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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第29話 剣の章 脱出への道筋~2~

人気のない街を走る数人の人影がある。黒ずくめの男が先頭を走り、それに続くように三人の男と、そのうちの一人に抱えられた一人の少女の集団だ。セイヤ達と合流し、街の中心街――つまり結界を展開した中心部へと向かう彼らは、すでにその場所へとたどり着こうとしていた。


「――しっかし、本当に人気がないな。一体どうなっているんだ?」


「……周辺の人間を眠らせたんだろうな。まぁ気配はあるし、危険な様子ではないから大丈夫だ」


エイリを小脇に抱えて走るセイヤがぽつりと漏らし、それを耳にした最後尾を走るログサが答えた。


「そんなことまで分かるのか?」


「あぁ、俺はちょっと特別でな。……ま、アイツほど特別じゃないんだが」


ちらりと後ろを振り返り不思議そうに聞くセイヤに頷き、先頭を走る彼を見やる。気配を読むことに関しては自信がある。それこそ、自然の加護を受けた者達と同等の自身が。


先導するトレイドの案内は、自分が気配を読んで避けるであろう道と同じである。おそらく、彼も――


喉まで出かかった言葉を飲み込み、ログサは走っていた足を止め上を見上げた。いつの間にか、街の中心街にたどり着いていた。当然、その一角にあるエンプリッターの建物もあった。だが、その建物周辺には見張りはいない――どころか、中からの気配も感じられなかった。


「……妙だな」


「えぇ……静かすぎます」


思わず漏らした呟きに、アンネルが頷く。気配読みは”血筋”や”到達者”だけが使える、というわけではないのだ。


建物――この世界におけるエンプリッターの拠点からは、生気というものを感じられなかった。中に誰もいないのだろうか。眉根を寄せる一同だったが、神妙な表情をしたログサの一言によって、前へと足を進ませる。


「……どちらにしろ、俺たちのやることは変わらねぇだろ? 行こうぜ……中に何がいても、ぶっ飛ばせば良い」


カッカッカッカ、と笑みを浮かべながら言ったその一言に、他のメンバーは頷いたりため息をついたり、様々な反応を示しながら足を前に出していく。――どのみち、ログサの言うとおりなのだ。


この建物の中に入らなければ、何も変わらない。建物のドアを開け、トレイドを先頭に中に入っていった。


「……罠が張ってある……ってわけじゃなさそうだな……」


辺りを見渡したセイヤが呟く。広間――玄関ホールからは魔力は感じられず、細い糸や小さな破片が転がっている、ということもない。念のためトレイドとログサにも確認したが、二人とも頷くのみだ。


「……人の気配がまるで感じられない……おそらく無人だが……妙だな」


「えぇ。俺たちが街に潜んでいるってことは多分向こうも勘づいているだろうし、結界を出した以上、俺たちが解除するためにここにくることも予測しているはず……」


――なのに、”何もない”。そのことが、四人に嫌な予感を覚えさせる。


「……とりあえず結界の中心地へ向かうとしよう。人がいないのも、もしかしたら”奴”が原因かも知れないしな……」


「奴? だれだそいつは」


顔をしかめながら歩き出したトレイドが漏らした言葉に、アンネルは問いただす。そういえば言っていなかったな、と説明時のことを思い出し、悪いと頭を下げながら、奥から感じる魔力を目指して歩き出した。


「実はさっきの偵察で――」


――正確には、歩き出そうとした。その途端、周囲から魔力が渦巻いた。


『っ!!?』


その突然の魔力――精霊使いとしては新米であるエイリでさえ濃いと感じる、濃密な魔力。――これは、転移術? ――まさかっ!


「……連中、やっぱ気づいていたか……」


転移の前兆と、後ろで結界が張られた扉を見ながらログサはチッと舌打ち混じりにぼやいた。これでこの建物から逃げ出すことは叶わなくなった。力尽くで結界を壊せばいけなくはないが、ここは街中――結界を壊した後の“余波”を考慮すると、それは論外である。


