第22話 刃を向ける先~5~
――少し前――
自らに向けて振るわれるかぎ爪を、体を半身にして避けるとそのままカウンター気味に剣を振るいその体を切りつける。――異形のかぎ爪はトレイドの上着を斬り裂き、トレイドの剣は異形の分厚い筋肉に阻まれ浅く斬り付けるに留まった。
――こいつら……!――
トレイドは表情を歪めてもう一度剣を振るう。だが結果は同じで、刃が通じない。この筋肉の壁を前に、彼は後退を余儀なくされる。
「ガアァァァァッ!!」
「ちぃ!」
「グゥ!」
トレイドが引いた瞬間、脇に控えていたもう一体の獅子のごとき異形が飛び出し、その鋭利な爪が飛んでくる。それを紙一重で躱し――しかし躱すやいなや、彼が斬り付けていた異形が飛び上がり、頭上からかぎ爪を振るう。
「………っ!!」
頭上から来る、怪力と重量を生かして振るわれるかぎ爪をいなし、反撃の一撃を叩き込み――やはり、これも通じない。肌を浅く斬り裂くに留まってしまう。
(……”手加減”してたら、やっぱり通じないか……!)
顔をしかめ、絶妙なタイミングで襲いかかってきた異形の突進を躱し、先程から切り詰めている異形にのみ神経を集中するトレイド。剣を水平に伸ばし、相手を牽制しながら間合いを調整する。
――本来ならばこの程度の相手、決め技の一つや二つを打ち込めば一瞬で片が付く。だがそれは出来ない。トレイドは初めて二体――“二人”を見た時点で、その正体に気づいていた。
彼らは、特異な魔術によって姿を変えられた”人間”だ。出来るならば、手にかけたくはない。現に彼らは、今も泣いている――。
「………っ!!」
――しかし――しかし今は、こちらも立ち止まるわけにはいかない。迷っている場合ではないのだ。ちらりと、彼らが行く手を阻む方向を――不安を煽る騒音が聞こえる寮を見やった。
もし、今相手取っている彼らと同じ存在が現れれば――それだけは阻止せねばならない。
この異形はかなり手強い。トレイドの剣を阻む防御と、彼を軽々と吹き飛ばし兼ねないほどの怪力に鋭いかぎ爪。獅子の姿になっているためか、素早さもある。トレイドは自然の加護による先読みで二体の攻勢を捌いているが、それがなければ当に深手を負っていることだろう。
こいつらを倒すには、生半可な攻撃は一切通じない。全力の一撃を放ってやっと、といったところか。――だが、彼らは元は人間なのだ。全力の攻撃を叩き込みたくはない。下手をすれば、命を奪いかねない。
例え相手が、所謂死刑囚――死罪が決まっている相手であっても、”命を奪う”という行為を、子供達にはして欲しくなかった。
「――覚悟……決めなきゃ駄目かね……」
死角から振るわれるかぎ爪を、見もせずに剣で受け止めたトレイドは、ぽつりと呟く。彼の筋力と異形のそれとでは、天と地ほどの開きがある。現に片手で受け止めた彼は、受け止めきれずに徐々に押し込まれていく。
――誰かが汚れ役をやらなければならないのならば、それは自分が受け持とう――押し込まれていく剣を両手で握り直し、精一杯タイミングを計り、“その時”を待つ。
「グガァァァァァッ!!」
動きが止まった――止められたトレイド目掛けて、異形が飛びかかってくる。鋭く鋭利な爪が、月光を反射して煌めき――
「――」
剣に――証に魔力を通して、証が持つ“知識”を持って魔力を炎に変換。業火と化した細剣で、二体の異形を焼き払おうとする。その火力は完全に、“焼き殺す”それであった。
――トレイドも、彼らを殺したいわけではない。だが――選ばなければならない。ここで時間を取られて生徒達の犠牲を出すか。手早く倒して駆けつけ、救おうとするか。彼の答えは、後者であった。
「――すまない」
トレイドの動きを封じている異形と、目の前でかぎ爪を振るおうとしている異形――彼らにそう呟いて、証に通した魔力を発火しようとして――
――ダメ――
そんな声を、聞いた気がした。ドクン、と心臓が波打つ。これは――
「―――っ!!?」
唐突に、頭の中に“知識”が流れ込んでくる。この状況を打破するにはどうすれば良いのか――トレイドの二つの願い、それらを同時に守りながら打破する手段が!
