第20話 追いつくために~4~
時を少し遡る。学園での講義が終了したあと、タクトとトレイドは第一アリーナの一室に連れてこられた。
「――ここって……」
「おいおい……どんな不思議空間だ……」
その一室に入り、二人は驚きと驚愕を浮かべながら辺りを見渡した。扉がずらりと並んだ通路からは想像も出来ないほどの広さを持ったこの部屋に驚くその気持ちには同意する、とアキラは苦笑してしまう。
「空間に作用する魔術のことは知っているな? あの魔術を用いて、空間を圧縮し本来よりも小さくしている。だが、空間を圧縮したところで、中の大きさは変わらないのだ」
「……よくわからんぜ、おっさん」
「実を言うと、私も詳しく理解しているわけではない。ただ……見かけよりも張るかに大きい……そう思っている」
――昔、この建物を建てる際に協力してくれた異世界の学者に、この魔術の理論を教えて貰ったことがあるのだが、まるで分からなかった。魔術に秀でている妹の風菜でさえも、半分程度を何とか理解できる、というレベルであり、理解するのは諦めてしまっている。
ただ、見かけよりも大きくなる、というのだけはわかるため、そう表現しているのだが。その表現は、どうやら彼らにも伝わったようだ。
「……ま、そんなもんかっていう風に理解しとくよ」
首をコキコキならして呟くトレイド。――言葉とは裏腹に、理解していなさそうな気がするのはアキラの気のせいだろうか。しかしそれを置いておき、彼はトレイドの隣にいるタクトに視線を向けた。
「タクト、準備は良いか」
「――はい」
問いかけ、力強く頷く甥に、アキラは一つ頷いた。腰の辺りに法陣を展開させ、そこから刀を――正確には、鞘に包まれたままの刀を取り出した。
黒鞘に包まれた刀――鞘と一体である以上、居合刀とでも言うべきか――を左手で保持しつつ、アキラは口を開く。
「……それでは、霊印流の型をお前に教えようと思う。……だが、その前にお前には謝らなければならないな」
「えっ?」
突如深く頭を下げてきたアキラを前にして、タクトは困惑を浮かべて目を見開いた。あの叔父が、自分に向かって頭を下げている――?
「本来ならば、もっと早い段階でお前に教えるべきだった。だが……個人的な理由から、それをずるずると先延ばしにしてしまっていた」
――本当にすまない。いつもの、平然とした口調ではなく。何かを案じているかのような声音で、アキラは言っている。
「あ……その……」
自分に向かって頭を下げてくる叔父を、タクトはこれまで見たことがなかった。いつもいつも、自分が謝ってばかりだったような気がして――新鮮だと思うよりも、どこかいたたまれなさの方が強かった。
「俺は……遅れた分は、取り戻せば良いと思う」
顔を上げてくれと、タクトは願いを込めてアキラに向かって口を開いた。その願いが届いたのか、アキラはふっと顔を上げて――アキラの表情を見て、タクトは気づいた。
いたたまれなさを感じているのは、どうもアキラの方だ。何か自分に対して、後ろめたいことでもあるのだろうか――ふと脳裏に過ぎった思いを、彼は首を左右に振って切り捨てた。
「例え取り戻すのが大変でも……それでも、取り戻せるのなら……取り戻したい」
アキラに向けていったその一言は、同時に向けられた物だと言ってから気がついた。――そうだ、絶対に……絶対に、クサナギを……スサノオを取り戻すんだ、と。決意を新たに固めるタクトに、アキラは瞳を伏せた。
(……あぁ、やはり……子供は、成長していくのだな)
そのことを今更ながらに実感し、表情に笑みが浮かんだ。
「そう、か。ならば私も、遅れた分を取り戻す手助けをしてやろう」
伏せていた顔を上げると、そこには憮然とした、タクトが見慣れた叔父の姿がそこにあった。特別強面ではないのに、こうして対面するだけで、威圧感さえ感じる叔父を見て、タクトの顔も綻んだ。
「……やっぱり、叔父さんはそうしていた方が良いよ」
「……そう、とは?」
「そうやって顰めっ面だか不機嫌だか分かりづらい顔をしていれば良いよってはな――あぶなっ!!」
――やばい、つい本音が漏れてしまった。見慣れた顰めっ面を前に、彼の突然の手刀を避けたタクトは叫び声を上げながら後退する。
