第20話 追いつくために~5~
『――ただ魔力の扱いに慣れれば良いというわけではない。反対に、体術……いや、剣術だけを体に叩き込めば良いというわけでもない。重要なのはその両方……魔力の扱いも、剣技も、体に叩き込め』
幼い頃、霊印流の修行を始めたとき、最初に叔父にそう教え込まれた。魔力の扱い――魔力制御を行いながら、剣術の指南を受ける。タクトが魔力制御を得意とするのは、体質的な物もあるが、幼少の頃から行ってきた修行も大きく関係している。
だからこそ、叔父の指南――という名の、一方的な蹂躙に合いながらも、即座に新たな爪魔に慣れることが出来たのであろう。そして――
「……っ!」
タクトの体に襲いかかる白刃を、彼はしっかりと見極めながら刀で斬り流す。相手の得物を剣で逸らす”受け流し”ではなく、こちらも斬りかかりながら、刀の反りを利用して逸らす”斬り流し”。その技法を持ってアキラの居合斬りを回避していた。
――その技法を見て、しかしアキラは無表情のまま振り切った刀を即座に翻し、返しの一閃を放つ。だが、タクトもまた同じように刀を翻し、返しの一閃を放った。
再び交差する二振りの刀は、やはり”互いを斬り流し”ながら振り切られた。――叔父であるアキラの証もまた刀。ならば、彼も”斬り流し”が出来ない理由はない。
「………」
無言のまま刀を瞬時に納刀したアキラは、再び重心を低くして沈み込み、居合を放とうとする。対するタクトも、刀の刃に魔力を纏わせ、その形を変えつつある爪魔を放とうと踏み込んだ。
瞬歩ではなく、ただの踏み込みだ。すでに間合いに入っているため、瞬歩は不要――しかし踏み込んだ瞬間、アキラはさらに、そして一気に重心を低くし、居合の一撃を放った。
「………っ!!?」
その居合は、タクトの自然の加護を”欺いた”。居合の一撃は飛んでこない、という予測が外れ、タクトは急制動をかけ、その結果大きくバランスを崩しかける。
――居合斬りにかかわらず、何かに力を乗せるのならば必ず”踏み込み”が重要となる。故に、タクトは自然の加護を発揮して、アキラが居合の構えを取った瞬間足――特に、居合の要となる右足の動きに集中していたのだ。
居合の構えを取り、右足が踏み込む――それを感じ取った瞬間に、タクトは居合斬りを斬り流してやり過ごしてきたのだ。だが、アキラは右足を踏み込まずに居合を放ってきたのである。
――踏み込まずに居合を放ったのは、先の重心を低くさせる行為。一気に深く落としたため、力を刃に乗せることが出来、結果居合を放ったのだ。
急制動をかけ、動きが止まったタクトは、視認さえ出来ない一撃をもろにくらい、吹き飛ばされた。――これまでと同じように、刃を潰した刀で、である。
「っ………っつ~~!」
すでに何度目か分からない、鉄棒でぶん殴られたかのような痛みに、彼は膝を付く。タクトを吹き飛ばしたアキラは、残心を時ながら刀を鞘に収め、ふぅっとため息をついた。
「……これで実戦ならば、16回は死んでいるぞ?」
「…………」
アキラの軽口に、タクトは何も答えない。すでに指南が始まってから数時間が経っている。叔父のことだから、長丁場にはなるだろうとすでに諦めが入ってしまっているため、むしろ軽い休息を取れるとばかりに呼吸を整える。
そのことに気づいているのかいないのか、叔父はため息混じりに続けた。
「とはいえ、お前も腕を上げたな。自然の加護に斬り流し……それに、太刀筋も変わってきている」
「………?」
叔父の言葉に、タクトは顔を上げた。自然の加護と斬り流しについては自覚しているため分かるのだが、太刀筋については言われてもあまり実感がなかった。だが、思い返してみれば、確かに変わってきているような気がする。――確か、トレイドと一緒に行動し始めた時――もっと言えば、あの「土の賢者」と会って初めて記憶感応が起こったときからだ。
あの記憶感応が契機となって太刀筋が徐々に変わっていったのか、とタクトは納得する。なるほど、自分でも気づかないほど徐々に変わったのなら、自覚するのは難しいかも知れない。
それに、あまり違和感を抱かなかった、というのもある。内心で結論づけるタクトは一人で頷き、反対にアキラは肩をすくめてぼやいた。
