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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
215/261

第30話 姫の目覚め~1~

――時を遡り、エンプリッター達が桐生家に襲撃を仕掛ける数時間前。仲間達に食料を運んできた男は、ニヤリと笑みを浮かべてこう言った。


「――とはいえ、因縁の相手の敷地に入ったのに、挨拶もせずいなくなるのは不作法だよな?」


その言葉に、仲間達は首を傾げて顔を見合わせた。因縁の相手の敷地――つまり桐生アキラがいるこの地球のことだろう。彼の言う挨拶が、文字通りのものではないことも察したが、約半数の者達が渋い顔をした。


「お前、それが何を言っているのかわかっているのか?」


「わかっているさ。俺たちを日陰者にした奴だ」


「………」


――何も分かってない、と問いかけた男はため息をつく。若さから来るリーダーシップと気配りが出来る面は頼もしいが、これまでうまくいっているという自信からか、最近横暴になりつつあるリーダーに苦言を呈する。


「確かに桐生は、我々を追い出した男だ。だが奴の実力は本物だ。奴に絡むのも、絡まれるのも危険だ」


「桐生の強さと厄介さは、もう十分聞いたさ。だからといってずっと恐れたままじゃいられねぇだろ。……それにだ」


男はメダルと一緒に取り出していた封筒を差し出した。すでに封は切られており、中から紙が入っている。


「……?」


怪訝な表情を浮かべてその紙を取り出し、目を丸くした。――そこには、フェルアントで使われている文字で文章が書かれていたのだ。


ここは地球、こんな文字が使われる事は絶対にない。ということは――


「お前、誰からこれを……」


「食料の買い出しに行っていたとき、金髪の子供がこれを渡してきた。ここで地毛の金髪なんてそうそういねぇからな。……おまけに、精霊使いの印章も見せられたら疑いようもないだろ」


精霊使いの印章――それは契約を交わした際に体に刻まれる文様のことだ。これがあるということは、精霊使いだと言っているのと同義だ。だが、男は金髪の子供と聞き、背筋に嫌な予感が走る。


――まさか――


「……その印章は、どこににあった?」


「左の掌だな、それが?」


「…………」


――あのお方か――


「…………」


諦めたように、観念したようにそっと息を吐き出し、渡された紙を、指令書に目を通し始める。そこには、こう書かれていた。


『今夜、桐生アキラの留守を狙い桐生家を襲撃、昏睡状態にある少女および桐生風菜を捕獲せよ。この件に限り、神器の使用を認める』


一体何故、どのような理由でエンプリッターの本隊が彼女達を狙ったのかはわからない。だがかつてフェルアントで英雄達と敵対した、その場にいた半数は悟ってしまう。――今日が最後の日になるだろう、と。




「………」


捕らえたエンプリッター達から話を聞いたアキラは、そっとため息をついた。あの改革を経験した年代は、もう三十代から四十代になっている年代である。経験豊かな年代であり、だからこそ察したような、覚悟を決めた顔つきでそれらのことを語っていた。


――自分たちは、本隊から見捨てられたのだと――そう察したのだろう。まだ若い、つまり改革後にエンプリッターに加入した者達の大半は、そのことを理解できなかったようだが。


だが知らない方が幸せ、という言葉もある。彼らの嘆願もあり、本隊に捨てられた可能性がある、ということを若い者達に伝えはしないとアキラは約束した。


「嫌なもんですね。噂でしか聞いたことないんですが、こうもあっさり尻尾斬りが出来るんですかね連中」


赤髪の男性――去年地球支部所属の精霊使いとなったギリ・マークはアキラと共に報告を聞きながらそう呟いた。ため息混じりの、呆れ果てた声音だ。後頭部をボリボリとかきながらの問いかけに、アキラは肩をすくめて、


「エンプリッターは頭のおかしい連中が多い。やったとしても不思議ではないさ」


そう断言した。――なにせエンプリッター――元フェルアント本部の上層部は、人体実験、人体改造、精霊の研究、神器を用いた兵器開発、不老不死の探求など、非人道的なことから兵器開発、命題探求といったことを節操なしに幅広く行ってきた連中なのだ。


そのどれもが我欲によって行われていたというのだから質が悪い。アキラは慈悲はないとばかりに吐き捨てた。――その慈悲はないは、おそらく当時の上層部に向けられたものだろう。


