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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第21話 向かう先は~2~

連日のレポートの嵐が過ぎ去り、ようやく学生生活で落ち着きを取り戻したと思ったタクト。だが、その次に待っていたのは、叔父からの指南であった。指南と言っても、手取り足取り教えるといった類いではなく、叔父との手合わせである。


――自分で見て真似て、そこから掴み取った技術こそ役に立つ、という考え方からだ。手取り足取り教えても、その本質は全く身につかない、ということらしい。


「…………」


食堂で一人席を取り、頬杖をついて目を瞑るタクト。講義が終わった後に叔父からの指南を受けているため、夕食の時間がいつもと大幅にずれ、最近マモル達とのすれ違いが多くなってしまい、一人で食べていることがある。


――マモル達以外に、一緒に食事をする仲がいない訳ではない。声をかければ快く一緒に食べてくれる級友達も当然いる。だが最近、タクトは一人でいることが多くなっている。


偶然ではない――タクトからそういう雰囲気が醸し出し始めているからだ。


――スサノオのことと精霊憑依、霊印流の型、そして記憶感応――正直、一人が背負うにはオーバーワーク過ぎたのだ。肉体的、そして精神的な疲労も相当な物。それが意図せずに滲み出てしまっているのだろう。


「………………」


まだ夕食の時間ではないと言うのに、食堂のテーブルに座り、頬杖をついているタクト。


――そして何よりも。


「…………………が」


ガクン、と顔を支えていた腕が崩れ、体が大きく崩れた。その衝撃で閉じていた瞳を開け、眠たそうに瞳を瞬かせる。


――寝ている相手に声をかけようとは思わないだろう。


「……………」


瞼の上から目を揉んでマッサージをし、息を吐き出して気怠げに椅子に寄り掛かるタクトは食堂の天井を見上げる。ここ最近の疲れからか、よく食堂の一角で居眠りをする彼の姿が目撃されるようになった。


「………食べて、寝よう」


食欲はある彼は、早めに夕食を取って早めに寝ようと決心する。ここ四日間は食堂が開いているぎりぎりの時間にやってきて食事を取り、その後第一アリーナに戻って閉館するぎりぎりまで叔父からの指南を受ける。


終わりは大抵日付が変わる頃――叔父も大変だろうに、けろりとしているのはどういうことなのだろうか。こっちの方がはるかに若いというのに。


ともあれ、精霊使いでさえも音を上げかねない密度の指南を受けてきた彼にとって、早めの指南の切り上げは大変喜ばしいことだった。食堂にやってきて夕食を食べ、骨休めをしようかなと思っていたのだが、まさか骨休みの方を先にやりかけてしまうとは。


覚えているのは、ふらふらな足取りで食堂に来て、テーブルに座って――そこから記憶が途絶えている。正確に言えば、その前後からの記憶がぼろぼろだ。良く思い出せない。


そうとう疲れが溜まっている――そう自覚できるということは、よほどのことだ。おぼつかない足取りで立ち上がり、彼は料理の受け取り口へと足を運ぶ。


(……そういえば、トレイドさんまだ来ていないのか……?)


ふと厨房の方へ視線を送ると、そこには見慣れた黒髪の姿がない。第一アリーナで別れた際、食堂に行くと言って先に出ていったのは彼なのだが。一体どこで油を売っているのか。そのことを模索する余裕はなく、タクトはまぁいいかと考えるのを止めた。


夕食を注文し、受け取り口で料理を受け取ると、先程座っていた場所に戻ろうとする。まだ夕食には時間が早いためか、人の姿はほとんどない。一人で早々と食べて部屋に戻ろう――ため息混じりにそう決意して、しかし。


「ほう、珍しいな。こんな早い時間にもう夕食か」


「……え? あ……シュリア先生」


声をかけてきた、青髪の教師――自身の担任でもあるシュリアの姿を認めて、タクトは無意識のうちに背筋を伸ばした。彼女は、自身の担任でもあると同時に、自身の生徒教導官の担当でもある。自然と畏まってしまうのが身にしみこんでしまっていた。


