第30話 姫の目覚め~5~
――その後、場は解散となった。まだ語っていないこと、全ての謎が解けたわけではないものの、何故エンプリッターが地球支部を、桐生家を襲撃してきたかわかったのだった。
奴らにとって、地球支部は様々な因縁が渦巻く地なのだ。神器のこと、仇敵がいる土地であること。おそらく奴らにとっては戦略上ではなく、心情的な意味合いで無視できない場所なのだろう。
だが、だとしたらなおさら”早すぎる”。それが地球支部支部長の考えなのだと風菜は言っていた。向こうが攻撃を仕掛けてくる、とは思っていたそうだが、本命であるフェルアントと同時期に行ってくるのではないか、と考えていたらしい。
――なぜなら、当時のエンプリッターを追放したのが誰なのか、奴らはよく知っているはずだ、と。他ならぬ支部長――桐生アキラである。
ここを襲うのは分かっている。だが、ここを落とす難易度は奴らのほうがよく分かっている――そう考えていたため、アキラやフェルアント本部のミカリエも、“地球は(今は)安全地帯”と考えていた。その予想が外れたのだ。
――たった十七年の歳月で、過去の痛みを忘れたとでも言うのだろうか。それとも、あれだけの戦力――支部の機能が一時的に鈍化するほどの――を投じておいて、あくまで”戦力分析”とでも言うのだろうか。
風菜はあの後、物憂げにそうぽつりと溢した。そして、押し黙ったタクト達を見渡して頭を下げるのだった。
『もしかしたらだけど……あなた達の力を借りることになるかも知れないわ。――もうこれ以上巻きこまれたくない、っていうなら、遠慮なく言ってちょうだい。……あくまで、自分たちの意思を尊重してね……』
最後にそう言い渡し、母親は車いすを押してその場を後にしたのだった。
「自分の意思を尊重してね、か……」
「マモルはどうするの? って、聞く必要もなさそうだけどね」
「おい……」
一部崩壊した桐生家を、業者が慌ただしく行き来する。傷ついた柱や壁を見て、なぜこうなった?と首を捻る業者を眺めながらマモルはぽつりと呟く。その呟きに、側を歩いていたコルダが紫色の髪を揺らしながら問いかけてきたのだ。
もっとも、すぐに悪戯っ子のような笑みを浮かべてわかってるよ、と言わんばかりにマモルの顔をのぞき込んでくる。そんな彼女にはぁっとため息をつきつつ、ぐいっとその頭を押しやった。
「あうっ」
「分かったような口を利くんじゃないの。もしかしたら逃げてぇな、とか思ったりするかもしんないだろうが」
「ん~……マモルは逃げないよ」
自分よりも一回り大きいマモルを見上げながら、コルダはふむと頷いた。疑問符さえ付かない口調に、逆にマモルの方が苦笑を浮かべて何でだ、と問いかけた。
「だってマモル、悔しい思いをしたんでしょ? もう逃げるのは嫌だってほどに」
「―――――」
問いかけて絶句する。言葉を失い、固まるマモルの前で、コルダはにへっと笑みを浮かべて、
「どんなことがあって悔しい思いをしたのかは知らないけど、もうそんな思いはしたくない。そう思ってるでしょ」
「………」
絶句したマモルは、一回り小さいコルダを睨み付けるかのように見下ろしている。――誰にも、それこそタクトやレナにさえ言ったことのない胸の内を、あっさり言い当てられて。
――助けようと伸ばした手は、何も掴めなかった――
学園に入学して、出会ってから行動を共にすることの多かった少女が、まるで別人のように見えた。
思えば、時折不思議なことを言うような奴だった。ふんわかとした雰囲気と口調で場を和ませたり、かと思えば鋭い意見や眼差しで周囲を封殺したり、雰囲気を一変させたりと。
「……コルダ、聞きたかったことがあるんだが……」
「ほい?」
真剣な眼差しでコルダを見下ろして、真剣な口調で口を開く。彼女は首を傾げてきょとんとするも、何かに気づいたのか一気に顔をボッと赤くさせて視線を彷徨わせた。
「ま、待ってマモル! その……ま、マモルのことは、その、格好いいと思うけどね、その………マモルには、彼女さんが」
「いやそういう意味じゃなくてだな」
