第28話 刀の章 開戦~3~
目の前で立ち上がったガラクタを見て、カルアは警戒心を露わに武器――証を構える。短剣にしてはやや長く、長剣にしては短い横幅のあるその剣を突きつけられ、ガラクタはびくりと震えるような仕草をした。
――そのガラクタは人型をしていたが、あくまで人型でしかなかった。錆び付いたパイプや鉄棒、壊れた電子機器やそのコードなどを組み合わせた人型。暗がりのためよく分からなかった――至る所に浮く錆が余計に目立たなくさせていた――が、こうして間近で見ると、何というか。
「………」
「………」
無言で見つめるカルアと、無言で見返すガラクタ。しかしガラクタは震えており、その振動が体の至る所に伝わり、ガシャガシャとうるさい。
「……っ!」
そのうち振動が伝わったのか頭――頭の位置にあるカメラ――がぽろりとこぼれ落ちる。あっ、と言わんばかりに落ちたカメラに体を向け、釘やら鉄くずなどで象られた手で拾おうとする。
だが、その不格好な腕では拾うことが難しいのだろう。指はカメラを掴むのだが、持ち上げることが出来ずにいた。拾いづらいものを必死に拾おうとするその健気な姿に脱力し、警戒心を維持することが困難になっていた。
「……っ!?」
「はい、これで良いよね?」
見かねたシズクがカメラを拾い上げ、元あった位置に乗せてあげた。ガラクタはしばし固まり、体を傾ける。おそらく礼のつもりだろう、しかしすぐにはっとしたように頭であるカメラがシズクを向き、一歩後ずさった。
「………っ!!」
「……あれ? なんかあたし怖がられている……?」
ぶるぶると震えるガラクタ。――そういえばシズクの奴、さっきこいつを吹き飛ばしたよなぁ、と今更ながら思い出した。
かわりにカルアが一歩前に出てガラクタに近づく――と、今度はガラクタがこちらを向き、シズクの時以上に怯えた様子で距離を取った。それどころか、腕を構成するパーツを動かして錆び付いた杭を前に出し、その杭を突きつける。
――どうやらシズクの方は純粋に怯えているようだが、自分の方には完全に敵意を持っているようだ。当然自分は敵意を向けられるようなことをした覚えはない。失いかけた警戒心が蘇ってくる。
凶器をカルアに向けたガラクタに、シズクは慌てた様子で近寄って、
「ま、待って! カルアがなにをしたって――」
『――カエレ、”セイレイツカイ”!』
「っ!?」
ガラクタが声を出した。もっとも、その声は機械音――おそらく体のどこかにあるラジカセか録音機か、ともかくそれに類するものを用いて声を出しているらしい。見た目以上に、そうとう芸が細かい奴である。
「あなた、しゃべれたの!?」
「いや、しゃべれたというか……まぁいいや」
観察眼を発揮するカルアの隣で、天然を発揮するシズクに首を振るが、訂正する気はなかった。それに、あながち間違いというわけでもないのだ。
ともかく、しゃべれると言うことは、意思の疎通は図れると言うことでもあるし、何よりも気になることを言っていた。
――帰れ、精霊使い――
「お前さん、俺みたいな精霊使いを知っているのか?」
『シッテル! オマエ、ヤツラノ、ナカマ、カ!』
「奴らと来たか……」
ふむと顎に手を当て、しばし考え込むカルア。一方のガラクタは相変わらず杭を向けたままである。だが、その杭は小刻みに震えていた。――正体不明のガラクタの気持ちなど分かるはずもないが、しかしその震えは恐怖から来るものではないか。ふとそう思えた。
「……俺たちはある精霊使いの集団を追っているんだ。この廃工場にそいつらがいると聞いて乗り込んできたんだが、そいつらのこと、知らないか?」
ぴたり、と杭の震えが止まる。
『……オマエ、ヤツラノ、ナカマ、ジャナイノカ?』
「違う。エンプリッター……いや、その集団とは敵になるな」
『……ホントウ、カ?』
機械音であるため感情は伝わらない。だが、それでもカルアが頷くと安堵したように見えるのは楽観視しすぎだろうか。
『……ヤツラ、ヒグレマエニ、キエタ』
「日暮れ前に消えた? じゃあ、さっきまではいたのか?」
