第23話 納める刃、振り上げる拳~2~
「それじゃ、お世話になりました」
「あぁ、気をつけていくがいい」
和風の造りをした立派な門の前で、マモルはアキラに頭を下げて実家への帰路についた。その見慣れ、いつの間にか大きくなった後ろ姿を見据えながら、アキラは子供の成長は早い物だな、と独りごちる。
――妹に、手を合わせたい――そう頼み込んできた彼を引き連れて、地球に戻ってきたアキラは、学園の制服から私服に着替えた彼の後ろ姿が見えなくなるまでその場に佇んでいた。
「……妹、家族か……」
明日は彼の妹の命日――事故だった。昔のことなので彼自身は気にしていないようだが、毎年この日が近くなるとどうしてもあのときのことを思い出してしまうのか、やや元気がない様子を見せる。
ある日突然妹を、家族を亡くす痛み――それを知るアキラとしては、マモルは気にかけてしまう存在であった。
風が吹き、白が混じり始めた髪を揺らす。彼のことを気にかけながらも、今は何も出来ないとため息をつくアキラは、自宅の門をくぐり敷地に入った。
――元は旅館の敷地だった、とここに住居を構えると決めたときに聞いたことがある。家周辺の塀や、何故か沸いてくる温泉はその名残だ。中々に値が張ったが、妹と居候のごり押しによりここになったのである。
当時はすでにクサナギ――スサノオが我が家の一員になっていたが、不思議と奴は我が儘を言わなかった。むしろ、ここは止めた方が良いのでは……とアキラの方を伺いながら止めさせようとしてくれたぐらいだ。
結局資金源があり金銭的余裕はあったことと、二人のごり押しによりこの土地を買い、さらに住居を建てたのだ。――本来ならば、ここまでやるつもりはなかったのだが、悪くはなかったな、とアキラも満足してしまったのは内緒である。――きっと気づかれていると思うが。
ちなみに二人とも、やはり温泉に惹かれたらしい(源泉を蘇らせるために魔法を使ったのは内緒)。
ともあれ、そういった経緯がある我が家は敷地も広く無駄に大きい。中庭にある池や桜の木、妻である未花と妹である風菜の趣味によって、所々に色とりどりの花が咲き誇っている。手入れも欠かさず行っているようで、季節によっては爽やかな色彩を見せてくれる中庭はお気に入りであった。
「…………」
中庭に接する縁側――池を一望出来るそこに目をやる。いつもなら、そこに腰掛けているか、横になって暇そうに眠っている銀の子人がいるのだが、今はいない。こうやって門から帰ってくると必ず挨拶をするのだが――それがないだけで、寂しさを感じてしまう。
「……やれやれ、年を取るとどうも感傷的になるな……」
子供達が学園に進んだときもそうだ。いつもなら家にいる彼らがいないだけで、こうも寂しさを感じてしまうのだから。――もっとも、その寂しさをかき消すように、以前はあまり居着かなかった連中が居着くようになったのだが。
「むっ」
道場の方から微かに感じる魔力と気配。見知った人物のそれだと察したアキラは人知れず微笑む。どうやら任務から戻ってきたらしい。顔を見に行くか、とそちらに足を伸ばしかけたとき、玄関の扉が開く。白髪に白い肌の少女――とは、もう言えなくなってきた女性がそこにいた。
「む、セシリア君か」
「あ、桐生支部長! お帰りなさい」
「いやいや、ここで役職は……人はいないとはいえ、あまり大ぴらにいうのは……」
「す、すみません、つい……」
長く白い髪を一つにまとめ、赤い瞳をした白い女性――セシリア・フライヤ恐縮した様子で頭を下げた。愚息が紹介してきた新人が二人おり、その一人がギリ・マーク――赤髪の元生徒会長であり、もう一人が彼女である。両名とも、タクト達の先輩であり、何かと世話になったそうだ。
世話になったのはおそらくタクト達なのだろうが、それをいうつもりはない。会釈をしてくる彼女に対し、アキラは肩をすくめて、
「それで、ギリは帰ってきたのか?」
「はい、そうみたいなんです。……全く、連絡くらいしなさいっての」
頷き、文句を溢すセシリアだが、その表情には喜びを隠しきれていない。口元が和らいでいる。二人の仲については把握しており、彼女の様子を微笑ましく思いながらも、アキラは指摘せずに頷いた。
「それは同感だ、うちの連中はどうも好き勝手やって、後の事後処理は私任せだからな……」
「そういう桐生さんだって、あまり連絡寄越さないじゃないですか。奥さん怒ってましたよ」
「…………それはそれとしてだ」
