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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
231/261

第33話 逃げる者、向かえる者~5~

「……それにしても、やることがないと暇だな」


「眠そうだね、マモルは」


桐生家の縁側で寝そべっているマモルは、はぁっとため息をついて天井を見上げていた。視界の隅に、清々しいまでの青空も見え、暖かな日差しを体中に浴びていた。普段からかけている眼鏡を外し、その辺に置いといた今の彼は完全に気が抜けている。


ここは彼の家ではないのだが、不思議と桐生家の居心地は良く感じるのか、普段よりも気が緩んだ姿を見せることが多い。最も、それは彼のみならず、側に居るレナや、学園から着いてきた生徒会の面々も同様である。


――寝癖を付けたフォーマの姿を見たときは、驚きに目を丸くさせた物である。学園ではそんな姿は一度も見せては居なかった。ちなみに、彼に寝癖のことを指摘すると、無言でどこかへ行き、しばらくして戻ってきた時には寝癖は消えていた。そんな彼の態度を可愛いと思ってしまったのは秘密である。


「学園が休校だし、フェルアントには戻るなって言われたし。……向こうじゃ戦争になりかけって言うのに、地球は平和だな……」


「……比較的、ね……実際は私達のせいで、迷惑をかけちゃったけど……」


俯き、申し訳なさそうな声音でレナは言う。ここ地球には、精霊の存在は知られておらず、さらに魔法文化もない。そんな世界で、精霊使い同士の争いが起きてしまったのだ。幸いにもエンプリッターの方も、地球支部がらみの箇所にしか襲撃を仕掛けなかったため、世間に知られることはなかったが、一歩間違えれば、という状態でもあった。


「……エンプリッターの方も、なんで地球を攻めてこないんだろうな……」


レナの言葉を聞いたマモルは、顔の上に腕をのせ、しばし口を閉ざした後にそう呟いた。目を瞬き、レナは以前聞いたことを思い出して、


「それは、アキラさんや風菜さんがいるからじゃなかった? 改革の時は、あの二人に負けたようなものだったみたいだし、警戒しているんじゃないか、って話だったような……」


「……つまり雪辱を晴らすために、用意しているってことか? あの襲撃が、あくまでこっちの実力を測るためだと。……嫌な予感しかしないなぁ……」


ぽつりと小さく呟くマモルに、レナも言葉にしないまま頷いた。――地球にいくつかある、フェルアント地球支部への転移門。そこを全て、”同時に”襲撃されたらしいのだ。あのとき桐生家を襲撃したのは、全体の一部だけ。その一部でさえ魔導兵器を持ち、さらに魔力を無効化させる物を携えていた。


――客観的に見ても、桐生家を襲った一部でさえ相当な数と装備だ。それが複数もあるということは、当然全体の数は多い。そして本隊は、その大軍を容易く“捨てる”ことが出来る。一体エンプリッター本隊の数は、どれほどの物なのだろうか。


改革に負けたエンプリッターは当時ちりちりになって逃げ出して、指名手配を受けた。それは当時の同盟世界にも広がり、外魔者として認定を受けた。そのため人数を増やすのは、簡単なことではないはずだ。


だからこそ、数で勝っていると思っていたのだが――それはフェルアント側の思い違いかも知れなかった。


あまり喜ばしい状況ではないだろう。地球にいながら、今後起きるであろう”戦争”の激しさを想像してしまい、レナは拳を握りしめた。だがその考えを否定するかのように首を振り、長く綺麗な黒髪を揺らして、今の思いを口にした。


