第19話 神剣の名~3~
――今でも思い出せる。初めてその赤ん坊を抱いたとき。当時は様々なことが立て続けに起きて、アキラも風菜も、ろくに子供達の面倒を見ることが出来ず、未花と自分の二人で子供達の面倒を見たときのこと。
あの頃は何故自分がと常々思っていたが、振り返ってみれば楽しんでやっていた節もあったように思えてならない。すでにセイヤを産み、育てていた未花が安心して任せられると言っていたのも、その辺りが影響しているのだろう。
――きっと、あの頃の自分は嬉しかったのだろうと思う。桐生家の一員として迎え入れられ、家族として過ごし、そして家族が増える瞬間に立ち会えたことが。
”人”であったときでさえ、命を奪う、奪われる場面には何度も遭遇してきた。ましてや”剣”である以上、奪う場面がはるかに多いのは道理である。
そのため、命が生まれる瞬間や、育まれていく場面に遭遇したことは一度もない。生憎、妻が子を産む瞬間には立ち会うことは出来ず、ふらりと我が家に戻ると子供が生まれていた、ということが何度もあった。
だからだろうか。妻はともかく、子供達からはあまり“父親”としては見られていなかった。当時はあまり気にもとめなかったが、この桐生家にやってきて、彼らを育てていく過程を間近で見て、ようやくそのことに気づくことが出来た。
――あぁ、自分はやはり、人としてはまだまだ未熟なのだなと、何度も思わされた。そして思わされるたびに決まって自嘲する。
『あぁ、剣(神)風情が何を言っているんだろうな』と。
人になりたいと願った神の、末路が今の姿。結局自分は人になることが出来ず、人の心を理解することが出来ず、代わりに剣に宿る神霊と化した。
――それでも、と彼は思う。人に憧れを持っているのは、変わらなかった。
剣としての自分を握ったものは、様々だ。自分と同様、祖国を追われた王子もいれば、権威を示すために自分を握ったものもいる。時には海の中に沈んだり、盗人に盗まれたときもあった。
自分が辿ってきた軌跡を振り返れば、様々な人がこの剣を握ったのだ。戦う武器として、あるいは宝として、あるいは権威を示す象徴として。
――人に憧れたのは否定しない。だが、そのような扱いをされてうんざりしなかったといえば、嘘になる。無論例外もいたが、基本的に我が身を握った者は大抵、自分勝手な願いと野望を秘めて力を求めていた者達ばかりだ。自分が憧れた人の強さというものは、そんなものではない。
だからろくに力を与えず、むしろ剣の中で長い眠りについていたのだ。そんな自分を眠りから覚ましたのがタクトの母、風菜である。
彼女は、あらゆる面で、かつての“妻”とよく似ていた。彼が憧れた強さを、彼女は持っていたのだ。そしてそれは、タクトも同じだった。
彼は、祖国を追われた王子と同様、過酷な宿命を背負っていた。王子と同様、宿命を背負っていることは露も知らない。だが、確信があった。
もし、彼が過酷な宿命を知り、それが避けては通れず、また必ず通らなければならないのなら。恐れやためらいはあるだろうが、それでも彼は必ずその道を通るだろうという確信が。
――なぜなら、その道を通らなければならない”理由”があるのだから。
彼は、恩人である風菜の子供である。
彼は、スサノオにとっても、弟のような、子供のような存在である。
彼は、きっと人の持つ強さを証明してくれる。
タクトに力を与えたいと思ったのは、それらが理由である。だからこそ、剣は主を見極めたいのだ。主が、この力を授けるに値するかどうかを。
――だから――
「――――っ」
海の上、相対するタクトとスサノオ。猛烈な勢いで突っ込んできたスサノオに対し、タクトは呆然としながら間合いを詰めて来る彼を見守り、やがてスサノオが目の前まで詰めてきたところでようやく我を取り戻した。
