第17話 日常への帰還~1~
「…………」
目の前に鉄格子。冷たい石床。古ぼけ、カビが生えかかったパン。さらに、意味もなくあたりをうろつく目つきの悪い牢番。――彼がイメージできる牢獄を想像していたが、現実は大きく異なっていた。
色彩豊かで、空調の効いた小さめの部屋。しかし人一人がいるにはちょうど良い広さであり、柔らかいソファーに腰を下ろしているだけで、気が緩みそうになる。前回捕まったときが牢屋だったためか、その違いに驚いていた。
だからといって、そのギャップに戸惑うことなく、普通に過ごしている。何せ、環境的にはすこぶる快適に過ごせるのだから。しかし――
(……これがなきゃ、文句ねぇんだけどな……)
両方の手首に巻かれた拘束具――手錠のように、両手の動きを封じるものではないが――に目を落とす黒髪の青年トレイドは、ふぅっとため息を吐き出し、目の前の女性が入れてくれたコーヒーをすする。
独特な香りと苦みの中にある甘さに、やや表情をしかめた。砂糖は入れないで欲しいのだが。
「あら、コーヒー、口に合わなかったかしら?」
「……砂糖を入れるかどうかぐらい聞いてくれ。何で勝手に入れるんだ……」
「人が入れてあげたのだから、文句言わずに飲みなさい」
赤毛の女性――リーゼルドはトレイドの苦情に取り合わず、優雅な仕草で紅茶をすする。リーゼルド女史とは以前会ったことがあるのだが。
「……なぁあんた。この前会ったときと雰囲気違わないか?」
微妙に人物が合っていないように感じ、トレイドは眉根を寄せる。以前あったときはサバサバとした、所謂”姉御”と言いたくなるような口調と雰囲気だったはず。しかし今は、良い所出のお嬢様、というふうに感じる。
とはいえ、言葉の端々に”姉御”を感じるあたり、根っこの部分では変わらないような気がするが。
「……前会ったときは戦いの場だったからね。雰囲気に違いが出るわよ」
スッと紅茶が入ったカップを口元まで運ぶリーゼルド。確かにそうだ、とトレイドは納得する。二回ほど顔を合わせ、さらに初めて会ったときは彼女を気絶させた覚えがある。
……そりゃ若干棘を感じるよな、と先程から彼女からの風当たりが悪いトレイドは、少し納得した面持ちで頷いた。「位が高い人」を意識しながら話すのは、高度な嫌味の技術なのだろうか。少しばかり疑問に思い、問いかけてみる。
「……あんた、元は良い所のお嬢様とか、元貴族とか元王族とか、位が高かった人?」
「……何でそこで全部”元”なのか、『高かった』と何で過去形なのか、小一時間ばかり問い詰めたい気分ね。今もそうよ、私は」
「………………うそだぁっ!!?」
「……あなた、表に出なさい?」
あ、そんな感じそんな感じ、とにっこりと笑みを浮かべた彼女の口から姉御節が飛び出し、トレイドは目の前にいる女性が、あのときの姉御であると納得できた。次の瞬間、彼女の拳が脳天を直撃した。
頭に響く鈍痛に顔をしかめ、トレイドは不承不承頭を下げた。
「……すまなかったな。初対面の時も、今回も」
「ふん、出来ればあと一つ、この場で謝って貰いたいんだけどねぇ」
「それは……ま、役者がそろってからってことで」
リーゼルドの探るような視線を、苦笑を浮かべてやり過ごそうとするトレイドは、砂糖を入れられたコーヒーカップに手を伸ばす。
「しっかしあんた、戦いになると人が変わるタイプか? それとも猫かぶり?」
「失礼なことしか言わない、未登録精霊使いに教えて上げる義理はないわね」
冷たい彼女の視線に晒され、トレイドは頬を引きつらせた。もしかしなくとも、地雷を踏んでしまったのだろうか。視線を逸らし、コホンと咳払いを一つ。
「そ、そうかい。……だけどホント、いつになったら決まるんだろうな、俺の処遇は」
コーヒーを飲みながら、自らの両腕に取り付けられた拘束具に目を向け、トレイドは再度ため息をついた。
