第32話 日常、気づいた思い~3~
フォーマから告げられたカミングアウトに、一同は沈黙した。特にシズクなどは、メンバーの交友関係すらよくわからない状態でもあるため、首を傾げてどういうことだと言わんばかりに表情をしかめている。
「……つまり、どういうこと? フォーマさんも、そのフェル・ア・チルドレンってこと?」
「そうだ」
「同じフェル・ア・チルドレンなのに、二人は知らなかったってこと?」
「……そうだね。私も、フォーマ先輩が、その……”お兄ちゃん”だったなんて」
「お兄ちゃんはやめてくれ……」
ちらり、とフォーマを見て彼を兄と呼ぶレナだが、当の彼は勘弁してくれとばかりにため息をついて否定する。
そして、未だ首を傾げるシズクに補足するため口を開いた。
「俺もそうだが、レナも幼かった。それに十何年ぶりに顔を合わせたら、一目で分からなくて無理はないだろう」
「あぁ、そういうものだよね……」
納得したように頷くシズク。それに二人やタクト達も、そういった話は全くしなかったのだ。世間は意外と狭いものなのかも知れない。彼女の隣に座るカルアはフォーマに目を向けながら、
「……そうか、ギリが言っていた”訳ありの後輩”とやらはお前のことだったのか」
「えぇ、そうです。そういえば、先日ギリとも会いましたよ。……相変わらず、セシリアは振り回されているみたいだったけど」
口元に笑みを浮かべて、ギリとセシリア――彼の一年先輩であり、学園の元生徒会長と副会長である。色々とお世話になった二人のでこぼこコンビを久しぶりに見て、思わずため息と共に頬が緩んだのは記憶に新しい。
フォーマの感想にカルアは珍しく苦笑いを浮かべて頬をポリポリとかいた。ぼやくように口を開く。
「……あいつらは昔からのようだな。まぁ、ギリよりもセシリアの方が大変そうではある」
――何せ俺達の書類仕事の大半を担っているからな、とそれだけは口にはしなかった。おそらくではあるが、彼女が急にいなくなったら地球支部の活動が一時的に止まってしまうだろう。まだ若く新参者ではあるが、それぐらい重要なポジションにいる。
そのあたりの事情を知らない者は首を傾げる。――つまりカルア以外の全員が。コホンと咳払いを一つして、彼は肩をすくめた。
「……それでレナ。お前が全員に集まって欲しいと声をかけたのは、自分の秘密を教えるためだけか?」
「は、はい……いや、違います」
一瞬頷きかけ、しかし即座に首を振るレナは、長い黒髪と呼吸を整える。きりっと真剣な眼差しをしたかと思うと、その視線をしたままこの場に集まった全員を見やり、
「……みんなに聞いて欲しかったのは、何故学園が……正確には、”私が狙われたこと”理由と、このことを黙っていてごめんなさいって思ったから」
「……私が狙われた?」
レナの言葉を聞いていたアイギットが、そんなことを口にした。その疑問に、一同は首を傾げ――しかし、マモルはハッとした。
「何でお前、自分が狙われたってわかったんだ?」
「え? だってあのとき、あの”男の子”が私を捕まえて、私に用があるって」
「……なんだと?」
――場の空気が変わりだした。シズクとカルア、レナの三人を除いた五人は顔を見合わせて、
「男の子って、もしかしてトレイドさんが言っていた?」
「……その男子について、レナは何か知っている? なんて言われた?」
急に変化した場の空気を肌で感じ取り、レナは何か不味いことを言ったのかなと不安な気持ちになる。うろたえながらも、彼女は当時――学園が襲撃され、一時的に生徒達の避難場所になった所を襲われた際のことを思い出す。あの金髪の少年は、何と言っていたか。
――当時を思い出して、しかし顰めっ面を浮かべて首を捻る。あの少年、用があるとだけ言って、その用事については一切口に出さなかった気がする。
「……詳しいことは何も。ただ私に用があるだけ、って言っていたような……」
「……あの時駆けつけたのはタクトだけだったよな? 何か分からないのか?」
「分からないよ。俺が来たときにはもう、レナは意識を失っていたし……コルダは……覚えてないよね」
