第33話 逃げる者、向かえる者~4~
フェルアントに置かれている地下牢から出て来たトレイドは、そのまま本部へと足を進める。時間は今昼過ぎ、本来ならば空腹を感じ昼食を考える時間帯だが、生憎今の彼に空腹感はない。
そもそも、感じることもない、と言うべきか。便利な体だと思う半面、少しもの悲しい気持ちになる。フルフルと首を振って気持ちを切り替え、トレイドはゼルファとルキィの会話を思い出していた。
(ルキィの方はともかくとして……ゼルファの方だな。アレが果たして本音なのか……)
面会時、最後に彼が言っていた言葉。牢から出るためならば、何だってやる――看守達はその言葉を聞いて警戒心を高めたことだろう。「脱獄するためなら何でもやる」――暗にそう言っているのと同じだからだ。
だがトレイドから見れば、どことなくルキィに気を遣って言った言葉のような気がするのだ。彼女には心残りがあり、それをやり遂げるために外に出たいようだが、ゼルファについては外に出たい動機を聞けなかった。
機会があれば、それとなく聞いてみよう。トレイドはそう独りごちる。何せ二日後には、彼らにも協力して貰うのだから。
ちなみにトレイドの、「牢から出れるように取りはからう」という提案は、少なくとも彼は本気である。マスターリットのリーダであるアンネルや、本部長であるミカリエからは渋い顔をされてOKされていないが。
だが最悪、言っていたように強引に逃がすことも考えている。協力してくれた見返りでもあるからだ。――それに、彼らに手伝って貰うことは、危険が大きくもある。
「”スプリンティア”、かぁ……行ってみたいとは思っていたが、まさかこんな形で行くことになるとは……」
――魔導科学。魔術と科学が混じり合い、独特の技術へと昇華させた文化。その魔導科学を元に発展していった異世界、それがスプリンティアである。フェルアントでも、何人もの技師がスプリンティアへと渡り、かの世界の技術を学んでいる。
――文化、文明の保護には辛うじて引っかからない――というよりも、認められている“異世界同士の技術交流”である。“物”を持ち込めば文化、文明の寿命を縮めるだけだが、“者”であれば文化の発展を促すのではないか、という考えのもと、近年施された特例であった。
そのおかげで、フェルアントにもいくつか最新の技術を盛り込んだ建物――主に学園で使われる校舎やアリーナなど――が試験的に造られていたりもする。あの特例がなければ、学園は今でも古くさい校舎を使っていたことだろう。
それにやや古風な文化体系だったフェルアントだが、最近の技術力の向上を見ると、確かに文化の発展と取れる所もある。確実に効果はあるのではないか――全体的にそう見られているらしい。
生憎とトレイドにはあまり興味はないため、その当たりの情報をよく知らないのだ。ミカリエ本部長当たりに聞いてみると、長々と説明してくれるはずである。
ともあれ、そのスプリンティアで何やら異様な集団の出入りが多いと、現地にいるフェルアント所属の精霊使い――技師が伝えてくれたのだ。それも、数人の熟練技術者と部外者で秘密裏に何かをやっている、という噂話も添えて。
スプリンティアの技術者達は職人気質であり、やや排他的な世界でもある。そんな世界へ飛び立ち、技術を学んでくると言うのも並大抵のことではない。当然、部外者は邪魔者扱いされるらしい。
当の技師も根気強く彼らと接して、最近ようやくいくつかの技術を学ばせて貰えるようになったのだ。
だが例の部外者達は違うようだ。おまけに、その部外者達が来ていた服の特徴を聞き、本部長は捨て置けないと判断した。
エンプリッターを表すマークを刻んだ外套――調査を行うには十分な理由であった。
~~~~~
トレイドが地下牢に赴いている間、先日本部に戻ってきたクーの話を、ベッドの上にいるログサと、その見舞いに来ていた本部長ミカリエが聞いていた。
それまで彼はいくつかの異世界を周りエンプリッターに対する牽制、および情報収集を行っていたが、進展があったのか本部に帰還してきた次第である。だが肝心の報告相手であるミカリエの姿がなく、探し回ったところ医務室にいたのであった。
