第24話 これまでと、これからと~1~
セイヤと話をしている最中、変な様子を見せた彼はそうそうに話を切り上げ足早に去って行った。そんな彼を見送った後、タクトは眠っていたベッドの隣に折り畳まれている制服を羽織る。もう動ける――まだ微妙に手足を動かしづらいが、それも直になくなるだろう。
立ち上がり、セイヤが出て行った扉に足を向けるタクトだが、その途中でふと、ベッドの上で横たわるレナに目を向けた。――また後で来るよ、と内心で呟き扉を開けて医務室を後にした。
(――……む。タクト、起きたのか……)
(コウ……もしかして寝ていた?)
廊下に出て、これからどこに行こうか、と頭を悩ませる彼の脳裏に、相棒からの声が響いてくる。どこか本調子ではない様子のコウに問いかけると、
(あぁ。……そういうお前もか)
(うん。さっきまで眠っていたみたい……)
タクトの言葉に、そうかと告げるコウは、ため息をついて、
(憑依を終えた後のことを覚えているか?)
(ううん。……やっぱり、コウも覚えていない?)
(あぁ。どうやら憑依は、かなり体力を使うみたいだな……)
どうやらコウも、憑依が溶けた途端意識を失ってしまったらしい。おそらく、これ精霊憑依のデメリットだろう。憑依が溶けた直後、意識を保つのが難しいほどの疲労感。それに、体の節々がどうもおかしい。
(それはおそらく、お前の体が変化したことが原因だろう)
普通に動けはするが、動かすたびに違和感を感じる。筋肉痛――ではない。タクトが感じる、言葉に出来ない感覚を組み取ったのか、コウがそう告げてきた。
(変化した?)
(私を証に宿したとき、お前の姿が変わったのを覚えているか?)
問われ、コクンと頷くタクト。体のあちこちから生えた赤い羽根に一対の翼。背中から流れるいくつもの細長い金の尾羽に、赤く染まった髪の毛。おそらく瞳の色も変化したのだろうが、そちらは自分では確認できていない。ちなみに、瞳は金色に染まっていた。
(それが原因だ。あれは、”肉体そのものが変化した”状態だ。しかも変化してそれが元に戻る、という二回の変化を短期間で繰り返した。当然、肉体に掛かる負担も相当な物だろう)
(なるほど……そういえば、トレイドさんも言っていた……あれ?)
以前、憑依について軽くレクチャーしてくれたときに教えてくれたことだなと今更ながら思い出した。証が精霊を宿すという内部的変化が起こり、それにつられて肉体もそれに合わせて変化が起こる。
証と精霊使いの間には密接な繋がりがある。それを利用したのがこの精霊憑依だ。ちなみに、証を破壊されても精霊使いにはダメージはない。あくまで変化が影響するのは、内部的要因に関してのみだ。
だが、そこでふとダークネスと戦っていたときのことを思い出す。あのときトレイドは憑依を行ったが、解除した後も自分のように意識を手放したりはしなかった。辛そうにしてはいたが、それは魔力切れが近いせいだと語っていたし、現に数時間休めば元通りになっている。
「……初めてだから、なのかな……?」
(どうした?)
(あ、いや何でもないよ)
言われ、ふと独り言を漏らしていたことに気づく。トレイドの時は、憑依の反動はそうでもなさそうだったのだが、あのときの疲労感は耐えられるものではない。よしんぼ意識を保てたとしても、動くことはままならないはず。
――どうも自分とトレイドとでは、”事情が違う”気がするな……。最近、彼と自分とを比較してそう思えるようなところが目立ってきているような気がする。
まぁ彼の歩んできた来歴を思えば、比べるのもおこがましいか、と半ば苦笑を浮かべつつ自身を納得させる。体のつくりからして違うのだろう、とそんなことを思い浮かべながら廊下を歩いて行く。
(そういえば、お前はどこに向かって歩いているんだ?)
