第22話 刃を向ける先~9~
(――三体か)
窓から侵入しようとしてきた獅子ともつれ合いながら転落したタクトは、共に落ちている獅子の他にも後二体ほどいるのを確認する。その二体も寮の壁をよじ登ってきていたのだが、タクトの姿を認めると咆哮を上げて落ちてくる。
(……っ)
標的をあっさり変えてきたことに驚きつつも、もつれ合っている獅子が振るうかぎ爪を刀でいなしながらこの状態――獅子が下で、タクトが上のまま落ちている状態――を維持する。
当然、落下の衝撃は全て下にいる獅子が受け持つことになる。四階から落下したエネルギーと、自重とタクトの体重の両方が一気に掛かり、地面と激突した獅子は悲鳴に近い叫び声を上げた。
「っ……!!」
落下の衝撃のほとんどは獅子が受けてくれたとは言え、完全とは行かない。タクトも多少はふらつきながらも獅子から離れ、頭上から落ちてきた獅子たちの攻撃を刀で受け流した。
一緒に落下した一体はともかく、後の二体は四階から落下したというのに軽々と着地しており、大して影響はないように見える。もっとも、軽々という物の、落下した際にはズドンと軽く地響きがしたのだが。
「………なんだこの気配……」
獅子から距離を取り、刀越しに見るものの、獅子の体から溢れる嫌な気配を感じ取った。おぞましく、痛々しく、何かを傷つけなければ気が済まない、というような嫌な感覚――。それは、あの”悪神”の面影を感じる物だった。
「まさか、ダークネス――」
「ガアァァァァァッ!!」
「っ!?」
思わず呟いたタクトだが、まるで返答のようなタイミングで返ってきた叫びにびくりと肩を振るわせ――その一瞬の隙を突くように、獅子がこちらに突っ込んできた。その息の合いようにタクトの初動が遅れ、獅子のかぎ爪を真っ正面から受ける形になってしまう。
「くっ……!!」
振るわれたかぎ爪を刀で受け止めてしまい斬り流せず、力比べとなってしまう。だがタクトの筋力では、獅子の怪力を真っ正面から受けることなど出来ず、地面に足跡を残したまま押しやられてしまう。そのまま押しやられ、背後にある寮の壁に叩き付けられた。
「ぐっ!!」
タクトを中心にして壁がへこみ、ひび割れが走る。その衝撃に肺の中の空気を全て吐き出してしまった。一瞬意識が飛びそうになる物の、背を壁にしたことで姿勢が安定し、刀を僅かに動かした。
こちらに向かって押し込んでくる獅子の片手を切り流して圧迫感から解放される。大きく深呼吸を一度だけしてしゃがみ込み、ぐるりと回転。獅子の両足を切りつけた。両断、とまでは行かなかったが、それでも深く斬り付けたようで獅子の足から血が噴き出した。
叔父との修行の成果か、タクトの刀はまるで鍛冶師が鍛え直し、切れ味が上がったかのように感じる。それはタクトが剣と刀の違いと、その使い方を完全に理解して、それに合わせてきたからなのだが。
本来タクトの証の切れ味はかなりの物なのだ。ただ、それまでは彼自身がそれを引き出せなかっただけである。
「グガァァァァッ!?」
両足を切りつけられ、血を流しながら獅子は背中から仰向けに倒れ込んだ。足を押さえつけながら悶える獅子を見下ろし、しかし右側から迫るそれに気づいてふわりと軽い一閃。それだけで、襲ってきた三体目の異形を牽制する。
刀の切っ先が触れ、獅子の胸を浅く斬り付けた。薄く血が滲み、獅子はそれを見下ろして――
「ガアァァァァッ!!」
「っ!!?」
咆哮を上げ、暴れ狂ったかのようにかぎ爪を振るってくる。両の腕を縦横無尽に振り回し、タクトへと襲いかかる。まるで竜巻が起こったのかと錯覚するような風圧を感じつつ、タクトは自然の加護を発揮して――しかし、後退を余儀なくされる。
獅子の動きは読める。それにかぎ爪の軌道は単純であり、懐に飛び込むことは出来そうだ。だが、腕が振るわれるたびに巻き起こる風が邪魔で仕方がない。下手に近づくと、あの風に体のバランスを崩す様がありありと浮かんでくる。
「くっ……!?」
