第10話 放課後の戦い~4~
よっしゃー、テスト終わったぜ!!
アイギットが放った氷塊。それを土の属性変化で壁を作り何とか防いだ後、身を隠しタクトを囮にする。二人の得意分野を考えると、彼を囮にした方がやりやすいのだ。ともかく、マモルはタクトの動きを見つめながら呪文を詠唱し、足下に土色の魔法陣を展開。タイミングを伺う。
だが、アイギットも見事なもので、水の属性変化を使い氷の塔を生成した。
(……嘘だろ-)
唖然とした表情で彼が作り上げた氷の塔に目を奪われたが、すぐに我に返った。が、彼の相棒はまだボケらっとしたままだった。
それを見て、マモルは思わず声を荒げる。
「馬鹿、足を止めるな!」
その一言でやっと我に返ったようだがもう遅い。氷の塔に一気に亀裂が走り、崩れていく。大小様々な氷の破片が迷うことなくタクトへと殺到していく。
(あの馬鹿っ!くそ、間に合え!)
毒づきながらマモルは属性変化術を唱え直し、火の術式に作り変える。一度展開させた土色の魔法陣が、一気に赤く染まっていくのを見るなり、マモルはそのまま陣を巨大化させる。ちょうど、アイギットが展開している魔法陣と重なり合うように。
二つの異なる属性を持つ陣がピタッと重なると、変化は一気に起きた。
ジュウッと熱した鉄を水の中にぶちまけた音が鳴り、蒸気が一気にあふれ出る。それと同時に、二つの魔法陣が反発し合い小さなパリスが周囲に走り出す。
「なっ!?」
「マモルっ!?」
いきなりの現象にアイギットは驚愕の表情を露わにさせ、タクトは純粋な驚きと確信に満ちた声音を出した。そして、赤と青両方の陣が点滅を開始するなり、作り出されていた氷が、一瞬ぶれたように見えた。
(っ!まずい!)
属性変化とは言わず、全ての術式には弱点がある。それは三つほどあり、一つは自然消滅。どんな術式も、永遠に展開できるわけではないのだ。二つ目は術者がそれを止めること。ちなみに、それは”死”を意味することが多い。
そして三つ目。”魔法陣を破壊する”こと。
氷の破片がタクトに向かって降り注ぐ一方、その氷自体が消滅を開始していた。それが目に見える段階にまで来たとき、アイギットは内心焦りでいっぱいだった。しかし、
(消滅しきる前に、奴をたたく!)
顔をしかめながらも、彼は諦めずに氷塊を振り落とさせる。周りから発生している蒸気が、タクトの体を隠しているが、それでも構わない。氷塊が、タクトがいるであろう場所に落ち、二回程砕ける音が響き渡った。
しかし、そこまでだった。ピンッという何かがはじける音と共に魔法陣が消滅。砕けた氷塊は跡形もなくなくなっていた。
発生していた蒸気までもなくなり、今目の前を覆うのは、氷塊が地面に衝突した際発生した土埃。もくもくと吹き上げるそれを睨みつけるように見ていた。
異なる魔法陣を無理矢理融合させようとすると、こう言った現象が起きる。マモルは、それを利用したのだ。
「ち、ふざけたまねを……」
舌打ちと共にアイギットは吐き捨てた。しかも、自ら無理矢理打った氷塊のせいで土埃が上がっており、完全に視界が奪われている。
仕方なく風の属性変化術を唱える。が、その時何か声のようなものを耳にした。思わず聞き耳を立て、
「霊印流 弐之太刀ーー」
「え……」
そんな声が聞こえ、思わずアイギットは間抜けな声を出してしまう。
そう言えば、爪魔が一で、瞬牙が三だったなと。思わず自分で悠長に考え事するなと突っ込んでしまった。頭を左右にぶんぶん振り、雑念を追い払う。
「飛刃」
ーー飛ぶ刃ーー
突然、土埃を切り払い、三日月状の刃物が飛んできた。
「っ……!」
いきなりのそれに驚愕の表情を見せ、しかしすぐに目の前に防御魔法陣を展開させる。刃物が陣に衝突、数秒の間拮抗していたが、やがて飛んできた刃物の方が光の粒子とかし四方八方に分散、消えていった。
光の粒子となったそれを見て、アイギットは目を見開いた。
(今の、魔力の塊!?)
