第20話 追いつくために~2~
あかん……一ヶ月投稿になっている……
おそらく多少は更新スピードは上がると思います
暗い森の中、一人の男が放った拳が敵対する男を打ち抜いた。がくりと膝から崩れ落ちる男に、拳を放った金髪の男はふぅっとため息をつく。
やや長めの、左目を隠すように前髪を流す彼は、崩れ落ちた男を――正確には、男達を見て、ぽつりと呟く。
「……一体どうなっている?」
崩れ落ちた男達は皆、それぞれの手に剣や銃器と言った凶器を握りしめている。――だがそれらの凶器の大半は、しばらくすると魔力の残滓と鳴って消えて言ってしまった。
――証だ。金髪の男は、倒れ込んでいる男達の正体に気づいている。自分と同じ、精霊使いだ。精霊使いが今いるこの世界にいること自体は何ら不思議ではない。この世界もまた、精霊の存在を認知し、フェルアントと同盟を結んでいる。
同盟を結んでいる以上、精霊使いがいるのはおかしくはない。――おかしくはない、が。
「…………」
男は懐に隠し持っていた本を取り出し、そのページに倒れ込んだ精霊使い達の”生命力”を吸わしている間、地面から未だ消え去らない銃を手に取った。
それはただの拳銃――文明が発達した末に、人の手によって製造された兵器だ。しかしこの世界は、”こんなもの”を創造できるほど、文明は発達していない。つまりこの拳銃は、”外の世界”から持ち込まれた物だ。
価値観、文明、技術――人の手によって作られる文明の利器は、時に他の世界では“神器”になり得る。技術力が発達した世界で作られた“機械”は、文明が発達していない世界ではまさに“魔法”と変わらないのだ。
故に、フェルアントは精霊使い達に例外なく、“他世界の文明品”の持ち込みを厳しく禁じている。持ち込むことで、その世界の文明、および価値観を破壊してしまうのを防ぐためだ。
「……なるほど、”地球”で作られた物でもなさそうだ」
手に取った拳銃をいじくり回し、男はそう結論づけた。といっても、彼の知っている”拳銃”が、たまたま地球製のものしかないため、引き合いに出したのだが。ともあれ、男自身も銃器には詳しくないため知らないが――この銃は。
持ち手であるグリップ部分を弄り、そこからガシャッとマガジン――弾倉がスライドし姿を現す。その弾倉には数個の“魔法石”が埋め込まれ、魔法石を一つ一つ繋げるように“陣”が描かれていた。それを見て、男は先程の戦闘を思い出し、一人納得する。
この銃を向けられたとき、放たれたのは弾丸ではなく、”魔力弾”――魔力の塊だったのだ。純粋魔力がもたらす破壊力はそこそこ――しかし、そこに魔法という名の“術式”を組み込めば――十分な殺傷力をもたらす兵器になるだろう。それこそ、男が知っている地球製の拳銃と何ら変わらない殺傷力を秘めた。
しかも地球製の拳銃とは異なり、この銃に弾切れの心配はない。弾そのものは魔力であり、そして魔力を溜め込む魔法石は、放っておけば自然と周囲の魔力を集めるのだ。
例え魔力を失ってしまっても、時間が経てば元通り。しかも、おそらくだが。この銃――魔法石を組み込み、さらに術式まで描かれているこの銃は、”魔力を持たない人間”でも扱うことが出来るだろう。
本来の銃器と同様、ただ相手に向けて引き金を引くだけ――それだけだ。呪文を唱えたり、魔術を習得したりすることなく、“単独で魔法”を発動出来る。こんなもの、地球は当然のこととして、フェルアントでも作られてはいないはずだ。
こんな危険物が作られる可能性があるとすれば、魔導科学(魔法と科学を一つにした技術体系)が発達したあの世界ぐらいだが――あの世界の発達度を見る限り、とうの昔に作られ――そしてとうの昔に忘れ去られていることだろう。
あの世界は逆に”発達しすぎて”、こんな時代遅れな物などもう作られてはいないはず。――製作を頼めばやってくれそうではあるため、候補からは外すことは出来ないが。
