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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
158/261

第17話 日常への帰還~6~

気がついたら一ヶ月近く更新していませんでした。申し訳ございませんでした。


申し訳ないついでに一つ申したいことが。「終わる終わる詐欺」になるため明言はしないスタンスだったのですが、この第17話、8パートで終わりになります。


この6パート目を入れて、後3パートで終わりになり、ようやく18話になりますね。ちなみに何故明言できるかというと、そこまで書き終わったからです(え


残りの7、8パート目もなるべく近いうちに……(汗

父親との面会を終えたアイギットは、面会室の外に出る指示に従い、部屋を後にする。扉を開けた途端、横側から声をかけられた。


「父親とは、よく話すことが出来たかい?」


「桐生さん……」


そちらに顔を向けると、壁により掛かった状態で待っていた壮年の男性に声をかけられた。一瞬、彼の体から微かに魔力を感じたような気がしたが、それには触れずアキラの問いかけに首を振る。


「……話せた、といえば話せました……。……結局、俺の勘違いで……」


自嘲気味に、己に嫌気がさしたとばかりにそっと息を吐き出したアイギット。彼からしてみれば、今までずっと抱えてきた父親への憎しみ、その矛先を見失ってしまったのだ。


父は母を殺した。その事実は変わらないし、何より父親自身もそうだと認めてしまっている。だが、その事実には裏があり、父もまた、操られていたという“被害者”の立場なのだ。


その裏を知ってしまったために。そして父が母を殺してしまったと言うことに、罪悪感を抱いていると言うこと。これらを知り、アイギットもまた、考えを改めなければ鳴らなかった。


「……パンドラの箱、というものを知っているかい?」


俯き、握りしめた己の拳に視線を落とす彼に、アキラはぽつりと呟いた。アイギットは顔を上げ、首を左右に振る。


「まぁ、知らなくても無理はない。これは地球に伝わる言葉だ。簡単に言えば、あらゆる災いや悪を封じ込めた箱を、パンドラという女が興味本位で開けてしまい、災いが解き放たれてしまった。だがすぐに蓋をしたため、箱の中には希望だけが残ってしまった、という話さ」


「………」


アキラが言うパンドラの箱の話を聞いて、首を傾げるアイギット。物語のようなものだとは理解できたが、それが一体何を示しているのか、全く分からない。首を傾げる彼を見て、アキラは苦笑する。


「真実という物は、大抵優しくはない。だが、全くないというわけではないだろう? 優しくはない真実の中にも、一筋の優しさは……希望はあった……そうではないか?」


「一筋の……優しさ…………」


言われ、アイギットは先程の父との面会を思い出し――そしてはっとした。



『……一つ、聞かせろ。あんたは……お袋を……愛していたのか?」


『……当たり前だ』



思い出すのは、先の会話。アイギットの問いかけに、一瞬驚いた様子を浮かべるもすぐに頷いた父。そのことから、父親は母を愛していたと言うことははっきりとわかった。


――優しくない真実の中にある、一筋の希望。それだけで、十分だった。


「そう……ですね。確かに、希望は……優しさはあった」


「……そうか」


先程と比べ、少しだけ明るくなったアイギットの様子にホッと胸をなで下ろし、アキラはそっと微笑みを浮かべて頷いた。


(なら、それで十分だろう)


それで十分、前に進むことは出来るはずだ。進むかどうかは、彼次第――アイギットは己の拳を握りしめ、気になっていることを問いかけようと口を開く。


「……あの、桐生さん。一つ聞きたいことが――」


問いかけようとした、その時。アイギットの後ろから、聞き覚えのある声と足音が響いた。


「お、ここにいたか。探したぞ、アキラ」


「……ったく、なんで俺が手伝わされなきゃならないんだよ……」


「文句を言うな。誰のおかげで、監視なしで自由に動き回れるようになったと思っているのだ」


「へーへー」


頭をポリポリとかきながら、気怠げな足取りでこちらに向かってくる黒髪の青年と、彼を導くように宙に浮かび、前を行く銀色に輝く子人がやってくる。彼らを見るなり、アキラはあぁと思い出したように頷いた。


