第34話 魔法科学の世界へ~1~
「スプリンティアへの調査、ですか……?」
数時間後、アキラから呼び出しを受けたフェルアント学園の生徒達は、そうアキラから頼まれていた。その名前を聞いた瞬間、フォーマはぴくりと眉根を寄せ、タクトとマモル、レナは嫌そうな表情を浮かべた。
――以前も幾度か似たような形でアキラから頼まれごと――という名の地球支部の手伝いにかり出されたことがある。その時の苦労を思いだし、嫌な予感を覚えたのだ。だが一つ、それらの時とは違うことがある。それは――
「……アキラさん、スプリンティアって、あのスプリンティアですか? 魔法科学が進歩している……」
「そう、そのスプリンティアだ。近日中には行ってもらいたい」
――あのときは、場所の指定、特に異世界の名称がなかったことだ。そのことに気づき三人は首を傾げるが、続くフォーマの言葉に揃って眉根を寄せるのだった。クイッと眼鏡を押し上げて彼はアキラ支部長に問いかける。
「スプリンティアは転移するための条件が厳しかったはずです。それに許可を得るにも時間がかかる……出来るのですか?」
「……正直に言うと、許可は取らない。まぁ、不法入国……いや、不法入界ぎりぎりのライン、というべきか」
「………」
あっけからんと肩をすくめて言うアキラに一同は絶句する。何やら不穏すぎる言葉にそのまま数秒沈黙が流れるが、やがて蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「それどういうこと!!?」
「あんた、俺達を犯罪者にするつもりか!?」
「ていうか支部長が不法入界をすすめるってどうなんですか!?」
タクト、マモル、レナの叫びである。アキラとの付き合いが長く、この手の頼み事に良い思い出がないためか、反応が手厳しい。そんな子供達の反応にアキラもコホンと咳払いをしつつも、
「人の話を聞け……先程、とある人物がフェルアント地球支部に亡命してきた。その時の話によると……どうやらスプリンティアは、すでにエンプリッターの手の内にある可能性がある」
「…………」
一同は再び絶句する。だが一人だけ首を傾げているコルダが、ぽつりと呟いた。
「……ねぇ、そのスプリンティアってどういう世界なの……?」
「さ、さっきフォーマ先輩が言っていたけど……」
彼女の呟きにレナが困惑しつつも説明しだした。フェルアントと同盟を結ぶ異世界の中で、突出した科学技術を持つ世界。さらに魔法、精霊の存在を認知し、魔法と科学を融合させた魔法科学を持つ世界だということ。
各異世界も、何度も人材を派遣してスプリンティアが持つ科学技術を学ぼうとするほどである。現にフェルアント学園の第一アリーナや、海底にある地球支部もスプリンティアで学んだ技術を生かして造り上げた物だ。
そういった説明を聞き、コルダはふぅ~んと頷いて、
「……え? じゃあフェルアントだけじゃなくて、他の異世界にも重要な場所なんじゃないの? そこをエンプリッターに落とされたってことは……」
「いや、落とされたと言うには少々奇妙な状況でね」
彼女の指摘にアキラは頷き、ふぅっと息を吐き出して続ける。
「本部によれば、スプリンティア支部からの応答はあるようだ。すでに陥落した支部は応答がないにもかかわらず……。つまり――」
「――つまり、”エンプリッター側に寝返った”可能性があると言うことですか……?」
「最悪の可能性だがな」
「……それは、不味いぞ……」
ハッと気づいたフォーマの言葉に、アイギットは表情をしかめて呟いた。話を聞く限りでは、魔法科学のほぼ全てがスプリンティアによって成り立っていると言っても良い。そこがエンプリッターに付いたと言うことは――。
学園襲撃時や、地球支部襲撃時に見た、純粋魔力を弾丸として撃ち出す銃器を思い出す。どうやってエンプリッターはあの兵器を得ていたのか――その所在が見えてきた。
ギシッと椅子を鳴らして寄り掛かるアキラは、心底面倒くさそうにして呟いた。
「……最も、あの世界は職人気質や学者気質の者も多い。自分の欲求を満たせるから、向こう側に付いたという者も一定数いるだろう。……逆に、それが合わなくて向こう側に付かなかった、という者もいるはずだ」
「……アキラさん、それって……スプリンティア内部で割れている、ということですか?」
