表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
239/261

第35話 つかの間の休息~1~

話し合いの結果合流することになったトレイド達は、タクト達が拠点とする宿泊施設に荷物を移し、そこを拠点とすることで一致した。持ってきていた荷物も少なく、移動はすぐに終わり一時的な急速へとなった。


状況の整理と今後の動き、そして気持ちの整理だろう。――味方が増えたという嬉しいニュースと同様に、暗いニュースも確かにあるのだから。


「……あなたが無事で良かったわ、ルキィ」


施設の一室で、古い知り合いのような雰囲気を醸し出していたウルファとルキィがテーブルに腰掛け、嬉しそうに、そして安心したように微笑みながら語り合っていた。


「えぇ、”姉さん”。……まさかまた一緒にいられるなんて思ってもいなかったから……」


今にも泣き出しそうなほど嬉しそうに言うルキィに、ウルファも思わず目元を押さえた。意見の違いにより袂を分かった仲の良い姉妹の、久しぶりの再開だった。


元はフェルアントの精霊使いで、今はエンプリッターである父のもとで生まれた二人は、幼い頃に父に連れられてフェルアントの地を後にした。当時は分からなかったが、今となってははっきりとわかる。


大改革の折に、父はフェルアント側について戦い、その結果、暮らしていた家から出ざるを得なかったのだと。それからの生活も、あまり良いものではない。


父から精霊使いとしての修行を受ける中で、父の教えの影響を強く受けた妹は精霊使いを至上として考えるようになり、姉は本当にそうなのかと疑問を持ったりしていた。


本当に精霊使いが他人よりも優れているというのならば、こんな所に隠れ、移り住むことはないのではないか、と。だが家族に、そして父にそのことを言えなかった。言えるわけがなかったのだ。


――数年前、とある老師と少年に出会うまでは。彼らと出会い、そしてその思いに共感を覚えたウルファは、少年と行動を共にするようになる。だが父や妹からすれば、眉根を寄せることだっただろう――しかし、それでもいいかと、父は諦めを覚えていたようだった。


多分、気づいていたのだろう。姉の中で、自分の教えに疑問を抱いていると言うことを。なら、自分が納得する考えを見つければ良いと、放任ともこちらの意思を尊重するともとれる態度で見送ってくれた。


――だが、妹は違っていた。ルキィは、そんな姉と激しく口論となり――それ以来、一度も顔を合わせたことはない。


「……体は大丈夫? あなたがフェルアント学園を襲撃したという話は聞いたわ。……その結末も」


ウルファがルキィに向けるその顔は、まさしく妹を心配する姉の顔そのものであった。懐かしさを感じながらも彼女はえぇ、と頷いて、


「……あの男には感謝しているわ。また姉さんと会える機会をつくってくれたのだから」


「そう、その時は私もお礼を言いに行くわ。でもなぜ? 学園の襲撃犯は全員捕縛されたと聞いていたのだけれど……」


――だからこそ、半ば諦めていたのだ。言いづらそうな表情を浮かべたグレムの言葉を聞いて、ウルファが目を丸くして呆然とし、その後取り乱したことはつい最近のことだ。


以前からエンプリッターの一部隊に所属していたとは聞いてはいたが。姉の問いかけに、ルキィは目を瞬かせて、


「姉さんも知っていると思うけれど、私達の部隊は化け物にされて、使い捨てのようなことをされたでしょ?」


「それは……」


瞳を俯かせて沈んだ声音で呟く彼女に、ウルファの表情も思わず沈む。ルキィの部隊は、呪根なるものを埋め込まれ、異形の化け物にされた。その後も何とか助かったもののフェルアントに捕縛され、エンプリッターからの連絡は一切ない。当然投獄されているため連絡など来ないのだが、しかしその扱いから、自分たちが使い捨てにされたと分かってしまったのだろう。


――捕縛されたことを考えると、単純に見捨てられたと諦めも付く。だが化け物に変えられてしまったことを思うと、どうしてもただ見捨てられただけとは思えない。無論、悪い意味で。