「全く。しばらく見ないうちに逞しく……いや、一言多くなりおって……お前の影響か?」
「まさか」
ため息をつきつつ、うろんな瞳を待機していたトレイドに向ける。すると、彼はぶんぶんと首を振って否定した。まぁいい――
「さて、そろそろ修行と行こう。……だがその前に、お前の”太刀筋”を矯正しなければならんな」
「……矯正?」
矯正――すなわち、間違った物を正しく直すことだ。自分の太刀筋は、どこか間違っているというのだろうか――首を傾げるタクトに、アキラは一つ頷き、
「では、一つ例を見せようか」
コツン、と左手に持った刀の鞘で床を叩いた。――次の瞬間、アキラとタクトの中間地点から土柱が出現する。彼が証に宿る知識を持って、土柱を作り出したのは明白だが――作り出された土柱は、瞬く間に金属質な輝きを持つ物体へと変化した。
「……なんだそれ?」
――土の属性変化術を得意とするトレイドは、その土柱に違和感を覚える。見た目はただの金属柱――しかし、トレイドのよく知る金属とは、また違った性質を持っているように思えた。
少なくとも、普通の金属よりも張るかに硬度がある――それだけははっきりとわかった。眉根を寄せてまじまじと見やるトレイドをよそに、アキラは平然とした口調でそれの正体を明かした。
「金剛石だな」
「……こっ……!?」
金剛石――ダイヤモンドと同等の堅さを持ったものだ。それを一瞬で、しかも何の苦労もせずに錬成してのけた叔父に対し、タクトは素っ頓狂な声を漏らす。一方のトレイドも、冷や汗が止まらない。
「金剛石ってあんた……宝石商でも営むつもりか?」
「……私の立場で営んでしまったら、問答無用で処罰される。だいたいフェルアントでは、魔力を溜め込むことの出来ない鉱石は何の役にも立ちはしないぞ」
むしろ営みたい、といわんばかりの表情で問いかけるトレイドに、ため息混じりの呆れた声音で告げるアキラ。彼の言うとおり、魔法石以外の鉱石に、ほぼ価値はない。精霊使いならば、道ばたの石を金に錬成することが出来るのだから。
それを防ぐために、フェルアントでは通貨として紙幣を用いているし、さらに「金になる石」と言ったらそれは魔法石以外にはあり得ない。言ってしまえば、どれだけ美しい輝きを持った鉱石だろが、魔力を宿していなければただの石ころと同じ価値しかないのだ。
フェルアントの鉱石事情を知らないトレイドは、つい故郷基準で言ってしまっている。彼の故郷でも鉱石の価値は低いが、それでも十分に高い。
ともあれ、タクトとアキラの中間地点に作り出した金剛石の柱を一瞥し、次いでアキラはその向こう側にいるタクトに向けて口を開く。
「タクト、これを斬って見せろ」
「あ、うん」
とりあえずまだ出していなかった証を取り出したタクトは、刀を正眼に構え、すっと目の前の金剛石を見据えた。
――…………――
しかし、脳裏に浮かぶのは金剛石に刃を止められる己の姿のみ。どうあっても、目の前の石を斬るイメージがわいてこないのだ。
あれを斬れるとしたら、重ね太刀――それも、爪魔と瞬牙の二つを重ねた太刀――だが、それでも確証が持てない。連撃へと変える残刃も有効な気がするが、この手の“固い物”には連撃よりも重い一撃の方が有効な場面が多い。
それに残刃は、魔力で構成された四筋の斬撃は、実体がない故にどうあっても初撃の威力を維持できないのだ。実体がある初撃が通じなければ、後続の魔力刃はどうあっても通じないだろう。
「…………」
――それでも、やるしかない。ごくりと喉を鳴らし、タクトは意を決して刀の刀身に魔力を纏わせる。己の渾身の一撃を、目の前の金剛石に叩き込む。
「――重ね太刀、爪魔・瞬」
一歩を踏み出し、瞬歩を発動。瞬く間に金剛石との距離を詰め、刀を振るう。爪魔による威力増強、瞬牙による剣速の上昇、さらには瞬歩による突進もあわさったタクトの太刀は、しかし。
「………っ!」
ガキィンッと大きな音を立てて、”刀は止まった”。金剛石を斬ることは叶わなかったのだ。
「…………」
苦々しい表情を浮かべながらタクトは刀を下ろし、その刀身を眺める。ちょうど金剛石と衝突したあたりの刃が僅かに歪んでいる。――証はそうそう破損したりはしない。が、それは絶対ではないのだ。
