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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第22話 刃を向ける先~1~

「………」


深夜のフェルアントの街並みは、静寂そのものだった。明かりの付いた部屋はいくつもあるが、流石に数は少なく、人通りもないに等しい。そんな中、高い建物の屋上からフェルアント学園を遠視する少年の姿があった。


彼は無表情に学園を見据えながら、やがてこくりと頷いた。――そして、彼の合図と共に、エンプリッター達が学園を襲撃するのだった。




――その数分前――


学園側からあてがわれた、教師達が寝泊まりする教師寮の一室で寝っ転がっていたトレイドは、昼間から続く胸騒ぎが気になって仕方がなかった。どうにも嫌な予感がする。しかし、あくまで予感であり、現に今日一日何も不自然なものはなかったのだ。


あるとすれば、どこからか感じる謎の視線。しかしその視線の方向を辿っても誰もいなかったりするのだ。自然の加護を用いても発見できず、気のせいだという事にはなったが、いまいち信用しきれなかった。


確証がない不安――これほど神経をすり減らす厄介ごとはないだろう。ため息をついてベッドの上をごろごろとするトレイドの表情は顰めっ面だった。そんな相方の心情を察しているのか、ザイは呆れたような声音で彼に言う。


(……何がそんなに落ち着かないのだ。調べたところ何もなかったんだろう?)


(そうなんだけどよ。……だけどどうにも嫌な予感しかしないんだよなぁ……。しかもその感じ方も、普通じゃないって言うか……)


う~ん、と顰めっ面のまま脳内で相棒と語り合うトレイド。この胸騒ぎも、何か“違う”のだ。まるで―まるで……。


そこまで言いかけ、しかしトレイドにはこの感覚を言葉にして伝えることは出来なかった。無理に言葉にすれば、どこかずれが生じてしまう――そんな気がしていたのだ。


だからこそ、彼は煮え切らない返答しかしない――というか出来なかったのだ。相棒であるザイにはその辺のことがいまいち伝わっておらず、彼からすれば煮え切らない返答ばかりでイライラしていたりする。


「……あ~くそ……もうふて寝しようかなぁ……」


ベッドの上で仰向けになった彼に、ザイはもう知らんとばかりに口を閉ざす。――こう言いながらも、朝まで悩み続けるんだろ、とザイは独りごちる。


――そんなときだ。枕に顔面を押しつけていたトレイドが、突如ばっと顔を上げた。その表情には、苛立ちは一切なく――代わりに、真剣な色が浮かび上がっている。


(どうした?)


その変化を感じ取り、口を閉ざしていたザイは問いかけ――しかしその時には彼はベッドから飛び上がるなり一直線に扉に向かう。


(……誰かは分からんが……招かれざる客が来たみたいだ)


(何……?)


部屋を出て廊下を一人突っ走り、どこかへ向かうトレイド。その途中で彼はザイの問いかけに答えたのだ。招かれざる客――まさか――


(……これが、”嫌な予感”の正体か……? ……いや……違う……?)


知らず知らずのうちに、トレイドは胸元をぎゅっと掴んでいた。自分でも言葉にすることの出来ない感覚に苛立ちを覚えながらも、トレイドは侵入者が入ってきた方向へと走っていったのだ。


「……む、トレイドか。どうかしたのか?」


「あ、えーっと……シュリア……さん……だっけか?」


外に出る玄関まで来たとき、ちょうど鉢合わせした青い髪の女性に声をかけられる。今教師寮に戻ってきたのだろうか、その手には学園で使われていた教材があった。シュリアは何やら慌てている様子のトレイドに首を傾げながら、


「……何やら尋常ではない雰囲気だが……どうかしたのか?」


「いえ、なにか……外からお客さんの…………っ!!?」


彼女に語りながらも玄関を開けようとして――そこで、トレイドは驚愕した。扉が開かない。


「……おい、嘘だろ……?」


「……トレイド?」


ガッガッと力任せに扉を開けようとしても、それを上回る力が掛かり、扉は動かなくなってしまっていた。彼は振り返り、”先程”帰ってきたシュリアに声をかけた。


「どうやって開けたんだ!?」


「どうやってって……普通にだが? ……あぁ、まさか鍵が掛かったままなんてオチは……」


シュリアは呆れ混じりに近づいてきて、しかし扉を見て驚愕する。鍵はきちんと外されていた。


「……変われ」


彼女の表情が険しくなる。トレイドも素直にその場から退き、彼女が扉に手をかけて空けようとし――しかし、まるで壁になってしまったかのように扉はびくともしない。


「……トレイド、一体何が……いや、それは後だ。それよりも、一体何のようで外に出ようとしていた?」


微かに眠気を帯びていた彼女の眼差しに、真剣な色が浮かび上がる。こうなった原因を解き明かす前に、何故彼が真剣な表情のまま玄関までやってきたのかが凄まじく気になってしまった。――まさか――そんな予感を覚えながら彼の返答を待ち、