「うん、ごめん。さっぱりだわ」
彼女のしかめ面が移ったのか、タクトも表情をしかめ、問いかけたコルダのみ悩む様子もなく即答で答えていた。あのときの主人格は、理の方に移っており、今の彼女にはその時の記憶はわからないか、もしくは夢のようにはっきりとは思い出せないらしい。だが、少しは思い出そうとする努力くらいしろよ、と思わないでもない彼女の態度に頭を悩ませた。
「まぁ過ぎたことだし、仕方がない。……ということは、レナが狙われる可能性は低くなったと言うことか?」
フォーマはため息をつきながら口を開くが、タクトは首を傾げてどういうことか問い直す。すると彼は、外していた眼鏡をかける。――そういえば、視力はどうなのだろうか。
「もし彼女に用があるなら、彼女が意識を失っている間にやる方が良いだろう。だがここ十日間何もなかった。……昨日の襲撃も、別件のようだったしな」
「……確かにそうだね。……でも、もう用が終わっている可能性も……」
ぽつりと呟くタクトの一言に、一同は口を閉ざした。――もしそうならば、もう襲われる可能性は0に近くなるが、その用事によっては危険な問題になりかねない。
「……私、何もされてないはずだけど……」
『レナ、魔力炉の封印を解かれたのは”何もされてない”には入らんぞ』
ひしっと自分の体を抱きしめるかのように縮こまる彼女に、スサノオが指摘する。もしも襲ってきた少年の目的が、彼女の魔力炉の封印を解くことが目的ならば話は早くすむのだが、どうもそれだけではないような気がしてならない。
『まぁ安心しろ、レナ。万が一お前の身に何が起こっても、また助けてくれる奴らがいる』
「……うん、そうだね」
やや堅くなっていた表情が、その一言によって若干柔らかくなった。あのとき自分の身に何かされていたのではないか、と思うと怖くなるのが人の常だが、彼女の周りには仲間がいる。
――自分の体の秘密を、異形さを知ってもなお、否定しなかった仲間。変わらぬ暖かさで受け入れ、迎え入れてくれた彼らを頼りにしたい。
降って沸いたように突如現れた不安感だが、さほど脅威には感じなかった。
(……しかし金髪の少年か……)
スサノオは思い当たる節があるのか、宙に浮かびながらふと考え込むように目線を下に向けていた。やがて首を振り、願うように、
(……杞憂ならば良いのだが)
そう思うのだった。
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――広間の中央に置かれたテーブルに座る集団は、顔を無表情にしながら一人立っている男の報告を聞いていた。立っている男は報告をしながらも、その内容に冷や汗が止まらなくなっていく。
なぜなら、報告書の内容はある異世界へ襲撃を仕掛け、それが失敗に終わったということである。それだけならばまだ良いだろう。だがこの報告は、今テーブルに座る者達も知らない、彼が独断で行っていたことなのだ。
――それを何故報告しなければならない事態になったか。拠点にしているこの世界に帰還しようとしていた神器の回収部隊が一つ、戻ってこなかったのだ。
この一件により、部隊を無断で使用し、さらには壊滅させてしまったことが露見。現在こうして結果を話していると言うことである。一体何故、どこで漏れてしまったのか。彼には見当も付かない。
「――以上が、私の独断による結果であります」
冷や汗を存分に流しながらそう締めくくった彼は、無言のままテーブルに座る彼らに目を向ける。――全員、冷ややかな目線で彼を見つめていた。
「軽薄の一言に尽きる。いくら地球にて神器の回収を行っていた手練れの部隊とは言え、あそこに敵うはずがないだろう」
「あぁ。しかもこの一件で、おそらく地球側の守りはより強固なものになる。……地球支部攻略は本部同様、しっかりと作戦と準備を整えて行う手はずだったというのに」
複数人の鋭く冷たい、一振りの剣のような視線。それを受け、彼は余計に縮こまった。
「……それでこんなことをやった動機は?」