頭上に掲げられた剣。真っ直ぐに振り落ちてくる神剣に対し、タクトはばっと海を蹴り背後へ逃れる。すんでの差でスサノオの神剣を交わすことが出来たが、そのことにホッとする間もなく叫び声を上げた。
「クサナギ! 一体どういう――」
「俺は言ったはずだ」
顔を持ち上げ、スサノオに叫ぶも、すでにタクトの視界にはおらず。かわりに、左側から声が聞こえた。
「俺は言ったはずだ。刀を取れ、と。――それが意味するのは、一つしかなかろう?」
「っ!?」
左手から聞こえた声の主を確認せず、今度は反対側へ、つまり右側へと逃れるタクト。海の上を転がるようにして距離を取ったタクトは、すぐさま立ち上がり、先程までいた場所を剣で薙いだまま残心するスサノオの姿を見る。
――手加減なし……っ!? なんで……っ!?――
スサノオのことをクサナギと呼んでいた際は、手合わせの機会には恵まれなかったが、それでも今の剣閃は手心はなかった。だからこそ、タクトは表情を歪めて語りかける。
「一体、どうしたのさクサナギ! 何で俺に……っ!」
「クサナギというのは、この剣の名前だ。俺の名はスサノオ。――そして、俺は何一つ変わってはいないぞ?」
「なっ……変わったじゃないか! 急に改名したと思ったら、今度は斬りかかってきて……っ! クサナギはそんな奴じゃ――」
一気に捲し立てるタクトの言葉を封じるように、スサノオは神剣を目の前で構えた。嵐も収まり、波も穏やかな海の上だが、生憎天気は悪く、辺りは薄暗い。そんな中であっても、スサノオの表情ははっきり見える。彼は無表情なままに、
「――もう一度言う。クサナギというのは、この剣の名だと」
――次の瞬間には、剣を上段に構えたまま、タクトの目の前まで移動してきたスサノオがいた。まるで降って沸いたかのように、いきなり目の前にいたのだ。
精霊使いとして、何より剣を扱う者として、動体視力を鍛え上げてきたタクトだからこそわかった。今のは瞬歩のように、高速で近づいてきたわけではない。”転移”だ。
発動時間も、転移の際に掛かる時間も、そして転移後の硬直もない、ノータイムで発動した転移。それを以て一気に間合いに入ってきたのだ。
そんなこと、普通は不可能である。鍛錬などによって、転移に掛かる時間を短くすることは出来ても、到底戦闘に用いるほど短くすることは出来ない。何よりも、相手の目の前などの正確かつ精密な場所への転移など、人に出来るわけがない。
――だが、クサナギは人ではなく。そしてこの一面海の異界は、クサナギが造り上げた世界。この異界でなら、クサナギはその力を十分に発揮することが出来る。
「――っ!」
振り落ちてくる剣に、タクトはほぼ無意識のうちに抵抗する。自分の腰の辺りに白い法陣を展開させ、そこから現れた刀の柄を握りしめると一気に引き抜き、その柄頭を用いてクサナギの神剣を受け止める。さらにそこから、柄に魔力を溜めて――
「―――」
「――四之太刀、爪破!」
――溜めた魔力を、一気に解き放つ。その際に生じた衝撃波により、神剣を無理矢理に押しやり、さらにタクトも後退し距離を取る。
「……やっと抜いたか」
二本の飾り紐の付いた刀を見て、スサノオはふむと頷き、剣を構えた。一方のタクトは、距離を取り、しゃがみ込んだ体勢のまま、ぽつりと呟く。
「何でだよ、クサナギ……! 何で、こんなことするんだよ……っ!」
顔を上げたタクトの表情は、今にも泣きそうだった。何故クサナギがこんな事をするのか、何故手加減なしで斬りかかってくるのか、何故――
浮かんでくる様々な疑問に、しかしスサノオは答えず、同じ言葉を繰り返した。
「……それは俺の名ではないと、何度言えば――」
「だとしても、俺にとってはクサナギのままなんだよ!」
「………」
タクトの悲痛な叫びに、しかしスサノオは首を振るのみ。不気味なほど感情を表に出さないスサノオは、やはり無表情のまま剣の切っ先を微かに下げた。