「先生も、もうご飯ですか?」


「あぁ、早いが時間が空いたからな。……それにしても、ずいぶんとひどい顔だな。寝ていないだろ?」


受け取り口付近でトレーを持ったままの彼の顔を見て、シュリアは珍しく苦笑を浮かべた。彼女もまた料理を受け取ると、そのままタクトの元へ近づき、


「ふむ、折角だ。教師と生徒で親睦を深めようじゃないか」


「……もう親睦深めていると思うんですけど……」


何かとやりとりが多いため、タクトもシュリアの人となりを把握していた。凛として厳しく、しかし頼れる女性――そんな感じか。


「まぁ構わないですよ。ただ、俺も疲れているので食事を取ったら早々に戻りたいので……」


「だろうな。ここ最近、桐生支部長からの指南を受けているんだったな」


青い髪を揺らしながら二人はテーブルに向かい合わせに座り、雑談を交えながら食事を取っていた。担当教師の言葉に、タクトは頷き、


「もうひたすら模擬戦の繰り返しです……。実家でもそうだったし、学園でも先生の元でやっていたんである程度は慣れてはいたんですけど……なんか、火が付いたのかな。それとは比べものにならないぐらいの密度で……」


「ほう、そうなのか。……ふむ、お前が音を上げるほどの鍛錬とは、興味を持つな。……明日もやるのか?」


「おそらく。そして来ても何もないですよ」


興味深そうに彼の話を聞くシュリアに、一応釘を刺しておく。もし彼女があの指南を見て参考にすれば――彼女が受け持つ実技が、途端に“死合い”と化すだろう。彼女の手伝いをする教導官として、それだけは阻止せねばならなかった。


ぴしゃりと言い放つタクトだが、シュリアは平然とした表情で返す。


「それを決めるのは私であってタクトではないだろう? というわけで明日見に行かせて貰うぞ」


「いや、その………」


――まずい、何が何でも来る気だ。興味深そうな色を浮かべているその瞳を見て、タクトはそう悟り、


「……いまやっているのは霊印流の鍛錬なので、出来れば人に見せたくはないんですよ」


「ほう、そうなのか。……ふむ、名残惜しいが、それならば仕方ないか」


つい口から漏れた嘘に、シュリアはあっさりと乗っかってしまう。内心で驚きを露わにするものの、それを顔に出すことはせずにポーカーフェイスを貫き通す。


――タクトは知らない。普段の行いが良いため、大抵のことは信じて貰えるのだ。そのことを自覚していない辺りが彼らしいが。


ともあれ、こうして彼女の授業で死人が出てくる心配がなくなったが、前から気になっていたことが一つだけあった。ちょうど話題もなくなり、お互いに黙々と食事をする空気が流れつつあったため、タクトは意を決して尋ねてみる。


「シュリア教官……先生は、セイヤ兄とは同学年だったんですよね?」


「ん? まぁそうだが……それがどうかしたのか?」


ほんの一瞬、教官の肩がぴくりと振るえたような気がしたが、タクトはそのことに突っ込むことはせず、ただ苦笑を浮かべて、


「いえ、その……セイヤ兄って、学園のことあまり話さなかったんですよ。学園を卒業したら、うちに戻ってくるのかなって漠然と考えていたんですけど、そのまま本部勤めになっちゃって……」


「あぁ、なるほどな……ようは、学生だった頃のあいつの話が聞きたいと?」


「えぇ、もしよかったら、ですけど」


タクトの説明にシュリアは納得し、ふむと一つ頷いてスプーンを置いた。彼女は昔――といってもたったの数年前なのだが――を思い出すように遠い目をして、


「……あいつは、ひどい男だったよ」


「……ひどい?」


――まさかの第一声に、タクトは表情を引きつらせて上擦った声を上げる。何がひどいというのだろうか、とふと従兄のことを考えて――即座に納得する。今はそうでもないようだが、昔はよく悪戯をしたり事あるごとに反抗したり、プチ家出をしたりと、それはもうやりたい放題だったのを覚えている。


