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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第18話 狼、再び~1~

久しぶりの授業は、やはりついていくだけで――というよりも、ついていくことさえ出来なかった。実技系ならば何とかなるものの、座学はお手上げである。やはり一ヶ月以上もの間授業を受けていなかったのは不味かった。


とはいえ、あの1ヶ月間がなければ、二度とこの場所で学ぶことは出来なかっただろう。そのことを考えれば、まだ良い方だ。


幸いと言うべきか、受けている授業の先生方全員がタクトに”特別課題”を出してくれたおかげで、単位は貰えそうではある。成績については――考えないことにしよう。成績が悪くても、卒業できればそれで良い。


問題は、特別課題の数だ。期限が少々長めなのはありがたいが、それでも余裕はなさそうである。今日新しく与えられた課題の内容を確かめるなり、げんなりとしてため息をついた。


――今度からは、眠れない日は課題をやることにしよう。タクトは決意を固めて、教室の席を立つ。ちょうどお昼の時間帯であり、多分マモル達も食堂に行っていることだろう。


(――そういえばコルダの奴、今日は昼からの講義はないって言っていたよな……)


食堂に向かう途中で、一瞬課題をやって貰おうかという邪な考えが浮かんだものの、それは無理だなと首を振った。彼女に任せると、ほぼばれる。彼女は、なかなかに特徴的な字体なのだ。


「……やるしかないよね……って……どうしたんだろ?」


そうこうしているうちに食堂までやってきたタクトだが、食堂の入り口付近に人が集まっていることに気がついた。その集団を眺めていると、主に女子生徒が多いような気がする。気になった彼は首を傾げながらも問い詰めはせず、そのまま集団の横を通り過ぎた。


「ねぇねぇ、あの人誰だろう? 新しく食堂で働き始めた人かな?」


「調理場に立っているからそうでしょうね。……それにしても……良いなぁ……」


「あら。あなたあんな感じの人が好みなの?」


「ち、違うわよ! ただ、すごくテキパキ動いているなぁって感心しただけで、か、格好いいななんて全く思ってないっ!」


「照れなくて良いのに。あたしとしては、あんな感じの人素敵だなぁって思うわ。格好良くて料理が出来る……あの人、結構モテるんじゃないかしら」


「えっ……」


「……………」


――以上が、耳に入ってきた、入り口付近で集まっていた女子生徒の会話である。この時期に、新しい調理場の新人が入ってきたのだろうか。それだったら話題になるのもおかしくはない。


しかし格好良くて料理が出来る――この場合の料理が出来るとは、作った料理が美味しいと言うことを指しているのだろうか。それならば、女子達の中で話題になるのもおかしくはない。


タクトとしては、その条件に当てはまる人物を知っており、何とも言えない微妙な表情を浮かべていた。ちなみに、タクトが思い浮かべた人物は、現在フェルアント本部で取り調べを受けている真っ最中だ。出てくるのにはもうしばらく掛かるだろう。


とりあえずお昼の食券――今日の日替わりは焼き豚定食だった――を買い、受け取り口に並ぼうとし――


「今日の昼、いつもよりうまかったよな」


「あぁ。いつもの飯も不味いって訳じゃないんだが……今日のは明らかに違っていたよな」


「これも新しく入ってきた”あの人”のおかげなのかねぇ」


「…………」


――たまたま通り過ぎた、おそらく昼食を食べ終わった二人の会話を小耳に挟む。――関係ない。うん、違うはずだ。


先程から、頭に浮かんだ”あの人物”が消えない。ていうか、料理がうまい人なんて他にもざらにいるだろうし。うん、無関係無関係。


などと己に言い聞かせても、胸のざわつきは押さえられない。まさか、そんなはずは……などと胸中で呟きながら定食の受け取り口まで進み、恐る恐る調理場をのぞき込み――


「おい新人! バターソテーの出来はどうだ?」


「ばっちりです! あ、オムライス用のライス持ってきましたよ!」


「おう、ありがとよ! いや、急に新人来るって聞いたときは大丈夫かよと思ったがよ、お前さん頼りになるぜ!」


「そう言って貰えてありがたいですよ。こっちも、もう久しぶりに存分に鍋を振るえて……っ!」


――そこにいた、感極まったと言わんばかりに肩を振るわせる、黒髪の見知った青年の姿を見た瞬間、タクトの意識は間違いなく途絶えた。すぐさま復活したため、そのことを知る者は(当人も含めて)いないだろう。


