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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第21話 向かう先は~1~

――その男は、最初から全てが分かっていた。


遠い将来、近い未来で、一体何が起こるのか。過去に一体何があったのか。自分の死後の世界のことも、その後に生み出される技術や文化も。そして――個人が辿るであろう未来さえも。


過去のことは間違いなく知ることが出来る。だが、未来は違う。たった一粒の小石が未来の過程を変えることは良くあることだ。――だが、一粒の小石が変えられるのは過程――未来にたどり着く道筋だけだ。


例えば、一人の少年が公園に向かって歩くとしよう。少年は途中気まぐれで寄り道をし、普段とは違う道を通ってきた。これは男が見た未来とは違っていた――だが、“少年が歩いて公園に着いた”という結果は変わらなかった。


男が見る事が出来るのは、そういった”確定した未来”。しかし、確定した未来だけしか見れない、ということはない。ある程度――”誤差”ともいえる範囲の未確定な未来をも見ることが出来る。


――だから、彼はエンプリッターの元を訪れたのだ。彼らがフェルアントに攻撃を仕掛ける、というのは“確定した未来”になっていたのだから。


『君達は、力が欲しいかい?』


『そう。なら、君達に力を与えるよ。――でも』


『――代償は払って貰うよ?』




――エンプリッター。改革が起こる前の、選民主義のフェルアントの上層部。


精霊使いこそ、世界全てを治めるに相応しい。精霊使いこそ、世界の王に相応しい。それが当時のフェルアントの考えであり、現在エンプリッターとなった者達の、第一の理念であった。