「……まだ確証はないが……学園に侵入者が入ってきた……かもしれない」


――あくまで、かも知れない――まだ確証はない。だが、この扉が開かない現象を鑑みると――シュリアは迷わずトレイドに向かって、


「私が他の先生方を呼びに行こう。トレイド、貴方はここで……」


言う前に、彼はすでに展開した法陣から証を引き抜き、扉に打ち付けていた。――しかし、扉に傷一つ付いていなかった。


――知識を宿した証でさえ通らないか――シュリアは表情をしかめつつも、行動力のあるトレイドをそのままに、他の先生方を呼びに走るのだった。




教師陣が寝泊まりする建物を“丸ごと”結界に包み込んだ少年は、街の一番高い建物からその様子を遠視している。時折結界に振動が走る物の、それを壊すまでには至らない。そして少年には、中の様子も把握していた。


「……教師達も困惑しているね。そんな中で素早く行動に移したトレイドは良いね、うん。……ま、”君の足止め用”に構築した結界だから、破壊するのはなかなか手こずると思うよ」


聞こえないだろうに、少年はトレイドに向かって言ってのける。ともかく、これで厄介な教師達と危険人物は揃って封じ込めた。――後は、エンプリッターがこちらの思惑通りに動くかどうか――いや、それも心配はないようだ。少年は口元に笑みを浮かべた。


――好意的な笑みではなく、呆れを多分に含ませた失笑を。


「……君は僕の思惑通りに動いてくれるね。……君の道化っぷり、ここから見ていてあげよう」


その言葉は当然届かない。学園から離れた街にいる彼と、今まさに“学園にいる相手”の間には相当の距離がある。届くはずがなかった。


しかし彼は――届いてくれと言わんばかりに口を開くのだった。


「さぁ――僕が与えた力、存分に扱うと良いよ」




――始めに耳にしたのは、女性の悲鳴だった。続いて響いてきたのは、バンバンという聞き慣れない――しかし聞いた覚えのある音――銃声だ。


寮の部屋で叔父から手渡された『日本書紀』を呼んでいたタクトは、下の階から突如響いてきた音に目を瞬き、次いで素早く廊下に出た。廊下に出ると、あの音を生徒達も聞いたのだろう、わらわらと寮の部屋から顔を出している者達がいた。


廊下に出て来た生徒の大半は、何が起こっているのか分かっていない、困惑した様子を見せている。――今の彼には分かる。今ここにいる者達の大半は、大なり小なり不安を感じ取っていた。


兵器の持ち込みを原則禁止としているフェルアントでは、銃声などは馴染みがない。だからこそ先の音にも鈍感な反応を示しているのだ。――だが、何やら不味い物かも知れない、ということぐらいは感じ取っていたのだ。


「みんな落ち着いてくれ! 様子を見に行くから、みんなはこの階から出ないように!」


そんな中、タクトにとっても先輩に当たる数人の学生が声を張り上げ、恐る恐る下の階へと降りていく。――しかしその時だ。


「――っ!! そこから離れてッ!!」


――突如、横手の窓が割れた。それよりも一瞬早く気づいたタクトが叫ぶも、その窓の近くにいた生徒達は反応できず、割れたガラスの破片が体に突き刺さった。


「うあぁぁぁっ!!?」


「いってぇ……っ!!」


数人が被害に遭い、悲鳴が上がる。驚きと恐怖で生徒達が固まる中、タクトはガラスを割って侵入してきた者に向かって突進する。


「てめぇら動く――っ!!?」


侵入してきた者は、全身黒衣に包まれていた。そしてその手には、タクトには見覚えのある武器が握られていた。


でかくてごつい塊――銃、それも所謂アサルトライフルだ。一瞬証かと思ったが、違う。しかし、だからといってタクトの故郷である地球の兵器ではなさそうだ。ともあれ、兵器の持ち込みが禁止されているフェルアントで何故――と脳裏を過ぎった彼だが、今はそれどころではない。


