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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第17話 日常への帰還~5~

フェルアント本部には二つの牢がある。一つは、トレイドが以前捕らえられていた地下牢。この地下牢に収監される者達は主に神器に関わる事件に関与した者が入れられる。


そのため、この中に普通の犯罪者も、そして“外魔者”もいない。と言うのも外魔者というのは、犯した罪が道徳的に、倫理的に、法的にも“犯してはならない領域”を犯した外法の者を指す言葉だ。そのため特例として、“その場での殺害”が認められている。


つまり、一市民が外魔者を殺しても、罪には問われないのだ。もっとも、外魔者として認定を受けることは”ある例外”を除きほぼないと断言しても良い上に、外魔者として認定を受ける者は皆、市民の生活圏とはかけ離れた行いをしているため、一市民が外魔者と出会うことはまずない。


最も、神器に関わる事件も市民との接点はない――のが普通であるが。ここ最近、市民との接点が増えてきているのが現状であり、フェルアント本部の上層部は顔をしかめている。


ともあれ、地下牢には見回りの人間を含めてもあまり人はいないのが普通である。もう一つの牢の方にほとんどの犯罪者が投獄されているため、人口密度はあちらの方が遙かに濃く、こちらとの落差が激しすぎるのが現状だ。


「………」


その辺りの事情は、自分が”フェルアント本部長”であったときからあまり変わってはいないらしい。約一年ほどここで生活してきたが、入れられたときとの変化はない。


狭い独房の中、備え付けられた椅子に腰掛けながら机の上で作業をしている一人の男性がいる。一年前と比べると痩せている印象を受けるが、収監施設の規則に従い運動する機会もあるため、あまり体重は変わらなかったりする。


――むしろ、去年よりも引き締まっている、と言えばいいのだろうか。以前は職種柄、事務仕事が多かったため体を動かす機会がまるでなかったからな、というのが本人の談である。


収監施設での生活は、本部長だったあの頃と比べるとあまりにもやることがない。そのためか、時々行われる運動と、そして今やっている施設内での内職が、もはや娯楽となりつつある。


――いや、娯楽とは言えないが、それでも楽しみなことはある。それは――


「――あの……」


「む、何だ?」


ドアをノックする音と共に、向こう側から声がかけられた。こちらの元役職を考慮してか、相手は若干堅い声音で、さらに丁寧な口調だった。男は内心苦笑しながら、暇つぶし兼娯楽となっている時計の作成から手を止め、声をかけた。


「面会です、グラッサ・マネリア・ファールド」


時々ある面会を告げる声に、男――グラッサは頷き、しかし今回に限っては何故か胸騒ぎを覚えた。


「……わかった」


とはいえ、その程度のことで面会を拒否するわけでもない。彼は立ち上がり、ドアの前まで来てノックを返す。すると扉が開き、やや緊張した面持ちの役人から、いつも通り身体検査を受けるのであった。


「面会に来ているのは誰だ?」


身体検査を終え、面会室まで連れられていく途中、グラッサは同行者である役人にそう問いかけた。すると、その役人はどこか言いづらそうな表情を浮かべ、


「その……面会を申し出たのは二人おりまして、一人は地球支部の支部長である桐生アキラ様です」


「やっぱりか。……まぁ、時期的にあいつだとは思っていたが」


ため息混じりに呟いた。支部長であるアキラは、月に1回程度の割合で面会に訪れていたりする。基本的に各支部長は月一で行われる会合に出席するため、本部を訪れるのだが、そのついでに面会に来ているのだった。


しかし、もう一人、か。アキラはふむと独りごち、


「それで、もう一人は? 正直、思い当たる節はないが……」


身内は来たことがなく、そしておそらく来ることすらない。


ファールド家はフェルアントでも名家の一つであり、グラッサが本部長になったことでさらに格式も上がったが――逮捕された今、名家という肩書きは地に落ちてしまっている。そのことを考えると、家名を落とした張本人の元に来ることはないのは当然とも言えた。


そのため仕事――本部長だった頃の知り合いだろうと思い案内してくれた役人達に尋ねるも、言いづらそうに口を閉ざす、視線を交わすのみ。そんな彼らに首を傾げ、


「……一体どうしたのだ? 誰が来ている?」


「その……」


訝しげに眉を寄せて、若干威圧感を滲ませながら問いただした。グラッサの視線から逃れるように目を背けた彼らは目配せをし合い、やがて意を決したかのように頷いた。


「……実は、グラッサさん。あなたの”ご子息”が……」


「――………何だと……?」


一瞬、時が止まったかのような衝撃を味わったグラッサは、目を見開いて力なく、ぽつりと呟き――


(……あいつ……)