彼の腕に付けられた拘束具、これは彼の精霊使いとしての力を封じるための物である。魔力炉は動いているが、その動きはあまりにも遅く、下手に魔法を使うことが出来ないでいる。
現在、どこか別の場所にて、彼に対しての処遇について話し合いが行われている。その場所がどこかは知らされていないが、とにかく彼が説明することはもう何もない。
説明はすでに終え、後は処遇を待つのみ――この待ち時間が、あまりにも暇すぎた。
~~~~~
フェルアント本部、その一室にて、件の話し合いが行われていた。本部勤めの中で地位が高い者、また全員ではないが、多数の支部長が集まったその部屋には、密かに緊張が生まれている。
未登録精霊使い、トレイド。過去数十年の中で、単独で神器を消滅してしまうような実力者がいたなど、聞いたことがない。さらにそれほどの人物が、登録漏れになっている。
本部の方針では、未登録精霊使いを発見した場合、直ちに登録を行い、フェルアント学園で保護、指導を行うのが通例である。
通例であるのだが。今回は、事態があまりにも異常すぎた。
「――それでは、未登録精霊使いの処遇について、審議を始めます」
――その異常さは、本部内における多数の有力者、および多数の支部長が一挙に集まってきていることからも窺えるだろう。審議の始まりを宣言したのも、新本部長――ミカリエであった。引き締まった表情に眼鏡をかけた彼だが、五十間近である。
「本来、未登録の精霊使いを発見した場合、直ちにこちら側で保護、学園で三年間の指導を行うのが通例です。しかし、今回審議の対象となっている精霊使いトレイドは、状況が大きく異なります」
ミカリエは、その外見を相まって不思議と三十代半ばから四十代と若く見られがちである。その要因の一つは彼の声音であり、常にきっぱりとした口調でもあった。不思議とカリスマを持ち合わせているらしく、審議に参加している本部の職員はもちろん、普段は折り合いの良くない支部長達まで大人しくしているが良い証拠だ。
ミカリエは手元の資料に目を落とし、
「まず一つ目に、彼はいくつかの違反行為を行っていたという事実。騒乱罪、執行妨害、牢からの脱獄……そして、神器の不法所持。……これだけの違反行為を行っていたという事実があり、通例通りこちら側で登録後、学園での指導を行わせるにはいかないと判断しました」
本部長が下した判断を、弱腰と非難する者は誰もいない。本来、こういうときに真っ先に非難するであろう支部長達も、ちらちらと互いに視線を交わすのみ。――もし非難したとしても、ならあなたならどうしますか、と切り返されれば、押し黙るしかないためだ。真に弱腰なのは、彼らなのだろう。
「また、彼自身の実力も考慮しています。彼はすでに、精霊憑依を会得しており、実際に本人と、彼と交戦した者の証言があります。……もう一度言いますが、彼は未登録です。つまり、”誰からも教わることなく”憑依を会得したのだと推測します。」
彼が語調を強めて言ったその言葉に、部屋が僅かに騒がしくなる。憑依の会得は困難であり、例え並々ならぬ才能があったとしても、教えを請わずにそれを会得できるわけがなかった。――ある一つの可能性を除いて。
「……もう気づいている人もいるでしょう。彼は王の血筋……精霊憑依は、記憶感応を通して会得したものと思います。さらに、自然の加護も使えるという報告もあります」
僅かに騒がしくなっていた部屋が、一瞬で静まりかえる。王の血筋、自然の加護、記憶感応――かつての“精霊王”の血を引く者のみ、先祖の記憶を追体験することが出来るその現象。
それならば、確かに誰からも教わることなく憑依は会得できる。先祖の記憶を追体験するのだから、その時の感覚をそのまま用いれば良いだけなのだ。ある意味では、先祖が師、と言えるだろう。
――ミカリエはコホンと咳払いし、誰にも気づかれないよう支部長達が座る座席の一角に目を向けた。それは、数名の彼の部下達――本部勤めの職員も同じである。