その理念を、悲願を達成する準備は、もうすぐ完了する。


――本来辿る”正史”の未来ならば、エンプリッターがフェルアントに攻撃を仕掛けるのは、今から六年後のはずだったのだが。男の介入により、大幅に縮まりつつあった。


フェルアントに仕掛けられた導火線に、火が近づきつつあった。


 ~~~~~


「――叔父さん……僕に、剣を教えて……っ!」


――思えば八年前の、甥の頼みを聞いたことが始まりだったのかも知れない。妻と妹と決めた、タクトに力を与えないようにする、という教育方針がずれていったのは。


八年前――あの事件により右耳朶を失ったタクトは、傷が癒えたと同時に部屋にいたアキラに頼み込んできたのだった。


「……何のことだ? お前にはもう剣を教えているのだが」


タクトが言いたいことは分かっていた。アキラは敢えてとぼけたふりをして、その頼み事をやり過ごそうとしたが、タクトは珍しく頑として首を振らなかった。そして、真剣な眼差しを向けて、彼は告げてきたのである。


「剣を……霊印流を僕に教えて欲しいんだ! 僕は強くなんてなれない……それでも、せめて! 友達を守れるぐらいの力が欲しい!」


「……………」


アキラは彼の瞳を見つめ返し、その奥に眠る心情を察した。タクトは後悔していたのだ。あのとき、レナとマモルを守りきれなかったことに。マモルに辛い思いをさせてしまったことを、レナに怖い思いをさせてしまったことを。


あのとき、せめて友達を守るぐらいの力があれば――その思いが、瞳から放たれていた。


――昔、聞いたことがある。自分のためではなく、誰かのために強くなりたいと願う気持ち。それは力に対する渇望ではなく、希望というのではないのだろうか、と。


(……………)


脳裏に過ぎるあの男を思い浮かべながらも、アキラはため息をついて椅子から立ち上がった。そしてアキラに向かって頼み込んできた甥の真っ正面に立ち、告げたのである。


「……霊印流を教えるのは構わん。だが、そのまえにしっかりと傷を癒やしてこい」


そっと、なくなってしまった耳朶――包帯が巻かれ、痛々しさが滲み出ているそこに手を当てようとし、しかし触れる直前で止まったのだ。


「………?」


表情を強ばらせていたタクトは、傷口を触ってこなかった叔父に首を傾げ、視線を合わせてくれているアキラを見返した。仏頂面を浮かべていることが多いアキラにしては珍しく、すまなさそうに視線を落としながら、


「……守れなくて、すまなかったな……」


本当に申し訳なさそうに、そして、良かったと心底安堵するかのような――二つの感情があわさったような声音で、アキラはそっと告げたのであった。


――彼に霊印流を教えようと決心したのは、この時である。以前から教えようとは思っていたものの、やはりどこかで踏ん切りが付かず、教えには入らずに終わっていたのだ。


だが、あの事件を終えて、最低限自衛のための力は必要だと感じたこと。そして、彼が抱いた希望に、手を差し伸べたいと思ったのだ。


自分のためではなく、誰かのために何かをしようとする――その行いは美しく、人を強くさせるのだから。




「…………」


地面に仰向けに倒れ伏したタクトを見下ろして、アキラはため息をついて証――刀を鞘に収めた。タクトの刀は手から離れ、やや離れた地点に突き刺さっている。


倒れたタクトはハァハァと息を荒げながら立ち上がろうともがいている。――しかし先程のアキラの一撃がよほど響いているのか、体に力が入らず上体を起こすのが精一杯である。


「くっ………ハァ……ハァ……」


「…………」


証を鞘に収めたアキラは、仰向けに倒れたままのタクトを見下ろしながら、しばらくは立てないだろうなと再度ため息をつく。そして、


「……何か言いたげな顔をしているな、トレイド」


「顔見てないのに何でわかるんだよ」


彼の方を向かずに、若干の苛立ちを混ぜながら、後ろにいるトレイドに呼びかけた。彼は肩をすくめて黒髪をかきむしり、その瞳は背中を向けたままのアキラへ、次いでタクトに注がれる。


「――流石に、そろそろ休憩を挟んだ方が良いんじゃないのか? この四日間ぶっ続けで鍛錬やらせているんだろう?」


「これでも加減している。それに、タクトの課題とやらもやっと落ち着いたんだ」


トレイドの言葉を、アキラは首を振って否定する。休憩を挟んだ方が良いのは重々承知している。――だが、今はあまり時間がない。


アキラがタクトに霊印流の”型”を教え始めて二週間が経過した。だが最初の十日間は、タクトが休学していた分の課題に追われてあまり時間が取れなかったのだ。それも、四日ほど前にようやく終わり――しかし時を同じくして、突如アキラは本部に呼び出され、向かった先である報告を聞いたのだ。


――エンプリッターがフェルアントに攻撃を仕掛けようとしている、と。


最初に聞いたとき、まさかという思いが強かった。だが本部長であるミカリエは、危機感を漂わせながらアキラに言ったのである。――ルフィンからの伝言だ、と。


――時間はない、とアキラは確信する。タクトを鍛え直す時間は、もう長くはない。現に、以前の改革の時、共に戦った戦友達との連絡が頻繁に行われるようになった。エンプリッターへの対抗策を編み出そうとしているのだ。


「……お前も聞いているはずだ。正直、時間がないのだ」


「……だからってねぇ。慌てても、焦っても、出来ないものはあるんだぜ?」


「…………」


あまり緊張感の感じられないトレイドの言いように、苛立ちがこみ上げてくる。――だが、重いため息と共に苛立ちを吐き出し、アキラはやっと後ろを、つまりトレイドへと視線を向ける。


「……それも、そうだな。私が一人で勝手に慌てているだけだ」


トレイドに向かって軽く頭を下げ、次いでアキラは仰向けに倒れたままタクトに「今日はここまでだ。しっかり休んで、明日に備えておけ」と告げて訓練場を後にする。だだっ広い空間に取り残された二人、トレイドはタクトに向かって手を差しのばした。


「大丈夫か?」


「……大分、きつい……」


ようやく呼吸が整ってきたようだが、それでもまだ息は荒い。やれやれ、と首を振って差しのばした手を掴んだ彼の体を引き起こす。立ち上がったタクトだが、それでもふらふらであり、足下がおぼつかない。


「お前かなり消耗しているな。まぁ、この四日間の鍛錬を見れば、こうなるのも仕方ないが……」


この四日間の鍛錬を見たトレイドの感想としては、「ブラック」と一言だけ言うだろう。休憩なしの、ぶっ通しでの型の鍛錬。つねに魔力を消費しながらの活動である。疲労感も相当な物だろう。


「うぅ……何で急にこんなにもハードになったんだろう……実家にいたときよりも辛い気が……」


彼の体を支えながら、トレイドは訓練場を後にしようと出口まで足を運ぼうとする。タクトもそれに付いていくように足を動かしているが、どちらかというと引きずられている感じだ。


「………」


――タクトの口ぶりからすると、まだ何も聞いていないのだろう。それもそうだ、支部長の甥とは言え、まだ学生――学生に、”テロ”があるかもしれない、などと伝える方がどうかしている。


学園側でもエンプリッターの件は情報が届いている――はずなのだが、トレイドは何の情報も聞いていない。彼とて、本部との繋がりがあるからこそ知ったことなのだ。


どうも学園ではエンプリッターの件について、生徒達に知らせるかどうか決めかねているらしい。それまでは箝口令(口外を禁じる)を出して話さないようにしているのだ。


学園側としては知らせるべきだが、教師としては伝えたくない、と言う気持ちか。充実した学園生活を送って欲しいと願うが、このことを伝えると、生徒に決断を迫らなければならない。


――万が一の時は、戦うことになるかも知れない、と。


教師としては、その言葉は告げたくないのだろう。下手をすれば、命を失う危険があるのだから。戦うというのは、すなわちそういうことだ。それを知る側の人間だからこそ、あまりそうはさせたくないのだ。


「………」


トレイドは頭をかきむしりながら訓練場を後にした。ここ数日間でおなじみとなった、自動でスライドするドアをくぐり抜けると、体が引き延ばされるような奇妙な感覚が掛かる。空間湾曲された場所から、本来の空間に戻る際に生じる物だ。


――雇われている側の俺が考えても仕方がない。だけどエンプリッター……あまり近づきになりたくない連中だよな……。


テロ集団――エンプリッターが掲げる大義を思い出し、トレイドは辟易する。あの手の選民主義は、彼の出生故に毛嫌いの対象になるのだ。個人的には、あの選民主義者達に子供達を差し向けたくはない。その点では、学園側とは一致している。


「さてと……俺はそろそろ食堂に戻るぜ。仕込みは大半終わっているが、ここ最近抜け出しすぎているからな」


「え? あぁ、わかった。また後で」


「おう、また後でな」


未だに少しばかりふらつき気味になっている少年に対し手を振り、トレイドはその場を後にする。タクトはここ数日間で溜まった疲れを癒やすべきだ。ここは、一人で自由にさせるのが一番良い。


――それに。何故タクトに憑依を教えられないのか、その原因が判明していなかったのだ。彼に憑依を教えてくれと言うクサナギの――今はスサノオだが――頼みは、まだ果たせていなかった。


その原因の特定を、そろそろ本腰を入れて調べなければならなかった。


