第28話 刀の章 開戦~2~
荒れ狂う大海原で、ぶつかり合う人影が二つある。神々しく自ら光を放つ精悍な和装の男性と女性のようなきめ細かさを持った顔立ちの少年。片や無骨な長剣、片や日本刀を手に海の上で剣を重ねた。
『―――っ!』
「はぁっ!」
無言で振るわれた剣に対し、タクトも刀を振るい得物が交差する。しかし組み合わさることはなく、互いに描くはずだった軌跡を逸らしながら振り切られた。
斬り流し――文字通り斬り掛かりながら相手の剣を逸らす技術。刀が持つ反りと手首の絶妙な力加減があってなせる技だ。本来膂力で劣るタクトが、片手で成人男性を吹き飛ばす剛力を発するスサノオとまともに戦えるのはこの技術があるためだ。
『―――』
三合、四合と剣をあわせていくものの、その全てが斬り流しにより逸らされてしまう現状に、スサノオは彼との打ち合いを避けるべく後退する。
『――っ!?』
「逃がさないッ!」
しかし後退すると同時に、タクトは前へ踏み込み距離を取らせない――いな、むしろ先程よりも距離が縮まる。こちらの動きを先読みしたのだろう、そうとしか思えない動きに、スサノオは天叢雲剣を引き寄せて防御する。
――迷いはない、か――
最初から自然の加護を発揮して戦っているタクトをそう分析すると同時に、引き寄せた剣に刀が打ち込まれた。剣と刀、金属と金属がぶつかり合う音は一瞬だけ響き、次にツィィンとこすれ合うような嫌な音が二人の耳に届く。
刀の扱いの基本である、引いて斬る。それがしっかり行われている証拠であった。太刀筋も変わり、安定している。
スサノオは戦いの中でも冷静に分析しつつ、タクトが刀を振り切ったのに合わせて剣を振るう。後の先――相手の攻撃の後、即座に攻勢に移るスサノオの横薙ぎの一刀は、的確にタクトの体を捉えた。
――しかし、その一刀は空を切る。タクトはその場でしゃがみ込むことでその一刀をかわしたのだ。そしてその時には、もう振り切った刀は翻っている。さらにその刃には魔力は集中し、
「一之太刀・改式――爪魔」
『――――っ』
後の先をとったつもりが、逆に後の先を取られた。タクトが放った袈裟斬りの一刀をすんでの所で見切り後退。今度は追撃を仕掛けては来なかった。
「………ふぅ」
息を吐き出して残心を解き、振り下ろした刀を正眼に構え直してまっすぐにスサノオを見据える。スサノオは相変わらずの無表情だが、その能面に微かな亀裂が走っているように見える。視線を下ろし、自身が着ている衣服に目を落とした。
白い和装は、袈裟にそって断ち切られていた。先程の彼の一刀によって斬り裂かれたのだろう。完全に避けたと思っていたのだが、そうではなかったのだ。
『……変化しているな』
「太刀筋を変えたよ。かなり苦労したけど、この方が凄く馴染む」
ぽつりと呟いた一言を拾ったタクトはそう答える。ここ最近の、叔父や地球支部所属の精霊使いとの組み手や助言、それらを得てタクトの霊印流は変化を遂げていた。
一之太刀・改式――タクトはすでに自分に合わせた霊印流を作り上げていた。基本の型から変化した、より切断に特化させた霊印流を。まだ生み出した型に名を付けていないため、仮の名として改式としているが。
最も、スサノオが変化していると言ったのはそのことだけではないのだが。
『お前自身もな』
「……」
きょとんとした表情でスサノオを見返すタクトに、知らず内に能面が剥がれ落ち、笑みを露わにした。――案外変わっていないのかもな。
たかが数週間から一ヶ月程度。劇的に変わることはないだろう。会話をしている内に、切り裂かれた衣服の修繕も完了したのか、斬られた跡はなくなっている。
『どうやら手を抜く必要は皆無のようだ。――武を司る神と本気で打ち合えること、誇りに思うが良い』
「……誇りに思うことなんてない。ただ負けたくないから、戦うだけだ!」
スサノオが両手で剣を握った途端、海神を取り巻く気配が一変。重苦しいまでの重圧がタクトに襲いかかる。――本来人が触れてはいけない、触れてはならない気迫。神の怒りとでも証するのが正しいだろうその重圧に、しかし彼は臆しない。