「……地球が、これ以上戦いの場にならないようにしたいね。そうならないように、アキラさん達は必死になっているし、私達も、そのお手伝いするし」


「……そうだな。……俺達がさっさと地球から出て行けば、その心配もなくなるんだが……そういうわけにもいかないよな」


――おそらく、マモルが言ったことを実行すれば、もうこれ以上地球を戦いに巻きこむことはなくなるだろう。だが、それは出来ない。正確には、出来なくなってしまった。


なぜなら、もうすでに”巻きこんでしまっている”。今更ここを後にしたところで意味はない。それどころか、地球に余計な被害をもたらす可能性の方が遙かに大きい。


皮肉な話である。数日前、風菜達が彼らを巻きこみたくないといって改革の時のことを教えてこなかったが、それと似たような状況に陥ってしまっている。ハッと鼻を鳴らし、自嘲気味に笑みを溢して、マモルは口を開く。


「あのとき言った言葉が、こんな感じで返ってくるとはな……冗談きついぜ、全く」


「……でも、守るんでしょ?」


ぼやく彼に、レナはクスリと笑って告げる。こちらの思いは、考えは分かっているよ、と言わんばかりの微笑みに、はぁっと息を吐き出した。


「守るさ」


――守る――自分の名前は、その言葉から付けられた名前だ。いつか、誰かを守れるようになって欲しいと願いを込めて付けたと聞いたことがある。


縁側で寝そべっている彼は、頭に乗せていた腕を伸ばし、ぐっと握りしめる。事故にあった妹は守れなかった。エンプリッターに襲われた幼馴染みも守れなかった。だけど今回は――今回こそは――


――不意にある幼馴染みの面影が脳裏に浮かび、苦笑する。いつの間にか、いろんな意味で自分たちの数歩も先を行った彼を思い描いて。


「そういや、タクトも以前似たようなことを言っていたよな。……いや、あいつは助けたいって言ってたのか」


「……タクトが?」


視界の端で、やや硬い表情と、緊張した面持ちで首を傾げてくるレナを見やる。いつもと少し様子が違うように感じる彼女に、内心首を傾げながらも頷いた。


「あぁ。主にお前さんを助けるために。……良かったな、大事にされてるぞ」


「………」


唇をすぼませ、さっと視線を逸らすレナ。だが、その頬が赤くなっているのを見逃すマモルではなかった。こいつらの仲、いい加減進展しないかなと思いつつ、口を開いた。


「……あいつ、いろんな意味で凄い奴になったよな、って思ってさ」


「……タクトが?」


「あぁ。最近……てか、トレイドさんの所から帰ってきてか」


トレイドの所から帰ってきて――一度精霊使いの力を失った後、彼の協力を受けながら力を取り戻して戻ってきた時、彼から今まで感じなかった物を感じた気がした。そしてそれは、多分間違いではないのだろう。


あれ以来、彼は叔父であるアキラからそれまで以上に剣の手ほどきを受けているようだし、トレイドからも何かを教わったようだ。その結果が、あの学園襲撃においての活躍なのだろう。


「いつの間にか、俺達よりも一歩も二歩も先に行っちまったよな……」


「……そうだよね……」


マモルのぼやきに、レナも首を縦に振って応じた。――そんな気はしていたのだ。彼女を助けるために、タクトはクサナギ――スサノオと戦い、その試練に見事打ち勝ったことを朧気ながら聞いていた。


それがどんな戦いだったのかは知らない。しかし、スサノオは神器――神の力が宿った剣である。神器の危険性を知っている彼女は、その試練が並大抵のものではないことも察していた。


それはマモルも分かっているのだろう。それに彼は、レナよりも相手の雰囲気を感じ取ることに長けていた。今のタクトが、自分たちよりも実力が上だと言うことを感じ取ったからこそのぼやきなのだろう。レナは首を傾げて問いかけた。


「マモルは、タクトに先に行かれて悔しい?」


「悔しいさ。でもま、アイツのがんばりが実を結んだってことだろうな」


――そこまで強くなくていい、なんて言っていたわりによ、と口の端をつり上げて笑うマモル。それは、タクトの気持ちを知っているからこその軽口だろう。彼の精一杯の強がりを分かっていて、敢えてその言葉に頷いていたマモル。