「……まぁいい。お前は刀を抜いた、ならば後は剣を交えるのみだ」
「クサナギ!」
「何だ?」
――タクトの表情が、悲痛に歪む。こちらの叫びに、呼びかけに、応じているようで、応じていない。くっと歪んだ顔を持ち上げ、タクトは刀を握り直した。
「……なんで……なんで……っ!」
「――言葉は不要。対話を望むのならば……力という言葉でのみ、応じよう」
刀を握り、構えるタクトを一瞥し、スサノオはフンと鼻を鳴らして答え――転移術を用いて、タクトの後ろに回り込む。
「っ!」
「――――」
背後からの斬撃に、タクトは振り返りざまに刀を振り抜き、スサノオの神剣を斬り流した。攻撃と防御が一体となった彼の太刀筋を見て、ようやくスサノオの表情に変化が見られた。
「……やっと、その気になったか」
ぽつりと呟くスサノオの視線の先には、振り抜いた刀を即座に翻し、返しの二太刀目を放つタクトの姿。彼は、未だに納得がいかないと言わんばかりの歪んだ表情を浮かべて――しかし、スサノオを睨むその眼力は、いささかも衰えてはいなかった。
「クサナギ……ううん、スサノオ。俺が勝ったら、なんでこんな事をしたのか、全部話して貰うぞ!」
――ここにきて、タクトはようやく覚悟を決めた。何故クサナギ改めスサノオがいきなり襲いかかってきたのかはわからないが、しかし何らかの意図があると理解し、彼は証を握る手に力を込める。
放たれた二太刀目を、スサノオは神剣の剣腹で受け止めた。タクトの扱う斬り流しは、いわば線と線でこそその効力を発揮する。線と面では、いささか分が悪い。それを承知しているからこそ、スサノオはわざわざ剣腹を用いたのだ。
そして、タクトの刀を受け止める――“止める”ことが出来れば――
「――良いだろう。ならば、見事俺の課す試練を乗り越えて見せろ。まずはそこからだ。――もっとも」
スサノオは神剣を握る腕に力を込め、その圧倒的筋力を持ってタクトを後方にはじき飛ばした。優に十数メートルは弾かれ、何とか両足で着地したものの、彼はその場でがくりと膝を突いた。とんでもなく重い――それこそ、ダークネスの剣撃を超える力を持った一撃だった。両腕に走る痺れが、その重さを物語っていた。
「そう簡単に、乗り越えさせはしないがな」
タクトを後方に吹き飛ばしたスサノオは、即座にタクトの背後へ転移し、再び神剣を振るう。
「っ!」
一も二もなく、タクトはその場で瞬歩を用いて距離を開ける。が、先程の一撃が響いていたのか、瞬歩の途中で体勢を崩し、海の上を滑るようにして転がってしまった。せめてスサノオの転移が、連続で発動出来ないことを祈るのみだったが、
「――無様だな」
転がった先、顔を持ち上げるとそこには神剣を逆手に構えたスサノオの姿。放たれた侮蔑の言葉には耳を貸さず、タクトは無理矢理刀を下方から振り上げ、突き下ろされる神剣に対抗する。
結果、神剣の軌跡を僅かに変え、その僅かがタクトの体をかすめることとなった。かすめはしたが――かわしたことに違いはない。
「うおぉぉぉぉっ!」
振り上げた刀を翻し、今度は縦一直線に振り下ろす。一刀両断――しかしその一太刀は忽然と姿を消したスサノオの残像を切り抜くに終わった。
「くそっ!」
「――どこを斬っている?」
再び背後からかけられるスサノオの声。タクトは後方を確認せず、振り向きざまに刀を振るう。その一刀はようやくスサノオを捕らえるも、ろくに確認せずに振るった代償か、呆気なく神剣で防がれてしまう。
「くっ!?」
「闇雲に振るっては、どれほど優れた刃であろうと通ることはない」
端的に言い放ち、スサノオはついっと神剣で弧を描き、タクトの刀を柔らかく、かつ力をうまく逃がしながら無力化させる。神剣が刀を上から押しつけ、刀身の半ばほどを海に水没させたのだ。さらに、スサノオは剣を翻し、タクトの体を横一文字になぎ払う。
