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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第16話 それから~1~

「……つっかれたぁ~~~……」


どさりとその場に腰を下ろし、ふぅっと大きく息を吐き出す黒髪の男。もう三十の半ばに達しているためーー四捨五入しないでほしいと思っている微妙な年頃であり、いくら傭兵稼業から足を洗い、現在自警団に所属しているとは言え、体は思うように動かなくなってきていた。


若い頃は平然とこなしていた戦いも、今となってはへろへろとなって何とかこなしている有様だ。ーーそれでも、前言通り帰り道を切り開くことが出来ていた。


黒髪の男ーーアルトは、己がやった所行を一瞥し、すっと肩をすくめる。彼の周りにはーーいや、聖地への入り口がある石陣の周りには、斬り裂かれた魔物が疎らに転がっていた。聖地への入り口が開いたことに反応し、集まってきた魔物達は皆、アルトが倒したのだった。


どういうわけか、魔物の不敗は恐ろしく早い。数分もしないうちに塵となり、完全に消えてしまう。しかもその際、腐敗臭もしないのだ。おそらく、魔力により肉体が異常変化をおかしたせいだろう。ともあれ、変な臭いがしないのはありがたい。


今転がっている魔物の死体も、もう黒ずみ元の原型を留めていなかった。この魔物を斬り裂いたのは、彼が座り込む直前だったりする。


次々と塵になり消えていく魔物の死体を眺め、周囲に新手が居ないのを確かめながら、アルトは首をコキコキとならす。ーーやっと一息付ける。


「……しっかし、一晩中戦ってへろへろとは……俺も年を取ったもんだなぁ……」


ーー今の若い傭兵でも、一人で一晩中魔物の群れと戦い続けるのは無理なことに、壮年の男は気づいていない。むしろ彼の全盛期がどれほどだったのかを表していると言えよう。


彼も、半分だけの理とはいえ、体に宿している以上、体のつくりは常人とは違うのだ。もっとも、これはもう片方の理を宿しているトレイドにも言えるのだが。


年を取った、などとふざけたことを抜かしている彼は、背後から差し込んでくる光に気づき、くるりとそちらを振り向く。そこには、顔を出した朝日があった。空が明るくなってきたことから、夜明けが近いことは感じ取っていたがーーようやく、夜が明けたのだ。


「夜が明けたか……。もう魔物の心配はしなくて良いな。後は……」


彼は独りごち、自身のすぐ側に放り投げた刀を回収し、鞘に収めるとその場で大の字で倒れ込む。


「帰ってくるのを待つか………てか遅いな……」


一晩中戦っていたーーつまり、一晩中待っても、トレイドは出てこなかったのだ。いくら何でも遅すぎる。理の浄化には、それほど時間が掛かるというのか。


ーーふと、トレイドに付き添っていた少年、タクトのことを思い出す。あの少年は、見た目だけならば少女に見間違えなくもない。それに、顔立ちというか、顔の雰囲気が、どことなくユリアに似ているのだ。


「っ!!」


脳裏に浮かんだそのことは、一瞬で嫌な予感にすり替わる。


「まさかあの野郎、タクト君をたぶらかして、聖地という神聖な場所で淫らでいけないことをやろうとしているのかあぁぁぁーーーっ!!?」


アルトの全力の叫び。誰も居ない森の中、その叫びは空しく響き渡った。同時、顔の左側を何かが猛烈な速さで通り過ぎた。


ドスッ、と芝生に深々と突き刺さった細身の長剣。刀身の半分まで突き刺さったことから、どれだけの速さと力が込められていたのかがわかる。通り過ぎた際に左頬を軽く切ったのか、たらりと血が流れる。ーー魔物との戦闘では、傷一つ付かなかったというのに。


「おいこの中年助平が……何巫山戯たことを抜かしていやがる……っ!」


地獄の底から聞こえてくるような、低い声音が背後からする。投げつけられた剣も見覚えがあるし、この低い声にも覚えがあった。結果、声の主はほぼ確定した。アルトは表情を引きつらせ、恐る恐る後ろを振り返る。


「……や、やぁ、トレイド。それにタクト君も。……てか、ずいぶんぼろぼろじゃねぇか……っ!」


そこには、苦笑いを浮かべているタクトに支えられながら、やっとの様子でこちらに向かってくるトレイド達の姿があった。両者ともに服が汚れ、所々破けているところもあった。タクトに関してはそこらかしこから血を流し、トレイドに至っては顔色が白を通り越して土気色にまで至っていた。


