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精霊の担い手  作者: 天剣
2年時
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第15話 光の翼~3~

右の刀が弧を描き、眼前に立ちはだかる異形を斬り裂く。


左の剣が直線を描き、襲い来る異形を切り伏せた。


眼前の敵をなぎ倒して突き進む黒髪の少年タクトは、自然の加護を最大限に活用し、上下左右から襲い来る異形共をしっかりと把握し、近づいてきたものを容赦なく切って捨てていた。


さらに今の彼は、右手の刀と左手の剣とで、微妙に振り方が違っている。元々、刀と剣は似ているがその切り方と性質は異なっている。刀は”引いて斬る”のに対し、剣は”押して斬る”。


つまり”斬り裂く”と”叩き切る”。似て非なる性質を持つ刀と剣を左右で見事に使い分け、タクトはダークネスへひたすら突き進む。


ちらりと視界の上の方で、白い炎を纏った獣人ーー精霊憑依を行ったトレイドがいた。彼はこれ以上の消耗を防ぐためか、浮遊能力を使わず、法陣を展開させ、その上に足を付けている。


「………」


「………」


タクトは何も言わず、それはトレイドも同じだった。両者は視線を交差することもなく、しかし互いの存在をしっかりと確かめていた。


飾り紐の付いた刀が一閃。目の前に居た異形の群れーーほぼ全てがこちらに背を向けていた。おそらく、この異形共はクサナギの読み通りトレイドのみを狙えと命令されているのだろう。


刀を振り切った後、一瞬遅れて一体の異形の胴体が上下で分かたれる。だが、その時にはタクトはすでに回転しており、遠心力を乗せて神剣クサナギを振り下ろす。こちらもまた、異形一体の体を左右に分かった。


『ーーー』


異形共が急に消滅していくのを感じたのか、ダークネスはトレイドから視線を離し、異形を斬り裂くタクトに目を向ける。彼は、左右で半分に分けた異形の間を、瞬歩を用いて突破し、ダークネストの距離を詰めた。


未だタクトとダークネストの距離はあるが、それでも油断できない距離であった。ダークネスは猛進してくるタクトを見やるなり、


『……トレイドの後に相手をしてやろうと思っていたが……そうか。死に急ぎたいのなら……お前から相手をしてやろう、桐生タクトよ』


そう言って、ダークネスは欠片を通して異形共に命令を下す。ーー次の瞬間。


「……っ!!」


全方位から殺気を感じ、タクトは僅かに硬直した。先程まで、こちらに全く無関心だった異形共の一つ目が、こちらに向けられている。


『タクトッ!』


左手に持つクサナギが声を上げる。主に危険を知らせるために発したその言葉だが、もう遅い。ダークネスに向かって、異形の群れを倒しながら突き進んでいた彼は、当然群れの真ん中にいる。全方位から殺気を感じるのはそのためだ。


自然の加護を持ってしても、これだけの数が居ては、行動の先読みはほぼ不可能だ。一体二体ならまだしも、百近くもの数が居るのでは、先を読み切れない。


トレイドの浄化の炎のように触れただけで倒す、いわば切り札のないタクトでは、百体もの異形を同時に相手するのは不可能だ。一対百ーー完全に数の暴力である。


ーーだが。


ーー『数の差があっても、考えようによっては戦えるさ。もっとも、頭を使うし、運も絡んでくるけどね』ーー


ーー『……具体的にどうするのか、て? そうだなぁ……たとえば……』ーー


ーー『一対一を繰り返すとか……リーダーを先に潰す、とかかな?』ーー


昔、ある人が教えてくれた言葉を思い浮かべる。数の差があったとしても、一対一を何度も繰り返せば、あるいはその集団を指揮するリーダー的存在を倒せば、勝つことが、もしくは集団を無力化することが出来る。もっとも、それは勝つ可能性を少し上げる程度でしかないが。


しかし、今はーー


「っ!」


ほぼ全ての一つ目がこちらを向いたとき、タクトは足下に左に持った神剣を突き刺した。クサナギの切っ先には、魔力が収束されており、地面に突き刺すと同時に収束させた魔力を解放させる。