何かに気づいた様子のレナは、恐る恐る尋ねる。するとアキラは頷き、
「私はそう考えている。支部としての機能が維持されているのもそのためではないか、と。しかし、だからこそこういう場合は厄介とも言える」
――あぁ、そういうことかとタクトは納得し、ふと疑問に思った。仮にスプリンティア内部で、エンプリッター側に付いたのが三割、残りが七割と仮定する。するとその三割は内々で活動をするだろう。残りの七割に気づかれないように。
そして残りの七割が気づかず、平常通り本部とのやりとりをしていれば、本部に気づかれることもない。――最も、スプリンティアは魔法科学の総本山である以上、人の出入りが激しく、全く気づかれない、という可能性は低いと思うが。
「……ねぇ叔父さん。スプリンティアは人の出入りが激しいんだよね? それにフェルアントや、うち(地球支部)からも何人か技術を学びに行っているはず……それで、本部や支部に全く情報が流れない、っていうことってあるの?」
「――――」
タクトの指摘に、アキラは息を呑んだ。――ほんの一瞬のことで、誰にも気づかれなかったが、その指摘に驚いたことは間違いなかっただろう。
「――それは……」
「――残念ながらあるんだ、そういうことが」
――背後から唐突に声をかけられた。一同は驚き後ろを振り返ると、今まさにドアを開けて入ってくる男性がいた。
色の暗い茶髪に高めの身長の男性――見覚えはなく、地球支部の人ではないことは、察せられた。そういえば、話の最中にノックの音を聞いたような気がした。あれはこの人の物だったのか。
「えっと……」
「話している最中にすまないな。だがスプリンティアも、各異世界から技術を学ばせろと言われ続けたからか、情報の漏洩、保護には凄まじく気を使う所だ。向こうも自分の世界の技術が勝手に使われるのが我慢ならんという連中もいるからな」
その男性の説明を聞き、タクトはなるほどと納得した。確かに自分たちが苦労して造り上げたものを見ず知らずの他人に使われれば腹が立つだろう。それにフェルアント側における文明の保護もあるのだ。”技術”という情報の取り扱いには細心の注意を払うことだろう。
「……なるほど。しかし、説明を聞けば聞くほど堅苦しそうな所だな。そのような世界で、よく受け入れられた物だ」
「こちら側の提案が、向こうにも興味を引かれたらしく、むしろ向こう側からやらせてくれと頼まれたらしい……私としては、悪趣味と言わざるを得ないが……」
アキラも納得したように頷き、呆れたような、もしくはそういうことは早めに言ってくれ、と言わんばかりのジト目で来訪者を見やる。しかし男性は肩をすくめ、呆れたようなため息をついて吐き捨てた。
――タクトにとってその男性は初めて見るが、そのやりとりを見る限り、少なくともアキラは知っているようだ。だが微かに見せる叔父の警戒するような眼差しに、タクトは言葉に出来ない不安を覚え始めた。
「あの、どちら様でしょうか……?」
「……スプリンティアの事情に詳しいみたいだが……?」
「ふむ……」
レナとアイギットに言われ、やや考え込むように俯き、そしてちらりとアキラを見やる。だがアキラは肩をすくめて、
「ラルド君の言葉を忘れたか? ――自分のやりたいようにやるべきだろう」
「……確かに、そうですね」
クスリと笑みを溢す。二人の会話に出て来たラルドという名前にも覚えはなく、ただ首を傾げるだけだったが――男性はタクト達を真っ直ぐに見つめて口を開いた。
「私はグレム・アーネンという。”エンプリッターからの亡命者”だ」
『………は?』
――今、何と言ったのだろうか。ほぼ全員がぽかんと口を開けて間抜けな声を出して聞き返すと、グレムと名乗った男は苦笑いを浮かべて、
「……自分のやりたい通りに言っても、正直信じてくれないのではないかと自分でも思うのだが……」
本当に困ったような声で呟く。――その言葉で、嘘でもなく、本当にエンプリッターからの亡命者だと言うことがわかった。
「………」
マモルとアイギットは警戒するようにグレムを見やり、フォーマはレナを庇うかのように彼女の前に出て眼鏡の奥からグレムを睨み付ける。グレムの一挙一動を見逃さないと言わんばかりの警戒だが、彼の表情は変わらなかった。
――そうなることを見越していた、といわんばかりの反応である。グレムはマモル達の動きに瞳を閉じ、すっと頭を下げてきた。