「――むっ」
スサノオの一撃は、タクトの体を捕らえた。――だが手応えがなく、一拍遅れてタクトの体がぶれ、かき消えた。見るといつの間にか一歩ほど下がっており、どうやら紙一重で避けたらしい。
「瞬歩・零……ふむ」
たった一歩の瞬歩でかわすその技巧を見抜き、スサノオは鼻を鳴らすと再び転移した。
「後ろ――がっ!?」
スサノオの姿が消えたのを見て、タクトはこれまでの行動から後ろに回り込んでくると思い、即座に後ろを向く。――だが、スサノオの姿はなく、代わりに背中に激痛が走る。
「なん……で……!?」
「馬鹿か? 転移術は、何も後ろを取るだけのものじゃない」
肩越しに後ろを見ると、そこにはやはりスサノオの姿。――転移したが、タクトの目の前に”わざと”時間のズレを生じさせて転移したのだ。
「くっ……っ」
顔を歪め、瞬歩を用いてスサノオから距離を取るタクト。スサノオも追撃は仕掛けず、距離を取ったタクトを遠目に眺めるのみ。――明らかに手を抜かれている。そのことは明白であった。
「………っ」
背中の傷の具合を確かめ、歯を食いしばるタクト。先程のタイミング――こちらを一刀のもとに切り捨てることが出来たはずなのだ。だが、傷は浅い。
執拗に追撃は仕掛けず、また傷も浅い。スサノオが手を抜いているのは明らかだった。――だが、それが違和感に感じてならない。
こちらに全力を出せ、といいながら本気にならず。また試練を課すと言いながら、試練の失敗に対する代償は浅い傷。不可解にしか思えなかった。
――スサノオは本気で試練のつもりなのだろうか――タクトは訝しげに剣を持ったままふぅっと大きく息を吐き出したスサノオを見やった。
「――何故、俺が手を抜いているのか疑問に思っているな?」
「っ!?」
息を吐き出した後、スサノオはそう呟いた。まるでこちらの考えを見透かしたかのように。言葉に詰まるタクトに、スサノオは神剣を肩に担ぎ、
「いや、その表情はどうやら当たりらしい。……相変わらず、嘘が下手な奴だ」
「…………」
スサノオの言葉に、タクトは目を見開いて押し黙った。――”相変わらず”――やはり、目の前の男はクサナギなのだという実感がようやく持てた。
だからこそ、彼は知りたい。何故スサノオが――クサナギが、突然このようなことを仕掛けたのかを。
「答えは簡単だ、桐生タクト。――そろそろ全力を出せ」
「……全力?」
「あぁ。お前の持ちうる全ての力をな」
一際低い声音で、さらにこちらを射貫く鋭い視線は、タクトの体を硬直させる。全力を出せ――スサノオから見れば、手を抜いているのはこちら側、ということなのだろうか。だが、こちらもこちらで全力を出して――
「…………」
――ふとあることが脳裏で閃いた。以前開眼した、自然の加護――あれを使えば――
そっと目を閉ざし、意識を集中させて己の中にある自然の加護の力を発動させる。ざわざわと、辺り一面が己に呼びかけてくるこの感覚を――。
「――行くよ、スサノオ」
刀を正眼に構え直し、タクトはカッと目を開いた。その視線の先に一人佇み、黙ってこちらを見ていたスサノオが、肩に担いでいた神剣の切っ先をまっすぐこちら側に向けてくる。
「あぁ。……来い」
神剣の切っ先と共に、こちらを射貫く鋭い視線に対抗しながら、タクトは己の重心を前に倒し、一歩踏み込んで――
「一之太刀――爪魔」
――瞬く間にスサノオの間合いを侵略する。どうやら転移術は使わずに真っ向から迎え撃つ腹づもりのようで、間合いに入り込んだタクトに神剣の一撃を叩き込もうとする。
だが、自然の加護を受けたタクトには、その動きは分かっていた。こちらに向かって叩き込まれる神剣の軌跡に合わせ、タクトの刀は真っ向から迎え撃つ。
魔力を纏わせ、威力を増したタクトの一刀は神剣とぶつかり合い、火花を散らしながら拮抗する。
