第34話 魔法科学の世界へ~5~
「――ということは、本部の方でもスプリンティアに対する調査を?」
「あぁ。秘密裏に、バレないように……まさか地球支部の方でもそんな感じでやっているとは思わなかったけどな」
――カルアとトレイドが合流してから数時間後。数日間の宿として取っているホテルの一室に一同が集まり、そこでトレイドがそれまでの経緯を話していた。
マスターリットの一人として、武器製造を行っているという疑惑のあるスプリンティアを調査するために、この世界に忍び込んできていること。それに合わせて二人ほど協力者を選出したこと。
その二人が大男であるゼルファと、女性のルキィ。二人ともタクト達を前にするとどこか居心地が悪そうに身を小さくさせていた。それにルキィを見たウルファが目を見開いているし、ルキィも何やら微笑みを浮かべながら彼女を見返していた。
その視線に並々ならぬ事情があることは察せられたが、今はそのことについて問いかけることはせず、タクト達も学園襲撃のことを蒸し返すことはしなかった。流石にそれはやらなかったと言うべきか。
お互いに事情と現状の情報を交換、共有した後、トレイドとアキラは顔を見合わせて黙り込んでいる。
「……空間が歪んでいるせいで下層の気配は拾えない。一度この空間の外に出るべきなんだろうが……」
「あぁ。どうやら同じ扉でも、開く度に違うところに通じるらしい。……仮に下へ通じる階段があっても、目的の場所にたどり着くとは限らない」
アキラとウルファ、そしてコルダがこの数時間、様々な扉を開けて探索した結果、そのような答えが得られたらしい。開く度に通じるところが違うとなると、もはやお手上げであった。地図をつくることさえ難しい状況である。
「もはや要塞だな、ここ」
ふぅっとため息をついてトレイドはぼやいた。そして視線をいつの間にか隣に陣取っているタクトへ向けて、
「で、そっちはどうだった?」
「こっちはラルドの案内で、エンプリッター……グレムさん側に付いている人達の元を尋ねたんですが……」
そこで言葉を句切り、ちらりとラルドへ視線を向ける。――俯いている彼の表情は暗い。彼は今口を開ける状態じゃないことを悟り、残りの言葉もタクトが紡いだ。
「……全員いませんでした。グレムさんの話では、まだ残っている人がいてもおかしくはないのですが……」
全員脱出したか、それとも――前者であれば良いが。だが、その可能性は低いらしい。タクト自身、その時の光景を思い出したのか、若干表情を青ざめさせている。
「……尋ねた隠れ家には、血痕がありました。……それに部屋の荒れ具合から戦闘があったのではないかと……」
壁には大きな亀裂と何かで削り取ったような後。隆起した床や焦げ後を残す家具。そのどれもが、コベラ式の魔術を使用したことをうかがわせるものが残っていたのだ。それに加えて血痕となれば、そこで何があったのか察しは付く。
「……手詰まりということか……」
目的地は分かっている。地下にある、技術者が多く集まる場所。その中でも一際異質な雰囲気を持っている場所。異質な雰囲気とはと尋ねても、亡命者達は「行けばわかる」の一点張り。
「しかし、地球支部の方にエンプリッターの亡命者がねぇ……」
トレイドは自身を警戒しているウルファとラルドを見ながら呟き、二人は緊張した面持ちで彼を見ている。
「そういう情報、聞いていないような気がするが……」
「っ」
考え込みながら呟いたその言葉に、亡命者達はびくりと肩を振るわせる。――実はアキラ、亡命者のことはフェルアントには報告していなかったりする。あくまで地球支部で内密にことを運ぼうとしていたのだ。
(……本部が動く前に引き揚げるつもりだったのだが……)
状況がどう転ぼうが、本部からスプリンティアに精霊使いが派遣される前に調査を終える、もしくは終わっていなくとも引き揚げるつもりだったのだが、まさかタイムリミットの方が大幅に短くなるとは誰が予想できただろうか。
――それも、かつて学園を襲撃したエンプリッターを部下にして。彼と本部の行動の速さに、アキラはふうっとため息をついて問いかける。
「それはこちらの台詞だ。ミカリエ本部長はまだ、君達を動かしてはいないと思っていたのだが……」
「いや、命令を受けたぞ? つい数時間前に」
「なんだと!!?」
アキラが目を見開き、文字通り飛び上がるような驚きを見せてトレイドを見下ろした。その驚きに目を丸くさせた彼は、コクンと頷いて。
「あ、あぁ。何でも、手はずが整ったから今から行ってこいと……」
「……ここに来て大番狂わせか……」
露骨に表情を歪め、苦々しげにトレイドを見やるアキラに対し、どういうことだと言わんばかりに首を傾げるトレイド。――地球支部に他世界への調査権はなく、現在彼らが行おうとしている調査は本来フェルアント本部が行う調査なのだ。彼らの行為は越権行為に過ぎない。
