第22話 刃を向ける先~2~
壁に張り付いていた襲撃者達が地面に落ちた際、装備していた銃器も手から離れてしまったのか、タクトが地面に降り立ったときには二人とも、それぞれ盾と杖の形をした証を手に取っていた。
「……一つ聞きたい。あなた達は一体何者だ? 何でこんなことを……」
「それをわざわざ言うと思うか? 俺たちが何者なのか、そして何の目的で学園を襲ったのか、お前が知る必要はない。……知ったところで、意味はないのだからな」
タクトの問いかけに、杖を持った男は答えた。二人とも――いや、上にいるであろうもう一人を含めると三人か、ともかく見た目がほぼ同じのため、区別するのがなかなか難しい。今はその手に証を持っているため区別できるが。
杖の男の前に、盾を掲げた人物がいる。盾は意外と大きく、その影に隠れながら二人はいる。――だからこそ、タクトは警戒していた。二人とも顔は出している――が、両者ともに口元も覆う覆面をしているのだ。
「我々は、刃向かう者には容赦はするな、といわれている。……学園生よ、首を突っ込んだことを後悔するがいい」
杖の男がタクトを睨み付けながら言い、次の瞬間男のは以後から雷球が生み出された。男は呪文も法陣も展開していないのに――タクトは目を見開いて驚きを浮かべ、その驚き顔を見たのか、男は口元に笑みを浮かべた。
「――逝け」
男が呟き、同時に雷球が放たれた。本来雷というのは高速で動くことが出来るのだが、雷球の速い――しかし以前放たれたことがある”雷”と比べると全然遅い方だ。
これは雷属性の制御の難しさから来ている。何せ、雷と言ってもその正体は光――一秒間で地球を七周半出来る光を、細かく制御することは出来ない。ただ雷を放つだけだと、自身も巻きこむ恐れがある。だからこそ、雷を球状にして放っているのだ。
自身に向かって飛んでくる雷球に驚きを浮かべ――しかし、ふっとその姿が消えた。
「なっ!!?」
「どこに!?」
杖の男が驚きの声を上げ、盾の証を持つ人物も狼狽の声を上げた。――声音から女性だと分かる――何せ、“影が一つもない”のだ。放ったのは雷球、その光はまぶしいばかりのはずだ。当然、地面に影を色濃く映し出す。
だが、女の目の前には影は一つもなかった。これは一体どういう――そこで、ふと気がついた。この場所で、影が出来ない場所が、一つだけ――
「上!!」
「何っ!?」
「遅い!」
女の叫びに男は驚きを浮かべながら上空を見つめ――そこには、瞬歩を持って上空へ逃れたタクトが、展開した法陣を足場に突っ込んで来るところだった。
女は背後の男を押しやり、タクトが振るう一刀をその盾で受け止める。刀と盾を交差させた状態での力勝負となり、タクトと女は互いの得物を挟んでにらみ合う。
「――そっちの男が俺の注意を引いている間に、盾の影に隠れて呪文詠唱……。よくあるコンビネーションだね」
「っ………!」
――やはり気づかれていた。雷球を放った瞬間、ほんの一瞬――彼が驚きを浮かべるその寸前に、笑みを浮かべたような気がしたのだ。そのため油断出来ず、結果的にいち早くタクトを見つけることが出来たのだが。
「そして――」
「――横ががら空きだ!」
女の背後から怒声が響き、盾の向こう側から今度は火球が現れ、タクトに向かって四方から襲いかかる。しかし事前に炎が――つまり魔術が来る、ということには気づいていたため、タクトはその場で後方へと跳躍し、盾の女から距離を取る。
(こういうとき、魔法が使えないのが痛いな……)
二人組から距離を取り、刀を構え直すタクトは胸中で呟く。あの二人は基本的なコンビネーションを取っている。一人が魔法を、一人が時間稼ぎを。その練度も中々のものだ。
「………」
チャキッと刀の切っ先を軽く向けるタクトを相手に、二人組は互いに目配せをしている。この距離と、外部的な要因により音が聞き取りづらい耳では、二人が何を話しているのかはわからない。――だが。
――その時、頭上でパキィンとガラスが砕ける音が響き、同時に細かな破片が落下してくる。ふと上に視線を送ると、そこには一匹――一体の龍の姿が。
「なっ……」
驚き、しかしその姿が妙に透けているのを見てタクトは悟った。アレは水竜――友人であるアイギットの得意とする術である。水で象られた竜の中には、黒ずくめの男が一人がいる。――おそらく、タクトが最初に気絶させた男だろう。
――と、何を考えているのか、急に水竜の姿が消え、中にいた男が落ちてくる。ドシン、という衝撃音と共に地面に落下してきた男は、呻き声を上げながら立ち上がる。
その姿を見て、タクトは眉根を寄せた。
(……いくら何でも、体丈夫すぎない……?)
