第26話 それぞれの序章~剣~
「――エンプリッターの本拠地と思わしく場所を発見した、か」
「あぁ。とりあえず、町の中心付近には不用心に近づかない方が良いな」
「同感だ。今連中を刺激するようなことをするのは避けたい」
――名も知らぬ異世界にて、街の中心から戻ってきたセイヤとトレイドは宿のベッドの上でどかりと座り込んだアンネルにそう報告した。短髪で緑色の髪をしたリーダー殿は、二人の報告を聞いて頬をポリポリとかく。
「わかった、中心街に行くのは避けよう。……尾行されはしなかったよな?」
「大丈夫だ。何度もそれとなく確認してきたし、わざわざ遠回りしてきたんだ」
「何よりも俺たち、疑われるような怪しい動きはしてこなかった。……してこなかったよな?」
ちょっと心配になったのか、トレイドは相方に問いかける。するとセイヤはふぅっとため息をついて、
「聞き込みはしたが、それだって中心街じゃない。人目もなかったし……逆に、俺たちの行動を客観的に見て、怪しい奴だって思うか?」
「朝早くから聞き込みだから、見方によっちゃ怪しいだろ?」
「…………」
――そう言われれば確かにそうだ。だが、それだけで怪しいと感づく奴が居るのだろうか。もしいたら、かなりの感覚を持って居るぞ、とセイヤはため息をつく。どうもこの男、見た目に反して慎重派らしい。精霊使いとは言え、一人で盗賊もどきな行為を行っていたのだから当然かも知れないが。
「……トレイド、もしお前が俺たちの行動を遠くから見ていたら、やっぱり怪しいと思うか?」
「いや……ちょっと気になったりはするだろうな。自然体のくせに妙に”圧”がある……”手強そうだ”って。……それで大抵、こんな予感が大当たりだったりするんだよ」
個人の感覚に満ちたあやふやな言葉。だが、その言葉には妙に説得力が、重みがあった。
正直に言えば、セイヤもアンネルも、その言葉には身に覚えがあった。確証はなくとも、ただ”なんとなく”といった予感が、直接正解に導いてくれたことは幾度もある。特に相手は、直感力においては普通の精霊使いを大きく上回る自然の加護を受けた精霊使いだ。
ここはトレイドの意見を聞くべきだろう。そう判断したアンネルは、視線をセイヤから彼に移した。セイヤもアンネルと同意見なのか、隣にいる相方を見やっている。彼の言葉を待っているのだ。
「だから、念には念を入れて場所を移した方が良いと思う。――向こう側に、勘の良い奴が居ないとは限らない」
「――わかった。それじゃこの宿を出ようか。俺たちのせいで、ここの主人に迷惑をかけるわけにはいかないからな」
苦笑しながらアンネルはこの後の方針を固めていく。現状わかったのは街の中心街にエンプリッターの拠点があると言うこと。普段ならばひねり潰したいところだが、本部長自ら穏便に済ませてくれと言われている。ちょっかいを出して関わり合いになることもないだろう。
そして本命――捜し人であるマスターリットのリーダー、ログサはまだ見つかっていない。それにログサは、エンプリッターにとって裏切り者も同然の人物である。向こうの方からちょっかいを出してくる可能性もある。
「……なるべく早く、ログサを見つけ出したいところだな」
「同感。あまり居たいところじゃないし……なにより、アンネルの師匠的な人に会ってみたいぜ」
現状、ログサを見つける手立てが全くない。聞き込みは行っているがそれもあまり芳しくない。
「師匠、ねぇ……」
ぽりぽりと頬をかくトレイドは、二人とは違うことを考えていた。この町にいるであろう、彼にとっての恩人であり、師でもある人物。彼もまた、今回の捜索の対象であった。だがログサとは”合流”対象であるが、彼は”捕縛”対象である。
話し合いに応じてくれれば良いが――だが、それはおそらくないだろうということを、トレイドは分かっていたのだった。
――もし戦うこととなったら、あの人を退けられるだろうか。胸中の呟きをそのままに、彼は窓から差し込む朝日に目を向けた。
それから彼らは宿を出て、新しい宿に移ることにした。しばらくの間、こうやって宿を移り変わることになるだろう。ちなみに旅費については、日銭稼ぎ的な仕事を三人で行って稼いでいる。紙幣ではなく金貨を用いているため、魔術を使えばいくらでもごまかせるが、トレイド本人の強い要望によりそうなっている。
「義賊だからその辺は厳格なのか?」
「いや、ただ単に真っ当なことを言っただけだが?」
その一言で二人を封殺させた。最も、日銭など稼がなくとも郊外に拠点を造ればそれだけで事足りる。だが、街の様子を見ながら捜し人をするのならば、街の中にいた方が良いと言う判断だ。