「だからといって、自分から戦力を捨てますかね? いくら頭がおかしいとはいえ、自分たちと俺たちとの戦力差は十分わかっているはずでしょ?」


「それだよ、ギリ。私が気になっているのはそれだ」


ギリの指摘に、アキラも頷く。頭がおかしいとは言え、このままで自分たちが危ないと言うことは、連中の方がよく分かっているはずだ。何せ不老不死を追い求める老害達だ、命の危機には敏感だろう。


それさえ感じられないぐらい耄碌してくれれば何も言うことはないのだが――残念ながらそれはないだろう。


いくら神器が複数あるとはいえ――あのメダルを調べた結果、神器に値する能力を秘めたことが判明し、神器として扱うことになった――、あれだけで地球支部を落とせるとエンプリッター本隊は思っているのだろうか。


もしそう思っていたのならば、フェルアントとエンプリッターの間で起きているこの戦いは、容易く終結するだろう。支部毎に所属する精霊使いの力量差はあるだろうが、それでも数で言えばこちらが勝っている。


その数の差を埋めるために兵器や奇跡――神器の力に頼ろうという腹づもりだろうが、残念ながらそうはいかない。連中が使用していたライフルのような兵器も、どのような物が判明すれば対策は容易い(すでに対策案がいくつもある)上に、神器もまず集める時点でかなりの犠牲を強いられるだろう。


――今回のメダルのように、”造られた”神器であれば、あるいは――アキラが危惧しているのはその点であった。


「”現状で多少の戦力は捨てても構わない”……もし連中がそう考えているのならば……大分不味いことになる」


思案顔のアキラの呟きを耳にしたギリは一瞬首を傾げ、その後驚きを露わにするとはまさかと言わんばかりに問いかけた。


「戦力を捨てても……? ……待ってくれ支部長、まさかとは思うが……”戦力差を覆す切り札がある”なんて、そんな都合の良い話し……」


「……………」


アキラは何も答えなかった。――ギリの胸中に、冷たい風が吹き始め、それを胸の奥に押し込めるかのように苦い表情を浮かべて髪の毛をかきむしった。


 ~~~~~


――気がつけば、握りしめた拳を思いっきり突き出していた。唐突に、自分の意思と関係なく動いた腕と、見覚えのない光景、そして覚えのある感覚――これは、一種の夢だ。誰かの記憶を追体験するという記憶感応。嫌な感覚が色濃く残る夢。それはきっと、悪夢と呼んでも差し支えないだろう。


だけど、自分はそれを悪夢とは思えなかった。悪夢と呼ぶには、あまりにも現実味がありすぎて、“夢”とは思えない。記憶感応自体、誰かの記憶――過去にあったことを体験するためでもあるのだけれど。


『―――――』


『――なぜ――』


――だけど、自分が何に対し拳を突き出したのかを認めた瞬間、頭が真っ白になった。口が自然と動き、疑問を口にする。その光景を追体験している自分も、全く同じ感想だった。


だが自分の何故と、この記憶の主の何故は意味合いがまるで違うだろう。疑問と同時に、今にも胸が張り裂けそうな感覚。とても大事な、とても大切な物を自分の手で壊してしまったかのような後悔と悲しみ。どうしようもない虚無感――瞳を見開き、自分の腕が貫いた相手を見た。


『なぜ、お前が……何を、やって……』


『――――』


突き出した拳は、相手の胸を貫いていた。震える瞳は、貫いた相手がにっこりと微笑むのを見た。貫かれた胸から血が流れ、口から血を吐き出しながらも、”彼女”は笑みを止めなかった。


『ごめん……ね……でも、あなた………っ……とめ、ない……とぉ……』


『――――』


激しい痛みを感じているだろうに、それでも微笑みを保ちながら、彼女はそっと記憶の主の頬に手を添えた。――視界の隅に、彼女の後ろにいた謎の人物が慌てて立ち去っていくのを視界の隅に捕らえたが、記憶の主も、自分も、すぐに意識から消え去った。


『……大馬鹿の、たわけっ……っ!!』


体が動かない。いや、動こうとしない。嫌なことに体は知っている。貫いた腕を引き抜けば、出血がひどくなる、と。


だが、たとえ引き抜かなくとも後僅かな命だろう。胸の中央を貫かれたのだ、致命傷に変わりはない。胸を貫かれた彼女も、それは分かっているはずだ。――分かっているはずなのに、彼女は微笑みを保ったまま。


『……ばか、でも……たわけでも……いい……これ以上は……だめ……』


『………っ』


――何がダメなのか、自分にはわからない。だが、記憶の主から感じとれる苦々しい感情は、きっと主自身もダメだとうすうす感じていたのではないだろうか。


だが、それと同時に、心の奥底で煮えたぎる怒りもあった。――ダメだとしても、そうしなければならない――使命感に駆られた行動。


だが結果として、目の前の彼女に――命をかけても守ろうとしたものを、傷つけ、自らの手で壊そうとしていた。


――俺は、間違っていたのか?――


自らに課せられた使命を果たそうとして、結果大切な物を失いかけて――いや、違う。


『――正しい、正しくないは、関係ない……』


『……ぇ……』


『俺は、お前を失いたくないッ!』


――〇〇〇〇〇・〇〇〇〇――


――え? いきなりの記憶感応と目の前に広がる衝撃によって、未だに固まりっていた自分は、唐突に聞こえたその呪文に我を取り戻す。その呪文は聞き取れなかったが、何か大事な物のような気がして。


――〇は彼の地で、永久に眠る――


例え間違いだったとしても、間違えた道を進んでいたとしても、譲れない思いがある。今度こそ、俺は――


『――失いたくない……だからお前を助ける……』


『――あな、た……何を……』


もう声に力がない。だが、それでも何かを行おうとしている記憶の主に、彼女は咎めようとして――


『後で好きなだけ罵れ。恨め……こんな手段しか取れない俺を。だが、今は……っ』


――今だけは――


『――我が命に応えよ!!』


――その言葉を最後に、意識が遠ざかっていく。訳が分からぬまま、事情が分からぬまま、記憶の追体験は終わりを迎えようとしていた。


薄れ行く意識の中、自分はずっと抱いていた疑問をようやく表面化させた。


――なんで、”母さん”が……?


訳が分からぬまま続いた夢は、その疑問を最後に終わりを告げた。