あの男は、始めにタクトの一刀によって気絶していたはずだ。いくら刃を潰したとはいっても、それ以外は手加減抜きで放ったタクトの爪魔を、まともに食らっていたのだ。――だというのに、今意識がある?
――そもそも、何故この男はアイギットの手によって廊下から追い出されたのか。まさかとは思うが、僅か数秒で意識を取り戻したというのだろうか。
「………」
言いしれぬ悪寒が、タクトの背筋を走った。地上四階からたたき落とされてなお平然と立ち上がった男を見据えながら、彼は刀を握る手に力を込め始める。
危険――ただそれだけだ。この男は――いや、この襲撃者達は、何かがおかしい。その危険も、タクト自身への危険ではなく――
「あなた達は……」
「くそ、あの金髪のガキ……戻ったらぶっ殺して――」
「お前、その前にこいつにぶっ飛ばされていただろう? ……まさかこいつ一人に襲撃を潰される羽目になるとはな……」
タクトの心情など露知らず、殺気立った目で彼を睨む男を押さえながら、杖の男もタクトを睨んでいる。その前方で佇む盾の女も同様だ。
三人から一斉に殺気を向けられ、しかしタクトは動じることもなく刀の切っ先を向けている。――先程から自然の加護を発揮しており、その気になれば彼らの様子を見なくても反応できるのだが、流石にそこまではしない。
「……最初に、この子から行きましょう。私たちの邪魔をした報いを受けさせる意味もありますが、何よりもこの子……おそらく、生徒会の一員だと思われます」
「…………」
盾の女が、タクトから視線を外さずに男二人に述べた。生徒会云々は彼女の勘だろうが、的中しているのがあまり笑えない。言葉を発さないタクトを見て、無言の肯定と受け取ったのか男二人は驚きから一遍、杖の男は半ば呆れた様子でため息をつく。
「……生徒会の一員でありながら、我ら精霊使いの、真なる使命に気づかぬとは……」
「……精霊使いの、真なる使命……?」
――ドクン、と心臓が波打った。タクトの脳裏で、昔聞いたある言葉が響いた。
『貴様、精霊使いか! このような僻地で出会えるとは……』
『少年、興味はないか? 我ら精霊使いの、真なる使命に』
『この”実験体”は、我ら精霊使いにとって、未来を示す道しるべに――!!』
「………」
硬直したタクトを見て何を思ったのか、タクトが最初に吹っ飛ばした男が、一緒に落ちてきた槍を手元に引き寄せ、笑みを溢しながら口を開いた。
「知らないか? まぁ、今のふぬけ本部が教えるわけねぇよな? 俺たち精霊使いはな――」
~~~~~
――一階の廊下に閃光と銃声が走る。襲撃者達が放つ銃撃と、迎え撃つ学園の生徒達。日頃から戦闘訓練を行っている者達がここに集まってきているのか、生徒達は誰一人臆することなく襲撃者達を押さえ込んでいた。
「………ち」
――しかし、状況は芳しくなかった。襲撃者達と戦っている集団の中心にいるフォーマは、ずり下がってきた眼鏡をあげながら舌打ちを漏らす。というのも――
「――っ! くそっ」
彼の近くにいた生徒が呪文を唱えようとして――しかし、彼に向かって放たれた銃弾に気づき、法陣を展開させて受け止める。そのさい、軋むような音を響かせたが何とか防いだ。――だが、唱えようとしていた呪文は、途中で中断されたためか、何の力も発揮されない。
いくら属性変化術を発動させるための呪文が一言だけとはいえ、途中で集中を切らせてしまえば魔法は発動出来ない。
もしこれが普通の弾丸ならば、法陣で受け止めても大した集中を切らすことはない。だが、襲撃者達の持つ銃器が放つのは、本来の金属弾ではなく、魔力弾。純粋魔力は密度にもよるが、物理的破壊力が高くなりやすく、下手をすれば即席の法陣など破壊してしまいかねない威力を備えていた。