見たところ、料理長と楽しくやれているみたいだ。声をかけようか迷ったものの、相手は厨房にいる上に忙しそうだ。何より、ここはスルーすべきであると本能が告げたため、タクトは平静を装ってランチを受け取り、その場を離れた。


――見た目若くても、中身は三十間近のおっさんなんだよ……? 先程、トレイドのことを”素敵”と言っていたお嬢様方へ、声を大にして伝えたいタクトであった。


どこをどうやって歩いたのか、トレーの上にある定食を持ちながら、気づけばいつものテーブルに、いつものメンバー――マモルにレナ、アイギットにコルダ――が揃っていた。コルダを除き、皆神妙な面持ちで黙っていた。その反応から、彼らも“アレ”を見たのだろうと悟った。


「……むぅ、みんなどうしたのさ……あ、タクト」


「……おう」


コルダのみ、ぱくぱくと昼食を食べている。彼女は厨房で働くトレイドを見なかったのだろうか。


「む、タクトの微妙そうな顔してる。そんなにエプロン付けたあの人が変?」


「……一応、万が一っていう事もあるから聞きたいんだけど……あの人って、やっぱりトレイドさんのことだよね?」


――若干、外れてくれと思いながら問いかけたものの、コルダはうんと頷いて、ポテトサラダを一口食べる。


「そうだよ。……というか、あの人以外に誰がいるの?」


「…………」


彼女の問いかけに、タクトは何も言えずに押し黙る。やはりコルダも、厨房で働いているトレイドを見たのだ。――あんなに生き生きとして働くあの人を見たのは、初めてな気がするタクトである。


「……なぁタクト、あの人料理できるのか? なんて言うか、見た目からは全く無理っぽそうなきがするんだが……」


黙り込み、すとんと席に座り込んだタクトに、マモルが恐る恐る問いかけてくる。――料理できるのか、その問いかけに彼は、


「……正直に言うと、下手なレストランよりも美味しい」


と答えた。――彼の答えに、コルダを除いた一同は絶句し、そんな彼らをよそにタクトは昼食に手を付ける。焼き豚定食――シンプルに豚の切れ身にタレを絡ませて焼いたものだ。


豚を一切れ口に運び――途端に口内で広がる甘辛くも深みのあるタレ――間違いなく、あの人の味付けだ。昨日と今日で、劇的に味が変化している。


肉もそうだが、野菜にも変化が訪れていた。鮮度が高いものを使っているのか、レタスやらキャベツやらはシャキシャキしおり、さらに野菜が苦手な人でも食べやすいようにと、酸味のきいたドレッシングが別の小鉢に別けられている。お好みの量で使って下さい、ということなのだろう。細かい配慮がなされている。


「やっぱり美味しいな……あの人がここで働き始めたんなら、これからのご飯が楽しみになるよ」


「……えっと……」


「……お前、順応早くなったな。俺としては、なんであの人がここで働き始めたのかがとてつもなく気になるんですけど」


困惑の表情を浮かべていたが、すぐさま嬉しそうな顔つきとなり食べ始めたタクトに困惑するレナとマモル。


「……実は昨日、本部内でトレイドと会ったぞ」


「え? そうなの?」


「あぁ。といっても、あまり深いことは聞けなかったが」


ため息をついた後、アイギットは思い出したかのように口を開く。詳しいことは聞けなかったそうだが、タクトの叔父であるアキラと色々と話していたらしい。その時の会話には、ここで働くなんて事は一度も言っていなかったみたいだが。


「……これもサプライズか……?」


「アイギット?」


「……いや」


何やら気になることをぽつりと漏らしたアイギットだが、すぐに首を振り、


「トレイドには色々と聞きたいことがあるが……」


ちらり、と厨房の方を見やる彼につられて、幸せそうに昼食を食べるコルダを除いた一同も目を向ける。――忙しそうに、しかし生き生きとした様子で厨房に立つ彼を遠目に見ながら、まるで申し合わせたかのようにうんと一つ頷いた。