アンネルほど付き合いがあるわけではないが、それでも彼もまたログサと面識のある人物である。彼はクーの報告を聞きながら、時折相打ちをうって先を促していたが、しかし話が以前洞窟で十人程度のエンプリッターを捕縛した時の話しになると、露骨にかお色を変えたのだった。
「――ご苦労。連中を捕らえたという話はこちらにも伝わって来ていた。だが、捕らえた奴らの口を割っても、残念ながら発展はなかったがな」
報告を聞き終わり、ミカリエはふぅ、とため息をつく。――彼が捕らえたエンプリッター達を尋問して“本隊”との合流場所やその方法を知ろうとしたが、それは叶わなかった。
合流場所に赴いてももはや誰もおらず、さらにその方法も、「その場所に行け」としか言われていなかったらしい。そのためか、捕らえたエンプリッターの数人は見放されたと思ったのか、こちらの問いかけに素直に答える者も少なくなかった。
ともあれ、人知れず戦っていたクーの労力は生かされなかったと言うことである。本人はあまり気にしていないのか肩をすくめるだけだが、ミカリエとしては申し訳ない気持ちで一杯である。
「しばらくは本部で養生してくれ。おそらくだが、すぐにお前達の力を借りることになるだろうからな」
「了解」
ミカリエの言葉にクーは頷いたところで、期を見計らっていたかのようにログサが口を開いた。真剣な眼差しをクーに向け、
「一つ良いか? その老婆とやら、変な奴だったか?」
「変な奴……」
「例えば、自分の領域で暴れるなー、的なことを言っていなかったか?」
問いかけられた老婆が何を指しているのかを察したクーは、ふむと当時のことを思い出す。――ほんの数日前の出来事だ。ある異世界の洞窟内にいたエンプリッターを捕縛していた際に出会った謎の老婆は、それに似た言葉を言って警告していた。
「……自分の家で暴れるんじゃない、的なことを言っていた」
「……………ほう」
クーの言葉を聞いたログサは、口元に笑みを浮かべて顎に手をやった。ニマニマと笑みを浮かべている彼を見て、何かを知っていると感じたミカリエはため息をついて彼の頭に手を落とした。
「……お前何を知っている」
「いやなに、我関せずな婆さんが動くとはなぁ、と。カッカッカッカッ……ま、機嫌が悪いみたいじゃなくて良かったぜ」
「まるでその老婆の機嫌が悪いと危ない、という反応だな……」
「おう。その婆さんマジでおっそろしいからなぁ。カッカッカ、良かったな」
独特な笑い声を上げるログサに対し、頭痛がすると言わんばかりに頭を押さえるミカリエは、今度は手刀を墜とした。――ベッドの上で上半身を起こしている彼の額が、膝とくっつくぐらいに体を丸められた。どうやらそれなりに力が入っていたようで、体を起こした彼は頭を押さえながら顔をしかめている。
「おうミカリエ、何しやがる?」
瞳を細め、ミカリエを睨み付けるものの、当の本人は鼻を鳴らして、
「良いから早く続けろ。マスターリットを手玉にとるような老婆だ、知っているならばさっさと話せ」
「そうだな。俺も、あの老婆のことを知っているのならば話して貰いたいと思っていた」
気安いやりとりをかわす二人を眺めながら、クーは頷いた。先程からのログサの問いかけや反応は、当人を知っているからこそ出来るものだ。――つまり、ログサは老婆の正体を知っていると言うことになる。
本部長の、早く言えといわんばかりの言葉に、ログサは肩をすくめた。
「別に勿体ぶる気はねぇよ。その婆さんは、俺に”心象術”を叩き込んだ師匠だ」
「師匠……? いや、それよりも心象術とは……?」
ミカリエは突如出て来た”心象術”という言葉に首を傾げる。それはクーも同様だった。一瞬首を傾げるログサだが、あぁそうかと頷き、カッカッカと笑みを溢して。
「そういや心象術のこと何も言っていなかったか。まぁしゃなあない。とにかく、俺にその術を教えてくれた人でな。結構世話になった人だ」