歪んだ部分に魔力を注ぎ、証はその歪みを一瞬にして修復してしまう。元々破損の規模が小さかったのもあるのだろうが、瞬く間に修復を終えた刀をだらりと下げ、彼は金剛石に視線を向けた。
金剛石には、やはり傷一つ付いていなかった。その結果に、タクトはため息をついた。
「……無理だった」
「……まぁ、そうだろうな。……タクト、刀という物は”叩き切る”使い方はしない。そのことは知っているだろう?」
タクトの降参宣言に、アキラはコクンと頷き、そして鞘から刀を引き抜きながら語る。
「だがお前の太刀筋は、セイヤの影響を受けているのか、”叩き切る”使い方が交じっている。そのせいで、刀本来の切れ味を出し切れていないのだ」
語りながら、何を思ったのかアキラは引き抜いた刀を地面に突き刺し、放置する。その行為に疑問符を浮かべるタクトを放置し、彼は手に持った鞘の鯉口に手をやった。――まるで、刀の柄を握るかのように。
「それがお前の、まず最初に矯正すべき点だ。だが、トレイドから話を聞いたが、”斬り流し”を使っていたのならば、すぐに直るはずだ。……本題はここから」
そこにはない刀の柄を握りしめるかのように、右手を丸める叔父に首を傾げる。しかし、鞘から“生えてきた”刀の柄を目にして、その意図を悟った。――刀を生成したのだ、土の属性変化を用いて。
しかし何故証を使わないのか――その理由は、タクトではなくトレイドが察することが出来た。法陣をなしに魔術を行使している以上、あの刀も当然知識を宿している。
知識を宿しているのならば、”自然物を魔力に変換”することも可能になる。――つまり、証で金剛石を斬ったとしても、それは魔力に変換したからではないか、と言う指摘を避けるためだろう。
――もしくは――
「霊印流の六つの太刀は、基礎の太刀だ。その基礎を応用し、”自己流にアレンジ”したものを、”型”という」
「……っ!」
アキラの教えに、タクトは目を見開いた。同時に、数日前セイヤから教えて貰ったことを脳裏に浮かび上がらせる。
『……俺に”コレ”を使わせる気にさせた報酬代わりだ。覚えておけ、タクト。霊印流には、基本となる六つの太刀がある。その太刀を”重ね”たり、あるいは魔法と”合わせ”たりと、柔軟性に長けているが……それらを含めて”基礎”にあたる。ならば当然、基礎の上には応用が成り立ち……つまり霊印流の応用は、己に最も適した”型”をとる』
己に最も適した型――自己流にアレンジ――それらの言葉を脳裏に思い浮かべ、タクトはハッと閃いた。
叔父の姿を見る。アキラは、重心を落とし、居合の構えを取っていた。叔父が最も得意とするのは居合斬り――それに合わせて、霊印流の太刀をアレンジしたとすれば――!
「霊印流”残月”――一之太刀、爪魔――」
ぽつりと呟かれる声と共に、鉄製の刀を掴んだアキラの右手がかすみ――タクトが視認できたのは、そこまでだった。気がつけば、アキラは刀を振り切った姿勢で残心している。
金剛石には変化はない。ややあって、アキラは静かに残心をとき、鉄製の刀を鞘に収める。その際に生じた、キンッという音に反応したのか――
――今まで何ともなかった金剛石にパッと閃が走り――金剛石の中程から二つに分断された。その上部分が地面に転がる様を見て、タクトとトレイドは驚愕に染まった瞳を浮かべる。
「……これが霊印流”残月の型”……基本の太刀を居合斬りに特化させた、つまり”速い一刀に特化させた”型になる」
――最も、このせいで基本的に瞬牙は死に太刀となり、使用法を大きく変えなければならなくなったが――と独りごちるアキラの言葉など、すでに二人の耳には入っては来なかった。
(……これが……叔父さんの”型”……)
速い一刀――それに特化させた一刀は、金剛石を容易く両断してみせたのだ。しかも証ではなく、急ごしらえの鉄製の刀で――。アキラの、剣の技量もあるのだろうが、斬った直後に金剛石が落下しなかったと言うことは、おそらく対人に使えば“斬られたことにさえ気づかない”だろう。
