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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
208/261

第27話 刀の章 戦いの場は


『―――――』


とある山の中、並び立つ木々の奥深くに、隠れるようにして一振りの剣が突き立っていた。横幅がある、無骨な長剣。柄に巻かれた布を除けば、全てが一つの鉄で造られた長剣である。その長剣を見下ろすように、銀髪に白い和服を着込んだ、身長三十センチ程度の子人が浮かんでいる。


腕を組み、目を閉じて考え込んでいるかのように唇をつぐんだ彼は、ただフワフワと浮かぶだけ。


――人がここを通ることはない。近くに歩道もあるのだが、そこから大きく外れた森の中にいるのだ。わざわざ道を外れ、深い森に自分から入ってくることはないだろう。


人のいない静寂の中、彼はただひたすらに剣の上を陣取っている。まるで剣を守るかのように――この地で誰かを待ちわびるように。


『――………』


宙に浮かぶ彼は、唐突に閉ざしていた瞳をすっと開いた。そして宙に浮かんだままゆっくりと後ろを振り返り、本来来るはずのない場所へとやってきた、招かねざる客へと視線を移す。


『……何用だ』


冷たく堅い声音で問いかける。だが、返ってきたのは銃に似たものから放たれる魔力の塊――純粋魔力による攻撃だった。


『………』


宙に浮かぶ彼目掛けて撃たれた魔力の塊――魔力弾は全て、眼前に展開された防壁によって防がれる。魔法陣による防壁ではなく、弾丸と同じく純粋魔力によって構成された防壁である。それが、何の挙動もなしに一瞬で展開されたことに、いきなり襲いかかってきた彼らは目を見開く。


「な………」


『………』


驚きに固まる、おそろいの灰色の衣服に身を包んだ六人。その手に握られた機銃――確かアサルトライフルといったか――も同じ。統一性の取れた彼らの正体は、衣服に描かれた紋章を見て看破する。


『……エンプリッターが、こんな辺境の地に一体何のようだ?』


――返答は、機銃から再び放たれる魔力弾だった。しかし、先程と同じく放たれた弾丸は全て防がれ――しかし、その数は先程よりも少なかった。唐突に襲いかかってきた六人の内、三人は銃弾を放ち、残りは大剣や手甲、鞭を手に襲いかかってきた。


唐突に現れたそれらは証だろう。しかし彼は慌てない。襲いかかってくる彼らを前に、ひどく冷たい瞳のまま見据えて――


「っ!?」


機銃の引き金を引き続けていた三人が息を呑む。すぐ側を何が凄まじい早さで通り過ぎていったからだ。――引き金を引く指が止まり、後ろを振り返ると、そこには証を手に襲いかかった三人が地面にひっくり返っており。


――その前に、無骨な剣を肩に担ぐ黒髪の男がいた。逆立つように、波打つように立ち上がった黒髪と、その身から発せられる怒気に、エンプリッター達は震え上がる。その男は、ゆっくりと背後を振り返る。


『……何のようかは知らん。だが、これ以上我の怒りを買うのならば……塵一つ残さずに消してやる』


先程まで地面に突き刺さっていた剣を肩に担ぐ男――否、”神”から発せられた怒りに、周囲の木々がざわめいた。鳥たちがいっせいに飛びだち、その羽音を大きく響かせる。


木々や鳥たちが感じたそれは、彼が発した怒りの、ただの余波である。――その怒りを直接ぶつけられた彼らは、表情を青ざめさせてがくがくと震えることしか出来ない。


『……この地で神を捕獲し、己の配下とする……か』


「っ!? な、何故……」


何故知っているのか。彼らの役目は、まさしくそれだった。神、もしくは神器を捕獲、回収せよという命令を、エンプリッターの拠点にいる者達から受け、それを実行するためにこの地に足を運んだのだ。


まさか俺たちの思考を――脳裏に仮説を立てた彼らに対し、まるで肯定するかのように頷いて、


『――これを気に、神を捕獲しよう、などとは考えんことだ。”我々”を侮辱するのならば、それ相応の報いを受けるぞ』


「ぬっ……」


『それと、我はまだ”優しい”ほうだ。他の神であれば、今頃貴様達はあの世の川を渡り、貴様達の血を引く者達は全員呪いをかけられ、末代まで祟られるだろうな』


「っ! ………けっ……!」


――言外に語っている。“今ならばまだ許すぞ”と。だが――彼らはいっせいに表情を歪めた。その“上から目線”がえらく気に入らなかった。我々は精霊使い――“精霊”に選ばれた、つまり選ばれた存在。


