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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第22話 刃を向ける先~8~

四方から襲い掛かって来る爪を次々と躱しながら、憑依状態にあるトレイドは宙を舞いつつ反撃を見舞う。理も発動させ、細剣から汎用剣へと変化した証が白い炎を纏いつつ獅子の体を切りつけた。


「っ!!」


だが、振るった剣は分厚い筋肉に阻まれ受け止められた。堅い――こちらに獅子を斬る気がないからとはいえ、いくら何でも堅すぎる。くっと表情を歪めるトレイドを地面に下ろそうと異形の腕が伸びてきた。


その腕を躱して宙を舞い、異形達の頭上から襲いかかる。――精霊憑依を行っている最中は浮遊能力を有することが出来る。その力を持って異形達の頭上を常にキープしているのだ。


わざわざ宙を舞っているのは、現在戦っている場所は廊下であり、左右への動きがどうしても限られてしまうためだ。それに頭上を陣取っていれば、獅子に対して先手を取れる上、反撃が届きにくいのだ。――もっとも、獅子はそんなこと関係ないとばかりにかぎ爪を振るってくるが。


(……っ!!)


微かに歪み、暗く感じる視界に、トレイドは顔をしかめたまま。――明らかに魔力枯渇状態に陥っている。憑依状態を維持していてもまだ大丈夫だが、このまま時間が掛かってしまえばおそらく意識を失ってしまいかねないだろう。


ちらり、とトレイドは後方を見やる。生徒達はすでに非難したのだろう、白い炎が燃え上がり、塞がった廊下の向こう側からは気配を感じない。


(………まだか……っ!!)


襲いかかる獅子を退けながら、トレイドは宙を飛び交い動きを翻弄する。流石に、四体もの異形を個別に浄化するのは魔力的に無理がある。おそらく、彼らを”人”に戻す炎を放つことが出来るのは後二度が限界。


かぎ爪を剣で弾き、逆にその頭部を打ち据える。獅子は痛みを覚えたのか咆哮を上げ、より一層激しくかぎ爪を振るってくる。


だが、宙を舞うトレイドには当たらない。先程からちょっかいをかけては離れ、とそればかり繰り返しているためか、獅子たちの怒りも相当なものだろう。――だからこそ、御しやすいわけだが。


――しかし。


(……まずい………)


ちらり、とトレイドは視線を”怪手”の方へと向ける。名の知らぬ――しかしタクト達といたのを知っているため、見覚えはある――生徒が一体の異形を圧倒していたのだ。


それは凄まじくありがたいのだが、生徒の勢いは怪手を持って異形を殺しかねないほど苛烈であった。その光景が、トレイドの心を痛めている。


(………気づいてくれ……!!)


トレイドは異形達を翻弄しながら、ただひたすら”その時”を待っている。




「ああぁぁぁぁぁっ!!」


何の捻りもない、変化した片腕による打撃――爪が邪魔で握れないため、掌で押しやる形になるが、今のフォーマにはそれで十分だった。


異形の胴体に打撃を叩き込むと、それだけで異形はたたらを踏み苦しそうな呻き声を上げる。――少しだけ、本来の姿に戻ったフォーマの筋力は獅子のそれを大きく上回っている。ただの、打撃の衝撃だけで獅子の分厚い筋肉を貫いているのがその証だ。


「うああぁぁぁぁぁっ!!」


彼はもう一度叫びを上げて、今度はかぎ爪を振るう。その爪は、異形の体を傷つけた。獅子の傷口から血があふれ出て、その血がフォーマの体に纏わり付く。


――だが、彼は構わない、目の前のこの異形を、獅子を倒さなければ――普段よりも遙かに好戦的な思考となった彼は、力の限りかぎ爪を振るって獅子を追い詰めていく。しかし獅子も倒されるだけではない。


「ガアアァァァァァッ!!」


咆哮を上げ、獅子のかぎ爪が迫り来る。だが、今の獅子は片腕――もう片方は、フォーマが拘束から逃れる際に骨を折られているのだ。


自身を上回る怪力を有し、かつこちらは片手に対してあちらは両腕――力勝負では、どうあがいても獅子に勝ち目はない。だが獅子はそのことに気づいていないのか、ただ闇雲に腕を振るうだけ。