生憎と心象術とやらが何なのかは説明してくれなかったが、おそらく異世界の魔術的なものだということを察し、二人はあまり気にせずに続く言葉に耳を傾けた。――実際は魔術とは少々言いがたいものなのだが、そのことは触れないでおく。
「ただ、少し“人とは言いがたい人”でね。怒りに触れなかっただけ良かったと思っとけ」
「……あんたの人生、本にしたら面白そうだな」
付き合いきれない、といわんばかりにミカリエはため息をついてそんなことを口にした。――人はそれを、現実逃避という。先程から少々信じがたい話が多いため気持ちはわかるが、とクーは思うものの、本部長の言葉にも同意できてしまった。
端から見てもあまり信じていなさそうな二人を見て、しかしログサは笑う。
「カッカッカ、ログサ・マイスワールの人生譚、ってかぁ?」
「奇怪伝ログサの冒険書、のほうが良いだろ」
「なんだその奇怪本。売れねぇだろ」
などと軽口をいいつつ、しかしログサは首をならしながら、
「ま、婆さんの家に入っちまったら、家主を刺激しないことだ。……最も、婆さんの家に入っちまったお前等が不運だったってことだ」
運がなかったな、とクーを笑うログサ。――だが、嫌な想像もしてしまう。エンプリッターは神器を集めている。もしかしたら――あの師匠を捕らえるために来ていたのではないだろうか。
例えそうだとしても、師匠が捕まることはないが――一度浮かんだ嫌な予感は、なかなか消えてくれなかった。
~~~~~
「……そんなことがあったか……」
「申し訳ありません……我々が力及ばなかったばかりに……」
「いや、いい。むしろ奴を相手に戻ってきただけでも十分だ」
――ある異世界にて、女性が頭を下げてきた報告を耳にしながら男は肩をすくめる。そのまま彼女の目の前で手を振って労いの言葉をかける。
その言葉に嘘はない。あの少年は、おそらく精霊使いの中でも頂点に立つような存在だ。それこそ、”魔術対決では絶対に勝てない”と言わしめるほどの力量を持っている。
それも当然だろう。何せあの少年には、未来視という反則的な力を持っている。過去から未来の出来事を読み解く力――それによって、失われた過去の魔法や、我々が知らない未知の魔法、はてには現時点では存在しない魔術をも行使できる。
それがあの少年の強みだ。そして未来を知っているからこそ、我々の動きを予測して手を回すことが出来る。
「ですが……!」
「もう過ぎたことだ。それに、良い機会でもある」
薄暗く、妙にじめじめとした建物の中で、男は壁により掛かりながら肩をすくめた。外では雨が降り、天井を見上げると染みが広がっていた。今にも雨漏りしそうだと、彼は苦笑する。
――良い機会だ、と男はいった。彼はエンプリッターの一人であり、特に本隊の会合のさい、幹部席に座っていた重鎮であった。昔ある人物のもとで修行に励みながらエンプリッターに加入し、様々な賛否両論はありながらもあの席に座っていた。
まだ若いながらも、エンプリッターの重心的な存在であった彼――グレム・アーネンは、灰色の髪を揺らしながら現在の自分たちの状況を整理していく。
――事の発端は三年前。あの少年と出会ったときから、こうなる覚悟は決めていた。
自分よりも年下の、歪んだ非道を見て正さねばならないと覚悟を決めたのだ。
グレムは本来、魔術文化はあったものの、精霊の存在は知らない異世界で生まれ育った人物である。その出身世界で精霊と契約を結び、その時同じ世界に居た老人――エンプリッターと名乗る老精霊使いのもとで力を使いこなし、この集団の一因となった。
――精霊使いこそが世界を導くべき――まだ若かった彼は、その言葉に疑問を浮かべ――だが老精霊使いが言うその“異なる意見”を聞いて感銘を受けた。精霊使いとなり、周囲から奇異の目を向けられ、時には危機に遭うことが多かった彼にとって、それは救いであった。
――”周りと違う”ということだけで、迫害を受ける精霊使いを救うため。それが我々の贖罪だ――と、どこか達観した老人の言葉は、まさに迫害を受けていた彼を勇気づけるには十分だった。