「っ!」
一も二もなく、彼はかぎ爪を受け止めていた力を弱め、その場でしゃがみ込み地面に身を投げ出した。ごろごろと転がりながらかぎ爪が空ぶった異形達から距離を取り、今度は彼が飛び上がる。
「――ザイ、力を貸してくれ」
(……手があるのか!?)
「あぁ。頼む」
空中で自身の相棒に語りかけ、同時に“理”の力を引き出し、背中に翼の文様が顕現する。――おそらく先程の知識は、この理から流れ込んできた知識だろう。ふっと微笑みを漏らしながら、細剣から汎用剣と化した証を手に、ふわりと現れた光が、証に吸い込まれる。
トレイドの姿が変化する。精霊憑依――自身の証に精霊を憑依させる、禁忌に触れかねない禁術の一つ。彼の姿が、所々に狼の毛が、頭部に耳が、背中から尻尾が、それぞれ現れた。
全身が白い炎で包まれる。――憑依状態ならば、憑依した精霊の特殊能力を使うことが出来る。ザイは神狼の精霊――幻獣種に分類される特殊な精霊だ。その能力は、浄化。
呪い――呪術と呼ばれる、負の感情によって相手に悪影響を及ぼす魔術を無効化し消滅させる能力。この能力によって、トレイドはダークネス相手に戦うことが出来たのだ。
「――はあぁぁぁぁぁっ!!」
この浄化能力を、”理”の力によって強化させる。雄叫びを上げながらバスタードソードと化した証を両手で握りしめ、白い炎が刀身に纏う。
刀身に纏った白い炎には、微かに金色の輝きも宿っている。理の力によって強化された浄化の炎――それを持って、目の前の二人に剣先を突きつけた。
浄化の炎には、殺傷力がない。呪いが掛かっていない者達からすると、ただ暖かく感じるだけだろう。だが強い悪意を持つ者や、呪いをかけられた人物は別だ。この炎が熱く感じるはず。
「グウゥゥ……ッ!」
――異形達は、明らかにトレイドが放つ浄化の炎を嫌がっている。刀身から放たれる熱に押され、ジリジリと後退する様からそれがわかる。
「今助ける……ッ! 逃げるなよ!」
「っ!?」
突きつけた剣を頭上に掲げ、同時に白と金の輝きが増大する。その輝きに見入ったのか、それともトレイドの言葉に従ったのか、異形達はその場で固まった。光りはなおも増大し、炎によって揺らぐ長剣と化したそれを、トレイドは一気に振り下ろす。
「うおぉぉぉぉっ!!」
振り下ろし、その斬撃に沿って光が交じった白い炎が放たれる。その炎は二人の異形達を飲み込み、その奥底に根付く”呪根”を焼き尽くす。
異形達は悲鳴も上げられずに炎に飲み込まれ、その影さえ見えなくなった。――だが、二人の気配は健在だ。きっと――
トレイドの願いに応えるかのように、放たれた炎は二人の体の中にある呪根を焼き尽くし――
「が……はっ……!」
「うっ……うぅ……」
炎が消えたその場所には、二つの人影があった。獅子のような姿ではなく、ちゃんとした人の姿だ。そのうちの一人はその場で膝をつき、もう一人は倒れ込んだ。だが呻き声は聞こえてくる。きっと無事だろう。
「……はは……ぶつけ本番でも、何とかなるもんだな……」
理の力を収め、憑依も解除する。元の姿に戻ったトレイドは、二人の元に駆け寄り――そして、倒れている方を見て思わず立ち止まった。
「………」
目をそらしながら上着を脱ぎ、倒れている方へかけてやった。獅子の姿に変じていたときは二人とも上の衣服がない状態で気づかなかったが、どうやら女性だったらしい。紳士的な行動を取った彼に、もう一人の男が疲労を感じさせる声音で呟いた。
「はは……ありがとよ……」
「………」