呻き声を上げながら後退を続け、寮の壁近くまで押しやられる。先程叩き付けられた所とは違った箇所だが、それはどうでも良い。彼は背後を見ずに壁付近まで後退すると、そこから後ろへ跳躍。
空中で身を捻り、壁を足場にして着地する。その一瞬の隙に、タクトはもう一度跳躍し三角飛びの要領で獅子の頭上を通り過ぎ、その背後へと回り込んだ。
「ガアァァァッ!!」
「霊印流四之太刀、爪破――!」
「グウゥッ!!?」
振り返りながら腕を振るう獅子に対し、タクトは刀の切っ先を向けたまま、切っ先に集中させた魔力を一気に解放。そこから生じた衝撃波は獅子の体をよろめかせ、隙を作り出す。
よろめき、すぐには動けない獅子に対して、タクトは瞬歩を持って間合いに入り、その刀を振るう。霊印流を使わずとも、獅子の体を斬ることが出来るまでに成長した今の彼ならば、その一刀は必殺なり得ただろう。
――だが、振るわれた一刀は届かなかった。獅子の体に触れる寸前の空間を薙いだだけ。
――外した――
その結果に、タクトは驚きを隠せない。相手が避けたわけではない。距離感が狂ったのか、それとも――動きが固まるタクトに対し、体勢を立て直した獅子の豪腕が振るわれる。
「ガァァァァァッ!!!」
「っ!!」
振るわれた豪腕はタクトの左肩を直撃する。バキン、と嫌な音が彼の耳にもはっきりと聞こえてきた。確かめるまでもなく、肩関節が砕かれたことを自覚する。地面に叩き付けられ、頭ががんがんと回る。
「……っ………っ………っ!!」
まずい――地面に叩き付けられたタクトは悲鳴をかみ殺しながらも立ち上がろうと体を起こした。動けないというほどではないが、動かない方が良いのは明白だ。さらに何とか上半身を起こした瞬間、体のうちから何かがこみ上げてきて思わず吐き出した。
「っ!?」
吐血――それも大量に、だ。どうやら今の一撃で内蔵に深手を負ったらしい。口の中に広がる血と、感覚がない――痛みさえ感じない左腕にタクトは思わず呻いた。
「まずい……ゴフッ」
しゃべっただけで吐血してしまう。あれだけの破壊力のある一撃をもろに食らったのだ。不思議と痛みは感じないが――それは逆に、痛覚さえもやられているという証拠でもあった。たった一撃で、タクトは軽く瀕死状態になっていた。むしろ、はっきりとした意識を残している方が奇跡である。
「っ………」
――だが、その奇跡も長くは続かない。視界が黒く塗りつぶされていく感覚がある。意識を保つのが難しい。
視界の端に、嫌な物を捉えた気がした。――あの場所は、確か――
(あぁ……そういう………だった……か………)
(――――く―――)
どこからか声が聞こえる。だが、それが何なのか今のタクトにはわからない。明言する意識の中、起こした上半身がぐらりと揺れ、口の中に溜まった血が喉を流れ胃の中に下っていき――
『精霊憑依について知りたい? 何でまた……』
『――妹を守るため、か。……だがあれは、守るための力ではない。自分を、周りを巻きこんで破壊をもたらす”壊す”力に近い』
(――――く――と――!!)
『――っ………そうだな。力は、ただ力に過ぎない。それをどう扱うかは、力を持つ者に託される。力そのものがわるいわけではなかったな』
『わかった。憑依について、俺が知っていることを教えよう。だがあれは……意志の強い奴ならともかく、本来はお前一人では出来ない事だ』
(――た――――と―!!?)
『憑依の基本は、精霊と――』
「…………」
消え入りそうな意識の中、そんな記憶が、頭の中に流れ込んできた。記憶感応――先人の経験を追体験する現象が、タクトの中で瞬間的に起こり。
(タクト!!)
自身の名を呼ぶ、相棒の声が脳裏に響き渡る。
(………そう、だ……)
――自分は何のために、こんな所で戦っているのだろうか。それは、みんなを守るために――そう思って、自分は剣を手に取ったのだ。そんな自分が、ここで倒れていて良いわけがない。がくがくと震える体に活を入れ、タクトは口を開いた。
「コウ……力を、貸してくれ……」
(っ!? 意識があるのだな、私を召喚しろ! 私なら、お前の傷を……!)