しかし、どうもその世界が作ったわけではないように思う。男はじっと拳銃を見つめ――頭をぽんっと固い物で軽く頭を叩かれた。見ると、倒れ込んだ精霊使い達から生命力を吸収したのか、一冊の本がふわりふわりと浮かんでいる。
「……わかっている。だが、どうも気になってな……」
一体誰に語っているというのだろうか、ぽつりと呟く男は浮かんでいる本を手に取るとそのまま懐にしまい込む。
「“エンプリッター”はまだ活動していたのか……何やら胡散臭くなってきたな」
突如現れ、襲いかかってきた、すでに倒されてしまった精霊使い達――否、エンプリッターを見て、表情をしかめる金髪の男。彼らから襲われる理由には心当たりがあるが――しかし。
「しかし、偶然の邂逅というにはあまりにも……ま、お互い運がなかったな」
男は未だに持っていた銃器も懐にしまい込み、そっとその場を後にすることにする。――この場所に近づいてくる者の気配を感じ取ったからだ。
「さて……見つかる前に行くとするか」
「――――一体どうなっているんだい……?」
木の影に隠れながらある集団に近づいていた赤髪の女性リーゼルドは、得意の光属性の魔法を用いて姿を隠していたのだが、横たわる集団を見てぽつりと呟く。
魔法を解除し、彼女は地に伏せてしまっている精霊使い――報告によれば、全員エンプリッターとのこと――一瞥し、眉根を寄せて考え込む。
「……こっちの任務が早く終わるのは良いけど……こりゃ、こうなった事情を調べなきゃならなさそうね……」
めんどくさい――そう言わんばかりの表情でため息をつき、彼女は倒れている精霊使い達を手早く縛り上げていく。リーゼルドがここへ来たのは、上司――リーダー格であるアンネルからの指示であった。
この辺一体にエンプリッターの残党がいるとの情報が入ったため、これを叩く。なお、最近怪しい動きが連中にあるため、情報を聞き出すために縛り上げてでも連れてこい、ということだ。
こいつらの事情は分からないが、縛り上げる労力がないのは良いものだ。リーゼルドはそう己に言い聞かせ、持ってきたポータルを発動。転移魔法によりエンプリッターの残党をフェルアントに送ってやる。
同時に、もう一つのポータルを懐から取り出し、通話魔法を発動。話す相手は当然上司――アンネルだ。
「――こちらリーゼルド。目標をたった今送りました」
『おう、ご苦労』
「それで、少々気になることが数点……」
彼女はそう前置きして、捕縛の際に気になったことを通話を通して上司に伝えようとする。
「まず一つ。”また”あの武器を見つけました。連中、着々と武装を整えてきていますよ」
『まじか……。頭の痛い話だな……』
ポータルの上に浮かび上がる、魔力で象られたアンネルの虚像は、ため息をつきながら頭を抱えた。
あの武器――魔力を持たない一般人でも、魔法を扱えるようになる術具。件の”銃器”のことだ。最近エンプリッターの活動が活発化してきており、その都度マスターリットである彼女たちが制圧しに向かうのだが、すでに何丁か件の武器を鹵獲しているのだ。
その仕組みも、もうすでに判明しており――その性能に、フェルアント本部の上層部は危機感を抱いている。
『こりゃ、やつらの”反乱”も、あながち与太話じゃなくなってきたよなぁ……』
「確かに与太ではないね。でも、問題は武器を手に取る人間が何人いるかだよ」
そう――問題はそこなのだ。
例えどれほど危険な兵器を手にしたところで、それを扱える人間がいなければただの大荷物だ。現にエンプリッターは、その数は決して多くはない。
――元々エンプリッターというのは、現在のフェルアント本部が勝手に名付けた集団だ。その集団は、大半が”改革前の元本部”に務めていた人物で構成されている。
あの改革の時に露見した、それまでの罪状、そして非人道的な実験。当時本部に勤めていた精霊使いのうち、それらに関わっていた者達のみが処罰の対象となり、収監施設に収容される手はずとなっていた。
――だが、彼らはその途中で逃走、様々な世界に逃げ込んだのだ。これを受け、改革後の本部は彼らを”エンプリッター”と名付け、外魔者として認定し、これを捕縛、もしくは死刑執行対象とすることにしたのだ。