「四之太刀ーー爪破ッ!」


地面に向けて炸裂させた爪破は、彼を中心にして周辺一帯に衝撃波を走らせた。その衝撃波を受けた異形共はのけぞり、少しの間行動不能に陥らせる。その隙に、タクトはぐるりと回転しーー


「重ね太刀ーー爪魔・飛!」


右手に持つ刀から魔力斬撃をーーそれも、普段のものよりも大きめの斬撃を、自身を中心に飛ばした。


爪破の衝撃波により動けない異形共は、その魔力斬撃により上下に分かちーーそれだけに留まらない。飛刃に爪魔を重ねたことにより、斬った個体の後ろにいた異形までも斬り裂いた。つまり、円形に飛ばした飛刃は貫通したのだ。


やがて飛刃は消滅するも、タクトを中心にして広い範囲にわたり、ぽっかりと穴が空いたように開けた。そして、タクトは再びダークネスへ向かって突撃する。


ーー『”リーダーを先に潰す、とかかな?”』ーー


タクトが取ったのは、それだった。奇しくもトレイドと同じ行動ーーだからこそ、トレイドも動きやすかった。


「………」


一人上空で佇む彼は、眼下でダークネスに向かって直進するタクトを見やり、すっと目を閉じる。目の前で長剣を掲げ、自身の中に宿る理の力に意識を集中させた。すると、彼の背中に浮かぶ三対の翼の刻印が光を放ち、その光に呼応するかのように長剣が放つ光が強くなる。


意識を高めている彼に対する敵意は、極端に少なくなっていた。敵意を向けていた異形共の注意は、ほとんどタクトの方へ行ったためである。ーーただ一つ、ダークネスを除いて。


「………」


『………』


閉じていた瞳を開けると、上空にいるトレイドと、己に向かって距離を詰めてくるタクト、両者を油断なく見やるダークネス。握りしめる大剣の切っ先を、いったいどちらに向ければいいのかと考えている様子であった。


ダークネスからすれば、危険度が高いのは当然トレイドである。浄化の炎を持ち、かつ理を宿している。だがタクトの方も、決して無視は出来なかった。彼はダークネスの大剣を見事に斬り流し、時間を稼いで見せた上、今は神剣ーー神器を持っている。


タクトの危険度は、下手をすればトレイドと並ぶほどだ。そんな二人が、揃って異形共を相手にせず、ダークネスにのみ焦点を置いている。ーー目を離さないのではない、目が離せないのだ。


しかし、そうこうしているうちに、タクトは二振りの剣を巧みに扱い、異形の群れを突破してきた。最後の方は上空へ飛び上がり、異形の頭上を飛び越えてきたのだ。


「うおぉぉぉっ!!」


『っ……っ!』


上空へ飛び上がり、異形共を飛び越えた彼は、気合いの叫び声と共に振り上げた刀と神剣を振り下ろす。二本同時に振り落とされたその二振りを、ダークネスは舌打ち混じりに大剣を掲げ、その剣腹で受け止める。


「……っ!」


『………』


互いの武器越しに睨み合う両者。その最中、タクトは右手に入れていた力を緩め、するりと刀を振り切った。神剣は防がれ、受け止められたままーーしかし、刀は振り切り、自由となる。


「はあぁぁぁぁっ!!」


『ぬぅ……っ!』


刀を振り切り右手が自由となった彼は、叫び声と共に刀を翻し、大剣を斬り上げ、左の神剣と右の刀によって挟み込む形をとった。大剣を捕らえられたダークネスは、眉を寄せ、彼を見やる。


「うおぉぉぉぉ……っ!!」


タクトはそこで足下に法陣を展開、床に着地せず、法陣を足場にして体を支えるとそのままありったけの力を両腕に加えて、ダークネスから大剣を取り上げようとする。不意を突かれたためか、ダークネスが握る大剣は一瞬手から離れかけーーしかし即座に握り直した。