魔力を刃に集め、それをいきよい良く振るい、飛ぶ斬撃とする。それが弐之太刀、飛刃。
もちろんアイギットはそれを知らないが、霧散したのが魔力の粒子とわかったのはたいした物である。しかし、わかったところでどうにもならないのだが。
(どう言うことだ……!)
魔力を刃として飛ばす。確かに、精霊使いの戦い方としてはあまりにも不自然だ。と言うのも、精霊使いの戦い方は主に術を使っての戦闘である。なのに、目の前の相手は術を使わず、魔力での戦いだ。術を使ったのも、偽物を使ってこちらの目をごまかした時だけ。あまりにも、少ない。”術を使った回数が”少ないのだ。
その不自然さを胸に、アイギットは思考を走らせる。
(大規模な術でも使うつもりなのか……)
確かに、これはあり得そうだった。現に今彼が相手しているのはタクトのみ。先程からマモルの姿を見ていないのだ。どこかに隠れての不意打ち。これがとても有力的だった。
「……一つ聞きたい」
「うん?」
アイギットは目を細め、訝しむようにタクトに目をやった。
「何故、術を使わない?」
問いはとても直球的だった。彼にしてみればあまり遠回し的な問いかけは苦手だし嫌いなのだ。家柄のため、そういうことは言ってられないのだが、嫌いな物は仕方ない。そう言う事はなるべくしないように心がけている。
それに、どこか相手もそれなりに素直に答えてくれるーーそんな気もしたのだ。
タクトはああ、そのこととばかりに頷き、
「僕、術って使えないんだよね」
帰ってきたのは、その言葉だった。
「……は?」
あまりのことに、一瞬、二の句が告げられなくなり、はぐらかしたのか、と思った。
「どう言うことだ」
「いや、別にたいした物じゃないんだよ。ただ単に体質。先天的異常……だっけ?」
それを聞き、アイギットは目を見開いた。まさかーー
「不反応症候群……か?」
「そう、それ」
彼が呟いた言葉に、軽く頷きながら陣を展開させるタクト。一言呪文を唱えるが、全く陣は反応しない。白いままである。アイギットが聞いた感じ、何処もおかしいところはないはずなのに、だ。
不反応症候群ーーいくら呪文を唱えても、いくら術に関する知識があっても、肝心の呪文が反応してくれない。精霊使いとしては致命的な病である。それを、彼は患っていたのだ。
ーー”練習量”という点においては多分俺やお前以上だぜーー
先程、マモルが言っていたことが、やっとわかった。彼は自分以上に強くなろうとしていたこと。同時に、自分はなんて腑抜けだ、とも。
(確かに、甘ったれだな)
俯き、フッと微かに笑う。彼らの事を面白くないと思っていたを恥じた。しかし、やめようとは思わなかった。
ここでやめたら、それこそ真の腑抜けだ。だからーー
「ーー宮藤マモル。それから桐生タクト」
「何だ?」
「?」
どこからかマモルの声が聞こえ、目の前にいるタクトは無言で首を傾げた。その反応に、俯き口元に笑みを浮かべたまま、
「先程の非礼をわびる。そしてーー」
顔をスッと持ち上げ、タクトをーーそして、目の隅にマモルの姿を見た。そこにいたか、と苦笑いを浮かべかけたがすぐに引っ込めた。
「真剣勝負だ。ーーいくぞ!」
そのままレイピアをスッと構え、同時にアイギットは呪文を唱えた。いくつもの青い陣が展開され、それらから氷塊が作り出される。
彼の真剣な眼差しを受け、タクトは驚き、マモルは笑みを浮かべた。
「その気になったか……。よし、タクトっ!行ってこいっ!」
「マモルも行くんだよっ!」
コントなのかどうなのかわからない掛け合いと共に、タクトは刀を構え、マモルは呪文を唱え始める。
「霊印流壱之太刀ーー」
「いくぞ」
タクトの刀に魔力が纏い、離れたところにいるマモルの周囲に赤い陣が展開される。
そして、そのまましばらく時間が止まったかのような硬直。しかし、それは無限には続かない。三人は、やがて示し合わせたように同時に飛び出した。