日銭稼ぎだけでも、安宿に泊まってしまえばこっちの物である。どれだけ居住空間が悪かろうと、魔術を使えば一瞬で快適になる。自然物を司るコベラ式の魔法の便利さを改めて知ることになった。
「……しかし中々見つからないな……」
「人を隠すのなら人の中、っていうが……」
新しい宿を見つけ荷物を置いた後(きちんと施錠の魔術をかけておいた)、三人は街に繰り出して人捜しに明け暮れていた。だが、やはりこの人の多さだ、中々見つからない。
「魔力探知にも反応なし……反応あるのは例のあの場所ぐらいか……」
例のあの場所というのは、当然エンプリッターの拠点である。あそこから感じる魔力は多数であり、そこ以外にはない。その結果に、アンネルはふぅっとため息をついて、
「魔力を隠蔽しているのだろうな。当然か、我々もそうしているし、何よりも奴らが居る以上そうするほかない」
そうでなければ、一瞬で見つかりエンプリッターと交戦状態に陥る。何せ、この世界に魔法はないのだから。そんな世界で魔法が見つかれば、別世界の住人の仕業であることは間違いない。
「なぁセイヤ。さっき言ってたあの場所に行かないか?」
「あの場所? ってことは悪所か?」
エンプリッターの拠点の位置を確認した時に話していたこの町の悪所。彼らもその辺りの調査は避けていた場所である。これまでも何度か道行く人に聞いてみたが、彼らはそろって首を横に振り、嫌そうな表情を浮かべて行くのは止めた方が良いとだけ告げていた。
いわく、懐に忍ばせておいた財布がなくなる。いわく、ふらりと足を踏み込んだ途端後ろから殴られる。いわく、翌日死体になって道ばたに転がっている――どう聞いても良くない想像しか出来ないことを彼らは言っていたのだ。
余計な騒ぎは避けるべき――そう判断を下してその場所への調査は避けていた彼らだが、トレイドは首を振って、
「現状、騒ぎを避けてひたすら聞き込みっていう消極的な行動をしていたら、結局見つけるにも時間が掛かる。リーダーがいつまでもここに居る保障はないんだろ?」
「それはそうだが……だが、そこに聞き込みに行くのは何のためだ? お前はどうも肝心なところを抜かして提案するからな……」
「―――………」
アンネルの指摘に、目を瞬いたトレイドは頬をポリポリとかく。どこか言いづらそうに視線を逸らし、無言を貫いている。どうやら理由は言いたくないもののようだ。アンネルははぁっと盛大にため息をついて、
「トレイド、お前な……」
「……確証があるわけじゃないんだ」
小言を言おうとしたアンネルを遮って、トレイドは口を開く、そしてとある方向、建物の壁を見やっている。一瞬何をしたいんだと思ったものの、すぐにその方角は、例の悪所がある方面だった。そこに目を向けるトレイドは、ぽつりと呟く。
「確証があるわけじゃないんだ。だけど……どうしても、調べなきゃならない……そんな感覚を、あそこから感じる」
彼の言葉に顔を見合わせるセイヤとアンネル。直感で悪所を調べなきゃならないと感じているようだ。本来ならば後にしろと言うだろうが、相手は王の血筋――それも自然の加護を得ている。
そんな相手の直感だ。――証拠も何もないが、信じても良いような気がする。だが――
「……トレイド、その感覚はどんな感じだ?」
「どんな感じ? …………言葉にしづらいな……敢えて言うなら……」
目を細め、眉もひそめて必死に言葉を探しているトレイド。やがて彼は首を振り、
「……”血が騒ぐ”?」
「……」
――もしかして――
「……アンネル?」
「……わかった。だけどトレイド、ここからは別行動としよう」
そういったアンネルは、懐から魔法石――通信魔法と隠蔽魔法が刻まれたポータル――を取り出してトレイドに投げ渡す。突然の行動にぽかんとした表情を浮かべるトレイドに、びしっと指さして、
「何かあったら即連絡よこせ。……いや、”誰かいたら”、だな」
「……? まぁ分からんが……わかった。それとありがとな、わがまま聞いてもらって」
一瞬、訝しげに眉を寄せたトレイドを見て、アンネルは思う。――本人にも分かっていないらしい。だが、彼の思ったことが正しいのなら、おそらく――
「こちらは大丈夫だ。むしろお前の方が気をつけろよ」
「俺の心配よりも、悪所でつるんでる連中の心配しとけ」
言うが早いか、彼は踵を返して歩き始めた。その背中を見送りながら、セイヤはアンネルに問いかける。
「アンネル、何かに気づいたのか?」
「……お前は察しが良いな、本当に」