脳裏に、短い顎髭を生やした黒髪の男が浮かび上がり、そっと瞳を閉ざした。自然と頬が緩んできて、そんな彼に役人達は訝しげな表情を浮かべるのだった。




面会室は薄いガラスによって半分に仕切られ、向こう側とこちら側に分かたれてしまっている。こちら側に座る金髪の少年アイギットは、ガラスの向こう側から来るある人をずっと待っていた。


時間にしては僅か数分――しかし、その数分が嫌に長く感じてしまう。あの一件以来、疎遠どころか険悪の関係になった父と子の溝。その溝を埋めるため、友人の叔父に付き添う形でここに来ているのだが。


(………来るんじゃなかった………)


もうすでに後悔しか感じていない。何度吐き出したか分からない重いため息をし、アイギットは椅子の背もたれにだらしなく体重を傾けた。


「……」


「緊張しているのかい?」


無言を貫く彼を見かねてか、付添人であり隣に座る友人の叔父――桐生アキラが苦笑混じりに問いかける。アイギットはその問いかけに首を振り、


「緊張はしていないです……ただ……親父の顔を見たくないだけで……」


「………」


俯き、力なく告げるアイギットの言葉に、子を持つアキラは微妙な表情を浮かべて黙り込んでしまった。コホンと咳払いを一つして、彼は話題を変える。


「……そういえば、学園の方は大丈夫なのかい?」


「えぇ、ちゃんと申請してきました。それに、1回ぐらい休んでも何の問題もありませんし」


彼は今日学園を欠席して、アキラの付き添いの元この場所にやってきているのであった。どうやら真面目に授業に取り組んでいるらしく、一回休んだ程度では成績には響かないらしい。余裕を見せる彼にアキラは苦笑い。同時に青春している彼を羨ましく、そしてまぶしそうに見やった。


「なるほど……真面目に勉学に取り組んでいるようで何より。……しかし、よりにもよって今日とは……」


ふぅっとため息をつき、何事かを呟くアキラ。「ニアミスとなったか……向こうの都合とは言え、一日ぐらいずらしても良いだろうに……」などと呟いている。


「……桐生さん? 一体どうしたんですか?」


「……いや、こちらのことだ。……それより、学園に戻ったらサプライズが待っているだろうな……」


「サプライズ?」


アイギットの問いかけに、首を縦に振るアキラ。そのサプライズが何かはここでは言う気はないらしく、ただ黙って頷いている。気になったが、ここで問いかけても答えてはくれないだろうなと悟り、アイギットはため息をつく。


「……そういえば、なんで桐生さんは俺をここまで連れてきてくれたんですか?」


「……そうだな……それに答える前に、聞きたいことがある。……何故君は、断ることが出来たのに、個々まで来たんだい?」


「……それは……」


問いかけたのに、逆に問い返されてしまった。アイギットは目を見開き――しかし視線を床に落とし、黙り込んでしまった。


先日、アキラはフェルアント学園を訪れていた。ちょっとした野暮用と、甥っ子の復学手続きを行い、さらにアイギットを呼び出して貰い、彼に提案したのだった。


『後日、元フェルアント本部長であるグラッサに面会しようと思うのだが……君も一緒にどうか?』


その問いかけに、アイギットは自分でも驚くほどすんなりと頷いたのだ。――そして、何故その提案に了承したのか、自分でもまだ分からなかった。だからか、アキラの問いに”答え”を出すことが出来ずにいる。


「……そろそろ、頃合いか」


答えを出せず、黙り込んだアイギットから視線を外し、ガラスの向こう側にある扉を見やると、すっと瞳を閉ざし――やがて、アキラは突如として席を立ち上がる。


「え……?」


「――ここから先は、親子同士……家族同士の話しだ。……深まりきった溝、少しでも埋まると良いな」


――その言葉は、一体誰に向けていった言葉だったのか。彼の言葉の意味が理解しきれず、呆然とするアイギットか。それとも――


言いたいことを言い終わるなり、アキラは面会室から立ち去った。それと同時に面会室の扉が――ガラスに仕切られた”向こう側”の扉が開き、一人の男がやってくる。


「……親父」


――それとも。どこか微妙な表情を浮かべている、この男に向けた言葉だったのか。




――相変わらずの気の使い方だな。面会室にまで連れてこられたグラッサは、内心でため息をつきながら友人に感謝する。面会室から去る間際に彼が呟いた一言は、おそらく自分と息子、その両方に向けた言葉だろう。