安堵が多分に含まれたその声音で礼を言う大柄な男に対し、トレイドは無言で近寄ると手にしていた証を突きつけた。――そのまま、男を睨み付けながら、
「普段なら気にするなと言うところだが……今回ばかりはそうはいかないな。何故、何の目的で、この学園を襲ったんだ?」
「………」
男を見下ろすトレイドの視線は、凄まじく冷たい。その瞳と、突きつけられた剣先を見つめながら、男は弱々しく笑みを見せると顔を伏せてぽつぽつと語り始める。
「……ここに来たのは、二人の学生を拉致するためだ」
「学生を? 何のためにだ」
「俺は詳しくは知らん。リーダーは知っているだろうがな……ただ、フェル・ア・チルドレンがどうたらこうたらと言っていたよ。ここからは俺の考えだが、その捕まえてこいと言われた二人が、それに関わっているんじゃないのか」
――フェル・ア・チルドレン――初めて聞く言葉に、眉をひそめるトレイド。不思議と、その語感がフェル・ア・ガイと似通っていると感じたためである。それについて問いただそうと思ったが、それは後回しにする。
「今学園を襲っているのは何人だ? それと、捕まえろと言われた学生はだれだ?」
「……学園を襲っているのは、十人にも満たない。半分が真っ正面から注意を引きつけ、その間に別働隊が上の階を制圧、そのまま挟み撃ち、っていう戦法だ」
「……挟み撃ちは悪くないが、少人数で制圧なんぞ出来るわけないだろう? 馬鹿じゃないのか指揮官」
「はは、そう思うだろう? だが襲っている奴らは……多分、俺たちと同じように化け物になれる」
「っ!!」
その言葉に、トレイドはより一層顔をしかめた。やはりか――舌打ちを漏らすトレイドに、男は俯かせていた顔を持ち上げ、彼の顔を見た。
「”力を与えよう”……そんな甘言に騙されて、変な薬を飲んで……確かに強くなったさ。魔力量も増えたし、丈夫になった。だが……あんな化け物になるなんて、俺は初めて知った……」
「………?」
――獅子の姿に変じていた時のことを思い出したのか、持ち上げた手が震えていた。トレイドには、何故男の手が震えているのかわからなかった。ただ、体が元に戻った変調か、と思い、深くため息をつく。
「……そのようすじゃ、まともに動けないだろう。全てが終わるまで、ここから逃げるんじゃないぞ」
トレイドはそれだけを言い、突きつけていた剣を引き戻して彼らに背を向ける。拘束さえしない彼に、男は目を見開いて驚きを露わにした。
「……なんで……捕まえないのか?」
「そんな暇はない。どうせ動けないんだろう?」
「いや、動けるが」
「…………」
トレイドは振り返り、軽々と立ち上がっている男に顔をしかめた。相手は確実にアウトな犯罪者だが、話を聞く限り操られていた可能性も大いにあり得る。対するこちらも、正式な精霊使いではない。グレーゾーンがグレーゾーンに口を出すようなことはしたくはないが、流石にそうも言えない。ため息を漏らしながら、
「……なら、一応拘束しておくか。」
「――貴方に頼みがある」
土の属性変化術を発動しかけた矢先、今までずっと地面に横たわっていた女性が体を起こした。トレイドがかけてやった上着で前を隠しながら、剣呑な声音で頼み込んでくる。
「頼み? ……あのな、お前らは学園を襲った張本人だぞ? そんな奴らに頼まれるような謂われは――」
「頼みます……あの子供に、一矢報いたいんだ」
「――…………」
思いがけない頼みに、トレイドは目を見開き、そして彼女の隣にいる男に目を向けた。男も最初は驚きを露わにしていたが、やがて彼もトレイドの方を向いて、頭を下げてくる。