(………)
今更ながら気づいたコウの問いかけに、タクトは何も答えない。ただ気の向くままに歩いているだけか、と思ったが、しばらくしてようやく足を止めた彼がいる場所を知って困惑する。階段を上り、人気の少ない廊下を歩いて行く。
――昨日の一件があっため、生徒達は寮で待機という指示が出されており、人が少ないのは当然だが――それがなくても、その場所は元から人気が少なかった。
学園の奥にあるその一角は、昔は使用されていたようだが、今となってはほとんど使われなくなってしまった。というのも、昔は学園の授業で使用されていたが、今はその授業その者が閉講となってしまったのが原因だ。
学園は基本的に増築されるため、使われなくなった場所はそのままになってしまうことが多い。次第に清掃もされなくなり、やがて不気味な雰囲気を醸し出す空間と化してしまう。学園で噂される不思議体験も、だいたいがここで起こった出来事(ちなみに実話が多いらしい)である。
肝試しにはぴったりな空間ではあるが、生徒会の仕事でここに来たとき、コルダが真剣な声と表情で、「それには触れない方が良いよ。泣いてる女の子がいるから」などと、よく分からないことを言って以来、生徒会の面々は一切近づかなくなった。ちなみに当然、泣いている女の子などどこにもいなかった。
出来ればタクトとて近づきたくはない。だが、その時の仕事――主に使われなくなった資料を運び込み、その整理等をしていた時、ある一文を見たことがあった。
その時は気にもとめなかったが、学園に復学してから気にかけていたのだ。
「……以前資料整理で入った教室ってどこだっけ……?」
「確か、右から三番目ではなかったか?」
当時の記憶を思い返しながらぽつりと呟くタクトに、いつの間にか実体化した精霊コウが彼の頭上で指示を出す。
やはりこの場に長居したくないのだろう、タクトはいつにもなく早足である。コウの言う三番目の教室のドアを開けると、中から湿ったほこりっぽい空気が漂ってくる。
「………」
表情をしかめながらタクトは中に入る。こういうとき、属性変化術が使えれば――と思うものの、タクトには使えない以上どうしようもない。覚悟を決めて、資料保護のために分厚いカーテンが敷かれた暗い教室内に入る。予想以上に暗い。
「……これじゃ何があるのかわからないな……」
「明かりを付けようか?」
「頼むよ」
ポッとタクトの頭上で火の玉が灯る。コウが火を灯してくれたのだ、これで多少はやりやすくなる。そこを見回りながら、確かこの辺に、と記憶を頼りに探すタクト。早くここを出たいという意思がありありと見え、資料を探す目が忙しなく移り変わる。
「これじゃない……違う…………こっちでもない………違う………これ………これだ」
資料の背表紙、もしくは引き抜いて表紙を見たり、ぱらぱらと数枚ほどめくって中身の確認。どこに欲しい資料があるのか、ある程度の見切りは付けていたのだ。だからか、資料の数のわりに素早く見つけることが出来た。
よく覚えてたな俺、と自分を誉めながら手にした資料の表紙に目を向けた。――そこには、こう書かれていた。
――『人が持つ魔術に関わらない特異な力、その存在の有無と原因の考察』――
「……それは」
「これが、前から気になっていた物だよ」
魔法由来ではない特異な力――異能――その存在は、公には知られていないが一般人の間ではなじみ深い物だった。それは古くから超能力の類いとして見られてきた物であり、当然精霊使いとて魔法を用いれば(端から見れば)超能力じみた行いを平然と行使できる。
だが、それには魔力という”力の源”があり、それを行うための”力の行使の仕方”(魔術)を知っているからだ。つまり魔力(力)を持ち、魔術(原理、過程)を教えられれば、誰にでも魔法(結果)は使うことが出来る。
一方異能――超能力は、”人の意思”のみで行使できる特異な能力。原理も過程もすっ飛ばして、結果だけを引き起こす力――魔法と異能を区別するとすれば、それだろう。