「お前達か。意外と早かったな」


「あぁ。あのおっさんも色々と狙いがあるみたいでね、話は通しやすかったよ。……けどよ」


ふぅ、とため息をつく黒髪の青年。彼はアキラの隣にいるアイギットに気づくと、目を見開かせて驚きを露わにした。


「お前さん……」


「……トレイド……さん? 何故、ここに……」


驚きを露わにしたのは、トレイドだけではなかったが。驚きを露わにするアイギットを見て、彼は困ったように苦笑いを浮かべる。


彼の行方はつい最近まで分からなかったのだが、神霊祭に乱入してきたあの男が本部に捕まった、という噂をこの間耳にしたことがあった。


トレイドの力と強さをこの目で見たアイギットからしてみれば、それはないと苦笑混じりに否定していたのだが――あれは、本当だったのだろうか。


いや、そもそも彼がここにいると言うことは、タクトは――


「あ~……まぁ、このおっさんを探していてね。クサナギと一緒にあたりを探していたところだ」


「探していた……? ……まぁいいです、それよりタクトは……? あいつも、ここに?」


彼の言葉が少々気にはなったが、この際どうでもいい。それにアイギットが聞きたかったのは、どうして、どういう経緯で本部内にいるのか、ということだ。のんきそうにほっつき歩いている理由ではない。


相変わらず微妙にずれた回答に辟易する(しかも本人は大真面目に言っているため質が悪い)も、そのことを突っ込むことはしなかった。トレイドも、あぁと頷いて、次に眉を寄せて首を傾げる。


「……? あいつなら、もう――」


「トレイド。そのことは少しまってやってくれ」


答えようとしたトレイドに対し、ストップをかけるアキラ。その後アキラは優しげな微笑みを浮かべながら、


「タクトなら大丈夫さ。……君は、もう学園に戻るといい。私も、この後少し用事があるのでね」


「そうですか…………その」


完全にはぐらかされてしまったが、アキラにそう促されれば帰らざるを得ない。しかしそれでも問いかけようとするアイギットに対し、宙に浮かぶクサナギが思いの外優しげな声音で、