人の上に立つ我々が、”人が産み出した偶像”などに膝を折ることなど、出来るわけがなかった。


「ほざけぇッ!!」


残った三人は、いっせいに彼に向けて銃弾を放つ。――彼の後ろには、気絶した仲間がいるのに、そんなことなどお構いなしだった。怒りにまかせた銃撃は、その大半が外れて横たわる仲間達の体を穿つ。鮮血が吹き上がった。


『――愚かな』


ぽつりと呟かれた一言、それは三人の”背後”から聞こえてきた。しかし男達はそれを確認することなど出来なかった。彼は、右手に握る剣をふと振りし、こびり付いた血糊を落とす。


『仮にも”武”を司る神に対し、真っ正面から挑んでくるとは。最低限”あいつ”ぐらいの力量を携えてこい、馬鹿者共』


――剣を振った、次の瞬間。彼の背後で赤い噴水が三つ、吹き出した。首を巡らし、肩越しに背後を見て、すっと目を閉じる。


『肥大化した自我、傲慢は己を滅ぼす。……教訓にはしなくて良い。何せ――”生かすことなど、出来ないのだからな”』


ドサドサと、何かが崩れる音が木霊した。




気怠げに指で印を結ぶ。それだけで、森を穢した肉と血が消え去り、もとの山、森へとその姿を変えたのだった。


――……何のようかは知らん。だが、これ以上我の怒りを買うのならば……塵一つ残さずに消してやる――


その言葉通り、そこには塵も残さなかった。


『………いや』


エンプリッターと知り、一瞬脳裏に浮かんだ”前主の兄”の顔を思い出し、しかし首を振った。”今”の自分は、彼らとは無関係なのだから。手に持っていた剣を地面に突き刺すと、彼の姿は黒髪の美丈夫から元の銀髪の子人へと戻っていく。


『……ここで待つ。来るがいい、”桐生タクト”』


――生前、因縁深い山奥で彼、スサノオは待ち続ける。新たな主になりうるであろう少年の到着を。




瞼を閉じれば、今でも容易に思い出せる。


『――私は知ってました。あなたの苦悩も、苦しみも……』


歴史では語られない、もうどこにも記されていない記憶。最愛の妻との別れ。年老い、皺だらけとなった指で彼女の頬に手を添えた。――彼女の肌もまた、皺だらけであった。


『でも……あなたは知っていましたか……? あなたの信頼に答えなければならないと、ずっとその重荷を背負ってきたことを……』


『……あぁ』


しわがれた声で妻に告げる。――事の始まりは、彼女の心の強さを目の当たりにしたからだった。きっとあの日、あの八首の蛇を倒すと決意した時から、自身は彼女に負けていたのだろう。自由気まま、自分のために力を振るってきた自身には、彼女の強さは謎だった。


その強さも、肉体的な話ではない。もっと深い、もっと大事なところで。その強さを、自身は確かめたかった。見ていきたかった。


――その思いが、彼女に負担をかけていたことも知っている。何せ自分は元“神”なのだ“神”が教えて欲しいと頭を下げれば、その気がなくとも重圧をかけることにもなるだろう。だけど――


『だが我は……そなたのことが、何よりも大切だった』


――その思いがなんなのか、彼にはわからなかった。ただ大切で、愛おしくて、それを守るためならば命を捨てても構わないと、そう思わせてくる心。それを、人は“愛”と呼ぶのだろう。