妹の心情を察したウルファは、しかしどう口を開けば良いのかわからなかった。慰めれば良いのか、それとも――などと口ごもっていると、ルキィは苦笑して、


「化け物になった私達を助けてくれたのが、あのトレイドなのよ。大きな借りがある、だから、借りを返したのよ」


「……借りを返すために、あの人と一緒にここに?」


首を傾げる彼女に、ちょっと違うわね、とルキィは首を振る。


「借りは返したわよ、その日のうちに。……でも本人は私達を助けたことを何とも思っていなくて……逆に私達が協力したことを、借りが出来たと思っていたそうなのよ」


「なにそれ」


思わず微笑みを浮かべるウルファ。助けられて、その借りを返そうとしたら逆に借りが出来たと言われて――それでは貸し借りが延々と続いてしまうだろうに。トレイドの人となりが何となくわかってしまった。


自己紹介の時、一応マスターリットと言うことになっている、という首を傾げる自己紹介をしていたのも今なら頷ける。


「でもそっか。だから、牢から出して貰えたのね?」


「あくまで保釈だけれど……」


ふぅ、とため息をつくルキィだが、その表情は穏やかだ。あのとき――学園襲撃の際、協力してくれたことが縁で、マスターリットとしての権限で解放して貰ったのか。アキラが“不器用”と称していたのも頷けるし、それにお人好しでもあるようだ、とウルファも笑みを浮かべている。


「……それにしても、貴方と一緒に保釈された人……ゼルファだっけ?」


「そうだけど?」


「ちょっと名前の響きが似ていたから、気になったのよ」


「……そう」


姉の疑問に素っ気なく頷くルキィ。目線を逸らしながら何でもないように言っていたが――口の端に笑みを浮かべたウルファは、ぼそりと呟いた。


「もしかして貴方のいい人?」


「違うわよ」


「……そうなんだ」


即答で、そして表情を一切崩さないルキィを見て、これは本当に違うんだなと納得し、急速に興味をなくしていく。女の勘が、一緒にいた大柄な男が妹の彼氏か、それに近い人だと感じたのだが、それは勘違いだったようだ。


――最も、ウルファの女の勘が外れたわけではない。ゼルファにも、色々と込み入った事情があるのだ。端的に言うならば、彼の名前を付けたのがルキィというべきだろう。


彼女自身も詳しくは知らないが、ゼルファが生まれたところは貧困のため“口減らし”をすることがたびたびあり、名前がないまま捨てられたらしい。そのため名前がなく、ひょんなことから行動を共にすることになったルキィが名前を付けてあげたのだ。


「でも今回の一件が終わったら、また牢に入れられるの?」


「……まぁ、私達がやってきたことは、フェルアントからすれば犯罪。罰は、いずれ受けなければならないわね……」


遠くを見据えるルキィの言葉に、ウルファは悲しげに目を伏せた。トレイドはこの一件が終わったら牢から出せないか問いかけてみると言っていたが、彼女はそれは無理だろうなと思っている。いくらマスターリットの権限とは言え、そこまでのことは出来ないだろう、と。


ルキィの言葉に、一時的な扱いを受け、それが過ぎれば再び牢の中に入ると言うことを悟り、しばしの無言の後、諦めを含んだため息で「……そう」とだけ呟くのだった。


――もう会えないと思っていたのに、これが終わればまた会えなくなる――しかし彼女が置かれていた状況を鑑みれば、この一件の間だけでもこうして会え、そして仲違いをした姉妹が行動を共に出来ること、それ自体が奇跡と言いようがないのだ。


「……ならせめて、がんばりましょう。お互いがお互いの目的を果たせるように……」


「……えぇ」





「………」


目を丸くして年上の女性の会話を聞いているラルド。――というのも驚きの方が遙かに多いのだ。何せ、普段のウルファとは思えないほど穏やかな口調でルキィと名乗る女性と語り合っているのだ。


普段はもっと厳しく、かつ険しい声音で注意してくる、ラルドからすればいつも怒られる苦手な人、という印象が強い。だが今の彼女からは、そのようなものは一切感じられない。とはいえ、会話の内容まではわからないのだが。一体何を話しているのだろう。


「………」


「おう坊主、お姉さん方の話を盗み聞きとは、いい度胸してるじゃねぇか」


「うわっ!?」


ウルファのギャップに固まっているラルドの肩をちょん、とつつきつつ、ゼルファが低い声音で彼の耳元に囁いた。文字通り飛び上がったラルドはくるりと振り向いて、その巨体を見て目を丸くさせる。


「ぜ、ゼルファさん! 驚かせないで下さい……」


「わりぃな、坊主が一生懸命見ていたもんでよ」


はっはっは、と笑う彼に、彼はばつが悪そうな顔をする。彼女達がいるのは借りた宿泊施設の一室で、中をのぞき込む穴はない。つまり扉の隙間から聞こえてくる声に耳を澄ませて聞いていたのだ。詰まるところ彼のいうとおり、盗み聞きというわけである。


