第30話 姫の目覚め~2~
フェルアント学園の襲撃を皮切りに、エンプリッターからある声明が本部に送られた。
『――剣と杖を掲げよ。その王冠を地に下ろせ――』
フェルアント古来より伝わる伝説を組み入れたその声明は、瞬く間にその意味が伝わっていく。
剣は武器を、杖は魔術を。王冠は王制を――つまり今のフェルアント本部のことだ。剣と魔術を持って、現体制を崩壊させるという明確な宣戦布告だった。
本部はこれをフェルアントのみならず各同盟世界にも伝え、各地に在籍する精霊使いに危機が迫りつつあることを公表したのだ。
当然街にすまう市民達は動揺しただろうが、即座に我々が何としても守り抜くという声明を出し、とりあえずの混乱は収まりつつあった。
――あくまでも”混乱”は、だが。
「本部長、市民達からの混乱が相次いでいます。正直、我々だけでは対処しようがありません……」
目の下に隈をこさえた、本部に勤める役員がそう訴えかけてきた。フェルアント本部長の席に座るミカリエはむぅっと唸りながら頷いて、
「市街の巡回員を増やすだけでは対処出来ないのか?」
「いえ、対処は出来るのですが……一つ一つに対応すると、我々だけでは手が足りず……」
なるほど、とミカリエは頷く。あの声明の後、市民から混乱が発生し、現在治安が少し悪くなってしまっている。当然だろう、エンプリッターからの声明は明らかに敵意がある物であるし、何よりも市民達も“あの改革の際、レジスタンス側についた市民が大勢いる”のだ。
報復の可能性は大きい――いつ襲われるかも知れない不安と恐怖からか、市民達も浮き足立っている。その混乱を落ち着かせるために彼らもがんばっているのだが、どうも純粋に人手が足りないようだ。
「今動かしても大丈夫な部隊はいくつある?」
「現在待機中の部隊は六つです。ですがうち一つがもうすぐ警戒のために交替しますので、実質五つになりますね」
「なるほど。まぁ流石に待機中の部隊全部を動かす気はない。二つほどそちらに回すよ。それで対処できるか?」
隣に控えていた秘書に問いかけると、冷静な声音で伝えられ、ミカリエは頷きながら巡回員に告げた。すると彼は僅かに血色を良くさせながら、
「ありがとうございます!」
「あぁ。……それと、厳しいだろうが君達も交替時間を作ってくれ。報告に来るたびに死んだような表情で来られても困るぞ」
苦笑を浮かべながら告げると、彼も同様に苦笑いを浮かべながら敬礼し、去って行った。その後ろ姿を見送り、ドアを締めて姿が見えなくなってからミカリエはふぅっとため息をつく。
「……最近増えているな、市民からの苦情……」
「えぇ。ですが増えるのは一時だけでしょう。この時が過ぎれば、少しは収まると思います」
「……収まったら収まったで、また別の問題が発生しそうだがな」
「えっ?」
どこか遠くを見据えたミカリエの言葉に、秘書は目を見開いて首を傾げる。だがミカリエは応えず、かけている眼鏡をずりあげて不穏なことを口走った。――その視線からは本部長としての心情は悟られず、その言葉にどんな意味が込められていたのか、秘書にはわからなかった。
だが――もしかしたら、と思うものもある。市民の混乱が収まるということは、この緊張感、危機感に慣れが生じ、気持ちが緩むということか。
「………」
気持ちの緩み――いざというときに動けなくなる恐れがあることに、思わず背筋に冷や汗が流れるのを自覚する。まず慣れるという状況にはなってほしくはないと思うが、そうなるかどうかを決めるのは、我々ではないのだ。
情報を集め公開し、本部の守りや奪われた支部をどう取り戻すかを思案する。先々のことを考えているといえるが、同時にそれは、今は動けないということでもある。
「……”彼”の様子は?」
「……依然として、こちらの協力に応じる気はない模様です……」
真剣な眼差しで遠くを見据えていたミカリエは、やがてぽつりと秘書に問いかける。”彼”がどんな人物を指しているのかを知っている秘書は、やや表情に陰りを生み出して首を振った。その反応に、彼はやっと苦笑いを浮かべる。
