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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第29話 刀の章 魔術の使い手~2~

「――フォーマ君。私は貴方に、みんなを連れて道場に避難して、と伝えたはず。……なんで言うとおりにしなかったんですか?」


襲撃してきたエンプリッター全員が気を失っているのを確認し、身動きを封じた後、風菜はマモル、アイギット、フォーマの三人を呼び出した。その時の最初の一言がこれであった。


それはフォーマに向けられた言葉だが、他二名も、彼が感じているであろう威圧感と同等の物を感じ取っていた。


風菜の瞳は真剣その物だった。いつも朗らかに笑っている彼女からは想像できないほど雰囲気が変わり、彼女の怒りがはっきりと伝わって来て、思わずたたずまいを直す三人。


「未花さんとアヤカさん、レナの三人を俺たち四人で守るより、コルダ一人を守りに置いて、僕たち三人はエンプリッターの制圧に協力した方が良いと思ったためです」


――だが、それは覚悟してのことだった。たたずまいを直したフォーマは、しかし彼女から視線を逸らさずにはっきりと告げた。


「道場には結界が張られていましたし、コルダの実力も相当な物です。守りには十分でしょう」


「けれど、奴らが結界の破壊に全力を出してきたらどうするのかしら。一人で三人を守れると思っていたの?」


「コルダも馬鹿じゃない。その時は連絡をくれるし、そうなったら俺たちもすぐに道場の守りに向かうつもりだった」


風菜の指摘に答えたのはマモルだった。フォーマから彼に視線が移り、その真剣さを帯びた瞳に思わず喉がなる。彼女からこれほど真剣に怒りを買ったのは初めてだ。どうやら風菜はかなり怒っているらしい。――だけど。


「逆に、風菜さんはなぜ一人で多数と戦おうとした? 貴方が強いのは分かる、だが不利になるのは明らかだ。現に、危険な状態になっていた」


何かを言おうとした風菜を遮り、アイギットは指摘した。彼らが駆けつけたときには、すでに魔力の使用を禁じられ、非常に不味い状況になっていたのだ。自身でもあのときは危なかったと感じていた彼女も、流石に口を開いて反論しようとはしなかった。ただ、表情に険が入り始める。


「……風菜さんが俺たちを危険なことに巻きこみたくない、って言っていたことはわかります。でも、俺たちはもう“巻きこまれている”んです」


「っ………」


――マモルのその一言に、風菜は複雑な表情が浮かんだ。悲しみが、後悔が――そういった後ろ向きな感情が顔に浮かび、やがて彼女は俯いてしまう。


「……私は、ううん、私達大人は、あなた達を巻きこんでしまった。魔法と精霊の世界に、異世界に……昔の、どうしようもない因縁に……」


「……?」


俯いた風菜の独白に、マモル達は首を傾げ、顔を見合わせた。――どういうことだろうか。あくまでも「エンプリッターとの戦闘に巻きこまれた」ということなのに。そんな三人の反応に気づかずに、俯いた風菜は口を開いていく。


「だから、巻きこんでしまったから、何が何でも守らなくちゃ、って思っていたのに……結局私は、あなた達に助けられたのよね……」


「……それは」


――何となくだが、マモルには彼女の言葉の意味が朧気ながら伝わって来た。つまり――風菜は、負い目を感じているのだろう。


普通に暮らしていれば、精霊、魔法、魔力、異世界――そんな物とは無縁の生活を送れたであろうマモルは。


そしてアイギットとフォーマは、元々フェルアントで生まれたため、精霊使いそのものが身近にあった。例え風菜と出会っていても出会わなくとも、精霊使いになっていたという事実は変わらないだろう。


――だが、彼らは知らない。いや、もしかしたらフォーマは記憶の片隅で覚えているかも知れなかった。幼少期の過去や、出生の秘密に、あの改革が、風菜と彼女の仲間達が深く関わっていたと言うことに。


