第10話 放課後の戦い~2~
振るわれた刀が静止、それと同時に最後まで立っていた取播きがドサッと倒れた。
タクトはそれを目の端で捉え、刀を肩に担いだ。
「終了、っと」
指先で証をくるくると回すマモルに目をやり、タクトは問いかけた。
「マモル、大丈夫?」
「そういうお前こそ…って…。大丈夫か、お前だし」
「いや、僕だからってどう言う意味?」
嫌な信頼のされ方だよ、と内心で愚痴り、マモルを睨んだが、彼はそれに付き合わず、アイギットに銃口を突きつけた。
そして告げる。彼らの勝利宣言を。
「チェックメイトだ」
告げられた勝利宣言を前にして、アイギットは驚愕の表情を見せ、ただその場で膝をついた。
ーーのだったら、話は早かったのだが。
生憎彼はただ瞳を閉じ、顔を俯いただけだった。見方によっては後悔しているふうにも見えるし、詰まらなさそうにしているふうにも見える。
タクトとマモルは、互いに顔を見合わせアイギットに詰め寄る。身長差はアイギットとマモルが同程度、タクトがややそれより低い、と言った物なので、アイギットの顔を見るためにやや顔を上げなければならない。
だからこそ、見ることが出来た。
彼の唇が、モゴモゴと”動いた”のを。
嫌な予感が全身を走り、タクトはマモルの服を掴んで後ろに下がる。
「うぁ、何するんだタク……っ!」
マモルが吠えたのと同時に、アイギットの眼前に青い魔法陣が展開された。それを見て合点がいったのか、口を閉ざし。
自らも後方に下がった。それどころか、タクトに体を預けた。
マモルを掴み、彼が体を預けてきたのを確認すると、タクトはそのまま瞬歩を使用。人二人分での瞬歩はきつい物があり、片足に馬鹿にならない負荷がかかる。
しかし、それで何とか間に合った。
二人がその場を離脱するのと、魔法陣から水が噴き出すのがほぼ同時だった。ならば、回避できるかは両者の早さ次第。
ーーそして瞬歩は、水より早かった。
なんとか回避すると、二人はその場に立ちすくむ。幸いと言うべきか、それともアイギットの意思なのか放たれた水は倒れている取播き達には当たらず、そのまま流れていく。
それを見届けると、突然タクトが小さくうめき声を上げ、その場にしゃがみ込んだ。
「うっ……」
「大丈夫か?」
彼にしては珍しく、やや心配しているかのような声音である。ーーあくまでも、ような、であるが。
それは置いてくとして、タクトは右足をさすっていた。
少しの間さすっていると、若干良くなったのか、「大丈夫」と呟き、そのまま立ち上がった。当然である。
霊印流歩法、瞬歩。たった一歩の踏み込みで発動するこの歩法、原理は極めて簡単であった。
まず、右か左か、踏み出す方の足に魔力を注ぎ込む。魔力を注ぎ込むと、注ぎ込まれた部位の細胞が活性化ーーつまり身体能力が増加する。
もともと精霊使いは契約を交わした時点で身体能力が跳ね上がっている。そこからさらに上乗せさせる、いわば多重強化だ。
だがこの多重強化、まともな精霊使いは使用しない強化術である。
強化系の術は詠唱系の魔術に含まれている上、魔力による強化術は反動がある。詠唱によるタイムラグなしで強化できるのはいいが、その反動がやっかいなので滅多に使わないのだ。
一応瞬歩は特殊な踏み込みを行う事で、その辺の改善を行っており、あまり反動はこないのだが。今回は、慣れない二人での瞬歩が原因であったのだろう。
「僕は大丈夫だよ。それより、アイギットは……」
そう言いながら、二人で彼の方を向く。アイギットは無表情な目で二人を観察していた。その様子を見て、タクトは何か言いようのない不安を感じた。
(何だろう、あいつ……)
疑心の目でもってアイギットを見つめるが、マモルはそれに気づかないのか声を沈めて唸った。
「てめぇ、不意打ちとは良い度胸してんじゃねぇか」
「……」
マモルの脅すような声音にも怯むことなく、それどころか小さく何かを呟きーー
「ちっ!」
舌打ちを一つし、マモルはバッと後方に下がる。アイギットの目の前に展開されたのは青い魔法陣。
現れるのは再び水か、と思われたが。
突然、タクトとマモルは肌寒さを感じた。体中に突き抜けるような寒さが走り、二人は彼ーーアイギットの方を見た。
口元に小さく笑みを笑みを見せる彼は、してやったりと言うふうに言い放った。
「水属性変化術ーーそれは魔力を水に変える術式。ならば、その”温度”も変えられるだろう?」
二人は彼の笑みを見て、憎らしげに顔をゆがめた。
彼が展開させた魔法陣。そこから、大きめの杭状の物体ーー先端が鋭く尖っており、軽くひっかいただけでも怪我するだろう。
だが、その杭を形成しているのは”氷”であった。氷を削って作った杭。彼が魔法陣から出現させたのはまさにそれであった。
ーー属性変化術。魔力を注ぎ込むとその変化させた物の”質”が上がる。その特性を利用したのだ。
「属性変化改変ーー。何ていうモンを」
マモルはその技法をぽつりと呟いてため息をついた。すさまじく厄介な相手ーーそれこそ、周りで倒れている取播き達とは比べものにならないくらい。
(どうやら、かなり高度な修練を積んだ相手のようだな)
ガルが感心したように言うが、こちらとしては構ってられない状況になった。
アイギットが生成した氷塊が二人めがけて飛んでくる。それにいち早く反応したのはタクトであった。左腕を前に突き出し、白い魔法陣を展開。魔方陣が氷塊を防ぐ盾となる。氷塊と陣がぶつかり、陣が僅かに歪む。が、何とか持ち堪えた。
「なかなかの堅さだな」
「……っ」
アイギットはタクトが展開させた魔法陣の堅さを素直に賞賛する。賞賛された本人はそれに答える余裕はない。彼は呟きを漏らし、
「だけど、これならどうだい?」
ーー彼の周りに十を超える青い魔法陣が展開された。
展開された魔方陣すべてから先程よりも小さな氷塊が生成され、それら全てが一斉に飛来する。小さいとは言え、数が数である。それら全てを防御魔法陣で防ぎきる自信はない。
驚愕の表情を浮かべる二人に、氷塊が迷うことなく二人がいるがいる場所に突き刺さった。