「………」
手にした証が重い。だが、それを彼は目の前で掲げて見せ、獅子はその様に警戒心を露わにしたかのようにかぎ爪を開いた。
――すでに最初に戦闘不能に追いやった獅子と、足を斬った獅子の両方が復活していた。計三体の異形に囲まれながらも、タクトは証を掲げたままぶつぶつと呟いていた。
「俺を……信じて……」
(お前……っ!)
「俺は……お前を信じるから……」
(っ!?)
――一体何をやらかす気だ。コウは即座に見抜き、しかし彼の中でわかったと呟く。本人は否定しているが、色々とやからす契約者だ。こうなったら、とことん付き合ってやろう、そう意気込み。
続けられた言葉に、目を見開いた。
「――我と、契約を交わせし精霊よ。……我が……示す、器に………宿れ……」
(っ!?)
――この呪文は。この、詠唱は――コウが思い出す中、タクトの記憶が、コウの中にも流れ込んでくる。契約、という繋がりによって、記憶感応で得た知識がコウへと流れ込んでいくのだ。
『憑依の基本は、精霊との一体、とだけ言っておこう』
『それがどういうことかは、自分で見つけるんだ。そうでなければお前も、お前の精霊である”龍”も、意味がないことになってしまう』
『……そんな顔をするな。……憑依について教えたら、きっとお前は……”お前達”は、憑依を行うことが出来なくなるだろうからな』
(レナを……学園のみんなを守るために……力を貸してくれ)
タクトの体から、ふわりと輝く何かが現れ、それはすぅっと彼が掲げる刀へ、つまり証へと吸い込まれていった。
(――私から一つ訂正だ。そのみんなの中に、自分自身も入れろ阿呆)
コウの声が頭に響く。消えかけていく意識の中、何かが猛烈な勢いで体の中を駆け巡っていくのが分かる。この暖かい物は、きっと――
タクトの体が、青い炎で包まれた。突然炎で包まれた彼に獅子たちは警戒したかのようにかぎ爪を向けるだけで、何もしてこない。
炎の中にいるタクトは立ち上がり、青白い炎を纏った証を一閃。その一閃は、彼の体に纏っていた炎を吹き飛ばし、その姿を露わにさせる。
纏っていた炎とは真逆である一対の赤い翼を、そして金色の尾羽をいくつも背に生やしていた。黒だった彼の髪は真っ赤に染まり、後ろで結んでいた部分は長く伸び、その先のみが金色に変色していた。さらに体の至る所からは赤い羽毛が生え、その姿は彼の精霊であるコウ――不死鳥が混じったかのような姿をしていた。
唯一左腕のみが青い炎に覆われたままだったが、やがて、その炎も消え、なくなっていた感覚が戻ってくる。不死鳥の能力は、再生、治癒能力。その能力を、今のタクトはある程度扱うことが出来ていた。
――精霊憑依――初めて味合うその感覚に、タクトは何故か懐かしさを抱いていた。この感覚を、自分はよく知っている――そんな気がした。
「コウ……一緒に戦おう」
「……召喚に応じることは多々あったが……確かに、共に戦うことはなかったな」
召喚に応じて戦うはあった。だが、それはほんの僅かな時間であり、とてもではないが一緒に戦った、とは言いづらいところである。せいぜい、助けに入った、というところだろう。
タクトの証に憑依したコウは、刀越しにタクトと会話をする。手に提げた証からする声に、タクトもうんと頷いて、正眼に構える。
「力を貸そう……我が契約者よ!」
構えた刀が、青い炎に包まれる。再生の炎を刀身に纏わせ、傷を癒やしたタクトはこちらを警戒し、ためらいを見せている獅子に向かって一歩踏み出した。背中の翼が、彼の意志に従ってはためき、一陣の風が吹く。
「――とった」
『っ!!?』
一陣の風の正体は、瞬歩を持って獅子たちの背後に回り込んだタクト。瞬歩による移動距離を、翼――浮遊能力を持って向上させたのだ。初めての憑依、初めての浮遊能力――だというのに、彼は使い慣れているかのごとく意識せずに扱うことが出来ていた。
(――初めて契約を交わした時と同じだ)