 ~~~~~


目を開けると、和風な造りの部屋が目に入ってくる。――しばらくそのままぼうっとしていたが、その和風な部屋に違和感を覚え始める。


――ここ、どこだろう……?――


彼――桐生タクトの寝ぼけた頭に浮かんだ疑問はそこだった。旅館の和室によくありそうな造りだということには何とか気づいたが、なぜ旅館なのか。その疑問も、しばらくして氷解する。


(あぁ、そういえば旅館に泊まったんだっけ……)


旅行か。なら少し寝過ごしても罰は当たらないだろう。まだ眠いし、体も重い。トロンと開いていた瞼がゆっくりと落ちてくる。このまま放置すれば、そのうち寝息を立て始めるだろう。タクトの寝ぼけた様子を見ていた“彼”ははぁっとため息をつき、タクトの真上まで飛来すると、


「起きろたわけ」


「ごふぅっ!!?」


三十センチ程度の宙に浮かぶ子人から、突如成人男性なみの身長に変化し、さらに浮遊能力を解除。情け無用とばかりにすやすや眠ろうとしていたタクトの上から着地。当然踏みつけられた彼は潰された蛙のごとく奇妙な声を出して目を覚ました。


「なっ……にが……っ!!」


「とっとと起きろ、タクト」


彼を踏みつけた銀色の男――スサノオはため息混じりに起床を促す。一方の彼も、スサノオの姿を認めた途端、一気に頭が覚醒し、状況を思い出した。


「スサノオ!? なんで……ってか、なんで俺旅館に……!」


ようやく思い出す。昨日の夜、彼相手に試しの儀を行い、見事認められ正式な主となったこと。それを終えるやいなや、無茶を重ねてきた代償故か、死んだようにその場で眠りについたことを。


「山で気絶したお前をここまで運んだのだ。……お前がどこの旅館に泊まっていたのかコウから聞き出すのに少し手間取ったが」


「あ、あぁ、だからここに……」


どうやらコウから場所を聞いて、旅館まで運んでくれたらしい。相棒も憑依の影響でかなり疲弊していたはずだから、聞き出すのに苦労するのも無理はないだろう。現にコウは今も眠っているようだ。


納得したように頷き、タクトは上半身を起こそうとした。――だが起こそうとした途端、体全体に痛みが走る。筋肉痛に似たような痛み――いや、かなりきつい筋肉痛と言った所か。体を起こすのも一苦労だ。