――どうやら全く違うことを想像したらしい。確かに、状況だけ見ればそう思わないでもないが、全く違う。はぁ、と深いため息をつき問いかける気もやや失せたが、それでもマモルは真剣な眼差しをコルダに向けて問いかける。
「――お前、本当に何者なんだ?」
――それは自分を含めた周囲の人間が抱き、しかしなんとなく、彼女が醸し出す雰囲気もあるのだろうが、直接問いかけることの出来なかった疑問。真剣な眼差しを向けるマモルとは対照的に、きょとんとしたコルダは首を傾げた。
「私は私だよ? 私は………」
口を開き、笑みを浮かべようとして。しかし浮かべた笑みは、微妙に歪んでいた。どこか涙を流しそうな雰囲気を醸し出す瞳をマモルに向け、目を丸くした彼に向けて口を開く。
「――私は、本当は何なんだろうね……」
「………」
「ごめんね、変なこと言って」
その疑問に、マモルは応えることが出来なかった。くるりと踵を返してその場から離れるコルダの背中を見送り、彼ははぁっと深いため息をついた。
「……お前にわからんもんを、俺が知っているわけないだろうに……」
――後悔が多分に混じった、深いため息を。
「………」
日は傾き、沈みかけた太陽を何となく見ながらシズクは押し黙っている。夕方になり、桐生邸の修繕のためにあちこち歩き回っていた業者の姿もなく、静かな、それでいて荒れてしまった庭の縁側に座る彼女を見かけ、カルアは声をかける。
「――珍しく元気がないじゃないか」
「……あたしにだって、元気がないときぐらいありますよー」
いつになく素直な(いつも素直だが)物言いに、カルアは苦笑。だが、彼女が気落ちしている理由を察し、その隣に腰を下ろした。
「あの話を聞いて落ち込んでいるんだろう?」
「………」
問いかけてもシズクは何も答えない。ただぼんやりと庭に視線を向けるだけであり、その視線も庭ではなくどこか遠い場所を見つめているような気がしてならない。
「……あたしは、何者なんだろうね……」
やがてぽつりと呟いた。彼女はそのまま桐生邸の二階――”例の少女”が眠る部屋の窓へ視線を向けた。
「……風菜さんの話だと、あの娘が、その……」
「あぁ。フェル・ア・チルドレン……精霊の子供達の一人だ」
――カルアは頷いて見せた。このことを知る人間は、地球支部と言えども多くはない。だが彼は”ある人物の血を引いている”という理由と、この支部では比較的古株という理由から、支部長である桐生アキラが話してくれたことがあった。
「……知ってたの?」
「そういう風に生まれた子供達がいるってことは聞いた。……だが、彼女がそうだと知ったのはつい数日前だが」
学園がエンプリッターからの襲撃を受け、閉鎖となりタクト達は地球に帰ってきた。だが、その時のレナの様子を見て体を調べ、その時に初めて知ったのだ。――彼女が、子供達の一人であると。
その時は流石に驚いた。まさか昔から知っている人物がそうだったとは、露も思わなかったのだ。
どこか不安げに揺れる瞳をカルアに向けるシズク。――何か言わなければ、と彼は思い白く染まった白髪をかきむしる。
「……お前はあの子のことをどう思っているんだ?」
「え?」
聞かれ、きょとんとした表情をしたシズク。しかしすぐに視線を下げ、自身の掌に落として呟いた。
「……同じだけど……同じじゃないんだな、って……」
「………」
――同じだけど、同じじゃない――その意味を悟り、カルアははぁっとため息をついた。普段はえらく前向きなくせに、一度不安なことがあるとすぐに後ろ向きな考えをしてしまうクセは、そう消えることはないだろう。
「……だけど、”自分だけじゃないんだ”とは、思わなかったか?」
「…………」
――その鋭い言葉に、シズクは言葉を失った。
風菜の話を聞いて、顔しか見たことのない彼女から感じた親近感。「自分だけじゃなかった」という感覚は、確かにある。それは事実だ。だけど――
「”造られたのはお前だけじゃない”……確かにお前と子供達じゃ、色々と違う。だけど……自分の生まれ方に疑問や違和感を感じる奴は色々いる」