ガタガタと震え出すエイリを励ますように、ぽんっと頭に手を置いて、ログサは声を張り上げた。


「一点突破だ! 一気に中心まで行くぞ!」


「あぁっ!」


「了解です!」


「トレイド、案内よろしく!」


それぞれ証を取り出し、まるで案内人のような扱いを受けている彼の後を追いかける一同。彼らに向かって、転移してきたエンプリッター達が襲いかかる。


先頭を走るトレイドの剣閃が敵を仕留め、仕留め損なったものはやや下がって左右に構えるアンネルとセイヤの両刃剣と長剣が捌いていく。三人に囲まれるように中央にいるログサと、彼に抱えられたエイリはただ走るのみ。


転移してきたエンプリッターをなぎ倒しながら、五人はホールの奥にある通路に入り込んだ。この狭い空間では、相手側も数を頼りにすることは出来ない。生まれた多少の余裕に、トレイドは眉を寄せた。


(……あの広場に陣はなかった……ということは厄介な方の転移術か……この数のエンプリッターを、この場所に”正確に転移”させた……!?)


――転移術には、いくつかの種類がある。基本となるのは、入り口用の法陣と出口用の法陣を用いて、法陣間を行き来する転移術。こちらは決められた場所にしか転移できないが、安定した転移が可能。つまり意図しない場所に飛ばされる事故は起きない。


だが、目の前で起こった転移は二つの法陣を用いて行うものではない、不安定な転移だ。元々精霊使いは純粋魔力を用いる魔法が不得手なのだ。法陣を使わない転移など、失敗の方が多いぐらいだ。


――そんな転移術を、”正確に”使っている――その事実に、ログサは表情をしかめる。


(一体何もんだぁ……? ともあれ、良い予感は全くしねぇな……!)




「ふぅん……そっか、そっちが来たのか……」


――エンプリッターのアジト、最上階に位置する執務室で、フードを被っている男は頷いた。男が座るのは執務室の、この世界では質の良い椅子である。この部屋の主であるリーダーの姿はない。


「街中で暴れている”彼”対策にしたかったけど……こっちも無視できないよねぇ……」


どうしようか、とフードの男は独り言を呟く。だが当然、この部屋にはその問いかけに答える者はいない。しばし考え込んだ末に、彼は諦めたようにため息をつく。


「……ごめんね、”主”。彼らの相手は私には手に余るよ」


――でも、と彼は続ける。この場にはいない、”主”に向かって誓うように。顔を上げたその表情に、感情は浮かんでいなかった。


「でも……主が望む状況には、出来ると思うんだ」


そう言って、男は立ち上がる。目指すは下層――侵入者が目指している、結界の中心地であった。



「――さぁ、開幕の時間だよ――」



――その言葉は、一体誰に向かって言ったのか。男の背後で、蠢く影があった。




「――くそ、ドアはどこだ!」


――苛立ちを露わにさせたトレイドが、ついに吠えた。そして、その叫びに呼応するかのように二つの叫びが追従する。


「お前さっきからぐるぐる回ってるかと思いきやドアを探していたのかよ!」


「馬鹿かお前は!? この状況で何悠長に正攻法でやろうとしているんだよ!!」


セイヤとアンネルの叫びである。トレイドの案内に任せ、さきほどから同じ場所をぐるぐると回っていたのだ。次々と迫ってくる新手の相手をしている状況下で、同じ場所を回されてしまえば怒りが溜まるのも無理はない。


アンネルの怒りの叫びに、苛立ちを浮かべたトレイドは渋面のまま、


「だけどドアがなけりゃ向こう側に――」


「――俺に任せろ!」


トレイドが壁の一角を指さした。すると、先程から控えていたログサが、剣腹のない、剣のエッジ部分で構成された長剣を手に取る。その剣の表面を、風が纏い――


「粉砕するぜぇ!!」


長剣が二度、三度閃いた。剣閃に沿って現れた鎌鼬が壁の一角を切り刻む。彼が指さした壁に線が走り――一拍おいて、その線に沿って壁が崩壊していく。


「よし、この中だな!」


「……あぁっ!」


壁を粉砕して道を造り上げたログサに対し、若干やけくそ気味に頷いてその穴へと向かっていく。その背中をおって、呆れた様子のセイヤとアンネル、そしてカッカッカと笑い声を響かせるログサ、彼に抱きかかえられたエイリが続く。


「――?」


――その時、最後尾を走るログサに抱えられたエイリは気づいた。追っ手が、立ち止まったことに。


――そして、彼女は気づかなかった。正確には、気づく前に視界から消えてしまったのだ。ログサの足が思いの外速いのもある。だからわからなかったのだ。――立ち止まった追っ手が、糸が切れたかのように次々と倒れていくのを。




