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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第20話 追いつくために~6~

――……っ。


胸中に燻る焦りを感じながら、全速力で走る人影があった。その手に握られるのは、柄の両端に刃のある剣、両刃剣があった。その剣を――否、証を持つのは一人しかいない。


短く刈り込んだ、緑髪の男――アンネル。彼は部下であるリーゼルドからの連絡が途切れたのを受け、直感に従って彼女の元へ向かっていたのだ。


定期連絡は必ずするように――そうマスターリット達に伝えており、これまで誰一人その命令を破った者はいない。特にリーゼルドは、セイヤやクーと比べると時間厳守であった。


――動き出した当初は、一発叱ってやろうという気持ちだったのだが、彼女がいる付近に転移した途端、そんな気持ちは一瞬で消え去った。


感じたのだ。あの洞窟の向こう側に、巨大な”何か”がいるのを。アンネルは即座に証を手にとって走り出し、その元凶へと向かったのである。


近づくたびに、焦りは強まっていく。やがて洞窟の最奥付近にまでたどり着いたとき、周辺の岩が剣や盾と化していたり不自然に濡れた箇所、または焼け焦げた後がある。


「………っ!」


魔術を使った痕跡を一瞥し、どうやらすでに激しい戦いが行われているらしいことを察して歯を噛みしめる。やがて洞窟の最奥にまでたどり着き――この世界に転移してきてから感じていた嫌な予感は、物の見事に的中したことを彼は思い知った。


「リーゼ―――」


その惨状を見て、アンネルは呼びかけようとした声が出せなくなった。目の前にあったのは――全身から血を流して一人の男に掴みあげられている、リーゼルドの姿だった。


「―――――」


その姿を見た瞬間、アンネルは片手でつるし上げている男に猛然と斬りかかった。男は両刃剣による一撃を、視線を寄越さずにもう片方の手で白羽取りして見せる。


「っ!!?」


「リーゼルドの仲間か? 筋は良いが……激情は、時に身を滅ぼす」


「なっ―――――」


男の言葉を聞き――否、“男の声”を聞き、アンネルは呆然と固まった。聞き覚えのあるその声に、彼は目を見開いて男を凝視する。


長めの金髪に、長身。前髪は片眼を隠すように流しており、さらにこちらを向いていないため、男の顔はわからない。しかし――しかし、アンネルは声を聞いた瞬間に、この男の正体を察した。


なぜなら、この男こそ――アンネルが探していた男なのだから。


「ルフィン……?」


「――――」


ルフィン――ぴくりと肩を振るわせ、アンネルの方へと視線を向け、次いで彼と同じように目を見開いた。


「……アンネル、だな……ひさし――」


「――その手を離せッ!!」


のんきに挨拶を交わそうとしたルフィンの言葉を遮り、アンネルは両刃剣に魔力を流し込み、風を生み出した。斬り裂く風――鎌鼬を。


当然、白羽取りをしているルフィンの片腕は無事では済まない。一瞬にして腕を切り刻み、刃と、そしてリーゼルドを吊す手が離れ――なかった。


アンネルが鎌鼬を発生させたのとほぼ同時に、ルフィンも手甲に宿る知識を用いて鎌鼬を全て魔力に変換、無力化してのけたのだ。故に、彼の腕は無傷である。


「……少しは落ち着け」


ふぅ、とため息を溢し、力を込めて両刃剣を押し込んだ。途端、我を忘れ、勢いだけで切り込んできた彼は簡単に押しやられる。二、三歩後ろに下がり、たたらを踏んでルフィンを睨み付ける。


だが、すぐに傷付いたリーゼルドが彼に向かって飛んでくる。慌てて彼女を受け止めると、ルフィンは手をぶらぶらさせながら、


「安心しろ、見た目はひどいが気絶させただけだ。彼女はなかなかに強い。そう簡単にはくたばらん」


「……っあんた、なんでこんなッ!」


無責任なことを言い放つルフィンに、アンネルは懐から治癒魔術の呪文を刻み込んだ魔法石――ポータルを取り出し、彼女の傷を癒やしながら吠え立てる。彼の怒りはもっともだ、とばかりにルフィン肩をすくめて、