居合一閃によって敵を切り伏せる――それが叔父の型なのだ。確かに、以前見た従兄であるセイヤの型――確か“穿孔”といったか――とは、大きく異なっていた。セイヤの穿孔・爪魔は――
「……俺はそんなおっそろしい物に斬りかかられたのか……」
「うむ、良く避けた」
「おい」
トレイドは凄まじく嫌そうな表情を浮かべてアキラの刀を見やり、それに対しアキラは頷きながら地面に突き立てたままの刀を手に取った。見ると、鞘の中に収まっていた鉄刀は綺麗になくなっている。
滑らかな動作で納刀し、アキラは黒い瞳でタクトを見据える。その瞳の奥の鋭い眼差しに、彼はやや身構えて、
「それではタクト。……武器としての、刀の本質とは何だ?」
「……え?」
「その解が、”型”の軸となる。証の形状は、持ち主と最も相性の良い形を取る。お前の証が刀の形を取ったのならば、お前との相性が一番良いのが刀だ。故に、少し考えれば本質が見えてくるはず」
――お前自身が気づいていないだけだ、というアキラの言葉に、タクトは分かったような分からなかったような表情を浮かべる。証は己と相性が良い――確かに、それはわかる。だが、相性が良いと使い勝手が良いはまた別の話だ。
別に、タクトが手にしている刀の使い勝手が悪い、というわけではない。――むしろアキラの言葉から推測するのならば、この刀の力を、自分自身が十分に引き出せていない、ということなのか――
ちらり、と飾り紐が付いた刀に目を向ける。――まだ、答えは出ない。刀の本質とは――
「……さて、ではまだ解の出せない不甲斐ない甥のために、”指南”するとするか」
「……え?」
頭の中でぐるぐると様々な考えが浮かんでは消え浮かんでは消え――その最中、“指南”という聞き逃したい言葉が聞こえたような気がして、俯き加減だった表情を前に向ける――と。
「残月・爪魔」
「うわぁぁぁっ!!」
「遅い」
――タクトがそれを避けたのは、刀が目の前を通り過ぎた後だった。つまるところ、叔父がその気ならすでに斬られたのである。アキラの呆れ果てた声音の指摘に、彼は返答できない。心臓がばくばくと高鳴り、冷や汗がどっと流れてくる。
「ちょ、ちょぉっ!!?」
「言っただろう? 指南だと。久しぶりの指南、私自ら刀の本質を教えてやる」
キン、と振るった刀を納刀し居合の構えを取ってこちらを見据えるアキラに、タクトは拒否権はないのだと言うことを悟り、表情を歪ませながら刀を中段に構える。
得物を構えたタクトを前に、叔父はすっと重心を低め――一歩踏み込んだ。
瞬歩を用いて、空いていた距離を一瞬にして詰める。目の前に突如現れた叔父を前に、タクトは自然の加護を発揮させ、その動きを読み――
――読む前に、中段に構えた刀を傾け、叔父の居合斬りを受け止めた。幸いなことに剣速はあまり出さなかったようで、彼の動体視力でもその軌跡を見切れたのだ。ついでに言うならば、自然の加護を発揮させる寸前に、嫌な予感が背筋を走ったため、受け止めることが出来たのである。
叔父の刀を受け止め、その刃をちらりと一瞥し――そしてはっとする。叔父の刀は――
「ほう、気がついたようだな」
「っ! がっ……」
タクトの視線に気づいた叔父は、そう呟き――タクトの腹部を、衝撃が襲いかかった。見ると、叔父の鞘が腹に叩き込まれている。その一撃をもろに受け、タクトは後ずさり――アキラは、ひゅんっと刀を一振りさせると凄まじい早さで納刀する。
「――残月・瞬牙……」
今のが瞬牙――なるほど、瞬牙の速さを持っての納刀。あれが叔父曰く「死に太刀」となった瞬牙の活用法なのだろう。攻撃用の太刀ではなく、次に繋げるための太刀に変容させたのだ。
確かに居合斬りは、一度に一刀しか放てない上に、もう一度放つためには刀を鞘に収めなければならない。その欠点を、”高速で納刀する”ということで補っているのだ。
「……っ…」
「――どうだ? 少しは本質の輪郭が見えてきたか?」
「……うん。……何度も聞いてきたけど、刀の本質は”斬り裂く”……”叩き切る”じゃない……そうだったよね……」
独白し、タクトはふぅっと息を吐き出した。腹部を襲う痛みを無視して、彼は証を正眼に構え直し、その刀身を見据える。
先の一瞬の攻防の中に見えた、”あの光景”を思い出しながら、タクトはぽつりと呟いた。