ちなみに、タクトがおとなしめの性格に育ったのは、過去のトラウマもあるが何よりもセイヤの暴走っぷりを見て、「こうはなるまい」と反面教師にしたからである。


ともあれ、そのセイヤが在学中に目の前の担任の先生に粗相を働いたのだろうか。――まさか目を付けられている原因はこれか!? と内心冷や汗を流した物の、続けられたシュリアの言葉は予想とは全く違っていた。


「あぁ、ひどい……それでいて、楽しい奴だった」


「……楽しい、ですか」


「あぁ」


心なしか嬉しそうに口を開いたシュリア。その瞳はどことなく優しさに、慈愛に満ちた――そんな色を浮かべていた。


「最初はいけ好かない奴だと思っていたな。当時の私は、頑固者でな。あいつのあのいい加減さと不真面目さが気に入らなかったんだ」


「そうでしょうね……」


タクトとしても、それは同意できる。セイヤの不真面目さは、彼もよく知る所だ。あのいい加減さに何度巻きこまれて被害を被ったことか。


「だが、ちょっとしたいざこざがあって、私と他数名がそのいざこざに巻きこまれてな。そのとき助けてくれたのがアイツなんだ」


「…………はは……」


――やっぱり、変わっていなかったんだ、セイヤ兄。タクトは妙に納得したような気持ちで頷いた。――同時に悟った。何故シュリアが、セイヤ兄のことを信頼しているような表情で語っているのかを。


「あいつは不真面目で気まぐれで……そうだな、言わば不良のような奴だったんだろう。教師達にも散々迷惑をかけたしな。……だが、奴は根っこの部分ではお人好しだ。だからこそ、いろんな奴らから信頼されていたんだ」


「……やっぱり、変わっていないな、セイヤ兄は……」


嬉しそうに、誇らしげに――そして懐かしむように口を開いた彼女に、タクトも自ずと笑みがこぼれた。学生時代は、セイヤ兄は何も変わっていなかったんだ、と。実家にいた頃からそうだった。自分を弄ったり悪戯したり、さんざんな目に遭ったことは何度もあった。――それでも、本気で困ったときは必ず救いの手を差し伸べてくれた。


――だからこそ、タクトは気になっていたことをふと呟いてしまった。


「……セイヤ兄が、なんで本部勤めになったのか、わかりますか?」


「…………」


タクトの問いかけに、シュリアは目を瞬き、次いで視線を伏せた。――その仕草から、彼女は何かを知っている――そう感じたタクトだが、こちらから無理に問いかけることはしなかった。代わりに、何も答えずに口を閉ざすシュリアをじっと見つめる。


「……それは……アイツが、そうなるしかなかったから、だろうな……」


「……え? それは、どういう……」


ややあって、渋々といった様子で口を開いたシュリアの言葉に、タクトは目を瞬いて彼女を見やった。シュリアは、僅かに迷う素振りを見せた後、タクトをしっかりと見つめて問いかけた。


「……お前には話しておくべきだろうな。セイヤの血縁者としてではなく……現フェルアント学園生徒会の一人として」


こちらを真っ直ぐと見つめるその気迫に、タクトは思わず背筋を伸ばした。先程までの昔を懐かしむ雰囲気は完全に消え去り、彼女の授業の時のような緊張感が漂いだす。タクトも真剣な表情を浮かべてシュリアを見返し、教官は若干言いづらそうに、


「……お前は知っているだろう? 本部には、神器回収を目的とする暗部……マスターリットという部隊があることを」


タクトはコクンと頷いた。トレイドと行動を共にしていたとき、そして去年学園で起こった神器”アニュラス”――その両方で、タクトはマスターリットと遭遇していたのだ。


それに何よりも、先程まで話題に出ていたセイヤが、その部隊に所属しているのだ。


「そのマスターリットになるには、いくつかの条件があった。……そしてあいつは、その条件を全て満たしていたんだ」


「……条件……?」


眉根を寄せたタクトが呟くと、シュリアも頷き返して彼を見やる。――その瞳が、僅かに揺れた。タクトは嫌な予感を覚える。


シュリアは続けた――重くなった口を開けて。


「マスターリットになる……いや、選ばれる条件。それは……」



「――フェルアント学園在学中に、ランク三位以上と認められ、かつ神器の存在を知っている者。この条件を満たした者が、マスターリットに選ばれる候補になる」



「………え………」


シュリアの言葉を聞いて、タクトは絶句してしまった。ランク三位――精霊使いの純粋な実力を示す数値だ。十位から一位まであり、数が若い順に実力が高いと認められることとなる。