あれから十七年経った今では、エンプリッターの大半は収監もしくは処罰され、その数は限りなく少なくなっているはず――そう考えている。
つまり、連中は明らかな人手不足なのだ。武装を充実させたところで、充実させた武器を使えなければ意味はない。ましてや反乱など出来るわけがない。
それに連中は、『精霊使いによる世界の統治』という大目標を掲げている集団だ。精霊と契約を結んだ精霊使いこそが、世界を統治するに相応しい――つまるところ選民思想。精霊使いがエンプリッターに加入することはあっても、”一般人”が加入することはまずない。
「魔力を持たない人間でも扱える」武器も、意味をなさない。連中は大馬鹿の集まりでしかないのだろうか。
『……確かに、連中の数は少ないだろうさ。……だが、追い詰められたネズミって言うのは、怖いもんだぞ?』
「窮鼠猫を噛む、でしたっけ?」
『そう、それそれ。……それに、最近お前らの報告を聞いていると妙に嫌な予感がするんだよな……』
何故か妙にエンプリッターを警戒している様子のアンネルに、リーゼルドは首を傾げる。一体何をそんなに警戒しているのだろうか――眉根を寄せるリーゼルドに気づいたのか、彼は首を振り、
『まぁ、確証もないし、根拠もない、ただの勘だ。あんまり気にしなくて良いさ。それより、他の気になる点って言うのは何だ?』
気にするなと言い、話題を変え促してくる上司に内心ため息をついた。そして、正直一番気になっていたことを口にする。ここに来たときの光景を。
「……先程捕縛したエンプリッターだけど……あれ、あたしが倒したものじゃない」
『………はい?』
リーゼルドの報告に首を傾げるアンネル。意味が分からない、とばかりにきょとんとする彼を一瞥しながら、
「あたしが連中を見つけたときには、全員気絶させられていたよ。……しかも全員、ひどく衰弱していた」
『………』
彼女の報告に、アンネルも合点が行ったのか、考え込むように黙り込んだ。――ややあって、絞り出すかのようにして口を開く。
『……ということは、お前がそこに行く前に、エンプリッターを……仮にも”数人の精霊使い”を無力化させることが出来る奴がいた、ということか?』
「おそらくね。……付け足しておくけど、全員一撃で気絶ね、あれは」
『……………』
彼の、確認とも取れる問いかけに、リーゼルドは肯定し、さらに細くを付け加えた。捕縛する際に縛り上げたのだが、そのときにわかったことだ。おそらく体術によって、全員打ちのめされたのだろう。そんなことが出来るのは同類――かなりの手練れの精霊使いぐらいか。
『……………実は……確証もないし、未確認なんだが……』
彼女の報告を聞き、アンネルは以前聞いた――というよりも、目を通したことがある書類に書かれていたことを思い出そうとする。見た当時は大したことはない、と流したのだが――うる覚えだが、その書類に書かれていたことはリーゼルドが言ったことと一致する箇所がいくつかある。
『どこだったかは忘れたが、ともあれある世界のフェルアント支部からの報告だったな。何でも、悪漢に襲われ掛かった少女を救った精霊使いがいたんだと。その精霊使い、おそらく体術で悪漢を仕留めたんだろうな』
「………」
アンネルが伝えてくれた報告に、リーゼルドは無言を貫く。その話だけでは、共通点は体術のみ――しかし、アンネルの口調から続きがあることを悟ったからか、彼女は無言を貫いているのだ。
『ちなみにその悪漢共、ひどく衰弱していたらしい。ケンカで負けて痛めつけられたから衰弱した、ってわけじゃなかった。おまけに一人は”電撃”を喰らって生死の境を彷徨ったそうだ』
電撃――精霊使いの存在をにおわせるワードに、リーゼルドも「もしかしたら」という感情が芽生えた。
体術を使い、謎の手段で相手をひどく衰弱させ、そして精霊使いの可能性がある――根拠も証拠も何もない。しかし共通点という名の不審な点がある。
「……怪しいわね」
『怪しいだろう』
