ、アキラのジトッとした視線を感じ、首を傾げながら問いかけると、シスコン兄様は若干据わった瞳を向けて来て、
「……それにしてもずいぶんと風菜の気持ちを知っているようだな。一つ釘を刺しておくが、俺の目が黒いうちはあいつに触れることは揺るさんぞ」
「アイツの方からべたべた触ってくる場合はどうすれば良い?」
半ばからかうように苦笑しながら口に出すが、ジロリとまるで刃物のごとき鋭さを持った視線が青年を射貫いた。――冗談抜きで、一瞬死神とその手に持つ大鎌が見えた。おそらく幻覚だろうが、ひやりとする場面である。
「万死に値するな。お前が」
「………」
――俺がかよ。口に出せない理不尽を感じながら、青年は頬を引きつらせた。ちなみに、人は時として”気”だけで他人に幻覚を見せることが出来ると、青年は初めて知るのだった。
朝食を食べ終え、最近妙に引っ付いてくるようになった風菜と、人を殺せそうなほど厳つい表情で睨み付けてくるアキラを何とか宥めつつ、彼と一緒になって家の外を歩き始めた。街の郊外にあるその家を出ると農地が広がり、金髪の青年は気持ちよさそうに伸びをする。
「――――なんとも、居心地の良い場所だな、ここは」
「そうかぁ? 街からは遠くて色々不便するんだが……」
「その不便さが良いんだよ。物であふれかえった街は”声”が大きすぎる。まだ田舎の方が静かだ」
そう言って寂しそうに、どこか悲しげに言う彼に、アキラはやや視線を落とす。――そういえばそうだった、と今更ながら思い出した彼は首を振って、
「自然の加護……精霊王の血を引く者が持つ力だったか。……生まれが地球の俺には、精霊王っていうのはよく分からない話だが……」
「こちらでいう神話のような話しだ、そう思っても無理はないだろう」
――俺だって”クサナギ”と言われて何? て思ったし、と微笑みながら言う彼に、アキラは肩をすくめる。もし本人――いや、本”剣”がいればぶすっとした表情で彼にアタックしていたことだろう。だが幸い、奴はここにはいない。
「以前フェルアントに行ったときに耳にしたんだが、王の剣とか、杖ってどういう意味だ?」
ふと、剣ということを口にしたからか、以前耳にした言葉が脳裏に閃いた。当時疑問を感じたアキラは、何気ないつもりで問いかけたが――一瞬、青年の顔から表情が消えたのを見て押し黙ってしまう。
――ほんの一瞬だった。青年は誤魔化すようにいつも浮かべている仏頂面に変えたが、それをアキラは見逃さなかった。残念ながら、そのことを問いかけることは出来なかったが。
「王の剣と杖は、王に従う従者だ。剣は武力を表し、王や国に害する敵を打ち払う。杖は政に関わり、王や国をより良い方向へ導く。……今のフェルアントでは王制は廃止されたようだが、王制だった頃はその二つの役職が今も残っていたはずだ」
「その頃の役職名がそのまま残っているって、なにげに凄いことだな……ていうか、神話って実話なのか?」
「お前、あの古ぼけた剣を見ても何も感じなかったのか?」
「あ、なるほど、確かに――ってなるかぁっ!!」
おい、と叫び声を上げて抗議する。日本の神話を代表する貴重な物が目の前に転がってきたら、誰だって偽物かと疑うだろう。おまけにその剣には、得体の知れない”何か”が宿っていると来た上、その何かは事あるごとに風菜にセクハラをしようとするのだ。
古ぼけた剣を見て何も感じない、ということはない。感じたのはすべて猜疑心だけだが。最も青年は違うようで、はぁっとため息をつきつつ、
「草薙の剣に宿るアイツはおそらく……いや、よそう。あくまで推測でしかないしな」
――おそらくあの剣に縁のある真性の神様だ、と言いかけたが止めておく。この世界の神話には詳しくないし、無遠慮にそれを言ってしまえばどうなるかわからない。神の怒りほど、怖いものはない。
「しかし血筋が今も続いているってことは、その神話は本当の出来事なのか?」