「――フェルアント学園を、地球支部を襲った組織の一員だった者として謝罪しよう。……謝って許されないかも知れない……恨まれて当然のことをしてきたが……」
――それでもだ、とさらに深く頭を下げるグレム。そんな彼の謝罪に、一同は互いに顔を見合わせた。
一同が持つ、エンプリッターに対する評価は当然低い――低すぎた。彼らのせいで学園が一時休校となり、フェルアントと一触即発の状態になってしまっている。そればかりか彼らのせいで体や心に傷を負った者や人生を狂わされた者、友人を失いかけた者や生死の境を彷徨う大怪我を負った者もいる。
別に目の前にいるグレムがやった、ということではないだろう。それはわかっているが、しかしだからといって素直に謝罪を受け止めることも出来なかった。
頭を下げるグレムと、それを囲んで見つめる少年少女達。そんな彼らをしばし見続けたアキラはやがてため息を漏らした。
「……お前達の気持ちは十分分かる。私も同様だからな。だが今は、その気持ちをぐっと飲み込め。難しくても……今は、な……」
アキラの言葉に、皆迷いを浮かべながらも顔を見合わせる。――叔父の過去を考えれば、よくエンプリッターからの亡命者を受け入れることが出来たものだと思う。家族を奪われ、望まぬ戦いに引きずり込まれ、その果てにあと少しで得られたであろう幸せをなくしてしまったのだ。
彼自身、エンプリッターに対する思いはタクト達以上に激しい物があるはずだ。そう考えると、タクト達としても強くは言えなかった。
――だが、それでも。レナとフォーマの二人だけは、流石にそうはならなかった。特にフォーマは、目の前にいるグレムを射殺さんとばかりに鋭い視線で睨み付けている。くいっと眼鏡を押し上げて彼は問いかけた。
「一つ聞きたい。あんたは……フェル・ア・チルドレンという言葉を知っているか?」
その問いかけに、ようやく顔を上げたグレムだが、訝しそうな表情を浮かべて考え込み、ふるふると首を横に振った。
「……いや……すまない、知らない言葉だ。……似たような言葉なら知ってはいるが」
グレムがぽつりと漏らした“似たような言葉”――その言葉に、一同は顔を見合わせる。おそらく、フェル・ア・ガイ――精霊人のことだろう。しかし今はそのことを追求することはせず、ただひたすらにグレムを睨み付ける。
「……すまない、本当に知らないんだ」
「……おそらく、グレム殿は知らないだろう。……彼と深く関わっていた関係者も、それは知らないからな」
助け船を出すかのように口を開くアキラは、じっとフォーマを見やっている。ずっとグレムを睨み付けていた彼だが、やがてその視線に気づいたのか、一瞬の迷いを見せたうち、グレムから視線を逸らした。
――彼とレナも、アキラと同様人生を大きく変えられてしまった者達だ。それに対する怒りもあるだろうが、今は振り上げた拳の下ろし方がわからない、と言わんばかりにやるせない気持ちになっているだろう。
フェル・ア・チルドレン――グレムは何度も思い返しても、その言葉に聞き覚えはない。だが語感と似た言葉から、それに近い何かだと言うことは察せられる。彼は周囲の少年少女達を見渡した後、アキラを見やった。
「……その似た言葉とは、やはりフェル・ア・ガイか?」
「……はい」
「……確かに、その言葉なら、連中が知っていてもおかしくはない」
ギィッと椅子に深く腰掛けて子供達を見渡した。――そしてタクトを見て、そういえばコルダと同じで、他の連中と比べてあまり敵意を出さなかったな、と気づく。
コルダに関しては分からないが、タクトは以前右耳を切り落とされた件がある。そして、彼に”強さ”に対する憧れと諦めを叩き込んだ連中である。何かしらの反応があると思っていたが。
「タクトからは何かないのか?」
言いたいことがあるなら今のうちだぞ、と付け加えたが、彼はただじっとグレムを見やっているだけだ。一方のグレムはその視線がじれったいのか、やや居づらそうにしている。
「……その、何の確証もないんだけれど。……この人は、いい人なんじゃないかなって、漠然と……」
「……いい人、ねぇ……」
タクトの言葉に、隣にいるマモルが呆れたようにフンと鼻を鳴らすが、それを無視して
「その、彼の周りの自然には、悪意がないって言うか……」
「……周りの自然?」
