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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第30話 姫の目覚め~4~


『クサナギ改めスサノオだ。今後ともよろしく頼むぞ、避難者』


「お前散々俺たちに迷惑かけといて第一声がそれか。せめて謝れ」


桐生家の居間に降りてきたスサノオはふんぞり返りながら偉そうな口調で告げ、マモルやアイギットといったフェルアントから逃れてきた学生達は文句を告げる。その中で唯一、フォーマのみが興味深そうにスサノオを見ながら、


「……これが、タクトが言っていた”神様”……ちっこいね」


「ちっこいのに態度はでかいんだよ先輩」


『そこ、聞こえているぞ』


キッとタクトを睨み付け、ふんと鼻を鳴らすスサノオだが、からからと車いすを動かしながら近づいてきた風菜を視線に捕らえたときは、流石に狼狽を見せた。


「……お帰りなさい、クサナギ。それと、改めてよろしくね、スサノオ」


『……あぁ、よろしく頼む』


――わざわざ名前を別けて挨拶したのは気遣いなのか嫌味なのか、いまいち判断に苦しむスサノオである。微笑みを浮かべる風菜の表情は、付き合いの長いスサノオでさえポーカーフェイスと表せざるを得ない。


「母さん、ただいま。……家族を連れて帰って来れたよ」


「うん、お帰りタクト。………」


「………? 母さん?」


母親に帰宅の挨拶をするタクトだが、風菜の表情に陰りが生まれたのを見つけて首を傾げるも、すぐに微笑みを浮かべた母親に口をつぐむ。


「でも、帰ってきて早々女の子の部屋に向かうのはどうかと思うなぁ。母親としては成長を喜ぶべきか、悲しむべきか……」


「ちょ、誤解を招く言い方は止めてくれない!? 危ない状態って言うのは分かってたから、助けるためにすぐに向かっただけだし!」


うっうっと口元を押さえ悲しげに嗚咽を漏らす母親に、タクトは焦りと共に言い訳を開始する。――スサノオとマモルがニヤニヤと笑みを浮かべるのが目に入るし、コルダといつの間にか仲良くなっているシズクが何かを察したのか、きゃあきゃあと黄色い悲鳴を上げている。


しかし一番イラッと来たのは、苦笑いを浮かべながら「まぁ、そういうことにしておこう」と何もかも分かっているかのような口調で告げるアイギットだ。彼については後で焼きを入れておきたい。それはともかく。


「と、とりあえず昨日何が起こったのか教えてくれる?」


「……そうね。昨日何が起こったのかタクトにも話すわ。それと、十七年前の改革……私達と今エンプリッターと呼ばれている彼らとの間で、一体何が起こったのかを」


「……え?」


突如として出て来た十七年前の改革、とやらにタクトはぽかんとした表情を浮かべるも、周りの全員は真剣な眼差しで頷いている。――事前に聞かされていたりしているのだろうか。タクトの肩に止まったスサノオが驚きの表情を浮かべていたが、やがて目を細めて風菜を見やる。


『お前が良いなら別に構わない。……だがどういう風の吹き回しだ、風菜。……いや、”先代の主”よ』


「……子供の成長は早く、私達大人の個人的な理由で押さえ込める物じゃないって、身を以て知ったためよ」


――風菜の脳裏に、昨晩の記憶が蘇る。この子達がいなければ、あのまま倒されていたかも知れなかったのは事実だ。この子達に助けられたからこそ、もう守られるだけの子供じゃないと思い知ったのだ。


ふっと微笑みを浮かべて、風菜はタクトを――その肩に乗るスサノオを見やった。


「以前あなたが言っていたことがようやく分かったのよ」


『……そうか』


――遅すぎるだろう。そう思ったものの、口に出すことはしない。きっと風菜もそのことを承知しているだろうし、それにスサノオも、風菜やアキラの気持ちもある程度は知っている。知っているからこそ、過保護になるのは仕方のないことだともわかっている。