突進し、距離を詰めてきたタクトに気づき、侵入者は銃口を向ける。――だが、彼は引き金を引かれる前に法陣から引き抜いた刀を一閃させ、銃身を半ばから斬り裂いた。


「なっ……! てめぇっ!!」


「――っ」


半ばから斬り裂かれ、使い物にならなくなったライフルを捨てると、男は白い法陣を展開させ、そこから証を取り出そうとする。目の前の男も精霊使いだ。――なら、さほど”手加減しなくて良い”。


「霊印流一之太刀――爪魔」


ぽつりと呟く流儀名と技名。その基本の太刀を、刀の刃を潰して全力で放つ。男が証を取り出すよりも前に、男の横っ腹を全力で叩き、吹き飛ばした。全力の、渾身の一撃である。


吹き飛ばされた男は運良く壁に激突し、そのまま動かなくなった。おそらく生きてはいるだろう――しかしそんなことを確かめることはせず、タクトは即座に割れたガラス面へと視線を向ける。


そのままじっとガラス面を見据えていると、突如窓の下面が砕け、次々と弾丸が放たれた。窓の外で待機していた連中が壁を砕き、そこから銃を放ってきたのだろう。それに合わせて呆然としていた周囲の生徒達から悲鳴が上がる。


「っ……!」


タクトはバッと左手を伸ばして大きめの法陣を展開、それを盾にして、背後にいる生徒達から放たれる弾丸を防ぐ。弾丸が放たれた瞬間、タクトはハッと目を見開いた。


――この弾……魔力弾……!?――


放たれた球は、純粋魔力による攻撃。それに気づき、タクトはこれ幸いとばかりに驚きの表情に笑みを付け加えた。


霊印流を用いる彼にとって、純粋魔力は扱いに慣れたものである。タクトは前方に法陣を展開したまま、その場で跳躍し法陣を飛び越えた。


空中で身を翻し、天井を蹴って窓面へと突撃する。――ほんの一瞬、砕いた壁から放たれる銃撃が止まり、次に空中にいるタクトに向かって放たれる。


「――――っ!」


次々に放たれる魔力弾の軌道を正確に読み取り、タクトは”自分に当たる弾丸”だけを刀を振るってはじき飛ばす。純粋魔力の扱いに慣れているため、自然の加護を用いなくともこのぐらいは察知できた。


刀で弾丸を弾くタクトを目にして驚いたのか、今度は放たれる弾丸の軌道がぶれ始めた。そのため刀で弾く必要もなくなり、勢いをそのままに窓面から外に飛び出した。タクトは再び空中で身を捻り、展開させた白い法陣を足場に着地する。


――そして背後を取られた、“壁に張り付いていた襲撃者達”がタクトに銃口を向けるも、タクトの方が僅かに早かった。


「――霊印流二之太刀・飛刃!」


タクトは刀を一閃、その軌跡にそって放たれた魔力斬撃が襲撃者達をまとめて襲い、その意識を刈り取ったのか、彼らはばたばたと地面に向かって落下していった。


その数は二名――すでに廊下で意識を失っている一人を含めると三人。たった三人で学生とは言え学園の寮を押さえようとしたのか。いや、その前におそらく下の階からも襲撃してはいるのだろうが。


一体何者が、何故、何の理由で学園の寮を襲ったのかは分からない。だが、襲撃されているのは間違いないのだろう。なら、仮にも学園の生徒会の一員として、他の学生を避難させるべきだ。


幸い、”もう一人”もこの事態に気づき、近づいている様子だ。まずやるべき事は――


「……彼らの詮索は後にしよう。まずはみんなを避難させないと……っ――!!」


そう思ったタクトは、法陣の上から割れたガラス面へと瞬歩を持って跳躍しようとし――その時、下方から襲い来る“炎”に気がついた。その炎は途中で軌道を変え、タクトの真っ正面から襲いかかり。


「くっ!」


彼は真上に跳躍してその炎を回避する。見ると先程地面に落ちていった二人が、早々に意識を取り戻したようだ。


(――早くないか!? でも、精霊使いだからな……)


全力で打ち込んだというのに、意識を取り戻すのが意外と早いことに驚きながらも、タクトはそんなこともあるかとばかりに受け流す。ともあれ、あの二人を無力化しなければならなさそうであった。生徒達のことは”もう一人”に任せるとし、タクトは表情を歪めて、重力に従って落下していく。