『舐めるなぁ!!』


「なっ……!?」


持ち前の怪力を持って大剣を引き戻し、空いている左手で法陣の上に立つタクトの足を掴み、異形の群れへと放り投げる。


「……っ!」


異形共に向かって落下するタクト。そんな彼を真っ先に始末しようと異形共は長い腕を伸ばしーー


『ーーええぃ、世話の焼けるッ!』


異形共に捕まる寸前、左手に持つ神剣クサナギが吹っ切れたかのように叫び声を上げ、タクトの体が薄い球体状の膜によって覆われる。ーー防御結界だ。異形共はタクトを捕まえることは出来ず、長い腕は彼を覆った結界によって弾かれる。


「ごめん、助かった!」


『ち、結界か……っ! ーーぬっ!?』


結界に包まれ、事なきを得たタクトを忌々しげに睨むダークネス。だが、即座にその視線は上空にいたトレイドに向かいーーあたりを見渡した。彼が居た場所には、もう誰も居なかった。


『ちぃ、どこにーー』


「ーー後ろだ」


どこに居るーー最後まで言う前に、ダークネスの背後に回り込んでいたトレイドが、眩いばかりの光を放つ長剣を振り下ろそうとしていた。


『ーーー』


「……っ!」


声にならない叫びを上げ、見向きもせずに体を捻ったダークネス。なりふり構わずに体を捻ったことが功を奏し、振り向きざまにトレイドに肘鉄を撃ち出す結果となった。自然の加護を用いた先読みでは、ダークネスが振り向くということは読めても、それによって生じた”偶然の産物”までは読み切れない。自然の加護による先読みを過信していたーー。


全く予期していなかった肘鉄が自らの顔面に迫ってくるのを、トレイドは驚愕の表情のまま見続け、


「がっ……!?」


理の力を刀身に溜めた剣撃は放たれることなく、彼ははダークネスの肘鉄を顔面にくらい、はじき飛ばされる。


『くっ………ーー!?』


一方のダークネスも、意図せずとはいえ浄化の炎を纏っているトレイドに触れたことにより、肘に白い炎が燃え移る。その炎は即座に消えたが、数秒気を取られーー背後から迫り来る気配に気づき、今度は振り向きざまに大剣を振るう。


ーーツィィン、と鉄と鉄がこすれ合う音が響くと同時に、ダークネスの大剣はあらぬ方向へ振り抜かれる。見ると目の前には、すでに切り結ぶのには邪魔になるであろう結界を解除して、こちらに斬りかかってきたタクトがそこにいた。彼は刀の反りを生かした斬り流しをもってして、ダークネスの怪力任せの大剣をやり過ごす。


『ぬっぅ……っ!!』


「ーーーー」


ーー力のダークネスと、技のタクト。この戦いで何度も繰り返してきたその争いは全て、技の勝利であった。大剣を、右の刀が斬り流すことにより無力化しーー


「一之太刀ーー爪魔」


ーー大きく出来た隙を、左の剣がつく。横薙ぎに振るわれたその一撃ーー理を宿すクサナギに魔力を纏わせたことで、魔力自身が強化され、ダークネスが持つ魔力硬化能力を無効化。その大きな体を切って見せた。


しかし。


「………っ!」


目の前の結果に、タクトは表情をしかめる。浅いーーそして、堅い。爪魔を持って放たれたクサナギが斬ったーーいや、”削った”のは、ダークネスの体のごく表面。これは、到底切ったとは言えなかった。


(ーーやはり私では、タクトの力を生かしきれないか……っ!!)