――彼には色々と聞きたいことがある。何故厨房に立っているのかもそうだが、フェルアント本部で一体どのような事があったのか。そして何故”捕まっている”はずの彼が、こうして鍋を振るっているのか。


「……聞くのは、後にするべきだな」


「……だな。放課後辺りにでも突撃すれば……」


「あれ? でも夜もここやってるでしょ? 時間取れるのかな……」


アイギットとマモルが、ため息混じりに提案する。が、その提案はレナが首を傾げたために迷いが生じた。フェルアント学園では朝昼夜と食事が出るが、その場所はここの食堂か、もしくは寮の方だ。


見たところトレイドはここの料理人として働いているらしいため、きっと夕食の準備があるだろう。放課後とはいえ――いや、放課後だからこそ、時間的に微妙なところである。


「そういえばそうだな……学園の料理人やってるわけだから、晩飯の準備があるか……じゃあ、昼飯が終わって少したったら行ってみるか?」


マモルの提案に頷くアイギットだが、その表情は晴れない。彼は苦虫をかみつぶしたかのような表情を浮かべて、


「それがベストだろうな……だが、残念ながら昼一番に講義が入っているぞ」


「あたしもだよ」


「そういやそうだったな……。おい、タクト――…………」


「むぐっ?」


タクトの方を見ると、彼はもりもりと昼食を食べているところだった。見ると、トレーの上に乗っていた定食は八割方なくなっている。――妙に静かだと思ったらずっと食べていたのか。


「……そんなにうまいのか?」


「んぐっ……うん、美味しい。それと、俺も午後一番に講義入ってるよ」


彼はもりもりと食べていたが、どうやら話はちゃんと聞いていたらしく、講義が入っていると教えてくれた。それだけには留まらず、彼は真っ正面に座る、同じくずっと食べ続けていたコルダを見て、


「確か、コルダは昼の講義なかったよな?」


「むぐぐっ? ふぉふはほ」


ふぉふはほ――そうだよ、と言ったのだろう。彼女は今日の講義はもう終わりらしいが――しかし、彼女一人に任せるわけにはいかなかった。


何せコルダであり、相手がトレイドである。共に天然と天然、話が脱線した上にさらに脱線し、一体どんな結果になるのかが全く予測がつかない。


一つ確かなのは――話は聞けないと言うことだけであった。


「……コルダ一人に行かせちゃ駄目でしょ……しょうがない、講義は欠席して、あたしが聞きに行くよ」


ふぅ、と諦めた様子でため息をついた。しかし、講義を欠席――その言葉に、マモルは反応した。きらりと目を輝かせて、


「いやいやいや、ここは俺が次の講義を欠席して――」


「お前次の講義はジム先生のだぞ? 目を付けられていて、もう出席やばいんじゃなかったのか?」


「――してぇ、って言っただけで、誰もするとは言ってないんだよ?」


同じ講義を受けているアイギットの冷静な突っ込み。マモルは内心冷や汗を流しつつ、レナと彼の冷たい目線から顔を背けた。


「むぐっ! ……ぷぅ……」


「――ご馳走様」


そんな中、昼食を食べ終えたコルダとタクト。コルダはともかく、会話を聞いていたタクトは苦笑いを浮かべながら、


「相変わらずだねマモルは。サボりばかり考えていると、卒業どころか進級も危ういんじゃないのか?」


サボり魔であり、いささか単位が危ぶまれているマモルは、各教師達から目を付けられている。彼はそのことを嘆いているものの、完全に自業自得なので同情はない。タクトの呟きに、彼は表情を歪めながら、


「やかましい。ていうか、状況的にはお前も俺と同じだろ! 二ヶ月も授業出てないだろう!」


「残念、俺の方は”特別な事情”があるから、課題を出せば単位はくれるってさ」


「ちくしょう、ずるいだろそれ!」


「あのねぇ、マモル。あなたのそれは、完全に自業自得なのよ?」


反撃が決定打になり得ず、それどころか差を見せつけられたかのような言いように、いい知れない理不尽さを感じるマモル。――レナも言っているが、完全に自業自得だ。見下げ果てた、と言わんばかりにため息をついて首を振るアイギット。