そうだろそうだろ、と虚像は頷いている。そしてちらり、とリーゼルドを見やった。――まるですがるようなその視線に、彼女は辟易とする。
「年下の女に情けなさそうな目を向けないで」
『ぐっ……じゃ頼むか。すまないが、ちょっとこのことも調べてくれないか? ……特に、”襲った男の方”を』
「……それは命令?」
『……”頼み事”だ。命令じゃない……命令じゃないが……やってくれたら嬉しいなぁ、っていう……』
――アンネルの言葉に違和感を覚えた彼女は試しに問いかけてみたが、その違和感はどうやら彼の煮え切らない物言いに感じたらしい。普段ならば調べろ、とはっきりと命令を下すのだが、何故こんな遠回しのやり方をするのだろうか。
「立場という物があって……」などと、すぐ保身に走る上層部とは違い、彼は「責任は取る」と頼もしいことを言ってくれるタイプだ。口には出さないが、まだ年若い彼女はアンネルのことを頼りにしていたし、尊敬もしている。そんな上司の、微妙な物言いに違和感を感じたのだ。
「一体どうしたの? そんな中間管理職的な“お願い”をしてきて」
『あ~……実はな……』
魔法石の上に浮かび上がるアンネルの虚像は、ポリポリと後頭部をかきながら表情をしかめる。
『……もしかしたら、その男……知り合いかも知れない』
「へぇ?」
『ただ……もし当人だったら、”色々と問題が起こる”からな……特に上の方と、その男に、だが。……個人的には安否確認がしたいだけなんだ。上に知れたら、その男を何としてでも引き込もうとするだろうし、男は男で、それを嫌がるだろうし……だから――』
「――調査書も書かないし、上にも連絡しない。直接あんたに連絡する、という形で良いのね?」
『へ? ……あ、あぁ……』
長く続きそうなアンネルの言葉を遮り、リーゼルドはばっさりと言ってのけ――ため息をついた。
「初めからそう言いなさい。そしたら、私も変に勘ぐることもなかったのに」
つまり、アンネルは気を遣っているのだ。彼――例の、精霊使いの疑惑がかけられた男に。だからこそ、あんな微妙で遠回しな言い方になったのだろう。微妙すぎて伝えたいことが彼女には伝わっていなかったが。
『わ、悪い。どうも遠回しに伝えるというのは苦手だな……。……って、勘ぐる?』
「何でもない。それより、話を聞く限り安否確認だけにした方が良さそうね」
『あぁ。そうしてくれると助かる』
心底ホッとしたように微笑み、何度も頷くアンネル。続いて彼は肩をすくめて世辞を口にした。
『いやホント、出来た部下を持つと上司は楽できるよ』
「はいはい。それじゃ、ある程度調べたらそっちに戻る」
世辞をあっさりと受け流し、リーゼルドはさっさと通信を着る。浮かび上がっていた上司の虚像は一瞬にして消え去り、彼女の手の中には一つのポータル――魔法石がぽつんとあるだけだった。
「……あ」
ふぅ、とため息をつき、これからのことを思案したときに気づいた。――エンプリッターの捕縛、謎の新武装の調査、そして先程のアンネルのお願い――受け持っていた仕事を、自然と増やされてしまった。
「……………」
ついつい安請け合いをしてしまった数分前の自分を呪いたいリーゼルドだった。
「仕事熱心だねぇ、リーゼルドは」
すんなりとこちらの頼みを受け入れてくれた彼女に驚きつつも、フェルアント本部にてアンネルは書類仕事に追われていた。人手不足により、リーダーが直々に書類整備――というよりも、部下達からの報告を纏めていたのである。
「…………」
しかし、その速さは先程と比べると明らかに遅くなっていた。先程――彼女からの連絡が入ってくる前は、さくさくと片付けていたのだが。
「………」
仕事の速さが遅くなった理由――彼女からの報告だ。その報告を聞き、アンネルは脳裏にとある人物の姿が浮かび上がり、その姿が消えることはなかった。
「……あんたは……生きているのか?」
手を止め、アンネルは背もたれに寄り掛かり天井を見上げた。染み一つない真っ白な天井に向けて、彼はぽつりと呟いた。