後ろの方から物音が聞こえたような気がしたが、先頭を走るトレイドには後ろを振り返る余裕はなかった。何せ意固地になってドアを延々と探し回ったあげく、けが人であるログサに道を開いてもらったのだ。情け無いことこの上なかった。


前を見据えて気配を頼りに突き進むトレイド。全員着いてきているのを気配で感じながら皆を先導する。壁を壊して強引に突入してからさほど時間をおかずに広間に出た。


円形の広間であり、天井は高い。その広間の中心地点に、脈動するかのように明減する法陣がある。――そして、そのすぐそばにはフードを深く被った何者かがいた。


――術者だろうか。だとすれば好都合である。ここで術者を倒してしまえば、結界は消滅する。トレイドは後ろにいるセイヤとアンネルに目配せすると、彼らも同じ事を考えていたのか、こくんと頷いて、武器を構えた。


「――待てお前等」


――しかし、それを止めるログサの声。見ると彼は、険しい表情を浮かべながらフードの人物を睨み付けていた。


「……あいつ……何者だ?」


険しい表情のままぽつりと呟く。それはきっと、独り言の類いだったのだろう。だが、フードの人物はそれに反応した。


「ここの番人、ってところさ。ようこそフェルアント所属のマスターリットと協力者達。歓迎するよ」


今まで背を向けていたフードの人物が振り向いた。残念ながらフードを深く被っているため顔立ちは分からない。――だが、トレイドの背筋に冷たい物が走る。


(……トレイド、あれは……)


(あぁ、あれは……)


彼の精霊であるザイも気づいたらしい。念話を使って問いかけてきた。それに対してトレイドも頷き、証を握る手に力を込める。フードの人物の正体は――


「……マスターリット、ってなんだ? あんた一体何のことを言っているんだ? 俺等はただ、上に張られた結界を解除しに来ただけなんだが」


ふいにセイヤが口を開く。その言葉に一瞬、眉根を寄せるトレイドだが、即座に返ってきた返答に察しが付く。


「惚けるのも疲れますよね……フェルアント本部所属、暗部マスターリット、桐生セイヤ殿。それに、アンネル殿も」


「………」


沈黙する二人。――つい忘れがちだが、マスターリットは暗部――つまり公にはされていない部隊なのだ。それを知っていると言うことは――


「……貴様、エンプリッターなのか? 少なくとも精霊使いではないだろう? ならば何故、やつらと行動を共にしている……いや、行動”出来ている”?」


――エンプリッターは基本、選民主義に浸かった排他的な組織だ。確かに、エンプリッターが”一般人”と組織の中に入れるとは考えにくい。少なくとも、精霊と契約を交わすぐらいのことはさせるはずだ。


アンネルの問いかけに、


「……ふふ、それは――」


悪戯っぽく微笑み、深く被っていたフードを上げた。――女性だった。豊かな茶色の長髪と二十代頃のきりっとした顔立ちの女性。しかし一番の特徴は、顔全体に刻まれた謎の刻印か。


「――そこにいるトレイド殿が、よく分かっていると思うが?」


「………」


――俺が気づいたことに、気づいたのか。いや、ある意味気づかないわけがないか。独りごちるトレイドは、仲間達の説明を求める眼差しに気づき、ふぅっとため息をついた。


「――そこにいる奴は、もう”死んでいる”」


「何……?」


「お前の”主”は素晴らしいまでに外道だな。骸に呪術をかけて使役する呪い人形……今となっちゃ、”人だったなにか”だ」


「――――っ」


彼の言葉に、一同は沈黙し、ほぼ同時に表情をしかめた。ただ一人、エイリのみ顔を真っ青にしている。一方、呪い人形だと判明した彼女は、ぱんぱんと手を叩く。


「ご名答、流石は浄化能力を持つ精霊と契約を交わした男。主が気にかけるわけだ」


「は、呪術を使うような根暗と友達になった覚えはねぇな」


「うん、主も友達になった覚えはないだろうね。何せ、貴方に殺されかけたそうだから」


「………?」


「覚えていない? 数日前……フェルアント学園で」


「―――あのときのクソガキかッ!!」


彼女の――彼女の遺体を弄ぶ外道の正体にたどり着き、珍しく汚い言葉を吐き出しながら呻いた。フェルアント学園が襲撃された際、自身の四肢に杭を打ち込み、さらにはレナのトラウマを刺激したあげく、苦しみながら眠らせた元凶――。