先程法陣で受け止めた際、軋むような音を立てたのが良い例だ。現に数人ほど、法陣を破壊されて負傷している。――そして、その光景を見たからこそ、皆守りを固めるしかないのだ。
本来ならば、これほどの量の純粋魔力を使っていればすぐに魔力が枯渇しそうなものなのだが、その様子は一切見られない。――それもそのはず。フォーマの見立てではおそらく、魔力は“あの銃自身”が持つ魔力を使っている。
銃器には詳しくないが、時折、何か(弾倉)を交換している様子が見受けられるのがその証拠だ。本来精霊使いは、魔力を使いすぎてしまえば疲労が激しくなり、戦うどころではなくなってしまうが、向こうは魔力切れを起こしても戦闘不能にはならない。
(あの武器を破壊するのが一番……だが……)
フォーマは敵集団を見据えながら冷静にそう分析していた。だが、ここは狭く一本通行の廊下であり、集団の横や後ろに回り込むことは出来ない。となればお互いに飛び道具がある方が有利になる。
集団は魔力弾を放つ銃器を、生徒達は持ち前の魔力を使った、主に水か風といった魔法をそれぞれ交錯させている。――しかし法陣という名の盾を砕きかねない攻撃を、タイムラグなしに放つ向こう側にアドバンテージがあった。
いくら強力な攻撃とは言え、撃てなければ意味がない。ましてや水と風はともかく、炎や雷、土と言った魔法は、寮を燃やしたり、もしくは局所的に脆くしてしまう恐れがあるため、うかつには使えない。生徒達はもどかしさを感じながらも、次第に防戦一方になっていくのを歯がゆく思っていた。
フォーマもその状況に歯がみしつつ、法陣を盾にしてそちらにも意識を向けながら、杖型の証を手に呪文を二つほど唱える。
杖の先に青と緑の法陣が展開され、それぞれ水と竜巻が生み出された。その二つを合わせて、敵集団に向けて一気に放つ。水を含んだ竜巻は、滝にも等しい重さを持って敵集団に放たれた。
「ぬっ!」
集団の先頭にいた男はその竜巻に気づき、自身の目の前に法陣を展開させた。それもただの法陣ではなく、廊下を丸ごと分断するほど大きな青の法陣。その法陣を見て、フォーマは目を見開いた。
「まさか……」
「――――っ!」
――そのまさかが起こった。フォーマが放った水の竜巻は、男が展開させた青の法陣に衝突するなり、竜巻から魔力の残滓が零れていく。竜巻が吹くんだ水を、魔力に逆変換しているのだ。それも、他人の魔力で生み出された水を。
逆変換自体はさほど難しいことではない。――だが、他人が生み出した自然物を逆変換するとなると話は別だ。魔力の違いが、どうしても変換を阻害してしまう。
だというのに、目の前の男は水の竜巻の水の部分を、完全ではないにしろ魔力に変えていく。当たれば確実に意識を奪うであろう重さを持った竜巻が防がれてしまった。
「………」
フォーマが大技を放った影響か、生徒側からの反撃も一時的に止む。相手は青の法陣の向こう側にいるため、攻撃が届きそうにはないためだが、それは向こうも同じ。
お互いに攻撃の手を休めつつ、しばしの静寂が訪れた。フォーマはずり下がってきた眼鏡をあげながら杖を構え、正面を睨み付ける。
(……僕らは生徒だから当たり前だけど……向こうに数人、”格上”の精霊使いがいる……)
数は確実にこちらが上――しかし、向こうは質ではるかに勝っている。しかもアドバンテージのある”兵器”まで持ち出してだ。