 ~~~~~


「――と、言うわけで聞きに来たんだが」


「……おめぇよ……」


食堂に行く前に、トレイドが足を運んだのは教師アニュレイトの元。教員室にいれば回れ右をしたところなのだが、幸いなことにその途中で見つけ、強引に人気のない所まで引っ張ったのである。


あたりに人がいないことを確かめた後、トレイドは彼に単刀直入に尋ねたのである。するとアニュレイトは、ふぅっとため息をついた。――まるで頭が痛い、といわんばかりにこめかみに手を当てて、


「んなもん俺が知るか」


「そうかわから………待て待て待て、分からないのか?」


ため息と共に吐き出された言葉に頷きかけ、しかし即座に首を振って否定する。この男今何と言った? 俺が知るか? 教師ではないのか、この男。


「教師だろうがわからんものはある。第一、憑依に関しては分からんことの方が多いんだぜ。その理論も発動方法も、ある程度形になってはいるが、完成形にはほど遠い。最近よく耳にするせいで感覚が狂ってきてるが、ありゃ本来”禁忌”に触れかねない技術だ。詳しく研究している奴なんざいねぇ」


――いたとしても、すぐにフェルアントに捕まっちまう。最後にそう付け足したアニュレイトに、首を傾げるトレイド。だが、少し経った後にその意図を把握した。


――精霊憑依は本来、禁忌に触れかねない魔術。故に、その理論も発動方法も、詳しくは伝わっていない。現にトレイドも、憑依に関しての知識は記憶感応で得た知識しかない。


それでも、完成した形を追い求めてしまうのは人間の性なのだろう。憑依に関しては人知れず解明しようと何人もの精霊使いが研究に励み――しかしその危険性を知っているフェルアント本部はそれを阻止。憑依の習得、並びに憑依の会得を禁じているのだ。


だからこそ、憑依を知っているであろう教師達ならば何か分かるのでは、と思い聞いてみたのだが、そういうからくりがあったとは。先日ジムの元を訪れた際も、歯切れの悪い返答をしていたのはこれが原因か。