「おいおい……出てくるのが異様に遅いから、何かあったなとは思っていたが……いったい、聖地で何があった?」


引きつらせた表情は、ぼろぼろとなった彼らを見た瞬間、不安げなものに変えて立ち上がり、彼らに近寄る。そして、血は流れていないがあきらかに衰弱しているトレイドに肩を貸し、事情を問いかける。


聖地から帰ってきた二人は顔を見合わせ、やがてトレイドはため息をついてアルトにぽつりと話しかける。


「……聖地に、ダークネスの本体が居た」


「ほほう、なるほーー……はぁっ!?」


相づちを打とうとしたところで、彼が言ったその一言の重要性に思い至り、アルトは素っ頓狂な声でトレイドへと振り向いた。だが、トレイドは必要なことは言ったとばかりに、


「……悪い、疲れているんだ。……しばらく休むぞ」


「お、おいお前……っ~~~~~っ!!」


とだけ言い、瞳を閉じた。彼の衰弱っぷりは並大抵のものではないことがはっきりと分かるが、だからといってこれだけで終わらせて良いはずがないだろう。頬を思いっきり引きつらせ、怒りを露わにするアルトに、彼と同様トレイドを支えていたタクトが慌ててその場を取り繕う。


「と、とりあえずトレイドさんを休ませられるところまで行きませんか? 何があったかは、道中俺が話しますし……」




不思議と軽く思えるトレイドの体を二人で支え、森を抜けて街まで戻る道中にタクトから聞いた話を纏めればこうだ。


欠片を封じ込めるために理を使っていたトレイドは、逆に理を欠片に干渉され、その影響でダークネスの本体にもその動向が筒抜けだったらしい。そのため、世界の中心である聖地にて待ち伏せをしていたのだ。ーータクトは何故入れたのだろうと疑問に思っている様子だ。


「そりゃ、多分こいつトレイドのせいだろ」


本来聖地に入るには、その世界の理がなければ入ることは出来ない。つまりこの世界の聖地に入るためには、トレイドかアルト、どちらかが宿す理がなければ入れないのだ。ーーしかしトレイドの理は、ダークネスによって汚染されており、欠片を通して彼の理の力を一部行使することが出来たのだろう。その結果、聖地への扉を開く事が出来たのだろう。


そのことを伝えると、タクトは納得したように頷き、


「あぁ……確かに、トレイドさんのせいですね」


「だろ? 全く、何でこいつは善行を働いているって言うのに、それが裏目に出るのかねぇ……」


(……言い返せねぇ……おめーら後で覚えとけよ……)


トレイドを運ぶ最中、そんな会話が交わされたりしていた。ちなみに、トレイドは眠っているのではなく、目を閉じ、全身の力を抜いているだけだ。よほど体力を消耗してしまったのか、指一本動かすのでさえ億劫なのだ。


その後も、会話は続きーー主に事情説明だがーー、やがてタクトとトレイドが借りた宿にたどり着くと、部屋のベットにトレイドを放り投げるようにして寝かせる。その頃には、ダークネスの理を破壊し、とりあえず消滅したということをアルトに伝えた。


「なるほど。ま、何事もなくて良かったよ。……とはいえ、ダークネスはまた復活するんだろうな……」


「えっ? な、何でですか!?」


さほど広くはない部屋で椅子に座り込み、傷の手当てをされているタクトの話を聞き終えたアルトは、ぽつりとそう呟いた。怪我をしたところに包帯を巻かれているタクトは、その言葉にぎょっと目を見開いてアルトを見やる。


そんな彼に、包帯を持つアルトは肩をすくめて、


「そりゃ、あいつは悪意から生まれた神様だからな。人が居る限り、ダークネスは消えねぇさ」


「あ……」


アルトの指摘に、タクトは納得し、同時に瞳を伏せ、見るからに落ち込んでしまう。そう、ダークネスは人の悪意の塊ーー人が居る限り、どうしても悪意は生まれてしまう。その悪意は、やがてダークネスを再び生み出してしまうのだろうか。