「やはりか。……君達の気持ちもわかる。私とて、この状況で”彼”の力を借りればどうなるのかわかっているさ。……フェルアント全体に混乱が生じるのも、私のクビが切られるのも」
「なら――」
「だが私のクビ一つで、この椅子を譲り渡すことで救える命が増えるなら、そうなるのも悪くない」
――覚悟は出来ている。薄く微笑みを浮かべたミカリエは心配そうにこちらを見据える秘書に視線を向けて頷いた。
「――引き続き、呼びかけを行ってくれ。問題が生じれば、全て私が責任を持つ」
「……わかりました」
納得はしていない様子で、渋々といった様子で頭を下げてくれた秘書に微笑みを向けながら背もたれに深く腰掛ける。
この椅子の座り心地は良い。だが、少しばかり落ち着かないのも事実であった。両手でこめかみの辺りをマッサージしながらため息をつくミカリエは、眼鏡を押し上げながら今後のことに思考を向けるのだった。ちょうどその時だ、コンコンと執務室のドアをノックする音が響いてきた。
「――本部長より任務を承ったアンネル、入ります」
~~~~~
――マスターリットに所属するリーゼルドは初めて会った、上司の先輩に当たる人物に大変困惑していた。
「おう、姉ちゃんがリーゼルドか? 俺はログサだ。気軽にログサおじさまとでも呼んでくれ」
「は、はぁ……」
「ところで、今夜暇――」
ドスッと鈍い音がした。見ると上司であるアンネルが、ログサと名乗った男の脇腹に肘打ちを撃ち込んでいた。なお、彼女は知らないがログサが腹部に負った傷は未だ完治していない。そのため、一撃なれども瞬く間に地に伏したログサである。
「お、お前……ッ!!」
「師匠、ご自愛下さい。ナンパの途中で倒れるのはどうかと思いますよ」
呆れたように首を振る、敬語を用いて話すアンネルと苦笑し首を振るセイヤ。その向こう側で疲れた様子のトレイドとその手をぎゅっと握りしめる見窄らしい外見の少女。人見知りなのか、周囲が気になるのか、辺りを見渡すその様子はまるで小動物のそれである。
「セイヤ、師匠を医療室まで運んでくれ」
「了解」
リーゼはセイヤによって運ばれていくログサを見送りながらため息をつく。つい先程、ミカリエ本部長からの任務を終えて戻ってきた同僚達の出迎えに来た彼女は、前もって状況を聞いていたが、予想以上に激務だったようだ。
「あなたたち全員医務室に行きなさい」
「いや、まずミカリエ本部長に報告する。……結構やばい状況になっていてな」
先程のログサとのやりとり――一応師弟関係とは聞いている――とは打って変わった、真剣みを帯びた様子にリーゼは目を瞬き、しかしコクンと頷いた。
「……わかったわ。じゃあトレイドと……その子が、エイリちゃん?」
「っ!!?」
リーゼの視線は怪我が少ないトレイドと、その袖を引っ張るかのようにキョロキョロと落ち着かない様子の彼女を捕らえ、彼女はびくっとしてリーゼを見た。そそくさとトレイドの背後に隠れようとする彼女に苦笑し、
「ずいぶんと懐かれたみたいね?」
「そう思うならリーゼルド女史も懐かれるようになってくれ。……この人、怒ると怖いから気をつけるんだぞ」
「ちょっと?」
ポンポンとエイリの背中を叩いて前に押しやるトレイド。一方前に追いやられたエイリは彼の言葉を真に受けたのか、びくびくとした様子でリーゼルドを見上げている。――懐かれるようになれと言いつつ、警戒させてどうするのだろうか。
――というか、小さい子とどう接すれば良いのかしら……。思わず頬が引きつってしまい、それを見たエイリはますます縮こまる。やがてトレイドが苦笑し、エイリの頭にぽんと手を乗せた。
「この人、お前とどう接すれば良いのか分からないみたいだ。でも、それはエイリも同じだろ?」
「………」
優しく微笑みながら告げるトレイド。思わず反論したかったが彼の言うとおりなので大人しく口をつぐむしか出来ない。一方、それはエイリの方も同じだったようだ。――本当なの、と言いたげな、その真っ直ぐな瞳がこちらに向けられる。