話が嫌な方向に向かいそうだったため、アキラはコホンと咳払いをして話を逸らす。その露骨さに、彼女からジトッとした非難の視線をもらうが、気づかないふりをして話を進める。――そういえば、今日帰るということも連絡していない。
「留守中、変わったことはなかったか?」
「……はい。特に大きな変化は……。ただ……」
コクンと頷き、しかし神妙な表情で押し黙る彼女を見て、アキラは眉根を寄せる。この新入りコンビは、性格や能力も反対ぎみである。そのため、ギリは支部に置ける実働隊員の期待のルーキーとして、彼女には何かと書類処理能力に欠ける我が支部における、執務方面の主戦力として、その力を振るってもらっている。
そんな彼女が、言いにくそうにしている。あまりよろしくない予感を覚えた。支部を留守にする前に、彼女には荷が重そうな一通りの厄介な案件は片付けて――いや、一件だけ片付けられなかった。そしてその一件は中々に重要な事でもあり、これまでも気にかけてはいたのだが――
「……アイツに何かあったか?」
「その、何かあった、といえばあったのですが……込み入った事情と言いますか……私個人としては少々手に余ると言いますか……」
アイツという言葉だけで通じた。それは、彼女自身もこの件についても思い悩んでいたのだろう。どうにも歯切れが悪い返答が返ってきて、アキラはふむと頷いた。
「君がそこまで言うか……奴は何をやらかした」
「申し訳ありません……ただ事情を聞く限り、するなとは私個人としてどうしても言えず……」
「……爆発したか……」
”例のアイツ”が抱えていた案件を思い浮かべ、アキラはふぅっとため息をついた。アキラはもちろんのこと、連絡や相談を受けていたセシリアも事情には通じている。彼女の言葉からある程度のことは察したアキラの呟きに、しかしセシリアはこの件に関して初めて、微笑を浮かべた。――ほとんど苦笑に近かったが。
「いえ、爆発したというよりも」
「?」
「――爆発しろ、ってところですね」
「……爆発しろ? ……中々、面白そうなことになってきたじゃないか」
一瞬何のことだ、と表情をしかめるも、その言葉の意味を理解するなり口元に笑みを浮かべた。道場に行き、帰ってきたであろうギリや彼の鍛錬――という名の運動に付き合っているであろう古株の顔を見に行こうと思ったが、こちらの方がおもしろ――重要そうだ。
「帰ってきたのか?」
「いえ……どうやら、向こうもどうしようか迷っているようでして」
「格好が付かないな、あいつ」
クックックッと笑みを溢しながら、アキラは自宅に向けて歩き出した。その途中、ふとあることを思い出し、振り返りこちらに物申したそうに視線を向けてくる彼女へ振り返る。
「後は私に任せるがいい。留守の間ご苦労だった。君は少し休め」
「あ……ありがとうございます」
アキラの気遣いに、にっこりと笑みを浮かべると彼女はそのまま道場へとかけていく。そんな彼女の後ろ姿を見送り、アキラは玄関の扉を開けた。
「…………」
いつもならばただいま、というところだが、数分前に連絡不足を頼れる秘書のような存在に指摘されたばかりだ。声に出すのは流石に躊躇われた。
そのため無言のまま家に入ったわけだが、家に入った瞬間漂う異様な気配に気づいた。
(何だ……)
妙に緊迫している――まさか、連絡不備がたたって未花と風菜がお冠なのだろうか。それはまずい、実にまずい。今からすでに腹の調子がおかしくなってきた。忍び足で自分の執務室に向かい――その途中、どだどだどだと騒がしい足音が響き、それはこちらに近づいてくる。
「すまなかった!!」
「っ!? アキラ!? 大変なの!」
「……なに?」
出会い頭の先制の土下座平謝りは、不発に終わった。それどころか、かなり慌てた様子の未花がアキラの姿を認めると目を見開き、ちょうど良かったとばかりに詰め寄ってくる。
「学園が……タクト達が、エンプリッターに……っ!!」
「……なに!?」
今度は目を見開いて未花に詰め寄った。――学園がエンプリッターに襲撃されたことを知ったのは、その時だった。
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「……ったく、ずいぶんとやってくれたもんだな……」
「あ、あー……そのー……一部は、生徒達がやってしまった所もありまして……」
襲撃があった翌日。本部から派遣された精霊使い達は、早速フェルアント学園を見て回り、関係者から話を聞いていた。そのうちの一組が、激しい戦闘になった一回の廊下を見て、引きつった笑みを浮かべている。