目を向けた先にいる人物――桐生アキラは、ついっと肩をすくめるのみ。精霊王に関わる単語やらと縁が深い彼の、気にしていないと言わんばかりの反応に、ミカリエは内心ため息を漏らす。
そんなことはおくびにも出さず、彼は続けた。
「さらにご存知の通り、彼は神器ダークネスを”消滅”させました。協力者の助力があったとは言え、仮にも”神”をも倒すことが出来るのです。……現にお恥ずかしながら、我々フェルアント本部が保有する”マスターリット”でさえ、彼は一蹴してしまいました」
「み、ミカリエ本部長……っ!?」
彼が口に出したその言葉に、部下達から戸惑いの言葉が飛び交った。それもそのはず、そのような弱気な言葉は――
「なるほど。神をも打ち倒す実力者相手では、本部が有するマスターリットでは歯が立ちませんか」
――支部長達からすれば、嫌味の対象となる。一人の呟きに、失笑が相次ぐ。しかし、ミカリエはそれをどこ吹く風とばかりに受け流し、
「えぇ、我々では歯が立ちませんでした。……しかし、だからこそ思ったのです。彼を、本部付けの精霊使いとして向かい入れる、と」
『っ!!?』
本部長が言った言葉に、各支部長達が驚きの表情で見やる。ただ一人、アキラのみがふぅっとため息をついて、誰にも聞こえないようぼそりと呟いた。
「……相変わらずの腹の黒さだな……」
「少しお待ちいただきたい! ミカリエ本部長殿、今の言葉は本気ですか!?」
「正気の沙汰とは思えませんぞ! 犯罪者ごときを本部付けの精霊使いにするなどと!」
各々が勝手に立ち上がり、ミカリエに向かって叫び出す支部長達。そのどれもが、彼の考えを否定するものだった。――だが、支部長達の思惑は他にある。
元々、個々に集まった彼らは、一部の例外を除き、未登録精霊使いであるトレイドを引き込もうと思っていたのだ。
本部お抱えの暗部である”マスターリット”を一蹴する彼。さらに神器さえも破壊、消滅させることの出来る彼は、あまりにも強い力を持つ。ここまでは話しに聞いていたが、この審議の場において、新しい事実――かの”精霊王の血筋”ということがわかったのだ。
王の血筋――文字通り、王の血を引く者のことを指す言葉。記憶感応、自然の加護などの力を与える王の血は、精霊使いにとって宝とも言えるものであった。現代では王の血はかなり薄まってしまい、例え王の血を引いていたとしても、力に開眼する者はごく限られている。
「……まさかとは思いますが……」
今まで黙っていた一人の支部長――本部長が驚きの発言をした際にも、動じなかった例外の一人だ。彼は、ミカリエの瞳をしっかりと見つめ、問いかける。
「精霊使いトレイドを、かの”英雄”の再来と称して、奉るつもりか?」
「――」
その一言に、”十七年前の改革の全てを知る者達”が、一斉に動きを止めた。ミカリエもアキラも、本部勤めの役員数名、さらに少数の支部長達もだ。事情を知らぬ者達は、動きを止めた彼らに訝しげな瞳を向けながらも、その言葉になるほどと頷く者が多い。
「確かに、トレイドとやらはかの”英雄”との類似点と共通点が多いな」
「王の血筋であり、自然の加護と記憶感応、精霊憑依に”神殺し”……再来と称するには十分すぎる――」
「私は、かの”英雄”の再来と称する気は一切ないッ!!」
ドンッとあたりに響く音と共に、審議の場で使われていたテーブルに、拳が叩き付けられていた。叩き付けた人物は、ミカリエであり、彼は俯き、爪が食い込むのではないかと心配になるほど、拳を強く握りしめている。
――その姿に、本部付けの役員と支部長達でさえ呆然としていた。ミカリエ本部長は、こういった公的な場所、および会議や審議と言った場では、己の意思を見せ、それを通すことはあっても、己の感情までは見せることはなかった。