縁側に腰を下ろしていたカルアは立ち上がる。本来ならば池があり、季節によって様々な花が咲き誇る庭は無残な光景になっていたが。それでも、ここから夕暮れに沈んでいく太陽を眺められる風情ある光景はきちんと残っている。
「……直に彼女も目を覚ますさ。……その時に、色々話をしてみると良い」
カルアはそう言って、こちらを見上げてくるシズクを置いて部屋の中へ消えていく。――何やら他にも誰かいる気配がするが――興味はあるが敵意はない、といった所か。彼はふっと肩をすくめて立ち去ったのだった。
――夕暮れに染まる二階の廊下を歩き、タクトは目的の部屋までやってきた。目的の部屋――彼女が眠る部屋だ。ドアノブに手をかけて扉を開き、中をのぞき込む。
部屋の隅に置かれたベッドの上には、やはり彼女が横たわっている。風菜の話の前に来たときと変わらない光景が目に入り、しかし確実に変わっていることがあった。
「―――――」
彼女の呼吸だ。それまで苦しそうなものだったのだが、今は穏やかなそれに変わっている。表情も穏やかな物に変わり、タクトはホッとしたように息を吐き出して部屋の中に入り込み、ベッドの近くに置かれた椅子に腰掛けた。
「………よかった」
すぅすぅと穏やかな様子で寝息を立てている彼女の顔をのぞき込みながら、タクトは心底安心したようにほっと息を吐き出した。そして自分の左掌に刻まれた印章に目を落とした。
精霊使いになったときに体に浮かび上がる――つまり精霊使いだと言うことを示す印。
「…………」
ぐっと掌を握りしめ、はぁっと深く息を吐き出して掠れそうな声音で呟きを漏らした。
「……俺は……君を助けられたよね……」
スサノオが言うには、彼女の異変は収まった、そのうち目を覚ますだろうと言っていたが、もしかしたら数日かかるかも知れない。――彼女が目を覚ますまで、不安が消えることはない。
「………」
タクトの呟きに答える者はなく。ただひっそりと時間が流れていくだけだった。
――気がついたら、タクトは見渡す限りの草原に立っていた。穏やかな風がふき、太陽が明るく照らす。草原の中央に、大きな桜の木があり、花を一杯に咲かせている。
「……またここか……」
半ばげんなりした様子でタクトはため息をつく。気がつけば突然違う場所にいても、この場所だと分かればさして困惑することはない。なぜならここはタクトの心――心象世界なのだから。
自身の心を形にした世界――これまでも何度かこの風景を見たことがある。警戒する必要は全くない。タクトはため息混じりにぼやき、とりあえず中央の桜の木まで歩こうとして。
『――いやはや、なかなか風情のある場所じゃないか』
「――ここがタクトの心の中。……良い場所だな」
「えっ」
――歩こうとして、声が聞こえた。これまで聞こえたことのない声が。
声のした方を向くと、バサバサと翼を羽ばたきながらこちらに向かってくる赤い鳥――自身の精霊であるコウがいた。さらにその背中に銀色の子人――スサノオを乗せていた。一人と一羽がタクトの目の前までやってくると、コウは肩に止まる。
「……なんでいるの?」
『我々はお前と契約しているからな。いてもおかしくはないだろう?』
思いがけない来客に思わず固まったタクトは、震える声音で問いかけた。するとコウから降り、タクトの頭上に飛び乗ったスサノオがさも当然のように口を開く。――いつも思うが、そこにいて振り落とされても知らないぞ。
だが、確かにスサノオの言葉には説得力がある。自分と彼らの間には”縁”がある上、どちらも精霊と神霊――肉体的な要素が低く、どちらかというと意識体とも言うべき存在だ。
心の中に入ってくるのは比較的容易だろう。だからといってむやみやたらと入ってきて欲しくはないが。
「ここは居心地が良いな……いや、心の世界を誉めるのはやめる。こそばゆい」
「うん、止めてくれるとすごく助かる」
――心の世界を誉められると、確かに嬉しいが、何とも言えない恥ずかしさがこみ上げてくる。やめてくれると大助かりなのは確かだった。