問いかけてきた彼に対して肩をすくめ、アンネルは捜索を再開する。その後ろに着いてくるセイヤに注意を向けながら、重い口を開いた。
「――嫌な予感がした」
それだけ。それだけを伝え、しかしセイヤにはそれがどういうことか分からなかった。首を傾げる部下に対し、アンネルは遠くを見ながら告げる。
――杞憂であれば良いんだが。遠くを見つめるその瞳には、ここには居ない第三者が映っている――セイヤはふと、そう見えた。
「あくまで予感だ。……そうならないことを祈ろ――っ!?」
言いかけたアンネルは突如目を見開き、何かに気づいたかのようにバッとある方向へ視線を向ける。それはセイヤも同じだった。目を向けたのは、トレイドが去って行った方向――ではない。彼とは別の方向だ。
「……セイヤ、今の……」
「……あぁ。”魔力反応”……」
魔力反応を感じた――それは、魔力を持つものを探知したということだ。それも中心街、つまりエンプリッターの魔力ではないと言うこと。
それに今の魔力は、エンプリッターから感じるそれと比べると小さく弱い。ちょうど、”子供の精霊使い”一人分の魔力。
「……どんな世界にも”例外”はある……そう思うよな」
「はい……」
アンネルの困惑するような表情に、セイヤも困惑しながら返した。彼もこの魔力を感じ取ったのだろう。
「こんな時に、この場所で見つけることになるとは思わなかったが……どうする、アンネル」
確証はないが、二人ともこの魔力についてある程度の予測が立っていた。今の魔力は、おそらく新米の精霊使い。精霊の存在が知られていない世界であっても、精霊がいないと言うことはありえない。何せ精霊は、”意思を持った自然”なのだ。自然に生まれることも十分あり得る。
だからこの世界のような魔力も魔法も、精霊の存在さえ知らない所でも、精霊使いが生まれる可能性はある。
――問題は、この新米精霊使いをどうするべきか、だ。
「……どうするべきだろうか……」
「………」
迷うアンネルとセイヤ。本来ならば保護しに行くべきなのだが、今は隠密行動中であり、さらにエンプリッターも今の反応を察知したことだろう。現に、魔力反応に動きが出て来た。
このまま保護しに行けば、おそらく連中と鉢合わせになるだろう。そうなってしまったら、フェルアントがこの世界に入り込んでいると言うことがばれてしまう。だからといって、ここで新米精霊使いを保護しなかったらエンプリッターに連れられて――最悪、自分たちに牙をむくだろう。
迷う二人に、突如アンネルのポケットに入っているポータルが輝き出す。――通信魔法だ。その相手を悟り、彼はポータルを取り出した。
ちなみにこれと、トレイドに渡したポータルには通信魔法と隠蔽魔法の二種類が刻まれている。この隠蔽が、魔力反応に察知されないように誤魔化してくれるのだ。だから、この魔力反応がエンプリッターにばれることはないだろうが――それでも、通信時間は短くした方が良い。通信を開始したアンネルは、トレイドに問いかける。
「トレイド、どうおも――」
『――”二人いる”』
――だが、アンネルの言葉を遮り、トレイドは口を開いた。二人いる――その言葉の意味を理解できず、首を傾げるアンネルとセイヤだが、続く彼の言葉に目を見開いた。
『今の魔力反応、微かにだけど”二人分”感じた。精霊使いと精霊の二人分じゃない、”精霊使い二人分の魔力”を』
「……どういうことだ?」
二人分――あったか? 眉根を寄せるアンネルだが、セイヤは思い詰めた表情を浮かべてアンネルが持つポータルに口を寄せる。
「トレイドさん、その感じた二人分の魔力、もしかして”すごく近かった”りしませんでしたか?」
『――あぁ、めちゃくちゃ近かった。それに、”かなり薄く感じた”』
トレイドのその一言がきっかけになったのか、セイヤは目を見開くとアンネルへ向き直り、
「――行きましょう」
「い、いやまて。俺はお前等ほど純粋魔力にはなれてねぇ! どういうことか説明――」
『精霊使いは二人いる』
「一人は新米の精霊使いで、もう一人は”魔力の隠蔽が出来る精霊使い”。つまり――」
セイヤの言葉にハッとした。――魔力の隠蔽が出来る精霊使い――そんな存在、そう多くはない。それが本当ならば、どのみち――彼らの元にエンプリッターがたどり着いてしまえば――
「――連中よりも早く見つけて、速攻で離脱するぞ」
「あぁ!」
『俺はどうする? そっちに合流するか?』
「いや、合流はしなくていい。――だが念のため、近くまで来てくれ」
『わかった! ――目的地までもう少しだったんだがな!』
愚痴るように言ったその一言を最後に、彼との通信が途絶えた。