己の証を強く握りしめ、スサノオと対峙する。その瞳に宿る真っ直ぐな光――思えば、彼がここまで勝敗に拘ろうとするのは珍しいではないだろうか。
桐生家に厄介になり、セイヤが、タクトが産まれ、なし崩し的に家族の一員となった。そのため子供達とは産まれた頃からの付き合いであり、その性格もよく知っている。だからこそ、”負けられない”と意気込む彼は初めて見る。
普段から勝敗はあまり気にしない、と達観した、或いは諦めたように言うタクト。そんな彼が真剣な眼差しでこちらを見据えて刀を向けるその姿に成長を感じた。
『………』
「………スサノオ?」
ふと、タクトは気づいた。それまで能面を付けているとでも言うかのような無表情だったスサノオが、ここに来て初めて、はっきりと笑みを見せたのだ。その笑みは、スサノオ――いや、“クサナギ”がよく浮かべていた笑みと同じ――
『……負けたくない。その思いはどこからは溢れてくるのか……それを手放すなよ』
「えっ……?」
意味深な忠告を残しつつ、スサノオは両手で持つ天叢雲剣を逆手に持ち替え、足下の海水に突き刺した。――豪雨も波も、先程よりも激しく吹き荒れ、荒れ狂う。強風と波に煽られバランスを崩した。尻餅を付きこそはしなかったが、それでももはや立つ事すらままならない。
「くっ!……なっ」
『――――』
慌てて海面から少し離れたところに法陣を展開し、それを足場とするために乗り移る。先程まで不安定ながらも体を支えていた海は、もういない。支えはしてくれるが、こちらの動きを阻害するだろう。
――そればかりか。
「………っ!」
(タクト……!?)
荒れ狂う海が、風が、様々な情報をタクトに教えてくれる。自然の加護による恩恵は、文字通り自然を味方に付けることにある。だが、荒れ狂う自然がもたらす情報は、あまりにも強烈だった。耐えられない――送られてくる情報量の多さ故に、軽い頭痛を起こした彼は自然の加護の発動を停止した。
「っ……はぁ……はぁ……」
『――これで、味方はいないな』
痛む頭を押さえながら息を吐き出すタクト、その“後ろ”から声が聞こえた。先程まで真っ正面にいたスサノオの声が。その声を聞き、タクトは思い出す。この世界において使えるスサノオの“転移”を。
「っ!」
――参之太刀・改式、瞬牙。振り向きざまに振り切ったその一刀は、スサノオが振り下ろした天叢雲剣を斬り流す。しかしスサノオも攻撃が当たらないと悟ったのか、流された剣を翻しもせず、そのまま肩口から突貫してくる。
「がっ!?」
至近距離からの、怪力ショルダータックルをもろにくらい、足場にした法陣から大きく吹き飛ばされるタクト。そのまま海の荒波に飲み込まれていった。
『………』
一方のスサノオも自身の衣装を見下ろした。胴体部分から横一文字に斬り裂かれた白い和服――さらにその奥の肌から、つぅっと血が流れていく様を見届ける。その口元に笑みを浮かべると、傷と衣服は瞬く間に修復されていく。
『自然の加護に依存しているかと思いきや、そうではないようだな』
――……また……――
海に沈むタクトの意識は途切れ掛かっていた。瞼が重く、気を抜けばそのまま目を閉ざしてしまいそうな感覚。海の中にいるというのに、苦しさを感じないというのが救いか。もし感じていれば、そのまま意識を失っていたかも知れない。
(タクトッ! しっかりしろ!?)
念話で語りかけてくるコウの言葉を聞き流し、証を掴む力が弱まっていくのを自覚する。――しかし、自覚しつつもどうすることも出来なかった。眠ってはならない、しかし重い瞼をどうすることも出来ない。
――タクト――
「っ!!」
不意に、声が聞こえた――気がした。だがその声は途切れかけていたタクトの意識を取り戻させ、手放しかけていた証を再び強く握りしめさせる。
(――そうだ)
脳裏に浮かぶのは彼女の姿。彼女を救うために、自分は今ここにいるのだ。――だから。そう、だから――
(――コウ)
(タクト、大丈夫か!?)