もしダークネスを斬ったのがクサナギでなく、彼の証ーー日本刀だったならば。おそらくだが、すっぱりと斬り裂くことが出来たのではないだろうか。現段階では、今のクサナギでは主の力を十分に発揮させることは出来ず、悔しさのあまり胸中叫ぶ。


『ぬうぅぅおおおぉぉぉっ!!』


一方のダークネスは、表面を削られたとは言え、理を宿すクサナギによって傷を負わされたことにより、ごく僅かながらもダメージを受けていた。だが、そのダメージは叫びと共に体から追い出され、持ち前の怪力をもって大剣を振り下ろされる。


「……っ!!」


上段からタクト目掛けて振り下ろされる大剣を、彼は目を見開いてしっかりと見やりーー黒い大剣は、彼の体を縦に裂いた。


『な……っ!?』


見事タクトの体を真っ二つにしたというのに、ダークネスは逆に驚愕の表情を浮かべた。手応えがないーーさらに、真っ二つにしたタクトからは血が噴水のように吹き出すどころか、彼自身がぶれて消える。ーー残像だ。


『先程と同じ……っ!?』


瞬歩・零。相手の間合い内で、たった一歩だけ行う瞬歩を用いて、彼はダークネスの大剣を紙一重で交わしてみせる。


「重ね太刀ーー爪魔・瞬ッ!!」


『神気付加ッ!』


振り切った大剣は、苦しげな表情を浮かべている床を砕き、めり込んだ。すぐには戻せず、さらに驚愕に動きが止まったダークネス目掛けて、今度は右の刀を持って太刀を振る。


爪魔と瞬牙を重ね、さらに左手に収まるクサナギは、彼の魔力に加護を、つまり理の力を乗せた。威力と速さ、そして加護を受けたその一刀はーー


目にもとまらぬ速さで刀は振るわれる。ダークネスの目から見ても、何も起きず、ただタクトは刀を横に振り切った姿勢で残心して居るのみ。だが、一拍遅れて自らの胴体に閃光が走る。そこでようやく、ダークネスは斬られたことに気づいた。


ーーダークネスの体を両断してみせる。


『がっ……ッ!?』


理や理を宿す神器と、理の加護を受けた物による攻撃とを比べると、どうしても後者は劣ってしまう。だが、ダメージはちゃんと通る。苦しげな表情を浮かべ、両断された腹部に手をやるダークネスを見れば、そのことは一目瞭然だ。


「今ーー」


『っ!!』


ーー今だ。完全に隙だらけなダークネスを見て、好機とばかりに追撃を仕掛けようとするタクト。だが、これ以上はさせないとばかりにカッと目を見開き、狂気を浮かばせた険しい表情でタクトに掴みかかる。


「なーーがっ!!?」


『がああぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!』


床に突き刺さったままの大剣を手放し、猛然とばかりにタクトに掴みかかり、そのまま床に押し倒すダークネス。怪力と、超重量をもって、彼を押しつぶそうとする。


「ーーーーーっ!!」


一瞬で自身の体が軋み、肺から空気が強制的に押し出される。凄まじい圧迫感と重量に、冗談ごとではなくミンチにされる感覚を味わう彼は、僅かな気力を振り絞り押しつぶそうとするダークネスに右手の刀を突き刺した。


『がっ!』


未だ理の加護がかけられた刀はダークネスにダメージを与え、僅かに力が弱まる。だが、押しつぶそうとするダークネスから逃げ出せるほどには弱まっていない。さらに力が弱まったのは一瞬であり、すぐに元の力に戻ってしまう。むしろ、先程以上の圧が掛かってくる。


ーー………っ!!ーー


もう耐えられない、潰されるーーそう本心から思ったとき、いきなりダークネスの巨体が飛ばされた。突如視界から消えたダークネスの代わりに、今度は白い炎を纏った獣人のような姿をした青年が降り立つ。


「と……ぃ………っ!」


トレイドさんーー名前を呼びたくても、うまく呼吸が出来ず、掠れた声しか出てこない。そんな彼に、狼の耳と尻尾を生やしたトレイドは、ちらりと一瞥し、視線を合わせると、忽然と吹き飛ばしたダークネスへ肉薄する。