「あのアホだったら大丈夫だ。私たちが保証しよう。な、トレイド」


「え? あ、あぁ……まぁ……」


――どこか強引に頷かされた感があるが。妙な迫力があるクサナギの笑顔に、トレイドは引きつった笑みを浮かべながらコクンと頷く。


「………トレイドさん? 何か知っているんですか?」


「……いや、何も」


彼から視線を逸らしながら頬をかくトレイドを、胡乱げな瞳で見やるアイギット。さらに問いかけるも、彼は決して視線を合わせずに否定する。


――絶対に何か知っている。アイギットはそう確信し、しかし答えてはくれないだろうということも何となく感じ取り、彼はしぶしぶ引き下がる。


「ま、帰ってからのお楽しみ、という奴だ」


どことなく嬉しそうなアキラの言葉に、アイギットは首を傾げるほかなかった。


この時、彼は聞きたかったことを聞けず仕舞いになってしまったと後になって気がつくこととなる。


――終焉者の生まれ変わり――それは一体、何を意味しているのか、ということを。


 ~~~~~


収監施設を出て、本部の前でアイギットには今回のことを内密にするように告げた後、去って行く彼の後ろ姿を見届けながら、アキラ達は会話を重ねる。


今回の父との対面で、彼には色々と思うところはあるだろう。今までずっと抱えてきた、父に対する憎しみ。それは父親自身にもやむを得ない事情があり、不幸が積み重なって生まれたもの。


父の事情と本心、その両方を知った彼は、今どんな気持ちなのだろうか。去って行く彼の背中を見る限り、複雑な心境であることだけは確かだ。


――今まで抱いていた憎しみは何だったのか、という落胆と。


――やっと父と真っ正面から向き合えた、という喜び。


相反する二つの気持ちがあるのだろう。それにどうやって向き合っていくのか、それは彼自身で決着を付けなければならない。


アイギットに対して今は出来ることと言えば――そっとしておくのが一番だという答えしかなかった。


(せめてタクトとの再会が、心の療養になればいいが……)


年長者としては誠に情け無い限りだが、それぐらいしか出来なかった。心配ではあるし、力になりたいとも思うが、それは年長者の役割ではない。力になるのは、同世代、同年代の友人達。


「……役に立たんな」


ふぅ、と人知れずため息をつき、アキラは黄昏に染まる夕日を見た。


「どうしたのだ、急に」


「……役に立たないって言うのは、俺のことか? ……まぁ迷惑をかけっぱなしだからな、申し訳ない……」


クサナギが首を傾げ、トレイドが気まずそうに視線を逸らしながら頭を下げてくる。それに対し、アキラは違うと苦笑しながら否定し、


「私自身のことだ。……真実を知り、迷い戸惑っている彼に対して、何一つ助言が出来ないのだから」


「……お主……」


「………?」


事情を知るクサナギは、はっと目を開いて彼の言葉の意味を理解した。一方、事情を理解せず、そもそも何故アイギットが収容施設に来ていたのかさえ分からないトレイドは、首を傾げるしかなかった。


何一つ事情が理解できない――というよりも、知らないところでどんどん話が進んでしまっている。それだけは何となく理解できた。


「……なぁ、一体なんのことを――」


説明を頼む、という表情を浮かべながらトレイドは二人に問いかけようとする。だが、それよりも先にアキラがふっと笑みを浮かべ、


「……まぁいい。それよりも、だ」


くるりと振り返り、アキラは――中年とは思えないほど引き締まった体と顔つきをした男はトレイドを見る。その瞬間、トレイドは半ば本能的に身構えた。


ただ視線が交わっただけ――それだけなのに、臨戦態勢を取りかけてしまった。何という威圧感――トレイドは内心で冷や汗が流れる心地になってしまう。


件の神霊祭の時、刃を交わらせた時にも思ったが、このおっさん今よりも二十年ぐらい昔なら。つまり若く、身体能力がピークに達していれば、下手をしなくとも今の自分よりも強いかも知れない。


(……化け物だな、ホント)


口の端に笑みを浮かべながら、トレイドは内心で呟いた。彼が警戒するアキラは、トレイドをじっと見つめたまま、ぽつぽつと語り出す。


「トレイド。……本当にいいんだな?」


「……あぁ。どのみち、おたくらフェルアントには、恩やら迷惑やら色々あるからな。」


はぁ、と息を吐き出しながら呟くトレイド。神霊祭やその後に起こった街中での騒動、さらにマスターリットとの交戦――多大なご迷惑をおかけしたと言うことは自覚している。