言葉にはしなかったが、グラッサは内心感謝の意を込め、ふっと微笑み――約一年ぶりとなる息子と、ガラス越しに顔を合わせた。


「久しぶりだな、アイギット」


「……あぁ」


両者は口を開きあった。だが会話はそこで止まってしまう。親子の視線がぶつかり合い、間に流れる痛々しい沈黙。思わずグラッサをここまで連れてきた役人が口を挟みたくなるほど、その沈黙は冷たかった。


およそ数十秒にもわたる、あまりに長く感じられた沈黙の末、父であるグラッサが視線を伏せ、表情に申し訳なさを浮かべて頭を下げる。


「……すまない、アイギット。ここまで来たというのに、ろくな話しも出来そうにない……」


――会話のきっかけさえ作れないのだ。二人の間にある溝は、それほどまでに深いというのだろうか。顔を上げ、息子の顔さえ見ることが出来ない、自分の不甲斐なさにため息をつきたくなる気持ちを抱いた。


だが、これは罰なのだ。操られていた――やむを得ない事情があり、自らの手で妻を、息子の母親を殺し――それを、息子は“母が邪魔になったから殺した”と思っていることも。


例え“あの子”に見張られていたとしても、何らかの形で彼に真実を伝えることは出来たのではないだろうか。今となっては、そう思えてならない。


(……いや、違うか)


――だが、一番の理由はそれではない、と思う。実家に戻るなり、顔を合わせようともしない息子。時折視線が合えば、憎悪に満ちた目で見やってくる息子を前にして、どう接すれば良いのか全く分からなかったのだ。


だがらこそ、息子と話し合おうとすることさえせずに、そのままでいたのかも知れない。父親として、息子の目の前で母を手にかけ、理由が会ったとは言え事情を話すことなく無言を貫き、親としてなすべきことをしなかった報い。


――だから去年、あのとき――息子の瞳を見て、自分を殺すと言うことが分かったとき、グラッサはあえて気づかないふりをして、息子から下される制裁を受け入れようとした。


それで、アイギットが母親という過去にとらわれず、前を向くきっかけになるのならば、という一心で。


しかし結局、怒りの矛先が彼を貫くことはなかった。――自分の息子を、友人の”息子”が、止めたのだ。だからこそグラッサは今、生きたまま収監施設に閉じ込められている。


「…………」


アイギットは、ガラス越しに自らに向かって頭を下げる父親を見下ろし、すっと瞳を閉じる。



「……そろそろ本当のことを話してくれ、親父」



「―――――」


――今、何と言った?


グラッサは目を見開き、恐る恐る顔を持ち上げ、息子を見やる。金髪に青い瞳をした、整った顔立ちをした彼はこちらを無表情に見ている。だが、今までのように怒りに満ちた表情でも、憎悪に歪んだ表情ではない。


「ただ謝るだけじゃなく……ただ目を背けるだけじゃなく……」


一度瞳を閉じ――そして開いたその瞳からは、強固な意志が感じられた。


「……あの日……あんたがお袋を手にかけたあのとき、本当は何があったのか……それを教えてくれ、親父。俺が思う真実と、あんたが知る真実は……きっと違う」


「……アイギット……」


「俺は真実が知りたいんだ……あのとき、本当は何が起こったのか、それを聞きに来たんだ」


まるで自分に言い聞かせるかのように――いや、違う。アイギットは、自分がここに来た“本当の理由”を、ようやく見つけ出すことが出来た。彼から感じる強い決意の正体はそれ。


ただ真実を知りたい――憎しみの中に、こちらを気遣う一筋の優しさが隠れた嘘ではなく。怒りに満ちた真実でも、悲しみで一杯の真実でも。どんな出来事があったとしても、ただ真実だけを。


「…………」


彼の強固な決意を表すかのような瞳に、グラッサは呆然と息子を見やり、やがてすっと瞳を閉じていく。一体何を考えているのか、ガラスを挟んで対峙するアイギットにはわからなかったが、やがて父親は目を閉じたまま、ぽつりと呟く。


「……すまないが、席を外して――って、無理だな……」


グラッサは、自分の後ろで待機している役人に声をかけるも、流石の彼らもそれに従わないだろう。言いかけ、自分で気づき口を閉ざす彼に、役人達は何とも言えない微妙な表情を浮かべて俯いた。