海底に引き込まれながらも、タクトは刀を上に――海面に向けて伸ばした。そしてコウに呼びかける。
(力を貸してくれ!)
――我と契約を交わせし精霊よ――
言葉と同時に響く呪文に、コウは一瞬黙り込み、しかし相棒は頼もしく感じる声音で告げる。
(――我が力、存分に使うがいい!)
頼もしい言葉に、タクトは口元に笑みを浮かべる。自然の加護を封じられ、自然という味方の力は借りられなくなった。――だけど自分には、自然よりも頼もしい味方がいる。
精霊使いになってから十年以上、共に過ごしてきた相棒が!
――我が示す器に宿れ――
『………』
タクトが沈んだ地点を見据えるスサノオ。吹き荒れる豪雨は不思議と彼の体を濡らさない。いや、そもそも雨粒など当たりもしないのだ。何せ雨粒は彼を避けるかのように降っており、その様はまるで彼の頭上だけが晴れているかのようだ。
『……来るか』
風に黒髪をたなびかせたまま待っていると、見据えた地点が赤みを帯び始め、それは次第に広がっていき――海の中から火柱が立ち上がる。火柱の中から翼を持つ人影が現れ、スサノオの元へと飛翔した。
『――精霊憑依。そうか、それに到達したか』
背中に一対の赤い翼を生やし、髪は黒から赤、毛先が金の長髪へと変化し、体の至る所から赤い羽毛を生やしたタクトの姿。腰の辺りから生えた金の尾羽を激しくはためかせながら刀を振るう。
――かつて一部の精霊使いが到達した、コベラ式の魔術における頂点。そして、道を踏み外しかねない秘術。頂点に達したもの、道を踏み外したもの、その両者を見届けたスサノオとしては、やはり思うところはある。
だが今だけは自身の思いを除き、神として彼と切り結ぶ。不死鳥の精霊を宿した証と、八首の蛇の尾から出て来た神剣がぶつかり合う。炎と水、相対する属性を持つ両者は真っ正面からぶつかり合った。
一合だけの接触、剣と刀がぶつかり合い、羽を持つ人影がスサノオから離れていく。彼は後ろを振り返り、遠ざかっていく影を見送る。羽を動かさずに飛翔するその姿は、一種の慣れを感じさせた。
空を飛ぶなど初めてのことだろうに――口元に笑みを浮かべながら、体を翻しこちらに戻ってくる――否、突撃してくるタクト。
『――――』
それに対し、無言で剣を頭上に持ち上げるスサノオの眼光は鋭い。タクトの挙動を見逃さないように見極めようとしているのだ。
タクトには空を飛んで戦った経験はないだろう。だが、空を”跳ねて”戦った経験はある。法陣を用いて複数の足場を展開、それを次々と瞬歩で移動する瞬歩・乱。油断は禁物、おそらくタクトは――
「――っ!!」
『――――』
――タクトが間合いに入る瞬間、自身の周囲で法陣が複数展開されるのを感じ取る。そして自身の足下に法陣を展開させて――
『―――っ!!』
「まず――」
法陣に足を乗せる直前に、スサノオは振り上げた剣を叩き付ける。その一刀は回避できず、僅かに持ち上げた刀でも受け流すことは出来なかった。その衝撃を一身に浴び、再び荒れ狂う海へとたたき落とされた。
『瞬歩を使うには踏み込みが必要となる。それは空を飛んでいようと同じこと。だが、空には足場はない。――法陣を足場代わりにするのはわかりやすい』
「……っ!」
たたき落とした衝撃で立ち上がった水柱が消えないうちに、タクトは海から上がり――スサノオがいた方を向くと同時に、背後から聞こえた声に反応する。
(転移術――っ!!)
(タクトッ!)