――一応弁解すると、彼女達がいる部屋の前を通り過ぎたとき、扉が微かに空いていてそこから声が聞こえてきたのだ。いつもとは違う声音のウルファの声に気づいた途端、興味を抑えきれなくなってつい――といったところである。


しかしハッハッハ、と声を抑えつつも朗らかに笑うゼルファも部屋の中の様子が気になるのか、ちらりと扉を見て一瞬押し黙る。――耳を澄ませると、姉妹の会話が聞こえてくる。会話の内容までは聞こえないが、お互いに遠慮はあるが楽しげな雰囲気が感じられ、彼はほっとする。


ルキィから姉のことは聞いており、ちょっとばかり心配だったのだが――どうやら杞憂に終わりそうである。肩をすくめた彼はラルドの頭にぽんと手を置いて、


「ま、内容が気になるのはわかるが、姉妹水入らずなんだ。俺達お邪魔ものはとっとと退散するぞ」


「……はい」


背中を叩かれ、その場から立ち去るのを促されたラルドは姉妹がいる部屋を後にする。ちらりともう一度姉妹の部屋の扉を見て、そっと微笑みを浮かべた。――彼女達が再び離れることはないと、わかったからだ。


「……そういえば、ウルファさんとゼルファさんって、名前似てますよね?」


「あぁ、それは俺も思った。今度ルキィの奴に聞いて……いや、まぁ……込み入った事情があってな? きっと神様の悪戯かなんかだろ」


ラルドが――というよりもおそらく一同が自己紹介の時に思ったことであろう。彼と彼女の名前についての問いかけに、思わずぽつりと溢しかけたゼルファは、あわてて言いつくろう。首を傾げて不思議に思うが、ちらりと目配せしてくるその視線からは、あまり触れて欲しくなさそうだった。


「……まぁ少しだけいうと、俺捨て子でな? 割と最近まで名前なかったんだよ」


「そ、そうなんですか? といよりも捨て子って……」


頬をポリポリとかきながらの独白に、ラルドは目を見開いて驚きを露わにさせた。とはいえその言葉だけ、込み入った事情や、先程の目配せの意味がわかり、申し訳なさそうな表情を浮かべて頭を下げる。


「あー、なんて言えば良いのか……その、あれだ、アレ」


「………その、すみません……」


「……良いって、思わず口を滑らした俺も俺だ」


ハッハッハと何でもないように笑うゼルファだが、変なことを言ってしまったと気にしているのだろう、少しだけ元気がなさそうだった。二人の間に気まずい沈黙が流れる。だが、沈黙は長くは続かなかった。


「――っと」


隣を歩いているゼルファが何かに気づいたかのように立ち止まり、ラルドはそれに気づいた時には彼よりも前にいたため、後ろを振り向いた。


「ゼルファさん?」


「あ、ラルドにゼルファさん」


返答は彼ではなく後ろ側――つまり進行方向側からだった。視線を戻すと、そこには少女っぽい顔立ちをした少年がこちらに気づいていた。ここ数日でそれなりに仲良くなってきたタクトである。


「ゼルファさん、さっきは挨拶しそびれましたけど、その……」


「おう、学園のあのとき以来だな」


ゼルファを見るなり声をかけてきたが、途中で言い淀む彼に苦笑する。学園のあのとき――襲撃事件の時だ。その最後の方では、彼が“憑依”を行った姿でルキィ共々顔を合わせている。最もあのとき、互いに名乗りはしなかったが。


「しかしお前さんが桐生アキラの甥っ子とはなぁ」


「あははは……」


まさかあのとき翼を生やし、炎を纏った少年が桐生アキラの甥とは思わなかったのだろう。驚きと呆れを滲ませた口調でしみじみと呟き、タクトは苦笑して頬をかいた。


「お前さんからすれば、色々と思うところはあるんだろうけどな。今は、アイツの分も一緒に水に流しておいてくれ」


「わかっています」


「おう。俺も精一杯がんばってやろうじゃねぇか」


タクトの頷きに、それじゃあな、といってその場から立ち去っていくゼルファを見て、彼ははぁっと残念そうにため息をついた。


「やっぱり、少しだけ壁があるよな」


あのとき――学園襲撃の時のことを引きずっているのか、どことなく申し訳なさそうに一歩引いた対応を取っている彼をそう評する。気持ちは分からなくはないが、しかし彼が言ったとおり、こちらは水に流している。