「……後生の世の中だ。多少の……いや、脚本がありすぎて変わっているところはあるだろうが、大まかな話の流れは同じだろうよ」
と、視線を向けずに告げる彼になるほどと頷くアキラ。しかし肩をすくめて、
「結局実話なんだな」
「………さぁな」
肩をすくめる青年に、アキラは笑みを浮かべるのだった。
~~~~~
「――――…………」
――夢を見た。普段通りの、しかしこれから非日常に飛び込もうとする若者達の夢を。朝日が差し込み、目が覚めたタクトは眠った気がしない頭を振ってはぁっとため息をついた。最近ため息が増えたように感じるも、それはきっと気のせいではないだろう。
「……記憶感応か……」
ベッドから上半身を起こし、窓に目を向けるタクト。空は明るくなってきているが、まだ完全に夜が明けたというわけではなさそうだ。――しかし空に浮かぶ太陽が、つまりスプリンティアの太陽が”再現された物”と聞いたときは驚いた物だ。
今となっては、その違いが手に取るように分かる。――発動したままの自然の加護の影響だ。感覚が鋭くなったのも、ため息が増えた原因の一つだろう。
「ほとんどの人がまだ寝ているのか……って、こんな時間か」
周囲を見渡すと、部屋の中にいる男性陣はまだ夢の中だ。タクトのようにベッドを占拠できた者や、急造のハンモック、もしくはソファをベッド代わりにして眠っている。ちなみに女性陣――といってもコルダ、ウルファ、ルキィの三人だけだが――は隣の部屋で眠っているはずである。
壁かけ時計が示す時刻を見てげんなりする。まだ4時頃――記憶感応が起きた日は、もう眠れないと言うことが経験で分かっているため、このまま起きることにする。折角獲得したベッドから起き上がろうとしたところで唐突に声をかけられた。
「……タクトか?」
「あ、すみませんトレイドさん。起こしちゃいましたか?」
「いいさ。元々寝る気はなかったし」
急造のハンモックに揺らされていた青年が、タクトが起き上がるのを見ていたのか小さく声をかけてきた。薄暗い部屋の中で頷くタクトに微笑み、彼もハンモックから這い出てくる。
「……どうした、ずいぶんとひどい顔しているな」
青年であるトレイドは、タクトの顔を見るなり苦笑しながら声をかけてくる。あはは、と苦笑を浮かべて誤魔化す彼は、
「ちょっと夢見が悪くて……正直、眠れなさそうなんでこのまま起きてようかなと」
「おいおい、まだこんな時間だ。少ししたら寝ると――……」
まだ寝ておけ、と言いかけたトレイドだが、タクトの顔をじっくりと見るなり何かを悟ったのか、頬をポリポリとかいて部屋の扉に目を向けた。
「……まだ他の連中寝ているからな。良いか?」
「ちょうどそうしようとしていたところですから」
タクトも頷いて快諾し、二人は連れ添って部屋の外へと出て行くのだった。扉の開閉時、音が鳴らないように気をつけてながら部屋の外に出た二人は、そのまま昨日の昼頃話し合っていた大きめの部屋にやってくる。
「さて、折角だ。何か飲むか?」
「じゃあ何かお願いします」
一同が借りた宿泊施設だが、なぜか台所まで完備されている。元々食事については自炊しようという話でまとまっていたのだが、ここに来てコック(トレイド)まで加入したことにより、異様なまでに期待値が高まっている。
キッチンで何やらごそごそと何かを漁りつつ水を湧かしているトレイドを見て、カウンター席に座るタクトはふと笑みを溢す。――以前彼と共に訪れた異世界で、一人で訪れた食堂を思い出していた。なぜ今思い出したのかはわからないが、こうしてキッチンの前にいる彼がしっくり来るような気がしてならなかった。
「……そういえば、そこで立っているトレイドさんを見ていると、すごく似合っているなっていつも思うんですよね」
「へぇへぇ。どうせ俺は料理人もどきだよ」
タクトの賞賛にも似た言葉に、苦笑しながら肩をすくめる黒髪の青年は、台所の火に視線を向けている。水が注がれたやかんはふつふつと音を立てており、彼の手元にはドリップ一式がある。どうやらコーヒーを淹れてくれるらしい。