「その借りをまとめて返せるんなら、あんたらの口車に乗ってやるさ」


にやり、と笑みを浮かべるトレイド。アキラが聞いてきた言葉の意味を理解し、監視なしで自由に動けるよう取りはからってくれた男の事を思い浮かべる。



『――君の力を借りたい』



フェルアント本部長と名乗る眼鏡をかけた男。彼の鶴の一言で、今こうして自由に動くことが出来るのであった。もっとも、その代わりに色々と条件を付けられたが。それで恩を返せるのならば、それでも構わない。


――それに、その条件も三年間までと期間を設けた。三年ぐらいどうってことはない。実年齢がきっちり30になるぐらいだ。


「……そうか。だが――」


「――わかってる。どのみち、”長くはいられないしな”」


気遣うようにアキラに声をかけられ、しかしアキラはふっと笑みを溢すのみ。そっと自身の左胸に、精霊使いとしての文様があるそこに手をやった。


――そう。禁忌を犯した者は、理解者がいない限り――いや、例え理解者がいたとしても、一所に留まることは出来ない。理解者と共に生きることも出来ない。――理解者の側にいることさえも。


「……精霊人フェル・ア・ガイ……か……」


ぽつりと、アキラは呟いた。トレイドはふっと笑みを溢す。さして驚いてなさそうな様子であり、彼自身何となく感づかれていると思っていたのだろう。


「……どのあたりで気づいた?」


「以前、我が家に来たことがあっただろう? あのときだ」


「じゃあ、やっぱ”あの人”もそうなんだな」


「…………」


アキラは何も答えず、そして彼の隣に浮かぶクサナギは、痛ましそうに表情を曇らせ、俯いた。


”あの人”は、どことなく自分と同じ気配を放っていたことに気がついたのは、桐生邸で夕食を食べたときだ。それは向こうも同じだったのだろう。確証はなかったが――向こうも同じ気配を感じていたのならば、ほぼ決まりだ。


口を閉ざしたままのアキラを前に、トレイドはそれを無言の肯定だと受け止め、ちらりと彼に視線をやった。


――白い物が交じり、目立ち始めた黒髪。アキラが今まで味わってきた苦労が表されているように思える。


そしておそらく、これから味わるであろう苦労を思い浮かべ、積み重なる重圧に耐えてきた結果なのだ。


「……あの子は知っているのか?」


「………………いや」


答えにくそうに、言いづらそうに口ごもり、首を振るアキラ。


――伝えられるわけがない、か。それはそうだ、何せ自分でさえ、自分から精霊人だと告げたことは一度もないのだから。


それに自分は流浪しているようなものだ。へまをしなければ、一時の交流でばれることはない。だが、”あの人”は違う。家族と同じ時を過ごそうとしている。


しかし、もう限界のはずだ。


「あんた達は大丈夫なのか? あの人も、あんたも、あんたの奥さんも……辛いはずだぜ?」


「………確かに、アイツを見ると、辛く感じるときはある」


しぶしぶ、といった様子でアキラは辛いと認めた。――だが、と同時に笑みを溢し、


「――約束がある」


「約束?」


「あぁ。あるバカと交わした約束……その約束があるからこそ、私たちは希望を保つことが出来る」


「………」


悲しみとつらさを滲ませていた表情――しかし希望はあると語るアキラの瞳には、光があった。


彼は――いや、おそらく事情を知る桐生一家全員が信じているのだ。約束を交わした相手が、絶対に約束を果たしてくれると。それがどんな約束かは分からないが、この一家は交わした相手のことを信用しているのだということはわかった。


「信用しているんだ、その人のことを」


「信用はしていない。ただ、信頼しているだけだ……何せ私の”義理の愚弟”だからな」


「…………」


信用と信頼。その言葉を使い分け、アキラはどことなく晴れやかな表情になって踵を返した。言葉の使い分けに面くらい、硬直するトレイドは、気がついたら立ち去っていく彼とそれに付き従うクサナギの背中を見届けていた。


「それでは、私はこれで。……”明日”から、よろしく頼むぞ」


それだけを言い残し、彼は本部の中へと入っていった。俺も後で中に入るんだけどな、と苦笑いを浮かべながら頬をポリポリとかき、トレイドは思案する。


「義理の愚弟、か。……ってことは、”風菜”さん結婚していたのか……って、タクトがいるんだから当たり前か……」