一同の間に沈黙が広がる。誰かが何かを言わなければ、しかし何を言えば良いのか分からない。そんな空気の中、マモルは軽く呻きながら、


「……少なくとも俺は、精霊使いになったことを、後悔していないです」


突然何を言い出すんだ? という視線が二人から向けられる。俯いていた風菜の肩がぴくりと揺れた。


自分自身、何を言い出そうとしているんだ、と思っている所もある。だが、今はそれを押しやって、マモルは今の、はっきりと形にならない気持ちを伝えようと声を上げる。


「初めは訳が分からなかったし、今も苦労することの方が多い。でも、精霊使いになったおかげで、得られた物もあった。……後悔は、していないです」


「………」


「それに最初の契約を交わすときも、選択肢は俺にあったんだ」


――今でも思い出せる。自分の精霊、動物型である大型犬ガルと契約を交わした時。ガルは選択肢は自分にあると言っていた。――断るのであれば、それでもよい、と。


だが、マモルは断らなかった。断る気はなかったのだ。精霊使いになれば、力を得れば、今度こそ――大切な物を守ることが出来るのではないか、と。


――大事な家族(妹)を失ったばかりの、悲しみに暮れていた自分は、そう思ったはずだ。もう失いたくはないと。だから。


「過去に戻ってやり直せるとしても、きっと選択を変えることはない……と思う。だから、俺は後悔していないです」


「…………」


マモルの思い、言葉を耳にして、アイギットとフォーマは顔を見合わせる。一体彼が、何故そんなことを口にしたのかはわからない。だが、精霊使いになったことを後悔していない、という点は、二人とも同じだった。


アイギットはともかく、フォーマも心の底からそう思っている。フェル・ア・チルドレンとして生み出され、真っ当な人間とは言いがたい自分の体を恨んだことはある。精霊を恨んだこともあった。だが今は、精霊使いになったことを後悔していなかった。



『たら、ればの話だけどよ。もしお前がフェル・ア・チルドレンじゃなかったら、俺たちは出会わなかったかも知れない……そういう風に考えることは、出来ないのか?』



昔言われたあの言葉が、今も胸の中で繰り返し再生される。ようやく得ることが出来た友人から言われたその一言に、フォーマは幾分か救われた気持ちになることが出来たのだった。


だから、自分も後悔はしていない。――それは紛れもない本心だった。


「………」


俯いていた風菜はようやく顔を上げる。ひどく思い詰めたようなその瞳で彼ら三人の顔を順番に眺めていき――やがて、少しだけ微笑みを溢した。何か、安心したかのようにホッと息を吐き出すと、彼女は再び俯いてしまう。


「……私が守らなきゃ、って思っていたのに……子供の成長は早いわね……」


どこか嬉しそうに、悲しそうに呟いたその一言に、三人は顔を見合わせた。子供扱い――仕方ないと言えば仕方ないのだが、目の前にいる風菜も見た目年齢で言えばほど近いのだ。なんというか、ちょっと違和感を覚えてしまい、何とも言えない渋い表情を浮かべる三人。


「……ごめんなさい。思えば、セイヤもタクトもそうだった……いつの間にか、私達の手を離れていくのね……」


――私達は子離れ出来ていない――いや、きっとこれからも出来ないだろう。大切だから、守りたいから、ずっと側にいてあげたい。でも、子供達はいずれ独り立ちする日が来るのだ。それを見届けるのが、親の勤め。


ぎゅっと拳を握りしめ、車いすの上で肩を振るわせる風菜は、やがて長いため息を吐き出した。――自身の中にある、過保護なまでの”守らなければ”という思いを緩めるかのように。


「――あなた達を見くびっているつもりはなかったの。でも今回の件は、私の……私と兄さんが昔やったことが原因だと思うの。だから、あなた達を巻きこみたくなかっただけなの」