まぁあのときは、周りに人がいたからそれを気遣っていたのかも知れないが。何せ、トレイドもそうだがジムも、そしてアニュレイトも”犯罪行為”をしているのだから。――最も、この学園自体、”そういった者達”を集めている節がありそうだが。


「じゃぁ、なんでアニュレイト……教授は憑依を知っているんだ」


「そりゃ昔…………」


問われ、ふと昔のことを言いかけるアニュレイトだが、その表情は若干沈んでいる。何があったんだ、と首を傾げるトレイドだが、あまりよろしくないことがあったんだろうと自分の中で結論づける。故に、トレイドはそっと話を切り替える。


「俺は、ちょっと複雑な血筋でよ。先祖が色々とやってみたみたいでな……」


「……そう言えば、お前さん王の血筋だったよな……」


ふぅ、とため息をつくアニュレイト。ちなみに、トレイドが神霊祭の乱入者だと言うことを知っている教師は、彼とジムとシュリアのみである。流石に実際に戦ったこの三人はごまかせなかった。


「だったらお前さんの方が詳しいんじゃないのか?」


「いや、それが……中途半端な知識しかないからさ。うまく教えられないというか……」


「なるほどな」


アニュレイトも、何故トレイドが自分を頼ってきたのか、合点がいった。確かに、記憶感応によって祖先の技術も、知識も継承できる。――だが、継承する相手が”持っていなかったら”、当然継承することは出来ない。


彼の事情は知らないが、その口ぶりから、習得できたのは精霊憑依の発動方法だけで、その詳しい詳細はよく知らないのだろう。彼の師匠と言えるその先祖も、きっと知らなかったのか。もしくは、トレイドがその記憶を引き出せなかったのか、そのどちらかだ。


――ともあれ、アニュレイトがトレイドに言えるのはただ一つだけだった。これは教えとかではなく――あくまで同じ憑依習得者同士として。


「……精霊憑依は、人から教わるものじゃない」


「……なに?」


「”禁忌故に教えを禁ず”……これも事実だ。だが……同じ憑依習得者からすれば、それ以前に……教えるべきではない、ということも悟るはずだ」


「……それは……まぁ、確かにアレは一歩間違えれば危険な――」


「そういう意味ではない」


トレイドの言葉を遮り、アニュレイトは首を振って否定した。否定されたトレイドはぽかんとしつつも眉根を寄せて彼を見返す。その視線を真っ正面から受け止めながらも、アニュレイトは一つ頷いて、


「危険、という理由からではなく……アレは、”自分で気づけなければ意味がない”。……そうは思わないか?」


「………………」


問われ、しばしの沈黙のうち。トレイドは、小さく頷いた。


「……そう、だったな。……アレは、そういう物だった」


「あぁ。ともあれ……タクトが気づけなければ意味がない。」


残念そうに首を振り、アニュレイトはその場を後にしようとする。そんな教師の後ろ背中を見送りながら、ふとトレイドは目を瞬いてあることに気がついた。


「ちょ、ちょっと待て! あんた、話から察するに普通憑依を習得しようとしている奴を止める側だろ?」


アニュレイトの、まるで黙認するかのようなニュアンスの言葉に、あぁ……と振り向き、


「……ま、簡単に言うと”上からの圧力”とでも言っておくか」


「……は?」


「アキラの旦那から、憑依習得に関しては目を瞑って欲しいとよ。……たく、いくら身内とは言え甘やかしすぎだろ……」


ふぅ、と疲れ果てたようにため息をつくアニュレイトに、トレイドは引きつった表情を浮かべるのみだ。


――片やフェルアント支部の支部長。片やフェルアント学園の一教師。教師は支部長の言葉に従うしかなかった。最も、「教えてやってくれ」という頼みだったら、あの人をぶん殴っていただろうな、とアニュレイトはため息をつく。


ジムの元を訪れていたタクトとトレイドに会う前に、アニュレイトはアキラと会い、その時に頼まれたのである。その時でさえ頼みを聞きたくないと渋ったのだが、結局は昔と同じように頷くほかなかった。


――私は覚悟を決めた。あの子は運命に立ち向かおうとしている。……ならば、もう……支えてあげるほかないじゃないか――


その、悲痛と覚悟に満ちた言葉に、アニュレイトは頷くほかなかったのだった。


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