「さて……俺もアイツみたいにがんばってみるとするか」


「……そういうわりには、がんばっているみたいには見えないけど……」


縁側で横になるマモルを見ながら、レナは肩をすくめる。


「俺は考えるタイプだからな。これからどうがんばるか考えているのさ」


「はいはい……」


レナの目からは、偉そうなことを言っておきながら何もやっていないように見えただろう。呆れたようにため息をつく彼女に向かってふふんと鼻を鳴らして、マモルはごろんと寝転がるのだった。


 ~~~~~


「………っ!」


恐ろしい速さで振るわれる剣閃をかわし、時には弾きながら、アイギットは後退し続ける。だが、剣を合わせるタクトは、後退する彼を追うようにして前へ前へと進み続けた。


結果、両者の距離は縮まらない。――それどころか、二人の距離は狭まっていく一方であった。タクトと距離をとり、仕切り直しをしたいアイギットからすればかなり不味い状況である。


「くっ……!」


「――――シッ!」


下段から持ち上がるようにして振るわれるタクトの日本刀。その一刀を、自身の証であるレイピアで受け止める。――先程からの斬り合いで、タクトの刀を弾くのは危険だと判断したのだ。こちらの剣筋があらぬ方向へと逸らされてしまう。


「――――」


タクトの刀を受け止め、素早く呪文を口にした。足下に展開するのは青色の魔法陣。水属性の属性変化術を、魔力と意思を加えて形を変えた、属性変化改式――氷。


「っ!」


何かに気づいたかのように飛び上がったタクト。彼を追うように、足下――床に展開された魔法陣から氷杭が現れ、彼の体を貫こうとするも、事前に避けた彼には届かない。


「くそ……っ……っ!?」


「霊印流一之太刀――」


厳しい表情で頭上を――飛び上がった彼を見上げた途端、彼は目を丸くさせた。タクトは、アイギットが出現させた氷杭を“滑り落ちながら”刀を振りかぶっていた。さらにその刀身には魔力を纏わせている。


一之太刀爪魔――単純に魔力を証に纏わせて切る、という純粋魔力による攻撃。その程度であればアイギットでも真似できる。――問題はそれを持続できないということだが。ともあれ、あの技の破壊力は幾度も見てきたし、体験したこともある。故に。


「………っ!」


爪魔の破壊力、攻撃力はよく知っている。それに魔力が刃にのみ集中しておらず、刀身を覆うように広がっていることから、爪魔・改ではないこともわかる。


(ならこれで――)


自身の目の前に氷を展開させ、さらにその氷の密度を限界まで高める防御力を高める。――爪魔を防げる強度まで高めた氷の盾を。


「っ!」


アイギットとタクトの間に突如現れた盾に驚きを露わにさせるタクト。これで少しは時間を稼げるはず――そう思った次の瞬間。


「――”合わせ太刀、爪魔・炎”!」


「―――えっ」


――刀身を覆う魔力が、突如炎へと変化した。その光景に、アイギットは目を見開き、呆然とする。魔力が炎へと変わる光景――呪文も法陣もなかったが、属性変化術そのものだった。


だが呪文も法陣もなしにどうやって――いやそもそも、タクトは魔術との相性が悪く、属性変化術が使えなかったのではないのか――脳裏に浮かぶ考えを振り払うかのように、目の前で床に着地したタクトと、彼の証から感じる熱気に我に返る。


――その時には、全てが遅かった。炎を纏わせた太刀を振るい、アイギットが作り出した氷の盾とぶつかり合った。均衡は一瞬、氷が溶ける音を響かせながら、盾が真っ二つに融解した。


「――くっ……っ!」


盾を溶かした日本刀に対し、アイギットが出来たのは細剣を縦に構えて剣腹で受け止めることだけだった。しかし、炎を纏う刀の衝撃は凄まじく、アイギットの証が弾かれ、手から離れた。


「――――」