「一之太刀、爪魔……」
呟きと共に、音もなく刀身を魔力が覆い尽くす。霊印流の太刀、その一つ目である爪魔。純粋魔力の扱いを不得手とする精霊使いであっても、物体を魔力で覆うぐらいは容易く行える。
だがそれを、ただ覆うのではなく――
(……さっきの叔父さんの刀は、”刃に魔力が集中していた”)
叔父の残月・爪魔は、普通の爪魔と比べると重みはまるでなかった。爪魔を使っていないタクトの刀でさえ、楽々と受け止めることが出来たほどに、だ。
――だが、その脅威は”重さ”ではない。それを、叔父の刃を見た瞬間に悟ったのだ。刃に魔力を集中させることにより、その”切れ味”をさらに高める。――刀の本質は“斬り裂く”こと。それを体現したのだ。
「―――――」
意識を集中させ、魔力を刀の刃に集中させる。先程の叔父が見せてくれたものを、自分自身の力で再現しようとする。
正眼に構えた刀の刀身を覆っていた魔力が、刃に凝縮される。しかし――何というか、刃に魔力が溜まりすぎている。叔父からもそのことを指摘されてしまった。
「刃に集中させた魔力が多すぎる。それでは逆に切れ味が鈍るぞ」
「っ……」
指摘を受け、タクトは顔を歪めながら徐々に魔力を抜いていく。普段爪魔を扱う際に使う魔力量が身にしみこんでいるため、どうも勝手が狂う。ともあれ、徐々に魔力を抜いていくと、やがて叔父がうむと頷き、
「その魔力量を維持することだ」
「……普段よりも使っている魔力がかなり少ない……」
「まあな。刃の表面だけを覆っているからな。……では、その状態を維持したまま――」
タクトの呟きに答え、次いでアキラはずんっと踏み込んだ。踏み込んだ際に生じた足音を耳にしたのか、タクトはバッと正面を見やり。瞬歩を用いて接近してきたアキラと視線を交合わせた。
「――私の剣撃を凌いで見せろ」
「っ!!」
途端に放たれる居合斬りを刀で受け止める。触れ合った瞬間、刀の刃を覆う魔力が大きく揺らいだ。
「たった一合の打ち合いで、集中を切らすな阿呆」
「くっ!?」
痛いところを突いてくれる――しかし事実故に、その指摘を甘んじて受け入れるしかない。それにアキラも、多少は遠慮してか「残月」を使っては来ないだろう。――そんな思いは、発揮したままの自然の加護によって露と消えた。
「残月・爪魔」
「ちょちょちょちょちょっ!!」
先程抜刀したばかりのはずなのに、一体いつ納刀したのか。すでに叔父は居合斬り――爪魔を放つ準備を終えていたのである。こちらに対する遠慮など、まるでなし。タクトは刃に魔力を纏わせた状態のまま、叔父の神速の居合斬りを受け止めようとして――
――気がついたら、叔父の刀は振り抜かれていた。
「っ? ――――っ!!」
刀は振り抜かれている。しかし体を襲う痛みはない、と思った瞬間だった。脇腹から肩にかけて鈍い痛みと共に衝撃がひた走り、タクトの体が吹き飛ばされた。
「がっ……くぅ……っ!」
吹き飛ばされ、地面をごろごろと転がった彼は、体を起こしながら呻き声を上げる。脳裏に浮かぶのは、たった一つのことだけ。すなわち、
(……いつ抜いたんだよ……っ!)
離れてみていたときでさえ、いつ抜いたのかまるで分からなかったのだ。その速さを目前でやられると、もはや肉眼で見切ることさえままならない。――というよりも、だ。あの速さの居合斬りを、しかも切れ味を格段に上げた残月・爪魔を喰らって切られていないというのはどういうことか。
「――抜いた瞬間に刃を潰したんだ、早く立て」
――刃を潰す――斬れなくさせた刀で自分を斬り付けたのであろう。その辺はありがたかったが、魔力によって強化された鉄棒でぶん殴られたような痛みだ。起き上がるのが少々辛い。
「っ~~」
呼吸を繰り返し、ややふらふらとなりながらも立ち上がったタクトは、吹き飛ばされた際に手から離れた証を取り寄せ、もう一度爪魔を――刃に魔力を集中させる。
「――ではいくぞ」
「っ!」
タクトが爪魔を維持したのを見届けた後、アキラはぽつりと呟いて刀を収めた。来る――そう確信したタクトは、自然の加護を全開にし、アキラの動きを先読みしようとする。
――叔父による、甥への修行が本格的に始まった。