なのに、今の震えるその姿からは、ありありと感情が見て取れた。それも仕方のないことだ、と事情を知るごく少数の者達――改革の際に、共に戦った者達だ――は、俯いたり、視線を逸らしていたりする。
「……も、申し訳ない。軽はずみな言動だったな……」
「……いえ」
英雄の再来と称するつもりか――そう問いかけた支部長が、彼の思わぬ感情の発露に驚き、本当に申し訳なさそうに頭を下げる。それほど、ミカリエの感情の発露に驚いていたのだろう。
一回、そして二回と深呼吸を二つ。落ち着きを取り戻した彼は、ふぅっと息を吐き出し、
「……先程も言ったとおり、彼を英雄の再来と称する気は毛頭ありません。ただ彼の力は、このフェルアント本部にとって必要なのです」
「で、ですが、正気ですか? 先程も同じ事を言っていましたが、彼は違反行為を犯した、犯罪者ですよ?」
「確かに、彼はいくつかの違反行為を犯しました。……しかし――」
くいっと眼鏡を押し上げるミカリエ。部屋の窓から差し込む陽光が眼鏡を照らし、怪しく光る。――とりあえず、この僅かな間で本調子を取り戻したらしい、とアキラはため息を漏らした。
「彼が犯した違反行為、その中でも騒乱罪については、こちら側で引き下げ、もしくは恩赦すべきか検討中です。騒乱罪の適用は、フェルアント学園での神霊祭、その後の街中での戦闘行為。しかしそのどちらも、神器であるダークネスの被害を押さえるためにとった行動」
学園での神霊祭は、見世物である模擬試合の乱入。街中での戦闘行為というのは、暴走した学園の生徒を押さえるためだ。そのどちらも、ダークネスが深く関係していた。
一般市民に被害が生じないように尽力したというのは、市民への被害数を見れば一目瞭然である。その数は0――さらに、神器の事が露呈することもなかった。
一部の学園の生徒にはダークネスが見られてしまったものの、学園の生徒会および教師達の尽力により、その件に関してはうやむやとなっている。そのため、引き下げ――難しいようならば恩赦を与えるその考えは正しい。市民への被害はなく、神器の機密保持も守られたのだから。
「さらに執行妨害。彼はこちらの事情聴取の申し出を断り、戦闘行為にまで発展しました。しかし、彼は神霊祭の一件によって、こちら側が捕まえるつもりで来たと誤解したために起こったことです。神器が深く関わった、”やむを得ぬ事情”により拘束されるわけにはいかないと思った彼は、戦闘行為に及んだと言っています」
他の違反行為である執行妨害。本部勤めの精霊使いが彼に事情聴取を申し出たが、彼はそれを拒絶、さらに戦闘行為を行ってまでして逃走したのが執行妨害の内容である。
――なのだが。本部側の説明不足、および彼の誤解によって、執行妨害に発展してしまったのだ。聞くところによると、彼は「後にしてくれ」の一点張りで、「後で必ず事情説明に伺う」と口頭で伝えている。その言葉通り、先日彼は協力者と共に本部に出頭してきたのだ。
結果論だが、最終的に彼は約束通り説明しに来たのだから、執行妨害の恩赦を視野に入れている。もちろん、戦闘行為をしたことは否定できないので、騒乱罪のように引き下げとは行かないだろうが。さらに、彼が後にしてくれと言ったのは、神器に関わることのため、強く出られない、という事情もあった。
――ちなみに、この言葉をトレイドが聞けば、首を振って否定するだろう。彼曰く、「(捕まえに来た)奴らはみんな、殺意があったぞ。少なくとも、ただで捕まえようとは思っていなかったはず」である。
物は言い様――とは、良く言ったものだ。ともあれ、これで四つあった罪状のうち、二つが引き下げ、および恩赦の方向に傾いている。さらに、三つ目の脱獄については――
「地下牢からの脱獄ですが……正直、私にはいったい何のことなのかさっぱり分からないんですよ。入牢する際には必ずリストに名前が載るのですが、そのリストには名前がないんです」