「……参った……」


手から離れた細剣を目で追い、次にタクトへ視線を向けたときには、証の切っ先をのど元に突きつけられていた。――すでに刀身から炎は消えていたため暑さは感じなかったが、今となってはどうでもいいことであった。


恐る恐る両手を挙げ、降参の意を示す。すると離れたところからスサノオの声が響いた。


「――そこまで」


端的で冷静な言葉。戦闘終了を告げる言葉にタクトは頷き、魔力の粒子を伴って消えた証越しに、コクンと頷いた。




「これが今のタクトの実力だ。武神から一本とったのは伊達ではないぞ」


「スサノオって武の神なんだ」


桐生家道場にて、床にどかりと座りながら見届け役をかって出たスサノオは、アイギットとコルダに今のタクトの実力を教えてやる。もっとも、今の二人の模擬試合を見ていたら分かると思うが。


どことなく誇らしげに言うスサノオに対し、コルダは首を傾げて問いかける。聞くのはそれなのか、とアイギットとスサノオは苦笑するも、


「まぁな。蛇殺しやら何やら、色々やったからな」


「でも蛇でしょ?」


「八岐大蛇は蛇だけど、龍でもおかしくないよな……」


コルダの指摘に、タクトが悩みながらもフォローを入れる。日本においてドラゴン――龍というのは細長い龍が一般的であり、蛇と類似した姿を持っている。またどちらも、神の使いとされているあたり、同類として扱われていたのではないだろうか。


さらに八岐大蛇は荒らしていた悪蛇でもあり――詰まるところ、一種のドラゴン退治の逸話に近い。そしてドラゴン退治は、己の力を示すには絶好の逸話だろう。だからこそ武神であるのだ。


そのことをコルダに教えるタクトをぼんやりと眺めながら、アイギットは先程の彼との手合わせを思い返していた。


「…………」


――正直、何も出来なかったと言っても過言ではない。それほどまでに一方的な展開だったのだ。


タクトが道場へ向かっていくのを見かけて付いていき、どんな鍛錬をしているのか見ようとしたのだが、その時スサノオに見つかり、あれよあれよという間に模擬試合をやることになった。そのためタクトと戦ったわけだが――


最初に浮かんだ「どんな鍛錬」というのが余計気になる結果となった。学園でもタクトとはよく行動を共にしていたため、彼の強さは知っているつもりだったが――確かに学園襲撃の際、タクトの力量が飛び抜けたと感じたが、まさかこれほどまで離れていたとは思いも寄らなかった。


トレイドの元から帰ってきて、叔父であるアキラから直接手ほどきを受けていたが、それで急激に上がるとは思わない。一体何があったというのだろうか。


それに先程の魔術――タクトは、魔術が使えなかったはずだ。――不意に、ある光景を思い出す。学園祭の時、重傷を負った自分を助けてくれたのは誰だったのかを。その時の“彼”の姿を、朧気ながらに思い出そうとして。


(あのときは、確か………)


必死に思い出そうとするも、その時アイギットは瀕死の重傷を負っていたのだ。霞んでいく意識の中で見た光景は思い出せなかった。だが、あのときのタクトの姿が違うと言うことは覚えている。


――暖かい炎と、痛みが薄れていく感覚、そして翼のイメージしかない。コルダと談笑をかわすタクトを見ながら彼は首を傾げるも、そのイメージを一度頭から消し去って疑問を口にした。


「……最後に使ったあの技、一体何なんだ?」


「合わせ太刀のこと? ……ってそうか、アイギット達には見せたことなかったね」


一瞬首を傾げるも、すぐに納得したように頷いた彼は法陣から証――柄頭に飾り紐が二つ付いた日本刀を取り出し、両手で構えた。瞬く間に刀身に魔力が覆い、次の瞬間その魔力が“発火”した。


「霊印流合わせ太刀、爪魔・炎。……純粋魔力じゃなくて、炎を纏わせた太刀だよ。霊印流の”練習技”みたいな位置づけだけどね」


