第28話 剣の章 閉ざされた街~2~
「お前等なんで中に入ってきているんだよ!」
ぜぇぜぇと息を荒げながら、トレイドは結界の外に出たはずの二人に声を荒げた。一度外に出た二人は、トレイドが間に合わないと分かるやいなや、小さくなった結界の穴をくぐり抜け、もう一度入ってきたのだった。
トレイドの叫びに、アンネルは諦めたかのようにため息をついて肩をすくめた。
「今回の任務の重要人物を結界の中においたまま、俺等だけ外に出られるか。それに分断された方が不味い。……主に中側の人選が」
「そんなに信用ないか!!?」
――何をやらかすかわからないし、と言わんばかりの疑いの眼差しをトレイドに向けるアンネルと、その隣でうんうん頷くセイヤ。トレイドは泣きたくなる。
とりあえず担いだままの二人を下ろし、その場でどかりと座り込む。エイリは軽い――しっかり食べているのだろうかと心配になるほどだが――ため彼女一人の時の疲労感はないが、ログサはそうもいかない。
その長身と鍛え上げられた筋肉ゆえに、ずっしりとした重さがのしかかり、それを担いだままの全力疾走は、かなり体力を消耗したのだ。それだけやっておきながら、結局結界からは出られなかった、という事実も徒労に終わり疲労感が増加する。
「はぁ……もういい」
「元気出して、トレイド」
ポンポン、と少女に頭を撫でられるのだが、トレイド的には惨めさが増すから止めて欲しいと思った。無論、それを言動で示すわけにも行かず、黙って撫でられていたわけだが。
瞬く間にほんわかした雰囲気を出す男と少女を放置して、冷や汗を流して表情を歪めるログサに近づく二人。アンネルは自身の師を見下ろし、セイヤは彼の傷の具合を確かめる。
「……傷開いているぞあんた」
「……年は取りたくねぇな。傷の治りが遅い」
腰を下ろした彼は、来ていた服をまくり上げ、自身の腹部を露わにさせる。――鮮やかな紫色に染まったそれがあった。痛ましいその傷に、アンネルは顔をしかめる。
「……内臓に来ているんですか?」
「あぁ。……普通にしてたら痛まないんだが……くそ」
先程の走りで痛み出したらしい。未だに脂汗を流している――が、ふぅっと深く息を吸い込むと、軽やかな動作で立ち上がる。痛みはあるのだろうが、あくまでもそれを感じさせない動作だ。
「……その傷、もしかしてルフィンとかいう?」
「あぁ。言ったろ、ルフィンとあって、やりあったと。その時にもらった傷だが……こうも長引くとはな……」
はぁ、とため息をついて腹部を撫でるログサ。ちなみにその雰囲気に気づいたトレイドとエイリも近づき、ログサの傷を見て目を見開いている。
「……それ、どうしたの……?」
「ん? あぁ、ちょっとな……」
今まで彼と共にいたのに、傷のことを知らなかったのか、エイリは震える声で問いかける。どうやら彼女には知られたくなかったらしい。どことなく居心地の悪そうなログサを見て、一同はそう思った。――まだ十歳に行くか行かないかの年齢の彼女に、これ以上の心労をかけたくはなかったのだろう。
「………」
しかし、どこか思い当たる節もあったのだろう、どことなく納得している様子の彼女に、セイヤは微笑みを浮かべた。――芯の強い子になりそうだと、そんなことを思い浮かべながら。
「ま、しばらくしたら治るだろ。……それより、これからどうするかだな」
自分の傷のことは放っておけ、と放置するログサ。今この場に、治療系の魔法が使える者はいないのだ。現状、治りが遅い自然治癒に任せるほかない。それよりも、結界に閉じ込められた今、これからどうするかを考えなくてはならなかった。
――もっとも、これからのことも、半ば強制的に決まりつつあったのだが。
「これからねぇ……まぁ、実質ほとんど決まったようなものじゃないか?」
「……? 何を言って……」
トレイドの言葉に、アンネルは首を傾げる。そんな彼に、トレイドは肩をすくめて
「魔力探知と転移封じが施された結界に閉じ込められた。だったら、これを壊すか解除するかしか脱出方法はない。とはいえ壊すと言っても、力業じゃ荷が重そうだ。なら、解除するほうだろ。……そして解除するとすれば、手っ取り早いのは起点となっている陣を壊す、だ」
――その陣は今、どこにあると思う? 朗らかに問いかけてきたトレイドが、その答えはセイヤとアンネルにとって、げんなりせざるを得ない物である。
核となっている陣を壊す、ということは、その中心点に行かなくてはならない。――結界を作った中心点がどこか、皆察しは付いていた。
エンプリッターの拠点である。
「それしかないけどな……まさか師匠が言ったとんでもないことを、やらなくちゃならないとは……」
「誰がとんでもないこと言ったって?」
じろりと不出来な弟子を睨み付け、ログサはニヤリと笑みを浮かべた。
「カッカッカッカッ。俺としちゃ、さっき言ったことが叶いそうで何よりだがな」
――エンプリッターをこの世界から追い出す。先程言った、冗談半分の提案。不承不承ながらも、その案に従うこととになるのだった。何故か上機嫌な様子のトレイドが、皆に問いかけた。
「で、いつ頃襲撃する?」
「今夜に決まっているだろ」
「――今夜!?」
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空に広がっていく不可視の膜は、当然誰にも見られることもなく街全体を覆い尽くした。その時、空を不思議そうに見上げていた者もいたがごく少数であり、その少数でさえもやがて首を傾げて普段の生活に戻っていく。まるで気のせいか、と言わんばかりに。
