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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第23話 納める刃、振り上げる拳~3~

「……やれやれ」


金髪の少年は、自室の椅子に深く腰掛けながら肩に負った深い傷を見やり、ため息をついた。その傷は巫女が放った剣矢によって受けた傷。理の力が宿っていたためか、傷の修復が遅い。おまけに、少々力をそぎ落とされている。


「ま、この傷もしばらくしたら直るし、いいか。もう当分僕が動くこともないし」


この傷を受けたのは予定外だったが、それでもこちらの思惑通りに事は運んだ。――組織的にも、個人的にも。傷口から外に流れていく魔力からは目をそらし(傷口が塞がるまで魔力は垂れ流し状態だが、魔力量的には問題はない)、少年はポケットにしまい込んだ“それ”を取り出した。


彼個人の思惑は、向こうの現時点での戦力の把握、レナの封印の解除。そして、”彼”に向けての”ちょっかい”であった。


「あそこで君と戦っても良かったんだけど……それじゃ、”つまらない”。……親の甘さに、感謝すると良いよ」


ポケットから取り出した“それ”を、自室の明かりに照らしてみせる。それは、一本の長い黒髪であった。何故そんな物を持っているのか――彼は光にかざすと溶けて消えてしまいそうなほど細いそれを眺めながら、


「……それにしても、綺麗な黒髪だね……ふふっ……」


――彼が籍を置く組織、エンプリッターでは、フェル・ア・チルドレン達を血眼になって探している。それは、彼らは時の権力者達が欲して止まなかった物に、たどり着ける可能性を持っていたから。


チルドレンであれば、その番号は関係ない――例え完全な異形の姿として産み出された№1や№2でも構わない。出来るならば№7が望ましい、というだけである。ただ条件を付けるのならば、できる限り無傷で彼らの元に連れてこい、ということだ。


フェル・ア・チルドレンについての研究はまだ途上にある。検体は多いに越したことはないのだ。――しかし。


「それにしても、あの人達は馬鹿なのかな。”一部でも構わないのに”」


その№7の体の一部でも十分――彼はそう知っていたし、それを手にしていた。たった一本の髪の毛であろうとも、彼らが求める研究にとっては貴重な物である。これを手土産にすれば、部隊一つを丸々失ったことも咎められないだろう。――しばらくの謹慎が命じられるのだ。


だからこそ、しばらく体を休めることが出来るのだが。


「――失礼します。頭がお呼びです」


「……わかった。ちょっと待っていてくれ」


と、ちょうど自室のドアをノックする音と共に、少し堅い声音が呼びかけてくる。もうこの手土産を渡すときが来たのだ。彼は椅子から立ち上がると、髪の毛を再びしまい込み、ドアを開けるのだった。