「あーらら、ずいぶんと派手に……」
床や壁、天井に穿たれた穴や、完全に割れ、原形を留めていない窓ガラス。そして壁の至る所に付けられた傷を見て、彼らはここで起こっていた戦闘の度合いを確認する。
「……よくもまぁ、死者を出さずにすんだ物だな。奴らはどういうルートで襲ってきたんだ?」
「はい、正面玄関から五人グループ。こちらは陽動なのでしょう、中庭から壁を伝って四階を襲撃した三人グループのこちらが本命だと思われます」
「そいつらに加えて、学園の教師達を押さえていた二人組。計十人……たったこれだけの人数で、ここを制圧できると思っていたのかね……」
襲撃された当時の状況は朧気ながら想像できた。今彼らがいるそこが、正面玄関から突入してきた五人グループと真っ正面から対峙した所だ。足下の焦げ付いた焼き後を見下ろしながら、その精霊使いは呟く。
たったの十人――それだけの少人数で、生徒とは言え”四桁”を超える人を相手取ろうとしていたのだろうか。いくら何でも無茶が過ぎるように思われた。
「……思ったから、行動に移したのでしょう。わざわざ”あんな物”まで持ち出したのですし」
――”あんな物”――出所が不明の”兵器”と、”化け物になる呪い”。後者はともかく前者についてはこちらでも確認し、さらに実物も見たため予想は付く。純粋魔力を弾丸として撃ち出す銃器――フェルアントにはない兵器だ。
そして後者――化け物になる呪い。こちらについては実際にこの目で見たわけではないため予想も付かないが、しかし多数の生徒達が目撃しており、おそらくその通りなのだろう。兵器と呪い――ため息をついて、焼け跡から目をそらした。
「……兵器に関しては、現在本部で出所を洗っているだろうな……」
「この兵器を製造できる技術力となると……技術世界、”スプリンティア”ですね」
「……どうもそこは違うような気がするが……まぁ、候補の一つには上がるだろうな」
あくまで彼の勘でしかないが。そもそも世界を超えた技術提供はフェルアント本部で禁止されている。異世界の技術は、その文化レベルに違いがあればあるほど、その世界に及ぼす影響は計り知れない。下手をすれば、その世界の元々の文明をも崩壊してしまいかねないのだ。
――しかしその法は改正される可能性があり、かなりの制限は受ける物の、世界を超えた技術提供が認められるかも知れない。その制限がどれほどの物かはまだわからないが、現在ではそのような方向に向かいつつある。
その影響か、”裏”ではスプリンティアのみならず他世界からの物の売買が盛んになりつつある。今回は”裏”から入手した可能性の方が高そうだ。それに――
「……スプリンティアだったらもっとぶっ飛んだ物造ってそうだが……」
「え」
あの世界の技術力は頭一つ飛び抜けている。かつてその世界に行ったことがある彼は、当時の街の光景を思い出しながら、ぽつりとそう呟いた。
(……スプリンティア、か……)
物陰に隠れながら、現場検証を行っている本部から派遣された役人の話しに聞き耳をすましていたトレイドは、その世界の名を胸に刻み込む。フェルアントの技術力は、彼から見れば十分ぶっ飛んでいる物なのだが、それよりも高いとは。いつかは見てみたい物だと思いつつ、彼はその場を離れる。
(…………)
――正直あの役人達に聞きたいことがあったのだが、それを聞くのは流石に躊躇われた。それに現場検証を行っている様子だと、何も知らされていないだろう。
「ゼルファにルキィ……大丈夫かね……」
あの襲撃の際、こちらに協力してくれた二人の名をぽつりと呟き、そっとため息をついた。あの二人は呪根をなくし意識を失った襲撃者達共々本部に連行された。元々エンプリッターの一員だったのだ、仕方がないといえば仕方がないが――それでも、納得できない思いもある。
一時期共闘したから、という理由もあるが、何よりも彼らもまた被害者なのだ。力を与えよう――そんな甘言に騙され、呪根を受け入れ異形と化し、命を失いかける。挙げ句の果てには、このようにエンプリッターからもあっさりと切り捨てられた。
それにゼルファによれば数人、エンプリッターによって精霊使いに”された”者達もいるという。その、”された”ということがどういうことなのかはわからないが、とにかく無理矢理戦わされている者達もいることは確かだ。
そういった者達に対しても、フェルアントは処分を下すのだろうか。詳細は知らないが、例の改革とやらが起こり、エンプリッターを犯罪組織とするのは構わない。――だが、即座に“処刑”が許されているというのは間違っている。