彼は愛していた。たくさんの人々を、ではなく、目の前で寝たきりになっている妻のことを。


『それだけは確かだ。それだけは、これからも変わらない……』


『…………』


彼女は驚いたように、きょとんとした表情で夫を見上げて、しばしの沈黙の後、目尻から涙がこぼれ落ちた。口元に笑みを浮かべて、彼はその涙を指先で拭う。


『そなたには苦労をかけた。辛い思いをさせた。……良い夫では、なかったな』


『……ふふ、そうね。お世辞にも、良い夫とは呼べなかったわね……』


相変わらず、はっきりとものを言う妻である。だけど――そんなところも愛おしくて。寝たきりになり、皺だらけになった彼女はようやく微笑んでくれた。


『だけど私は……幸せ、だったわ。それだけは確か』


『……そうか。我は良い夫ではなかったが……そなたを、幸せにさせることは出来たのか』


『えぇ……私は、幸せでした……。……また……一緒になれますよね……?』


『……あぁ……一緒だ』


愛する妻に微笑みかけ、にっこりと笑顔を浮かべるのを最後に、彼女は眠るように息を引き取っていった。


 ~~~~~


「……………」


リュックを背負い、日本のとある町の携帯を持って固まる少女風の少年がいる。長めの黒髪を青い髪紐で束ね、小柄で童顔な彼は初めて来る町と、初めて扱う携帯に困惑していた。


「えっと……今ここにいるから……こっちだな……」


(しかし便利なものだな。僅か二年離れている間にこのようなものが造られていたとは……文明の利器というのは、広まるのが早い)


正しくは携帯ではなくスマートフォン、略してスマホと言い、このスマホにもさらに細かい種類があるのだが、今は置いておく。ともかく、このスマホの画面をタッチして操作し、目的地へのルートを確認する。


出発間際に叔父であるアキラから渡されたものだが、地球を二年近く離れている間にこんなものが普及していたようだった。彼はタイムスリップを起こしたような気分に浸り、やや苦笑い気味だ。


(それよりもタクトよ、これから行くのか?)


タクト――桐生タクトは、相棒である精霊コウの問いかけに内心で首を振り、念話で伝える。


(流石に来ていきなりはいかないよ。でもそうだね……今日は旅館に泊まって、今夜行こうと思ってる)


(今夜、か……)


これからの予定を相棒に話しかけ、タクトは歩き出した。手元のスマホに表示されたルートと周囲を見渡して進んでいく。目的地として設定してあるのは予約を取ってある旅館だ。


とりあえずチェックインしたら荷物を置いて、夜まで見て回ろうかな、などとやや観光気分になっている。これからのことを思うと気が重いのだが、だからといってそれに押しつぶされるわけにもいかなかった。


だから敢えて違うことを――楽しそうなことを思い浮かべて誤魔化そうとしていた。彼が来たのは島根県のとある町。目的地は鳥取県との県境にある船通山。


――かつて素戔嗚尊が八岐大蛇を退治した場所であった。おそらくスサノオは――天叢雲剣と一つになった彼はここにいる。神として、剣として、最も因縁深いこの場所以外考えられなかった。


今夜、家族であり、友人であり、自身の剣であったスサノオとの試しの儀を行う。


「………」


町を歩きながら見えてくる山の一角――あの山が船通山だろう――を見ながら、タクトは拳を握りしめる。あの山から感じる気配、アレは間違いなくスサノオのものだった。決意と覚悟を決めたタクトに、もう恐れもためらいもなかった。


 ~~~~~


「……何あれ……なんか箱っぽいのが凄い速さで走ってる……」


「アレは自動車って言うもんだ」


ほげーと視界から消えていく車を見ながら、茶髪の少女は驚きの声を漏らす。それに対してふぅっとため息をついた白髪の長身男性は呆れたように首を振る。


「お前にとって初めて来た異世界だ。物珍しいのはわかるが、あまり不思議がるなよ? 変なものを見る目を向けられるぞ。ただでさえ、お前は少し特殊なんだから」


「うう、少しは初心者相手に手加減してよぉ……。って、カルア、アレ何? アレ!」


白髪の男性――カルアと呼ばれた男の言葉に一瞬嘆きを漏らすものの、視界に入ってきた大きな建物にすぐさま興味が移る。十代半ば頃の彼女は、カルアの服を引っ張ってその建物を指さした。


「あぁ、アレ? アレは……建物だ」


「それは見ればわかるよ! あの建物は何に使ってるの!?」


「何かの店だろ。多分デパート」


「ほへぇ~。デパートって?」


「…………」


ふぅ、と大きなため息をつくカルア。やっぱり、フェルアント地球支部に置いてくれば良かった、と後悔し始めている。あそこなら、地球のことを自分以上に詳しく教えてくれるだろうに。


「……なぁ、初めてだらけでテンションが上がるのはわかる。だけどな、少し落ち着いて――」


「あ、カルア! アレは!?」


「人の話を聞けよおい!!」


――今からでも遅くないかな。こちらの話を無視して自分の興味に進む彼女に、カルアは吠えた。しかし爛々と目を輝かせて尋ねてくる彼女はめげずに聞いてくる。自身に絡んでくる彼女に、何故こうなったのかと自問自答したい気分だ。