――まぁ、この髪の毛を渡したところで、君達にフェル・ア・ガイのことがわかるはずないんだけどね――


内心で見下しながら、彼は呼び出した彼の後を追う。


向こうは特異な力を持つ自分を利用するつもりのようだが。逆に利用されているのは、どちらなのか――それに気づけていない彼らに対し、侮蔑するような目を一瞬浮かべるのだった。


 ~~~~~


飛びかかってくる狼に対し、彼はすっと体を引いてその動きを見極め、父親譲りの体術を持ってかわすなり肘打ちを叩き込む。回避と攻撃が一体になったその動きは、狼の腹部を強打させ、吹き飛ばす。


吹き飛ばした狼を視認せず、彼はその場で回転し背後から襲いかかってくる狼に回し蹴りで蹴り飛ばし、狼の群れに返してやる。


二転三転――こちらを囲むように現れた狼の群れを次々とはじき飛ばしながらも、彼は息一つ乱してはいなかった。逆に数という点で圧倒的に有利な位置にいる狼たちの方が押されていた。


『グルルゥゥゥッ』


『………』


『っ!!?』


威嚇するようにうなり声を上げる狼。だが、その後ろ足はやや引き気味である。それを目敏く見つけた彼は、狼たちを睨み付けたまま強く一歩を踏み出した。


途端にびくりと体中を振るわせた狼たち。彼らも野生の本能で察したのだろう。これは無理だ、喰えない、と。目の前の人間を捕食するために襲ったが、逆に打ちのめされていく――これでは割に合わないと、そう思ったのかは定かではないが、今の彼の行動によって狼たちはちりちりに去って行った。


『……ふぅ……』


ようやくか去って行ったか……とため息を漏らす彼。狼たちも狩りに長けている以上、その危険度も相当な物だ。それを一人で、しかも生身で撃退したのだ。その疲労――特に精神的疲労感は相当な物だったはずだ。だが、その疲労感を表に出さない脅威のタフさに、拍手の音が鳴る。


『お疲れ』


『そう思うのなら少しばかり手を貸してくれても良かったのではないか? そこにある剣を渡すとか』


拍手の音は、彼から見て右上――木の上からした。だからこそ狼には襲われなかったのだが、しかし襲われた当時彼は一人であり、木の上には誰もいなかったのだ。


つまり彼は、途中から彼を見つけて木の上に避難し、観戦していたのだ。わずかばかり責めるような視線をもらった木の上にいる彼は、肩をすくめて、


『僕のような肉体労働が苦手な人に何を頼むのさ。剣を取って君に渡しても良いけど、ここから投げたら逆に君が危ないんじゃないのかい?』


『……そうだな。お前の投擲技術は子供が作った弓の方がまだましだ』


『ひどすぎない?』


彼の酷評に、木の上の彼はショックを受けていた。だが冗談であることも分かっていたために、追求はしなかったが。狼と戦っていた彼は、木に建てておいた二本の飾り紐のついた剣をとり、腰に吊った。その姿を見て、木の上から声が降ってくる。


『うん、様になっているじゃないか。ところで、”王の剣”と呼ばれる君が、どうしてこんな所に来たんだい?』


『ちょっとな……ところで、”王の剣”とは?』


なんだそれは、とばかりに見上げてくる彼に、木の上の彼は首を傾げる。


『あれ、初耳? 最近広まってきた君の呼び名だよ。僕たち”六賢者”が自然を持って王を支え、”王の―”がその知識を持って王の導き手として……なら君は、その武術の強さを持って王を守り、外敵を撃つ”剣”』


――そういう意味合いで付けられたらしいよ、と木の上で語る彼は、自身のことでないのにもかかわらず得意げであった。反対に王の剣と呼ばれた彼は、首を傾げ難しい表情をしている。


彼とは真逆に、自身のことだというのに実感がわかない様子――そんな剣に、木の上の彼は肩をすくめた。


『なんか納得してなさそうだね』


『……いや、その名は……周りの奴らが勝手に付けたのだろう? 弟と似たような語感。少々、俺には荷が重い、と思ってな……』


『あぁ……相変わらず、君は自分の事を低く見るよね……』


自身に対し過小評価を下す――それは幼少の頃からずっと感じている“王の―”――弟に対して抱き続けてきた劣等感からだろう。それは彼の根底を作り上げてしまっていた。おそらく、自身に対する過小評価はけっしてなくなることはない。


『何度も言うけど、君は強い。君自身が思っている以上に……王も僕たちも弟も、君になら安心して背中を……ううん、”命”を預けられる』


『いや、命ってお前……』


――その過小評価があったからこそ、彼はここまで強くなったのかも知れない。そしてその過小評価が、さらなる向上心に繋がっているとは皮肉であった。


苦笑いをしてそれはない、と首を振る剣に、彼はため息をつく。


『大真面目さ。……王も言っていた。君はこの地を脅かす敵を屠る剣であり、同時にこの地を守る盾でもある。戦いの折、先頭に立って剣を振るう君の姿は――』



――多くの人の心を、動かしてきたんだ――



 ~~~~~


――ふわりと、水面に浮かび上がったかのようにして、彼は意識を取り戻した。ぼんやりと明るさを感じ取り、ゆっくりと瞼を持ち上げていく。白い天井に、周囲を覆われたカーテン。辺りから感じられる、消毒液の香り――だが、どうも慣れた消毒液のそれではない。


「………?」


長い夢を見ていたか、長く横になっていたかのような気怠さ。それを感じながらも、彼――桐生タクトはぽつりと呟いた。


「ここは……」


呟き、自身の声のしわがれ具合に驚いた。喉が渇いている状態で声を出したのだ、当然とも言える。そして彼が感じた驚きが、半覚醒状態だった頭を動かした。


「……そうだ、僕……」


――一人称が元に戻ってしまっているが、今はそれを咎める者はいない。徐々に思い出してくる――襲撃された夜、結界で覆われた四階の寮、そこにようやくは入れたときに見た光景、自身の姿が変化した瞬間――