「――まずは自分の名前を言ってみるんだ」
「……でもこの人、私の名前知ってた……」
「それでもだ。……自分の口で言うことに、意味があるんだよ」
――自分の口で言うことに、意味がある――彼が言ったその一言が、胸にすとんと落ちて来た。思わず自分の頬が緩むことを自覚しながら、リーゼはしゃがみ込んでエイリの目線に合わせて見た。
――低い目線から見る世界は、また違って見えて。リーゼルドはこちらを無遠慮に見据えてくる彼女に視線を向けながら、
「……私はリーゼルドだ。よろしく頼む」
「――うん、リーゼルドお姉さん!」
パァッと輝くような笑顔を浮かべて、エイリは笑顔を満面の笑顔を浮かべた。その様子を微笑ましげに見ていたトレイドは、こらこらとエイリの頭に手を置いて、
「ほら、自分の名前」
「あ、うん。……私、エイリって言うの。よろしくね、お姉さん」
――先程までの人見知りな態度から一変、急に友好的になった少女に半ば困惑する。さっきまでの態度を見ていると、急に変わるとは思えないのだが。疑問が尽きないリーゼに、トレイドは肩をすくめて、
「――鏡があればよかったのにな。お前さん、今良い笑顔しているぞ」
「……笑顔」
言われて、リーゼルドは自らの頬に手を当ててみる。――思わず固まったリーゼルドとエイリを置いて、彼はそそくさとその場を後にした。
「………」
ミカリエ本部長の下へはアンネルが行い、セイヤはログサを連れて医務室へ、そしてエイリは、あの様子ではリーゼルドが面倒を見てくれるだろう。少し体を休める。
今にも崩れ落ちそうな体にむち打って、トレイドは事前に教えてくれた部屋へ足を向ける。――魔力の消費が激しすぎた。普通の精霊使いとは違い、魔力そのものが活力となっている精霊人であるこの身では、魔力の枯渇は死に繋がる。
「…………ここか」
フェルアント本部の廊下を歩きつつ、目的地がやけに遠く感じたがなんとかたどり着き、ドアに手をかけ部屋の中に入り込んだトレイドは、一目散にベッドに飛び込んだ。
部屋の中は明かりが付いていない。――付ける必要もない。ベッドに飛び込んだ彼は、そのまま死んだように眠りについた。
――不思議な夢を見た。かつての記憶、もう二度と繰り返せない、懐かしい日々の残滓。
真っ暗な空間のなか、一人ぽつんと立っているトレイドは、ただ静かに前を見据えていた。それだけで、何となく分かってしまった。これは夢だと。経験上、夢だと自覚できる夢に良い思い出はない。
――大半が記憶感応による、先人達の人生の追体験。いい記憶もあれば、後味の悪い、あまり思い出したくない記憶もあった。だけどこれは――今見ているこれは、きっと記憶感応ではない。
「…………」
ふと自分の手を見た。ごつごつとしたまめだらけの手――長い間、剣を手にとって振るい続けた結果こうなった。とはいえ、見慣れたいつも通りの自分の手。――その手に、誰かの手がそっと重なった。
「っ!?」
『――――』
驚きのあまり手に落としていた視線を正面に向け――絶句する。栗色の長い髪に、皺だらけになって色あせたエプロンを身につけた少女がそこにいた。彼女は――かつての思い人であるユリアは、トレイドを労るかのように微笑みを向けた。
――重ねているはずの手に感触はない。だけどその微笑みは、彼の疑問を瞬く間に吹き飛ばし、驚きに見開いた瞳を柔らかい物に変えていった。
「…………」
何か言おうとして、しかし言葉が出てこない。――いや、違う。ユリアには、言わなければならないことがある。聞きたいことがある。だけど、口は自然と重くなる。微笑みを浮かべたまま、ずっとこちらを見つめてくるユリアに、トレイドは視線を彷徨わせた。
「…………」
『――――』
そんな彼に対し、ユリアは重ねた手にもう片方の手も乗せてきた。――この世界にはもういないとしても、それでも伝わって来た彼女の優しさに、トレイドも決意を固めた。ぽつりぽつりと、胸の内を明かし始める。