だが彼において行かれた形のラルドは首を傾げつつ、うーんと唸りながら、


「まぁ知り合いがルキィさんとトレイドさんしかいない状況ですから……少し緊張しているんじゃないでしょうか」


「何それ、人見知り?」


「そうじゃないでしょうか? 多分そういう人だと思いますよ」


何でもないような顔でいってくる彼に、タクトは押し黙る。まだゼルファの人となりを把握し切れていないためわからないが――確かにそう言われれば、思い当たる節はある。例えば、先程の全員が集まっていた時の様子とかもトレイドやルキィの側にいたような気がする。


それだけでは人見知りとは言えないだろうが、もしかしたら、といえるかも知れない。しかし。


「……ラルドって、ゼルファさんと会ったことあるの?」


「今日が初めてですけど?」


どことなく確信を持って――というよりも、“知っている”雰囲気を醸し出しながら言っていた彼に、以前からの知り合いかと思い尋ねたところ違うらしい。内心、えぇ……と思いながら頷いて、


「そう……ごめんね、変なこと聞いて。なんか、凄く以前からの知り合い感があったから」


「え、そうですか………………確かに、それっぽいこと言ってますね、僕」


無意識だったのか、自身のこれまでの言動を振り返り、思い当たる節があるのか、徐々に苦笑を強めていく彼はやがて苦り切った表情で頷いた。


「ご、ごめんなさい。僕もウルファさんに呼び出されていて」


「あ、そうなんだ。ゴメンね、引き留めて」


頭を下げてその場から去って行く彼の後ろ姿を見送った後、はたと気がついた。


「……ウルファさんってルキィさんと話していたよな……」


あの二人が一室を借りて話し込んでいるのはタクトも知っているとおりである。何でも姉妹だとかで、久しぶりの再開らしくこちらも空気を読んでそちらには行かないように気をつけていたのである。


「うーん、止めるべきか……」


とはいえ、あの雰囲気だとおそらく用事ではなく、あの場所から立ち去るのが目的だろう。彼が立ち去った方角を見るも、すでに彼の姿はない。突然の行動に戸惑いを覚えるものの――


『放っておいても大丈夫だろう。あの少年、変なことを言っていたたまれなくなり、単純に逃げたかっただけだろうしな』


「やっぱりそうか………って、スサノオ!?」


タクトの独り言に見知った人物が反応してくれ、彼は思わず流しかけるもその人物に気づき目をむいて驚きを露わにさせる。そこには銀色に光る子人がフワフワと宙を飛びながらタクトの目の前にいた。


「な、何やっているんだよ、こんな所で!」


『小声で怒鳴るとは器用な奴……』


思わずスサノオを捕まえようと手を伸ばすが、それをひらりとかわしてタクトの肩に腰掛けた。それを捕らえようとするも、スサノオはストップだ、とばかりに片手を挙げて、


『このあたりに人はいないから大丈夫だ。それよりも、ずいぶんと楽しそうではないか、主よ』


白い和服に身を包んだ銀髪の男性を小さく縮小させたような姿のスサノオは、笑みを浮かべながらタクトに問いかける。――だが、その小さな体からは感じられる威圧感は相当な物だった。


「あの、スサノオ? 楽しそうって一体……」


『確かに主の言うとおり、この姿で出歩けば厄介なことになろう。そうなれば剣の姿で主に運ばれるしかない。おまけにしゃべることも出来ない。……で、気がつけばいつの間にか人数が増え、その者達から紹介もされず、一人寂しく放置されていた俺も中々楽しかったぞ?』


「………いや、それ俺のせいか?」


――どうやら誰からも紹介されず、忘れられた存在となっていたことに、スサノオの機嫌を損ねてしまったようだ。しかしタクトとしても一言ある。背負われながら寝てただろ、と。


『まぁ皮肉と主いじめはこのくらいにしておこう。しかしあの少年……そうか、そういうことか……』


冷や汗を流しながら謝った彼に向かって、フンと鼻を鳴らしながらあっさりと流し、ラルドが去って行った方向をちらりと見ながら、何かに納得したように頷いて、


「スサノオ?」


『……いや。だがあの少年も、まだ完全に使いこなしているわけではなさそうだ』


「……何のこと?」


『あの少年、お前と同類だ。最近何とかしようとしているあの力……困ったら奴に聞いてみると良いかもしれんな。参考になることはあるだろう』



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