「俺からも頼む。エンプリッターの一員で、ここを襲う計画を立てて、それに参加した分際で、こんなことを頼むのも厚かましいって、分かってる。それでも……」
「私たちを化け物に変えて、捨て駒のように扱われて……もしかしたら、他の奴らもみんな化け物になるのかも知れない。……それだけは、絶対に止めないといけない……」
――よくよく見ると、女の体は震えていた。厳しい残暑も終わり、夜も冷え込む季節になってきたが、それが原因ではないだろう。
女は――男もだが、異形の姿に変化している間のことは、朧気にしか記憶していない。だが、はっきりと覚えていることがある。それは自分自身が、徐々に小さくなっていく感覚。底なしの沼に落ちたかのように暗く、息苦しく――自分という意識が、なくなっていく。
そんな恐怖を、彼らははっきりと覚えていたのだ。彼らの震えは、その恐怖にある。あれはおそらく、最終的には自我を失ってしまうだろう。その後に元の姿に戻ったとしても、待っているのは“廃人”だ。
「……一つ聞きたい。いや、確認だな。お前らの言うあの子供……あの子供とやらが、お前らに俺を襲えと命じた奴だな?」
どこからともなく声が聞こえ、二人の名を呼び、足止めしろと命じてきたあの声の主。少年だろうとは思っていたが、やはり子供だったか、と思いつつ彼らを見守っていると、首を縦に動かした。
(……どう思う、ザイ。こいつらの人となりがわからんが……何というか、やけに素直というか……)
(ここは二人を信じても良いんじゃないか)
相棒であるザイに問いかけてみると、相棒は即答してきた。その根拠は何だと思ったが、続けて脳裏に響く言葉に、ふむと頷いた。
(私の能力で、この者達の奥深くにあった”悪意”も消えたからではないか)
(なるほど……いやまて、お前の能力ってそこまで強力だったか?)
頷き、しかしすぐに異変を感じ、逆に問いかけてみる。するとザイは、肩をすくめて(正確には、すくめたように感じた)、
(理の影響だろう。ともあれ、信じても良いと私は思うぞ)
(………)
相棒の言葉にため息をつき、トレイドは頷いた。
「……わかった。頼む、力を貸してくれ」
「……はは、おかしな奴だな、お前は」
「な、何だよ……」
彼の言葉に、男の方が目を見開き、次にその口元に笑みを浮かべてそういった。不服そうに不満な表情を浮かべるトレイドに向かって、今度は女が声をかけた。――こちらも、笑みが浮かんでいた。
「頼んでいるのはこっちなのに、逆に頼んでくるなんてね……わかったわ、私たちも力を貸します。でも……貴方の力も貸して下さい」
「……………あぁ」
めちゃくちゃ不満そうに頷いたトレイドを先頭に、三人は校舎に向かって走り出した。男と女――ゼルファとルキィを引き連れて校舎に突入したのは、その八分後だった。
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「うらぁぁぁああっ!!」
手加減なしに、力任せに振るったゼルファの大剣はあっさりと躱されてしまう。――体が重く感じる。先程トレイドと戦った影響か、それとも浄化の炎で呪根が焼かれてしまった影響か。
「もういっちょ!!」
だが、そんなことはどうでも良いとばかりにゼルファは吠え、大剣を振るった勢いを利用して体を軸に回転させ、もう一度どう方向からの攻撃を仕掛ける。彼自身の力に加えて、回転の遠心力も加えた一撃は、やはり躱されてしまう。
「………」
妙だな、とばかりにゼルファの大剣を次々と躱す少年は、重い一撃を躱した直後、突如右手を後ろに回した。――その手は、細剣の刀身を掴んでいる。