「見苦しいぞマモル。少しは――む?」


言いかけ、ふと人が近づいてきたことに気づき、視線をそちらに向ける。下級生だろうか、やや緊張した面持ちの女子生徒二人がこちらに近づいてきて、内一人が声をかけてきた。


「あの、すみません。生徒会の方達ですよね……?」


「あぁ、そうだが……どうしたんだ?」


肯定した後、アイギットは促す。すると、もう一人が恐る恐るといった様子で、手に持った紙――何かのメモだろうか、それを手渡してくる。


「あの、これ……厨房にいた人から渡してくれって頼まれたものなんですけど……」


「あぁ、わかった。……それで、この手紙は誰に渡せば?」


微笑みを浮かべながらメモを受け取り、アイギットは渡してきた方の女子生徒に優しく問いかける。すると彼女は、あっと思い出したかのように、


「す、すみません! き……キリュウ……桐生先輩に渡して欲しいそうです」


「……?」


突如名前に出されたタクトは、目を瞬いて驚きを露わにさせる。それにしても一瞬名前のイントネーションがおかしかったような気がする。ともあれ、本人が近くにいるのに何故俺に――アイギットの瞳はそう語っていたが、すぐに理由を察したのか、柔らかい笑みを浮かべたまま、


「……そこにいるのが当の本人だよ」


「え……えぇっ……っ!?」


ぎょっと目をむいて驚き、彼女はアイギットからタクトへ振り向いた。


おそらく彼女はこちらのことを何一つ知らなかったのだろう。緊張した面持ちも、発音のイントネーションがおかしかったのも頷ける。――あがり症、という奴なのだろうか。


「す、すすすみません! あたし……生徒会の方達の名前と顔知らなくて……っ!」


「あはは、気にしなくて良いよ、学園は人が多いから」


苦笑しつつもフォローして、彼女の手紙――メモを受け取るタクト。そのメモに書かれた文字を見て、タクトの瞳に鋭さが生まれる。


「……タクト?」


彼の隣に座っているコルダはそのことに気づき、小さく呼びかけるも反応はない。タクトは先程の笑みとは打って変わった、真剣な表情でメモを見つめていたが、やがて顔を上げるとあたふたと慌てている彼女に向き直る。


「……このメモ、誰から渡して欲しいって頼まれたんだ?」


「そ、その……」


「えっと……厨房にいた人からですね。新しく来た人だと思うんですけど……」


――新しく来た人――誰を指すのかは、その場にいた全員が分かっていた。


「わかった。ありがとう、二人とも」


にっこりと笑みを浮かべて言うと、二人はどこかホッとした様子で頭を下げ、早足で去って行く。去って行く二人を見届けた後、アイギットはタクトに向き直り、確認のために問いかける。


「……トレイドさんか?」


「うん。…………」


「……?」


メモを見つめたまま口を開くタクト。普段とはどこか雰囲気の違う様子の彼に、レナは違和感を覚える。その違和感がなんなのか彼女にはわからなかったが――いつものタクトと――彼女がよく知っている彼とは、何かが違う。そんな思いを抱いた。


気のせいかも知れない。アイギットやコルダも、そして彼女と同じぐらい親しいマモルでさえ気づいていないのだ。もしかしたら自分の勘違いだと思う。――だけど、彼女はそうとは思えなかった。


「――トレイドさんの所へは俺が行くよ」


くしゃりとメモを握りつぶし、タクトはみんなにそう告げる。すると、案の定というかマモルから不満の声が上がってきた。


「えぇ~! お前サボるのかよ!? 課題を出したら単位貰えるからって調子のってんじゃ――」


「学園の関係者に呼び出されたんだから、少しは目を瞑ってくれるよ、きっと」


彼のゴネリをあっさりと受け流し、一足先に席を立つ。――ちょっと待て、今何かすごいことを言わなかったか。


「……学園の関係者? トレイドさんが?」


彼の言葉から、そのことを察するのは容易かった。驚きを浮かべたままのレナの言葉にタクトは頷いて、


「一体どんな事をしたんだか……なんか、正式に学園雇いの料理人になったみたい。つまり学園と本部、両方から許可を得て正式にあそこにいるみたいだ」


そう言って、トレーを手に持ってその場を後にした。


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