「…………」
本人も何と言えば良いのかわからないのか、首を傾げながらそんなことを言い、マモル達は懐疑的な視線を彼に向けている。だが、タクトが言った言葉にアキラは目を見開き、グレムは首を傾げる。
(……自然の加護か……だが……)
アキラは疑問を浮かべた。精霊王の血を引く者が時折覚醒する、”自然の声を聞く力”。――正確には自然の声を聞くのではなく、感じ取るというのが正しいようだが――タクトがそれに目覚めていることはわかっていたが――ちらりとグレムを見やる。
「……君は……」
やはりというべきか、グレムも”自然の加護”については知っていたようだ。――エンプリッターでは重要な位置にいたようだし、知っていて当然か。
「……まぁ、ないのならそれで言い。それより、そろそろ話を元に戻そう。……なぜエンプリッターの一部が我々に亡命を求めてきたのか。それを知れば、今回のスプリンティアへの潜入も納得がいくと思う」
「……確かに聞きたいです。わざわざ彼らを保護する理由が、今回の突飛な提案に繋がるのならば」
アキラが話を元に戻そうとすると、フォーマもそれに便乗する形で促してきた。――彼の言葉にとげが含んでいるように聞こえたのは、気のせいではないだろう。眼鏡の下に不満げな表情を見せるフォーマに、アキラは苦笑する。
「あぁ。……実は今朝――」
なぜエンプリッターが亡命してきた、その説明をアキラの口から聞き、なるほどとタクトは頷いた。
簡潔に言えば内部崩壊だ。突然現れたその少年側と、グレムを筆頭とするエンプリッターという組織を変えようとする改革派。そのグレム側が、少年側にしてやられたのか裏切り者扱いされ、今朝ここに助けを求めてきたというわけである。
そして彼らの話によれば、今エンプリッターの”本隊”はスプリンティアにいるとのことだった。それが今回の話しに繋がるわけである。
簡潔だがまとまった説明を聞いたタクト達は、確かにスプリンティアへ潜入する理由にはなると納得する。――だが、それより前の段階に顔をしかめていた。
「……罠じゃないんですか? エンプリッター側の」
「俺もそう思います。おびき寄せて袋だたきにするつもりじゃないですか?」
アイギットとマモルが表情をしかめながら口を開いた。話を聞いたときに真っ先に出てくる反応だろう、とアキラ頷いた。ギィッと腰掛けている椅子をならして、
「普通はそう考えるだろうな。……だが、私はこの話、信憑性は高いと思う」
アイギットとマモルを見ながらアキラは口を開く。――そういえばギリとカルアにも、似たようなことを指摘されたな、と思い返しながら。
「向こうがこちらを襲撃してきてから、まだ数日しか経っていない。しかも捕らえた者達の話とこちらの推測を重ねると、どうも地球支部の戦力分析が目的だったように思えてならない」
「……あの襲撃が、戦力分析……?」
「推測だが、可能性は高い。送ってきた者達はほぼ全員捕らえたため、向こう側に情報は行っていないはずだ。もしくは……いや、それはいい」
――脳裏に浮かんだのは、例の少年のことだ。あの少年がその気になれば、こちらの戦力を把握するなど一瞬ですむはずだ。だが断言できる。エンプリッターは元より、例の少年自身も、地球支部の戦力は把握できていないと。
――未来を読む力も、”とある力”があれば阻害できる。そのとある力を、地球支部は持っていた。
とはいえ、そのあたりのことを少年達は知らないだろう。ならば、わざわざ不安を煽るようなことは言わなくても大丈夫だ。
「送った偵察が一人も帰って来なかった――未だに戦力がわからない状態で、罠を送りつけてくるか? 逆にリスクが高い」
それに、とアキラは一息ついて続ける。
「あらかじめ罠の可能性も視野に入れておけば、対処もしやすくなるだろう。……とはいえ、確かに危険が高いことは事実だ。だから今回の調査には”私も出る”」
「………はい?」
素っ頓狂な声を漏らしたのはタクトであった。何を言っているんだこの人は、と言わんばかりの固まった表情でアキラを見つめ、しかし彼の言葉は変わらない。
「それにこれは強制ではない。君達がいやなら、頼みはしない。……というよりも、何人かには残って貰いたいが」
アキラからの提案に一同は顔を見合わせた。危険性を考慮しつつ、それに対する布石もいくつか打っておくらしい。そしてそれらのことから、アキラの意思は堅いと言うことも感じ取っていく。