その老精霊使いを師として仰ぎ、瞬く間に成長していった。エンプリッターの中でも、彼らが掲げる理念、思想は異端ではあったが、やがて賛同する者達も増え、ついには頭の固い老人達をも説き伏せる手前までいった。
このまま行けば、フェルアントと和解もあり得るかも知れない――そんなときだ。あの少年が、我々に接触してきたのは。
『――復讐を果たしてこそ、過去の因縁にケリは付く。……そうは思わないかい?』
あの天使のような、しかし狂気を滲ませた笑みに、グレムは身震いし、恐怖した。そしてその言葉に賛同するかのように、それぞれのリーダーが彼の言葉に従うようになっていく。
彼が行う魔術によって、化け物へと変えられていく人々を、仲間達を見て、師とグレムは彼を野放しにしてはならないと決意した。特に師は、あの少年を複雑な感情で見ていた。
『――奴は、私が何とかしよう。……だが、私が何も出来なかったときは……後を頼む』
それが、師の最後の言葉となった。その言葉に従い、彼を排除しようとしてきたが、それも失敗に終わってしまった。
彼に賛同し付き従う三人に、スプリンティアの地下で行おうとしていた実験を調査し、それを止めようとしていたのだが、当の本人が直接妨害し、彼女らは撤退することとなってしまった。
おまけに、そのことが少年の取り巻きを通して各幹部達に知られてしまい、”裏切り者”として追われることになってしまったのだ。まさか弁明や説明の機会さえ与えられずに彼らが敵に回るとは思っても居なかった。
最も、全てが敵というわけでもない。一部の幹部達――グレムと同様、少年のことを警戒していた者達の追撃は、手を抜いたといわんばかりに覇気がなかった。何かしらの意図があるのだろうが――今は、好意的に受け止めておくこととする。
グレムに付き従う人数は少なくはない。その多くは他の異世界にいるのだが、現在一緒に居るのは僅か三人。――エンプリッターの本拠地から逃亡した当初は五人ほど居たのだが、残り二人は我々を逃がす時間を作るために、かつての同胞達に向かっていった。――おそらく、帰っては来ないだろう。
ともかく、他世界に多く居る仲間達との連絡も取れた。後はこのまま逃げつつ、仲間達と合流を果たすことを優先するべきだろう。――それに。
「……正直、あの少年は……もう、我々の手では止められないかも知れないな。……すまない。君の妹も、奴に巻きこまれてしまったというのに……」
「……私が貴方の下に付くと決めたときに、もしかしたら妹とは、袂を分かつことになるかも知れないと、うすうす気づいていました」
「……例えそうだとしても、妹を捨て駒にしたアイツを憎んでも良いだろう。人はそこまで、割り切って考えることは難しい」
「……はい」
スプリンティアに忍び込んだ三人組のうち、姉さんと呼ばれていた女性――ウルファは拳を握りしめる。彼女の妹はエンプリッターの教えに染まってしまっていた。いずれ姉妹間で決別するときが来ると覚悟を決めていたとしても、割り切れない部分はあったのだろう。
何よりも、妹を捨て駒にされたという事実に、彼女は怒りを覚えているのがその証拠だ。姉妹の絆は強固なのだろう。
「あの、失礼します」
「あ、あぁ。……なんだ、ラルドか」
俯き、今にも泣きそうになっているウルファの肩をそっと抱きしめようとしたとき、コンコンとノックの音がして少年が顔を覗かせてきた。慌ててグレムは手を引っ込め、そちらを見やり、ホッと息を吐き出した
その少年――気弱そうな、少し落ち着かない様子でオロオロしている白髪の彼は、グレムとウルファの姿を認めて低頭する。彼はエンプリッターの本拠地から逃げ出す際、共に付いてきてくれた仲間であり、訳あってグレムが引き取っている少年である。
弟子とも言える少年が頭を上げると、周囲を気にする素振りを見せながら扉を閉め、部屋に入ってくる。どこか言いにくそうにしている様子から、何か問題が発生したことが察せられた。
「ラルド、何があった?」
「っ……その……」