どこか懐かしそうに苦笑するタクト。爪魔――というよりも霊印流は、純粋魔力をそのまま戦闘に用いる流派である。だが精霊使いは純粋魔力の扱いが不得手であり、”慣れ”が必要とされる。


アイギットやコルダでも、物を魔力で覆うだけならば容易く出来るだろう。だが、タクトのように全体を均等的に、かつ素早く纏わせることは出来ない。そこで、”慣れ”ていないものでも出来るように、そして感覚を掴む”練習技”として合わせ太刀は生まれたのだとタクトは言う。


「まぁ、俺は順番が逆になっちゃったけどね」


「そうだろうな。本来霊印流を修めるのならば、この合わせ太刀から入ることが基本なのだが……こいつはそこを飛ばしていきなり基本の太刀に入ったからな」


肩をすくめるタクトと、当時のことを思い出しているのかしみじみと呟くスサノオ。もはや定位置となった彼の頭の上に座り込んだスサノオと彼を見比べながら、コルダは首を傾げる。


「……タクトって魔術が使えないんだよね」


「うん。不反応症……体質が術式と合わない……まぁ俺の魔力とコベラ式の魔術との相性が悪いってのが原因だと思うけど……」


「なのに、炎出せたよね」


「俺もそこが気になっていた」


コルダの指摘に便乗するようにアイギットが口を開く。そのせいで不意を突かれてさっきは一本とられたんだぞ、と冗談を交えると、タクトは苦笑し頬をポリポリとかきはじめた。


「そんなこと言われても……まぁ確かに、一度も言わなかった俺にも非はあるかも知れないけどさ……」


「なんだよー、勿体ぶらずに教えてよ~」


「勿体ぶっているわけじゃないんだけど……」


コルダからも批判が飛んでくる。最も、彼女のそれはヤジに近いが、タクトは困ったように苦笑しながらも、悩む素振りを見せている。


「――――」


「――――」


一瞬だが、タクトの頭上にいるスサノオと彼の視線が合った。すぐにタクトは二人に視線をやって、


「……少なくとも、今まで通り法陣を展開して、呪文を唱えて魔力を炎に変換しているわけじゃないんだ。アイギットだったら気づいたと思うけど……」


「あぁ、確かにそのあたりの”基本”を飛ばしていたな」


法陣を展開させ、そこから日本刀を抜き出すタクト。彼自身の証を握りしめながらアイギットに訪ね、彼はコクンと頷いた。


先程の手合わせの中で炎を出したとき、確かに法陣や呪文の詠唱もなかった。――いくら呪文が一言ですむとはいえ、全くの無詠唱な訳ではない。なのに、彼はそれを飛ばして炎に変換していた。


「うん。それで、呪文や法陣……魔術って言うのは、一種の”方程式”だよね。その方程式が、つまり”知識”が証に宿っている状態なんだ」


「………う~ん………うん……」


分かったような、分かっていないような曖昧な表情で頷くコルダに、タクトは苦笑を浮かべる。だがアイギットに関しては、その様子を想像できたようで、


「……つまりお前は、証があれば魔術を使えるってことで良いのか? 異世界の魔法には、魔術の行使に杖が必須になる物があるとも聞く。……そうだな、証が魔法の杖になったってことか?」


「そういうこと」


アイギットの言葉にタクトは頷いた。魔法は精霊使いが扱うコベラ式だけではない。異世界には様々な魔法があり、その中には杖がなければ魔法が使えない、という術もある。


それに例えるならば、確かに証は魔法の杖と呼んでも差し支えないだろう。証を構える彼は、その切っ先をじっと見つめ――ポッと刀の切っ先に炎が生じる。


「……うん、やっぱり俺が得意なのは”炎”みたいだ。……でもやっぱり、魔術そのものになれていないね」


炎を生み出したタクトの発言を聞き、アイギットは首を傾げた。まるで、これまでに何度か練習してきたことをうかがわせる発言だったためだ。