「…………」
しかし、それは気のせいではない。この世界に魔法はない。だが、魔力を微かに感じ取ることが出来る者は、どこの世界にもそれなりにいるのだ。所謂霊感という奴である。もっとも、魔力を感じるのだから、”魔感”というのが正しいだろうが。
それはともかく、人通りの多い道の中心、ど真ん中でぼけっと突っ立って空を見上げている金髪の男は、通行人からすればこの上ない邪魔な存在であった。現に顔をしかめながら、時には露骨に舌打ちをしながら彼を避けて歩いて行く。
「邪魔だよお兄さん」
「…………」
道行く人に、苛立ちを露わにしながら指摘されても、彼は何も答えない。ただ黙って空を見上げているのみ。それにつられて誰かが空を見上げるも、空は雲一つない快晴であった。
「晴れが珍しいのかねぇ」
呆れ混じりに誰かがそう言う。だが、そんなことどうでも良いと言わんばかりに彼は気にもせず、ただひたすら空を見上げている。――それが数分ほど続いた後、息を吐き出してようやく彼も歩き出した。
だがその歩みは、とりあえず歩くか、といわんばかりの方向性のない歩きで、あっちへ行ったりこっちへ行ったりと忙しない。他の通行人からは邪魔者扱いされていた。しかし、本人からすればそれがどうした、である。
金髪の男――ボサボサの長髪で、長めの金髪で片眼を隠すようにしている彼は、辺りを見渡して首をコキコキならす。
(……大胆なことをしてくれるな、連中も。……こんな事をされれば、流石に”手を下さざるを得ない”)
――“精霊使いの本分”を見失っている。我々は支配する側ではなく、支配するものに抗う。それが、精霊使いの――”力を得た者“が負う責務であり、義務である。
それをねじ曲げ、自身の都合の良いように解釈するのまでは許そう。――だが、ねじ曲げたそれを正義と掲げ、実行するというのであれば、こちらも容赦はしない。金髪の男ルフィンは、街を見渡しながらこれからの行動について、思いはせていた。
街の様子をあらかた確かめた後、彼は拠点としている地点へと戻ってきた。全体的に綺麗になっているこの街では珍しく、そこは様々なゴミが散らばっていた。紙くずやら誰かが脱ぎ捨てた古着、罅割れた皿に腐った何か。様々だ。
おまけにここの区画はどうも臭い。あちこちから異臭が漂ってくる。――何か、肉が腐ったような腐敗臭までしてくる。
ここは街による管理が一切されていない、不衛生な区画である。言わば街から見捨てられた場所なのだ。その場所に集まるのは、こちらも街や人から見捨てられた者達。――ごろつきのたまり場にもなっている。
――悪所。街の住人達からはそう呼ばれ、普通の者ならば決して近づかない区域だ。ルフィンはしばしの間ここを拠点に活動していた。
彼は悪所に入り、臭いに顔をしかめながらしばらく歩くと、ぼろぼろにすり切れた衣服に身を包んだ、見るからに悪臭漂う男達と出会った。焚き火を囲むように地面にどかりと座り込んだ彼らは、ルフィンに気づくといっせいに顔をしかめ、しかし何も言わずに再び焚き火に視線を戻す。
――ここを拠点とするために入り込んだ初日に、色々と”やらかした”結果、彼らはルフィンのことを関わってはならない奴として認識したらしい。どこの世界でも共通だが、長生きしたければやばい奴には関わらない方が良い。それを、彼らは弁えていた。
だからこそ、こうして自然と悪所に身を潜めることが出来るのだ。何かと悪目立ちする風貌をしているため(どうやらこのあたりで金髪は珍しいらしい)、ここで状況を見極める真っ最中であった。
(……さて。あの結界、どうしてくれようか)
拠点にしているボロ屋に入るなり、この辺りでは珍しい綺麗な椅子(あくまで比較的であり、ボロボロなのはかわらない)に腰掛ける。この椅子は、外で転がっていたものを適当に拝借したものだ。
(魔力探知の時点で面倒だったものを、今度は転移封じ。……無理矢理破壊は出来そうだが……)
先程空に広がっていった結界を見て、ルフィンは独りごちる。”本”の魔力を用いたり、こちらの全力の一撃を打ち込めば、もしくはあの結界を破壊できるかも知れない。――だが、その場合は。
「確実にばれてしまう、か……」
魔術、魔法を知らない世界では、その存在を秘匿しなければならない。なぜなら、時にはその世界の文化を”破壊”してしまいかねないのだから。
幸い、広がった結界は不可視の結界。――だが、結界である以上一種の壁であることにかわりはない。この街から出来ることは当然、入ることも出来ない。
結界が展開されて、まだそれほど時間は経っていないため、騒ぎにはならないだろう。だが、この状態が続けば、いずれ街から出られない、入れないといった騒ぎが広がっていくだろう。
――そうなる前に、片を付けねば。これ以上、”異世界の文化”がこの世界に影響を与えていくのは、見過ごせなかった。それに精霊使いとしても、これ以上の勝手な振る舞いは、正さねばならない、とも。
「……今夜だな」
静かにぽつりと呟いたその一言。己の掌に視線を落とし、こくりと頷いた。魔法、精霊の存在を秘匿しつつ、結界を解除する。それを同時に行う手段は、一つしかなかった。即断即決――今夜、ルフィンは結界を解除するために、エンプリッターの拠点に乗り込む。