桐生邸に住んでいた、車いすに乗っていた優しげな美人を思い浮かべ、残念そうにため息をついた。そうだった、タクトという息子もいる――


(――待て。確かタクトが17だったよな? ……てことは、あの人俺より年上!!?)


いつタクトを産んだのかはわからないが、少なくとも外見年齢が二十歳前後のため、それ以前のはずだ。精霊人に生殖能力はない。ということは、年齢は最大で四十近――


「っ……っ!」


――よく分からない悪寒が全身を襲う。このことについて考えるのはよそう。別の話題を――


「……そういや、車いすに乗っていたよな」


別の話題として引っ張り出したのがそれだった。足が動かないのか、彼女は終始ずっと車いすに乗っていた。だが、それはおかしい。


精霊人の体は基本的に異常その物である。不老になり、痛覚と限界はあるが怪我を負ってもすぐに再生する能力。その能力を持ってすれば、足が動かないなどということはあり得ないのだが。


(…………そうか、あの人の受けた”罰”はそれか)


禁忌に触れた者に下される罰。風菜も精霊使いで、精霊人だというのならば。彼女もまた、”罰”を受けているはずなのだ。


おそらく、それが”下半身不随”。”罰”によってもたらされた肉体的、精神的異常は如何なる方法を持ってしても元に戻ることはない。


彼女は一生――それこそ、不老であるが為に、永遠に近い時を足が動かないまま過ごすしかないのだ。


「……どっちがマシなんだろうな……」


思わず独り言が漏れてしまう。恐怖という感情を喪失してしまったトレイドと、下半身が動かなくなってしまった風菜。


恐怖という一点においてのみ、他者のそれを含めて理解することが出来ず、時には自分の本心さえも分からなくなってしまうトレイドと。


もう二度と自分の足で立ち上がり、自分の意思で歩くことが出来なくなってしまった風菜。果たしてどちらがマシなのか。きっと、答えは永遠に出てこない。


「……真実は優しくはない、か。……ホント、その通りだよな……」


赤く染まる夕日に照らされた本部の正面玄関で、一人佇むトレイドはぽつりと呟いた。




「そういえばクサナギ。お前は良いのか、タクトの所に行かなくて」


「今日ぐらいは良いだろう。奴も久しぶりの学園……しばらくは休ませてやろう」


宙に浮かぶ子人と並んで歩きつつ、アキラの問いかけに答えるクサナギ。


――それに、私が行くとレナが露骨に警戒するのでな、などと呟く銀色の子人に、アキラは苦笑を浮かべるほかない。どうやら自分のセクハラ行為を自覚しているらしい。――自覚していてなお、やめる気配は一切感じられないが。


相変わらずなクサナギにため息一つ。そして、二十年以上も共に暮らしている子人に、アキラは一つ問いかけた。


「……クサナギ。タクトは王の血筋に覚醒したが……どうやって、彼に施した封印を破ったのだ?」


タクトに施した封印――昔、彼が生まれて間もない頃、クサナギの助力により血筋の力を封印したのだった。そのため、本来王の血筋に覚醒することはないはずなのだが――現に、彼は覚醒してしまった。そのことについて尋ねたのだが、クサナギの答えは信じられないの一言だった。


「あぁ、奴は”自力”で解いた」


――何の変調もない、平坦な声音。まるで今日の天気を語るかのような気安さでクサナギは言う。歩きながら会話していたアキラの足が止まった。クサナギが振り返ると、珍しい事に彼の表情は呆然として固まっている。


「……自力、だと……!? そんな馬鹿な、お前がかけた封印だろう……っ!?」


「いくら神たる私でも、出来ない事はある」


アキラの悲痛な叫びに、クサナギは首を振って返答する。とたん、こちらを射殺せそうな視線で睨み付けてくるアキラにため息をつく。


「あらかじめ言っておくが、そのことについて私は一切関与していない。それにトレイドもだ。タクトが封印を破ったのは、先祖の……いや、”前世の加護”といったところか」


「……何?」


クサナギの言葉に眉をひそめるアキラだが、思い当たる節があるのか、次第に表情をまさかとばかりにしかめていく。――どうやら気づいたらしい。相変わらずの鋭さだな、とクサナギは口元に笑みを浮かべ、答え合わせとばかりに口を開く。


「”王の剣”……”精霊王の剣”と呼ばれた、武勇を誇る剣士……奴の前世は大層な奴だったみたいだな。どうやらそいつがタクトの心象世界にいたらしくてな。そいつから心象術についての基礎を学び……というよりも追体験したらしい。その後、自身の心象術を用いて……おそらく自覚のないまま、封印を破ったのだろう」