さも不思議そうに、そして不可解そうに首を傾げながら言ってのけたミカリエ。若干わざとらしさがあったりするが、これは事実である。
フェルアントの街中で一騒動があった後、トレイドは一時的に本部の牢に捕まっていたことがある。――だが、神器に深く関わったとして、職員でさえ知るものの少ない特別な牢に入れられていたのである。
当然、ミカリエの言うリストに名前が載るはずがない。――表上は、トレイドは牢屋に入れられていないということになっている。そして牢に入れられていなければ、脱獄は不可能――というよりも、あり得ない。故に、脱獄という罪状は消え去るだろう。
――トレイドが聞けば、「おい」というだろう。だが、この場に彼はいない。
残る罪状は、神器の不法所持。しかしこれは――否、これも。
「残った罪状、神器の不法所持についてですが。これは、神器ダークネス……いえ、”外魔神”ダークネスを消滅するための手段として、彼は神器を所持していた……。ここは、特例として、所持を認めるべきではないかと。最も、現在ではダークネスそのものが消滅したため、あまり意味はないでしょうが……」
くいっと下がっていた眼鏡を押し上げ、各支部長達を見渡すミカリエ。彼が言ったその言葉に、支部長達は視線を交差させ、やがて不承不承と言った形で頷く。
”外魔神”――外魔が化け物や異形と言った、人々に害悪をもたらす存在のことを指し示すのだとすれば、外魔神は”神”のそれである。
神でありながら、人々に害悪をもたらす――その存在を外魔神と呼ぶ。その外魔神だが、実は本部からそう離れていないところに、封印されていたりする。
悪意の化身であるダークネスは、それに分類されるものであることを、トレイドの話を聞いた瞬間に判明したのだ。それは、支部長達も同じだろう。それぞれが派閥を作り、勢力争いにうつつを抜かす者が多いが、危険物の判断くらいは下せるのだ。
外魔神であるダークネスを消滅させた彼の功績は大きく、また外魔神であるダークネスが消滅した今となっては、この件でとやかく言っても仕方がない。故に、渋々ながらも認める形となったのである。
とはいえ、支部長達にとっては、これはこれで面白くないだろう。なぜなら、これで――
「それに、我々本部が所有するマスターリットを一蹴してしまうその力量。十七年前の改革の際、弱体化してしまったマスターリットの立て直しに協力して貰いたいと考えています」
――やはりか。本部長であるミカリエが言った言葉に、アキラはどこか居心地が悪そうに視線を俯かせた。ともあれ、これで本部長が言ったとおりの展開になるだろう。
その後も各支部長から異論や反対は出たが、その数は少なく。また、反論異論に関しては真っ正面から言い返し、彼の本部勤めが決定した。
だが、彼の出身世界が精霊の事が認知されていない世界だと言うこと、フェルアントと同盟関係にある世界ではないこと。そして、当初よりもかなり軽くなったものの、違反行為に対する罰則等を考え、本部勤めはしばらく先のこととなった。
マスターリットに所属しているメンバーの平均年齢は低い。まだ二十代前半から後半にかけてである。実質的なリーダーであるアンネルもまだ三十代ではなく、クーもまた彼と同年代だ。セイヤやリーゼルドに至っては二十代前半である。
フェルアント本部が誇る、”最強”の二文字を背負う部隊マスターリットが、何故若手ばかりで構成されているのか。その原因が、十七年前の改革である。
この改革の際に、それまでのマスターリットの隊員が、ほぼ全員死亡したためだ。唯一、当時のリーダーのみその改革を生き残ったが、現在は行方不明となっている。アンネルが”実質的なリーダー”と呼ばれているのはそのせいだ。
「…………」
真実を知る者は、ただ口を閉ざすのみ。桐生アキラは、威厳を出すために生やした顎髭をさすりながら、瞳を閉ざし、物思いに耽っていた。