振るわれる際に生じる風圧は重く、躱しただけなのに軽く体を持って行かれそうになる。まるで台風のような風を巻き起こす獅子に対し、フォーマは大きく距離を取りながら隙をうかがう。


「―――――っ」


拘束具を緩めた激痛は未だ腕に残る。――だが、今のフォーマにはその痛みは感じていない。痛みによって神経が麻痺したのか、それとももう痛みになれてしまったのか――いや、そもそも痛みを感じているのかどうか――フォーマは、頭の片隅でそんなことを考えた。


すでに彼の思考は飛んでいる。辛うじて意識を残してはいるが、まるで本来の自分ではないかのように感じていた。――ただ分かるのは、目の前の獅子を倒さねばならないことのみ。


豪腕による一撃を避け、さらに生じる風圧にも耐え、フォーマはついに生まれた一瞬の隙をつく。ばっと突然その場でしゃがみ込み、しゃがみ込んだ勢いを利用して跳躍。獅子の視界から見れば、突如フォーマの姿が消えたように映っただろう。


その証拠に、しゃがみ込んだ直後、獅子の動きが固まった。だが、そのことには気づかずフォーマは跳躍――というよりも獅子に飛びついた。がっちりと巨木のような胴体をホールドするなり、獅子の大柄な体を持ち上げた。


「―――――」


「ガアアァァァァァッ!!」


フォーマは無言のまま、しかし獅子は悲鳴を上げる。腰をホールドしたフォーマが、その怪力を持って締め上げたのだ。――そう、ただホールドしている両腕に力を込めただけ――それだけで、獅子は今にも体が押しつぶされかねない痛みを味わっていた。


獅子の筋力も相当な物だ。だが、”元は人間”であるために、どうしても限界という物がある。


対するフォーマは、人というには少々かけ離れた存在であった。人と精霊を混ぜられて生み出された、異質な存在。――呪いによって化け物へと変化させられた人間とでは、格が違う。


ミシミシミシと嫌な音を響かせながら両腕を閉めていくフォーマ。その表情には、うっすらと冷酷な笑みが浮かび上がっていた。――このまま腕を締め上げていって――その時だ。


「ぐっ………!!」


突如何かが激突し、フォーマはたたらを踏んで持ちこたえた物の、締め上げていた獅子を解放してしまう。瞳が変化している彼は、一体何事だと言わんばかりにぶつかってきた”それ”を見て――次の瞬間には、視界がぐるりと回っていた。


「ぐうっ………!?」


見知らぬ男の顔、天井、壁、床の順に目に映る物がめまぐるしく変化し、最終的には床にたたきつけられる。そして最初に見た男であろう、その彼が自分の上にのしかかってきた。


「ルキィ!!」


「あぁっ! 黒髪!」


「っ!!」


ルキィ、と男に名を呼ばれた見知らぬ女が、フォーマから解放され、蹲っていた異形が転がっていく。――廊下に激しい風が吹いたことから察するに、おそらく風属性の魔術によって獅子を転がしたのだろう。


ごろごろと転がっていく獅子が向かうのは、白い炎を纏った狼人が戦う獅子の群れ。これで狼人は、獅子を五体相手にせねばならなくなる。だが――


「行くぞザイ! 一気に終わらせる!」


叫びを上げ、この時を待っていたとばかりに全身に纏った白い炎を手にする証に集中させる。それまで宙を舞っていた狼人は転がってきた獅子の向こう側――つまりこちら側に降り立ち、炎を集中させた証を頭上に掲げた。