「――――」


もはや言葉もない。言葉に詰まった彼を見て、どうやら答えが見事に一致したらしいことを悟る。もっとも、本人は全く嬉しくないだろうが。


タクトに力を付けさせたくない。力を付ければ、やがて彼は己の意思とは関係なく、”宿命”と言う名の戦いに身を投じ――また、家族を失う羽目になる。


表情を険しくさせてぐっと拳を握りしめる彼に、クサナギはふぅっとため息をついた。


「……お前と風菜の、家族を失いたくないという思いは、私には分からない。だが、察することは出来る」


「……お前にはわからない。わかるわけがない」


「あぁ、わからん」


どうやらかけた言葉は思いっきり地雷を踏み込んだらしい。こちらをきつい表情で睨み付けてくるアキラに、クサナギは空中で肩をすくめ、


「神に人の心は分からない。……知りたくて、分かりたくて……”人になっても”、結局察するのが限界だ」


分かると察するは別物だ。言外にそう言うクサナギに、アキラはすっと目線を下げた。――彼も又、クサナギの地雷を踏み抜いたと理解したのだ。


「……すまない、無神経だった」


「気にするな、私の方が何十倍も長生きだからな。……切り替え方が違う」


空中で胡座をかき、笑い声を上げながら気にしていないというクサナギに、彼は力なく笑みを浮かべる。顎髭をさすりながら考え込む様子のアキラに、クサナギは口を開く。


「それから一つ、お前に言わなければならないことがある。今のお前にとっては、複雑な心境だろうがな」


「何?」


眉を寄せるアキラに、クサナギは重々しく告げる。――アキラにとっては良い知らせであり、同時に悪い知らせでもあることを。


「――タクトは、我が試練を課すに値する価値を示した。同時に、試練を乗り越える可能性さえも示した」


突如口調が、そして一人称も変えて改まって話すクサナギ。子人の話を聞いて、アキラは驚きを露わにする。


「―――――まて、お前……」


しばしの間の後、アキラは目を見開き、何を言おうとしているのか察してクサナギを止めようと手を伸ばす。――彼にとっては、悪い知らせだったようだ。だが、クサナギは構わずに続ける。


「時に導き、時に試練を課す……それが我々”神”の役割……タクトは、試練を課すに相応しい可能性を見せた」


「やめろ……! クサナギ、タクトに――」


「人の話は最後まで聞くものだ、アキラ。……もし、奴が試練を乗り越えれば……私は、奴を導くものになろう」


口を挟むアキラを止めて、クサナギはそう笑いかける。――今、何と言った? アキラの表情が呆けたまま固まり。


「……今回の旅路で、私は一つ答えを見いだした」


――ダークネスとトレイドの戦い。その戦いに加わり、トレイドとダークネスの戦闘を間近で見て、クサナギにはある答えが見つかったのだ。それは――


「……神を殺せるのは神………なら、”神が定めた運命を変えられるのもまた、神”……そうは思わないか?」


「……お前」


――クサナギが言おうとしていることを察したのか、アキラは驚きを露わにする。神が神を殺す。そんなことが出来るのか――その思いもあるが、しかしすぐ最近前例が現れたことに気がついた。クサナギが答えを見いだすきっかけになった、“彼”がその前例だ。


彼――トレイドは確かに、神の力を用いて、ダークネスと戦い。とどめはクサナギが刺したものの、ダークネスを自壊寸前にまで追い込んでいる。力が尽きなければ、とどめさえも彼がさしたかも知れなかった。


「約束しよう、桐生アキラ。もしタクトが試練を乗り越え、私を”手に取る証”を示したとき、私は全力で宿命を打ち破って見せよう。……私も、主を失いたくはないのだから」


――以前クサナギは言っていた。剣は振るわれてこそ価値を示すもの。置物として飾られるのはごめん被る、と。


当然、剣として振るわれるためには、剣を持つ”主”がいなければならない。その主を守り、導き、力となる。


そのためには、同じ”神”さえも斬って見せよう。クサナギは、呆然と目を見開いたまま固まるアキラを見据えて、ふっと笑みを溢す。


「もっとも、我が力を貸すのは試練を乗り越えた後……。仮の主、桐生タクトに試練を与える。お主も、覚悟を決めるがよい」


じっと見据えるクサナギに、アキラはただただコクンと頷くほかなかった。

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