「……ルフィンから改めて誘いを受けたとき……俺、迷ったんだ」
『――――』
ルフィンの誘い――彼の目的である、時間を巻き戻し、世界を造り替えに協力すれば、彼女を蘇らせる――正確には、死ななかった歴史にすることが出来る――あの誘いと提案に、魅力を感じなかったと言えば嘘になる。
だけど、同時に思ったのだ。あの出来事がなければ、今の自分はここにいない。それはつまり、”もし”あのときユリアを助けることが出来れば、自分はこうしてフェルアント本部の精霊使いになることも、新しい友人達とも出会うことはなかっただろう。
きっとあの街で、幼馴染み達と共に暮らしていたはずだ。――義賊であるために、自分がどうなるかはわからないが、それでもだ。
――ルフィンの提案に乗り、うまくいけば、かつて捨てざるを得なかった暮らしをもう一度手にすることが出来る。そんな「たら、れば」の話ではあるが、しかし「あり得ないこと」ではなくなっている。
だけどそれは、”今の自分”が辿ってきた道を、決断を。すべて無にする行為だ。自分がたどってきた道に意味はなかったと、そう言うに等しい行為だ。
――そうは言えなかった。これまでの旅の中、出会ってきた人達に支えられて、今の自分はいる。その出会いを、”意味のないことだった”とは、どうしても言えなかった。
だから、あのときルフィンの誘いを断ったことに悔いはない。だけど――
「……ユリアは、どうなんだ? 生き返りたいとか、思ったりするのか……?」
――それが、どうしても気になった。彼女からすれば、突然現れた”死からの復活”というチャンスをどう感じていたのか。
『――っ――――』
一瞬驚いたように目を瞬くも、すぐに苦笑して首を振った。――どうやら杞憂だったようだ。握りしめてくる手に力がこもる。
「……そっか」
――今目の前にいる彼女が本物かどうかはわからない。もしかしたら、自分が生み出した都合の良い幻影なのかも知れない。ユリアはトレイドの手に両手を重ねたまま、優しくにっこりと笑みを浮かべて、
『――――――』
「………わかった、そうするよ」
――幻影に過ぎない彼女は何も言わない。しゃべれない――それでも、何を言いたいのかが何となく伝わって来た。――自分を信じて――
例え彼女が、自分の弱い心が生み出した、都合の良い幻影だとしても――それを信じられるような気がした。
「っと……」
不意に体がふわりと浮かび上がるような感覚がした。同時に、視界が徐々にかすみ掛かっていく。――夢から醒めようとしているのだろう。トレイドは目の前にいる彼女の姿を目に焼き付けながら、ニッと口の端をつり上げた。
「ありがとな、ユリア。俺もがんばっていくさ」
『―――――』
トレイドの笑みに彼女もお返しとばかりに同種の笑みを浮かべて――そこで、彼の意識は途絶えた。
『――うん。がんばってね、トレイド。……私は、いつも一緒にいるから……気を遣わなくて良いよ。自分の思ったとおりに動きなさいな』
――そんな声が、聞こえた、気がした――
~~~~~
「――以上が、今回の任務の報告になります」
本部長執務室にやってきたアンネルからの報告を聞き、ミカリエはこめかみを軽く揉み始めた。彼らマスターリットの報告は、少々手に余る、受け入れがたい物だったのだ。
「……状況を少し整理させて欲しい。まず私が君達に命じた任務……マスターリットリーダー、ログサ・マイスワールの発見および本部への帰還。これは見事達成してくれた訳だな」
話を整理するために、アンネルに確認をとりながら彼は眼鏡を押し上げ口を開いていく。彼は口を閉ざしているが、ミカリエの言葉に小さく頷いた。
「だがそれを果たすために、現地で新しく精霊使いになった少女を保護。現地にいたエンプリッターの排除。そして英雄ルフィンが行おうとしている凶行とその手段の判明……」