そのランクの第三位以上――一般的な精霊使いのランクは大抵六位から五位。さらに昇格するための基準が高くなるため、四位から高位の精霊使いと認知されることとなる。


三位ともなると、一つの支部内ではトップクラスの実力を持つことを意味しているのだ。つまりマスターリットは、各支部のトップクラスの実力派精霊使いを――しかも“学園在学中に達している”人物のみで構成されていることになる。


まさに将来有望な者達ばかりだ。タクトは本部にいたときに出会ったセイヤの同僚達を思い浮かべながら冷や汗を流していた。――確かに、彼らから感じた気迫は、強者のそれだ。あのトレイドでさえ、警戒感を隠しきれていなかったのだから。


「な、なんですかそれは……在学中に三位て……」


「あぁ。おそらく、今では二位……もしかしたらランク一位になった者がいるかもしれんな。私も、マスターリットの事情に通じているわけではないが……」


信じられない、とばかりに首を振るタクトだが、シュリアはふぅっとため息をついて補足する。――その補足は、タクトの脳裏に過ぎったことでもあった。


「最強集団とは良く言ったものだ……だが」


肩をすくめて、呆れ果てたと言わんばかりの態度を表すシュリア。しかし、その表情には微かに苦笑も浮かんでいることに彼は気がついた。


「お前とあのトレイドとか言うコックが、その最強集団から一本取ったらしいな。おかげでその辺の事情を知ってる本部の連中はてんやわんやだぞ」


「………」


言われ、一瞬何のことかわからなかったが、思い浮かぶ節があり、タクトは目をそらしながら恐る恐る口を動かした。


「えっと……俺は、何もしてないですよ? あれはトレイドさんが……」


「あぁ、その辺もある程度はな。おかげで今奴は非公式だがランク一位に登録されているらしい。全く、野良精霊使いが一瞬でそこまで持ち上げられると、我々も苦笑い物だが」


「……文句は全部あの人に。多分厨房に……」


自分は関係ない、と言わんばかりに目をそらし、タクトは厨房の方へ視線を送った。――だが、肝心の本人の姿がまるで見えなかった。


「………?」


まだ来ていないのか? と疑問に思うものの、いない人物のことをとやかく言うことはない。タクトは頬をポリポリとかき、気まずそうに視線を逸らした。


「…………」


そんなタクトを見やるシュリア。彼女の瞳には、迷いがあった。――目の前の少年に……生徒に言うか言わないか、彼女はひどく迷っていた。出来れば、このことは伝えたくはない――しかし、いつか知ることになるはずだ。


「……桐生。お前に、一つ伝えなければならないことがある」


――なら、ちょうど”マスターリットの話をしていた今”がちょうど良いのではないだろうか。シュリアは気が進まないながらも、そう一人で結論づけ、重い口を開く。


対するタクトも、彼女の口調が重々しくなったのを感じ取ったのか、シュリアを真っ直ぐに見つめ返し、そこで彼女が抱える迷いを感じ取る。


「……教官?」


「……実はな。お前に……あるところから話しが来ている」


「話し? …………」


たった一言。たったそれだけで、タクトは嫌な予感を覚える。――しかし、”それ”はないだろうと自分自身に言い聞かせた。


なぜなら、自分はまだランク八位――進級の際に昇格試験を受けたとは言え、受けた回数はその一回だけのため低ランクなのだ。まだ八位の低ランク精霊使いに、その話はあり得ない――己に言い聞かせて。



「――本部から来ている。学園卒業後、お前を引き取りたいという話……しかも秘密裏に、だ……お前なら、どういうことかわかるだろ?」



「………」


――タクトの予想は、的中した。秘密裏に来る勧誘の話し――“暗部”であるマスターリットからで間違いはないだろう。タクトはその勧誘に対する答えを後回しにし、真っ直ぐにシュリアを見つめ返し、