どうすればこの力が使えるのか。どうすればこんな風に動くことが出来るのか。それがまるで、初めから知っているかのような感覚。その感覚は、精霊使いになったときと似たような物だった。
「っ!!」
獅子たちの背後を取ったタクトは、今度こそ寸分違わず彼らの体を斬り裂いた。両手で握りしめた刀が数度閃き、そのたびに獅子の体が斬られていく。
さきほどの一刀を何故外したのか――その理由にも気づいていた。獅子に地面に叩き付けられた際目にした箇所――そこは、タクトが侵入者達三人を戦闘不能に追い込んだ場所だったのだ。
だがそこに人影はなく、ただ千切れ、破れた黒服があるのみ。その時点で、彼は悟った。この三体の――いや、“三人”は先程自分が倒した者達だ、ということを。
斬れなかったのではない。”斬らなかった”のだ。スサノオと戦ったときと同じ――相手を“殺す”ことを、無意識のうちに避けてしまったのだ。それが、先程痛烈な一撃をもらう羽目になった原因だ。
だが、今のタクトには加減はない。青き炎を纏った刀を振るい、獅子と化した彼らを躊躇いなく斬っていく。
「グゥ……っ!」
一方、斬られている獅子たちも、困惑を隠せない様子だった。炎を纏った刀は、獅子たちの体を斬り裂いていく――だが、青い炎はその傷を癒やしていくのだ。痛みを感じはするが、それもすぐに消えていく。
一体何のために――本来ならばそう思うはずなのだが、今の彼らにはそう考える知能はひどく欠落していた。ただ自身の体を傷つけられ、それを向こうが勝手にいやしてくる――ならばと、より一層攻撃を激しくさせていった。
「ガアァァァァァッ!!」
「っ――!!」
振るわれる豪腕を躱し、タクトは反撃の一刀を異形に向けてはなった。その一刀は獅子の体を半ばまで斬り裂き――しかし血が噴き出す前に、青い炎がその傷を癒やしていく。これで七度目。獅子たちは困惑するも、攻撃の手を休めない。
――変化は突然現れた。突如、獅子たちは膝から崩れ落ちたのだ。
「グゥ……グゥッ!?」
斬られ続けて、傷を癒やし続けて――その結果、獅子の体には負担が積み重なっていった。体の傷を癒やす、力を増大させる、といった肉体に直接作用する魔術や能力は、負担がつきものだ。永続的に続けられるものではなく、後になって“体を無理させた”しわ寄せが来る。
それは姿を変えられた異形達も変わらない。体の損傷と治癒を幾度となく繰り返していった結果、彼らの体は限界を超えたのだ。自分の意思とは裏腹に、一歩も動けなくなってしまった体に困惑する様子の獅子に対し、タクトは無言で刀を頭上へ持ち上げた。
「――これで終わりだ。……今は、眠ってくれ」
どこか悲痛な響きを持った声で呟き、頭上へ持ち上げた刀を振り下ろして、その意識を刈り取った。
「お疲れだ、タクト」
――三体の獅子達が意識を失ったのを確かめたタクトは、人知れずため息をついた。証に宿るコウは、そんな彼に労いの言葉をかけてやる。するとタクトは、ふっと笑みを溢して、
「コウもお疲れ。……サポート、ありがとう」
「気にするな。だが、憑依か……なかなか、面白い特性だな」
「………?」
独りごちるコウにタクトは首を傾げる。何か気づいたことがあるのだろうかと思うものの、今の彼の思考はあることに向けられていた。
「……この人達……”戻れる”かな……?」
タクトの視線は倒れている獅子たち――異形の姿へと変えられた三人へと。心配そうに見やる彼に、コウはしばし黙り込んだ後、
「……さて、な。彼らはどうなるのかは、私にもわからんよ」
「………」
コウの言葉に、そうだよねと胸中呟きながらも視線を向ける。彼らは望んでこの姿になったのではない、ということを、タクトは何となく察していた。それに、おそらく彼は彼女と重ねてしまっているところがあるのだろう。そこから垣間見える情けと甘さに、コウはため息をついた。
「……お前、この者達にあまり気を許すな」
「え?」
「こいつらは、突然寮を襲い、生徒を襲い傷つけた。そればかりか、お前自身も死にかけたんだぞ。それをわかって――」