「どれくらい……っ!?」


自身が眠っていたベッドから半身を起こし、あたりを見渡して――そこで違和感に気づいた。魔力の産み出す魔力炉の動きが鈍い――そうとうな無茶をやった後だと言うことには察しが着いた。おまけに体も重い――なるほど、これが昨晩行った無茶――精霊憑依の代償か。


「っ………っ!」


しかし今は関係ない。彼は体を起こしてベッドから立ち上がると、隣――カーテンで覆われ、中にベッドがあるであろうそれに手をかける。ピンクのカーテンに触れ、しかしそれを開けるかどうかためらいを見せる。


「……ごめん、レナ……」


――気づいていた。ここにいるのは、彼女だと言うことに。タクトは謝罪の言葉を口にする。彼には開けられなかった。この向こう側にいる彼女を助けられなかったと。自身の無力を呪いながら、彼女に対して口を開いていたのだ。


「ごめん……お、俺が………僕が……」


ぐっとカーテンを握りしめる。薄い布一枚越しの謝罪に対し、カツンと音が鳴った。何かの――誰かの足音――


「――ふん」


「っ!?」


ゴン、と落ちてきた拳はタクトの頭を思いっきり叩いた。彼は悲鳴こそ上げなかった物の、驚きと困惑、そして鈍痛により、その場でしゃがみ込んでしまう。


「あほかお前は。そうやって後悔ばかり抱き続けて何になる。……少しは成長したかと思うと、中身は何も変わらないのな」


「……っ」


聞き覚えのある――いや、聞き慣れた声と厳しい言葉に、タクトは目を見開き、すぐに歯を噛みしめた。確かに声の主の言うとおり、自分は後悔ばかり多かった。――だけど、


「……もう、やめたんだ……」


「何をだ」


聞き慣れた声に、タクトは顔をうつむけたまま口を開いた。


「後悔しかしないのは、もうやめたんだ……」


三ヶ月前のあの日――ダークネスによって、精霊使いとしての力を一度失ったとき、自分はスサノオ――クサナギにこう答えた。


「俺は……もう、諦めたくないんだ」


「………」


「だから……」


俯かせていた顔を持ち上げ、彼は目の前のカーテンにもう一度手を伸ばす。――今度は、そのカーテンを開けることが出来た。カーテンの向こう側には、タクトの幼馴染みであるレナが横たわっている。


額から汗を流し、苦しそうな呼吸を続けている彼女を前にして、タクトはぐっと拳を握りしめる。助けられなかった、自分では彼女を救えなかった――そんな後悔を抱いて。自分に出来ることはないのかも知れない。それでも――


「……レナ、もう少しだけがんばって。俺が、絶対に助けるから」


横たわる彼女の手を取り、タクトはそう告げる。念じるように――彼女に伝わるように――


(……絶対に助ける……か……。タクト、お前はその重みをわかっているのか……?)


タクトにげんこつを落とし、厳しい言葉をかけた黒髪の彼――タクトの従兄である桐生セイヤは、弟分の決意を見て胸中呟いた。


マスターリットとして任務を遂行していくうちに、人の命を助ける――その言葉の意味を、重さを分かってしまった彼は、タクトの決意をまぶしそうに見やるのだった。




――セイヤが学園に来たのは、マスターリットとしての任務故である。生徒達や教師達のことは当然心配ではあるが、任務は任務として割り切っていた。――それでも気になってしまうのが肉親というわけで、彼はタクトとレナの様子だけは見に行くかと医務室に足を運んだわけであった。


”表向き”は、この事件の担当責任者として仕事に掛かっている。マスターリットは本来暗部なのだ。事件を担当する際、上から表向きの役割を与えられ、その役割も果たしながら動かなければならない。――つまり、多忙であった。


そんな彼が、一段落付いたから立ち寄った――だけではない。それは理由の一つではあるが、確認しなければならないことが二つある。


一つは、実際にエンプリッターと戦闘を行ったタクトからの事情聴取。どういった経緯で戦闘を行ったのかということを聞き、それに対する注意および説教を行わなければならない。もっとも後者のそれは立場上しなければならないことであるが、相手が従弟であるが故に、その必要はないと軽くしただけである。やっても無駄だと言うことを知っているのだ。