コクンとカメラを動かして頷いたガラクタは、機械音を響かせて経緯を語ってくれた。
『ヤツラ、ヒトツキマエニキテ、オレヲ、イエカラ、オイダシタ。ソコデ、ナニカ、ヤッテタ』
「一月前……情報と一致するな」
「家から追いだした、って……この廃工場があなたの家なの?」
シズクの問いかけにコクンと頷くガラクタ。――元々この廃工場は、廃棄物の処理場であった。工場から漂うにおいがひどいとシズクが言っていたのはこういった過去があるからである。
ガラクタの体は、言ってしまえば廃棄物、ゴミで象られている。つまりガラクタはこの工場で産まれて、ここで体を作って住み着いているのだろう。
その家を、一時とは言え精霊使いに追い出された。精霊使いに恨みや憎しみを抱いていたとしても無理はないことだろう。――あのとき”俺だけ”に攻撃してきたのも、そういう事情があったのだ。
「……シズク、廃工場には誰もいなかったんだよな?」
「え? うん、誰もいなかったけど……」
『スコシマエ、マリョク、カンジタ。ヤツラ、イキナリキエタ』
「いきなり消えた……転移術でも使ったんだろうな」
シズクに確認をとり、ガラクタの言葉に頷いてそう判断するカルア。この世界に潜伏している可能性はあるが、もうこの廃工場にはいないことは事実だ。どうやら逃げられたらしい。はぁっとため息をつきつつ、肩をすくめてガラクタと向き合った。
「連中、ここには来ないから安心しろ。もう大丈夫だ」
『ナゼ?』
「何故って……そうだな、かくれんぼと同じだ。一度隠れた場所を鬼に見つけられたら、その場所はもう使えないだろ? 鬼にばれているんだから」
『ワカリヤスイ。アリガトウ』
相変わらずの機械音。だが、その機械音にははっきりと感謝の意思が込められていた。それを感じ取り、カルアは肩をすくめて、
「ま、気にするなよ。お前さんも気をつけろよ」
『ダイジョウブ。ソレヨリ、サッキ、イキナリ、オソイカカッテ、ゴメン』
体を傾ける――いや、頭を下げるガラクタ。この廃工場に近づいたときに、色々と危険物を投げつけられ襲われたが、その時のことを言っているのだろう。だが、頭を下げるのはこちらの方でもある。
カルアも神妙な面持ちでガラクタを見ながら頭を下げる。
「いや、俺等の方こそ……別世界のもめ事で、”原住人”を巻きこんだこと、申し訳ない。……お前の家を荒らした奴は、こっちできっちり仕留めることを約束する」
えっ? と傍らでシズクが驚いた表情をするものの、頭を下げたカルアを見て彼女も慌てて頭を下げた。そんな二人を見て、ガラクタはしばし沈黙。やがて機械音で、
『……ガンバレ』
それだけを言い残し、ガシャガシャと音を鳴らしながら廃工場の中へ消えていった。
「……ねぇカルア。さっきの人……人、なのかなぁ……」
「人じゃないだろ」
廃工場からの帰り道、シズクは先程の話の中で気になったことをカルアに問いかけていた。彼女の疑問に、何言っているんだお前は的な表情を向ける。だがぶんぶんと首を振るシズクに、口を閉じる。
「そうじゃなくて! さっきの人……あぁ、もう人でいいや!」
「あぁ、呼び方で迷っていたのか」
確かにそれは俺も迷っている。見た目完全にガラクタの集合体、一見ロボットのように見えなくもない姿なのだ。呼び方で迷うのも無理はないだろう。だが、今聞きたいのはそのことではないらしい。
「さっきの人のことを、”原住人”って呼んだよね? どういうこと?」
原住人――それは元からその世界で生きていた人達のことを指す言葉だ。先程のガラクタを原住人と呼ぶということは、あのガラクタはこの世界の住人だということになる。
――だが、現在この地球では”動くガラクタの集合体”という生命体は存在しないはずである。それに会話の中で”魔力”と確かに言っていた。それもおかしい。何せ、地球に魔法文化はないのだから。
シズクの疑問、一言に詰め込まれた意図を読み取ったのだろう。カルアはあぁ、と頷いて、
「多分あれは”妖怪”の一種だろうな」
「……ヨウカイ? ……妖怪!?」