背後には、剣を振りかぶったスサノオの姿が。自然の加護に依存していなかったとはいえ、吹き飛ばされた衝撃と天候、そして転移の相乗効果で咄嗟に気配を察知するのは無理があった。今度は背中を横一文字になぎ払われ、その衝撃で前のめりになり――
「――――あああぁぁぁぁぁっ!!」
『っ!?』
――前のめりになった姿勢からぐるんと”縦方向に回転”。浮遊能力を発揮したその挙動はスサノオの虚を突き、股下から刀を振り上げる。縦一直線に剣閃が走り、スサノオの体にパッと線が走る。
その後二人は距離を取り体勢を立て直す。タクトは不死鳥の能力である再生の青い炎により背中に負った傷を癒やし、スサノオもまた神術を使用して体を修復させた。二人は空に浮かびながら悪天候の中にらみ合う。
ふぅ、と息を吐き出しながら呼吸を整えようとして、しかし思った以上に呼吸が乱れていないことに気づく。どうやら憑依状態は身体能力がかなり強化されるらしい。以前の憑依は、かなりの危険な状態で行ったため、その恩恵はあまり感じられなかったが。
でもこれなら――憑依の特性と、自身の魔力操作を扱えば――今思いついた“無茶”に彼は苦笑いを浮かべて、しかしそれしかないと腹をくくる。
(……コウ、無茶をするよ)
(…………潰されるなよ)
(わかってる。……ありがとう)
これからやろうとする無茶を理解したのか、コウも迷うような素振りを見せるも承諾する。こちらの無茶に合わせようとしてくれる頼れる相棒に礼を言いながら、タクトは刀を正眼に構え、意識を集中させた。
一方同じく宙を漂うスサノオはタクトを油断なく見据えている。転移が使え、天候の影響を受けず、武の神にも名を連ねるため当然力量はこちらが上。
状況は全てこちらが有利に傾いている。さらに手加減せずに全力を出せば――もっと転移やら神術やらを使えば決着を付けることが出来る。だが、不思議と今はそれらを用いて勝利する気はなかった。
――おそらく使っても、神術はともかく転移については、今のタクトには通じないかも知れない――そんな予感があった。現に転移を使った攻撃は、ダメージを与えこそすれこちらも反撃を受けている。おそらく無意識だろうが、次かその次辺りは危ういだろう。
『………』
これはあくまで試しの儀――勝敗は関係ない。自分が奴を認めるかどうかで合否は変わる。だがそんなこと、目の前にいる精霊使いは忘れているだろう。戦う前に告げたあの一言が原因だろう。
――『では、始めるとしよう。……彼女を救いたくば、この試練を乗り越えることだ』――
タクトは今、大切な人を救うために戦っている。刀を正眼に構え、こちらを見据えるその瞳に宿る眼力は、決意に満ちていた。――その瞳は、かつての妻を思い起こさせる。
『―――――』
ブンッと天叢雲剣を振り払い、次いで切っ先をタクトに向ける。切っ先を向けて、スサノオは口を開いた。
『――来い、タクト』
「……行くよ、スサノオ」
二人は声を交わして頷き、タクトは足下に展開させた法陣を足場に踏み込み、瞬歩を発動。前方にいるスサノオに向かって突撃した。
「重ね太刀・改式――」
刀の刃に、集中的に魔力が集う。スサノオは彼の動き、一挙一動を見逃さないように注視する。正眼に構えていた刀を腰の辺りにやり、居合の要領で放とうとする体勢を取ったタクトに対し、両手で剣を構えて頭上に持ち上げ、迎撃の態勢を取った。
『――――っ!』
「――あああぁぁぁぁっ!!」
――爪魔・瞬
一瞬の交差、交わったのは二つ。――居合の要領で放たれた、視認できない速度の一刀と、天叢雲剣による大上段からの一撃。
そして翼を生やし、不死鳥が交わったような姿に変化したタクトと、白く光る和服に身を包んだスサノオ。スサノオは剣を振り下ろした姿勢で残心し、タクトは止まらずに飛び立っていく。
『――まさか、ここまでやるとはな』
――スサノオの傍らを、赤い羽根が風と雨に吹かれ打たれて散っていく。吹き飛ばされる羽――あれはタクトの背に生えていた一対の翼の片方だった。現に背後にいるタクトの背には片翼しかない。