「……太刀筋の矯正はすぐ終わるだろう、おかげで素早く本題に入れる。……だが、今日はここまでにしておこう」
「………え?」
「気づかなかったのか?」
指南の最中は能面のように無表情だった叔父は、まるで悪戯っ子のような笑みを浮かべて訓練室の入り口へと顎をしゃくった。つられてそちらを見ると、トレイドだけではなく、レナやマモル、コルダといった友人達が来ていたのだ。
彼らが来ていることに初めて気がついたタクトは目を瞬き、アキラはそんな彼に苦笑を浮かべる。
「自然の加護をもっと広く使え。相手の動きを読むことに限定するな。……だから私に騙されるのだ」
――やんわりと、そして遠回しに自然の加護の問題点を指摘される。その指摘に、タクトは少しだけ俯いてしまった。
(……やっぱり、まだまだだな……)
自嘲気味に苦笑し、彼は手に持っていた刀を法陣に収めて消し去ると、その視線を入り口の方へ――様子を見に来てくれたであろう友人達へと向けた。
片手を上げて答えると、マモルは肩をすくめて近づいてくる――が、それより早くレナが飛び出してくる。駆け足ではなく、早足で近寄ってくる彼女に少しだけ驚きを見せるが、タクトは微笑みを浮かべて手を差し出した。
「そんなに急いでどうしたの、レナ」
「う、ううん、どうしたって訳じゃないんだけど……」
不安そうな、心配そうな表情を浮かべている彼女は、タクトが差し出した手をちらりと見やるが、その手を掴むことはない。若干悲しみを覚えながらも、彼は首を傾げて問いかけた。
「ならどうしたのさ? レナがそんなに思い詰めた顔をするって事は、何か――」
「――タクトは、どこにも行かないよね?」
タクトの言葉を遮って、彼女が問いかけてきたのはそのことだった。どこにも行かないよね――まるで、別れを拒むかのようにか細い声音で問いかけた彼女に、再度首を傾げながらも苦笑する。
「どこにも行かないよ。そんな予定は――」
――ない、と言いかけ、僅かに逡巡する。あることを思い出したためだが、結局はないと言い切って見せた。
「………」
「……相変わらず心配性だな、レナは……。ていうか、どうしてそう思ったのさ」
「…………」
僅かに口ごもったのを見逃さなかった彼女は、上目遣いに無言で見上げてくる。はぁとため息をつきながら彼女の肩をぽんと叩き、なおも問いかけたタクトだが、レナがそれに答える前に彼女の後方からコホンと咳払いが聞こえた。
「……さて、俺は厨房に戻るとするよ。こいつらも連れてい――」
「そんな気を遣わなくて良いよトレイドさん」
何かを悟ったような表情で、最後方に控えていた三十路近くのおっさんが、レナに気づかれないようにタクトにウインクを送って、マモルとコルダの肩を掴んで告げてきた。おっさんの気遣いを無用とばかりに切り捨て、肩を掴まれ困惑する二人に問いかけた。
「レナもだけど、二人ともどうしたのさ? 確かにここでちょっと用事があるとは言ってたけど……」
「その用事がどんな物か気になったのさ。最近のお前は色々とやらかして、厄介なことに首突っ込んでるからな。そのお目付役としてここに来たんだよ」
ありがたく思え、などと訳の分からないことを言う十年来の幼馴染みを放置して、タクトはその隣のコルダを見やった。彼女はじっとタクトを見上げてくる。――その能面のような無表情に、彼は心の中まで見られているような気がして居心地が悪そうに視線を逸らし気味にしていた。
「……コルダ、どうしたの?」
「……………」
問いかける物の、彼女は何も答えない。そんな彼女の様子に気づいたのか、マモルもトレイドも、揃って彼女の顔をのぞき込み――二人がのぞき込んだ瞬間、コルダはニマッと突如笑みを浮かべた。
「ん~、タクトってさ、変わったよね?」
「……え? いや、今まで何度も言われてきたけど……」
「変わったよ……”心”がさ」
「っ!?」
彼女の最後の呟きは、真っ正面にいた彼しか聞こえなかっただろう。いや、隣で一瞬びくりと体を震わせたレナにも聞こえたかも知れない。だが、タクトにはそのことを気にする余裕はなかった。