タクト達が不安そうな表情でアキラを見やるが、その彼もふぅっと吐息を吐いている。支部長が直々に調査を行っている現状、下手をすれば職を解かれる可能性がある。だが、例えそうなっても、カルアやタクト、そして亡命者達にはなるべく火の粉がかからないようにすることは出来る。その状況を予想して、しかし。
トレイドがアキラ達を見返して、ふむと頷いている。
「まぁ俺も、支部と本部で出来ることの違いとか、異世界同士の協定とかあまり知らんし。……それに俺等も、あまり人のこと言えない立場らしいしな」
ポリポリと頬をかきながらトレイドは言ってきた。――その言葉の意味を理解する前に、タクトが首を傾げて、
「それどういうことですか?」
「いや、ミカリエの旦那から、目立つなと言われていてな。何でも、今の俺等には調査権はないみたいだし」
『…………は?』
一同が口を開いた。それはトレイドが連れてきた二人も同様だった。どうやら彼らも聞かされていなかったらしい。驚きに充ちた表情でトレイドを見ている。
「……結局そういうオチか……そういやさっき秘密だって言っていたな」
支部の協定を知っていたカルアは、相当悩んだあげくにアキラに連絡を取り(”口封じをする”という選択は流石にない)、アキラも半ば覚悟を決めてここに来たのだが。何とも肩すかしと言うべきか、だが良かったとは言えない状況であることは確かだ。
まさか本部の方も、正式な調査権を得る前に調査を行うとは。ミカリエもそれだけ事態を重く見ていると言うことか。
一同に――正確には地球支部所属の精霊使い達にだが、安堵の空気が流れ、神妙な雰囲気が崩れ去ったことにトレイドは部下の二人に問いかけた。
「……俺、変なこと言った?」
「変なことって言うか不味いことを言いました。まぁ、それは向こうも同じみたいですし、ここはお互い不干渉と言うことにしときましょう」
どうやらトレイド本人はことの重要性を理解していない様子である。――確かに彼がフェルアントの精霊使いになったのは数ヶ月前ということを考えると、越権行為云々に関しては知らないことの方が多いだろう。
だが、側に控えていた女性――ルキィといったか。彼女は分かっていたようで、はぁっとため息をつきながらちらりとウルファを見やる。
「………」
ウルファも、何とも言えない表情で視線を知らしている。そんな二人の微妙な空気を感じ取ってはいたが、口にするものはいなかった。――彼女を除いては。
「ねぇ、二人とももしかして知り合い?」
首を傾げながらコルダは問いかけた。――彼女の隣にいるアイギットとラルドは微妙な表情を浮かべて彼女を見やり、しかし止められないと悟って二人同時に頭を押さえた。
「……まぁ知り合いだ」
「こんな所で知り合いと会うなんて奇遇だな。……積もる話はあるだろうが、少し待っててくれよ」
「わかっています」
ルキィの言葉にトレイドはほうと頷いて、しかし今は待っててくれと苦笑を浮かべる。まだこちらの話は終わっていないのだ。そう言って彼はアキラとタクトに視線を向けて、ニヤリと笑みを浮かべる。
「なぁアキラさん。ここで一つ手を組まないか? お互い目的は同じ……で良いんだよな?」
「まだこちらの目的は話していない。……だが、そちらの目的は、スプリンティアにエンプリッターが侵入している可能性を突き止めることだろう?」
「そうだぞ。そっちは?」
真っ直ぐに黒い瞳で見返してくるトレイドに、アキラはふっと笑みを浮かべた。――その素直な行動に、こういった“裏の仕事”には不向きな青年だ、と感じ取ったのだ。
確かにダークネス事件でも、彼は不器用過ぎる立ち回りしか出来ていなかった。笑みを浮かべたアキラに対し、トレイドは眉根を寄せて、
「アキラさん?」
「君はもう少し賢く立ち回った方が良いだろう。人生苦労の連続とお見受けする」
「…………」
「とはいえ、こちらの理由も同じだ。私心が多分に含まれていることは自覚するが」
唇を尖らせたトレイドだが、隣にいるタクトは首を傾げ、
「私心って……叔父さんとエンプリッターとの因縁のこと?」
「それもある。だが一番は……」
そこで話している相手がタクトだと気づいたのか、アキラはハッと目を見開き、しかしフルフルと首を振って、
「……まぁ、お前が気にすることではない。あくまで私の、個人的理由が含まれているということだ。無論それだけではないがな」
タクトとの会話をそこで強引に打ち切ったアキラに、彼は眉根を寄せる。――最近妙にはぐらかされることが多くなったように感じるのだ。若干の不満を露わにさせるタクトだが、その視線を露骨に逸らしてアキラはトレイドに提案する。
「スプリンティアがエンプリッターに属したとなれば、本部のみならず各支部でも大事だろう。そうなってしまえば、例の”兵器”が奴らに使われ脅威となる」
「……純粋魔力を弾丸として放つライフルか」
「あぁ、MGR……だっけか、アレ。確かにあんなもんを持った奴らが敵に回れば厄介だろうなぁ」