(……先生達がこの事態に早く気づいてくれれば良いんだが……連絡しても音沙汰なし。望み薄か……せめて、タクトかアイギットが来てくれれば……)
生徒達を守りつつ、この状況を打破する――それが、現生徒会会長の役目であり義務だ。残念ながら負傷者は出してしまったが……死者は絶対に出さない。フォーマは決意を固めながら杖の先端を集団に向ける。
その反対の手は、首からぶら下げたネックレスが握られていた。装飾が施された十字型のネックレスをぎゅっと握りしめる。
――もしもの時は……”禁じ手”を使うか。フォーマが決心したその時。不意に、襲撃者の一人――水を魔力に変換した奴だ――が法陣を解除して前に出て来た。生徒達は一斉にそれぞれ証を構え、しかし男が両手を挙げながら前に出て来たことに驚き、動きを止める。
「……フェルアント学園の生徒達よ。我々が要求するのはただ一つ」
一人、前に出て来た襲撃者――声の低さから男と思われる――は、今更ながら要求を口にした。確かに男の力量、そして彼の背後にいる集団が持つ銃器は脅威だが、生徒達はまだこの状況に屈したは言いづらい。
なのに何故――フォーマは眉根を寄せるが、続けざまに男が口にした言葉に、そっと息を吐き出した。
「この要求に従うのならば、我々はここで手を引こう。だが断れば――」
「……要求を聞こう」
「なっ……会長!?」
いきなり襲撃してきた連中が、急に譲歩を持ち出してきた。その行為に不信感を抱き、フォーマは生徒達を代表して男と同様前に出た。彼の側にいた生徒達が声をかけるも、それを手で制して一人前に出て、男と相対する。
――男も、先の水の竜巻を放った生徒だとわかったのか、若干警戒心を露わにしてフォーマを見下ろした。
「……君は?」
「フェルアント学園、生徒会会長フォーマ。まずはそちらの要求を聞きたい。出来るのならば、被害は押さえたいからな」
「……フォーマ? ……クックック……そうか、そういうことか……」
名乗りを上げたフォーマを見て、男は驚き、次いで得心がいったように笑みを浮かべた。――そして突如、隠し持っていた小型の銃をフォーマの額に向ける。
「会長!!」
「おいフォーマ!?」
「動くんじゃないッ!!」
油断はならない――しかし話し合いに持ち込みそうな雰囲気が漂っていたというのに、だまし討ちに等しい手法に、生徒達は怒りを露わにして呪文を唱え――だが、それは全て銃を突きつけた男の叫びによって押しとどめられた。
「……要求は何だ? 生徒達を人質にとって身代金か?」
一方、フォーマは鈍感なのか冷静なのか、銃を突きつけられてもなお平然と男を見据えていた。肝が据わっている彼に、男はふっと笑みを漏らし、
「……あぁ。人質という点ではあっているな。だが、身代金ではない。……そして人質にするのは君だよ、フォーマ……いや、”№4”?」
「―――――」
――№4――その呼び方に、フォーマは目を見開いた。まさか、こいつ!
「さて、もう一人……”№7、鈴野レナ”を連れてきて貰おうか? ……我々の目的は、君達だ、”フェル・ア・チルドレン”……精霊の子供達」
フォーマに銃を突きつけた男は、その目に狂気を滲ませながら告げた。――フォーマは、この男の、この襲撃者達の正体に察しが付いていた。自分たちフェル・ア・チルドレンの存在を知っているのは極一部。
フェルアント本部の上層部と、親しく信頼の出来る友人、そして自分たちを“生み出した存在”。――そう、こいつらは――!
『“我ら精霊使いこそが、世界を統べるに相応しい”』
「……貴様ら、エンプリッターかッ!」
フォーマの叫びに、男は笑みを浮かべながら彼を見下ろすのだった。