「くっ……!」
「………」
タクトは表情を歪めながら、しかしスサノオは涼しい顔を浮かべている。さらにタクトの刀は魔力を纏わせた上で、両手でしっかりと握りしめているのに対し、スサノオは片手で神剣を軽く握っている。両者の力の差は決定的だった。
「――軽い」
しばしの拮抗の後、スサノオはそれだけを呟き、ぐっと腕に力を込めてタクトを吹き飛ばす。拮抗は一瞬にして崩れ去り、タクトは大きく後退しながらも体勢を崩そうとはしなかった。
「っ!」
ひらりと、背後から何かを感じ取る。その瞬間、ほぼ無意識のうちに、崩れそうになるのを利用してぐるりと回転。真後ろに魔力を纏わせたままの一刀を叩き込む。
「――ほう」
「………っ」
叩き込んだ先には、転移術によって後ろに回り込んできたスサノオがいた。彼は手持ちの神剣でタクトの一刀を防いでいる。剣と刀が組み合わさったまま、両者の視線が混ざり合う。
「どうやらお前の加護は相当なもののようだな。転移の瞬間と、転移する場所がわかるとは」
本気で感心している様子のスサノオだが、タクトにはそれに返す余裕はない。
スサノオの指摘は、ほぼその通りだった。今の、自然の加護を得ているタクトには、スサノオが転移する瞬間と、転移した後に現れる場所が正確に察知できていた。
――今の状態ならば、スサノオの転移に付いてくることが出来る。タクトはそう確信し、そしてその確信は正しい。一瞬で相手の背後を取ることが出来ても、その瞬間を事前に見抜かれてしまえば対抗することが出来る。
スサノオの転移は絶対的なアドバンテージではなくなっていた。だが、それでも向こうが有利なことに変わりはない。
「なら少し”早め”にしようか。……タクト、お前はどこまで付いてこられる?」
「なに――」
言葉と同時に、タクトの目の前からスサノオの姿が消える。転移したのだ。当然そのことを事前に察知していたタクトは慌てることなく、すぐにでも動けるように重心を少しだけ落とす――彼の脳裏に様々な“予測”が立ち並ぶ。
「っ――!!」
右、左、上、時間差を置いて左、前、後ろ、右、左――と見せかけた右、上、前、右、再びフェイトをかけての前。
スサノオが転移して来る場所を察知する。時折織り交ぜてくるフェイントもしっかりと見抜いている――が――
――早すぎる!――
次の瞬間、タクトが見抜いたとおりにスサノオが転移を繰り返し襲いかかってくる。その速度たるや、尋常ではない。高速で行われる、転移による出現と消失の繰り返しに、タクトの視界にはまるでいくつものスサノオの残像があるように思えて鳴らない。
「くっ……!」
左から来る斬撃を防ぎ、次いで背中狙いの一刀を避け、頭をかち割る振り下ろしを受け流し――防御と回避を重ねて、スサノオの剣撃を凌ごうとする。だが、それは無理だと悟った。
いくら攻撃の先が読めても、体はそれに付いていくことは出来ない。ましてや一撃一撃が、タクトのような小柄な体を軽々と吹き飛ばせるような重い剣撃では到底無理である。
「っ!」
「しまっ――」
このままではいずれ――そう思った矢先、真っ正面に転移してきたスサノオの一撃を受け損ね、大きく体勢を崩したタクト。それを見て、スサノオの動きが一変した。
「終わりだ――」
「っ! くっ……っ!」
体勢を崩したタクトを見据えて、転移せずに返しの一撃を叩き込もうとする。当然、自然の加護によりその動きを先読みしたタクトは、そこで一つの賭に出た。
「っ――!!」
「………」
刀の峰に手を当てて両手で保持し、スサノオの一撃を受け止める。当然彼の筋力に抵抗することは出来ず吹き飛ばされてしまうが、自ら吹き飛ばされることでその威力を減衰させる。タクトを吹き飛ばした瞬間、思ったほど手応えがないことに気づいたスサノオは、苛立ちを露わに表情を歪め、転移する。
――来たっ!