「なっ!?」
「……僕が気づかないとでも思ったのかい?」
気配を殺し、音もなく背後から近づいていったルキィの二刀レイピアの片割れを、見もせずに片手で白羽取りしたのだ、この少年は。あまりにもあり得ない光景を目にしたルキィとゼルファは、一瞬硬直してしまう。
「――――」
その硬直を見逃さず、手をパンと合わせ、両手の掌を彼らに向ける。――次の瞬間、二人はいきなり吹き飛ばされた。ゼルファは壁際に、ルキィは生徒達の方へと。
「がっ!?」
壁に打ち付けられたゼルファは、その衝撃で肺から空気を全て吐き出し、すぐには立ち上がれなくなってしまう。一方のルキィは生徒達の方へ飛ばされ、その方向にいた数人の生徒達が彼女を受け止めた。
「あ、あんた、これ一体どういう……!?」
「話は後にしな! それと早く退くんだ!」
「あだっ! ―――っ!?」
受け止めてくれたため、素早く体勢を立て直すことが出来たルキィは、状況が飲み込めずおどおどしている生徒を押しやった。彼は尻餅をついたが、その頭上を何かが高速で通り過ぎていった。早すぎて見えなかったが――あれはおそらく――
ともあれ、押しやられなければ、高速で通り過ぎていったそれに頭を打ち抜かれていたことは明白だろう。生徒は表情を強ばらせると一目散に距離を取る。
「………っ!」
飛ばされた際手放してしまった証を引き寄せ、再びその手で握りしめ、少年の方を睨み付ける。だが彼は、不思議そうな――それでいて嬉しそうな表情で首を傾げた。
「何だろう……君達の未来がよく見えないね。もしかして……」
ゼルファとルキィを交互に見ていた彼の視線は、やがて背後から接近してきたトレイドに向けられる。剣先を起点に、魔力を円錐状に放出させて突撃してきた彼を嬉しそうな顔つきで迎え撃つ。
「――君の影響かな、トレイド君」
「――――」
名を呼ばれ、しかし彼は応じない。応じる余裕はないのだ。彼の主力で、決め技の一つであるジャベリング・アローを、やはり少年は片手で受け止めたのだ。
よく見ると、ジャベリング・アローを受け止めた彼の右手には光が宿っている。――おそらく魔力だろう、それを纏わせた手で純粋魔力攻撃を受け止めたのだ。それだけでも信じられないが――
「っ……っ!!」
――そもそも、このビクともしない馬鹿力はなんだ!?――剣先を止められたまま、ぴくりとも動かない――いや、動かせない剣に力を込めつつ、彼は胸中ぼやく。魔力を纏っているとは言え、剣先を素手で受け止めただけでも信じがたいが、受け止めたまま、トレイドの突進さえも完全に止めている彼の力にも驚愕していたのだ。
一方、少年は魔力障壁越しにトレイドを見やり――ちらりと、その視線が自分の背後に向いたことに気づいた。自然の加護を発揮していたトレイドは、少年の視線の先にいる人物が誰なのかを悟り、そちらに注意を向けまいと押し込んでいた剣を、逆に引いた。
「っ! おっと……」
急に剣を引かれたことに驚いたのか、そんな声を漏らし――しかし、体は全くぶれなかった。剣は相変わらず、少年の手に掴まれたまま。
「押してダメなら引いてみろ、っだったかな? どうやら、”彼女”に手を出させたくないみたいだね」
「………っ」
がっちりと拘束されたまま、少年はトレイドの心情を正確に見抜く。目元を険しくさせて少年を睨み付けるトレイドに対し、彼は笑って答えてみせる。
「図星だね。――そして君は黙っててくれ、ルキィ」
「っ!? あぁっ!!」