まだ地球、特に日本に来て日の浅いシズクには分からないだろうなぁと思っていたのだが。一瞬きょとんとした表情をするも、すぐにはっとして叫んだ。意外と妖怪のことを知っていたらしい。これは話が早いな、と思っていると。
「妖怪ってあの……悪い仕業はだいたい妖怪のせいだったり、百鬼夜行だったり、数が一つだけたりないとかだったり……っ!」
「お前は地球に来て何をやっていたんだ」
どうやら日本のサブカルチャーに影響を受けていたらしい。妙に日本文化になれるのが早いなぁ、とは思ってはいたのだが、その辺が元凶か。しかし気持ちは分からないでもない。かくいう自分も、以前は少しお世話になったことがある。
なんか被ってね?と思うようなことを口走るシズクにため息をつきつつ、カルアは解説を続ける。
「簡単に言うのなら、他の世界で言う”魔物”とか”魔獣”、”魔法生物”……そんなところだな」
「あぁ、それなら納得。地球の魔物枠が妖怪、ってことなのね」
「正確に言うなら日本の魔物枠が妖怪、ってことだ。ただ、最近はめっきり数を減らしているみたいなんだが……」
「なんで数減らしたの?」
首を傾げるシズクに、肩をすくめる。その辺はあまり詳しくはないのだ。フェルアント地球支部に戻ればもっと詳しく説明してくれるだろうが。
「なんて言ってたか……確か……地球って、近代化になるにつれて魔術とか呪術とか占術、陰陽術……なんてのもあったな。そういった魔法系統が廃れていったんだよ。それが関係しているとか何とか……」
「……ってことは、地球は昔は魔法文化あったの?」
「らしい。まぁ詳しくは支部に戻ってアキラのおっさんにでも聞いてみてくれ。あの人この手の話し好きだから」
「……あたし、あの人苦手……」
これ以上聞いてくれるな、という思いを隠しもせずに顔に出し、最終的に詳しい人であるアキラに振るカルア。しかしシズクは、アキラという名が出た途端渋い顔になり、視線を逸らしがちでテンションの下がった声を出した。
アキラが苦手という彼女に、ほぅっと興味深そうに相づちを打つカルア。シズクは基本的に人見知りしがちな子ではあるが、アキラはそうではない。話の仕方と反応の取り方がうまく、さらに相手が話しやすい話題に持って行きペースに乗せていく。そのため、むしろ人見知りなタイプほどアキラとは接しやすいそうだ。
そんなアキラのことが苦手とは。口元に笑みを浮かべたカルアは彼女の肩を小突いて理由を聞いてみた。
「何でだ? あの人話しやすいだろ?」
「いや、話しやすいしいい人だとは思う。でも……あの人、怖いっていうか……」
――絶対に勝てない、って嫌でも感じちゃうって言うか……――
そう口に出したシズクに、カルアは立ち止まった。彼の隣を歩いていたシズクは彼を追い越してしまい、後ろを向いてどうしたの、とばかりに首を傾げた。
「……いや、勘が鋭いなと思ってな」
――あの人の強さを本能的に感じ取れるなら相当なもんだ……――
ぽつりと呟き、彼女の頭にぽんっと手を置き、カルアは歩みを再開する。
戦いである以上絶対はない。絶対はないが、それでも小数点以下の勝率など、ないものと考えて構わないだろう。特に、命をかけた死闘では。あの人の強さは、それほどのものなのだ。
「さて、支部に戻ろう。俺たちの仕事は失敗だが、だからといって出来ることもねぇ。……って、どうした?」
「……ふぁっ!? い、いや、何でもないよッ!? さ、行こう!」
数歩歩いて彼女を追い越すも、歩いてくる気配を感じなかったため後ろを振り向くと、顔を赤らめて素っ頓狂な声を出すシズクがいる。ずんずんずんと追い越して行く彼女に苦笑いを浮かべて、その背中を追いかけるように歩いて行く。
――その時だ。カルアが持っている携帯に、着信音が鳴り響いた。
「おっと。……ここぎりぎり繋がるのか……」
廃工場近く、つまり街から離れたところにいるため携帯はつながらないだろうと思っていたのだが、そうではないようだ。確認したところ、アンテナが一本辛うじて立っている。
「はい、どちらさま?」
『あ、カルアさん!? 良かった、繋がった…っ!』
「……その声はセシリアか。どうしたんだ一体……」