「……コルダ、今のどういう――」
「トレイド~、あたしお腹すいた~」
「おう、今日の晩飯の目玉はオムライスだったな。トマトライスを半熟卵で包み込んだほっかほかのオムライスだ。普通のソースじゃなく、昨日徹夜で仕込んだ特製ソースをかけて召し上がれ」
「うわ、美味しそう!」
「何それ旨そう。トレイド、俺それ頼むわ!」
問いかける前に、彼女はトレイドの服の裾を引っ張って空腹を訴えると、彼は聞いているだけで口の中に唾が溜まってくる紹介をして踵を返す。コルダとマモルは、そんな彼の後を追っていく。
――結果、タクトはコルダの言葉の意味が分からず仕舞いになってしまった。しかし――胸の内で覚えた予感は、消え去りそうもなかった。自然と、自分の胸の辺りをぎゅっと掴んでしまうタクトだが――隣のレナが、制服の裾をぎゅっと掴んできた。
「……レナ?」
「…………」
彼はそちらを向いて問いかける――が、レナは裾を握りしめたまま顔を俯かせている。どうしたのだろう、と思い首を傾げるタクトだが、ややあって彼女はか細い声を出した。
「……さっきの、アキラさんとの鍛錬を見て……タクトが、遠くに行くような気がして……」
「…………」
先程言いかけた言葉だろう――勘が鋭い。彼はそれだけを思い、何も答えずに裾を握りしめる彼女の腕を掴んだ。驚きを浮かべて、俯いていた顔を上げた彼女の目をまっすぐに見据えて、
「大丈夫さ。遠くに行くことはないから」
――それは、嘘であった。少なくとも後一回、遠くに行くことになる。昨日までの、もう一人の相棒――名を変えたスサノオと会うために。
だが、それを彼女に伝える気はなかった。スサノオとの決着は、あくまで自分自身の手でつけたい。それが自分の我が儘だとしても――だから。
「……そうじゃない」
「……え?」
――しかし、彼女の答えは違うらしかった。首を振り、何も分かってないとばかりにこちらの目を見やるレナに、タクトは困惑して――
「……ごめん、何でもない……」
何かを伝えようとして、しかし言葉に出来ず、結局レナは口をつぐんでしまった。どう切り出せば良いのか、どう伝えれば良いのか、彼女自身もよくわからなかったのだ。
――タクトが遠くに行く――それは物理的な意味合いではなく、心持ち的な意味合いであった。まるで――
――触れてはいけない力に、手を触れかけようとしているような――そんな予感を、レナは叔父との鍛錬を見たときに感じたのであった。
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「ぐぅ………ぅ………」
「…………」
ドサリ、と崩れ落ちた男を物陰から見守っていたリーゼルドは、内心舌を巻いていた。
任務のためエンプリッターの動向を見ていた彼女は、この世界に奴らがいるという情報を聞きつけ、単身乗り込んできたのだが。その結果彼女が目にしたのは、異様とも言える光景だった。
エンプリッターの数はだいたい十数名。リーゼルドでさえあっさりと無力化できるような小規模な人数だが、問題はそこではない。ドサリと崩れ落ちた男を見下ろす、”一人の男”がいた。
長めの金髪にするどい瞳。片眼は前髪が掛かっているが、そんなもの何の支障もきたさないだろう。何せこの男、リーゼルドが無力化させるはずだったエンプリッターを、一分足らずで打ちのめして見せたのだから。
その様を透明化して見ていた彼女は、この男の強さに強く警戒していた。男の動きから、おそらく精霊使いだと思われるのだが――“魔術も、証も使わずに”、同じ精霊使いであるエンプリッターを叩きのめしたのだ。
ただの体術のみで、である――ランク第二位、下手をしたら第一位に届きかねない。
その男は今、懐から本を取り出し、ページを取り出して倒れ伏した連中から”何か”を吸い取っている。――あれは、生気だろうか。吸い取られていく連中は、苦しそうに呻き声を上げ――しかし完全に落ちているからであろう、目を覚ますことはない。
生気を吸い取ったページは、やがて男の手元にある本に挟まる。パタンと本を閉じた後、男はぽつりと呟いた。
「……何か用か?」
(っ!?)