こちらは椅子に座り込み、今まで黙りだった大男の方だ。名前はゼルファであり、彼はまるで他人事のようにぼやいているのだった。彼が呟いたMGR――それがあのライフルの名前なのか。
「魔力を消費しても、俺等(精霊使い)のように疲弊したりしないしな。便利なもんだよ、ホント」
「実際に使っていた奴がこう言うんだからな。その厄介さは確かなものだろうよ」
はぁ、とトレイドはため息混じりにぼやく。だが、あのライフルを持った集団と戦闘を行ったタクトとアイギットは、その厄介さを身に染みて知っていたのだ。
純粋魔力を用いていると言うことは、物理破壊力ならそれなりにある。下手な術者が展開する法陣を、あっさりと砕くほどには。そんなものを連続で数十発と放ってくるのだ。そうなれば流石に法陣による防御にも限界が訪れる。脅威以外の何物でもない。
「それは本部の方でも危惧していてな。それに元々エンプリッターは数が少ないとみていたんだが、どうやら違うらしいな。……そのところどうなんだ?」
「……最近になってエンプリッターに入る人が増えたという話はよく聞きます。精霊使いかそうでないかを区別せず、類を見ないほどの人数が」
トレイドが呟き、亡命者に問いかけるとラルドが思い出すように時々つっかえながら口を開いた。――予想はしていたが、とばかりにトレイドはため息をついて。
「やっぱりか。……劣っていた数を、一般人を使って補って、戦力の質を神器や兵器で補う……本部の有利性がないな」
「そ、そんなあっさり……」
「だけど事実だろ、タクト」
ばっさりと言う彼に苦言を呈すが、ぴしゃりと言いのけられた。確かに事実だ。苦い顔をしてタクトは口を閉ざす。しかし、とアキラは彼に向かって、
「――だからこそ、この世界を調べる必要があるのだ。エンプリッターに渡している兵器を押さえるために」
「……事情は同じで、目的も同じ。……さっきの提案、改めて返事を聞かせて貰いたい」
「………」
目的と状況の整理。話の中で二つのグループで重なる点が多いことを理解して、トレイドは問いかけた。――だが、アキラはやはり口を開かない。ただじっとトレイドを見ているのみだ。
「……アキラさん、ここは――」
アイギットが口を開き、提案を受けるべきだと告げようとしたが、その前ですっと押しとどめられた。初老の鋭い瞳は彼を見据え続けて――
「君には様々な借りがある。そして私が知っている秘密を、君にも伝えた」
「………あぁ、聞いた」
――数日前。彼がふらりと地球支部の桐生邸に訪れた際、トレイドはアキラ達と何やら秘密の話し合いをしていた。その場に居合わせたであろうカルアは、その言葉にすっと目を伏せた。
トレイドも、一瞬表情に陰りが生まれる。――一体何を聞いたというのだろうか。だがそれを問いかけられる雰囲気でもない。彼らが何を言っているのかわからないウルファやラルド、そしてトレイドと共にいるゼルファにルキィも口をつぐみ、コルダでさえ黙っているほどだ。それほど強烈な雰囲気を、彼らは醸し出していた。
「この一件を辿っても、”奴”に繋がることはないだろう。だが――“元凶”に突き当たる可能性がある」
「……元凶だと? この一件に、黒幕がいるって言うのか?」
強烈な雰囲気をものともせず、ゼルファが眉根を寄せながら口を挟む。その神経の図太さに感心する傍ら、タクト達もまた眉根を寄せていた。――そんなこと、一言も言っていなかった気がするのだが。
「…………」
「……そうか、それで……」
だがトレイドは瞳を細め、カルアは何かに気づいたように納得していた。だが、タクトはやや納得できなかった。自分たちのことを頼ると、そう彼と母は言っていたのに、まだ言っていない、隠していることがあるのかと。
「ねぇ、叔父さん、まだ隠し事をしているの?」
「……このことを言わなかったことは謝ろう。……私自身、あまり言いたくないことでもある上に、まだ”信じている”部分もあるのだ」
申し訳なさそうに――本当に申し訳なさそうに頭を下げてくる叔父を見据えて、タクトは黙り込む。返事をしないタクトを不審に思ったのか、アイギットが彼の肩を叩いて、
「タクト、気持ちはわかる。……だけど、アキラさんにだって言えないことはあるさ」
「…………そうだね。……ごめん、叔父さん」
――彼の言葉に、数日前のレナとフォーマの一件を思い出した。誰にでも言いたくないことだってあるし、それは自分にもあると、あのとき語ったのは誰だったか。紛れもない、自分自身だ。
記憶を辿り、思い出した彼はすまなさそうに頭を下げる。タクトからの謝罪に、しかしアキラは下げた頭を上げて、タクトの頭を撫でた。
「だが……この一件で、本当のことがわかるだろう。そうなれば、タクト達にも話すと約束する」
――彼らだって、すでに無関係ではない。それに――そろそろ、話さなければならないだろう。
「………」
この場で一人事情を知るカルアは、視線を伏せて押し黙るのだった。