「お前、いつ頃その力が使えるようになっていたんだ?」


「え? あぁ、証に知識が宿ったのは、多分学園襲撃の時だろうね。……でも魔術の鍛錬をやり始めたのは今日からだよ」


「……何?」


「またまた~。それまで内緒で少しはやっていたんじゃないの?」


アイギットは目を見開いた。聞き捨てならないことを聞いた気がしたのだ。コルダの言葉が、まさしくアイギットの心情を表している。それまで魔術を扱えなかった男が、僅か数時間の練習で、十年以上も鍛練を積んでいた精霊使いを上回ったというのか。


確かに氷と炎という、タクト有利な相性差はあったが、しかし腑に落ちない物も確かにある。――しかし現実は非情であった。


「地球に戻ってきてから、魔術の練習する暇はなかったからね……」


「あー、確かにそうだね。少しは使っても、練習までは出来る様子じゃなかったもんね」


頬をポリポリとかくタクト。彼の言うとおり、地球に戻ってきてからの彼は余裕を見せたことなどなかった。


それほどまでに状況は切羽詰まっていたわけだが、それも先日レナを助けることが出来たため、ようやく肩の荷が下りたと言うべきか、余裕が生まれてきたと言うべきか。


とはいえ、アイギットとしては納得できないのだろう。冷静な彼にしては珍しく、やや不機嫌そうな表情で、


「タクト、魔術対決だ」


「え、え?」


唐突に勝負を挑んできた。どうやら魔術対決でタクトに負けたのがよほど悔しかったらしい。――十数年鍛練を積んだ魔術使いが、僅か数時間練習した魔術使いに敗れたのだから、わからないでもないが。苦笑を浮かべるも、タクトとしても異存はないのか、証を構えて頷いた。


「ん~、それじゃ私が審判やるね。二人とも、雷を出してみて」


「む……まぁ、水と火以外でやった方が公平か」


構えた二人を見て審判役を買って出たコルダの指示に従い、アイギットは法陣を展開させて雷を生み出し、タクトも証の切っ先に雷を発生させる。掌に収まるほどの小球となったそれを、二人は操ってぶつけさせる。


勝負は簡単な物だ。二人の術者が生み出したものをぶつけ合わせて、押しまけ方が敗北となる。


「――あ」


「――む?」


ぶつけ合った結果、タクトの雷が一瞬にして押しまけ――るどころか、アイギットの雷に飲み込まれ、消滅する。ぶつけ合って拮抗するどころか、微かな抵抗しか感じなかった。


「あー……うん、アイギットの完封勝利」


「……まぁ、こうなるよね」


はぁ、とため息をつくタクト。どうやら悔しかったらしく、肩を落としている。だがアイギットは逆に、表情を曇らせていた。


先程の対決を見る限りでは、自分とタクトの魔術の腕にはかなりの差がある。――だというのに、先程の模擬試合では、こちらが生み出した氷が一瞬で融解したのだ。


――どういうことだ? 首を傾げるアイギットはタクトの方を向き、問いただそうとして。


「安心しろ、アイギット。魔術の腕ではお前が上だ」


いつの間にかタクトの頭上から飛び立っていたスサノオが、背後から声をかけてきた。驚いてそちらを振り向くと、宙に浮かぶスサノオは微笑みを浮かべている。


「先程の戦いで、お前の氷がアイツの炎に負けたのは、相性差もあるが、奴の証に宿る知識の度合いが大きい」


「……どういうことだ?」


言われ、首を傾げるアイギット。知識の度合いが大きい――と言われても、知識について十分に理解していないアイギットには、その意図が読み切れなかった。だが、スサノオは肩をすくめて口を開き、


「――コベラ式の属性変化術は、何も一方通行ではない、ということだ」


それだけを言って、タクトの元へと進んでいくのだった。


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