「俺も傷づけたくて傷つけた訳じゃない。ただ、なかなかに引き下がるのでな、つい加減を誤った」


グッと拳を握りしめたり、足首を繰り返し曲げたり――まるで、“久しぶりに動かした”かのような動作を繰り返している。――自然体に見えて、隙だらけに見えて、しかし“勝てる気がまるでしない”感覚を、アンネルは味わった。


(…………)


彼はルフィンを睨み付け――それぐらいしか行えなかった。とてもではないが、傷だらけのリーゼルドを連れたまま、この男と戦うのは下策だと認めたのである。


(……マスターリット全員で当たって、何とかなるかも……そんなレベルかよ……)


――彼は精霊王の血筋ではない。故に自然の加護もなく、ルフィンの強さを正確に推し量ることは出来ない。だが、血筋ではないからといって、相手の強さを感じ取ることは出来ない、ということはない。


今までの経験と戦いから、それらを何となく察することが出来る程度。しかし、それでも十分なのだ。ルフィンの、所謂”化け物じみた”強さを感じ取るには。


「…………」


しかし、とうの本人は無言。アンネルの眼光を真っ正面から見据えて返し、ぶらぶらさせていた手足は今は大人しくなっている。――仮にここで、ルフィンに向かって斬りかかったとしても、動こうとした直後に見抜かれ、反撃を喰らうだろう。そんな予感があった。


「……あんた、十七年前に一体何をしたんだ?」


「………」


リーゼルドの傷を癒やしながら、ルフィンを見やる彼はかねてから聞きたかったことを聞いてみた。


――彼の身に何があったのかは、だいたい聞いている。しかしそれはある程度の経緯であり、書面上でのことだ。”本当に起こったこと”を人の口から聞いたことはない。


だからこそ聞きたかったのだ。人の口から、本人の口から、本当のことを。無論、それを聞くためだけに彼を探していたわけではない。例え難しくとも、彼をもう一度、フェルアントに迎え入れたい、というのもある。


「…………」


アンネルの問いかけにルフィンは無言のままだ。答える気がないのか、答えたくないのか――あるいは、答えられないのか。ともあれ、彼は口を閉ざしたまま、治癒を続けるアンネルを見下ろし続ける。


「……一つ忠告だ。エンプリッターから目をそらすな。どうやら連中、フェルアントに対して攻撃を仕掛ける算段を付けたようだ」


「なっ……!?」


こちらの問いをはぐらかすかのように違うことをぽつりと呟き、しかしその呟きのとんでもない内容に、アンネルは驚きの声を上げて視線を上に上げる。こちらを真剣な眼差しで見下ろすルフィンと目が合い、ルフィンは踵を返してこの場を立ち去ろうとする。


「おい、それどういう――」


「お前ならある程度察しは付いているはずだ。マスターリットリーダー」


「――どうしてそれを……っ!?」


「……”十七年前の少年”が、大きくなったな。……だからこその忠告だ。あの改革ほどではないが、新しくなったフェルアントにとって、初の山場になるだろうな。グラッサかアキラか、どちらかに伝えておくと良い」


「………」


その、何もかもも見通したかのような物言いに、アンネルは言葉を失う。確かにルフィンの言うとおり、最近のエンプリッターの動きから、反逆が始まるのではないかという予感はあった。だが、あくまで想定していたうちの一つであり、その中では最悪の予想ではあるが、その行動を取る可能性は低いと思っていた。


エンプリッターは人材、戦力共にほとんどない状態だ。確かに最近”兵器”を増加させているらしいが、それでも戦力差は覆ることはない。なのに何故――そんな疑問に答えるかのように、ルフィンは後ろを向いたまま口を開いた。


「どうやら連中、”杖”を引き入れたらしい。……もっとも、引き入れたと思っているのはエンプリッター側で、”杖”の思惑はわからんが」


「………”杖”?」


唐突に出て来た杖という言葉に、困惑するアンネル。だが、ルフィンはそのことを言及することなく歩き続ける。


「ではな」


それだけを言ってこの場を後にしようと言うのか。まだ何一つ――聞きたいことは山とあるのに、それに答える気はないというのか。言いたいことだけを言って、こちらの聞きたいことには何一つ答えず――