――気づかれている? 内心びくりとする彼女だが、光属性で姿を隠している今の自分は見つからない――そう自身に言い続け、物陰に隠れたまま男の様子をうかがう。しばらくその場で立ち尽くしていた男だが、やがてふぅっとため息をついて、
「――そうか。ならば、“敵”として容赦はしない」
「――!!」
その呟きに、リーゼルドは全身に怖気が走った。先程、エンプリッターを叩きのめしていたときは全く感じなかった気配――“殺気”を、あの男から感じ取る。
本能に従い、リーゼルドはその場から飛び退いた。赤髪を揺らしながら男から距離を取るリーゼルドだが、次に見たのは、先程までいた場所が突如爆ぜた様子だった。
見ると、男はリーゼルドがいた場所に拳を突き立てていた。一体どれほどの力で地面を殴ったのか、完全に右拳が埋まっている。男はチッと舌打ちを漏らし、
「逃がさん」
空いている左拳で目の前を払った。――払ったその軌跡から飛来するある物に気づき、リーゼルドは法陣を展開、それを盾に飛んできた物を防ぐ。
「姿を隠したままというのは感心せんぞ? まぁ、気配で位置は分かるのだがな」
「っ……」
男の言葉を受けて、観念したのか透明化を解除して彼女は姿を現した。――というのも、派手に動きすぎたせいで透明化を維持できなかったというのが正しいが。ともあれ、姿を現したリーゼルドを見て、男は眉根を寄せた。
「……貴様も、エンプリッターの一人か?」
「そこの連中と同じにしないで貰いたいね。あたしはフェルアントの精霊使いさ」
法陣から証を――狙撃銃を取り出した彼女は、銃口を突きつけながら言ってのけた。対する男は片眼で――実際は両方とも見えるのだろうが――リーゼルドを見据えて、ふぅっとため息をついた。
「なるほど、嘘をついている様子ではないな。……だが、だとしたら何のようだ?」
「そういうあんたこそ、何者さ? この世界に住む精霊使いか?」
「質問しているのはこちらだ」
「あんたの質問に答える義務はない。けど、あたしからの質問は所謂お役所の質問さ。あんたは答える義務はあるよ」
「……………」
質問を質問で返したあげく、一方的に答えろと迫るリーゼルドに対し、男は露骨に嫌そうな表情を浮かべる。ややあって肩をすくめて、
「答える気はないぞ? 私を捕まえてでも問いただしてみるか?」
「…………」
挑発するかのような問いに、リーゼルドは無表情を浮かべて男を見据えた。険悪な空気が辺りを満たし、一触即発な状況へと変貌する。
やがてリーゼルドは、突きつけた銃の引き金を引いた。その狙いは足、相手の動きを封じようという狙いだ。だが、無言で引き金を引いたというのに、男はほぼ同時に彼女に向かって突っ込んでくる。
体を翻しながら突き進み――放たれた弾丸を躱したのだろう――一気に距離を詰めてきた男にリーゼルドは驚愕し、飛んできた拳を後退することで空振りさせる。
だが、それはフェイントだったのか。空振りした拳を引き戻すと同時に、反対側の拳が猛スピードで飛んでくる。先程の打撃とは比べようもないほど早い一打に、彼女は反射的に狙撃銃を立てて防いだ。
ガンッ、と何かが砕ける音が響く。その発生源は証――いくら狙撃銃とはいえ、証を物理的に壊す男の膂力に肝を冷やしながら、しかし。
「――むっ」
男の拳を受け止めた箇所が、突如小規模な爆発を起こした。証に宿る知識を使った、炎属性による爆破――男の拳はその爆破をもろに受ける。それだけではこの男には大して有効打にはならない。そう本能で感じ取り、彼女はその場で沈み込み証を地面に突き立てた。