「こ、攻略作戦を行うのは存じておりました。しかし、先にどれほどの戦力を有しているのかを知るために――」
「まだるっこしい。ようは手柄が欲しかった、違うか?」
「そ、そんなことは!」
否定する彼の声が若干上擦る。――どうせそんなことだろうと思ったよ、とばかりにため息があちこちでつかれた。
――実際、図星であった。我々の計画――“聖戦”が成功した暁には、今この場にいる全員にそれなりの地位が約束されていた。その地位を、僅かでも上げるために――そんな小さな思いが、彼を走らせたのである。
だが結果がこれだ。――やはり、器の小さな、しかし不相応に要求が大きい者は何をするかわからない。それがこの場にいる”半数以上”の考えであった。
――残りの者達は、大半が「いい気味だ」とばかりに薄ら嗤っている。そう思っている者達こそ、不相応だとわからずに。
「――ちょっといいかい、失礼するよ」
そこへ、まだ若い少年の声が響き渡る。その声に表情を綻ばせる者、無表情な者、見るからに気に入らなさそうにする者、様々な顔が浮かび上がる。
声をかけた少年は、一人すたすたとこちらへ歩いてくる。――金髪、表情にうっすらと笑みを浮かべた顔はきれいに整っている。見るからに好意的な態度を見せる者達は皆彼に頭を下げ、否定的な者達は露骨に表情をしかめた。
変化がないのは無表情な者達か。だが彼らこそ、少年を警戒している者達であった。――そして、それは正しい、と少年は内心で彼らに称賛を送る。――彼らのような者達が多ければ、選民思想でもそれなりにうまくやって行けたのに、と彼らの不運を思う。
「あなたは……!」
座る者が多い中、一人立って報告していた彼が目を見開く。――そうだ、彼は自分がこの案を思いついたとき、まるで見計らっていたかのように現れて――「この部隊が空いているよ」と言われ――まさか。
――彼が教えてきた部隊は、確かに地球に潜入していた神器回収班。――まさか、嵌められた……?
――『君は僕が何も言わなくても結局、同じことをしていたよ。――ただ、”早まっただけ”だけど』――
「っ!?」
――声が、聞こえた。驚きに目を見開き少年を見やるが、彼はこちらに一瞥もくれずにテーブルの端で突っ立ったまま顔に笑みを浮かべている。今のは幻聴だろうか、と疑問に思う間もなく、少年は席に座る全員を見据えて、
「僕が前に話した”あのこと”だけど、とりあえず”以前のレベル”まで行ったよ。今日はその報告に来たんだ」
「……あのこと?」
訝しげに眉根を寄せて問いかけるも、少年は微笑みを溢すだけで何も答えない。だが席に座る者達の大半はそれが何を言っているのかわかったのか、どよめきが広がっていく。困惑と言った様子はなく、嬉しそうにしている者が大半であった。
「ようやく、あのプロジェクトの続きを行えるのか……」
安堵の吐息を漏らす一人は、心底少年に感謝する。だが全員が喜びを露わにすると言うことはなく、中には嫌悪感をあらわにする者達もいた。
「……またお前の”呪術”がらみか?」
「残念ながら違うよ? あなた達が持っていた技術だし、僕は関係ない」
露骨に嫌そうな表情を浮かべながら言われるも、少年の微笑みに陰りはない。だが、次の場面は、やや真剣みを帯びた表情を浮かべて問いかけた女の隣に座る男に目を向ける。
「何か言いたそうだね」
「………」
機先を制された男は内心の苛立ちを顔には出さず、無表情のままに少年を見据えて重い口を開く。――彼は周囲から重役として見られているのか、口を開くと自然と視線が集まった。
「”あの研究”は、我々にとっても重要な物。それを取り戻させてくれたのは嬉しいです。しかし……貴方がその気になれば、一瞬で取り戻せた技術のはず。なぜ、”時間をかけたのですか”?」
「良い質問だね。僕が取り戻しても良かったのだけれど、でもそれだと、研究者達の成長がない」
――少年は、この質問の答えを以前から考えていたのだ。周囲に納得できるように、そしてされに、信用を集めることの出来る答えを。
この質問ならば、自信の”本当の思い”が発覚するのをしばらく防げるだろう。――自分が何を求めて行動しているのかは、いずれ彼らにも発覚する。だがそれがいつになるかはわからない。