背中に現れる三対の翼の刻印が光り輝く。頭上に掲げた汎用剣が、微かに金色の光を帯びる。光り輝く剣を、彼は一直線に振り下ろした。


――その斬撃に沿って吹き荒れた白き炎は、五人の獅子たちを飲み込んだ。


 ~~~~~


――何も出来ない、何もしてやれない自分が、心底悔しかった。苦しそうに呻き声を上げ、冷や汗を流し続けるレナを傍らから見守りながら、タクトは拳を握りしめている。


「――――レナの体、やっぱりおかしいわね……」


彼の隣で、レナに向かって手をかざしているコルダは難しい表情を浮かべていた。いつもツインテールに結んでいる髪を下ろしているからか、普段とは違う雰囲気が醸し出されている。いや、それを抜きにしても今のコルダは変わっているのだが。


普段は天真爛漫な、年齢に似合わない幼さがあるコルダなのだが、今は妙齢の女性のような雰囲気がある。取る動作、仕草一つ一つからそれが感じられるのだ。このような状況下でなければ、男子生徒の視線が集まることだろう。


――彼女もまた、トレイドと同様理を宿す巫女なのだ。その影響か、幼い子供のような人格と、今の妙齢の大人のような人格の二つになってしまったようだ。もっとも、理を発動している最中のみ、大人の人格が発現するようだが。


今のコルダは、その大人の人格――つまり理を発動しているのだ。その証拠に、彼女の背には円――日輪の刻印が浮かび上がっている。その力を持ってレナの体を調べたコルダの第一声がそれであった。


「……タクト、貴方は知っているはずよね。レナの体が何故こうなったのか」


「…………」


隣のタクトに問いかける物の、彼は何も答えない。ただ、ちらりと倒れ、苦しんでいるレナを心配して集まってくれた生徒達を見るのみ。コルダは察した。


(……聞こえる、タクト)


(っ………)


脳裏に響く声に、タクトは驚きを露わにさせて隣のコルダを見た。彼女はただ、コクンと頷きながら、


(聞かれたくないんでしょ? なら、こうするほかないじゃない。……それで、貴方は知っているんでしょ?)


念話――言葉を介さずに、相手に考えを伝える魔術。だが、コベラ式では契約という繋がりのある精霊ならばともかく、対人では詠唱しなければ使えない魔術でもあり、咄嗟の場面では使えない魔術であった。


だが、今のコルダは理を発動している。詠唱をスキップできても不思議ではない。


(……コルダ……は、知っているんだろ。レナの体のこと……)


(一応ね。彼女の体のこと……それに、昔あったっている”実験”のことは。ただ……あの子あまり言いたくなさそうで深くは知らないのよ。ただ、ある程度は察しが付いたけど)


彼女からの念話に、タクトは握りしめた拳に力を込めた。目つきが険しくなり、睨むような視線がコルダに向けられた。


(……察しが付いているのなら、それで良いだろう)


――タクトも、この件については言いたくないようだ。まぁそうだろうね、とコルダも納得した。


――自分の幼馴染みが、自身の思い人が、人ではなく”化け物”だということ、言いたくはないのだろう。


(……そうね、少し無神経だったわね。だったら少し問いかけを変えるわ。何故レナは”これ”で、今まで普通に暮らして来られたのかしら)


呻き声を上げるレナの体を調べたところ――彼女の体は異質そのものだった。まず体の一部に精霊が混じっている。彼女と契約を交わしたキャベラのものではない、別の精霊が。


ちなみにキャベラは、彼女の体内に留まったままだ。何故留まっているのかはわからないが、それはともかく、彼女の体の一部はまるで”精霊人”を思わせる。


本来の精霊人のように、生命維持を全て魔力で賄える、というぶっ飛び具合ではないようだ。だとしても、普通の人の体ではないのは確かだ。


だが、逆にそれが原因なのか――“中途半端に精霊人”になっており、人としての体と、精霊人としての体が入り交じった状態にある。そして、その二つの間で均衡が成り立っていないのだ。


今の彼女の状態を一言で表すとすれば、”拒絶反応”という言葉が正しい。人と、精霊人。この二つの間でそれがおこっているのだ。おまけに、魔力炉が二つあると言うこともそれに拍車をかけている。炉が二つあることで余計に魔力が精製されて、いつも以上に生命力を奪っていく。