最も、正しくは異能でも超能力でもないのだが――それは置いておこう。というか、その件に関してはおそらく“一部の例外を除き”知る者はいないだろう。タクトとて、記憶感応がなければその名前すら知らなかったのだから。今となっては、失われた名前である。
「とりあえずここを出よう」
「わかった。……所で、それを借りることを伝えなくて良いのか?」
「大丈夫だと思うよ……。ここ、使われなくなった資料を置くところだし、それにほら」
タクトはそう言って、近くにあった棚から適当な資料を取り出し、中をパラパラとめくってみる。――紙は黄ばみ、所々虫食いの後がある。字も薄くなり見えづらい箇所が数多くあった。保存状態は良くない。
「大事な資料はきちんと別の場所で保管されてるさ。ここはゴミ置き場みたいなところだよ」
「ゴミ置き場……まぁ、説得力はあるがな……」
頭上のコウは、呆れ混じりにため息をついた。タクトの言うとおり、確かにここはゴミ置き場と言っても過言ではないだろう。タクトが目的の物を探している最中も、他の資料をちらりと見たが、表紙の内容的に処分しても問題はないと思われる。
――なぜなら、大半が”魔法を使わない”技術の考案、もしくは考察だった。それも科学技術――ではなく、所謂”オカルト”の類いに関するものである。どうにも胡散臭い物ばかりだった。
胡散臭さで言えば、タクトが見つけた資料もそうなのだが。実際、タクトも記憶感応で知り得た知識がなければ、こんな物思い出すこともなかっただろう。
おそらく学園も、この手の資料をどうするべきか、思い悩んだことだろう。捨てても構わないと思われる一方、他の異世界でこの手の話が持ち上がることはたびたびあり、何かに使えるかもということで残しておくことにしたのだが――結局こんなところに埋もれてしまった訳である。
「物を捨てられない主婦か……」
コウの呟きに、タクトは苦笑いを返すだけに止めておいた。学園の態度を一言で表すのならば、まさにそれだろう。
「もう処分しても良いんじゃないかなって、ここの整理に来たときも思ったけどさ……でも、おかげでこれを見つけられたし」
タクトが手に持つ資料に目を移し、コウは問いかける。
「それに、お前が知りたいことは書いてあるのか?」
「書いてない可能性の方が大きいと思うよ」
「そうか………は?」
――ちょっと待て。あまりにも自然な流れだったので思わず頷いてしまったが。この相方、今何と言った?
「……書いてない……?」
「まだ読んでないからわからないけど……まぁ、書いてないかもね」
驚きの声を上げるコウに、タクトは苦笑いを浮かべながら資料を持ち上げた。書いてない可能性の方が大きい――それを分かっていながら、何故タクトはそれを探したのだろうか。
「知りたいこと……その”答え”は書いてないと思う。でも、その答えに繋がるヒントは、多分ここにある」
その資料を読んでも、直接答えには繋がらない。だが、その答えに繋がるヒント――道を見つけることは出来るはず。タクトはそう考えていた。頭上で首を振るコウは、つぶらな瞳を半開きにして問いかけた。
「……お前が知りたいことと言うのは何なのだ?」
――急にオカルト関連の資料を見つけて、それをヒントにする――相棒に対してやや言いづらいが、変な宗教団体でも設立する気かと疑いたくなる。もしや、自身と憑依を行ったことでどこか精神に異常をきたしてしまったのか。そんな事が脳裏に過ぎった。
だが、タクトは資料を片手にコウの問いかけに答えた。
「――”心象術”」
「………っ!」
――その一言に、コウは目を見開いた。それと同時に、タクトは口には出さず胸中呪文を呟いた。強力な自己暗示――自らの精神を深く墜とす、タクトだけが持つ呪文を。
――ガーディアン・フォース――
脳裏に浮かび上がる、“あの風景”――それを焼き付けながら、タクトは廊下を歩き続ける。
『心象術ってのは、個人の心象世界に大きく左右される術だ。ほぼ全ての人間に等しく扱える可能性がある』
どこかで聞いたことがある――記憶感応による追体験で、とある人から言われた言葉だ。それを思い出しながら、タクトはまっすぐ前を見据える。
(……試してみる価値はある……)
決意を新たに、彼はぐっと拳を握りしめた。