だからか、アンネルは叫び混じりにルフィンに問いかけた。


「待てッ! あんた、こっちの質問に何一つ答えずに――」


「――期は熟した。だが、こういうときに限って邪魔が入る。……私の願いの邪魔をするのならば、例え旧友達といえども容赦はしない。……アキラに伝えておけ」


――しつこく食い下がってくるアンネルに対し、苛立ちを覚えたのか。ルフィンは彼の方を振り向かずにそれだけを言い、背中を向けたままこの場を後にした。


一瞬、ルフィンの後を追おうかと迷った物の、今は部下の命の方が大事だとして追うことはしなかった。しかし部下の、リーゼルドの傷を癒やしながらも、彼の視線はその背中に向けられていた。


――かつて出会い、そして憧れた、その背中に。


 ~~~~~


「う~……気持ち悪……」


頭ががんがんと響き、体全体を襲う気怠さと気持ち悪さに、ふらふらとなりながら歩く男はうぷっと口元を手で押さえた。昨晩、浴びるように酒を飲んだツケ――つまり二日酔いである。


若い頃はこんだけ飲んでも大丈夫だったんだがなぁ、と昔を懐かしむと同時に己の老いを実感する。――いやいや、俺はまだ三十代だ、と己を戒めるが、後数年で四十代の仲間入りだ。


「………あ~……しんど……」


二日酔いの頭で、楽しい気分にはなれないことを考えていたせいか、頭痛がひどくなった気がする。ついでに憂鬱感も増大した。


とりあえず寝床に、とふらつく体にむち打って歩き続ける男。そんな男の足下に、一匹の子狐が近づいて来た。子狐は――いや、“尻尾が二股に分かれた”二尾の子狐は、ふらふらな男を見てやれやれとばかりに首を振る。


「あんた大丈夫なの? もう若くないんだから無茶しないの」


「見ての通りじゃ、やかましいわい。俺はまだ若いんだよぉ、四十間近のおっさんがよぉ……」


「……駄目だこりゃ」


要領を得ない――というよりも、矛盾したことを口走る黒髪の酔っ払いおじさんに対して、子狐はふぅっとため息をついた。


人語を話す二尾の狐は、男の肩までひょいっと跳躍して飛び乗り、男の横顔へと視線を向けた。


「とっとと酔いを覚ましなさい。何のために長い山奥暮らしを止めてここまで来たのよ」


「わーてるよぅ。けどよぉ、たまには良いだろう? 久しぶりの上質な酒なんだ、浴びるように飲ませ……」


うっぷ、と口元を手で押さえる男。どうやら久しぶりの酒に羽目を外して飲みすぎてしまったらしい。顔色を一気に悪くする男は、こみ上げてくる嘔吐感を根性で飲み込んで見せた。


「――――ぷぅ………げほ」


嘔吐感は飲み込んだが、咳までは飲み込めなかった。決して吐いたわけではない。しかし、あ~と呻き声を上げ、ふらふらになりながらも歩くスピードは常人のそれとほぼ同等である。


「……それで? 決心は変わらないわけ?」


「けほ。……あぁ、変わらん」


子狐の問いかけに、男は咳き込みながらも頷いてみせる。男はニヤリと笑みを浮かべて右手をぎゅっと握りしめた。


「この手で、あのときの約束を果たす。……ついでに、あいつの馬鹿げた”願い”とやらもぶっ潰してやらぁ」


――山奥で修行していた際に耳にした“奴”の願い、そして目的。それは人として間違っている。ならば同じ人が、その間違った願いとやらを正さねばならない。


――十七年前、”奴”がそうしたように、今度は俺たちの手で。


「カ、カ、カ………」


男の特徴的な笑いは、静かに響き渡る。目に見えて上機嫌になっている男に対し、子狐はため息を漏らして、


「それで? これからどうするの?」


「決まってらぁ。久しぶりに里帰りよ。なんか変な連中が沸いてるみたいだからなぁ。……ただ、その前に……」


浮かべていた笑みは、男が饒舌になればなるほど、消えていく。やがて能面のような無表情になった男は、ぽつりと呟きを漏らした。


「……早く、寝床に……」


――どうやら色々と限界だったらしい。無表情のまま、男は歩き出し、その肩に止まる子狐は、やれやれとばかりに首を振る。


――しまらないことこの上ない、とばかりに。


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