(確かに人手はありがたい。しかしいくら何でも彼女はないだろう……)


フェルアント地球支部に所属する精霊使いであるカルアは、つい先日他世界での任務を終えて帰還。休む間もなく今回の任務を任された。しかし任務内容と自身の適正を考慮したのか、支部長である桐生アキラは一人付けると言ったのだ。


それが彼女である。実は彼女は、カルアが前任務である他世界で行っていた任務のさいに出会い、その後様々な事情が重なり地球支部に連れて帰ってくることになったのだ。おかげでギリやアキラ、その他地球支部の面々に散々からかわれる羽目となったのは記憶に新しい。


「……しっかし」


前をるんるんと上機嫌で歩く彼女の後ろに付きながら、カルアは周囲にくまなく気を配り、時折鋭い視線で建物や町並みを見やっていた。


「こんな所でやってほしくは――ん? どうした?」


周囲を見渡しながら歩いていたカルアは、前を歩いていた彼女が足を止めたのを見て首を傾げ、問いかけてみた。彼女はじっと視線をある方向へ向けたまま不思議そうに口を開く。


「……あの人……微かに”におい”がする」


「におい? どいつだよ……」


「あ、行っちゃった」


ぴくぴくと微かに鼻を動かしてにおいとやらを嗅ぎ取った彼女はある人物を指さそうとする。しかしちょうど指を指してカルアに示そうとした途端、道を曲がり姿をくらませてしまう。


う~んと首を傾げつつ、彼女は朗らかに笑った。


「でも大丈夫だよ。怪しい人じゃないよ」


「お前のその自信はどこから出てくるんだ」


「えへへ~」


「誉めてないぞ」


ニヤニヤと笑みを浮かべながら誇る彼女にしっかりと釘を刺し、カルアは例の人物が消えた方へ視線を向けた。一体何のにおいを嗅ぎ取ったというのだろうか、少し気にはなったが、彼女が大丈夫というのだから多分大丈夫なのだろう。彼女の頭をぽんと叩き、道を促した。


「行くぞ」


「うん!」


 ~~~~~


廃墟となった工場跡地に、大きな買い物袋を下げた男がやってくる。男は勝手知ったるといった様子で廃工場に入るなり大声を上げて仲間を呼び集めた。


「おーい! 帰ったぞ!!」


その呼び声を聞きつけ、わらわらと十数人がやってくる。男女も含め皆すすこけた服装になってしまっていた。この廃工場での生活――いや潜伏によるものだ。買い出しの男が袋からパンや弁当といった食料――どれも地球で作られているものではない――を取り出し、全員に仕分けていく。


「……やはり、この世界で収入源を見つけるのは難しいか」


「あぁ、難しい。……っていうか、働くのにも身分証明証が必要になってくるらしい。がちがちに固められてる世界だよ、ここは」


そのうちの一人の問いかけに、買い出しに行っていた男ははぁっとため息をつく。どうやら収入源とするために職を探しているらしいが、残念ながら難航しているみたいである。現に買い出しも、魔力反応に気を遣いながらわざわざ別世界まで行き調達しているのだ。


ふむ、と頷きながら聞いてきた男は肩をすくめて、


「……やはり、地球からは撤退するべきではないか? 確かにこの世界には無数に近い神器があるようだが、めぼしいものは支部に押さえられている。”野良”の神器もあの山で見つかったが、アレはもう我々の手には負えないだろう」


「確かにな。元々ここは桐生のテリトリーだ。運良く忍び込めたが、これ以上は限界だろう。……時期的にも、心情的にも」


――我々エンプリッターにとって、憎い敵である桐生アキラが支部を構えるこの世界は、言わば敵地である。そんなところに長期間滞在するのはかなりの精神的疲労となる。


いくらエンプリッター本隊の命令――神器回収――とはいえ、これ以上は無理だろう。あのとき見つけた神器も、回収班が一分も経たないうちに全滅したのを見て無理だと悟りもした。


幸い、別の世界で神器を二つほど回収しているため、戻っても何らかの罰則が下されるとは考えにくい。ここは素直に撤退するべきだろう。


――男の考えに皆も同意。地球から脱出するための準備を始めるのだった。


「――とはいえ、因縁の相手の敷地に入ったのに、挨拶もせずいなくなるのは不作法だよな?」


――ニヤリと笑みを浮かべる男は、ポケットに入れたままだった、何かのメダルを取り出したのだった。


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