――彼らがやったことは確かに許されることではない。だからといって、その命をすぐに奪うべきではないだろう。我ながら甘い考えなのはわかっている。――だが、こういった甘えがなければ、自分は昔義賊などやらなかっただろう。
少しだけ昔のことを思い浮かべながら考え事をしていると、不意に頭に声が響いた。相棒であるザイは今眠っており、奴ではない。それにこれは、契約を通じての念話ではない。
『――トレイド君、聞こえるか』
『あぁ、聞こえる。……その声は、ミカリエさん……本部長……だったっけ? あ、いや、本部長さん……様……?』
『本部長で構わんよ。それに、この通信の時は変に畏まらなくて良い。私もそちらの方が気楽に話せる』
通信魔法――念話タイプ、つまり言葉にせずに相手に直接伝えるタイプだ――の相手は、フェルアント本部の本部長であった。つまり、最高責任者でもある。その最高責任者から直接の連絡だ。何かあったのだろうか。
『学園が襲われた件についてなら、昨日連絡を……その時は、遅れてスイマセン』
『反省しているならいい。それより、昨日こちらで捕縛したエンプリッター達の処遇だが、今は拘束に止めている』
ミカリエからの通信内容に、トレイドは眉根を寄せる。拘束――そのまま捕らえておくという意味だろう。つまり――
『……処刑はしない……てことか?』
『まだわからんが……君の報告と彼らの供述、それに他から入ってくる情報を照らし合わせてな……』
通信相手の苦笑する気配が伝わってくる。トレイドは首を傾げつつ、相手の言葉に耳を――念話なので傾ける必要はないが――傾ける。
『我々がエンプリッターを外魔者として認定し、即座に処刑を許していたが……流石に認定しているのはエンプリッターそのものではなく、結成時のメンバーだ。彼らの中に、古株のメンバーはいない』
『……急な方向転換ですね』
『我々の認識不足だ。それに結成時のメンバーとは言え、その数は数千規模だったからな。奴らが仲間を引き入れるなどという手段を取ることはないだろうと当時は思っていた。……エンプリッターそのものが指定になるのも、無理はない』
物騒な物言いである。だがきちんと隔てるべき所は隔てている。
『……なぜ奴らが仲間を増やさないと思ったんですか?』
『奴らの評判だ。フェルアントのみならず、他世界でもエンプリッターの悪評は知れ渡っている。だというのに、わざわざ勧誘のために人前に姿を現すか?』
――それは、確かにない。奴らはお尋ね者、人目を避けざるを得ない上に、そういった勧誘をすれば断られることは目に見えていた。人員補給は望めない――はずだった。
『……なるほど。だとしたら、何故奴らは人が増えていって……』
『そこが疑問だ。……疑問だ……』
ミカリエもわからないようだった。――だが、答えをいうのを躊躇ったのか、解答を避けた――トレイドには、そのように聞こえた。
ミカリエも、エンプリッターの人員補給の手段について、ある程度の予測は立っていた。奴らの目撃証言、そこから割り出される潜伏していた世界、そして奴らが所持している兵器――それらを鑑みてだ。だが確証はない。
彼自身も、その予測が外れることを祈るのみであった。
『ともかく、エンプリッターは外魔者から外され、個人単位の認定になる。……その特定やら何やらで、忙しくなるだろうな……』
ため息混じりにぼやくその一言に、トレイドは苦笑するほかない。これが人の上に立つという事だ、と思いつつ、続けざまに呟かれた一言に目を丸くした。
『そして、そのことを世間に公表し……今回、学園が襲撃されたということも公表する』
『ほう……。………ん?』
トレイドはフェルアントの内情には詳しくない。だがダークネスの一件で本部に軟禁されていたとき、大まかな事についてはマスターリット達から聞かされていた。――エンプリッターについて知ったのも、その時だ。
だからこそ、ミカリエの言葉の真意を瞬時にくみ取れず生返事をしてしまったが、すぐにおかしな点に気づき、表情を引きつらせて念話で問いかけた。
『それって……』
『あぁ……襲撃……いや、エンプリッターから”テロ”があったと、そう伝えるのだ』
――大改革から十七年。あのときのような動乱が、すぐ側まで近づきつつあるのであった。
『――そして、君に頼みたいことがある』
『?』
『……マスターリット”リーダー”を、ここに連れてきて欲しい』