後ろを振り向かずに、空いている片手で後ろを払い、息を殺して近づいていたルキィに襲いかかった。不意打ちを仕掛けようとしていた彼女は、逆に不意打ちを受けてしまったものの、ぎりぎりの所で細剣を交差させて防御する。
――だが。少年は片手で軽く払ったというのに、ルキィの体は軽々とはじき飛ばされてしまう。今度は壁に叩き付けられ、悲鳴が上がる。
「てめぇ……!」
「何で君が怒るんだい? 彼女は、僕たちと一緒に学園を襲ったエンプリッターの一員だよ。それを庇うのかい?」
「それをお前が言うのかよ! 呪術を使って化け物に変えて……テメェが操ってんじゃねぇのか!?」
「まさか。僕は彼らに”力”を貸しただけだよ。あぁでも、操っているっていう点に関しては当たりかな? 何せ変身した彼らは知性がないからね。僕が操ってあげなきゃ、何をしでかすかわからない危険な存在なんだから」
「―――――」
――絶句した。この少年はそう言ったのだ。”知性がないから、僕が操ってあげなきゃいけない”――その言葉が、トレイドの怒りに火を付けた。その怒りが、彼の頭を真っ白にさせる。
彼らが危険な存在になったのも。彼らが知性をなくしたのも。――全部……っ!!
「てめぇのせいだろうがッ!!」
「っ!!」
瞬間、トレイドの背に金の翼が顕現する。強引に剣が振り払われ、片手で白羽取りしていた少年の手が、四指全て宙を舞う。少年は驚きの表情を浮かべて、バスタードソード――片手でも両手でも扱える汎用剣と化した証を振るうトレイドを見やった。
――今のトレイドに、ためらいはない。少年の心臓を穿とうと、剣先に狙いを付けて――
「――――」
少年の手が動く。コベラ式の白い魔法陣を展開させ、そこから出て来た”それ”を掴み――
「………っ!?」
――何かが、レナの隣を通り過ぎた。その影響で生まれた突風に思わず腕で顔を覆ってしまったが、パラパラと何かが崩れる音、そして苦しそうな呻き声に、ハッとして後ろを振り返る。
「ぐっ……!?」
「ト、トレイドさん!?」
そこには掌と肩、そして膝を鉄杭で打ち込まれ、壁に貼り付けにされたトレイドがいた。その姿に、レナは悲鳴を上げた。
「何だ、今の速さ……!」
「ト、トレイドさん……血が……!?」
苦しそうに呻いているが、見た目に反してダメージはあまり大きくはないようである。だが不自然な点がある。鉄杭を打ち込まれた部分からは、不思議と血が流れてこない。代わりに、微かに魔力があふれ出ている。これは一体――?
幸い他の生徒達はそのことに気づいていない。戦闘によって証明が落ち、部屋が暗いせいもあるが――大半の生徒達はすでに距離を取っているのだ。だから、彼の不審点に気づいたのはレナと、そして少年だけだろう。
「全く……斬られても平気だけど、“痛みはあるんだから”遠慮して欲しいね。おかげでつい得意な魔法を出しちゃったじゃないか」
――だが、少年は気づいているだろうに、そのことを指摘せずにそんなことを言う。少年の言葉にハッとしたトレイドはそちらを見て、目を見開き驚愕を露わにする。
「えっ……あ……あぁ………っ!?」
「……お前……まさか……っ!」
その光景を、レナも見た。完全に切断された右手のちょうど上半分――そこから、トレイドと同じように血が流れることはなく、代わりに魔力が溢れていることに。
彼が右手を持ち上げると、溢れていた魔力が意思を持つかのようにある形へと変わっていく。四股に別れた――すなわち、四指へと。ものの一瞬にして、斬られたはずの右手が元に戻っていた。
「……フェル・ア・ガイ……だったのか」
左手に杖型の証を持った少年を、壁に貼り付けにされたトレイドは信じられないとばかりに見据えて呟いた。