一方のスサノオはタクトの頭に乗りながら風景を眺めている。中央にそびえ立つ桜の木に目を向けると、しばし押し黙り、首を傾げながらタクトに問いかける。
『――あの桜、見覚えがあるが……桐生邸に咲いている桜か?』
「んー、多分そうだと思う……でも……」
肯定する物の、その返答はどことなく自信なさげである。見下ろしてタクトの表情に目を向けると、渋い表情で考え込んでいる。
「……あの桜、確かに気に入ってはいるけど……」
――心象世界にもあるほど、印象に残った物かと聞かれれば、首を傾げてしまう。ここにあるということは、それだけ”心に残った”ものであるのだろうが、そのことを裏付ける記憶はない。
どういうことなのだろうか、と首を傾げるタクトとは対照的に、ふっと柔らかく微笑むスサノオ。ふわりと宙に浮かび、タクトの目の前にすっと現れる。
『記憶になくとも心に刻み込まれることもあるさ』
「……そうかなぁ」
スサノオの言葉にいまいち納得していない様子のタクトを見ながら、微笑みを浮かべる。
――あのときだろうな――
この桜が、タクトの心に刻み込まれたのは、おそらくあのときだ。微笑むスサノオは彼を眺めながらそう思っている。
「てか勝手にここに入ってこれるの?」
『主が招けば入ってこれる。強引には入れんよ』
「タクトに”引っ張られた”と言うべきか。……お前が先にここに来たのだろう」
会話の最中、ふと思ったことを口にすると、二者はそれぞれ返答する。――二人の言葉を耳に入れて、タクトが思うのは「俺のせい?」という一言。
引きずり込もうとした気は一切ないのだが、どうも先に来た自分に引きずられたらしい。納得いかない思いを抱きつつも、しかしそれなら、とも思う。
――ここならちょうどいいだろう。心の世界でなら、隠し事もない。そう思ったタクトは、目の前にいるスサノオに目を向ける。
つい先程とは打って変わった真剣な眼差しに、微笑みを浮かべていたスサノオも表情とたたずまいを正す。和やかな雰囲気が一変、厳かなものとなったことを、タクトの肩に止まるコウは感じ取る。
「ここなら、周りを気にしなくても良いよね。……スサノオ、聞きたいことがあるんだ」
『……レナの、”体”についてだな』
頷き、タクトは恐る恐る尋ねる。――彼の迷いを反映するかのように、草原の風がざわめいた。
「レナが、フェル・ア・ガイを人為的に創り出すために生まれたっていうのは聞いた。そのフェル・ア・ガイ……”精霊人”のことも」
「………」
黙り込むコウは、ぴくりと体を震わせた。
――精霊人。それはとある禁術により人と精霊が混ざり合い、人間でありながら精霊に近しいものとなった存在。生理現象の全てを魔力によって賄うことが出来るため、魔力がある限り死ぬことはない。傷を負っても、再生してしまえる。
まさに不老不死――先人達がそれを得ようと求め、その結果倫理を無視した非人道的な実験により、レナやフォーマのような精霊の子供達が生み出された。
精霊の子供達であるレナやフォーマも、不死性こそないものの、常人とは明らかに違う存在となっている。
――彼らの体が普通とは違う、ということは母親やレナ本人がぽつぽつと語ってくれたため知っている。だが、昔レナから聞いた話では、その辺りは教えてはくれなかった。
『それで何を聞きたいんだ?』
「……レナの体を、人と同じにするのは――」
『無理だ、我が主』
言いづらそうに、しかしスサノオから目を離さず真っ直ぐに見つめて問いかけたタクトの言葉を遮り、はっきりと断言する。不可能だ、と。
『――お前が言いたいことはわかる。レナを“精霊の子供達”から“精霊使い”に、つまり人間に変えることは出来ないのかと、そう言いたいのだろう』
「あ、あぁ」
『……それこそ、人間を”精霊人に変える”のと、同じことだろう』
言われ、タクトはハッとした。――確かに、スサノオの言うとおりだと気づいたのだ。レナはもう、”精霊の子供達”としてこの世に生を受けている。それを変えると言うことは、つまり――