「俺は……その条件をクリアしていないはずなんですが……」


「あぁ、その通りだろう。だがな……向こうは……いや、”本部”では、お前のことを暫定的に”第三位”扱いにしているそうだ」


「なっ……!?」


思わずがたりと席を立ってしまった。幸いまだ食堂に人の影はなく、厨房にいる料理人達は調理に忙しいのか、タクトとシュリアの方を見向きもしない。そのため、誰からも注目はされなかったが、それどころではない。


「何で俺が、三位扱いに……!?」


「……あの一件のせいだ」


「っ!?」


――あの一件――トレイドと共に神器を破壊したことなのだろう。それしかない。息を呑むタクトを見て察したのか、シュリアは重々しく頷き、視線を逸らしながら、


「……事の始まりはお前が神器の欠片を宿したことから始まる。その影響で一度精霊使いとしての力を全て失った。だが、お前は協力者の助力を得て力を取り戻し、欠片の大本である神器を協力者と共に破壊した。……あの一件におけるお前の行動を端的に纏めると、こうなる」


「…………」


シュリアの言う、”客観的に見た自分の行動”を言われて、彼は押し黙ってしまう。――改めて振り返ってみると、無茶苦茶な行動をしてきたのだろう。当然、それに対する注意も本部から十分に怒られたりもした。


「……それは過剰に上げすぎでしょう。俺はあくまで、その協力者に付いていったたんこぶにしか過ぎないんですよ?」


「――だがお前はその場に居合わせ、神器と戦い、あまつさえ生き残った。それどころか、危険な神器を破壊するのに一役買ったわけだ。――神器の存在が伏せられている以上公表できないが……それだけでも勲章物だ」


――決して、本部は過剰に上げているわけではない。シュリアは最後にそう付け足した。その言葉に、タクトは表情を歪ませ、視線を下に向ける。


否定したかったが、それもまた事実であった。確かにタクトは、スサノオの加護があったとは言え、神器ダークネスを相手に時間を稼ぎ、大打撃はトレイドが与えたとは言え、とどめを刺したのは彼なのだ。


だが――それが、タクトが謙虚になる最大の理由だった。


あの戦いは本来、トレイドの戦いだったのだ。それを、横から得物を掠め取ったかのようにとどめを刺した、という事実だけで、自分の方が持ち上げられるのが嫌だったのだ。当初本部の調査報告に関しては否定し、全てトレイドの功績にしようと思ったのだが、当の本人が事実を述べたことにより、それは敵わなくなってしまった。


おまけに変なところに伝わったのかはわからないが、やたらと自分の事を評価する者達もいたのだ。――タクトは知らないが、それは本部の見栄が大きく関わっていた。


野良精霊使いであるトレイドにより本部最強のマスターリットを退けられたこと、そしてその野良精霊使いが神器を破壊したこと――これだけでは、本部の体面に関わることとして伝わりかねない。


そこで、例え学生のみだとしても、本部に登録されている精霊使いであるタクトを持ち上げることにしたのだ。彼ならば、”桐生アキラの甥”としての名もあるため、持ち上げるのは容易いという理由もあったのだろう。


そのしわ寄せが、今来ているのだ。――それも本部にではなく、持ち上げられたタクト自身に。そのあたりの事情を何となく察しているシュリアにすれば、ふざけるなという話だが、来てしまったものは仕方がないのだ。


「……まぁ、考えておいてくれ、とだけ言っておこう。お前がどんな決断を下すとしても、お前の意思を尊重したいと、私は思っているしな」


最後にシュリアは、俯いて押し黙ったままのタクトにそう言い残し、一足先に席を立った。見ると、人影などまるでなかった食堂に、今はちらほらと影が見え始めてきた。――これ以上、この話をここでするわけにはいかなかった。


「決心が付いたら、私の所に来い。……もう一度言うが、決めるのはお前だ、桐生」


「………」


何も言わずに押し黙る彼を置いて、シュリアは空となった皿を乗せたトレーを持って、その場を後にした。

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