「――さて、シズク、俺たちは席を外すとしよう」


「えぇー?」


「空気を読め」


場の空気を感じ取ったのか、カルアがシズクに声をかけ、彼女を連れて席を立とうとする。だが、風菜は構わないのか、首を振って、


「別に構わないわ。……それに、多分だけど“シズクちゃんにとっては”全くの無関係な話題ってわけじゃないだろうし……」


「………」


「そうなの?」


問いかけてくる彼女に対して首を縦に振り、風菜は咳払いを一つして真剣な眼差しで居間にいる全員を見渡した。


「それじゃ始めるわ。まず昨日のことから――」



 ~~~~~



「――十七年前に起こった改革について、か?」


「あぁ。あんた達の話の中で時々出てくるけどさ。俺、それが一体どんなことを指しているのか知らないんだよ」


フェルアント本部本部長執務室で、トレイドが部屋の主であるミカリエにそのことを聞いたのが始まりだった。黒髪黒目の青年は申し訳なさそうにポリポリと頬をかきつつ、その他の全員は何とも言いづらそうな表情をしていた。


その他――リーゼルドと先日合流を果たしたログサの二人である。二人とも、特にログサは苦虫をかみつぶしたような表情でトレイドを見やっていた。同僚達の視線に居心地の悪さを覚えたのか、ソワソワするトレイドだが、ミカリエのまあ良いだろうというため息が木霊した。


「……リーゼとログサにとっては……特にログサにとっては面白い過去ではないが、しかし知っておくべきことではあるしな」


「……俺とこの人は、その改革の時は敵対関係にあったんだぜ? それが今となっちゃ上司と部下よ、どうなるかわからんなぁ」


「……その辺りは以前聞いたな」


――ログサを連れ戻す旅に出る前――フェルアント学園が襲撃された直後だったか。その後のどだばたで忘れていたが、確かにそんな話をしていたのだ。


「だけど俺が知りたいのはそうじゃない。その改革の経緯……ルフィンもその改革に参加していたんだろ?」


「…………」


ルフィン――その名前にリーゼはびくりと肩を振るわせるも、やや長めの息を吐き出して落ち着かせようとする。以前彼に瀕死の重傷を負わされ、回復したとは言え今もまだ完全な状態とは言えず、その点で彼に対して借りがあると言っても良い。


「………」


「……まぁ、な」


一方ミカリエとログサは互いに視線を交わし合い、やれやれと首を振りながらトレイドの方へ向き直り、


「――お前が聞きたいのは……アイツがどんな経緯で精霊人フェル・ア・ガイになったか……ってことだろ?」


「………」


ログサの問いかけに、トレイドは首を縦に振って頷いた。


――アイツ――ルフィンの目的は、彼と出会い話をしたときにわかった。――時間を巻き戻し、世界を造り替える――一見目的のように見えるが、これはあくまで“手段”だ。“何のために”時間を巻き戻し、世界を造り替えるのか――それが抜けている。


ルフィンの”本当の目的”は、あの改革に関わっているのではないだろうか。――トレイドはそんなことを思っている。視線をまじ合わせたミカリエとログサは、やがて肩をすくめてトレイドを見やり、次いでリーゼを見た。


「……休憩がてら、昔話をするとしよう。リーゼも、それで良いか?」


「構いませんよ」


ふぅ、と息を吐き出してリーゼも頷き、部屋の隅にあった椅子を二脚持ってきた。片方をトレイドに渡しつつ、椅子に座り込んだリーゼは髪をかき上げて聞く気満々の姿勢を見せた。そんな彼女に、


「……お前さんも聞く気満々だな」


「別に良いでしょう?」


トレイドの呆れた口調にも動じる気配はなく、あっさりと受け流して見せた。


「さて、じゃあ改革の話をするとしようか。――始まりは、フェルアントの”傲慢”が、触れてはならない物に手を出してしまったことだった」


 ~~~~~


『世界を統べるのは我々精霊使いが相応しい』――改革が起きる前のフェルアントでは、それが共通の認識であり、正しいことだと信じてきた。


世界を司る要素である自然、それらと契約を結び、使役できる精霊使いは、人より優れ、優れているからこそ世界を治めるべきだ、とね。――それがいかに傲慢で、とんでもない勘違いをしているか、彼らは気づかなかった。


そんな状況だからこそ、フェルアントも当時は治安が悪かった。何せ、精霊使い達のお膝元とはいえ、精霊使いではない普通の市民もいるわけだから、そういう本部の意向に反対や抗議が起こるのも当然とも言えた。


街中に漂うぴりぴりとした空気はどうあっても消えることはなく、苛立ちは募るばかりで、街は良い雰囲気、とどうしても言えない状況になっていった。でも、フェルアントはそんなことお構いなしだった。