指を折りながら一つずつ挙げていき、挙げられて行くにつれてアンネルが流す冷や汗が増えていく。――状況が状況故にやむを得ない行動だったのだが、確かに、本来の目的とは遠く離れたことをやっていたと自覚させられる。
本来の目的は、エンプリッターの拠点付近で確認されたログサを連れ戻す、という任務だったのだが。いつの間にか、そのエンプリッターを排除していたというのだから驚きである。いや、自分たちがやったのだが。
「お前達を攻めるわけではないのだが……一石二鳥どころか一石四鳥のこの結果……今後はもっと仕事をしてもらうとしようか」
「流石にそれは……」
「冗談だ」
嫌味か何かか、と思う内容だが、その口調と反応に困っている表情から、純粋な疑問なのだろう。――なぜこうなった、と。
それはもちろん、こっちも聞きたい。うまく行きすぎた結果なのだ。元々ミカリエも、ログサを連れて帰って来れれば十分、と思っていたのに、石を投げてみれば現地のエンプリッターも排除し、新しい精霊使いのおまけ付きだったのだ。
――それに、かの英雄ルフィンの行動目的が判明したのだ。
「……時間を遡り過去を変え、世界を変える……か」
「……ミカリエ本部長は、この行動をどう思いますか?」
アンネルが真剣な眼差しを向けて尋ねてくる。――どう思うのか、か。ふむと顎に手をやり、しばし考え込んで、
「……ルフィンが持っているという夢現書がどれほどの物なのかはわからんが……夢を現実にする、という能力が本当で……そして多量の”エネルギー”があれば……」
――不可能ではない。そう呟いたミカリエに対し、アンネルはやっぱりか、とばかりにため息をついた。
多量のエネルギー――ルフィンは今、それを集めている最中だ。自分が倒した者達から命を少しずつ奪いながら集めて八年、しかしまだ足りないという。
「……問題はあとどれだけ足りないのか……その夢現書が発動するまでどれだけの時があるのか、だな」
「それに関してはわからないです。――後もう少しだ、とか、そんな匂わすことは一切言ってなかったはず……」
数時間前を思い返しながら告げるアンネルに対し、ミカリエはふぅっと少しだけ安心したように、
「まだ時間はある……そう信じよう」
藁にもすがるような思いで呟いた彼に同意するように、アンネルも首を縦に振るのだった。
幸いなことに”元同士”なだけあって、彼の性格はよく知っている。よくも悪くも嘘がつけず、素直な男だ。だからこそ、まだ時間はあると”確信”でき。そして疑問も浮かんでくる。
「……時間を巻き戻す、か。……それが本当にあいつの目的なのかどうかだな……」
人知れずぽつりと呟くミカリエの脳裏には、かつて背中合わせで戦ったルフィンの姿が浮かび上がってくる。
――時間を巻き戻し、世界を造り替える――それがルフィンの目的だと言った。だがよくよく考えれば、それは“行為”でしかない。世界を造り替えた後どうするのか、それが謎であった。一体なぜ、どんな動機があって時間逆行を行うのか――その疑問はまだ晴れない。
「………っ…」
頭に、ある仮説が立ち上がる。自分の知っている現状と、あの男ならどんなことを考えて行動するだろうかを考えて組み立てた仮説。――背筋が凍り付く。
断言できる。おそらく、“これ”が動機だろう、と。彼と共に戦い、友になり、性格をよく熟知しているからこそわかり、組み立てられる仮説。もちろん、その仮説が間違っている可能性もある。だがミカリエには――“かつての仲間達”は、きっとそれが正しいと信じてくれるだろう。
――いかにもアイツらしい理由だ、と呆れとため息混じりに頷くだろう。
だが、今の我々には”立場”という物があり、守らなければならない物がある。――彼の行いを、認めることは出来ない。
「……もしそうだとしても……それはダメなんだ、ルフィン……」
「……?」
ぽつりと呟いたその一言は、誰の耳にも入らないほど小さな声であり、目の前で報告していたアンネルが、何か聞こえたか、と思わず首を傾げ、訝しげな表情を浮かべるほどだった。