「……桐生の奴……強いのは知ってたけど……よく動けるよな……」


「あ、あぁ……俺なんてただ震えてるだけしか……」


窓の外で戦いを開始したタクトを見ながら、廊下に集まっていた学生達は口々に呟いた。タクトのことは色々と噂になり有名人となっているので、強いと言うことは知ってはいた。――だが、どの程度強いのか知っている者はあまりいない。


シュリアが担当する科目で、彼と一緒になった生徒は知ってはいるが――それでも、授業の時以上にキレが良い動きをする彼に驚きを隠せない。


「……流石、色々と噂の渦中にいる奴だ――」


「――てめぇら動くんじゃねぇ!!」


ぽつりと誰かが呟き、しかしその呟きをかき消すかのような怒声が上がった。皆驚きを露わにしてそちらを見ると、最初にタクトが吹き飛ばした襲撃者が十字槍を手にしている。


黒衣に包まれ、覆面をしている男は、表情が隠されているにもかかわらず顔に怒りを浮かべていた。男は槍を振り回しながら、


「あの糞ガキ、俺をコケにしやがって……っ!! てめぇら全員人質だぁっ!!」


力任せに振るわれる槍に、生徒達は悲鳴を上げて後ずさり――しかし一部の生徒は、先のタクトと同様証を取り出し臨戦態勢をとった。武器を手にした彼らを見て、男はニヤリと笑みを浮かべた――ように見えた。


「へ、てめぇら俺とやり合おうってかぁっ!!? 良い度胸だ、ぶっ殺して――」


「――させると思っているのか?」


「なっ!?」


脅し文句を言い、その狂気が入り交じった声に、証を取り出した生徒達は怯みを見せ――しかし男の背後から声がした。驚いたのは男――襲撃者の方だ。男は背後を振り返り、“それ”を見た。


「――……水の、竜――」


「――喰らえ」


水で象られた竜を見て、男は硬直する。竜は大きく開けた口で、男に食らいつき、飲み込んだ。男を捕食した水竜は割れた窓まで飛んでいき、そこで元の水に戻り――当然、水竜の中にいた男は水と共に落下する。


「…………」


あっという間に男を追い出した今の光景を見て、辺りは騒然となる。水、そして竜――これらを好んで扱う精霊使いが、一人いる。


「――みんな、大丈夫か!?」


「フ、ファールド!」


はねっ毛のある金髪の少年――今外で戦っているであろうタクトと同じ生徒会の一員であるアイギットがやってきたのだった。彼の手には証であるレイピアが握られている。


「すまない、みんなは早く上の階に、非難してほしい!」


「で、でもさっきみたいな奴がいるんじゃ……!?」


「どういう理由かは分からないけど、襲撃者達は少数みたいだ! それに、まだ上の階は襲われていない。確証は持てないけど、上の階にいる方が安全だ」


アイギットはそこで一端言葉を句切り、そこで再び口を開く。


「上の階は今、結界を張っている! みんなが集まって協力して結界を張れば、もっと安全な場所になるんだ! だから……みんなも、協力してくれ!」


――その言葉が決め手になったのだろう。生徒達はしばし困惑する様子を見せたが、やがて一人一人が頷き、上の階へと向かい始めた。


上の階には今、レナとコルダがいる。あの二人に後輩であるミューナやその友人達も力を貸してくれている。ここよりは遙かに安全な場所だろう。


上の階へと移動をしていく様子を見ながらアイギットは頷き、そして外を見た。先程外に落とした男が加勢して、タクトと襲撃者達、一対三の戦闘となっている。――一瞬、加勢に向かうべきかと思ったが、見るとタクトは三人相手に押している様子であった。


「……心配だが……今はタクトに任せよう」


その様子を見つめながら、アイギットは視線を廊下へと向けた。向こうに加勢は必要なさそう――なら、こちらは――


「早く、フォーマ先輩に合流しなければ……!」


――下の階にいる生徒会長との合流を優先する。一体襲撃者が何人いるのかはわからないが、今一番危険な場所にいるのはあの人なのだろうから。


(――一体何で急にこんな……! ……いや、今はそれを考えても仕方ないか……くそっ!)


内心悪態をつきながらも、アイギットは下の階へと通じる階段を下りるのだった。


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