そんなとき、フェルアントは一つの世界を発見した。科学文化はそれなりに発達しているが、魔法文化と精霊の知識がない世界――地球を。本来なら気にもとめない所を、地球が持つ”特異性”に気づき、彼らは興味を持った。


――地球には数多くの”神器が眠っている”。元々神器は、”神が、もしくは神の力が”宿った器のこと。そしてその神は伝承や信仰を元に生まれてくる。地球には、そういった”神話”が極端に多い。これが地球の持つ特異性。――地球のとある地域では、そこだけで八百万の神々がいると言われるほどだ。


フェルアントは危惧していたんだ。「世界を統べるのは我々こそ相応しい」といいつつ、未だ一つの世界さえ統一しきっていない現状に。だからこそ力を求め、その力を、“人智を越えた物”から得ようとしていた。


――つまり、当時のフェルアントは神器を求めていたんだ。今でこそ神器回収を主任務とするマスターリットだが、神器回収の任務が追加されたのはこの辺りの時期である。


話を戻そう。地球の可能性に目を付けたフェルアントは、秘密裏に地球に精霊使いを送り込み、神器の回収を命じた。――だけど、そのほとんどは失敗した。


単純にフェルアント側の力不足だった。回収に当たった者達は、神器を押さえ込み封印できる力量は持っていなかった。――それどころか、たまたま回収現場に居合わせた”現地に住む精霊使い”に阻止される始末だった。


――この、“現場に居合わせた現地に住む精霊使い”こそ、今の“英雄”だ。そして、英雄達がフェルアントに敵対する理由も生み出してしまった。


……フェルアントに転移してきた英雄は、そのままレジスタンスと合流し、気を伺い始めた。その頃フェルアントでは、かねてから行っていた実験が実を結び始めた。


――永遠の命――不老不死を夢見たもの達のなれの果て。……人と、精霊を使った人体実験だ。


”ある禁術”を使って人と精霊が交わったとき、人の体は精霊のそれに近くなる。体が魔力によって造られ、生命維持のために必要な物が全て魔力によって賄われる体。


食べる必要もなくなり、眠る必要もなくなり、老いることもなく、魔力があればそれだけで生きていける、まさに精霊のような存在へと。


違うのは、精霊は実体化に多量の魔力を用いて、それでも数分が限界だが、人が精霊になった場合、”元が人間”であるため、霊体化は出来ないが常に実体化している、という点。――むしろその方が好都合というものであったが。


先人達は、その不老不死に近い”精霊人”になることを望んだ。――だが、禁忌を犯せば、生きていられるかは分からない。そこで、彼らは一つの計画を立て、実験を行い始めた。



――人為的に精霊人フェル・ア・ガイを生み出す――結果生まれたのが、精霊の子供フェル・ア・チルドレン。人と精霊の体を、倫理を弄んだ結果、求めていた物は手に入らなかった、という皮肉付きの結果に終わった実験だったな。



だが、この実験を勘づかれ、当時のフェルアントの反対勢力であるレジスタンスに実験施設を襲われた結果、この実験のことが明るみに出てしまい、元々フェルアントに良い感情を抱いていなかった市民は、一斉にレジスタンス側につき、改革が始まった。


レジスタンスは非道を行うフェルアントを許してはおけない、と大義を掲げ、フェルアント本部を襲撃し、ログサ達当時のマスターリットは本部の防衛、反対勢力の無力化を行うために市街地で戦闘も起こる事態に陥ったよ。


――だが、戦闘はレジスタンス側の有利に進んだ。実験のことが明るみに出て、それまで本部側だった者の多くがレジスタンス側に付いたためという理由もある。一気に劣勢に立たされたフェルアント本部は、ついに”禁じられた存在”に手を出した。


今まで散々倫理を無視した行いをやっていたからこそ、もう人道や人命も、奴らにとっては軽すぎた。『精霊使いによる世界の統一』などという大義名分を掲げたはずが、”世界を滅ぼしかねない物”に手を伸ばす。――当時のフェルアントのトップは、そんな老害だった。


奴らが手を出したのは、伝承にあるとある存在。――かつて“王”が存在していた頃に、反逆者が呼び起こした物。世界を破滅させる力。


――王の血筋である君なら、それが何なのかわかるだろう? ……そうか、なら話は早い。ともかく、”それ”は一度この地に呼び起こされ、そして伝承と同様、封じ込めることが出来た。