おそらく、どれだけ言ってもアキラは意見を変えないだろう。タクトやマモル、レナの三人はアキラの性格上そうなるだろうということがわかったし、アイギット達もアキラは何が何でもやるということもわかった。
「……桐生支部長殿。一つ、聞いても良いか」
アキラの説明を黙って聞いていたグレムが問いかける。それに頷いたアキラに対し、グレムはこの部屋に来たときから疑問に思っていたことを口にする。
「――なぜ彼らの力を借りるのですか? 地球支部の戦力も使えば……」
「無論地球支部の人間も連れて行くが……まぁ数は少ないだろうな。それに彼らに頼むのは、いくつか理由がある。彼らは現状、フェルアント学園に在籍している”学生”だ」
――学生。その言葉に、フォーマはあることに気づいたのか、アキラに視線を向けて、
「……スプリンティアへは不法入界するのでは……?」
「不法入界ぎりぎりのライン、と言った気がするが。ともあれ、支部所属の精霊使いなら少々面倒な手続きが必要だが、フェルアント学園所属の君達なら、それらも緩和されるはずだ。少なくとも、門前払いはない」
つまり学生という身分を利用してスプリンティアへ潜入し、支部所属は、自分たちの付き添いという形にして入ると言うことだ。だがその形でも、かなりの制限がかかるはずだ。ぎりぎりのラインというのは、その後のことだろう。
つまり、一度スプリンティアに入ってしまえば何とかなる、と考えているのだろう。
「それに現状、地球支部も防衛に人手を割かなければならないからな。……先日の襲撃も、何とか世間に魔法の存在を知られずにすんだが、きわどかったところもあるからな」
そしてそれが二つ目の理由か。確かに襲撃されたことを考えると、防衛に精霊使いを回さなければならず、潜入に割ける人員が少ないのだろう。フォーマはふぅっとため息をついて、
「もしばれたら、支部長の立場が危うくなるのでは?」
「そのときは所謂年貢の納め時、という奴だ。だが身内の問題に気づかない連中に指摘されたくはないがね」
ふん、と鼻を鳴らしてそんなことを言う。おそらくスプリンティアのことを言っているのだろう。確かに話を聞く限りでは、身内の中で問題が起きているようだが、それが本当かどうかはまだわからないはずだ。
――もしかしたら、だが。すでに桐生支部長は、それが”正しい”という確証を得ているのかも知れない。フォーマはふとそんなことを思った。
だがそれを置いといても、アキラがこの件をどれほど重要視しているのかは伝わって来た。軽く流されてしまったが、失敗したときの責任をとるつもりのようだ。ふぅっとため息をつきながらフォーマは首を振る。
どのような意味が込められていたのかはわからない。だがこれで質問は終わりといわんばかりに、それ以降口を閉ざすのだった。
「叔父さん、一ついい?」
フォーマが口を閉ざしたのを見計らって、タクトは気になっていたことを問いかける。
「”何を言いたくないのかはわからない”けれど。今は、叔父さんを信じても良いんだよね?」
「――――――」
「………?」
――タクトの言葉に、一同は沈黙する。アキラは無表情のままだが、口を開かずにタクトを見つめている上、マモル達はもちろんグレムでさえも首を傾げている。
何を言いたくないのかはわからないけれど――それは暗に、アキラが何かを隠していると言うことなのだろうか。アキラもそれを否定することはせず、数拍の間を置いてふっと笑みを溢すのだった。
「――似てきたな、アイツに……」
「アイツ……?」
視線をぶつけ合っていた二人だったが、アキラが笑みを溢したことによって多少は緩和したのか、タクトは目をぱちくりと開いている。そしてアキラは室内にいる全員を見渡して、
「確かに、私には黙っていることがある。だがそれは、君達に害をもたらすものではない、ということだけははっきりさせておこう。……今は、それだけしか言えない」
そう言って、アキラは椅子から立ち上がり、頭を下げてきた。その相手は、タクトのみに向けられているような気がしたが――やがて精一杯の誠意と謝罪、感謝を合わせながら。
「本来ならば君達の力を借りるべきではないだろう。だが、状況がそれを許さない。……すまないが、君達の力を貸して欲しい」
彼らにそう頼むのだった。