彼の性格を知るグレムは、こちらから問いかけてあげた。例え言いにくいことでも、こちらから問いかけてやれば答えてくれることが多いためだ。だが、それでもラルドは中々口を開かなかった。
「……ラルド、どうしたのだ?」
「………」
ウルファもそんな彼をよく知っているためか、グレムと同じように声をかけてやる。二人に促されても、ラルドはしばし迷うように二人を見渡したが、やがて意を決したよう口を開いた。
「……これからの方針について、僕なりに考えてきたことがあるんですが……」
「ほう……」
恐る恐るといった様子の言葉に、グレムは目を丸くし、ウルファは目を見開いた。二人とも驚きがあったが、ウルファに至ってはすぐに瞳を細め、威嚇するように低く呻く。
「……ラルド、お前何を考えて――」
「ウルファ」
何考えている――きつく問いただそうとしたウルファの肩を叩いて止めさせる。彼女が見せた怒りに怯えたのか、ラルドは言いにくそうにしている。グレムはふぅと顎に手をやり、
「――例の”お告げ”か?」
「………はい」
――お告げという言葉に頷いたラルドを見て、そういうことかと察した。確かに、“お告げ”であるならば、言いにくそうにするのも当然だろう。
向こうには未来視などという最強のカードがある。それはまさしく切り札だろう。――だが、ジョーカーを無力化出来るカードもある。
「……グレム?」
グレムはふむと頷き、困惑した様子を見せるウルファを見て、そろそろ彼女には伝えても良いかもしれないな、と思い、怯えている様子のラルドを見やり、また頷いた。
「話してくれ。……もし天が私達を見放していなければ、その先に未来があるはずだ」
「は、はい……僕も、これはどうなのかなと思い、言い出せなかったのですが……」
――だが、現状ではこれしか方法はないのではないかと、僕は思いました――そう付け加えた言葉に、ウルファは眉根を寄せるも、グレムはこくりと頷き、
「分かっている。……いつものお告げだ。なぜ、どうして、と問いかけても始まらん」
グレムの言葉に、ややホッとした様子の彼であったが――彼の口から聞かされた「お告げ」の内容を聞き、側に控える彼女は目を見開き、流石のグレムも唖然として言葉を失った。
「お、お前、そんなことを考えて……っ」
「落ち着けウルファ」
激しく問い詰めようとした彼女の腕を掴んで制止させ、ちらりとラルドの方へ視線を送る。彼女が見せた剣幕に恐れをなしたのか、後ずさり口をつぐんでしまった彼を一目見て、ふぅっとため息をついた。
「……それは本当にお告げなのか?」
「………」
何も言わず、ただコクンと頷いたラルド。――どうやら神様は大層悪戯好きらしい。いくらエンプリッターから追われる身となったとは言え、”フェルアントに赴くべし”というお告げは、グレムからすれば素直に従うことが出来ない内容だった。
しかもその赴く場所が”フェルアント地球支部”と細かく言われているのだ。よりによって地球支部である。もしこれが彼でなく、別の誰かであれば即座に却下するだろう。むしろ、彼であっても却下したい。
だが――
『……お主、まさか……』
『……師匠?』
『……よいかグレム。もしラルドが”お告げ”と称してこうするべきだ、と言ってきたら……その言葉に従うがいい』
『――彼は、特別だ。無力に見えて、その実……”運命”に愛されている……』
「………」
亡き師の言葉を思い出す。運命に愛されたと称した彼の直感――いや、”天啓”は、外れたことがなかった。これまで何度か突飛なお告げを言われたが、後になって振り返るとあの決断は間違っていなかったと思う場面が多い。
――ならば――グレムはしばし沈黙した後、ふぅっとため息をついて、
「――わかった。その方針で行こう」
「グレム!?」
目を見開き、正気か!? と叫ぶような声音で名前を呼ぶ彼女に苦笑いを浮かべて返答とした。
敵の敵は味方、などと言うことが多いが、そんな単純に物事が進むとは限らない。だが――従うべきなのだろうな、今回も。胸中渦巻く思いを、その言葉で飲み込み、グレムは顔を下げてラルドへ目をやるのだった。