「………っ!」


駆け出した彼が持つ長剣は、刀身が放つ理の光と、浄化の炎があわさり、眩く神々しいまでの光が溢れていた。


同時に、タクトは気づく。トレイドの疾走が、あまりにも弱々しい。速さはあるが、どこか頼りないーー今の彼からは、今にも倒れてしまいそうな感じがしてならなかった。


彼から感じる生命力が、あまりにも低下していた。魔力の使いすぎにより、”命を食いつぶす”一歩手前、といった所だ。きっとこれが、トレイドの最後の一撃。


タクトを押しつぶそうとしていたダークネスを吹き飛ばし、黒い巨体目掛けて突き進む彼の周りには、異形共の姿はない。タクトもトレイドも意図していなかったが、二人の連携により、異形を生み出す一面からダークネスを追い出すことが出来たのである。


異形共は、異界の床に敷かれた欠片からしか生み出せない。欠片が敷かれた一帯から追い出されてしまえば、いかにダークネスとはいえすぐさま異形を生み出すことは出来なかった。故に、彼は異形共に邪魔されず、ダークネスまで駆け抜けることが出来た。


『ぐぅぅぅ………っ!!?』


吹き飛ばされ、床を転がったダークネスは立ち上がろうとし、そこで長剣を構えて駆け出してくるトレイドの姿に気づいた。ーー魔力を使いすぎた影響か、全身に纏っていたはずの白い炎は消え、黒い狼の毛を露わにさせていた。


いや、浄化の炎が消えたどころか、体の至る所から生えている黒毛が薄くなり、毛だけでなく耳に尻尾が消えかかり、そして瞳の色さえ金色から黒に変色しかけている。ーー精霊憑依が限界に達したのだ。今彼は、元の姿に戻りかけていた。


ーーそれでも、変化した証に纏わせた浄化の炎だけは、未だ消えていない。それが、彼がまだ精霊憑依を継続中だという証拠だった。


弱々しくも、しっかりとした足取りで駆け出してくる彼に、立ち上がったダークネスは紅に染まる瞳を向け、拳を握りしめる。


浄化の炎を纏わせ、さらに理の力をも乗せた長剣は、ダークネスの体を容易く斬り裂き、体内に持つ理をも破壊させるだろう。どうやらトレイドは、彼が扱える限界まで理の力を引き出し、こちらを滅ぼそうとしているようだ。


『ーーおぉぉぉぉぉ………っ!!』


こちらに向かって駆け出すトレイド、その距離はもう幾分もない。彼も彼で、距離を詰めるたびに憑依が解かれ、だんだんと元の姿に戻っていく。そのことを視界に捕らえながら、ダークネスは両腕から欠片を生み出し、自身の腕を巨大な剣へと変化させる。


「………っ!!」


肘から先を長大な剣へと変え、ダークネスはトレイドに対抗する。彼も、両腕を剣へと変化させたダークネスを見て、さらにスピードを速める。間合いを詰め、息を止め、長剣を上段に構えた。


「はあぁぁぁぁぁっ!!」


裂帛の気合いと共に、床を踏み砕かんとばかりに強く踏み込み、その衝撃を剣に乗せて振り下ろした。


トレイドが得意とする轟撃の技法をもって振り下ろされた一刀を、剣と化した両腕を交差させて、ダークネスは受け止めようとする。黒い二振りの剣と、神々しい光と炎を放つ長剣がぶつかり合いーー


長剣は、黒い二振りの剣を真っ二つに砕きーーそれでも止まらない。ダークネスの体を縦一文字に斬り裂いた。


『ーーーーっ!!?』


信じられないーー剣と化した両腕を砕かれ、体を縦一文字に斬り裂かれたダークネスは目を見開き、表情で叫ぶ。しかし、いくら神が否定しようとも、現実は変わらない。


縦に斬り裂かれ、切り口から白い炎が溢れ出すダークネス。炎も、光も消え去った長剣を、振り下ろした状態のまま残心するトレイド。やがて、彼の背中に浮かんでいた三対の翼の刻印は消え去り、同時に証ーー長剣が元の細身の剣へと戻っていった。


そして、細身の剣から光る何かが飛び出し、それはトレイドの体へと吸い込まれる。彼の相棒にして精霊であるザイだ。トレイドはようやく残心をとき、ふぅっと息を吐き出してそっと胸に手をやった。