コウからの苦言に、タクトははっとして自らの左腕を見下ろした。もう完全に元通りになった腕を見て、タクトはコクンと頷く。
「……うん……」
本当に分かっているのだろうか。左腕を押さえ、首を縦に振るタクトを見て何とも言えない気持ちを抱いたコウ。たまらず釘を刺そうと何かを言いかけたが、そこで彼らはあることに気がついた。背後にある窓から、何者かが近づいてくる。――この気配には、覚えがあった。
「っ!! ここかっ!!」
バーン、と寮の窓が勢いよく開き、そこから現れたのは白い炎を纏った狼の耳を持つ青年――のような外見のトレイドである。何やら目に見えて疲労している様子だが、彼はタクトを見て目を見開いた。
「――タクト!? 何でここに……てかその姿……!?」
「……あ、そういえば……」
指摘を受けて、未だ憑依状態にあることを思い出したタクトは、自分の体を改めて見下ろした。赤い翼と赤い髪、所々に生えた赤い羽に金の尾羽。――戦っているときは気にはしなかったが、こうなると色々と煩わしく感じる。憑依を解こうとコウに声をかけようとして、しかし――
「……っ、そうだお前の精霊、不死鳥だったよな!? 傷を癒やせるか!」
「えっ?」
気配は彼だけではない。背後にも――つまり寮の中に、数人ほどいるのだ。トレイドはその場から退くと、彼に協力を申し出た大柄な男が二人の男子生徒を担いでいる。そのうちの一人――制服を血で赤く染めた金髪の男子を見て、タクトは驚きを隠せず、瞳を見開いた。
「アイギット!!?」
「っ」
溜まらず駆け出し、タクトはその窓へ飛び込み、寮の中へと入り込んだ。アイギットを担いでいる男はそっと彼を床に横たわらせ、その深い傷を見てタクトはぞっとし、すぐに青い炎を表した。幸い、治癒の魔術はかけられていて血は止まっているが――おそらく、それが限界だったのだろう。傷が治ったわけではなかった。
「……さて、俺はあっちをやるかね……」
タクトが治癒を始めたのを見て、トレイドは外で横たわっている獅子たちへと視線を向けた。何故彼がここにいるのか、という問いは全て後回しにし、まずはあそこにいる獅子たちを元に戻すことにする。
幸い、とある方法で魔力は多少回復してもらった。浄化の炎を撃っても意識を失うことはないだろう。
タクトと入れ替わるかのように外に飛び出したトイレイドは、彼らが死んでいないことを察知してホッと息を吐き出した。どうやら、敵味方含め誰も死人は出ずにすんだらしい。――流石にけが人を出さない事は出来なかったが、それでも襲撃を受けながらも死者が出なかったのは奇跡と言えるだろう。
「アイギット、待ってろ……!」
自身の姿を見て目を丸くする一同を気にせず、横たわるアイギットに対して、タクトは右手を再生の青い炎で覆い、その手で彼の傷口をなぞっていった。青い炎がアイギットの傷口に移り、徐々にその傷を癒やしていく。
「これは……」
「青い炎……不死鳥の能力……」
トレイドに協力していた二人は傷を癒やしていくタクトを見ながら呟いた。男の方は消耗し、気を失ったフォーマを担いだままである。そんなフォーマをちらりと一瞥し、彼はほっと息を吐き出しながらアイギットに視線を戻した。
「………みんな無事で―――」
(むむっ)
――気が抜けたのが原因なのか。ふわりとタクトの証から光が飛び出した。光――コウは無言でタクトの中に戻っていく。憑依が解けたのだ。その証拠に、不死鳥が混ざった姿をしていたタクトは、元の姿へと戻っていく。
「―――っ!」
元に戻った瞬間、体中にあり得ないほどの重さを感じ、その場で倒れ込む。いきなり倒れ込んだタクトに驚き、二人が声をかけてくるがもう彼の耳には入っては来なかった。自分の意思とは関係なしに、瞼が重くなってくる。
――これ、は……――
もう意識を保てない。自らが闇に飲み込まれていくような感覚を味わいながら、彼は意識を手放した。