「昔やったこと?」


「……改革のことですか」


眉根を寄せたマモルと、どういうことか察したアイギット。フェルアントでは、桐生兄妹の知名度は中々の物だ。なにせ改革を起こし、成功に導いた中心人物なのだから。確かに、相手がエンプリッターであれば恨みを買っていてもおかしくはない。――エンプリッターは旧本部に勤めていた精霊使いが大勢いるのだから。


「えぇ、そうよ。だから、私一人で彼らの相手をするつもりだった。……でも、あなた達に助けられたわね。――ありがとう。それと、ごめんなさい」


顔を上げる風菜は、目の前で立っている三人を見やり、一つ頷いた。そして、覚悟を決めたのか、真剣な眼差しで告げる。


「マモル君の言うとおり、もうみんなを巻きこんでしまった。だからみんなには、事情を話します。捕らえたエンプリッターの話しも……十七年前、一体どんなことが起こったのかを」




一方、途中で救援にやってきたカルアとシズクの二人は、気絶して倒れ込んでいるエンプリッター達を次々に拘束していった。拘束と言っても、精々手足を縛って一箇所に集めていくだけだ。しかし人数が多いため、それなりに手間は掛かってしまう。


工場跡地で、後輩にあたるセシリアからエンプリッターが各地の転移門を襲撃してきたという報告を聞いたとき、彼らは真っ先にこの桐生家へと戻ったのである。


――近場にあった転移門がここだっただけではあるが。ともかく報告を聞いた後、周囲に人の気配がないことを確かめた後転移術を発動させ、この桐生家近郊にある山場に転移。そこから全速力でこちらに向かってきたわけである。


間に合うかどうかは正直微妙だったが、時の女神はこちらに味方してくれたらしい。深いため息をついて安堵する。


「――マモルの奴、しばらく見ないうちに強くなっているな……」


風菜に呼び出された三人の内、知っている人物であるマモルを見ながらカルアはそう呟いた。自分とマモルは、戦闘方法が似通っているためしばし世話をしたことがあり、弟分のような存在である。


学園に行ったと聞いていたが、どうやら学園でも腕を磨いていたらしい。久しぶりに会った弟分の成長を嬉しく思いながら、最後の一人の手足を縛り、集めた場所に転がしておく。


手加減された後が垣間見れる彼らを見て、はぁっとため息をついた。どのような手段を使ったかは知らないが、風菜の動きを封じたのは見事である。だが、それだけで桐生家を襲い、転移門を奪い、支部に襲撃を仕掛けるつもりだったのだろうか。


情報によれば、すでに地球の転移門を設置させた場所への襲撃も、すでに収まりつつあるようだ。転移門は一つも奪われずにすんだらしい。


とはいえ、転移門には必ず門を守る腕利きの精霊使いがいるため、奪うのも困難だ。例え奪えたとして、支部に直接襲撃を仕掛けに行ったとしても、中にはアキラがいる。地球支部を落とすのは中々に困難だろう。


――地球に来てどれくらいになるのかは分からないが、各地の転移門に一斉に襲撃を仕掛けた点を考えると、おそらくこちらの事情をある程度知っているはずだ。転移門を複数用意しているのは、一つを襲われたとしても、残りの転移門を通して各戦力を集め、迎撃の準備を行えるためである。


一斉攻撃を仕掛けたと言うことは、それを阻止するのが狙いだろう。――同時にカルアは、嫌な予感を覚えた。


――フェルアント地球支部の情報を集めることの難しさ。地球には精霊の存在も、魔力、魔術の存在も公にはなっていない。昔はそれらしき物、つまり西洋の魔術や東方の占術、陰陽術などがあったのではないかといわれているが、今は完全に廃れてしまっている。