こみ上げる怒りを表現するかのように、彼の周辺の風がざわめく。ログサはそのざわめきを感じ取り、冷静さを失いかけているトレイドの肩をぽんと叩く。


「激昂するのは結構。冷静になれ……とは言わん。だが、自分を見失うな」


「――………」


「カッカッカ、聞き分けの良い奴は嫌いじゃないぜ」


独特な笑い声を上げながらトレイドを押さえつけ、隣に並ぶログサは抱えていたエイリを下ろすと証の切っ先を、呪い人形――彼女へと向ける。


「ガキがどうかは知らんが、お前さんの様子を見る限り、お前さんの主が外道ってことは揺るぎない事実みたいだ」


ログサの証から風が生み出される。生み出された風は、刀身をくまなく覆い尽くし、キィィィィンという耳障りな音を響かせていく。


「……皮肉なものだよな。”子は親に似る”なんてよ」


「……っ!」


ログサの呟きに、今まで無表情だった女の顔に驚愕が浮かぶ。満足したような笑みを浮かべたログサは”振り返り”剣を振り下ろす。それと同時に、傍らに精霊であるザイを実体化させたトレイドが人形目掛けて走り出す。


「―――――ッ!!」


「っ!? いつのまに…っ!」


ログサの一刀に沿って放たれた風の刃は、後ろにいたセイヤの真横を素通りし、一同の背後から襲いかかろうとしていた異形を吹き飛ばす。――しかし、今の一瞬しか見えなかったが――


「気配を感じなかった……」


「そういう奴なんだろうな」


アンネルが証を手に持ちログサに近づいてくる。今吹き飛ばした異形からは、確かに気配を感じなかった。彼が反応できたのだって、風の加護があったからであり、もしなければ気づくことさえ出来ず、背後からの不意打ちを喰らっていたことだろう。


「セイヤ、トレイドの援護を!」


「いや、アンネルとセイヤは俺の援護とエイリの護衛。人形の始末はあいつに任せろ」


「だけど――」


「人形の言葉が正しいなら、呪術に対して浄化を持つあいつは完全に天敵だ。任せても問題ない。対するこっちは、非戦闘員とけが人を含み、相手は気配を完全に断つ”化け物”だ……見た目も、だがな……」


眉根を寄せて、心底嫌そうにいうログサ。彼が向ける視線の先には、先程吹き飛ばした異形が転がっている。――ボールのような丸い体の至る所から、人の腕が生えていた。それも二本ではない。“十数本単位”で生えていたのだ。


さらには、胴体と思われるボール部分からも、目や鼻、耳も見受けられる。これは腕ほど多くはないが――それでも、どんな角度から見ても必ず三つか四つはあるだろう。それとは真逆に、ボールの中央部に巨大な口があり、そこから見え隠れする牙は鋭く尖っていた。


最悪なのは、それらが”生きている”かのように忙しなく動いていることだ。――一目見ただけで、生理的嫌悪を催すのは当然とも言えるような造形に、彼らでさえも眉根を寄せる。エイリに至っては、青白い表情のまま口元を押さえつける始末。まだ幼い少女には、目の前の異形の姿は刺激が強すぎた。


「……なぁログサ。あれ……」


「……」


セイヤが眉根を寄せて問いかけてくる。――彼も異形の姿を見て察したのだろう。あの異形の正体を。証から生み出される風を全身に纏い、風の鎧を装備したログサは剣を両手で握りしめる。


「……終わらせるのも、時として救いになる。俺はそう思う」


「同意見だ。アンネル、お嬢ちゃんのこと頼む」


「……わかった」


両刃剣――二振りの剣を柄で連結させた得物を持つアンネルは、セイヤの言葉に頷いて口元に手をやり跪く少女の側に寄っていく。一方、セイヤも己の証――長剣を取り出し、片手でだらりと下げて大先輩と立ち並ぶ。


「……気は進まないが……やるぞ、桐生の小倅」


「へいよ」


お互い軽めに声を掛け合い、たった一つしかない大口を開け、咆哮を上げる異形へと向かって駆け出した。


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