「……俺たちが必死になって、ダークネスを倒したのに……無駄だった、てことですか?」


「それは……」


タクトの疑問には、何も答えられないアルト。正直、彼はダークネスとは一度も戦ったことはなく、あまりよく知らない存在なのだ。彼も表情を険しくさせて俯くも、かけるべき言葉は見つからない。ーーそんなとき。


「無駄じゃねぇよ」


「えっ……?」


ベットに横になったままのトレイドが、瞳を閉じたまま口を開く。


「無駄じゃないんだよ。本来、ダークネスはあそこまで強い力を持つことはないんだ。ただそれが……十年前のあのとき、俺の心にダークネスが生まれて、それと同時に俺の中に宿った理が、欠片に干渉し。それが本体に伝わって……結果、あれほど力の強いダークネスが生まれてしまったんだ」


「……それって……」


彼の言葉に、タクトは目を見開きーーそして、ようやく全てがすとんと落ち着いたような気がした。彼が、ダークネス退治に執心する理由が。


これまで散々、様々な理由を聞いてきたが、正直、そのどれもがしっくり来るものではなかったのだ。ただ一つ、けじめを付けるーーこれだけは本当の事だろうとは思っていたが、いったい何のけじめなのかはいまいち不明だった。


だが、それもようやく判明した。あれほど強い力を持ったダークネスを生み出してしまったのは、自身の責任であり、その責任をーーけじめを付けるために、彼は人知れずダークネスと戦い続けてきたのだ。


「……なんだ、結局、全ての元凶はお前じゃないか、アホレイド」


「……わかってるよ、そんなこと……」


ーー自分のように、ダークネスに関わってしまった一般人のケアまで行っていたのは、個人的な闘争に巻きこんでしまった、という後ろめたさがあるのだろう。そして何故、ダークネスがトレイドとアルトの理を求めていたのかも。


トレイドの理によって力を得たダークネスは、さらなる力を求め、彼らの理その物を奪おうとしたのだろう。


「……とりあえず、これでけじめは付けた。……とはいえ七面倒な説明があるんだよなぁ……」


「? 説明ですか?」


ベットに横たわったまま、髪の毛をくしゃくしゃとかきむしるトレイド。その表情はめんどくさそうに目が細められ、声音からは憂鬱さがありありと滲み出ていた。


「ほら、お前の叔父に……お前の従兄のセイヤって奴と……その同僚? にさ」


「……あ」


言われ、思い出した。以前叔父である桐生アキラにも、そして従兄であるセイヤが所属するマスターリットの面々に、「後に事情説明をするから、今は見逃してくれ」と無茶な頼み事をしたのだった。


ーー何故、重要な役職に就いている者達が、こうも素直に頼みを聞いてくれたのか、タクトにとっては未だに謎である。


だが、タクトにとってはそれどころではなかった。桐生セイヤーーその名を聞いた瞬間、何とも言いがたい微妙な心情がタクトの中で流れる。どうしても思い出してしまうのは去年、躊躇いなく人を惨殺した彼の姿。


それが必要なことだと言うことはわかる。彼が今所属しているのは、”そういった所”だ。本人もそのことは了解し、覚悟はしているようでもあった。


だがーー家族として、何より兄として慕ってきたタクトにとっては、身内が殺人に手を染めている、ということは、了承しきれないところもあった。ーーその矛盾に、タクトは苦笑する。


自分も同じではないか、と。


「……? ま、しばらくは休んで……それから、まずお前の家だな。あのおっさんに説明やら謝罪やらしないといけないし……」


何を思い詰めているのか、急に沈んでしまったタクトに訝しげな視線を向けるも、トレイドは息を吐き出しながら今後の行動を伝える。めんどくさそうな声音は相変わらずだが、その声に微かながらの達成感が感じられた。


その声音を感じ取り、アルトは微笑みを浮かべた後、髪の毛をかきむしり、


「……後でうちに……いや、”俺たちの家”に来いよ」


「ーーーー」


そう、何気なく伝えた。トレイドは目を見開いて硬直し、その言葉を耳にしたタクトは、はっとして顔を上げる。二人の視線は、ベットに横たわる青年へと注がれていた。


青年は、すっと顔を伏せ、何を考えているのか分からない表情を浮かべている。


「……結果的に、お前を追い出してしまった俺が言うことじゃないんだろうけど……それでも、だ。……戻って来い」


「………」


戻って来いーーそう言うアルトに、トレイドは何も言わず、ただ首を振るだけ。何か言いたげに彼を見下ろすアルトは口を開こうとしてーー


「俺の体のこと……理を通じて知ってるんだろ?」


「っ……」


ぽつりと言われた言葉に、彼は閉口する。たったその一言、その一言で、彼はふぅっとため息をつき、瞳を伏せ、重々しく告げる。


「……すまなかった」


ーーその謝罪は、トレイドの帰る場所を奪ってしまったことに対する謝罪ではないように、タクトは聞こえてならなかった。他にも何か、それ以上に大事なことに対する謝罪のように、タクトは感じた。