電話をかけてきたのは、今年地球支部に配属になった新人だった。白髪に白い肌が特徴的な綺麗な女性で、支部長と同様に事務全般の仕事を行っていたはず。――ちなみに、彼女と同時期に配属になった赤髪の精霊使いギリとは何かと仕事で組むことが多い。
任務の報告だろうか。こちらの任務は相手がいなくなってしまったため遂行できなくなったが、だとしても催促の電話をかけてくるにはあまりにも不自然すぎる。何よりも向こうはまだ知らないはずだ。
一体何の電話だ? と首を傾げていると、セシリアの切羽詰まった声が電話越しに響いてくる。
『”地球支部が襲われてる!”』
「――なんだと?」
その一言に、眉根を寄せて険しい表情を浮かべる。電話の内容は聞こえないはずだが、傍らにいたシズクはカルアの変化を見てじっとこちらに視線を向けてくる。――嫌な予感が、二人の間に流れた。
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「……うっ……」
――遠くから虫の鳴き声が聞こえてくる。背中に冷たい土を感じながらタクトはゆっくりと瞼を開ける。そこは真っ暗な森の中。月明かりも周囲の木々が覆っているためここまでは届かない。
「………何が……っつう!?」
ボーッとする頭で、何故自分がここにいるのか思い出そうと上半身を持ち上げ――途端に、全身に激しい痛み、いや全身が重くなった。持ち上げようと支えた腕が崩れ落ち、タクトは再び地面に寝そべってしまった。
「……っ! ……そうだ、確か……試練で……」
全身が重い。おそらく激しい疲労によりそう感じているのだろう。この疲労感、おそらく精霊憑依の反動。そこまで考え、ようやく思い出す。錆び付いていた歯車が動き出したように、次々と先程までの光景を思い出した。
スサノオを追ってここまで来たこと、彼が創り出した領域内で戦い、そしてスサノオを斬った時のことを。
そうだ、スサノオは――戦いの最中、手加減するどころかそんなこと思いつきもしない状況下だったとは言え、彼を斬ってしまったことに変わりはないのだ。ぞっとして横になりながら辺りの状況を探ろうとして――
『……無茶に無茶を重ねるな、お前は』
「っ! スサノオ……っ」
視界の上の方から、白い和服に身を包んだ黒髪の男が顔を覗かせる。全身が白く発光している彼は間違いなくスサノオだった。――だが、呆れたようにため息をつくその仕草は、まさしく“クサナギ”のものだった。
何とか顔を巡らしてスサノオを見やると、彼の体には傷一つ付いていない。疲労により動けないタクトを見下ろす彼はふぅっとため息をつき、身を屈めて彼の額に人差し指を当てた。
『身構えるな、ただの疲労回復だ』
人差し指が輝きだし、暖かな光がタクトの全身を覆い――鉛のように重たかった体が、軽くなっていく。だが同時に、全身の筋肉に痛みが走り出した。
「いたたた……なんだこの、筋肉痛みたいな……」
『それも直に治る。……ふむ、どうやら四肢が動かなくなったりとかの異常はないようだな』
「動かなくなるってそんな……」
苦笑いを浮かべながらスサノオに講義するも、当の本人はギロリと鋭い視線で睨み付けてくる。真上から至近距離で見下ろされる格好のため、とてつもなく怖い。思わず押し黙るタクトを諭すように、険しい表情で口を開く。
『ただでさえ反動が大きい憑依の上に、逆変換で取り込んだ魔力を全身に流して身体能力を強化。体をこわすどころか、体を殺しかねないことをやったのだ』
「……ごめん」
『それは何に対して、何に向けての謝罪だ』
「うっ……」
――どうやら相当ご立腹のようだ。観念し、必死に頭を働かせて謝罪の言葉を引っ張り出す。だがそれより先にスサノオが彼の額から指を離し立ち上がる。
『……折角新たな”主”と出会えたというのに、その主が風菜と同じ戦えない状態となっては鞍替えした意味がない』
――その言葉に、タクトは息を止めた。今、スサノオは自分の事を”主”と言ったのだ。それはつまり――
「スサノオ……」
『――桐生タクト、汝を我が正当な主と認めよう。誓いをここに。我は汝の剣とならん』