(……ごめん。それと、ありがとう)


念話による返事はない。おそらく、ザイ自身の消耗も激しく、眠りについてしまったのだろう。かなり無理をさせてしまったという自覚もある。だからこその、謝罪と感謝。


さらに、感謝には、もう一つの意味が込められていた。己が持つ、理ーーそこに宿った”彼女”への。


『ーーー』


ーー正面から、突如嫌な気配がした。完全に気を抜いていた彼は、それに気づくのが遅れ、すぐにハッとしてそちらを向いた。そこには、砕かれ、変化させたときの半分ほどの長さになった剣を振り下ろそうとするダークネスの姿があった。


「………っ!!?」


ーーまだ倒せてい居なかった。それもそのはず、未だに異界は継続しているのだからーー遅まきながらそのことに気づくも、もう遅い。驚愕の表情を浮かべながら、トレイドは剣を持ち上げて振り下ろされた一撃を受け止める。


「ぐっ……! しまっ……!」


『ーーーっ!!』


しかし、先程の一刀で完全に力尽きた彼に、その一撃を受け止めることは出来ず、折れた剣を受け止めた瞬間、支えきれずに証を取りこぼしてしまう。床にたたき落とされる剣を拾う間もなく、ダークネスの二撃目が襲いかかる。


どうやらトレイドの一撃がかなり堪えたようで、未だに切り口からは白い炎に焼かれ、しゃべることもままならない様子。しかし、それでも執念なのか、トレイドだけは殺そうとする狂気は如実に感じられた。


トレイドも、ダークネスの一撃により、残っていた気力を全て失ったかのような感覚が走り、力なく倒れ込んだ。立ち上がろうとするも、そんな力すら残っていなかった。


「くそっ……っ!」


ダークネスに深手を負わせたーーそこが限界だった。まだ当初の目的である”消滅させる”ことが出来ていない。見上げるダークネスの狂気に染まった瞳を凝視し、トレイドは表情を歪めながら睨み付けーー


ーー突如見覚えのある剣が、トレイドの頭上を通り過ぎ、ダークネスの体を貫いた。ガクン、とその巨体が揺れ、振り下ろそうとしていた剣がぴたりと止まり、次いでだらりと下がった。


動きを止め、こちらを見下ろしていた紅の瞳は、その輝きを失っていく。同時に、ダークネスの巨体が貫かれた箇所から、何かが破壊されたことを感じ取った。ーー同時に、自身の深奥が正体不明の感情に揺れ動く。


その感情は、自身が宿す理から発せられた物である。そこでトレイドは、ようやく察しが付いた。ダークネスを貫いた剣は、ダークネスが宿す理を破壊したのだと。


同じ神の力が、すぐ側で破壊されたーーそのことを、彼が宿す理は感じ取ったのだろう。


「……クサナギ……タクト……?」


動きを止めダークネスの巨体を貫いた剣の正体に気づき、そしてその件の主に察しが付く。確かに、クサナギも神器ーー理を宿している。クサナギならば、トレイド同様、理にダメージを与えることが出来るだろう。


「……良かった……間に合った……」


ダークネスにクサナギを突き入れた姿勢のまま固まるタクト。彼は心底ホッとしたように息を吐き、そして倒れ込んだトレイドに微笑みかけた。


「……間に合って、良かったです……」


彼の微笑みを呆然と見上げながら、トレイドはダークネスが作り上げていた異界が崩れていくのを感じ取っていた。


ようやく、終わったーー胸中に浮かぶのは、その一言だった。だが、その一言に込められた意味は、何重にも重なっていたのだった。


風景が、元の聖地ーー洞窟の広間に戻り、起き上がろうとしていたトレイドは、全身の力を抜いて倒れ込む。


「トレイドさん!?」


「心配すんな、疲れただけだからよ……」


いきなり倒れ込んだ彼に、何かあったのかとタクトは慌てて声をかけるも、当人は気怠そうにそう言うと、目をつむった。


ーーようやく、終わったんだーー彼は再び、心の中で呟いた。

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