『生きている者を、全く別の存在に変える。それは禁忌だ。私が彼女に施した処置も、あくまで”精霊の部分を人に似せた”だけだ。根本的に変わったわけではない』
それさえも、ギリギリ禁忌に触れていないというだけなのだがな、とスサノオは呟く。神妙そうに呟くスサノオに対し、さきほどから気になり出していたことについて尋ねてみた。――“禁忌”について。
「さっきから言っている禁忌って、一体何なんなの? どんな行為が、禁忌に当たるの?」
――彼が思っている”禁忌”とは、倫理的に外れた行い――例えるならば、昼間話に出て来た人体実験が該当すると思っている。だが、先程からスサノオの言葉を聞いていると、どうもそうではないような気がしてきたのだ。
タクトの問いかけに、スサノオはしばしこちらを見やり、やがて何かを察したのかふむと頷いて、
『――禁忌というのはお前が思っているものだ。お前達人間が行ってはならない、行うべきではないと良心に従って定めたこと。我々神々にとっても、別に深い意味はなかった』
「そうなんだ。なんかさっきから話を聞いていると、すごく厄介そうな気がしてさ」
はは、と苦笑いを浮かべながら頭をかくも、スサノオの表情はなおも真剣なままである。おや、と思ったタクトだが、続くコウの一言によりハッとさせられた。
「深い意味は”なかった”。なぜ、過去形なのだ?」
『……神がどうやって生まれるか、知っているか?』
――神の生まれ方――以前、どこかで聞いてような気がする。確か――
「想念……信仰とか伝承とか、そういった人の思いとか願いとかが神格化して神様が生まれる……んだったよね?」
『そうだ。ここで話を戻すが……例えば、”禁忌”という法を元に”神”が生まれれば……その禁忌はどうなる?』
「っ!?」
ここでようやく、スサノオが言わんとすることに察しが付いた。
『”行ってはならない行為”を元に神々が生まれれば、その行為には力がつく。……禁忌を犯せば、犯した者を裁く断罪神。それが禁忌というものだ。だからこそ、我々神も、禁忌を犯すことは出来ない』
――犯せば、我々も問答無用で裁かれる。そう忌々しそうに呟いた。
『私のように特殊な事情がない限り、神というの意思を持たない純粋な力だ……そこに善悪の区別はない』
だからこそ裁かれると、大事なことなのだろう、もう一度口に出してため息を吐いた。
『レナを精霊の子供達から、ただの普通の人間にすることは出来ない。”すでにある命を造り替える”ことは、禁忌に当たる』
「………っ」
――すでにある命、ということは――これから生まれてくる命を造り替えることは許されるとでも言うのだろうか。何という理不尽な――拳を握りしめ、表情を歪ませるタクトに対し、スサノオはその肩をぽんと叩き、
『精霊憑依が禁忌に触れかねないとされているのも、それが原因だ。アレは一時的に体を変化させている……”造り替える”と言えなくもないからな。だから……”憑依の先”には触れるなよ』
「…………」
スサノオが言う「憑依の先」――どくんと、何かがざわめいた――気がした。何なのかはわからない、だけどそれだけは触れてはいけないと言うように――。
「――憑依の、先? それが何なのか、スサノオは知っているの?」
『知っている。だが……あれは禁忌だ。必ず”罪”を負う』
――罪。いつだったか、トレイドが言っていた言葉だ。あれは、彼がダークネスを生み出したことを言っているのだと思っていたが。もしかしたら、違う意味だったのかも知れない。
『……お前には教えておくべきだろうとは思っている。だが知れば……知ってしまえば、お前はいずれそれを使いそうで怖い。だから迷っているのだ、教えるべきかどうかを』
――“罪”を負った者が、タクトの周りには多い。彼らも闇雲に教えるような人物ではないが――何かの拍子に教えてしまうかも知れない、そんな予感がある。スサノオの言葉を耳にし、タクトは瞳を瞬かせた後ぽつりと呟く。
「……今は、聞かないでおくよ。でも、俺が知らなきゃいけない、知るべき時が来たら……その時は、その危険度も含めて話してくれ」
『……もちろんだ』
「……母さんのことも、含めて」