第1話 始まり
異世界フェルアントーーいや、異世界という表現は失礼かもしれ無いなと、少年は思った。
(何故だ?)
唐突に頭の中に響いた声に、少年ーー桐生タクトは心の中で返した。
(僕にとってみればここは異世界だけど、ここの人たちにとってみれば僕のいた世界が異世界…。そう思ったから)
そう。タクトからしてみれば、紛れもなく異世界なのだ。ーー地球という世界出身である身からしてみれば。
そんな返答に、頭の中の声は、若干呆れた感じで答えた。
(……相変わらずだな。私には理解できん)
(まぁコウにとってみればね。でもそう言う物なんだよ、生まれたところに愛着がわいて…ね)
頭に直接響く声ーーコウにタクトはそう返した。
男性にしては長いセミロングの黒髪であり、中性的な顔立ちをしている。おまけに背も低く、スラッとした体型の為、少女に間違われたのは一度や二度ではない。
フェルアント学園の男子制服を着ていても、だ。
そんな外見的特徴をしているタクトは、周りの通行人達がチラチラと見てくるが、コウと話し込んでいてそれに気づいていない。
(…そう言えばタクト、じーー)
「おい、タクト! 何してんだ!」
(ーーは大丈夫か)
(……… コウ、今なんて言ったの?)
背後から聞こえた声を聞き、あぁ、あいつの声だ、と思い。
その声を完璧無視。コウとの会話に専念する。
(いや、だからじーー)
「おい、無視すんな!!」
「いっ!!」
いきなり背中をドンと叩かれた。
地味に痛くて、タクトは叩かれた所をなで、顔をしかめながら後ろを振り向いた。
そこには学園の制服を着た、見慣れた茶髪で長身の親友がいた。
顔立ちは男らしく整っており、その背の高さから17、18歳に見られることがある。
少女に見られることがあるタクトとは、対極にいる存在である。
ちなみに、二人とも15歳であるーータクトはもうすぐ16歳だが。
ともあれ、タクトは顔をしかめながら親友をにらんだ。
「いてててて…。…お前少し加減ていうのを覚えた方が…」
「なんだ、加減したら何発叩いても良いのか?マゾなのか、お前」
「違うわ!!」
親友ーー宮藤マモルの言葉を即答で否定した。
ハァーとため息をつきながら、タクトは話しかけた。
「一体どうしたの?学園に行くとしても、時間ならまだ…」
(…タクト、さっきから言いそびれているのだが…)
(? 何?)
ああ、さっきコウが何か言ようとしていたな思い出す。
コウが重々しく話し出す。
(時間がない)
「へっ?」
何とも間抜けな声が出た。
一瞬、コウが何言ったのか理解できなかったがーー数秒たつと、その言葉の意味を理解し。
マモルに話しかけた。
「……いま、何時?」
「えーと ……式が始まるまで、あと5分」
「………」
腕時計を確認したマモルから、時間を告げられ。
沈黙。ーーそして呆然と。
今のタクトを形容するならば、この二つが最も相応しいだろう。
そんなタクトを見て、マモルはシュッと敬礼じみた動きで手を振り。
「では、さらば!」
言うが早いか、そのままタクトに背を向け、全速力で走り出した。
それを呆然と見送りーー数秒後、我に返ったタクトも全力で走り出した。
「ま、待てーー!!」
~~~~~
遅いなー、あの二人…。
フェルアント学園玄関前。そこで一人の少女は待ちぼうけを食らっていた。
フェルアント学園の女子制服を着た、長い黒髪を首の後ろ辺りで軽く一つにまとめた、顔立ちの整った少女だった。
今日はフェルアント学園の入学式なのだ。そんな日に遅刻とは……と、思わなくは無いのだが。
少女ーー鈴野レナはそう思っていない。
「まぁ、あの二人のことだから、何とかして間に合わせるよね」
(そうだと思うよ~)
レナの一人言に、頭の中の声が答えた。
それを聞いて、レナはフッと微笑んだ。
どうやらレナも謎の声も、その二人の事を信用しているらしい。
だがその信用も、腕時計を見た瞬間、失いそうになった。
入学式が始まるまで、あと2分。
かなりギリギリである。流石にこれ以上は待てないと思ったのか、謎の声が呼びかける。
(…流石にヤバイよ。もう戻ろ)
「うーん……。あと1分」
だが、レナは待つ方を選んだ。ーー1分だけだが。
彼女の頑固さは知っているのか、謎の声は押し黙った。ーーもし動けるのであれば、やれやれと肩を竦めていそうである。
10秒経過ーー何も起こらない。
20秒経過ーー遠くの方で足音が聞こえた。
30秒経過。
「と、とーちゃーく!」
人差し指をピッと伸ばし、一位をとったぞ、と言うような表情でマモルが玄関から入ってきた。
だが、その彼を押しのけてタクトが続けて入ってきた。
「ぜぇ、ぜぇ…」
「おいおい…」
マモルは膝に両手をついて肩で息をしているのだが、タクトは息を乱すどころか、表情は涼しいままである。
そんなマモルに、タクトは冷ややかに言う。
「これぐらいで息を乱すなら、もう少し鍛えた方がいいよ」
「ハァ、ハァ。フ、魔力の扱いが無駄にうまい、剣術基本の体力バカ。精霊使いとしては常識はずれのお前に、言われたくない」
それを聞いて、タクトはムッとした。ーー確かに精霊使いとしては、剣術基本の体力バカは常識はずれなのだが。
詰まるところ、バカと言われたのである。
タクトが何か言い返そうと口を開くーーよりも早く、レナが割って入った。
「あのー二人とも。そろそろ時間が……」
彼女はあははと笑いながら言っているが、顔が明らかに引きつっている。
顔が引きつっているのは、男二人も同じであった。
そしてーー。
コーンコーンコーン
三人の故郷である地球とは違うが、紛れもない、チャイムの音が鳴り響いた。
「急ぐぞ!!」
マモルは叫ぶなり再び全力で走り出した。あとの二人も、それに負けじと走り出した。