「謝るなって。アルト、あんたは何も悪くない」


それに気づいているのかいないのか、彼はそう言ってニヤリと笑って見せた。さらに腕を伸ばし、彼の目の前でぎゅっと握りしめる。


「ライとサヤ……それに、俺とユリアの名前を継いだ子供達のこと、守ってやってくれ」


「…………あぁ」


トレイドの言葉に、一瞬、気弱な表情を見せるアルト。しかしすぐにトレイドが浮かべた笑みを同種の笑みを浮かべ、ゴツンと拳をぶつける。


拳をぶつけ合う二人を、タクトは微笑みを浮かべながら見つめていた。




アルトが宿を去って数時間後。ようやく動けるようになったトレイドは、ベットの上で上体を起こすと、う~んと伸びをする。


「ふぅ。……まだだるいなぁ……」


とはいえ、動けるようになったとは言え、体にある倦怠感は消え去ってはいなかった。魔力を使いすぎたツケだが、例え理を宿していたとしても、そのツケを消し去ることは出来ない。むしろ、理を使えばツケを大きくするだけだ。


首をコキコキとならしながら、窓から差し込む陽光に目を向ける。もう昼過ぎだーーそのことに気づいたトレイドは、部屋を見渡す。


「おい、タクト。お前昼は……もう済ませてるか……」


お目当ての人物はすぐに見つかった。同時に、かけようとしていた言葉は苦笑いへと変わった。


トレイドと同じようにベットの上で横になる黒髪の少年タクトは、気持ちよさそうに寝息を立てている。さらに、彼が横たわるベットのとなりには机があり、その上にはトレーと皿や器が、大きな山を作っていた。


なんだかんだで彼も体力を消費していたのだろう。思い返せば、彼は精霊使いとしての力を取り戻したのと同時に、全力での戦闘だ。憑依や魔力の大量消費こそしなかったが、肉体に掛かる負担は相当な物だ。


「…………」


トレイドはややあって立ち上がると、彼が眠るベットの側まで行き、気持ちよさそうに眠っているタクトの寝顔をのぞき込んだ。安らかで気持ちよさそうなその寝顔から、疲労は大分取れたことが窺える。


ーー……しっかし、こいつホントに男かって疑うときがあるな……


元々童顔の上、中性的を通り越し女性的(この場合少女的)顔立ちをしているため、どうしても少女にしか見えなくなってくる。


おまけに背も低い方で、いつもは青い髪紐で縛っている黒髪を、この時ばかりは下ろして眠っている。綺麗な艶のあるセミロングの黒髪ーー顔立ちも相まって、どうしても少女ーーそれも冗談抜きで美少女に見えてくる。


「…………」


そんな彼を無言で見つめて、トレイドは一言呟いた。


「……不憫だな、お前……。………ザイ」


呟いた後、彼は己の精霊であるザイを呼び出す。足下に展開された法陣から、黒い毛並みを持つ狼が現れ、狼は気怠そうに地に伏せたままだ。


「……何用だ。私はまだ疲れている……」


「悪い、ちょっと出かけてくるからよ。タクトが起きたら、ここで待っててくれるよう頼んでおいてくれ。……戻って来るからよ」


そう言って、彼は懐からいくつかの魔法石ーーアウストラに来たときに調達した物だーーを取り出すと、それを伏せているザイの近くにばらまいた。魔力の気配に気づいたのか、ザイは閉じていた目を開け、魔法石を見るなり露骨に目を輝かせた。


「お、おぉ……これほど密度の高い魔法石……久しぶりだな……」


流石はアウストラ、魔法石の格が違う、などと言っている相方を放置し、彼は気怠さの残る体を押して部屋を出た。とりあえず、ザイは頼み事を聞いてくれるだろう。あれだけの魔法石があれば、二、三日は余裕で実体化したままで居られる。

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