吹き飛ばされているタクトは空中で体を捻らせて体勢を直し、さらに白い法陣を展開させてそこを足場に着地する。スサノオが転移して現れるのはこの場所の右隣、半秒後――着地するなり、間髪入れずに、真上に瞬歩を以て飛び上がった。
「――――っ!?」
タクトが予知したとおり、彼が飛び上がるとほぼ同時に転移して現れたスサノオは神剣を振るい――ガシャンと硬質な何かが砕ける音が響き渡る。スサノオは、自らが砕いた法陣を見て目を見開き、初めて驚きを露わにする。
転移中は辺りの様子はわからない。タクトがこの場所に来ると予想して転移したが、転移先に誰もおらず、かわりに法陣があれば驚きのあまり硬直するのは無理もないことである。
「っ……っ!!」
――今――
僅かな硬直を見せたスサノオの頭上を取ったタクトは、空中で体を反転。頭を海に向け、さらに足下に法陣を展開。展開した法陣を足場に、再び瞬歩を以てスサノオへ強襲する。
「――上」
タクトが瞬歩を発動させた瞬間にスサノオも気づき、ほぼ反動なしで飛び上がった。空中浮遊の類いだろうか、ともあれこちらに向かって来るスサノオはここに来て初めて剣を両手で握っていた。
――それはきっと、タクトの証に纏う魔力を見て、彼が放とうとする太刀を見抜いたからだろう。
「霊印流重ね太刀――」
この太刀を放つ機会は一瞬。タクトはあらん限りの気合いを込めて、その一刀を抜き放つ――
「――”爪魔・瞬破残”!」
爪魔、瞬牙、爪破、残刃――六つの太刀の内、四つを重ねた一撃。流石に四つも重ねてしまうと、連発は出来ず放てるのは一回に一度きり。
――だが、その威力は――
タクトが放った一刀を迎撃しようとしたスサノオは、本日二度目の驚きと、そして初めての焦燥を浮かべる。
――爪魔と爪破により威力を、瞬牙により速度を高めた一太刀は、その一刀だけで十分必殺になり得る威力を持っている。それが、残刃を重ねたことにより五つに増えたのだ。
二人の得物が交差する。最初に、タクトの刀がスサノオの神剣と衝突し、刀身に纏わせた魔力が衝撃波となって神剣を弾こうとした。
重く速く、そして衝撃を兼ね備えたその一撃では、スサノオの神剣を弾くことは出来なかった。精々、その威力を弱らせる程度。――だが、斬撃は後四つ残っている。
タクトの太刀筋をなぞるように現れた魔力刃(二撃目)が、神剣と衝突する。結果は同じだが、スサノオの太刀筋が”ぶれた”。
二つ目、三つ目の魔力刃が同じように神剣に吸い込まれる。初撃も合わせ、三撃目でスサノオの威力は大きく減衰し、そして四撃目でとうとう神剣を弾いた。
とった。タクトは確信する。魔力刃は後一撃残っているのだ。そしてその魔力刃は、すでにスサノオの体に向かって襲いかかろうとしている。このままスサノオを斬って――
――斬って……? 俺がスサノオを……クサナギを斬る……?
タクトの頭が真っ白になる。同じ家に暮らし、時には教え、時には導き、時には力になってくれた大切な家族の一人であるクサナギを……?
――駄目だ――
「―――――」
「―――――」
――気づけば、タクトは振りきった刀を翻し、スサノオを――いや、“クサナギ”に襲いかかろうとしていた魔力刃を切り払っていた。たった一刀――それだけで、爪魔・瞬破残を無力化していたのだ。
霧散していく魔力刃を見ながら、自身の呼吸が変わっていることに初めて気がついた。この呼吸法は霊印流六之太刀、天牙。周囲に存在する魔力をこの呼吸法によって取り込み、体内の魔力と結合させて、普通の魔力を対消滅させる二重魔力を作り出す。これは、純粋魔力にとっては天敵とも言えるのだ。当然、自身が生み出した魔力刃でさえもその対象となる。
「――瞬牙・天……か」
刀を横一文字に振り切った体勢のまま残心するタクトに、スサノオはぽつりと呟きを漏らす。どうやら彼は、天牙単体ではなく、瞬牙と重ねて使用したらしい。ある意味当然である。あの魔力刃には、瞬牙の効力も重ねてあったのだ。あれを切り払うには、同等以上の速さがなければ間に合わない。
ともあれ、結果的には自分の技を自分で無力化させるという、端から見るとただの一人芝居を演じたタクトは、己の行動に、完全に思考を停止し待っていた。
「俺は……」
ただぽつりと、訳が分からないとばかりに呟きを漏らすタクト。そんな彼に、スサノオはぽつりと呟きを返した。
「阿呆が」
次の瞬間、スサノオは上段から神剣を振り下ろし、タクトを下方にある海へと叩き付けた。