地球に魔法文化はない。そのため地球では、フェルアントの存在は完全に秘匿しなければならなくなっている。


その秘匿が徹底されており、地球支部の情報を集めるのはとてつもなく困難になっている。だが今回の襲撃を鑑みるに、どこからか情報が漏れたと考えるべきだろう。


「カルアー、何かあったよ!」


「っ、おう、今行く」


シズクが何かを見つけたのか、声を上げて彼を呼び出し、カルアははっと我に返り彼女の元へ歩き出した。


――内部犯の可能性――浮かんだその言葉が、頭から離れなかった。




シズクが見つけた物は、カルアが射貫いたメダルだった。見事メダルの中心を射貫かれ、大きな孔が開いたそれは壊れているように見える。


しかし、その実体はおそらく神器に相当する物。壊れているように見えて、実はまだ機能が生きている、なんて事態は普通に起こりえるのだ。そのことを知っているシズクも、射貫かれたメダルを見つけても無闇に触れず、カルアが来るのを待っていた。


やや表情が硬い彼に首を傾げるものの、シズクはしゃがみ込んだままメダルを指さして彼を見つめる。すると表情が柔らかくなり、苦笑を浮かべながらカルアはぽんと彼女の頭を撫でた。


「へっ!?」


「どうした?」


「い、いやん!」


「撫でてやっただけじゃないか……」


嬉しそうに身をよじる彼女に、カルアはふぅっとため息をついた。こちらを見つめてくる視線が妙に忠犬ぽかったためつい頭を撫でてしまったのだが、それがかなり嬉しかったらしい。


――これからは時々撫でてやるか、と思うカルア。尻尾とぱたぱたと振っていそうなシズクをそのままに、穴が開いているメダルに視線を落とす。


「……あぁ、そういうことか」


しかし一目見てふうぅっとため息。ひょいと気安い動作でメダルを拾い上げる。それを見て、シズクはぴょんと跳ね上がった。


「だ、大丈夫なの!?」


「あぁ。こいつ、”機械”だ」


つまみ上げた機械の穴から、何かの部品がこぼれ落ちる。


――神器は何も、”神が宿った器”だけではない。その世界、その文明に置いて、明らかにオーバーテクロノジーを用いて造られた物も含まれる。


「機械……?」


「あぁ。……もしかしたらこれ、神器に認定されないかも知れないがな……」


掌で鈍く光を反射するメダル――いや、機械を手にカルアは冷静に告げた。神器に認定するかどうかは、その物体の能力や危険度を元に、支部や本部が決めることだが、この機械の能力が“動きを封じる”程度ならば、神器に認定されないかも知れない。


――カルアは知らない。それが動きを封じる、のではなく、魔力を無効化させる特殊なフィールドを形成する装置だと言うことを。もし知っていれば、即座に神器として扱っていただろう。


何せフェルアントや同盟を組んだ各世界の技術力では、魔力を無効化させる”装置”を創り出すことは出来ないのだから。――装置、ということは”人の手で創り出せる”ということでもある。


「ま、後で支部の技術屋に渡してくるさ。そこで解析されて、何か分かれば良いけどな」


手にしたメダル――装置を懐から取り出した袋に入れ、その後で袋ごとポケットの中に突っ込んだ。こちらの仕事はある程度終わっただろう。ふぅっと深いため息をつき、彼は口を開いた。


「さてシズク、この後手伝えよ」


「? 良いけど、何を?」


きょとんと首を傾げる彼女に、彼は視線を建物――桐生家へと向けた。激しい戦闘が間近で行われた爪痕がはっきりと残されている。桐生家に関しては、道場とは違い結界で表面を覆ってはいなかったのだ。


半壊しかけている桐生家を見て、シズクも苦笑いを浮かべる。まさか――そう思いつつ、確認のために問いかけた。


「……修理を手伝うの?」


「あぁ。といっても、どうやってこの一件を一般に向けた工作をして処理するのかが大変そうだけどな……」


はぁ、と深いため息を溢すカルア。――魔法の秘匿を行わなければならないのは、こういうとき大変である。


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