――タクトの話を聞く限り、セイヤがこれまで聞いていた話とそう差異はないようだ。突然エンプリッター側から襲撃をかけられ、それに対しての防衛、抵抗を行ったこと。そして以外なのは、襲ってきたエンプリッターの目的を、”タクトも知らなかった”こと。


実は奴らの目的を知っている者はほぼいなかった。エンプリッターは要求を伝えたりせずに突如襲ってきた上、一度要求をしてきたそうだが、どうやらそれも“学園側”が却下したらしいのだ。


その要求を断ったというのは、当時その場にいた学園の生徒会長――フォーマであり、奴らの要求を知る唯一の人物である。彼から話を聞くことが出来たのだが(どういうわけか、もの凄く辛そうだった)、その要求とやらを聞いて、嫌な予感を覚えた。


№4と№7――フェル・ア・チルドレンの二人を差し出せ――その要求が何を意味しているのかは予測の域を出ないが、セイヤの脳裏に浮かび上がった物は全てろくでもない物だった。ちなみにフォーマがフェル・ア・チルドレンだと言うことは、去年学園を訪れた際に知っている。


「……お前が知らないって事は予想外だったな……お前だったら、もう少し詳しく知ってそうな気がしたんだが……」


今一番欲しいのは情報である。そして集まっている情報の中で、奴らの目的のみが空白部分が多い。その辺は、本部に連行されたエンプリッターから聞ければ良いのだが――


「あー……俺だって、あの人達がそれっぽいこと言わなかったら多分エンプリッターだって気づけなかったと思う」


ベッドに腰掛けたタクトの言葉に、セイヤもふむと頷いた。確かに夜間突然の襲撃に、同じ黒服で統一。さらに、精霊使いでは馴染みのない”兵器”を用いて来たのだ。一目でエンプリッターだとわかるはずはないだろう。


「……依然、奴らの目的はわからず仕舞い……嫌な予感しかしねぇよ……」


「へぇ……いや、わからず仕舞いってことはないでしょ? エンプリッターは全員本部に連行されたんだよね? だったら、話を聞くことは……」


「あぁ、それがよ……」


セイヤは一瞬口ごもる。だが、少なくともタクトには話しても大丈夫だろう。彼は重い口を開けて、彼の疑問に答える。


「……どうも奴ら、記憶を”弄られている”かも知れない」


「……え?」


「奴らは異形化しただろ? その後遺症か、どうも一部記憶が”欠落”しているらしい。あいつ……トレイドに協力したって奴らもそうだ。エンプリッターが襲ってきた目的……それだけが全員なくなってしまっている」


だから目的はわからず仕舞いになってしまったのだ。――だが、その恐ろしい話を聞いて驚きを露わにするタクトだが、すぐに首を振り、


「……それ、本当? 記憶が欠落したって……他の記憶は……」


「鋭いなぁ」


従弟の指摘に、セイヤは苦笑を浮かべて肩をすくめる。


「他の記憶は無事らしい。まぁ忘れたこと自体を忘れたんなら別だ。それだったら中々気づけない。だが、”目的”に関してだけは綺麗になくなっている。……それも”全員”だ」


「……………」


――タクトは寒気を感じた。異形化したエンプリッター全員が、襲撃してきた”目的”を忘れる――あまりにも不自然だった。これはおかしい――絶対におかしい。


「まぁそんな訳でな。正直、お手上げなんだよ。……フォーマ会長のおかげで目的はわかったんだが、情報が少なすぎてな。せめて、あいつらを異形化させた原因が分かれば良いんだが……」


「……それだったら一つ、心当たりがある」


「え、まじ?」


顔を俯かせたタクトに対し、セイヤはため息をついてつい愚痴をこぼしてしまう。だが、その愚痴を耳にしたタクトは、あることを思い出しセイヤに対して口を開いた。


「何が原因で異形になったのかは俺はわからないけど……。異形化を解いて人の姿に戻したのは、トレイドさんだよ」


「……はい?」


――初耳だ。神妙で真剣な表情を浮かべていたセイヤは、その表情を崩した。


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