「うぅ………ぁぁぁ………」


「…………」


呻き声を上げて体を揺らすレナの手を握りしめ、タクトは何も答えない。彼女が今まで”人”として生活を送ることが出来たのは何故か――それが分かれば、何とかなるかも知れない。しばしの間そのままでいたが、やがてコルダの脳裏に言葉が響き渡る。


(……スサノ……いや、クサナギが術をかけて人の体にした……似せた……? ……っていうことを、聞いた覚えがある。……でも、俺も詳しくは分からない)


(似せた……? ………あぁ、そういう………)


一瞬、そんなことが出来るのかと疑問を抱くが、しばし考えたした後に可能だろう、とコルダは頷いて見せた。人と精霊人が混じっている状態ならば、そのどちらかに”擬態”させることは可能だ。――ただ、それが”出来るか”と言われれば首を横に振るしかないが。


クサナギと言えば、タクトの家にいたあの”神剣”――正真正銘、”古代の神”を宿したあの剣ならば可能だろう。だが、今は手元にはない。――しかし――


(……なら、しばらくの間の我慢ね)


(……え?)


(貴方の家に、クサナギはいるでしょう? なら………)


念話を化し得た瞬間、タクトの表情が一変したことにコルダは首を傾げた。先程まで浮かべていた沈鬱な表情は消え去り、目を見開いてそうだと呟いた。


「そうだ……スサノオなら……」


呟き、浮かべた安堵の表情が、すぐさま暗くなる。視線が下を向き、震える拳を握りしめ、タクトはくっと歯を噛みしめて床に拳をたたきつけた。


「クソッ!!」


「……タクト?」


コルダがどうしたと言わんばかりに声をかけてくる物の、タクトには耳に入ってこなかった。


今実家には、クサナギ――スサノオはいない。あのとき、あの夜の試練の時に、奴は自分の元を離れていったのだから――



『……私は、なじみ深い場所にて、お前を待つ。……覚悟が出来たとき、私を……いや、俺の元へ来るがいい』



「…………」


いや――離れていったのではない。奴は、俺を待っているのだ待っているのだ。ならば

――


「っ!!」


その時だ。建物の外――窓から、何かが近づいてくる。これは――この気配は――



『何も出来なくても……ただ側にいてやれ。それだけでいい』


『学園の奴らは俺たちに任せろ。だからお前はレナを……ここの奴らを守ってやれ』



「………ごめん、レナ。少し、ここを離れるよ」


聞こえているだろうか――いや、今の彼女は意識を失っている。聞こえてはいないだろう。だが、それでもタクトはレナに語りかける。握りしめていた手を離し、タクトは立ち上がる。周りの生徒達が訝しそうな視線を向ける中、タクトは展開した法陣から証――刀を抜いた。


「レナを……みんなを、守るために」


引き抜いた刀は、夜の月明かりを反射して煌めいた。


「――コウ。力を貸してくれ」


(――もちろんだ)


――明確な理由と意思を持って、タクトはコウに頼み込む。精霊コウはタクトの中に宿りながら、心から了承する。



『――精霊憑依の取得――』



タクトの脳裏に、スサノオが上げた三つの課題のうちの一つが、自然と浮かび上がってきた。確証はない。だが――今なら、きっと――


「みんなはここにいて。俺が、何とかするから」


「……桐生……?」


周りにいる生徒達に向かって言い、タクトは刀を正眼に構えた。呼吸を整え、意識を研ぎ澄ましていく。


「―――っ」


一拍おいた後、彼は窓に向かって疾走する。走り始めたとほぼ同時に、突如窓が割れ巨大な何かが姿を現した。


「なっ――!!」


全身が筋肉の鎧で覆われ、至る所から剛毛が生えた獅子の姿をした異形に、悲鳴が上がるもそれは一瞬のこと。疾走したタクトが獅子とぶつかり合い、揃って窓から転落する。


彼が言っていたのはこのことだったのか、と納得する一方、多数の生徒達は慌てた様子で窓へと駆け寄り、中庭に落ちていったタクトの姿を探すのだった。


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