無言の肯定――役人達の態度からそう理解したグラッサは、ため息をついて口を開く。


「出来れば、他言無用に願いたい」


後ろを振り返り、どこか居心地の悪そうな彼らに忠告する。その後、正面に座る息子へと視線を戻し――瞳を開いて、彼を見る。


「――………」


その視線は強く、しっかりとした物だった。一瞬、息が詰まるような威圧感を感じるも、アイギットは抗うかのように父親と視線を交わらせる。父と子の、視線による戦いは、やがて父親の乾いた笑みによって消え去った。


「……あの日、お前の母親を手にかけたあのとき――」


息子の強い意志に、父親は答えた。ぽつぽつとだが、あの日、何が起こったのかを口にしていった。


――”ある人物”に呪いをかけられていたこと。そしてその呪いに操られ、妻を手にかけてしまったこと。


――その事情を誰かに話せば、再び呪いによって体を操られ、今度は息子を手にかけてしまうと脅されたこと。


それらのことを語った瞬間、アイギットの瞳が大きく見開かれた。彼が何かを言う前に、グラッサは重ねて口を開く。


――その呪いをかけた“相手”は、グラッサに何かを強要させるために呪いをかけたのではない。呪いをかけられたグラッサは、当然その呪いを解こうと自発的に動き――その自発的に動いた行いこそが、“相手”の狙いだったのだろう、と。


「……なんだそれは? そんなもの、親父が思い通りに動かなきゃ、意味がないじゃないか……?」


「――だが、私は奴の思惑通りに行動してしまった」


震え混じりに、そして驚きと驚愕を多分に含んだアイギットの声は、隠しようもないほどに震えていた。父が告げた告白は、覚悟していたとはいえ、それほどまでに予想だにしない物だったのだろう。だが、彼は一端そのことは口にせず、動きの遅い脳を無理に働かせ、彼が最後に言った言葉に反応した。


もしグラッサが、”相手”とやらの思惑通りに動かなければ――例えばだが、呪いを解こうとしなければ――“相手”の読みと思惑は、全て崩れ去る。


「確かにあんたは、その”奴”とやらの読み通りに動いたが……だがそれは、結果論だろ?」


「……”奴”には、結果論だけで十分なのさ」


何かを知っているかのような口調。目を伏せ、グラッサは”奴”のことを思い浮かべる。


「……奴は、全ての結果を知っている。だから、こんな穴だらけの計画を、何のリスクもなしに、失敗せずに成功させてしまえる」


「何?」


困惑の表情を浮かべながら、訳が分からないとばかりに顔を覆うアイギット。その気持ちはわかる。だが、これが真実だ。


「”未来視”という力……奴は、起こりうる未来を知ることが出来る異能者だ」


「な……今、なんて言った……?」


グラッサが言った言葉に、アイギットは目を細め、ぽつりと呟く。今言った言葉が信じられないどころか、何かの冗談にしか聞こえなかったのだろう。


――未来視――未来を知る、所謂予知の力。そんな物があると言われても、いきなり聞かされれば困惑するのは避けられない。だが心の中で、”あってもおかしくはない”と納得できてしまう部分もある。神器――神という存在を知る身としては。


「未来を知る……予知の力が、存在するって言うのか?」


だからだろうか、彼の困惑は瞬く間におさまり、確認するかのようにグラッサに問いかける。すると彼は一つ頷いて、


「あぁ……おそらく奴には、私とお前との会話さえ知っているだろうな」


「……そこまで……」


諦めた感じで首を振り、そう告げるグラッサに、アイギットは改めて”奴”とやらの力のとんでもなさ、その片鱗を感じ取った。ぞっとしない話だ、この会話さえ知っているのならば、嘘はおろか、隠し事さえ”奴”には通用しないのだろう。


「あぁ。……それに、先程言っていた”呪い”――あれも調べたところ、現代の魔法技術では再現さえ出来ない秘術を使われていた」


「……おい、それって……」


――察しが付いた。呪いをかけた術者は、未来を知ることが出来る能力者――アイギットの瞳が大きく開かれる。


「あぁ……おそらく、”未来の魔法”……解呪出来なかったのはそのためだ……」


「っ……」


己の掌に視線を落とし、表情を見せないようにして呟くグラッサだが、ガラス越しに対面するアイギットには父親の瞳が悔しげにわなないたのを見逃さなかった。おそらく、かけられた呪いを解呪するために試行錯誤を繰り返し、その果てにたどり着いた答えがそれだったのだろう。


未来の魔法――それはすなわち、現代の知識では理解できない、未知の魔法でもあると言うことである。魔法を解呪するためには、まずかけられた魔法を理解しなければ不可能であり――解呪など、出来るはずがなかった。