スッと横たわるタクトに向けて差し出される手。その手を見やり、タクトはスサノオの表情を見上げた。真剣な表情――タクトは痛む体を押して腕を伸ばし、差し出されたその手を掴み取る。
――以前仮契約の時にも感じた、自分と相手が繋がる感覚。しかしあのときとは比べようもないぐらい強く感じた。
『――契約成立。改めてよろしく頼むぞ、タクト』
スサノオと繋がった感覚に、タクトの頬が緩む。不意に懐かしい記憶が蘇ってきた。自分が家に帰ってきたときに、家族から言われたあの言葉を。痛みを感じながらも、それでもタクトは口を開いて彼に告げた。
「……うん。……スサノオ……ううん、クサナギ」
――おかえり――
タクトが言ったその一言に、目を瞬かせるスサノオ。――目頭が熱くなる。その言葉をよく耳にし、よく口に出したのは、大昔、妻と子供達と暮らしていた頃を除けば、桐生家にいた頃のみだった。
”あなたの帰る場所はここにある”――遠回しにそう伝える、魔法の言葉。
――人に憧れ、人になり、しかし人間にはなれなかった神様が欲した願いは、こんなにも側にあったのだ。口元に笑みが浮かぶ。自らの思いを押さえ込むかのようにタクトに笑いかけ、
『あぁ……ただいま。だが、これからは……いや、これからもクサナギと呼んでくれ。それが今の俺の名で、スサノオは昔の名だ』
「だけど、本当の名前はスサノオなんだろ? だったら、そう呼ぶよ」
『……好きに呼べ』
目を瞬かせて問いかけてくる主に、スサノオははぁっとため息をついた。契約を結んだおかげで今の主の体の状態がわかる。――ボロボロになる一歩手前、と言った所か。体に身体的障害をきたしかねないところまで無理をさせたらしい。タクトの相棒であるコウも、今は眠っている。思わず苦言を呈さずにはいられなかった。
『しかしずいぶんとボロボロだな。何もここまで無茶をすることはないだろうに……』
「……ボロボロにさせた本人が言う?」
頬を引きつらせ、スサノオをジトッとした視線で見上げるタクトだが、彼は動じなかった。むしろ平然と、
『ボロボロになったのはお前の自業自得だろうに』
と言い返す始末。これには若干頭に来たのか、タクトも反論する。
「いや、あれぐらいやらなかったら、多分スサノオには勝てなかったと思うんだけど」
『……言ったはずだ。試練の合否を決めるのは、勝敗ではないと』
「えっ? あっ………」
――先日の一件を思い出す。散々言われたし、己に言い聞かせたではないか。勝ち負けは重要ではない、奴に認められるかどうかが重要なのだ、と。
『……とはいえ、俺を倒したとなれば、どれほど難癖を付けようが認めざるを得ないがな』
ふぅ、とため息混じりに告げるスサノオ。――最後の一刀は、躱そうとすれば躱せた。だが、タクトはスサノオに見せつけたのだ。人としての強さを、その強さの偉大さを。その時点で、彼は試しの儀を乗り越えていた。
「――良かった……」
今更ながらに実感がわいてきたのか、上半身を起こしていた彼は力が抜けたかのように地面に倒れ込む。その表情には疲れと、そして達成感があった。
「これで……レナを……………」
『……気を失ったか』
体を癒やしたと言っても、その疲れまでなくしたわけではない。試しの儀に合格したという安堵からか、彼は目を瞑り意識を手放していった。そんな彼を見下ろして、スサノオは黒髪の美丈夫から銀髪の子人へと姿を変化させる。僅か三十センチ程度の子人に変化したスサノオは微笑みを浮かべながら口を開いた。
『――多少手は抜いていたとはいえ、かりにも武を司る神を打ち負かしたんだ。そこは誇っていい』
眠りについたタクトには届かない、むしろ届かないことを見越して呟いた。なんだかんだ言いつつ、彼も自分の強さには自負心があった。手を抜いたとは言え、その自分を打ち負かした新たな主に対する称賛の言葉。――きっとタクトが起きていれば、その自負心故に面と向かって言うことは出来ないだろう。
だから卑怯だとは思うが、こうして言ってやることにした。気を失ったタクトの額に座り、スサノオは夜空に登る満月を見上げる。
――彼らが生家の惨状を目の当たりにするのは、次の日の昼であった――