先の一撃で内部が損傷したであろう証は、撃つことが出来ない。だが、知識を宿した証としての機能は残っている。故に、地面を操り足下からいくつもの剣を錬成して、男へと襲いかかる。
「――――」
男は無言で剣の山に飲み込まれ――しかしこれでも足りないとばかりに彼女は呪文を詠唱。剣の山に赤と青の法陣が浮かび上がり、次の瞬間、大きな爆発が引き起こった。
錬成した剣をも砕く爆発――その余波を、前方に法陣を展開させることで防ぎきるリーゼルド。そのうちに証に魔力を流し込み、破損箇所を修復させた。再び撃つことが出来るようになったのを確認し、彼女は爆発の中心点へと油断なく視線を向ける。
「…………」
――リーゼルドの勘は告げていた。あれではおそらく倒し切れてはいない、と。油断なく銃口を向けながら、いつでも引き金を引けるように待ち構える。
爆発の中心点には粉塵が舞っている。その中心点にいるであろう男の様子は分からない――と、ようやく粉塵がおさまってくる。それと同時に、見えるようになる男の人影――。
やはり倒せてはいないか、と内心独りごちながら銃を突きつける。やがて粉塵が完全に晴れたとき、そこにいたのは――
「……まさか”憑依習得者”だとは。これは、こちらも”礼”を尽くさねばならんな」
「………へぇ?」
腕を一振りさせ、未だ残留する粉塵を全て払う男。その両腕には、肘まで覆う手甲が装着されていた。男の証なのだろう、それを目にしつつ、しかしリーゼルドは男が呟いた言葉に反応した。
”憑依習得者”――おそらく、証のみで魔術を行使したときに気づいたのだろう。問題は、それを”男がわかっていた”ことだ。男は憑依を知っている――つまり。
「お返しだ。受け取るがいい」
「っ!!」
トン、と手甲で覆われた右腕で足下の地面に触れ、先程のリーゼルドと同様剣を錬成、彼女の体に襲いかかる。魔力が地面を走った瞬間、彼女は飛び上がり突き上げてくる剣を回避。男に向けていた銃口を地面に向けて引き金を引く。
地面に撃ち込まれた弾丸に宿る知識により、錬成された剣を全て砕き散らした。それを見届けた後、彼女は上空から男を見下ろして――
「――な」
「………」
――下にいるはずの男と視線が真っ向からぶつかった。リーゼルドは飛び上がり、上空にいる――それと視線が合うと言うことはつまり――!
「うっ!!?」
男も飛び上がった。その結論にたどり着くと同時に、男の回し蹴りが彼女の横っ腹に叩き込まれた。さらにそのままリーゼルドを吹き飛ばすのではなく、足に“引っかけたまま”ぐるりと一回転。
視界がぐるんと周り、彼女は真下へとたたき落とされた。一方の男は、空中に法陣を展開させ、そこを”足場にして”着地する。上空から地面にたたき落としたリーゼルドを見下ろしながら、男は呟いた。
「――悪くはないな。女、名は何という?」
勢いよく地面に叩き付けたのだが、さしてダメージのなさそうなリーゼルドに対する反応である。男は口元に笑みを浮かべてポキポキと指を鳴らした。
剣を錬成する直前に飛び上がった勘の良さ、剣の処理。蹴りを叩き込んだとき、まともに食らったと見せかけつつ、間に小さな法陣を張り威力を軽減。地面に叩き付けた際も、同様にしてダメージをきっちり防いでいた。
その反応速度、そして対応の良さ。彼からすればまだまだだが、それでも久しく見る“強者”に、自然と口角がつり上がってしまったのだ。
「……リーゼルドさ」
「リーゼルド、か。その名、覚えておこう」
立ち上がったリーゼルドは答える。――何故か、答えなければならないような気がしたためだ。名を聞いた男は、その名を反復し、ニヤリと笑みを浮かべて構えた。
先程までと同様冷静に――しかし確かに弾むような声音になりながら、彼は告げた。
「――行くぞ」