もし解呪出来ていれば――彼はあんなことを犯さずにすんだはず。きっとこの場所にはいなかっただろうし、何よりも妻を手にかけることもなかったかも知れない。そんな後悔がひしひしと伝わってきた。


「…………」


腕を組み、考え込むように俯いたアイギットは言葉を発さなかった。まだ心の奥底では、父に対するわだかまりはある。だが、以前まで抱いていた強い憎しみは、薄まりつつある。


――父の言葉を鵜呑みにするわけにはいかない。だが、こうして面と向かって言葉を交わすことで、また違った見方が出来てくる。


「……一つ、聞かせろ。あんたは……お袋を……愛していたのか?」


「……当たり前だ」


瞳を閉じたアイギットの問いかけに、一瞬ほおけた顔をするも、すぐに真剣な眼差しで告げるグラッサ。迷いのない、真っ直ぐな言葉――アイギットは俯いたまま、口を開く。


「俺はずっと……あんたが家名のために、平民出のお袋が邪魔になったから殺した……ずっとそう思っていたが……違ったんだな」


――真実は優しくなく、無慈悲で残酷だ。父が語った真実も、操られ、愛する妻を手にかけ、さらに息子を己の手で殺させると脅された。この事実に、優しさなど欠片もない。


だが、真実を知らないのは不幸だ。優しさがないからと言って、目をそらし続けることは、きっと間違いを犯す。


現に、アイギットは父を殺そうという間違いを犯しかけていたのだ。もしこれで、間違いを犯した後に真実を知れば――それこそ、本当の不幸だ。


「…………」


アイギットは瞳を閉ざした。そんな息子に、グラッサはホッと一息を付く。


――どうやら、かけられた呪いは完全に自然消滅したようだな……。


真実を語る――その行いは、あのとき“あの子”が言っていた呪いが発揮するスイッチであった。そのスイッチを押しても、呪いは動き出すことはなかった。


その事実に、彼は安堵していた。”あの子”は一度もこちらのことを用済みとは言わなかったが、それに近いニュアンスの言葉を言っていたのだ。もしその通りならば、おそらく自分に掛かった呪いはあのときに消滅していたのだろう。その確証を、今得られた。



「…………」


――面会室の外、扉の近くで壁にもたれかかって待機していた桐生アキラは、そっと息を吐いて左手で持っていた刀をしまい込んだ。鯉口を切っていたのだが、抜く必要はなかった。


もし中で異変があれば、即座に刀を抜いて乱入するつもりだったのだが、そうはならなかった。どうやら、本当に呪いは自然消滅したらしい。とりあえずは一安心であった。


「……私の出番はなし、か。……あの親子には、それが一番なのだろうな……」


独白のように呟き、アキラは展開していた”緑の魔法陣”を消しかけ――しかし念には念を、ということで消さずにそのままにしておく。


「…………」


相手は”未来視”の能力者。常に”最悪の事態”を予測しておいたほうが良い。ファールド親子には悪いが、このまま室内の会話を盗聴させて貰うことにする。



室内に流れる重い沈黙。だが、その沈黙は当初のような痛々しさをはらんだ沈黙ではなかった。


グラッサの話を聞いていたアイギットはおろか、話見張りのための役人も、そして話していた当人でさえ、身動き一つしなかった。


誰一人として動けない重い沈黙の中、面会終了を告げる時計の音が無粋に響く。その音に我に返ったのは、役人だった。


「……面会時間は終了です」


「……の、ようだな」


一瞬言葉を思い出せなかったのか、微かな間を置いて上擦った声で役人が告げると、グラッサは頷いて立ち上がる。


アイギットは、立ち上がりその場を去ろうとする父親に、最後に一つだけ、と問いただす。


「親父、一つ聞かせろ。あんたに呪いをかけた”奴”っていうのは、一体何者だ?」


「……奴は……」


一瞬、その先を言うのを躊躇い――しかし、彼の真剣な、そして力強い眼差しを見て、グラッサは悟る。


彼には――息子には言うべきだ。息子からすれば、母親の死の原因を作り上げた張本人なのだから。そして、もう一つ。彼は――


「――”終焉者”……その”生まれ変わり”だ……」


「――……え?」


目を見開き、父が言った言葉が理解できないとばかりに顔を歪めた彼に、グラッサは軽く笑みを見せた。役人に連れられ、面会室を去る間際、彼は最愛の息子に向けて一言言い放った。


「今回、私はお前と話せて良かった……心から、そう思う」


その言葉を最後に、グラッサは面会室を出てその姿を消した。

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