――あの大改革では、この辺りのことは広まっていない。流石に、世界を破滅させる力の存在など、公表するべきではないからな。市民に伝わっているのは、レジスタンス側の攻撃により、多数の死者を出しつつも、当時のフェルアント本部長他数名を逮捕した、ということだけだ。



……いや、世界を破滅させる力を封じたのは、レジスタンス側の精霊使いと、フェルアント側の精霊使いが協力したからであって……いや、よそう。隠しても仕方のないことだ。君の推測通りだ。


……思えば、君もアレと同類の物と戦い、そして打ち勝ったのだったな。


ある精霊使いが”禁忌に触れ、人をやめて”、それらを封印したのだ。――ルフィン。奴が、その精霊使いだ。



――私の推測だが。もしかしたら奴は、”人に戻るために”時間を巻き戻そうとしているのではないだろうか。私には、そう思えてならないよ。



 ~~~~~


「――これが、私達兄妹と仲間達の出会いと別れ、そしてエンプリッターとの切っても切れない因縁の始まり」


――昨晩、突如桐生家が――というよりも、地球支部全体がエンプリッターに襲われたことを知り、そしてその理由を実母から聞かされたタクトは、ただ息を呑んでいた。咄嗟に言葉が出てこない、何を言うべきかがわからない、そんな感覚。


それは自分だけではないようだ。話に聞き入っていたマモルやアイギットはもちろん、カルアやシズクと言った面々も驚きと疑問を含んだ曖昧な表情を浮かべている。


「……精霊人。噂は聞いていたが……眉唾物ではなかったらしいな」


「えぇ、事実よ」


カルアの、どんな表情をすれば良いかわからない、と言わんばかりの曖昧な顔つきで独白すると、風菜はコクンと頷いて見せた。


――精霊人、フェル・ア・ガイ。人の体に精霊の体が混ざり合い、特異な存在と化した”元精霊使い”。生きるために起こる人体の生理現象の全てを魔力で賄うことが出来、その結果不死性を得た不老不死。


――ある存在を人為的に生み出すため、と称された実験の末にレナとフォーマは生まれた。レナの出生を風菜から聞かされたときは、その存在のことと、実験の内容は聞いたことがなかったが、あまりよろしくない物であることはその時すでに察してはいた。


だが今回、その内容を聞いてタクトは怒りと不快感を覚えた。


”永遠の命”という命題のために、人道を軽視した実験。そして時が立ってなお、彼らを”実験体扱い”する存在に。


数年前、偶然レナを見つけ、エンプリッターに襲われた際になくなった右耳を押さえながら、タクトは怒りを冷ますかのように長いため息を吐き出した。


「……フェルアントでは、何故改革が起こったのかは伝わっていたけど……最後にそんなことが起こっていたなんて……」


「”世界を破滅させる力”ねぇ……なんか、風菜さんには悪いけど、唐突過ぎて実感がわきにくいというか……」


――ドクン、とタクトの心臓が高鳴った。知らず知らずのうちに胸元を押さえ、再び長めの息を吐き出した。


アイギットの言葉にマモルは唸り、訝しげな視線を母に向けるも、風菜は真っ直ぐにマモルを見返して、静かな口調で口を開く。


「神器なんて物があるでしょう? アレは、それと同類だと思ってくれて良いわ」


「……そう言われると実感がわいてくるわ」


心底げんなりとした様子でため息をつくマモル。”世界を破滅させる”という言葉がいまいち信じられなかったようだが、確かに神器などと言う非常識極まりない物を例に例えられると信じられるらしい。


――そんな自分に嫌気がさしたのか、顔をしかめてため息をついたが。


(……世界を破滅させる……か)


胸元を押さえつけたタクトは、周りに気づかれないように呼吸を整える。その単語が出るたびに、どうしようもなく体がざわつくのだ。何故なのだろうか。


『……風菜、”奴”の話はいいのか?』


「……あの人の話をする必要はないと思うわ」


『……いや、それは……まぁいい』


タクトに肩にいたはずのスサノオが宙に浮かび、風菜に意味ありげな言葉を尋ねた。すると風菜は一瞬迷いを浮かべ、意味深な視線を向けてきたがすぐに首を振り否定した。その場に居合わせた全員が首を傾げるが、スサノオのみ迷いを浮かべるも結局元主の意向に従うことにしたらしい。


――どうやら、まだ母親は語らない、語りたがらない内容があるらしい。自分の体のこともそうだろうが。タクトは複雑そうな眼差しで、足下に視線を落とすのだった。


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