「ほら、市販の豆だから、普通のコーヒーだ。期待するな」
「……ちょっと残念です」
コポコポとコーヒーを入れ、差し出した彼から受け取りつつタクトはそれを一口すする。コーヒー独特の香りに、目を瞬いた。期待するなと言っていたわりには美味しいコーヒーだ。
「……コーヒー、淹れ慣れているんですか?」
「まぁ故郷でも定番でな。それに俺、時間だけはたっぷりあるから、こういうのが自然と旨くなっていく」
まぁ料理は最初からうまかったけどな、とどこか自嘲気味に笑う彼にタクトも押し黙る。時間だけはたっぷりある――その言葉の意味を、タクトはうすうす感じ取っていた。
本来気を失ってしまうほどの反動を受ける精霊憑依を、ほぼノーリスクで扱え、傷を負っても血を流す様子はなく、さらに異様なまでのタフさ。逆に彼から感じる魔力が少ない時は、ほぼ必ず衰弱している。
おそらく彼は――いや、彼も――
「それで、一体どんな夢を見たんだ?」
「………気づきますよね」
一瞬誤魔化そうとして、しかしそれが通じない相手であることはわかっていた。断念したタクトは苦笑いを浮かべて、トレイドが淹れてくれたコーヒーに視線を移す。やがてぽつぽつと、口を開けて先程まで見ていた夢――記憶感応のことを話し始めた。
「――記憶感応は知っていますよね?」
「それはもちろん。俺も何度か経験した。……なるほど、確かにアレが起こった後は、あまり眠りたくないよな……それで、誰の記憶を見たんだ?」
どうやらトレイドも同じ感覚を抱いていたらしい。どこか遠い目でふぅっとため息をつく彼は、やだやだと首を振りつつ問いかけた。頷いて、
「おそらく叔父の……ん?」
言いかけて、ふと疑問に思う。母親――風菜の記憶ではないだろう。あの記憶感応では、風菜も出て来たが常に一緒にいたわけではない。ということは、叔父かあの金髪の男。おそらく叔父の記憶だと思ったが、しかしなぜ言いかけて不思議に思ったのだろうか。
「……どうした?」
「あ、いや……多分叔父さんの記憶だと思います。若い頃の……成人しているかいないか、すっごい微妙な年頃の」
「若い頃だなぁ。ってことは二十年ぐらい前か……」
タクトの言葉にトレイドも苦笑し、だいたいの年代を把握する。それぐらいならば、まだ血が濃く、記憶感応に表れやすい年代だろう。納得するトレイドもコーヒーをすすりつつ、
「はい。それで気になったのが……俺が全く知らない金髪の男性が、母さんと叔父さんと一緒にいたんです」
「ほう。でもよ、お前の母と叔父って、確か革命を起こした英雄だろ? 当時の仲間か何かじゃないのか?」
「そうだと思うんですけれど……でも叔父と母とはすっごく親しそうでしたよ? 同じ家に暮らしていたみたいなのに、俺は一度も話しを聞いたことがない人だと思います」
「なるほど……ちなみにその金髪、どんな容姿だった?」
「えっと……」
ずずっとコーヒーをすすりつつ、タクトは記憶感応の体験を思い起こしていた。だが、不思議と容姿が思い出せず、苦労して思い出したことに違和感を覚えながらも口に出した。
「金髪で……片眼が隠れていたような……」
「……………」
「……トレイドさん?」
何とか絞り出した言葉に、トレイドは真顔で押し黙る。視線を手元のコーヒーに落としながら、何かを考え込むように口を閉ざした彼は、タクトの呼びかけにはっとして、
「あ、あぁ……いや、何でもない。……そう、なんでもないんだ」
――脳裏に過ぎった”ある人物”――しかしそれは流石にないだろうと笑い、誤魔化すようにタクトに告げた。
「それだけじゃわかんねぇな、うん。前髪で片眼を隠すなんて、割とあるし」
「……ですよね」
トレイドの指摘に、あはははと苦笑した。その後は他愛ない話に続き、ウルファが起きてくるまでそのまま二人で話し込むのだった。