しかしスサノオも無事ではなかった。腹部に横一文字に開いた深い傷。すぐに修復されるが、それは向こうも同じ。さらに背後で飛翔するタクトが反転する気配。豪雨と暴風に晒され、片翼を失いつつも真っ直ぐに飛んでくる。
――もっとも、今のタクトにとって片翼などなくとも空は飛べるのだが。しかし妙である。これだけの豪雨と暴風に晒されて、あれほど安定した飛行が出来るものなのか。失った翼に青い炎が灯り、それは羽の姿を象った。
『――――っ!?』
「ああぁぁぁっ!!」
疑問を思い浮かべながらも、反転し飛翔、突撃するタクトと切り結ぶ。先程は切り結ぶことはなく、互いに互いの体の一部を斬り裂きながら交差したが、今度は得物同士がぶつかり合う。
タクトお得意の斬り流しは――使ってこなかった。代わりに切り結んだ瞬間、僅かにスサノオの剣筋が乱れた。膂力ではスサノオに勝てないはずのタクトが、スサノオの一刀を乱すほどの威力があった。
『っ!??』
――馬鹿な、あり得ない。スサノオは振り返り、再び反転するタクトに目を向けた。すでに断ち切られた翼は再生しており、青いの炎が僅かに残るのみとなっている。
いくら精霊憑依をしたとはいえ、筋力がここまで上がることはない。加速した分を剣に乗せたのか、と思い浮かべるものの、しかし先程のタクトの豪腕はそれだけでは到底出せないだろう力が入っていた。
困惑するスサノオだが、頭に過ぎる疑問に答えを出すよりも先に、反転したタクトが突っ込んできた。三度目の交錯、同じようにすれ違いざまに一合だけ切り結んだ。
『っ!? 何故だ……っ!』
今度は剣だけでなく体勢まで崩された。顔を歪め、疑問を口にする。背後で反転したタクトを睨み付けるかのように鋭い視線を向け、一拍おいてハッと気づいた。
『――お前、まさか……』
突っ込んでこようとするタクトを見て、スサノオはあることを思い出した。精霊憑依が持つ、その特性を。
一つ、精霊を証に憑依させることで証と密接な関係を持つ肉体を変化させ、精霊が持つ特性を一部継承することが出来る。
一つ、憑依中、証には”知識”――魔力を自然物に変換、もしくはその逆を行うコベラ式の魔法の術式――を宿すため、法陣の展開と詠唱を行わなくとも証単体でコベラ式の魔法を発動することが出来る。
一つ――証に宿った精霊は、”魔力を吸収する”事が出来る。
――タクトの動きを阻害するかのような豪雨と暴風は、”タクトの周辺”だけ不自然に収まっている。だからこそ邪魔されずに飛行できたわけだが、問題はそこではない。
『――魔力を補充し、”体を強化させた”か……っ!!』
憑依中の彼は、周囲の自然を魔力に変換し、その魔力を精霊を介して取り込むことが出来る。今のタクトにとって、豪雨や暴風は動きを阻害する厄介な現象ではなく、魔力を補充してくれる“味方”であった。
――自然を味方に付けるのは、王の血筋だけの特権ではない――
その取り込んだ魔力を体全身に流し込み、筋力を強化。スサノオと切り結べる――いや、スサノオを上回る筋力を得たのだ。しかし魔力を用いた強引な身体強化は、大きな負担をかける。ましてや憑依を発動しているとなれば、この後の苦痛や疲労は相当なものだ。しばらくの間指一本動かすことはままならず、最悪体に障害を引き起こしかねない。
「あああぁぁぁぁっ!!」
だが今の彼の頭には、後のことなど微塵も考えていなかった。スサノオに突進してくるタクトは刀を振り上げる。――ただスサノオに負けるわけにはいかない、という思いと。
『っ!!』
突進し、間合いに入ったタクトが刀を振り下ろす。四度の交錯において用いて来た霊印流一之太刀・爪魔。改式ではない、つまり切断特化ではなく威力、衝撃を重視したその一刀は、防ごうとしたスサノオの剣を弾き、大きく体勢を崩させた。
――彼女を救いたい、という思い。
「これでッ!」
振り下ろした刀を翻し、さらに刀身全体を覆っていた魔力を刃に集中、爪魔を改式へと瞬時に変えるなり横薙ぎの一刀を放った。
その一刀、転移か神術を用いれば、スサノオは避けることが出来た。だが、そうしなかった。刀が迫る――その口元には笑みが覗いていた。
――誰かを救うために、誰かを守るために戦うとき、人は強くなれる。強くあれる。
『―――――』
――爪魔・改式は、スサノオの体を斬り裂いた。