未来視――将来の予知能力は、決して万能ではない。だが、結末が分かってしまうと言うのは、何ともつまらない物だ。だから――
「分からない問題の答えを見ても、答えに至る過程が分からなければ答えを見た意味がない。確かに結果は大事だよ、でも過程がないと成長がない。成長がなければ、何も出来なくなる。……そこで突っ立っている彼のようにね」
「なっ……!?」
つい、と突然指を刺されながら例に挙げられ、突っ立っている彼――無断で行動を起こした男は狼狽する。――すぐ側にある具体例を挙げられ、自分を警戒する男は口を閉ざし頷くほかなかった。
――自分を警戒するのは彼だけではない。だが警戒する者の中では、彼が一番目を置かれている。“今は”彼に気を配っていれば良い。
――後で、厄介な者が立ち上がってくるのだが――ちらりと、テーブルの端の方に座りことの成り行きを見守っている青年を見やった。
「………?」
青年は首を傾げる。――今、彼と少年と目線が合ったような気がした。しかし彼を見やるときにはもう、話は終わりだとばかりに肩をすくめ、何でもないことのように口を開く。
「そうそう、しばらくの間フェルアント支部に手を出すのは控えた方が良いだろうね。まずは戦力をここに集め、戦の前の準備を整えることをおすすめするよ」
――少年はそう助言する。だが反発が上がった。少年が現れてから露骨に不機嫌顔をしていた男が少年を睨み付け、
「何故だ? 戦局は我々が優勢、次々に支部を襲って――」
「一つ一つ支部を落としていっても意味はないよ。特にアルコ支部を落とした今となっては、向こうも警戒している。例え落としても、すぐに本部や各支部から増援が来るだろうね」
「そんなもの、我々で蹴散らして――――」
主戦論者のごとく声を荒げて少年に叫び声を上げるが、男は突如押し黙り、自らの首に手をやった。――徐々に苦しそうに顔を赤らめていく。だがそれもつかの間、激しく息を吐き出しながらその場に跪いた。
――まるで、見えない手に首を締め付けられたかのような反応である。
「話の途中で息切れするような貧弱な体力で、どうやって奴らに勝つと?」
少年は爽やかな笑みを浮かべたまま、跪いた男に問いを投げかけた。男は呼吸を整えながら、苦しさと怒り、羞恥、全てを織り交ぜた表情で少年を睨み付けた。
――少年が何かをやったということは何となく分かる。だが、証拠がなかった。故に、誰も批判できない。それに、と彼は続けた。
「相手は少人数で君達をフェルアントから追い出した張本人だよ? その強さは、年配の方達はよく知っているはずだ」
ちらり、と視線を年配方に向ける。すると、そろって首を縮こませる年配方は渋い表情を浮かべて首を振る。
「よい。……わかっている」
一体何が分かっているのか。――自分たちを追い出した者達、あの改革の立役者達の強さであった。あの強さを、年配方は身を以て知っていた。だからこそ、強硬手段に出るのは避けるべきだと考えていた。
「戦力を整えるのは了解した。だが……この場所に戦力を集中させた後、一体何をするつもりなのだ?」
「――――それこそ、僕が聞きたいね」
問いかけに、若干の間を置いてそう返した。――彼が提案したのは、未来視によってこの話し合いではどんな過程を辿ろうが、”戦力をこの場所に集める”ことで固まると分かっていたからだ。
彼の一言によって、過程をすっ飛ばして答えにたどり着いた訳だが。先程の話と異なっている――しかし、そのことを非難するものはいなかった。その前に彼が、話は終わりだとばかりに、突如として消えてしまったためだ。
全員が目をそらしたその隙に――等と言った次元ではない。何の挙動も見せずに、多くの者が見ている中で姿を消したのである。そのあり得ない行いに驚く者もいる。だが少年に対し良い感情を持っていない者達は総じてこう思ったことだろう。
――化け物め、と。
だが、その化け物の報告は、重要なものであることも間違いない。――”人為的に精霊人を生み出す”、その足がかりは。