以前憑依を行った翌日も筋肉痛になったが、あれよりもひどい。呻き声を上げながら半身を起こすのがやっとだ。このまま布団に倒れ込みたいが、その行為でさえひどい痛みを伴いそうだ。


正直、しばらく動きたくない。


「……なに、この……錆び付いた鉄を、無理矢理動かしているかのような筋肉痛……」


「なんだその例えは……まぁ無茶に無茶を重ねたツケだ。甘んじて受け入れろ」


タクトを見下ろすスサノオは、呆れた表情ではぁっとため息をつく。当然だろう、何せ元々反動の大きい憑依を行いつつ、憑依状態で得られた多量の魔力を全身に流し込み、身体能力を大幅に上昇させつづけたのだ。


その反動は相当な物――を通り越し、体をこわして命を落としかねないほどのものだ。現にスサノオが反動を緩和してくれなければ、あのまま死んでいたかも知れないのだ。そう思うと、スサノオには頭が下がる。


「さて、タクト。これからどうするんだ?」


「どうするって……それは、レナを助けるために、早く家に戻って……」


「わかっている。だがその前に、まずはお前が動けるようにならなければな。悪いがお前と契約を結んでいる以上、精霊達と同様お前からは遠く離れられんぞ」


「……わかっているさ……」


成人男性並の大きさから、元の子人サイズに戻ったスサノオはタクトの真っ正面に浮かびながらそう告げる。


人と契約を結んだ精霊は、契約という名の縛りを受け、契約者から遠く離れて自立行動をすることは出来なくなっている。それは本来”神”であるスサノオも例外ではない。”剣に宿る精霊”であるためその縛りは薄く、さらに元は”神”であるためある程度の無理も利いた。だが、今はタクトと契約を交わしている以上、彼から遠く離れることは出来ない。


そして今のタクトは動けない――今すぐにも桐生家に戻り、彼女を助けたいと思っているが、それは出来ないのだ。現状に歯がゆさを感じ、歯を噛みしめる彼に、スサノオは諭すように落ち着いた声音で告げる。


「まずは体を休めることだ。それに、少々きなくさい動きが多々見られる……用心することだ」


「……きなくさい動きって?」


スサノオの言葉に疑問を抱いたタクトは、歯がゆさを感じつつもゆっくりと布団に体を寝かせながら尋ねた。――そこでようやく、スサノオが妙にぴりぴりしていることに気がついた。


「……そうだな。お前も地球支部の一員みたいなものだ、話しておこう。以前、この地にエンプリッターの残党がやってきたのだ」


「―――!!」


冷静な声音で告げるその一言に、体を寝かせようとしていたタクトは文字通り飛び起きかけ、即座に走る痛みに呻いた。だが、今は構っていられないとばかりに痛みを無理に押しやり、スサノオに目を向けて、


「いつ!?」


「ほんの数日前のことだ。どうやら私を回収するつもりだったのだろうが、即座にお引き取り願った」


――言葉ではお引き取りと言っているが、その現実には回収に来たチームを全滅させたのだが。だがそのことを知らないタクトが触れるはずもなく、かわりに表情を歪めて何かを考え込む。


「っ―――――」


――ふいに、スサノオの脳裏にある光景が流れ込んでくる。――これは――


見覚えのある建物――フェルアント学園――を襲う黒ずくめの集団。そして自身を回収するために来た者達と同じ、魔力弾を放つライフルを手にした精霊使い。


襲いかかる集団に対抗するタクト。一通り終わらせた後、上階から嫌な予感を感じて駆けつけると、そこは多数の生徒が避難してきた場所。――激しい戦闘を行った痕跡が残り、苦しそうに呻き声を漏らすレナの姿――


あの襲撃の夜、タクトが自身の目で見た物がスサノオの方にも流れてくる。契約を交わしているのだ、その繋がりによってタクトの記憶が流れ込んだのだろう。いつ頃の話だろうか。自身がタクトの元を離れてから――下手をすれば、ほんの数日前か。


「……タクト、数日前、学園で何が起こった」


ともあれ、何やら不穏な空気を感じたスサノオはタクトにそう問いかけた。彼は一瞬驚いた表情を浮かべた物の、すぐに頷いてこれまでの経緯を語ってくれた。


スサノオが彼の元を離れてから、今に至るまでの間に、何が起こったのかを――


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